「先輩、あのー・・・」
雅彦は俊輔の部屋の中央に置いてある、冬はコタツになるテーブルの、
入り口側に座りながら、少しばつが悪そうにつぶやいた。
―体験人数たったの一人、フェラも初めての可憐な女子大生が、まさかのAVデビュー―
そんなキャッチコピーが目に飛び込んできた。

「ん?ああ、ごめんごめん。」
気づかなかったか、と俊輔は思った。テーブルの上、
雅彦から一番遠いところに置いてあるブルーレイディスクのパッケージ。
雰囲気からして、それがAVであることに雅彦は気づいたが、そこに映っている女優が、
雅彦の彼女、睦美であることまでは気づかなかった。
雅彦はそのパッケージを手にとろうとはしなかったのだ。

―そこまでAVを嫌うのか―
指摘だけしてパッケージを手にとろうともしない雅彦の態度をみた俊輔は、
とっさを装ってテーブルの上のパッケージを、液晶テレビの下のスペースにしまいこんだ。
雅彦がその辺りをよく見ると、同じようなパッケージが数枚あるのを確認できた。

「んふ・・・ふむぅ・・・」
となりの部屋でオナニーしながらこの光景を見つめていた睦美は、
「雅彦の彼女としての自分」がほんの少し延命したことに安堵した。ほんの少しだが。
そして、これから、俊輔が雅彦を言葉巧みに、「女性化型セックスサイボーグ」の手術台に導くプロセスの目撃者となる。

―まさか、いや、そんなことはないだろう―
雅彦の頭の中にある直感が浮かんだ。その中に姉、秋穂のあるのではないかと、疑ったが、まさかそんなことはないだろうと考え直した。
「先輩、そんなもの観るんですか?」
この話題は、俊輔との会話で避けて通ることはできない。そのことはよくわかっていた。
「僕は、そんなモノ見る気になれません。いまだに…」

―かかった、罠にかかった―
独白を始めたとしか思えない深刻な表情で語り始めた雅彦を見て、俊輔はそう思った。差し当たって、
今しまいこんだパッケージに睦美が映っていることは無視して、秋穂の話から始めれば良い。
何しろ、雅彦は、真実をひとつも知らないのだから。
そして、睦美のことはおろか、雅彦の姉、秋穂がAV女優となり、
今でも業界一の売れっ娘でありつづけていることに俊輔が大きく関わっていることなど想像すらしていないのだから。



「見れない?そうか・・・まあ、そうかも知れないな・・・」
少し同情するふりをしながら俊輔は台所に向かった。
「コーヒーと紅茶とどっちがいい?」
「コーヒーがいいです。」
この話題を片付けるまでは、外出する必要など無い。雅彦は、知りたかった。
高校時代からの彼女が、AVに出たことの感想を。
そして、その悔しさや屈辱をどうやって処理したのかを。傷を分かち合いたかった。
秋穂がAV女優になってしまったことで自分がうけた傷と、俊輔がうけた傷とを分かち合いたかった。
そのために、自分から積極的に話を始めた。

「先輩は、姉が、そういうことになったときに、どう思いました?」
俊輔は手回しの器具でコーヒー豆を挽いている。雅彦にもコーヒー豆のいい香りが届く。
「どうって・・・」

単刀直入すぎたか、それとも曖昧すぎたか、雅彦はなおも、自らが被った傷を赤裸々に語った。
「あれ以来、姉と、連絡とってますか?」

俊輔は引いたコーヒー豆をコーヒーメーカーに移す作業に入っていた。
「ま、それなりに・・・な。」

俊輔は、ひとつも嘘を言ってはいない。雅彦のテンションが、上がっているのを感じていた。
だから冷静になろうとつとめていた。雅彦に関する事前の調査から考えれば、
また、自分の知ってる雅彦の性格からすれば、じわじわと真実を匂わせつつ、
彼の、もう決まってしまった運命をより屈辱的な形で伝えることができるかも知れない。

慎重に、一つずつ真実を伝えればいい。もし雅彦がキレたりしたら、
強引に手術台に運ぶまでだ。
そこまではなるべくスムーズに事を運ぼうと思っていた。

「そうですか・・・僕はほとんど口も聞いてません。なんていうか・・・」
「まあ、落ち着けよ。」

ドリップコーヒーが出来上がるまでにほんの少しの時間がある。
俊輔は雅彦の隣にどかっと座った。その座りっぷりが、雅彦を少し安心させた。
お互いの傷を舐めあう用意があると、なんとなく感じた。




