2章“馴致”


──誰だろう?
小刻みな呼吸音が聞こえる。女の子のものだ。
ハァッ、ハァッ、という呼気。それに混じる鼻にかかった甘い声。
ぼんやりと瞼を開けても最初は濃密な闇に視界が覆われていた。
ずっと喘ぎ声が聞こえている。
すぐ間近なところから……。
「アア……」
甘く腰に響くような声が喉を震わせたとき、はっきりと自覚した。
この甘ったるい喘ぎ声を発しているのがほかならない自分自身だというこ
とに。
なんで僕はこんな声を……?
訝しく思う暇もなく、体の中心を甘い快感が走りぬけた。
「ふぁぁ……」
目が覚めたのに、体を起こすことができなかった。
やがて、闇の中に誰かの姿が浮かびあがった。上から覆い被さるようにし
て誰かがのしかかっている。その何者かの吐息が生温かく首筋にかかる。
「……真人……?」
暗闇の中、おぼろに浮かび上がったのは、まぎれもなく親友の真人の顔だっ
た。
ぎらぎらとした欲望の色を浮かべた真人の顔が頭上こにあった。
「ああ……いい……」
「や……」
ズン、と何か体の中で動いた。


ニチュと湿った音。
股の間、本当ならペニスのあるべき部位から、何かが体の内部に侵入して
いた。
「いい……すごくいいよ……」
かくかくと顎を震わせて真人が息をもらした。
顔を背けようとすると再び、ズゥンと衝動がくる。固くなって熱を帯びた
“塊”が下腹部で蠢いていた。
ズチュゥッ……
塊がひいていく。圧迫感から解放され、息をつく。
ズウンン……!
「あうあっ!」
粘膜を押し広げて、あの熱いモノが突き入れられる。ヌラヌラとまつわり
つく粘液が、そのモノの侵入をひどくたやすいものにしていた。
ズチュ、ズチュ……
静まりかえった空間の中、その淫猥な音だけが大きく響いた。
体内に侵入してくるモノから逃れようと腰をひくと、真人に軽々と腰を抱
かれ、あっさりと引き戻されてしまった。
いやだ、こんなのはいやだ!
そう思っているのに、鼻にかかった声で喘いでいるのは僕自身だった。
「最高だ、ヨシ。止まらないよ」
「あっ……ふぁ……あくっ……」
真人が腰を振ると、そのたびに秘所の柔らかな粘膜がかき回され、熱いモ
ノ……ペニスが深く入り込んでくる。
犯されている……僕は男に犯されている……!


ぎゅっと腰を掴まれると、どうしようもなかった。なす術もなく、固いペ
ニスが中に分け入ってくる。そしてこの唇がわなないて甘く誘うような吐
息をはき出す。
「や……やめろ、マサ……あくうううっ!?」
ひときわ深く挿入されて僕はのけぞった。
「マサ? 誰のことだよ? ヘヘヘ」
「な!?」
見上げた先にあったのは、圭一の顔だった。
「せいぜい楽しませてくれよ」
「や……アアッ!」
いつのまに、全裸にされてたのだろう。
圭一の顔が迫ってきたと思うと、それは胸の上で落ち着きなく揺れるやわ
らかなふくらみに向かった。
かさついた唇が乳房の敏感な肌をかすめ、次の瞬間乳首をすっぽりと口に
くわえられた。
「クク……」
「あ、すう……な……ふあぁぁぁぁぁ……!」
覚悟を決める暇も与えられず、容赦なく乳首を吸われた。
ジィンと痺れるほどの衝撃が走って、頭の中に霞がかかった。
舌の先端が乳輪のあたりを這うと、それだけであまりの強い快感に、カク
カクと体が震えた。
「もう……やめ……」
「バーカ。これからだよ」
胸から顔が離れると同時に、下半身へのピストン運動が激しくなった。
ズプゥッ……!
深くゆっくりと挿入されたかと思うと、次はパシパシと打ちつけるように
早く短く挿入される。


