悠司は今日もまた、深夜にパソコンを動かしていた。
 つい先日ようやく8MのADSLが開通したばかりだ。今までガマンしていた
動画コンテンツも、P2Pソフトのファイル交換もISDNとは比べ物にならない
快適さだった。
 P2Pソフトでギャルゲーのリクエストを送り、何気なく相手の共有ファイル
を見ていた時、一つのファイルが彼の目に止まった。

「ヴァーチャル・ラバーズ5(開発流出版・無修正).zip」

 このソフトは悠司もよく知っている。仮想空間で恋愛をする人気ゲームシリー
ズだった。しかしこのソフト不況で会社は倒産、予定されていた5も開発が中
断されたという。
 よくこんなものがあったなと思いつつ、悠司はリクエストをしてみた。待ち
人数が少なかったのか、すぐにファイルは落ちてき始めた。容量は200Mちょっ
とある。思ったよりサイズが小さいのは、開発途中バージョンだからなのだろ
う。
 しばらく他のサイトをのぞいていたりするうちに、ファイルのダウンロード
が完了した。圧縮書庫なので一度解凍してみたが、そこには巨大な一個の実行
形式ファイルがあるだけだった。
 念の為にウィルススキャンをしてみよう。
 ウイルススキャンソフトを起動して検索をかけてみたが、ウイルスは検出さ
れなかった。
 不審と好奇心が悠司の中で戦いを繰り広げ、好奇心が勝利した。
 どうせ違法ソフトやエロ動画しか入っていないパソコンだ。システムが壊れ
たところで再インストールをすればすむことだ。別に痛くもかゆくもない。
 DVD-RAMに今日ダウンロードしたファイルを書き込むと、悠司はそのまま実
行ファイルをエクスプローラー上でダブルクリックした。


「インストールシールドを実行中です」

 メッセージと共に、ハードディスクがカラカラと回り始める。
 しばらくの後、通常のインストーラーの画面と共にどこにインストールする
かというメッセージが表示された。
 身構えていた悠司はほっと息を吐いて、マウスをクリックした。
 やがてインストールが完了し、味気のないポップアップウィンドゥが表示さ
れた。開発版だけあって、オープニングもまだないらしい。
 まずは好みのタイプを入力するように求められた。
「髪は黒髪で、長髪。眼鏡をかけていて、色白のお嬢様系で、年は16才。身
長は156センチ、体重は45キロ。スリーサイズは85−55−88。胸は
大きいが形はいい……っと」
 カスタム画面をクリックしながら、どんどん入力してゆく。
「家柄は大金持のお嬢様。性格は大声も出せないほどおとなしい。学校はミッ
ション系の女子校」
 その次の画面で、悠司は思わず小さな叫び声を上げた。
「へえ! 初体験の欄まであるよ。えーっと、それじゃ……初体験は13才の
時に、家庭教師の大学生とね。毎日のオナニーを欠かさず、一度火がつくとと
ことん淫乱になるタイプ、っと。好きな体位? じゃあ、駅弁と立ちバック。
へえ、こんなとこまで設定できるのかよ」
 にやにや笑いながら悠司は設定を打ち込んでゆく。
「乱交? 好きに決まってるだろ。フェラチオ、もちろん好きだろ。乱交が好
きで、学校ではレズの女王様。夜な夜な男漁りをするって? いいねえ!」
 調子に乗って悠司は過激なキーワードばかりを選んだ。十数画面にも及ぶ設
定を終えて、メイン画面へ戻ろうとOKボタンを押した時、ポンという音と共
に妙なダイアログがポップアップした。


「ソフトの違法な使用は法によって禁じられています。これに従わない場合は
当社の規定により厳格な罰が適用されます。それでもソフトの利用を続けます
か?」
 もちろん、そんなつまらないコケ脅しに屈するような悠司ではなかった。ろ
くにダイアログも読まず、OKをクリックしてさっさとメイン画面に戻してし
まった。
 わくわくしながらタイトル画面を見ていると、P2Pソフトからメッセージが
届いているのがわかった。めんどうだと思いつつクリックしてみると、先程の
ソフトをダウンロードした相手だった。
「あなたはソフトの違法な使用をした」
「だからあなたは罰を受けなければならない」
「身を持ってその報いを思い知るがいい」
 続けさまに入っていたメッセージはどれも、ソフトの違法利用を糾弾する内
容だった。悠司は舌打ちをして、最後まで読まずにP2Pソフトを終了させた。
 次の瞬間、画面がブラックアウトした。
「なんだ!?」
 マウスをクリックしたりキーボードを叩くが、何の反応もない。キーリセッ
トもメインスイッチも効かなくなっていたので、悠司は最終手段としてコンピュー
タのプラグを引き抜いた。
「これが報いってヤツか?」
 文句を言いながら、電源を入れ直す。スキャンディスクの青い画面をしばら
く眺めた後、ようやくいつもの起動画面が現れて、悠司はほっとした。いくら
ファイルが破壊されてもいいとはいえ、復旧させるのはかなり面倒なのだ。
 やがて現れた、いつもの大きな鈴を頭に着けた少女のデスクトップ画面と無
数のショートカットの中に、悠司は見慣れない物を見つけた。
「VLV5開発版」
 さっきのゲームのことだろう。
 彼は吸い寄せられるようにショートカットをクリックした。


 ハードディスクが回る音と、パソコンのファンの音がイヤに耳に障る。目の
前に落ちてきた前髪を払いのけようとして、悠司はぎょっとなった。
 肩にまで、いや、さらに髪が伸び続けている。まるでビデオを早送りしてい
るような感じだ。慌ててパソコンの前から立ち上がり、洗面所まで転びそうに
なりながら走ってゆく。
 鏡の前にたどりつく頃には、髪の毛はすっかり腰に届くまでになっていた。
「なんだよ、これ!」
 呆然として呟いた悠司の全身に激痛が走る。
「あぐっ!」
 体が万力で締め付けられるように痛む。息がまるでできない。脂汗がにじみ
出る。床に這いつくばって、赤ん坊のように体を丸めて苦痛に耐える。
 乾いた嫌な音がした。
 それが連続して室内に響き始める。
 悠司の体が縮み始めているのだ。
 ごきん! という大きな音と共に、彼の腰が動く。まるで特撮を見ているよ
うだ。細く引き締まり始めたウエストは、男にはありえない位置へと移動して
いる。
 やがて苦痛は収まり始めたが、全身はまだ締め付けられたような感じだ。そ
れなのに、服はブカブカになっている。体が縮んでしまったようだった。
 悠司が咳き込み始めた。声を出そうとするが、まるで声にならない。やがて
咳のトーンも高いものへと変わり始めた。
 何時間が過ぎただろう。いや、まだ彼が苦しみ始めて十分にもならない。
 ようやく落ち着いた悠司はよろよろと立ち上がり、洗面台に上半身を預けて
蛇口を捻った。流れ始めた水を貪るように飲み始めた。髪を乱暴に背後へと流
し、水を飲み続ける。ようやく落ち着いた悠司は、荒い息を吐きながら呟いた。