もちろん、俊輔の思惑は全く別のところにあった。驚くほどに雅彦は俊輔の思惑通りに動いている。
彼の姉、秋穂のことを積極的に話すようなことは考えていなかった。
その話題は慎重に避けながら今日の会話が進むことを前提として今日の計画をたてていた。
もし、秋穂の話題を積極的にしてくれるなら
―酒の力も借りずに、秋穂がAV女優になってしまったことへの思いを好き放題語ってくれるなら―
その分、雅彦に屈辱と屈服を与えることができると思った。

もし、秋穂がAV女優になった理由―それは、雅彦が今日これから、
「女性化型セックスサイボーグ」へと生まれ変わる理由の一部でもあるのが―
その本当の理由を雅彦が知ったら、それは雅彦をして、「セックスサイボーグ」に生まれ変わることを、
受け入れさせるためには、大きな意味を持つだろう。
俊輔の心は踊った。だから、傷を舐めあう方向に少しだけ会話をシフトした。

「彼女がAVに出るなんて、ガマンできるはず無いさ。あの時、秋穂とは別れようと決心した。」
ここでも、俊輔は嘘をつかなかった。「あの時」がいつのことなのかは曖昧にしたまま答えた。
まだ連絡をとっているか、という元々の雅彦の質問もはぐらかした。

「そうですよね。姉が、すみませんでした。でも、こっちもいろいろあって。」
雅彦は、当然のように、それ以来秋穂と俊輔の関係は切れたと考えてそう答えた、
微妙に噛み合わない会話は、お互いの思惑が全く別のところにあることを示していた。

「それ以来、僕はAVなんか見れなくなりました。先輩は強いですね。」
高校時代までは、部活の先輩後輩の間柄だったのだ。
姉と付き合っていた俊輔がそういうDVDを好んでいたこともよく知っていた。
そして、雅彦自身もそうだった。
秋穂がAV女優になったことが、彼氏だった俊輔と、
弟だった雅彦とで感じたこと・・・うけたダメージが違ったりしたのだと思った。

「秋穂だって、あの時はすごく悩んでた。雅彦が口も聞いてくれないことにはショックを受けていたみたいだぞ。」



「勝手なことを言うもんですよね。僕には、むしろ先輩があの後も姉と連絡をとってたことに驚きました。」
語気が少し荒くなった。秋穂その人というよりも、AVそのものに対しての強い嫌悪を示している。
すでに調査の結果分かっている。

「そんなに許せないのか?」
「ええ、僕は許せませんね。姉はまわりに今でもちやほやされて、
幸せに暮らしているのかもしれませんけれど、
僕や周りの人達が深く深く傷つけたってことをあいつはわかろうともしないんです。まったくいい気なもんですよ。
あんな事をして金を稼いで、今や僕にとっては唯一の肉親なのに、彼女に紹介もできない。」
はっきりと姉への嫌悪を口にする雅彦を、俊輔はなだめにかかる。

「そこまで言ってやるな。お前から見ればそういうふうに見えるかも知れないが、
あのレベルで3年以上も続けているんだ。大したものじゃないか。」
俊輔の言葉は雅彦にとって意外なものだった。

「どうやったらそんな境地に辿りつけるんですか?」
突き放したように雅彦が反抗する。
雅彦のこの嫌悪こそは、俊輔にとってチャンスに他ならなかった。
「もし、自分が秋穂と同じように、女で、あのくらいかわいかったら、どうだったと思う?」
「ありえませんよ。」
考える瞬間もなく、即答で否定した。
「そりゃ、どんな事情があったのか知りませんけど、
僕にとっては、先輩と付き合うような、自慢の姉でもあったのに、
あれ以来、彼女の弟であることをかくして生きていく他はなかったですからね。
周りに迷惑かけすぎですよ。」

雅彦の心のなかで、AVというのは絶対的に悪いものなのだ。世間に身内の恥を晒して、
秋穂との関係が明るみに出れば、好奇心の対象になってしまう。一度ひろまったら噂はなかなか許してくれない。
この場合、秋穂と雅彦は実際に姉弟であるだけにたちが悪い。
「そうか、ありえないか。じゃあ、もしだ、自分の彼女が秋穂と同じように・・・」
「やめてください!」



激しく声を荒らげてこの喩え話を遮った。
睦美は、絶対にそんなことをしないだろうという確信のもとに雅彦の目にとまり、
そしてお互いに想いあうようになったのだ。付き合うようになってからも、
つつましく付き合ってきた。そんなこと、考えるだけでもありえないことだったが、
「すみません、先輩。先輩はそういう思いしたんですよね。」

「そうだな。」

コーヒーが出来上がって、カップに入れられて運ばれてきた。
この、秋穂に対してかなり激しい嫌悪を抱く男が、否応なく、
数時間後には「女性化型セックスサイボーグ」に変わるのだと考えると、
今のうちに、これから彼―彼女―が受ける屈辱についてはっきりと伝えておくことで、
その後の調教は飛躍的に楽しい物になるだろう。俊輔は、改めて最高の人材を得たことについて確信した。
その件の理由をほじくり返すことで、
彼の心の中の深い部分をえぐり出すことが出来れば
―少なくとも俊輔にとって都合のいい部分だけを抉り出すことが出来れば―