「アッ……アン……アッ、アッ……」
ペニスで秘奥をえぐられるたびに、大事な何かが心から抜け落ちていくよ
うな気がした。このままじゃ犯されたら、おかしくなる……。男なのに…
…男なのに……犯されることが快感に……。
「い……や……」
いやだ──!
心の中で絶叫した。
一瞬つぶっていた目を開けたとき、圭一はいなくなっていた。
かわりにそこに存在していたのは、人間ではない何か、だった。
人間の半分ほどの大きさ。黒い皮膚。背中の大きなコウモリ羽。ヨーロッ
パのゴシック建築によく見られるガーゴイルによく似ている……。
人ならざる貌が奇怪な笑いを浮かべたように見えた。
そいつの頭部は僕の股間のすぐそばにあった。異様に長く伸びた舌の先端
は僕の体内で蠢いていた。
「夢魔……」
どうしてその言葉を自分がつぶやいたかは分からない。
自分の言葉にハッとした。
夢魔。
何かの本で読んだことがある。中世ヨーロッパに伝わる悪魔の一種だ。寝
ている人間に淫らな夢を見させて、惑わすという……。


ニュルン、チュポッ!
「くあっ……!」
下腹部にひときわ甘美な電気が走った。
舌が引き抜かれるとき、湿った音がすると同時に僕は達していた。
体が自然と弓なりに反り、ヒクッヒクッと痙攣した。
「……ふう……はあ……あ!?」
その瞬間、ぱっちりと目が開いた。あわてて僕はごわつくマットの上で体
を起こした。
教室内にはうっすらと明かりが入っていた。
時計を見ると、ちょうど七時だった。誰かがカーテンを半分ほど開放して
いた。
さっきまでの濃密な暗闇はどこにもない。
「いまのは、夢……?」
呆然として僕はひとりごちた。


(つづく)




まだ股間に生々しく異物を挿入された感覚が残ってた。
腿をぴったりと閉じて内腿を摺り合わせるようにすると、そこにあるべき
男性器官の喪失が確認できた。
トランクスの中にそっと手を忍ばせると、茂みの奥に秘裂を感じられた。
そこはグッショリと濡れそぼっていた。
夢……暗闇の悪夢の中でそこを押し広げて熱く張り詰めたモノが挿入され
ていた。それを思い出すだけで躰の芯が甘く疼き、ジュンと熱い汁が染み
出た。その躰の反応に、僕の意思は一切介在してなかった。
朝起きたら男に戻っているのでは、というわずかな希望はこんなにも手ひ
どく打ち砕かれてしまった。
夢の中で自分が出していた媚声を覚えている。
たとえ夢の中とはいえ、男に犯されてあんな声を出してしまったのが悔し
かった。
それにしても……夢の最後に出てきたあの化け物。あれは恐ろしくリアル
だった。目が覚めたいまでも、あの化け物の存在が空想の産物とはとても
思えないほどだった……。
ふと、隣で衣擦れの音がした。
振り向くと、隣で寝ていた智史が僕と同じように上半身を起こしていた。
智史もまた変わり果てた女の身体のままだ。
それに加えて智史はグッショリと汗に濡れていた。
「あれは……夢だったのか……」
智史がつぶやいた言葉を僕は聞き逃さなかった。
まさか、と思った。
「その夢って……羽のある黒い怪物が出てくるんじゃ?」
「なんで狩野君がそれを!?」
「やっぱり……」


僕は自分が見た夢のことを智史に話した。もちろん、男に犯されながら快
感に悶えていたなんてことは胸のうちにしまっておいたが。話を聞いた智
史は愕然としていた。ほぼ同じ内容の夢を智史も見ていたというのだ。
「どういうこと……?」
「わからない。だけど、偶然で一致したとは思えない」
「うん……」
あの夢は、僕らが巻き込まれている“異変”とどういう関係があるんだろ
う?
いくら考えても答えは見つからなかった。
「夢の中では……その……狩野君も誰かに……いや、なんでもない」
智史は言葉の途中で口をつぐんでしまった。その頬が上気している。智史
もまた夢の中で男に抱かれ快感に身をよじっていたに違いない。
智史の白いカッターシャツは汗で濡れそぼってぴったりと肌にはりついて
いた。
丸いふくらみが、シャツの布を思いきり持ち上げていた。濡れているせい
で色白の肌が透けて見える。アンダーバストの描くラインまで透けて見え
て、扇情的な光景だった。
僕の男としての欲望が、智史の露わに浮かび上がったバストから目をそら
せないでいた。
視覚だけでなく、空気の中に甘い女の体臭が混じっているような気がする。
透けて見える女の裸を目の前にして、精神は欲情しているのに、それを受
けていきりたつ器官を僕は失っていた。どんなに視覚的に興奮していても、
股間に張り詰める固いペニスはないのだ。その事実が胸を刺した。
──つうっ。
「!?」
突然、胸に奇妙なくすぐったさを覚えた。