「一体、どうなっちまったんだ!?」
 と言って、慌てて喉に手をやる。
 細い手だ。それが、喉仏のない首筋へと伸びる。
「あー、あーっ! 声が、声がっ!!」
 鏡を見ると、そこには見慣れない少女の顔があった。
 女だと?
 悠司は慌ててズボンを脱ぎ捨て、トランクスを下げた。
 まだ男の証はしっかりとそこに付いていた。
 だが、ホッとする間もなく、また締め付けられるような痛みが下半身を襲っ
た。彼が見ている目の前で、男のシンボルは見る間に縮こまってゆく。
「わ、ちょっと待て! おい!」
 脚をがに股に開いて、袋と竿を強く握る。無理矢理引っ張ってみるが、手の
中の物は容赦なく小さくなってゆく。
「嘘だろ〜! おい、無くなるなよーっ!」
 情けない声を上げながら、もう親指ほどになった竿と、それに相応しいサイ
ズの袋をつかんで引っ張る。だが悠司の奮闘も空しく、袋は彼の指を弾いて吸
い込まれるように消えてしまった。残るは竿だけだ。だがそれも、あっと言う
間に小さくなって豆粒ほどにまでになってしまった。
「ああ、そんな馬鹿な……」
 下腹部の陰毛の合間からちょろんと顔を出すだけのペニスの成れの果てを見
て、悠司は床にへたり込んでしまった。
 どくん!
 今度は胸が苦しくなる。
 前屈みになって胸を押さえる悠司の手を押し返すように、みるみるうちに胸
が膨らんでTシャツを盛り上げてゆく。
 自分の体に起こった変異を、もはや悠司は目を大きく見開いて見るしかない。
 Tシャツの布地に乳首がこすれて、身体中に蜂蜜のような甘い衝撃が走る。


「ああん!」
 色っぽい声は、とても自分が出した声とは思えない。
 次いで、下半身にも痺れにも似たうずきが走った。
「あん! ダメっ! もうやめてぇっ!」
 まるで射精を繰り返すような快感が際限なく繰り返される。快感も過ぎれば
苦痛になる。下半身に温かい液体が伝うのを感じて、悠司は恥ずかしくなった。
こんな年にもなって失禁をしてしまうなんて! だが、そんな悠司の考えなど
お構いなしに、変化はどんどん進んでゆく。
 長い苦痛の時間が終っても、彼は床に転がったまま荒い息を吐いていた。
 しばらくたって、よろよろと悠司は立ち上がった。だがそれは、もはや悠司
ではなかった。
 鏡の向こうにいる自分の姿は、視界が霞んでよく見えない。目をこするが、
なかなかしっかりした映像とならない。しかたがなく鏡に顔を近付けてみて、
悠司はどきりとした。
 色白の、少しおっとりとした表情の美少女が鏡の向こうからこちらをみつめ
ていた。慌てて目をこすると、鏡の向こうの少女もまた、同じ行動をする。
「嘘……でしょ?」
 言ってから悠司は、手を口元に当てる。その無意識の行動もまた、彼に衝撃
を与えた。
 Tシャツ1枚の姿の少女は、まぎれもなく自分自身の姿だったのだ。



 悠司は茫然となって、しばらくの間立ち尽くしていた。
 やがて下半身が冷え、くしゃみをしてしまってから、ようやく我に返って鏡
の前からよろよろと後退りした。
 古いが独立している風呂場に行き、バスタオルを手に取った。
 恐る恐る下半身を見てみると、筋肉質とはいえないまでもそれなりに引き締
まっていた脚は、ふっくらとしたやわらかそうな形へと変化していた。色白の
肌に、スネ毛がまとわりついているのがおかしかった。試しに脚をバスタオル
でこすってみると、ムダ毛は抵抗なくスルリと拭き取られてしまった。
 脚をこすっていると、胸がぶらぶらと揺れてじゃまだった。しかしその一方
で、乳首がTシャツの布地に擦れて固くなりはじめていた。未知の快感に戸惑
いながら、悠司は後始末を続ける。
 次は失禁の後始末だ。
 自分の体は後にしようと逃げをうち、悠司はぞうきんで床を拭き始めた。
 だが、アンモニア臭はしない。思っていたよりも量は少なかったらしい。そ
こで悠司は、あることに思い当たって背筋をぞっとさせた。
 まさか……そんなことってあるのだろうか?
 下半身をもう一度、勇気を奮って覗いてみる。
 割と毛深い方の悠司の下腹部は、先程見た時と大して変わっていないように
見える。彼はそおっと、へそから下の方に向かってバスタオルで拭き取ってみ
た。
 足の時と同じように、バスタオルにムダ毛がまとわりついてふっくらとした
股間のふくらみがあらわになってゆく。次の瞬間、股間から鋭い刺激が走り、
彼は思わず腰を引いてしまった。
 ゆっくりとバスタオルを取り去ると、股間とバスタオルの間に糸のような物
が走っているのがわかった。ビデオやエロゲーでは良く見る光景だが、現実に
は一度も見たことがない愛液のブリッジだとわかって、悠司は愕然となった。


 逆V字に脚を大きく開いて股間を覗いて見る。
 そこはもう、完全に女性の形状へと変化してしまっていた。
 薄いヘアーに、ふっくらと盛り上がった股間から顔を覗かせる珊瑚色の陰唇。
男には有り得ないその器官から確かに、ぬめる液体が漏れていた。
 悠司は今度こそ身体中の力が抜けて、床にへたり込んでしまった。
 何でこんな事になってしまったのだろう。
 そこで悠司は、さっきの警告メッセージを思い出した。
 報い、だったか? これがその報いなのか?
 続けて、ゲームと称された謎のファイルに入力したことも思い出した。
 まさか。
 そんなことってあるのだろうか?
 なにもかもが、先程入力した項目にぴったりと合致していた。
 長い黒髪の美少女。少し近眼で、おっとりとした性格の金持ちの娘。
 その先は……?
 半ばパニックに陥った悠司の意思とは裏腹に、不意に体が動き始めた。
 え? と思う間もなく体は勝手に動き、Tシャツを脱いで全裸になってしまっ
た。そのまま風呂場へと歩いてゆく。そして換気の窓を全開にして、シャワー
を浴び始めた。
「ふーん、ふふふーん、るる〜ん♪」
 ぷくっと突き出たバストは、手の中に収まりきらない大きさだ。やや下に自
然に垂れてはいるが、グラビアアイドルでもこんなきれいな形のバストには、
そうそうお目にかかれないだろう。
 呆然とする悠司の思考をよそに、体は勝手に動いて身を清めてゆく。タオル
を手にとってせっけんをつけ、体を拭き始めた時、触れた所から痺れるような
疼きが全身を駆け巡った。
「ああんっ!」
 ピンク色の声と表現するのがぴったりの甘えた声が風呂場に響く。