「秋穂のAVを見たことは?」
「ありませんよ。そんなもの。僕はあれ以来、AV自体全く見ていないんです。」
20歳代前半の男があえてAVを見ない、
ということはある種のトラウマが―姉がAV女優となったことへの―雅彦の中に在ることを示している。
俊輔は雅彦のそんな心の要素をひとつひとつ確認しながら、追い詰めにかかる。

「さっき、自分ならAV女優なんてならないっていったけど、本当にそうか?」
「えっ?」
突然、おかしなことを言うものだと雅彦は感じた。
「俺は、お前たち姉弟と長いこと付き合ってきた。たしかに天然なところもあるけれども、
どこからどうみても優等生の秋穂と、自由なことをやりながらも、成績だけはちゃんととる雅彦と。
本来なAV女優になるのは、雅彦がやるようなことじゃないかな、と思ってしまうんだけど。
もちろん、男女の別という大きな前提が違うわけだけど」




「ははは、」
雅彦はその言葉を笑い飛ばした。
「僕は姉みたいに無責任に生きるのが嫌なだけです。あのあと、色んなことがあって、
結局僕ら姉弟は天涯孤独になった。ある意味じゃそれも悪くなかったけど、
姉のように好き勝手に、周りから白い目で見られるような生き方じゃなくて、
僕は、まともに生きようと誓ったんですよ。
まあ、AV女優が20年も続けられたり、タレントや女優に転身できるとかなら、考えないでもないけど・・・男ですからね、僕。」

この日、もっとも空気が和らいだ。
「テレビに出てくるじゃないか、本当に男だったのかってくらいきれいな女の子。
ああいうふうにお前もなれば、AV女優にだってなれるかもよ?」

「あはは、馬鹿馬鹿しい話ですね。僕には秋穂みたいにはなれませんよ。羨ましいくらいです。」
「じゃあ、秋穂と同じように生きられるとしたら。」
「AV女優は無理だとしても・・・ああいうふうに生きてみたいな、とはちょっと思いますね。」

―姉、秋穂のようになりたい―雅彦の心の奥にある密かな願望を話させることに、俊輔は成功した。
なんの警戒もなく、AV女優、秋穂への難しい、複雑な思いを話させた上で、
秋穂のように生きてみたい、とまで言わせた。

もっとも、じゃあ、これから改造して女性化型セックスサイボーグにしてやる、といって喜ぶとはとても思えないが。

雅彦は雅彦なりに、姉に同情的な俊輔の意見を聞いているうちに落ち着くことができた。
今までの自分は、―いや、ある程度分かってはいたのだが―ちょっと依怙地になって、
秋穂を否定しすぎていたかも知れない。秋穂の話題は、彼の人生の中では、
睦美との問題以上に大きな問題であるから、偶然の連続でこんなふうに俊輔と話せてよかった、と思い始めていた。
彼の目の前で、そして知らないところで着実に進行している計画―彼、雅彦を「女性化型セックスサイボーグ」
へと生まれ変わらせる計画―が佳境を迎えていることなど、まだ知りもせずに、
一人、別世界に・・・普通の世界にまだ住んでいた。もう、逃げ道はないのに、である。




――酷い冗談だ――雅彦は俊輔の言葉を聞きながら思っていた。自分が、AV女優にだなんて。
雅彦にもプライドがある。どんな事情があったのか、正確に知っているわけではないが、弟から見れば、
AV女優なんていうのは、恥ずべき仕事であり、秋穂の生き方は頽廃したものにしか思えなかった。
言ってみれば、「悪」と言っても良い。姉、秋穂は映画で見た、ダークサイドに堕ちたダース・ベイダーと同じだった。

「なんでそんなにAVを嫌悪するんだ?」
今日、雅彦と久しぶりに話すと、俊輔も改めて様々なことに気づいた。
様々な調査から得ることのできた情報とはまた違うものだ。
この、純情そうでストイックな青年――真面目な草食系を絵に書いたような男――のAV嫌いは、
姉がそのなかで痴態を晒しているという事実を差し引いても、あり得ないほどに俊輔の目に映った。

「決まってるじゃないですか。秋穂が許せないからですよ」
結局のところ、それが唯一無二の理由なのだ。本来ならば自慢の姉が、
AVの画面の中で痴態を晒すことは、それだけで許しがたいことなのだった。