それは、胸のふくらみを撫でられた感覚だった。
智史が、手を伸ばして僕の胸を触ったのだった。
「な、なにを……!?」
「ご、ごめっ……我慢できなくて」
自分の上半身を見下ろして、ようやく気がついた。僕自身も智史と同じよ
うに汗でシャツを肌に張り付かせていたのだ。同じように、バストの形を
浮かび上がらせて。智史は、このヌードグラビアのワンショットのような
姿を見て、たまらずに手を出してしまったのだ。
「やわらかいよ。狩野君のオッパイ……」
「ば、ばか! やめっ……ヒッ!」
濡れて冷たくなったシャツの布地ごと胸を撫で回されて、僕は息を呑んだ。
智史の身体に僕が欲情してしまったのと同じように、智史もまた僕を見て
欲情していた……。
「やめろって……こんなの、間違ってるから……」
憑かれたように胸を触る智史の手を押し止めた。
放っておいたら、夢の中のように甘い喘ぎ声を出してしまいそうな自分が
怖かったからだ。意図せず腕の内側に胸が当たって、やわらかな弾力を感
じた。
「どうしたらいいかわからないんだ」
泣き笑いのような表情を浮かべて智史はいった。同じ立場の僕にとっては
鏡を見ているようだった。男として心は昂奮しながら身体が女になってい
るせいで、情欲が行き場を失ってぐるぐると空回りしてしまう。
智史は股間に手を持って行き、中指をそっと秘所のあたりに押し当てた。
クチュ、と小さな音がした。
「ンアッ……!」
ブルッと智史が身震いする。僕は耐えられず、その光景から目を逸らした。

(つづく)




平穏な日常の中でさえ、ある日を境に突然女になってしまったら途方に暮
れてしまうだろう。まして、こんな“異変”のさなかでは。自分の身体が
なぜか少女のものになってるという事実を、僕は完全に持て余していた。
心が順応する余裕も与えられず、ひたすら異性の肉体に振り回されている。
無理やり押し込まれたこの少女の体は、僕の男としての人格を束縛しよう
とする拘束衣みたいだ。
肌に張り付いた濡れた布地の不快感から少しでも自由になろうとカッター
シャツの胸元をつまんで揺すり、空気を送り込んだ。
そのときのバサバサという派手な衣擦れの音で、真人が目を覚ました。
「ん……朝、なのか……?」
「そうみたいだよ」
と黒板の上の時計を指してみせた。
「何も変わっちゃいないってことか」
真人は眠気を追い払うように寝癖のついた髪を手で掻き回した。
僕はひとつだけ、真人に確かめたいことがあった。
真人の前に回り、膝をつき合わせるようにして座った。
「マサ。夢は見なかったか?」
「夢?」
「暗闇の中で、その……化け物が出てきたりする夢なんだ」
「いや、そんな夢は見てないな。俺、もともと夢はあまり見ないほうだし。
でも、なんで?」
「ん、そんな深い意味はないけどさ」
曖昧に誤魔化して質問を切り上げた。
どうやら、真人は僕や智史が見たような夢は見ていないようだ。
もし、女性化した者だけがあの奇妙な夢を見たのだとしたら。そこにはど
んな意味があるのだろう……?


「なあ、悪い。朝でさ、ほら……勃っちまってるから。正直、目の前でそ
の姿見せられると、ツライよ」
「えっ……」
真人は腰を引き気味にしていた。そうか、起き抜けだから男の朝の生理現
象に見舞われているのか。
ちらりと見ただけでジッパーのあたりが小さなテントを張っているのが分
かる。逆の立場になって考えれば、真人の気持ちは簡単に理解できる。朝
立ちも収まらないのに至近距離に裸の胸が透けて見えるような女にいられ
たら、嫌がらせのようなものだ。
だけど同時に、真人の言葉に胸が痛くなった。体が変わってしまったこと
で、親友であるはずの真人に距離を置かれた気がしたからだ。真人だけで
なくみんなが僕を違う生き物として扱うようになってしまったら……。
「なに恥ずかしがってんだ。朝勃ちぐらい男なら当然だろ。健康な証拠!」
おどけた口調で言って、真人の背中を叩いた。
どんなに体が変わっても中身は男だった狩野由之と同じなんだ。それを真
人に分からせようと僕は必死だった。
「ヨシ、お前……」
「もう! このカラダ見て朝から欲情しちゃいました、って正直に言えば
いいのに」
「バ、バカ、誰が親友に欲情なんて!」
「まあまあ無理するなって。僕だってこんなエッチな格好した女の子がい
たら、欲情してるって。ほうら、せっかくだからサービス!」
僕はふざけて真人の手をとると、自分の乳房に導いた。
手を押し当てられて、くにゅっとふくらみが変形した。
真人は目を丸くしていた。そして真人の下半身はあまりにも正直に反応し
ていた。クンッと股間のテントが高さを増したのだ。