 このアパートは壁が薄く、隣の部屋の声どころか、ちょっと大きな声を出せ
ばアパート中に声が響き渡ってしまうようなオンボロなのだ。そんな所に住む
のは、金の無い学生くらいだ。幸い、3分の2は空室だが、残りにはどれも女
には永遠に縁の無さそうな学生が住んでいる。もちろん悠司もその例に漏れな
い。
 悠司の焦りを裏付けるように、窓枠がみしりと音を立てた。
 ヤバい……最高にヤバい!
 横目でちらりとその方を伺うと、一人の男が窓枠に顔を押し付けるようにし
て中を覗いているのが見えた。
 だが、悠司の体(なのかどうかも既にわからないのだが)を勝手に動かして
いる得体の知れない何かは、覗き見をしている男を知りつつ、いや、だからこ
そ余計に、扇情的に、いやらしい手付きで体を洗い始めた。
「あん! 乳首が固くなってきちゃったぁ」
 横目で窓の方を見ながら、両手を使ってまるで乳牛の乳を絞るような手付き
で、手から溢れんばかりのバストを絞りあげる。乳首をつまんで、指でいじり
まわす。胸を押し付けるようにして餅みたいにこねる。
 頭の中に炭酸が弾けたような快感が満ち溢れ、全身に広がってゆく。
 続け様に声が漏れる。
 しばらくして、ようやく手が止まった。
「ねえ……入って来ませんか?」
 悠司の体を操っている者は、勝手に窓の外に向かって話しかけた。
 冗談じゃない。こんな格好をして男を誘ったとなれば、犯されても文句が言
えない。男になんか犯されるつもりはない。
 窓の外の気配は戸惑っていたようだが、しばらくして足音が遠ざかっていっ
た。ほっとする間もなく、彼の部屋の扉を叩く音がした。
 またもや体は悠司の思いを無視して勝手に動き、寸足らずのバスタオルを胸
に巻き付けると、さっさとドアの方に行き扉を開けてしまった。



 目の前に立っていたのは、つい4月にこのアパートに入って来たばかりのや
せこけた学生だった。
「どうぞ、入っていらして」
「い、いいんですか?」
 彼はおどおどと目の前の半裸の女性の表情をうかがっているが、その視線は
主にバストと下半身に注がれている。
 巻きつけたタオルのおかげで胸は強烈な自己主張をして盛り上がり、下半身
は股間が隠れるかどうかギリギリのサイズだ。しかも切れ目がちょうど股の間
にきていて、体を動かす度に股間の翳りが見えそうになる。
 学生(と言っても、悠司も同じ学生なのだが)は迷ったあげく、ゆっくりと
土間に歩を進めた。
 悠司は心の中で、やめろ、やめろ! と何度も叫んだが、元の体の主の言う
ことを、この体はちっとも聞く気はないようだった。
「あのー、ここに住んでいる人のお知り合いですか?」
 ドアを後ろ手に閉めて、彼はおずおずと切り出した。
「ええ。私の家庭教師なんです」
「ああ、そうですか」
 なぜか彼はほっとした表情をした。たぶん、多少なりとでも納得できる理由
が見つけられたからだろう。それほどに、今の状況は不条理極まりなく、信じ
られるようなものではなかった。
 裸の美少女が自分を部屋に誘ったと言って、誰が信じてくれるだろう?
「何を教えて貰っているんですか?」
「日本史と、英語です。それから……」
 自分の顔が笑顔になってゆくのを、悠司は感じ取っていた。まさか……?
「それから?」
「セックスなんです」
「あ……ああ、はあ……」
 唖然となって、ただ立ち尽くすだけの学生。
 無理もない。悠司だってこんな状況になれば同じ反応を返すだろう。


「あら、あなたのおちんちん、固くなってませんか?」
「いえ! いや、そんな、あの!」
 慌てて下がろうとするが、すぐにドアにぶつかって行き止まってしまう。
「女の子の初めては痛いですけど、男の方は痛くないのでしょう?」
「う、あ。いや、その確かに初めてだけど!」
 まるで少女のように慌てふためき、股間を隠す。
「あら、わかりますわ。女性の裸を見慣れていないって、すぐに」
 四つんばいになった少女の体から、バスタオルがはらりと落ちた。
 学生がごくんと唾を飲み込んだのがわかった。
 立っている学生からは、頭と背中とお尻しか見えないだろう。だがそれでも、
彼の股間の物がはた目にもわかるほど大きくなったのがわかる。
 少女はそのまま猫のように手足を動かして、土間の学生の足下まで近寄った。
 学生はまるで恐怖映画の犠牲者のように目を大きく見開いて、目の前の全裸
の美少女を見つめている。
「はい、楽にしてさしあげますね」
 足が汚れるのも気にせず膝立ちになって、ズボンのベルトに手をかける。
 この相手が自分だったら最高なのにと悠司は思った。
 だが現実には、自分は相手に奉仕する側であり、しかも体は自分の思うよう
には動かない。最悪だった。
 あっという間にトランクスもずり下げられた。途中からは学生も協力するよ
うに足を動かす。その行動が悠司には不快だった。
「まあ!」
 少女は口に手を当てて、声を上げた。
 学生は羞恥で顔を真っ赤に染めてうつむく。
 大きさはまあ、平均よりやや小さいくらいか。しかしほとんど完全に勃起し
ているのにも関わらず、皮は亀頭を完全に覆ったままだった。
 なんだ、このホーケイ野郎! と悠司は罵った。だがもちろん、そんな彼の
声が相手に伝わることはない。


「すみません……」
 学生が小さな声で言った。
「あら、素敵ですわ。私、こんなおちんちんが大好きですもの」
「えっ?」
 彼が尋ね返す間もなく、少女は学生のペニスに手をやって、軽く力を込めて
根元の方に引っ張った。大した抵抗も無く皮はずるずると引きずられ、ピンク
色の敏感な部分が現れた。
 ピアノを弾くのが似つかわしい美しい指が軽やかに動き、彼の亀頭に指を添
え、優しくなぞり始めた。
「ううっ!」
 学生がうめくと同時にペニスが震え、あっという間に先端から白濁した液が
勢いよく迸って少女の髪の毛を汚した。
 射精は長く続き、その度に少女の緑の黒髪に男の欲望の証が刻み込まれてゆ
く。濃密で、液体よりも個体に近い濃度のそれは、髪だけではなく顔にまでも
飛んでいた。
「ふぅぅっ……」
 学生は大きく息を吐いてドアにもたれかかった。顔はだらしなく崩れ、快感
の余韻に浸りきっているようだ。
 一方の悠司は最悪の気分だった。
 汚いチンポを見せられたあげく、顔射されるなど屈辱の極みだ。
 心の中で血涙を流す悠司をよそに、今の体の主は顔にかけられた白濁液を手
に取り、あろうことかそれを舐め始めたのだ。
 口の中一杯に形容し難い味が広がる。
 苦いような、えぐいような、しょっぱいような味……。本来は口にする物で
はないそれを、少女は当たり前のようにぬぐっては舐め、舐めてはぬぐって、
一滴でもむだにすまいとするように舐め続ける。
「あ……あのっ!」
 男が声を上げた。