理屈をいちいち重ねる必要な土ない。姉は堕落し、自分に大きな迷惑をかけている。かけつづけている。
姉を呼び捨てにすることなど、雅彦にとってこれが初めてのことだった。これまで、姉の話題はタブーだった。
俊輔にだから話せていると言っていいだろう。

「それだけのことなのか」
俊輔が雅彦の心を掘り下げるためにさらに質問をかぶせてくる。
雅彦は、自分と比べれば秋穂がAV女優になったことを肯定的に捉えることのできる俊輔が理解できなかった。
でも、自分の心があまりにも固いことを認識出来ていないわけではなかったので、
その凝り固まった部分を凝りほぐしてくれるような気もしていた。
だから、今日はこうやって彼と話す気になったのだ、と思っていた。



「それだけ?先輩には分からないかも知れないですね。
彼女なんて、一度別れれば他人ですからね。忘れてしまえばどうってことないし、
AV女優と付き合ってたなんて、理系じゃものすごい武勇伝にもなるかも知れません。
でも、少なくとも僕が、秋穂がAV女優になってから体験してきたことは、そんな生やさしいことじゃなかった。
はっきり言って、原因は全て秋穂にあると、そう思ってます」

「だが、お前はいい会社に就職して、順調な人生を歩み始めているじゃないか。彼女が浮気したって言ってたけど、
それも秋穂のせいなのか?」

「もし、僕がそうだといえば、それは考えすぎなんでしょうか……?」

一見真剣に見え、どぎつい言葉を含むようなやりとりの中で、
雅彦が高揚しながら聞き出したかったのは、
「彼女、もしくはモトカノがAV女優になった時に確実に受けたであろうショックを、俊輔がどう克服したか」
ということだった。その答えが雅彦にとっても、この問題を克服するヒントになるような気がしていた。
この問答は、完全に、雅彦の性格を計算し、より屈辱的な形で「女性化セックスサイボーグ」へと生まれ変わらせることと、
そして、その新しいカラダが雅彦――新しい名前は奈菜であるが――が、
「女性化セックスサイボーグ」としての自分を受け入れるためのレールを敷く作業だった。救いを希求する雅彦のココロは、
徐々に踏みにじられ、引き裂かれ、そして生まれ変わることになる。

「お前は、職業に貴賎があるという前提で、話しているんだな。
そして、自分がそれなりに社会的地位を得られる就職をしたことを鼻にかけ、
秋穂という障害に負けずそれを勝ちとったと思い、、そのことに酔っているのか」



この指摘は、図星だった。雅彦にとって、
「お前の姉ちゃんAVでてんだってな。姉ちゃんがみんなの前でおマンコ広げて、
チンピラみたいな男優に犯されて、それで感じまくるのってどんな気分?気持よさそうに男優のチンポしゃぶってるのってどんな気分?」
ときかれるよりも、はるかにショックを受けた。

「僕の努力を、を否定するんですか?職業に貴賎はあるでしょう。
どんなに綺麗事を言ったってそれが真実ですよ。秋穂がAV女優になったことで、
しかも誰でも知ってるような存在にまでなってしまったことで、僕がどれほど苦悩し、苦労したか、
先輩なら分かってもらえると思ったんですが……」

雅彦なりにこの3年間、悩んで導き出した結論だった。職業に貴賎はあり、AV女優は賤しい職業であると。
だがその心情を吐露したのは、これが初めてだった。すこしだけ、胸のつっかえがとれたような気がした。

「そんなんだから、彼女に浮気されたりするんじゃないか?」
「えっ?」

雅彦は繋がっているような繋がっていないような俊輔の論理に翻弄されていた。つっかえがとれた心に、新しい違和感が生まれた。

「おまえ、どうせフェラさせることもできなかったり、それこそ単調なセックスしかしてないんだろう。いや、セックス自体したかどうかあやしい。
言葉だけで愛を語ってたつもりなんじゃないか?外れてるかも知れないけど」

このやりとりが勝負だとすれば、その結果は予め見えている。俊輔は雅彦の姉、
秋穂を「淫乱化型セックスサイボーグ」へと生まれ変わらせたプロジェクトにはすでに参加していたし、
俊輔の彼女である睦美を同じように「淫乱化型セックスサイボーグ」に改造したときには実行部隊の中心にいた。
雅彦の遺伝子も性格も家族関係も交友関係も、徹底的に調べつくしてこの場に臨んでいるのだ。
しかも、最終的には無理矢理に雅彦を手術台に乗せればいいという意味ではプレッシャーからも解放されていた。
まだ、雅彦の記憶と意識を移植するべき「奈菜」の肉体が完成したという報告を受け取っていないことだけが懸念の材料だったが、
それは今すぐにでもやってくるだろう。一方雅彦は、鏡を背負って麻雀をしているようなものだ。いいように遊ばれているのだった。