親友の真人が……僕の体に触れて欲情している……
自分でやったことなのに、僕はなぜか大きなショックを受けていた。そし
て、それ以上に真人は傷ついたような悲しそうな顔をして僕から身を離し
た。
「ごめん……ふざけすぎた」
「いや。俺が情けないからいけないんだ」
……僕はバカだ。
きのう、真人はみんなの見ている前で政にペニスを弄られて無惨にも射精
させられてしまった。そのショックがまだ心に残っているはずだ。それな
のに僕は無神経なことをしてしまった。僕はただ、心は男だということを
分かってほしかっただけなのに。
「あはは、真人は朝勃ち? 恥ずかしいからさっさとトイレで鎮めてきな
よ」
無邪気に笑って言ったのは智史だった。
「でも、いいなー。目が覚めても朝勃ちの気配もないってのも、これで寂
しいんだよ?」
と智史は股間の平坦さを強調するようにズボンのすそを吊り上げた。
智史はどういうつもりなんだろうと、僕も真人も呆気にとられた。
すると智史は教室をぐるりと見渡した。
「ほら。そろそろみんな起きてきた。元の世界に戻るために、やること、
考えることは山ほどありそうだよ」
「ああ」
「だからね、僕はひとまず受け入れることにしたんだ。女の子になっちゃっ
たって事実をそりゃ男に戻りたいけど、深刻ぶったところで解決にはなら
ないから。それよりはこの状況を楽しむことにしたんだ。そのほうが建設
的でしょ?」


同意を求めるように小首をかしげる智史。意識してのことなのかどうか、
その仕草はそこらの女子よりよほど女の子らしかった。
「深刻ぶっても解決にはならない、か。そうだよな。俺も目が覚めたよ」
「智史って、意外と考え方がしっかりしてるんだ」
「やだな。よっぽど頼りないって思われてた、僕?」
クスクスと笑う智史。
「ううん。頼りないのは僕のほうだな。同じ境遇なのに。智史のそういう
合理的な考え方って、やっぱり男のものだと思うよ」
僕がそう言うと、智史ははにかんだような顔で頷いた。
そのとき後ろから控え目に誰かが肩をとんとんと指で叩いた。
振り向いて立ち上がると、佐々原小春がそこにいた。小柄で明るく、面倒
見のいい女の子だ。クラスが別なので、それほど詳しいことは知らないけ
ど。
「狩野君と久住君。ちょっとこっちきて」
小春は廊下のほうへ向かって歩いていき、そこで手招きをした。
いったいなんだろう?
「あー、羽村君はちょっと遠慮してね。ごめーん」
一緒についてこようとした真人に向かって小春は待ったをかけた。
僕と智史は小春について教室を出た。
廊下には須藤真紀と、女性化した元・男子生徒が全員揃っていた。荻野政
、瀬川良祐、檜山慎二。そこに僕と智史が加わったことになる。女性化し
たみんなは程度の差こそあれ、服がひどいことになってた。きのう圭一た
ちに乱暴に扱われて服が破けたりしている上に寝乱れて皺が刻まれ、さら
に大量の汗で水を被ったみたいになってる。
智史が耳打ちしてきた。
「濡れてるのが妙に色っぽくて、いい眺めだよね。自分がその一人じゃな
きゃよかったけど」


