「似合うじゃないか」
「似合うじゃないか、じゃねえよ」
ワイバーンとかいう厳つい鳥(?)に載せられて
糞高い空をマジビビりしながら何十キロも飛んで、
俺たちはジェイムズの家にたどり着いた。
時間にして30分も経ってはいないと思う。
半死半生の俺の目の前にそびえていたのは、
これも糞デカい屋敷だった。
右から左まで差し渡し1キロはあるんじゃないだろうか、
屋敷の奥行きと庭の広大さも合わせると、
果たして館内中央ドーム何個分になるだろうか。
ともかく、俺はその屋敷の中で着替えを受け取ることになったのだ。
「それで着替えがメイド服ってどういうことだよ?」
「あなたに会う服がそれしかなかったのよ」
そう言って腕組みして偉そうに言うのは、たくさんいる
メイドの中でもリーダーみたいな役割をしているネーナさんだ。
まあリーダー自体もたくさんいて役割分担してるらしいけど。
「うちの家族は男ばかりだからね、母さんのお古もさすがに
そんな小さいのまでは残していないらしいし」
「まあしょうがねえよな、この服だって結構立派だし」



そうなのだ。布地をいっぱい使っているわりに軽いし動きやすいし、
かといって安っぽい生地でもない。
フリルやリボンもふんだんに使われてるわりには実に動きやすく、
服飾の知識がなくてもこれがとても高価なのは分かる。
「伝統あるアーチボルト家の女中たるもの当然、というのが旦那様の方針です」
「ふうん、それよりジェイムズ。お前っていいとこのお坊ちゃんだったんだな」
「まあね」
「ジェイムズ様とお呼びなさい、あなたのようなどこの馬の骨とも
知れぬ娘が、本来なら一生お声をかけられることもない方なのですよ」
「いいんだネーナ」
本当にもう、とブツブツ言いながらネーナは下がった。
「格式みたいなものはあるけどね、僕自身それに従っているわけじゃない。
オリバーも僕には気を使わなくていいさ、だけど……」
「なんだ?」
「この見た目で男の名前ってのもどうかな? 改名するって手もあるが」
そう言われてふと部屋にあった姿見を覗きこんだ。
確かにこれでは男の名で呼ばれるのは変だ。
絹糸のような髪に透けるような白い肌。
少女らしい血色のよい顔に、柔らかな顔立ち。
ほっそりした身体は抱き心地が良さそうだ。



「でもなジェイムズ、俺は男なんだぞ?
女の名前ってのもなんだかイヤだぞ」
ジェイムズの表情が少し強張る。
何かマズいことを言ってしまっただろうか?
「オリバー殿、あなたは男の姿には戻れませんよ」
不意にネーナが口を開く。
「あなたが女になったのは魔女様の薬のせいとおっしゃいましたね?」
「あ……ああ、確かにゴロツキたちが言ってたな」
「だったら無理です、元に戻す方法は謎のままです」
「そんな……冗談だろ?」
「冗談だったら良かったんだけどな。
そもそも性別を変える薬なんて作れるのは魔女様だけだ」
「じゃあ……俺は一生ロリータ少女のままか……?」
「さすがに成長はすると思う」
「そういう問題かよ……」
俺は思わずうつむいてしまった。
ガックリと肩を落として椅子に座って、その場から動けない。
なんでこんなことに、そんな思いが頭を駆け巡る。
急に視界が曇って来た。
「お……おい」
「悪いけど……一人にしてくれないか」
「分かりました、さ、ジェイムズ様も」
「あ……」
そうして俺は一人になった。



一人になってみると、今自分がいる部屋が凄く広いことに気づいた。
調度品もしっかりしたもので、高価なのが分かる。
「ネーナさん、キツそうなのに優しいんだな……」
これまた大きな窓から外を覗きながら思う。
庭園だ、よく手入れされているのがよく分かる。
「ジェイムズは心配そうだったな……」
優しい人達なんだ、見ず知らずの俺なんかに何くれとなくしてくれて、
嫌な顔一つしないで、まるで当たり前なことをしているみたいに。
「申し訳ないな、でも……グスッ」
涙が止まらない、どうしても……受け入れることが出来なかった。
考えてみれば彼女を作ったこともなかった。
興味があったわけではないけれど、
今となっては何か後悔をしてしまう。
「何をしてんだろうな、俺」
考えてみたら、両親は無事なのだろうか。
俺みたいに異星に飛ばされてるかもしれないし、
あるいは死んでしまったのかもしれない。
自分のことばかりに必死になって、他のことを度外視していた。
暗い考えばかりが頭に浮かぶ。
男だったからって何がしたかったということもないし、
両親や知り合い友人、ジェイムズを助けてやることだって出来やしない。