「な、何を……言うんですか?」
俊輔が知るはずのない事実を指摘されて、雅彦は狼狽した。

「お前は、高校時代はAVも見てたはずじゃないか。
それなのに今ここまでAV女優を活躍している秋穂のことを否定するのは、ちょっと矛盾してないか?」
立て続けに雅彦は糾弾を受ける。
「お前は、ただ、AV女優になった秋穂への反発で、ここまでやってきたのか?それは、果たしてお前の実力といえるのか?」

「先輩、それは、いくらなんでもいいすぎです」
「言ってみろ、お前にとってなぜAV女優はそれほど嫌悪すべき存在なんだ?」
ここまで激しく問い詰められるとは、予想もしていなかった。雅彦は何故、何故、と責められてますます混乱する。

「大体、お前は秋穂がどんな事情でAV女優になり、今でも続けているか、知らないだろう。
それを知っていれば秋穂のことをそんなふうに否定はできないはずだ。」

「知ってるんですか!?」
まさひこはこの日一番驚いて声を上げた。
そう雅彦自身も気づいているのだ。事情がどんなものだかは知らないが、
その事情を知ればAV女優……いや、秋穂その人への反感、嫌悪を取り除くことができるかも知れない、と。
それは、決して雅彦自身にとっても心地のよい感情ではなかったのだ。

「あぁ……」



思わせぶりに俊輔が答える。俊輔の、この遊びは…次のステージへと移る。
真実を雅彦に明らかにする。その真実のいくばくかが明らかになったとき、
おそらく、雅彦はそうしたことを受け入れることなどできないだろう。
それだけの時間が、改造手術が優先に許すスケジュールとの関係であるのかどうか分からない。
だが、その真実の一端だけでも雅彦に魅せつけた上で、改造手術に移りたい、と俊輔は考えていた。

一方で、まだ「奈菜」の肉体が、雅彦の記憶と意識を移植する状態になるという意味で完成していないということは、
出来る限りの時間稼ぎが俊輔の義務でもあった。
雅彦の記憶と意識――それはこの計画がうまくいけばそのまま、「女性化型セックスサイボーグ」奈菜の記憶と意識になる――の中に、
男としての屈辱とそこから生まれる反発――雅彦がその性格上持っている、強い反骨心――を植えつけることが出来れば、
「奈菜」に施すことになる調教はより、やりがいがあり、そして、その見返りも大きなものになるだろう。
その結果、何が起きるのか……俊輔にも信念があった。

「真実を知りたいか?」
「……はい」
「それは、お前にとって残酷なものであるかもしれない、それでもいいか?」
「はい、かまいません。」

雅彦は、すこし昂ったままそう答えた。真実というものがあるのなら、それを知りたかった。
残酷なものかどうか、少なくともそんなことはどうでもいいし、乗り越える自信もあったからだった。

「じゃあ、話そう。」
雅彦は、じいっ、と俊輔を凝視していた。

「だが、その前にひとつだけいいか?お前は、AV女優を賤しい職業だと言ったが、俺はそうは思わない。そこだけ話させてくれ。」
「はい、聞きましょう。」

隣の部屋にいる睦美も、いつの間にかオナニーをやめて、二人の会話に聞き入っていた。どのタイミングだったか、
俊輔は、「スイッチ」を切った。もはや、睦美がこの部屋に向かって大声で叫ぼうが、鎖を引きちぎってこの部屋に乱入しようが、
そんなことは俊輔にとって障害にはならないのだった。俊輔と雅彦の会話に引きこまれていた。
AV女優にもはやなってしまった自分も、今の雅彦――愛しい彼氏である雅彦――にとっては、
嫌悪すべき存在だということがやはり睦美には悲しかった。
もし、その認識に俊輔が楔を打ち込むことができるならば、それは睦美にとっても喜ぶべきことだと感じていた。

「お前は、秋穂のようなアイドルAV女優が正義であることを知らないだけだ」

俊輔が、「真実」の前置きを語り始めた。




「は?」
雅彦は、耳を疑った。秋穂が正義?AV女優が正義?何を言っているのだろうこの人は、と訝った。

「たしかに、秋穂がAV女優になったことで、お前は悲しんだかもしれない。何かを失ったかもしれない。
だが、考えてみてくれ。少なくとも秋穂ほどの女なら、お前のように悲しむ人間と、喜ぶ人間のどちらが多いだろう?」

「先輩、何を言い出すんですか?」
これが「先輩」と呼ぶ相手でなければぶん殴りたいと思ったほど、雅彦の怒りは一瞬にして頂点に達していた。

「戦争や、ダム建設と同じさ。誰かが悲しむかわりに大多数は大きな利益を得る。この場合は……」
俊輔の言動に、もう、やめてくれと叫ぼうと思ったが、言葉が出ない。一瞬にして沸点に達した怒りを抑える術を、
雅彦は雅彦なりに身につけていた。
「この場合は……?」
だが、その答えによっては……ほんの一瞬、雅彦は拳を強く握った。