「はは、まったく」
と苦笑してそれに答えた。
眼鏡少女の真紀が先頭をきって歩き出した。
「いこう」
と、小春がみんなを促す。
いこう、って、どこへ行くんだろう?
という疑問を読み取ったように真紀が口を開いた。
「更衣室のシャワーが使えるみたいだから、男の子たちより先に私たちが
使うことになったの。さっき隆哉君と相談して、そういうふうにしようっ
て」
「女の子、か」
ハスキーな声でつぶやいて慎二は自分のバストの重さをはかるように下か
ら支えた。
「俺たちは“女の子”に入るの?」
と、慎二。
慎二は元が比較的大柄で身長一八〇近くあった。どうも女になって少し背
が縮んでるみたいだが、それでも女にしては大柄だ。といって男女という
ふうでもない。女性的になった顔立ちはちょっときつめの美人といってい
い。
「あなたたちも体は女性なんだから、まさかほかの男子たちと一緒にシャ
ワーを浴びるわけにはいかないでしょ。私も悩んだけど、隆哉君がこうす
るのが自然だって」
なにかにつけ黒部隆哉の名前を持ち出すんだな、と僕は思った。
クラス委員長らしく生真面目に説明する真紀に、慎二は無言で肩をすくめ
ただけだった。女子バレーの選手みたいに身長のある慎二がそういう仕草
をすると妙に様になっていた。真紀をフォローするように小春が続けた。


「ここにいるみんなは急に女の子になっちゃって大変だと思うの。あたし
だって、自分が突然男になったら戸惑うと思うし。だからみんなの力にな
りたいの。あたしたちでよければ、いつでも相談に乗るからね」
「ありがとう、小春ちゃん。真紀ちゃん」
智史は屈託のない笑みを浮かべて小春たちの横に並んだ。小春、真紀と並
んでまるで智史まで生まれながらの女の子だったみたいだ。しかも並んだ
三人の中では、なんというか、智史が一番の美少女だった。
真紀に先導されて辿り着いた更衣室は、当然というべきか女子用更衣室だっ
た。
女子更衣室に入るなら、ほかの男たちと順番をずらさなくてもいいような
気がしたが、考えてみたら男女の更衣室は隣同士だ。同時にシャワーをつ
かったりしてると、男たちの中でへんな気を起こすやつが出ないとも限ら
ない。
「うわあ。僕ここに入るの初めてだ」
「初めてじゃなかったら問題あるわよ、羽山君」
「それもそうだ。えへへ」
頭をかいておどけてみせる智史。僕も智史を見習って、へんにこだわらず
女子更衣室に入ることにした。
男だからこそ、ここは思いきりよく服を脱ぐべきだろう。
汗でべとべとするカッターシャツとズボンを脱ぎ捨てた。さらにトランク
スも。
すでに全裸になってた智史が僕の胸をしげしげと見た。
「……僕のが大きいね」
「ばか……恥ずかしいこというな!」
シャワー室に入って水栓をひねると冷たいシャワーが降ってきた。欲を言
えば熱いシャワーを浴びたかったが、冷水でも体中にべっとりとついた汗
を流すには充分だった。


シャワーの雨滴が皮膚を弾く。
女になって全身の皮膚が敏感になっているのは感じていたけれども、こう
してシャワーを浴びると、それが強く実感できた。男の体では、こんなに
くすぐったくなったりはしなかった。刺激に慣れるまで乳房を腕でかばっ
ていないと感じすぎて声を出してしまいそうだった。
しばらく水に打たれているうちになんとか我慢できるようになってきた。
乳房の形にそって水が流れていくのを感じる。
シャワーの水を浴びながら、自分の胸を見下ろして、あらためて乳房を観
察してみた。ツンと上を向いた形のいい乳房だ。体重を移動させるたびに
プル、プルと瑞々しく震えるふくらみ。手で包み込むと、なんともいえな
い心地よい弾力とやわらかさを同時に感じる。健全な男子なら誰だってこ
んなバストを好きなだけ見て触っていいといわれたら、涎を垂らして飛び
つくだろう。僕だってそうだ。ただひとつの問題は、その欲望の対象が自
分自身の肉体だということだ……。どんなにこの極上の胸を弄り回したと
しても、今の僕はそれ以上先に進めない。高まった欲望を吐き出そうとペ
ニスをしごくことすらできない体なのだ。考えようによっては、拷問だ。
常に欲望の対象が手の届くとこにありながら、その欲望を満たす器官を欠
いているのだから。
シャワーが冷たい水で良かった、と思った。
頭が冷やされるせいか、へんにエッチな感覚にはまらないで済んだ。冷た
い水が淫気を洗い流してくれるような感じがした。
ひとしきり全身を洗い流してから、シャワー室を出た。
「はい、タオル」
と千春に乾いたタオルを手渡された。
「ありがとう、千春」
「わあ、狩野君もすごく綺麗。みんなスタイルのいい女の子になってて、
なんだか羨ましい」