 少女は微笑んで、彼を下から見上げる。
「はい、何でしょう? ……あら、ごめんなさい。まだ残っていましたわね」
 男は少女の考えを汲み取って、自ら腰を突き出す。
 悠司は全身で抵抗した。
 やめろ! やめろ! やめろ! やめろ! やめろ! ヤメロ〜〜〜ッ!!
 心の中で全身を突っ張らせるようにし、体の動きを止めようとするが、まる
で思うようにならない。
 半分勃起したペニスを押し頂くように恭しく持ち上げ、ローズレッドの唇で
チュッと先端に口付けをした。
 生々しい肉色の亀頭のくびれには、白いカスがこびりついている。魚か乳製
品が発酵したような、汗をかいたシャツを放っておいた時のような匂いが渾然
一体となったものが少女の鼻をくすぐる。
 背筋がぶるぶるっと震えた。
 悠司は心の中で吐き気を感じていたが、今の体の主にとってはこれはまさし
く媚薬にも等しい香りであった。
「ああ……なんて美味しそうな恥垢なんでしょう!」
 そう小さく叫ぶと、待ちかねたように顔からそれを咥えこんだ。
 口から鼻にかけて広がる、アンモニア臭と恥垢の強烈な腐りきったチーズの
ような味覚は、悠司の理性を一時的に飛ばしてしまった。だがそれは幸運だっ
た。もしこのまま理性を保っていれば、恐らく彼は発狂してしまっただろう。
 恥垢は少女にとって天上の美味だった。あっという間にこ削ぎ落とされ、唾
液に混じって胃の腑に消えてしまう切なさを惜しみながら、次なる美味を絞り
だそうと手技の限りを尽くす。
 口の中でたちまち固さを取り戻してゆくそれを、少女は目を細めて嬉しそう
に頬張る。指で、舌で、唇で。時には軽く歯を立てたり、頬の内側まで使って
責めたてた。


 童貞の学生がそんなに耐えられる訳もなく、彼はたちまち体を震わせてうめ
き始めた。
「ああっ! 出るっ! 出ちゃうっ!」
 少女が尿道に舌を差し入れた瞬間、堰を切ったように少女の口の中にザーメ
ンが溢れた。ぬるりとしたそれを、ためらいもせず、むしろ積極的に吸出すよ
うにしてまで絞り出してゆく。
 ようやく射精が終わった頃には、学生は荒い息を吐いていた。
 チュピンとぬめった音がして、少女がペニスから口を離した。
 下から見上げる彼女と、学生の目が合った。
 少女は黙って口を開いた。
 そこには、彼が放出した生命の源が舌の上に広がっていた。
 わざと見せているのだ。
 学生がそれを確認したのを見て、少女は口を閉じて精液を飲み込んだ。
 ごくん。ごくん。
 学生もまた、唾を飲み込んだ。
 AVでしか見たことのない光景が、今現実として目の前で繰り広げられてい
るのだ。
 とても信じられないが、事実のようだ。でも、まるで夢を見ているようだ。
 夢なら醒めてほしくない。
 そう思った瞬間、彼のペニスは再び力を取り戻し始めた。
「まだ出せますの?」
 少女が言った。
「今度は何をしてさしあげましょうか。今度はおっぱい?」
 大きな胸を寄せるようにして、下から持ち上げる。
「それとも……」
 少女が立ち上がった。学生は改めて少女の全裸姿を見ることができた。手足
は土間の砂で汚れ、髪には彼の精液がまだこびりついているが、そんな物は彼
女の美を全く損ねていなかった。


 映画やドラマ、コマーシャルに出ていても不思議ではない美少女が、自分の
目の前に全裸で立っているのが信じられない。それが幻でないことを確かめよ
うと、手を伸ばした。
「お風呂、入り直してきますわね」
 彼の思いを察したように、少女がすっと身を引いた。
 伸ばした手を降ろしかねて、学生はそのまま呆然と下半身をさらけ出したま
ま立ち尽くしていた。
 すぐそばの風呂場からは、少女の楽しそうなハミングのメロディーが響いて
きた。考えてみれば、自分もこのハミングに魅せられて、吸い寄せられるよう
に風呂場を覗いてしまったのだった。
 学生はトランクスとズボンをはき直してしばらく待ったが、シャワーはなか
なか止まる気配がない。
 このまま帰っていいものかどうか、彼は迷っていた。
 十分ほども迷っていただろうか。
 彼は勇気を奮って靴を脱ぎ、彼女が消えた風呂場へと向かい、その扉を開け
た。
「ずいぶんと……遅かったですね」
 少女は風呂桶の端に腰を下ろして、入口の彼の方を見ていた。
 シャワーは彼女の傍らに転がって、意味も無く温水を吹き出している。
「あ……うん」
 信じられない。
 彼女は自分が来るのを待っていたんだ!
 震えながら、学生は深呼吸をした。
 まるで酒を初めて飲んだ時のように、体がふわふわと浮き上がるような感じ
だと、学生は思った。手が震える。足も震えている。
「服を脱がないんですの? まあ、濡れた服でセックスをするのも素敵ですけ
ども、やっぱり直接肌と肌を触れ合わせたいですね」
 少女の言葉に、彼は急いでシャツをはぎ取るように脱ぎ去り、一度は着たズ
ボンやトランクスを脱いだ。その様子を彼女は、目を細めてじっとみつめてい
た。


 実は彼女は、外出する時には眼鏡がないと少し不自由する程度の近視だった。
だから、眼鏡がないとつい、目を細めて見つめてしまうのだ。やや垂れ目がち
な少女のそんな様子は、彼女の柔らかな風貌と相まって、不快に思われかねな
いこの仕草をかえって魅力あるものにさせていた。
 たちまち少女と同じように全裸になった学生は、おずおずと風呂場に足を踏
み入れた。風呂場は狭い。人間が2人座るくらいのスペースはあるが、身動き
をしようものならたちまち壁に当たってしまうだろう。
 どうするのだろうと所在無げに突っ立っていると、少女は彼に背中を見せ、
手早く風呂桶にふたをして、その上に上半身を預けて足を開いた。
「後ろから、来て……」
 いきなり直球。それもド真ん中、180Kクラスのスーパーストレートだった。
 無修正ビデオも見たことがない彼にとって、初めての女性器が目の前に広がっ
ていた。
 大きなお尻が人の字のように割れ、その狭間には小さくすぼまったアヌスと、
珊瑚色をした媚唇が彼を待ち構えている。
 学生はぽってりとしたお尻に両手をかけ、闇雲に腰を突き入れた。
 何度か滑ったが、少女は慌てず彼のペニスに手をやって誘導して挿入を果た
させた。暖かく、ぬるぬるとした得体の知れない中に性器を入れる未知の快感
に、学生は思わず呻き声を上げた。
「にゃああんっ!」
 少女もまた、猫のような声を上げてのけぞった。濡れた髪が跳ね、風呂場に
小さな水滴が舞い上がる。
 その光景を、悠司はまるで他人事のように呆然と感じていた。
 なんか必死だなあ……。俺の初体験の時もこんなふうだったのかな。
 悠司の初体験も同じ後背位だった。
 あまり好きでもない2年下の後輩から告白され、大した顔でもないと思いな
がらつき合い始めた。セックスをしたのは、告白されて2週間後だった。彼の
ハートを真に射止めるためにはこれしかない! と周りからはやしたてられ、
彼女の方から求めてきたのだ。