「わかるだろう?お前が偏見と蔑視で捉えているAV女優像と、秋穂を比べてみれば。
あのレベルの、あんなタイプの女が、裸になるなんて、ましてやAVに出てセックスまで見せるなんてのは、
いつの時代でも、大事件なんだ。それは、お前も昔言ってたじゃないか。」




「は?」
雅彦は、耳を疑った。秋穂が正義?AV女優が正義?何を言っているのだろうこの人は、と訝った。

「たしかに、秋穂がAV女優になったことで、お前は悲しんだかもしれない。何かを失ったかもしれない。
だが、考えてみてくれ。少なくとも秋穂ほどの女なら、お前のように悲しむ人間と、喜ぶ人間のどちらが多いだろう?」

「先輩、何を言い出すんですか?」
これが「先輩」と呼ぶ相手でなければぶん殴りたいと思ったほど、雅彦の怒りは一瞬にして頂点に達していた。

「戦争や、ダム建設と同じさ。誰かが悲しむかわりに大多数は大きな利益を得る。この場合は……」
俊輔の言動に、もう、やめてくれと叫ぼうと思ったが、言葉が出ない。一瞬にして沸点に達した怒りを抑える術を、
雅彦は雅彦なりに身につけていた。
「この場合は……?」
だが、その答えによっては……ほんの一瞬、雅彦は拳を強く握った。

「わかるだろう?お前が偏見と蔑視で捉えているAV女優像と、秋穂を比べてみれば。
あのレベルの、あんなタイプの女が、裸になるなんて、ましてやAVに出てセックスまで見せるなんてのは、
いつの時代でも、大事件なんだ。それは、お前も昔言ってたじゃないか。」




そんなこと、すっかり忘れていた。
雅彦が高校2年生の時のことだった。陸上部の男子部室の中で何人かでかわされた会話のことを、俊輔は言っているのだった。

「あのレベルのAV女優はなかなかいない。なかなか出てこない。お前があの時言っていたとおりさ。
3年に1人か、5年に1人か……あの時お前が目を丸くして、夢中になった渡瀬怜、あの娘が秋穂の前の、
そういう存在だとすれば、もうすぐ次のそういうAV女優が出てくるだろう。
だが、秋穂はこの3年間の間、日本全国の純粋な少年や、セックスのことばかり考えている若者や、
あんな女と付き合うこともなく青春を終えたおっさんたちに、限りない夢を与えてきたんだ。これが正義でなくてなんなんだ?」

雅彦は、言い返すことができなかった。もう6年前になる。それなりに、どこからか情報を得て女のハダカのグラビアも、
AVの中でのセックスやそれに伴う行為も慣れっこだった。可愛い娘もいれば、そうではない娘もいた。
好みもあった。だが、渡瀬怜、というAV女優はそういうレベルでは語れないほど別格の存在だった。
他の女優に感じられる汚らしさが一切なかった。まだ、DVDが全盛になる前、VHSが生き残っている時代だった。
彼女がAVに出たのは雅彦が高校1年からの1年間という、人間の一生にとってはごく短い期間だったが、親にも、
秋穂にも隠れてその出演作を全て見た。ちょうど、"怜"が消える頃に、媒体としてのVHSは、レンタル店から全て消えた。
最初は上品な、手の届かないお嬢様にしか見えない、AV女優とはとても思えないほど可憐な"怜"が徐々にセックスに慣れていき、
行為も激しさを増し、恥じらいを持った少女が美しく淫らなオンナへと変わっていく姿は、高校生の雅彦にとって夢物語だった。
後にも先にもあんなAV女優は怜だけだった。汚れを知らない少女が、少しずつ汚され、それに負けず美しいオンナへと成長するプロセス。
姉、秋穂がAV女優になって以来、ただの1本もAVを見たことのない雅彦だったが、
実は、大学生になってバイトで貯めた資金で"怜"の出演作をDVDで全て揃えたりした。その直後、秋穂がAVが女優になった事を知った。



――渡瀬怜――その名を久々に聞いて雅彦は動揺を隠せなかった。
たしかに、その存在は雅彦一人にとっても、どんなアイドルと比較しても叶わない偶像のような存在だった。
雅彦に、限りない夢を与えてきたと言ってもいいかも知れない。いや、その少女から、そのオンナに夢を見出し、
興奮し続ける男はいまだに後を絶たないことも知っている。
そして、もし、姉、秋穂が同じように、数えきれないほど多くの男達に夢を与え続けていることも――認めたくはなかったが――知っていた。