「やだなあ、そんなじろじろ見るなってば……」
タオルで体を拭いていって、ふと着替えのことに考えが及んだ。
あの汗で濡れた服をもう一度身に着けるのはちょっとなあ……。
「あ、着替えも用意しておいたからね」
「え?」
千春が指した先には、きちんと畳まれた白いTシャツのような服が置かれ
ていた。
それを手にとってみて、その服の正体を知り、僕は固まってしまった。
僕が手にしていたのは学校指定の体操着の上下だったのだ。それも女子の。
コットンシャツのほうはいいとして、下はあろうことかブルマだ。
「こ、これを着ろと?」
情けない声で僕は尋ねた。
「購買部の在庫からとってきたの。あのボロボロになった服よりはマシで
しょ」
「男子用の体操着はなかったの?」
「それはあったけど、在庫がそんなに数ないから。ほかの男子のみんなだっ
て着替えは必要になるでしょ。だから黒部君と相談して、狩野君たちには
こっち着てもらうことにしたの」
「そりゃ、もっともだけど……」
「それからこれ。下着は女の子用が必要でしょ」
これもやはり購買部の商品だったと思われる、プレーンな白のパンティと
ブラだった。
「……必要なの?」
「下着なしは変な人になっちゃうよ」
さっきと同じ理屈で、男物の下着がいいといっても却下されてしまうんだ
ろう。


びっくりするくらい小さな布きれに見えるパンティをつまみあげて僕はた
め息をついた。
「女の子の体はデリケートにできてるから、下半身にちゃんとフィットす
るパンツを穿いてないといろいろ困るんだから」
小春に説得され、しかたなしに僕はパンティに足を通した。
小さな布きれはぴっちりと引き伸ばされ、股間にぴったりと密着した。な
るほど、大きな突起物のない股間にはこういう下着が向いている。認めた
くはないけど、パンティを身に着けた感触は心地よかった。その上からブ
ルマを穿いたのは勢いの産物だった。いつのまにか脱ぎ捨てていた制服が
運び去られていてほかに選択肢がなかったということもある。
コットンのシャツに袖を通そうとしたとき、後ろから小春の手が回って、
胸に何かを巻き付けた。
胸を覆った布切れがブラジャーだと理解できたとき、小春が僕の背中でパ
チリとホックを留めていた。
「狩野君は男の子だったから知らないと思うけど、ブラって自分で胸のお
肉をカップに引っ張り入れなくちゃいけないのよ」
「ちょっと待っ……!」
小春は、容赦してはくれなかった。
むにゅ。
本当にそんな擬音が聞こえそうな勢いで小春が僕のバストを掴んだ。
「あっ、ん……」
「我慢して。こういうもんなんだから」
脇のあたりで流れていた肉を寄せ集めるようにしてカップの中に詰め込ん
でいく。
小春の、女の子の手でオッパイを掴まれて……。
「ん、あっ」


「や、やだ。変な声出さないで……あたしまで恥ずかしくなっちゃうじゃ
ない」
「そういわれても、胸掴まれたら……」
「女の子はみんな毎朝やってる、普通のことなの!」
きのう圭一に同じ場所を触れられたときはあれほど鳥肌が立ったのに、小
春のきれいな手で触れられるのは少しも嫌じゃなかった。ただ、くすぐっ
たいだけだ。
僕は改めてブラをつけられた自分の上半身を上から見下ろした。
胸がすっぽりとブラに包まれ、支えられてるのは、認めたくないけどやは
り快適だと認めざるを得ない。そのかわり胸の隆起が圧迫されていて常に
バストのことを意識させられてしまうという性質もある。
最後にコットンシャツを着た。
女子用体操着の上下を身に着けた自分の姿を見下ろしてみた。下に付けた
ブラのせいでシャツの胸はくっきりと盛り上がっている。そして下半身の
ブルマ。ズボンを穿いていたときはあまり目立たなかった腰から尻にかけ
ての丸いラインと、でっぱりのないスムーズな股間が強調されてしまう。
「うん、似合ってるよ」
と小春に言われて、正直複雑な気持ちだった。
歩いてみると、密着したブルマの生地の感触が妙に気持ちよかった。体に
密着した伸縮性の布地が快感なのだ。

(つづく)

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