 それからは卒業するまで、週に2回はセックスをした。
 彼が卒業して東京に出てきてからも、彼女からは週に一回は手紙が着た。だ
が彼は返事を出したことなど一度も無かった。やがて手紙は隔週となり、月一
になり、季節毎になり、昨年の暑中見舞いを最後にとうとう途絶えてしまった。
 卒業してから3年……か。
 彼が宿る肉体が繰り広げる痴態をよそに、彼の思考は全く違う空間を漂い続
けている。魂だけが抜け出たように、悠司は客観的に、男と女、両方の視点で
目の前のセックスを分析する。
 学生はただ、ひたすら腰を前後に動かしている。 
 まるでダッチワイフでオナニーをしているみたいだな。と、悠司はぼんやり
と思った。好き嫌いとは関係無しに、ただ肉体の快楽だけを求めて求め合う関
係は、まさに彼が考えた事そのものだった。
 しかし、気持ち良さそうにしていやがるなあ。
 快楽と切り離された彼の自我は、そう呑気に思った。
 やがて学生の息が荒くなり、腰の動きも短く早い物へと変わってきた。それ
でも何度か抜けそうになり、そのたびに慌てて挿入し直す。
 ああ、そういえばスキンをつけていないな……。
 悠司の意識はそれを最後に、ブラックアウトした。
 少女の喘ぎ声はもはや遠慮仮借なくなり、アパートどころか道路にまで響き
渡り始めていた。
「あふん! いいの! おちんちん一杯、おまんこにっ、いいのっ! もっと
おまんこぉっ刺してっ! 奥までいぃぃっぱぁぁい、じゅくじゅくにしてぇっ!」
「ぼ、ボクもうだめだっ!」
「中にぃっ! せーしいっぱい、中に出してえぇぇっ!!!」
 学生が少女に覆い被さるように倒れ込むと同時に、射精が始まった。
「あきゅうぅぅんっ……せーし……せーしがいっぱいなのぉ。どくっどくって
おまんこに一杯なのぉ……もっとせーしちょうだい……もっとぉ!」


 ペニスが奥まで吸い込まれるようだった。三度目の射精だというのに、量も
今までの中で一番多かった。ここ1ヶ月していなかったオナニーの分を一度で
取り戻すかのような、凄まじい射精だった。いつまでもいつまでもペニスは脈
打ち続け、お腹が空っぽになるような感じだ。
 そのうち、痛みを感じて彼は彼女の上から退いた。次いで、小さくなったペ
ニスも彼女の中からこぼれ出た。
 まだペニスは脈打ち続けているが、何も出る物はない。それなのに、まだ射
精をしようとして、びくびくと脈打っている。
 少女が体を返して、立ち尽くしている彼の足下にひざまずいて萎えたモノに
手を伸ばした。
 学生はびくっとして、一歩後退った。
 先程までは魅力的に見えた笑顔が、今度は悪魔のそれに見えた。
 底抜けの淫魔だ。
 やっぱり都会は怖い所だ。祖母の言うことは本当だった。
 学生は身を翻し、転ぶように風呂場から逃げ出した。服を引っ掴み、裸なの
も構わずに部屋から消え去った
 少女は彼を引き止めもせず、彼が部屋から出ていってから、ぽつりと呟いた。
「あら。期待していたのにたった3回だけなんて、残念ですわ」
 股間から流れ出る精液をすくいとって、口元まで持って舐めた。
「でも……あなた方は期待を裏切りませんよね?」
 彼女が振り向いた換気窓には、何人もの目を血走らせた男が群がっていた。
 そして、微笑んで言う。
「さあ、どうぞいらっしゃい。そして私を満足させてくださいね」
 地響のような音と共に扉が開いた。
 そしてアパート全体がきしみ始める……。



 体が重かった。
 祐司は寝返りをうとうとするが、何かにじゃまされて思うようにいかない。
枕に顔を埋めたまま、それを手探りする。
 ぐにゃり。
 いやぁな手触りがした。
 悠司は跳ねるように飛び起きた。
「わあっ!」
 驚くのも無理はない。
 目を細めて見渡してみると、そこは見たこともないホテルの一室、それもシ
ングルやツインではない3〜4部屋は軽くぶち抜きにしてある部屋だった。恐
らく、ロイヤルスイートクラスの部屋だ。
 床には全裸の男達が何人も、まるで死体のように転がっていた。4〜5人は
いるだろうか。もちろん、優に5人は寝られるだろう祐司が腰を下ろしている
ベッドにも、2人の男が疲れ果てて寝息を立てていた。
 何気ない動作でサイドボードから眼鏡を取り上げて着けた。途端に視界が、
よりしっかりしたものになる。
「これは一体……」
 言葉や動作が自分の物になったことを嬉しく思いながら、悠司は恐る恐るベッ
ドから降りた。薄いネグリジェを着てはいるが、どうやら下着は着けていない
ようだ。下半身がスースーする。

 おぼろげな記憶をたどって、悠司は愕然となった。
 あの晩、謎のファイルのせいかどうかわからないが、彼は女へと変身してし
まった。そしてそのまま、彼が住むアパートの住民全員と乱交を繰り広げたの
だ。
 全員の足腰が立たなくなるまで、3時間とかからなかった。
 ザーメンを全身にこびりつかせたまま、少女となった悠司はTシャツにジー
ンズというラフなスタイルで街に出た。既に夜中の2時を回っていたが、街に
はまだ多くの人間がたむろっていた。
 彼女は男達に片っ端から声をかけていった。たちまち7人の男を捕まえ、2
台のタクシーに分乗して都心からやや外れた場所にある高級ホテルへと向かっ
た。
 ホテルのフロントは怪訝そうな顔一つせず、彼女にキーを渡した。どうも最
上階は彼女の貸切になっているらしい。
 その後は……。
 悠司の胃から酸っぱい物が込み上げてきて、彼は洗面所へと走った。
 忘れたい。あんなことは忘れたかった。
 部屋に入ってからも携帯電話で呼び出された者やらで、延べ人数で20人を
越える男達が入れ代わり立ち代わり彼女を犯した。男達の精液をストローから
すするように貪るように飲み干し、性器から溢れるほど注ぎ込まれ、アヌスも
犯され直腸までザーメンで満たされた。
 吐く息すらも精液の匂いがした。
 だが少女にとって、それら全てが快楽だった。男の全てが疲れ果て、眠りに
就いたのを見下ろす彼女は、まさにセックスの権化だった。