「伊藤みつほは、お前の姉、秋穂であると同時に、現代の男達の最高のアイドルなんだ。夢を与え続ける存在なんだ。
お前は、自分が渡瀬怜に抱いた感情と同じ感情を、日本中の少年たちが抱いて、彼らの想像の中で弄ばれていることが許せないだけさ。

「それは……」
言いかけて、言葉が止まった。
秋穂――伊藤みつほという名の芸名のAV女優――と"怜"の違いをひとつでも思い浮かべられればよかったのだが、
秋穂が雅彦の家族であるという以外の違いを見出すことができない。

「あまり、秋穂のことを責めるのはやめてやれよ。かわいそうだ」
雅彦の態度に明らかな動揺を見出すことができただけで、俊輔には十分だったのだ。
そして、今でも秋穂とコンタクトがあることをそれとなく伝えることができた。
だが、この会話の中で、雅彦は自ら罠の奥へと入り込んでいった。

「僕が苦しんだのよりも、はるかに多くの男に秋穂が夢を与えたというんですか?」
俊輔は、沈黙をもってこの雅彦の問いかけに肯定的な答えを与えた。
はっきり、そうだとは言われなくても、そのことが目線で理解した雅彦は、少しだけ気楽になれた気がした。
「そうですね……今度、秋穂に連絡してみます」
そういうのが精一杯だった。複雑な気持ちが雅彦の頭の中でいっぱいになっていた。

「本当に、全くAVを見てないのか?」
「ええ、本当ですよ。秋穂が、なんでしたっけ、伊藤みつほだって知ってからはね」
「それじゃ、久しぶりに見ていくか?」

ほんの少しだけ解けようとしている雅彦の心の隙を、俊輔は見逃さない。



「えっ?」

本当は、見たくもないなんてことがあるはずはないのだ。
「浮気されたんだろ?ならそのくらいのことは許されるんじゃないか?お前の彼女がAVを見るお前をどう思うかはわからないけど」

――それもそうだ――浮気と言ってもどの程度のものかも知らなかったが、画面の向こうの出来事に欲情したって、
そのくらいの報復は許されるだろう。

「そうですね、新しく夢みたいな女の子が出てくるかも知れないし」
正直、睦美との関係に行き詰まりを感じないわけではない雅彦なりの、ひとつの答だった。

その瞬間、ブルッ、と俊輔の携帯が音を立てた。雅彦の拉致と手術に関する連絡だった。
それは、暗号化されたメールだった。意味は「3時間後に雅彦を回収しに向かう」という意味だった。
――聞いたか?お前の彼氏、今からお前のデビュー作で抜くかもよ――
返信する振りをして、となりの部屋にいる睦美にそんな内容のメールを送った。
この部屋の監視カメラは、隣の部屋にいる睦美だけではなく、
雅彦の記憶と意識を移植する「奈菜」の肉体を準備している手術室にも映像と音声を送っていた。
だから、雅彦がメールを確認したことだけがわかれば、返信の必要はなかった。


「いや、それだけは…あぁ…ん」
隣の部屋で睦美が喘ぎ声をあげた。返信と同時に睦美の「スイッチ」は再び最大出力になった。
「ずるい……いやぁ…あん…」
「スイッチ」が入ってしまうと他のことは何も考えられなくなってしまう。我慢しようとしてもできない。
睦美は……再び白く細い指を、女の子の一番恥ずかしい部分に這わせることしか出来なくなる。

「あはぁ…くふぅ…」
止めようとしても、勝手に体の奥が熱くなり、顔が火照って、アソコがぬるぬるになる。熱くなる。
そうあると、一番敏感なところを弄ってなんとかカラダを静めようと試みるしか無い。いつしか、頭の中にエッチな想像が膨らみだす。
最初は、大好きな彼氏、雅彦の想像で頭がいっぱいになる。それが「スイッチ」の入ったときのパターンだった。

「あぁん…だめ…止まらない……」
カラダの奥から溢れ出す愛液をもっと、もっととえぐり出すように、睦美の指は膣の内壁をむさぼる。
改造手術を受けてセックスサイボーグになるまではしたこともなかったオナニーは、もはや日課だった。
彼氏である雅彦に対して、強制的にとは言え、こんなふうになってしまった自分を隠すことはとても申し訳なく思っていた。
だが…指は止まらない。今初めて知った真実の一端が、自分が改造され、
雅彦がこれから改造されることと繋がりだしていたのだが、冷静に考えることが出来なくなる。
――みつほさんが雅彦のお姉さん?それって、結構重要な事実じゃない?――