だけど、だけど頭の中が堂々巡りを繰り返してしまう。
「どうしたの?」
ハッと我に返ると窓の外、目の前に凄まじい美女が
キョトンとした顔でこちらを見ていた。
「え? あ……」
一瞬思考がストップした。
この貴婦人がいったい誰なのか、きっとジェイムズの姉?
「悲しいことでもあった?」
そう言いながら、彼女はヨイショとばかりに窓枠に足をかけて
部屋の中に飛び込んで来た。
この家の人は本当に飾らないな、などと考えていたら
いつの間にか俺は彼女に抱き寄せられていた。
「え?」
「我慢しなくていいのよ、泣きたいだけ泣きなさい」
我慢なんてしてないとか、どうしようもないことだからとか、
何か理由をつけて離れようと思っていた。
だけど出来なかった。
涙がとめどなく流れてくる。
肩が震えて仕方ない。
俺はお姉さんの胸の中で泣けるだけ泣いた。
そうして10分も経っただろうか。
いつの間にか俺は泣き止んでいた。
「気が済んだ?」
「はい、あの……ありがとうございます、お姉さん」
「いいのよ、あの子のお気に入りの子なんだから、
優しくしてあげたくなるもの」
「お気に入り?」



「あの子ったら、あんまり女の子に優しくしないの。
ネーナとはさすがに友達でもあったから普通に話してるけど
普段はあんまり、ね。だからあなたは特別。仲良くしてあげてね」
それは意外と言っていいかもしれなかった。
見た目もいいし腕っ節も強い、家柄もいいとくれば
女の三人や四人は充分ついて来るものだと思っていた。
そのジェイムズが女嫌いだとは……まさかゲイ?
「あらいけない、もう行かなくちゃ。
じゃあね、可愛いお嬢さん」
そう言うとお姉さんはそそくさと逃げていってしまった。
窓から。
「何だったんだあの人は……?」
疑問に思ったけど、ただほっとする人だったのは確かだ。
また、会えるといいな。
「今、20代後半くらいの女性がここに来なかったか?」
そんなことを考えていると、ジェイムズの奴が戻って来た。
「ん? ああ、なんかお姉さんが来てたぞ」
「あのクソバ……母上にも困ったものだ」
ジェイムズはしみじみと額を手で押さえている。
「母上? 誰が?」
「? あんなに若いのが?」
「若作りなだけだ、実際はもう50近い」
「…………本当に?」
「本当に」
世の中、謎や不思議はまだまだあるものだ。



「なんか凄く安心する人だと思ったら、
そうか、ジェイムズのお母さんなんだね」
「5年は顔を見てないけどね、ちょこまか逃げ回って姿すら見せない」
「不思議な人でもあるのか」
「まったくだ」
ジェイムズは笑った。
本当に可笑しそうに。
女に優しくしないって言うのは本当なんだろうか。
だとすれば、俺とこんなに朗らかに話しているってのは、
俺を男と考えて接してくれているってことか?
どうなんだろうか?
「なあ、俺ってこの屋敷じゃどういう立ち位置になるんだ?」
「立ち位置」
「どういう風に扱われるのかってことさ」
「そうだな、家族同然に扱いたいところだが、嫌なら友人でもいい」
「軽いんだな」
「悪いかい?」
「いや、俺には頼りがない。そう扱ってもらえるなら
一生恩に着るくらい感謝する」
「大仰だな」
「悪いか?」
ジェイムズは笑い出した。本当に楽しそうだ。
「そうだ、お前の名前、オリヴィエってのはどうだろう?」
「オリバーだからオリヴィエか?」
「ああ、そうだ」
「いいさそれで、いや、それがいい」
オリヴィエ、それが俺の名前。
ジェイムズの考えてくれた名前だった。

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