 何本ものペニスを体にこすりつけられ、胸で、腹で、手で、口で、お尻で、
そして性器で射精された。まるでエンドレステープを再生したかのごとく……。
 悠司は吐いた。吐いて、吐いて、吐く物が無くなっても吐き続けた。
 胃液に混じって半固形の得体の知れないものが洗面台に何度も流れるのを見
たが、それが何かは、あえて考えなかった。確認したら死にたくなってしまう
だろうから。
 酸っぱくなった口を水ですすぎ、顔を洗う。
 顔を洗うと今度は手も洗いたくなり、そうなると足や体まで全身を清めたく
なった。身体中に感じる肌がひきつれたような違和感を、早く拭い去りたかっ
た。
 悠司は体にまとわり付くくせに頼りないネグリジェを脱ぎ、バカバカしいほ
ど広いバスルームに入った。ユニットバスではない。脱衣室の広さだけで、軽
く八畳はある。これだけでも彼の部屋より大きかった。浴槽は両手足を広げて
もまだたっぷりと余裕がある広さだったが、お湯は張られていない。
 そこでシャワーコックを捻り、スポンジにソープをこすりつけて体をこすっ
た。昨晩のような敏感な反応はもうなかった。これを幸いに、悠司は力を込め
て肌が赤くなるほどこすった。しばらくして全身がひりひりとしてくるまで、
彼は女になってしまった自分の体をこすり続けた。
 ようやく人心地がついて、悠司はバスルームを出て体を拭き、バスローブを
身にまとった。女性の下着は着ける気がしなかった。だから彼は、替えの下着
がちゃんと用意されていることに疑問を抱かなかった。


 男達から離れ、控えと思われる独立した部屋に閉じこもった悠司は、横にお
いてある電話が鳴り始めて飛び上がるほど驚いた。
 恐る恐る受話器を取り上げて耳に当てる。
「はい」
「瀬野木様、朝食はどうなさいますか」
「け……結構です」
 受話器を置こうとして、フロントとおぼしき男が何か続きを言っていたこと
に気付き、慌てて耳に戻した。
「いつもの通り、7時にお迎えが参ります」
 お迎えって何だ? と尋ねようとする前に、体はまたもや彼を裏切った。
「ご苦労様。後はいつものようにお願いしますね。ご迷惑をお掛けします」
「いいえ。それでは、失礼いたします」
 丁寧な口調で受け答えをし、受話器を元に戻す。
 もはや彼の身体は、彼の物ではなかった。
 専用のドレッサーの中に、白のブラウスと紺色の制服があった。背中の腰の
部分にあたる大きなリボンがアクセントになってる。まるで和服の帯のようだ。
 バスローブを脱ぎ捨てると、チェストを開けてブラジャーとショーツを取り
出す。どちらも淡い水色のごく普通のかわいらしい物だ。ショーツをはいてか
ら、ブラジャーのカップの部分を背中に持っていって、ホックをお腹で留める。
そのまま前後を入れ替えると、カップの部分が裏返しになっていた。それを反
転させ、下から持ち上げるようにしてバストをカップに収めた。
 後は指をストラップを肩にかけ、指を入れて裏返しになった部分を表に返す
だけだった。
 手際の良い着替えに、悠司は自分の立場を忘れて思わず感心してしまった。


 制服を身に着け、姿見の前に立った少女はもう昨晩の淫女ではなく、ごく普
通の女子高生にしかみえなかった。
 そして、まだ濡れている髪の毛をドレッサーの前に坐ってケアする。悠司は
ドライヤーの音を聞きつけて男が目を覚まさないかひやひやしたが、そんな気
配は一向になかった。
 無理もない。
 何しろそれぞれの男達は、精液が出なくなっても彼女に絞り取られ続けたの
だ。男が上げる悲鳴を、彼女は嬉しそうに聞き惚れていた。
 結局、最後まで意識があったのは彼女だけだった。
 男達は正に精魂尽き果てて眠っているのだ。今なら地震が起きても気付かな
いに違いない。それほど疲れているのだ。
 髪が少し湿っている程度まで乾くと、少女はブラシを手にとって梳き始めた。
まるで人形のような見事な長髪だ。今時珍しい、ヘアカラーで痛めつけられて
いない正真正銘の緑の黒髪、鴉の濡れ羽色をした美しい髪だ。
 やがて滞りなく根元まで梳き通されたると、カチューシャをつけ、首筋のあ
たりでリボンでまとめて、残りはそのまま自然に背中へと流した。
 時計を見ると、6時50分だった。
 少女は立ち上がって、前夜に入ってきた入口とは別の方にある扉を開けた。
小さな廊下があり、行き止まりにはエレベーターが設置されていた。ボタンを
押すと、さほど待たずに昇降機がやってきて扉を開く。
 どうやらこのエレベーターは、あの部屋専用の物のようだった。
 何やら得体の知れない事態になっている事に、彼は自分の体が思うようにな
らない以上の恐怖を抱いた。


 やがてエレベーターは地階へと到着し、扉が開いた。
 そこは駐車場の一角のようだった。すぐ近くに豪華な黒塗りのリムジンが静
かに停車していた。助手席と後部座席が観音開きに開いており、その脇には6
0絡みの、仕立の良いスーツを着こなした老紳士が立っている。彼は少女を認
めると流れるような動作で頭を下げた。
「御早う御座います。亜美(つぐみ)様」
「おはよう、東雲(しののめ)」
 ここでようやく悠司は、今の体の主が瀬野木亜美と呼ばれている事を知った。
もちろん初めて聞く名前だ。東雲というのは男性の名字だろう。
 少女は当たり前のように後部座席に身を沈めた。
 老紳士が扉を閉め、自分は助手席に座って助手席の扉を閉めると同時に、車
は滑るように走り出した。
 やがて車は地下駐車場を出て、一般道を走り始める。
 ぼんやりと窓の外を眺めていると、老紳士が口を開いた。
「亜美様。いつまであのような真似をなさるのですか」
 あのような、とはもちろん男を連れ込んでの乱交のことだろう。悠司はこの
体を操っている者(物?)がどのように答えるかを固唾を呑んで見守った。
「私を満足させてくれる殿方がいらっしゃらないんですもの」
 亜美はあっさりと言った。
「いつか私の前に必ず現れますわ。私にとって最高の殿方が。それまでは……
私のわがままを通させてください」


 東雲と呼ばれた老紳士はまだ何かを言いたそうだったが、口をつぐんだ。恐
らく主従関係にあるこの二人にとって、今の彼の発言はそれを越えるものだっ
たのだろう。だから、それ以上追及しなかったのだ。
 まるで滑るように走る車の中で、悠司は考え続けた。疑問のいくつかは解消
したが、それ以上の疑問がわきあがる。
 このリムジンといい、執事か何かと思われる老紳士といい、彼女は並の金持
ちではない事がうかがえる。この服装からすると、高校生くらいだということ
は想像がつく。
 彼の頭に雷鳴の如き閃きが訪れた。
 まさか、これも……ゲームの設定通りなのか!?
 容姿はまさに彼が憶えているものに近い。金持ちのお嬢様という設定も、淫
乱で毎夜のように男漁りをして、レズビアンで……。
 そこから先は、なんだっただろう。
 調子に乗ってプルダウンメニューから項目を選んだり、時にはより過激なキー
ワードを入力したりもした。だが、ここから先はまるで思い出せない。思い出
そうとすればするほど、手の中から水のように記憶がこぼれ落ちてしまうよう
だった。
 焦る彼をよそに、車はやがて緑深い郊外にある学校に着いた。
「紫峯院女子学園」
 緑青の浮いたプレートにはそう彫り込まれていた。
 聞いたことがない学校だ。女子校マニアの友人ならば知っているのかもしれ
ないが……。