みつほ――AV女優としての秋穂――は、睦美がセックスサイボーグになったその日に契約書にサインをして、
連れて行かれた撮影の「現場」で本来撮影をするはずのAV女優だった。
突然の体調不良で、前日にキャンセルになったらしいのだが、「それなら、代わりの娘でやりましょう」ということになり、
大物AV女優のみつほの開けた穴を埋めたのが、睦美だった。その場に連れて行かれて、
その場で「水無月せいら」と芸名を与えられた。なんども泣きながら2日間の撮影を終えたときに、睦美のもとに謝りに来たのが、
大物AV女優のみつほだった。そのとき、「AV女優にもこんな人がいるんだ」と思うほど、物腰が柔らかくて優しい女性だと思った。
もしかしたら――考えたこともなかったが――愛しい彼氏によく似た面影が、睦美に安らぎを与えたのかもしれない。
その日、"水無月せいら"というAV女優が誕生した。撮影から半年たってもまだデビューしていないのは、
撮影が急だったことと同時に、宣伝に万全を期すためという理由があった。
いま、睦美が聞いていた話は事務所の人がしていた。――ミナちゃんは、みつほの次のスーパースターになるんだ――と。
AVのスーパースターって、なんだかイメージが良く沸かなかったが……みつほさんは、
それ以来、とても睦美――ミナちゃんと関係者は呼ぶのだが――のことを気にかけてくれていた。
AV女優としての仕事は飛び飛びでしかなかったし、未だパッケージとグラビアのためのの写真と
動画の撮影しかやっていないのだが……
その前日と当日には、必ず連絡をくれた。AV女優水無月せいらにとって、優しいお姉さん、というような存在だった。

「いやぁ…あぁん…」
慎重に睦美の一番気持ちいいところを避けようとしてオナニーしていても、時にカラダは波を打ったように痙攣する。
すると、どうしてもクリトリスを弄りたくなってしまう。他のことなどどうでも良くなってしまう。少なくとも、
今日雅彦が改造手術を受ければ、自分がAV女優であることの一番やましい要素が消える。
それだけで心の重荷が消えたような気がしている。



「ダメぇ、やめてぇ……」
画面の中では、俊輔が、「水無月せいら」のデビュー作をしまった棚から引っ張り出そうとしている。
「雅彦さん、ごめん…なさ…あはぁ…」
涙を流しながら、指は止まってくれなかった。

考えてみれば、睦美にとっていったいどんな得があるというのだろう。
スイッチの制御権を得たところで、すでに自分はAVの女優として何本もの撮影をこなしてしまったし、
まだ発売されていないだけで、現に実物は隣の部屋にパッケージまで出来ているのだ。彼氏がいなくなれば、
ひとつ気が楽になるとしても、家族や、友人たち――女子高育ちの女子大通いとはいえ、すぐにみんなにバレるだろう、
そのことについて睦美は楽観などしていなかった――
今まで自分が生きてきた世界の住人達はAVの女優になった自分をどのように見るのだろう。

「あぁん…いやぁ…」
そんなことを心配しながらも、次第に指は睦美自身の奥深くをえぐるようになる。きもちいい。
しかし指じゃ足りない――男がほしい――そんな思いがどんどん強くなっていく。
要するに、スイッチが入ったときの睦美は、発情しているのだ。
セックスサイボーグとなった睦美のセックスサイボーグの中での特徴は、発情したときに――スイッチが入ったときに――
激しく男と快楽を求めることにあった。

そして、禁断の思いが頭に浮かぶ。
――雅彦とヤリたい――
セックスサイボーグとなってから、AVの女優となってから、発情した状態でセックスした相手は、
いかに深く激しい快楽を与えてくれようと、愛しい雅彦その人ではなかった。
逆に、雅彦とのセックスが許された時には――セックスサイボーグとしての自分から解放されていた時には――
常に、発情などしていなかったのだ。一度でいい、「スイッチ」の入った状態で、雅彦と愛し合いたい、と睦美は儚い願いを、
この半年間ずっと持っていた。

ブルッ、とふたたび俊輔の携帯電話が震えた。
そのメールの内容を見て、俊輔は驚いた。
――ただし、計画をオプション"葉月"をベースにしたものに変更する。詳細は後ほど。3時間、時間を稼いでほしい――

「先輩、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ。別にすぐに対応する用事じゃない。」
雅彦の記憶を移植するべき体に、何かあったのだろうか。俊輔はほんの少し動揺したが、冷静に、
「この娘は、これがデビュー作なんだ。」
と言いながら棚から「水無月せいら」のデビュー作を取り出した。そのパッケージから底が青く光った円盤を取り出し、プレイヤーに挿入した。
1分半もすれば、雅彦は立てなくなるほど驚愕するだろう。
3時間、どうやって持たせようか?となりの部屋にいる睦美――水無月せいらの実物――の力を借りるしか無いだろう。
睦美の願いは、歪んだ形ではあるが実現しようとしていた。
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