 ほとんど前のめりになることもなく、静かに車は敷地内で停車した。助手席
の東雲と呼ばれた老紳士が後部座席の扉を開けてから、亜美は降車した。立ち
上がると、いつの間にか東雲は黒の鞄と、テニスラケットが差し込んであるス
ポーツバッグを持って立っていた。
「ありがとう、東雲」
 そう言って受け取る。
「亜美様、本日はどのようなご予定でしょうか」
「いつも通りで。それから……」
 すこし考えるように宙を見つめて、言った。
「これからしばらくは自重します。東雲にもこれ以上心配をさせたくありませ
んから」
 東雲はわずかに表情を緩めたが、そのまま黙礼して亜美が立ち去るのを待っ
てからリムジンで戻っていった。
 亜美は微笑みを浮かべて校舎へと歩いてゆく。
 それはまさしく、男を目の前にした淫女のそれとまったく同じものだった。



 時計を見ると、まだ7時50分。
 悠司が高校生の時の感覚からすると、まだ学校が始まるまで1時間ほどある
ことになるが、校内には結構な数の生徒が歩いていた。
 敷地は彼が通っている都心の大学よりもかなり広い。
 校舎らしき建物は3階建と低く、校舎よりもその他の施設の方が目立ってい
る。体育館もここから2つ見えるし、もう少し背の低いカマボコ状の建物もあ
る。何かの室内練習場なのだろうか。郊外というのもあるだろうが、それでも
この施設は相当に力が入っている。私立なのだろうが、さぞや授業料は高いだ
ろうなと悠司は想像した。
 歩いている生徒は、制服姿とスポーツウェア姿が半々くらいだ。中には袴姿
の生徒もいる。弓道部なのだろうか。
 歩いているうちに、ある建物の扉の中から、スポーツバッグを持った生徒が
出てきた。テニスラケットを持っている。
 亜美は小走りに彼女の近くへと歩み寄り、ぺこりと頭を下げた。
「御早う御座います、楠樹先輩!」
「おはよう、瀬野木さん。今日は朝練はお休みだったわね」
「はい。明日はちゃんと出ます」
「がんばってね」
 楠樹と呼ばれた上級生は、亜美とそう変わらない背丈だった。同じように髪
を長く伸ばしているが、肉感的な生々しい印象の亜美と比べると、どこかしら
作り物のような印象のある整った顔立ちの美少女で、まるで日本人形のようだ。
 ふたりは横に並びながら部活動についての話を始めた。どうやらこの上級生
もテニス部らしい。
 彼女が話をする度に口許に持ってゆく左手の薬指には、あまり目立たない、
小さな石が入った指輪がきらめいている。もしかしてこれは婚約指輪なのだろ
うか。校則に違反しないのかと悠司が思った時、亜美が口を開いた。
「前から思っていたんですけれど、先輩のその指輪、婚約指輪ですよね?」


 しばらく答えはなかったが、少し嬉しそうな、それでいて今までよりも小さ
な声でそっと答えた。
「そうよ。本当は別の指輪なんだけど、学校につけてくるには目立ち過ぎちゃ
うから、代わりにこれをつけてるの」
「婚約者って、どんな方なんですか?」
「うふふ……秘密ぅ!」
 両手を胸のあたりで合わせて、亜美の顔をのぞきこんだ。
「卒業したら結婚することになってるの。でも、皆にはまだ内緒よ?」
「やっぱりそうだったんですか。私達一年生の間でも話題になってるんですよ。
先輩の"指輪の君"は誰かって」
「ごめんなさいね。先生にあまりおおっぴらに話してはいけないって注意され
ているの。だから、瀬野木さんも黙っていてくれるかな。結婚式には招待して
あげるから」
 その時、亜美が微笑んだ。
 悠司の心に、何か引っ掛かるものがある。確か前もこんな事が……。
「じゃあ、口止め料は先輩のキスで」
「えっ?」
 一瞬戸惑った彼女の隙を逃さず、亜美は彼女の肩を抱き寄せて唇を重ねた。
フレンチでもなく、ディープでもない……親愛と情欲の狭間にある、微妙な口
付けを。
 湿った音を立てて、二人の唇が離れた。
 楠樹先輩は悪戯っ子を咎めるような、だが、決して嫌悪はしていない表情で
亜美を見つめた。
「高くついちゃったわね」
「……先輩、いつも婚約者の人とエッチをしているんですよね」
「いつもじゃないわよ」
「でも、しているんでしょう?」
 先輩は顔を寄せて、耳元で囁いた。


「しているわよ。身体中が泡になって溶けちゃいそうになるくらいに」
「いいですね、先輩」
 亜美がぽつりと言った。
「私、そんな人いないんです」
 何十人ものペニスをしゃぶり、貫かれた口で言うことではない。あれだけ達
してもまだ足りないとでもいうのだろうか。
「いつか、瀬野木さんの前にもそういう人が現れるわよ。あなたの王子様が」
「本当にそうだったらいいんですけれど」
「大丈夫! 私が保証してあげる」
「先輩に言っていただけたら、なんか本当にそうなるかもしれないって思えて
きました」
「そうよ。願いはかなうの!」
 先を行く先輩の背に向かって、亜美は言った。
「楠樹先輩、もう一つだけお願いがあるんですけれど」
「何かしら?」
「私の事、名前で呼んでくれませんか?」
「つぐみちゃん、って?」
「はい」
 先輩に名前を呼ばれた瞬間、体に電撃のような痺れが走った。
 そういえばこいつ、レズビアンって設定だったよなと悠司は思い出した。ま
さか、先輩まで「喰って」しまうんじゃないだろうか?
 だが男相手の時とは裏腹に、悠司はかえって期待をし始めていた。
 そうだ。女子校なのだ。
 未経験かどうかはともかく、ハイティーンの少女がたくさんいる。男子禁制
のめくるめく少女の園! これに期待せずにはいらない。
「それじゃあ、亜美ちゃん。また部活動の時にね」
「はい。楽しみにしています、先輩!」
 手を振る先輩を見送る彼女の顔には、また例の笑みが浮かんでいた。


 こうして悠司は、学校生活を傍観者の立場で見学することになった。
 自分の思いのままに体が動けばいいのだが、そうはならない。秘密の園へ突
撃をかけようにも体が動かないのでは意味がなかった。
 だが、ボロを出す心配もない。
 外界に意識を向けようと思わなければ、仮眠をしているような状態になるこ
とがわかった。聴覚だけが入ってくるが、それさえも生活雑音のように聞き流
すことができた。
 授業は退屈だったが、土曜日なのが幸いした。
 半日の間、悠司は亜美を通してぼんやり見聞きしたが、特に面白い事はなかっ
た。
 ただ、このクラスで亜美がそれなりに人気があるのはわかった。授業が終る
と、何人かが声をかけてくる。次の授業の事だとか、放課後は何をするかなど、
たわいない事ばかりだ。その輪の中に、亜美は常にいた。
 あんがい女子高生というのもつまらないもんだと悠司は思った。その一歩で、
悠司はもしこれが幽霊だったら、もっとつまらないだろうなとも。
 確かに幽霊はどこにでも入り込めるかもしれないが、それ以上何もできない。
熱くたぎる血がなければ、肉欲も盛り上がりようがない。実際、今の立場は幽
霊とほとんどかわりがなかった。この体に自縛されているようなものだ。時に
は感覚を取り戻せるが、自分の自由にはならないのが歯がゆい。
 つまり彼は、山海の珍味、腕利きのシェフがこしらえた御馳走を目の前にし
ながら食べられないようなものだった。
 悠司は山盛りの御馳走を目の前にし、動かない体に身悶えしながら……。
「亜美、亜美……つ〜ぐみっち!」
 肩を揺さぶられて我に返った。
 教室の中で机に突っ伏して寝ていたらしい。
「あっ……えっ?」
「気持ち良さそうに寝てたけれど、部活動なんじゃないの?」


 自分を起こしたのは、ショートヘアーの快活そうな少女だった。制服のブラ
ウスの前がはだけ、中に着ている紺色の物が見えた。
「あ……うん」
「それじゃ。お礼がしたいんだったら、今度瑞洋軒のアイスをおごってね」
「うん」
「返事したね? 約束だよ。忘れないでね!」
 それだけ言うと彼女はブラウスを脱ぎながら教室を出ていった。下は紺色を
ベースにしたサイドが白いストライプの競泳用水着だった。
「水泳部なのかな?」
 教室の中は自分一人だけだった。
 しばしぼうっと宙を見つめて、ようやく悠司は状況を把握した。どうやら授
業は終わったようだ。そして、今、彼は体の支配権を取り戻している。
 だが彼は何をしていいか迷った。
 なにしろ今、自分は女性の体に入っている居候のような存在なのだ。自分は
本当は男で、なぜかまったく別人の女性になってしまった上に、体も自由にな
らないとなれば、どうすればいいのか戸惑うのも無理はない。
 教室の匂いは、どこか化粧品の香料のような甘い香りが漂っている。それら
化粧品や衣服が発する匂い、人が発する体臭などの生活臭が染み込んでいるよ
うだった。知り合いの女子校マニアなら、この匂いを嗅ぐだけで感激に打ち震
えただろう。
 机の中をのぞいて見ると、きちんと揃えられたノートと教科書、ペンケース
が入っている。プリントや授業に必要がないその他の物でごちゃごちゃだった
悠司とは大違いだ。
 いつ体が自由ではなくなるかと脅えつつ、とりあえず机の中の物を全て鞄の
中に詰め込む。必要最小限の物だけなのか、鞄の半分にも満たない量だった。


 そういえば部活動が、とかいう話だった。スポーツバッグの、まだ新しいテ
ニスラケットといい、朝の先輩との会話といい、彼女がテニス部に属している
のは疑いようのない事実のようだ。
 選択の余地は極めて小さい。
 テニス部に行くか、行かないか。これしかない。
 財布には5千円札が1枚と千円札が2枚しか入っていなかった。学校に来て
いるだけにしては持っている方だとは思うが、あんなスイートを貸し切るほど
の家の娘とは思えない、嘆かわしいほどのつつましさだった。
 それに、クレジットカードどころかキャッシュカードすら入っていなかった。
もっとも、カードがあったところで暗証番号はわからないから、金は引き出せ
ないのだが。
 電車で悠司のアパートに帰るのはたやすいが、その先はどうすればいいのだ
ろうか。あのアパートの住人とまた顔を合わせるのはできるだけ避けたかった。
つまり、この選択肢は実質的に選べないということだ。
 テニス部に行かないとすると、どうやって暇をつぶしたらいいのか。
 東雲に電話しようにも、電話番号がわからない。何と彼女は、携帯電話も持っ
ていなかった。探してみたが、電話番号を記すような手帳も見当たらない。
 いや、放課後に車が学校に来るとは限らない。来るにしても、どこに、何時
に迎えが来るのかも、悠司は知らないのだ。おまけに今日は土曜日。まだ昼飯
も食べていない。
 何を最初にするべきか……。
 こうして悠司は動くに動けず、固まってしまった。
 なおも悩み続けていると、体が浮くような感覚がした。体が勝手に動き、視
界が思うようにならなくなった。また体の支配権を奪い取られてしまったよう
だ。


 いい加減こんなことにも慣れてきた悠司は、そのまま見学することに決めた。
たぶん部活動にでも行くのだろう。となれば更衣室に行くのは間違いない。
 これはこれで楽しみだ。
 亜美は鞄を開け、首を傾げながら内容物の位置を変えた。いちいち細かいや
つだと悠司は思ったが、皮肉は通じないようだ。
 鞄とロッカーにしまったスポーツバッグを持って下へと向かう。彼女の教室
は二階だった。廊下ですれ違う教師と挨拶を交わしながら、校舎の一階から伸
びる渡り廊下を歩いてゆく。
 渡り廊下の先は新しい建物と、やや左手の方に少々古い建物が並び立ってい
た。とはいえ、古い方の建物でも、彼が住むアパートや行っている大学の校舎
よりは新しい。築20年くらいだろうか。
 亜美はその古い方の建物へと歩いていった。
 そこは更衣室だった。
 汗の匂いが部屋の中に漂っているが、空調は効いている。なんと更衣室なの
に空調があるのだ。教室もクーラーが効いていたし、実にぜいたくな学校だ。
 まるで下足箱か図書館の棚のように縦長のロッカーが立ち並び、通路に面し
た場所にクラブの名札がついている。中には長刀部や合気道部のようなものま
であった。
 やがてテニス部とある場所に行き着く。どうやらここのようだ。
「こんにちは、瀬野木さん」
「こんにちは」
 三々五々と一年生達がやってきた。さすがに一年生は早い。
 学年は制服の襟の色でわかる。一年はえんじ色、二年はスカイブルー、三年
は黄色だ。来年三年生が卒業すれば、その次の一年生が黄色のラインを受け継
ぐようになっている。その知識が、悠司にも流れ込んできた。


 どうやら先輩達はまだ来ていないらしい。今日は土曜日で、クラブ活動は昼
食を食べてからになるようだ。
「瀬野木さん、お昼はどうする?」
「食堂で食べようと思ってるの」
「じゃあ、御一緒しない?」
「よろこんで」
 などと話しながら着替え始める。
 視界に入ってくる女子高生の下着姿に、悠司の存在しない心臓が高鳴った。
 亜美に比べると、まだ子供子供した印象を受けるが、顔立ちやスタイルはど
れもA級と言えるだろう。育ちがいいのか、脱いだ制服を丁寧にハンガーにか
けている。
 ここでこのまま押し倒す事ができたらどんなにいいか。
 まだ男を知らない体に、最初の刻印を刻み込みたい。
 体の反応が無い分、妄想はどんどん膨らみ、過激になってゆく。
 そんな悠司の妄想を感じたのか、全員が下着姿になった頃を見計らったかの
ように、亜美が口を開いた。
「皆に提案があるんだけど、いいかな?」
 亜美を除いた1年生部員5人全員が、彼女の方を見た。
「今日は、ね」
 悠司は我に返った。
 また、顔がいつもの微笑みを形作る。
 きた……。
 ここにきてようやく悠司にも飲み込めてきた。
「テニスウェアの下は、何もはかないで練習するっていうのは、どうかしら?」
 彼女が微笑むのは、エロティックな事件が起きる前触れなのだ。

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