「ぜぇ、ぜぇ……いい加減に、くたばれー!」
俺は渾身の力を両手に込めて、大剣を素早く振りおろした。
剣は闘気によって作られた炎をまとい、目の前にいる敵を真っ二つに切り裂く。
悪魔のような外見をした巨大化け物は、その鋭い爪を二、三度震わせてから、最後は無力に地面に倒れる。
しかばねの切り口が燃えているのを見ながら、俺は地面に尻餅をついた。

「なんだってんだよ……こんなハイランクのモンスターだったなんて、聞いてないぞ。
 いくら報酬がよくだって勘弁だぜ……」

額の汗を拭いてから、俺は剣をそのまま放り投げ、両腕を地面に突いて呼吸をせわしく繰り返した。
四肢に力がまったく入らなくなり、息をすることさえだるい。
敵のかぎ爪や牙に傷つけられた痛みは、今となって体中を駆け巡る。
幸いなことに、傷口は多いものの、どれも浅いものばかりだ。
戦闘開始直後、俺の鋼の盾が一瞬にして鉄屑にされた光景を思うと、今でも背筋に寒気を感じる。

街から遠く離れた北の森。
まわりの葉や枝たちは冷えた風に吹かれて、ざわざわした音が鳴り続く。
日が落ちたら他の魔物が出てくるかもしれないし、そろそろ引き上げる頃合いか。

「まあ、これで一万ゴールドは俺のものだ。さっさとこいつの首を取って、ギルドのほうへ戻ろう」
剣を杖代わりにして体を立たせると、俺は死体の傍まで歩んだ。
そこで刃を横にして、その角を生やした醜い頭部を切り離す。
しかし、首と体が分離したとたん、魔物の死体が突如溶け出した。
「な、なんだこれは」
俺は思わず声を上げて、生首を地面に捨てた。
死体は形を維持する力を失ったかのように、ゆっくりと黒い体液に溶解した。

その時、俺の背後から一つの可愛らしい嘆声が起きた。
「あーあ、間に合わなかったわ」
「ん……?」
振り返った先に、一人の黒ローブを着た人間が立っていた。
ゆったりとした漆黒のローブはその人の身を包み、頭にも黒色のフードが被っていた。
その下にある美しい顔立ちを見つけると、俺はようやく相手がまだ年端のいかぬ少女だと悟る。
しかし、その氷のような冷やかな瞳を見つめると、俺は思わずぶるっと震えた。
冒険者としての勘が、この少女はただならぬ人であると教える。

彼女が歩き近づくと、俺は思わず剣を構えて叫んだ。
「おい、お前は何者だ!」
少女は何も言わずに、ただ俺に向けて一瞥した。
その凍えるような目線に睨まれた途端、俺は大雪原の吹雪に埋もれた感じがした。

気がついたら、少女はいつの間にか俺の横を通り抜けて、魔物の死体のところでしゃがみこんだ。
彼女は腕を伸ばして、袖をたくし上げる。
そこに透き通った白肌が現れたと思いきや、少女は平然と腕を溶けている死体に突っ込ませた。
ぐちゃぐちゃという音が断続的に聞こえる。
美しさと不気味さが混ざり合った光景を、俺は息をのんで見守るしかなかった。

やがて、彼女は一つの心臓のようなものを取り出した。
黒い体液が彼女の白腕をつたって、地面に垂れ滴る。
「あーあ、せっかく作った魔核なのに、肉体が無いじゃ壊れてしまうわ……」
「お、おい!お前はこいつとどういう関係なんだ?」
俺は再度一喝すると、少女は突然俺にガンを飛ばした。
そのキリッとした視線に、俺はなぜか恐怖に似たような感情を覚えた。



「あなたね、この子にとどめをさしたのは!」
「お、おう!だからなんだというんだ?こいつは賞金首、俺は賞金稼ぎ。
 世間様のために魔物を退治して、文句あるのか!」

「ふん、アホな賞金稼ぎか。あなたに、この子の弁償をしてくれるかしら?」
「弁償ってなんのことだ。こいつは、お前のペットだとでも言うのか」
「そうよ、私の物よ。私が作り出した使い魔なの!」

少女は真顔で怒った。
彼女の格好をもう一度眺めると、俺の心はガクンと動いた。
「おまえ、まさか……魔女なのか?」
「そうよ。この夢魔を作るのに、すごく苦労したんだからね!たまたま逃げ出しちゃったから、
 急いで捕まえに来たと思ったら、あなたみたいな馬鹿に倒されて……どうしてくれるのよ!」

少女は怒りのセリフを放つが、俺の耳には最初の一言以外何も入らなかった。
この少女が、多くの冒険者を震わせた魔女の一人だと?
……魔女と言えば、さきほど俺がやっつけた魔物より数十倍、数百倍の金額がかけられたほどの指名手配である。
しかし、その詳しい情報は一切なく、誰にもその行方が分からないのだ。
もし目の前にいる彼女が本物の魔女だというのなら、俺にとって至高の巡り合わせとなるだろう。
そう思うと、俺はにたりと笑みを浮かべて、剣を構えた。

彼女は眉をしかめて、
「なにニヤニヤしてるのよ」
「悪いな、綺麗なお嬢さん。これも名声と金のためだ、悪く思わないでくれよ」
「あら、まさかとは思うけど……あなたは私に手を出すつもりかしら」
「いや、心配することはないよ。指名手配書では、生きたまま連れてきてほしいと書いてあるからな。
 ちょっと気を失ってもらうだけだ」

俺は大きな唸り声をあげて、魔女に向かって突進した。
「ふん、愚かな男だわ」
彼女はそう呟いて、冷たい目線を俺に向けた。


それから十数分後。
俺は鼻血を垂れ流しながら、地面に倒れ伏していた。
「ううっ……なんで、こんなに強いんだ……」
ボッコボコにされた俺は、悔しがるセリフを発した。
「それぐらいの実力で魔女に挑もうとするなんて……どこまで馬鹿なのかしら」
魔女は袖を振り回すと、邪気によって作られた無数の蛇が袖の中に収まってゆく。

「だって、どう見てもお前は化け物より弱そうだし……」
「ふふふ、これで分かったでしょ?魔女の力を舐めると、痛い目にあうわ」
彼女は薄笑いを浮かべながら、俺の体を踏みつけた。
彼女はわざと背中の傷を踏んだため、俺は思わず体を縮ませて悲鳴をあげた。

「いたたた!お前、卑怯だぞ!」
「私が卑怯だと?」
「ああ!俺も最初からお前が魔女だと知っていたら、ちゃんと万全な用意をしてきたさ。
 お前の使い魔と戦った後だから、こっちはいろいろ消耗したんだよ」

魔女は俺の頭部の近くでしゃがみ、両腕で膝を抱きかかえた。
「ふーん、気に障る言い方だわ。じゃあもう一回やりあったら、私を倒せるとでも言うの?」
彼女の口調は不機嫌そのものだが、俺はそこで一寸の希望を見出した。
――こういう傲慢な性格をしている者は、挑発が一番効くと相場が決まっている。



「そうだ!それにもし今日俺が生き残れたら、今よりもずっと強くなるよう修行するから、
 つぎ会った時お前がどうなっても知らんぞ。まあそれが怖いのなら、この場でさっさと俺の息の根を止めることだな」
よし、セリフが決まった。
これでやつは俺に激怒し、「いいわ、待ってあげるから」とかかっこいい事を言って俺を逃がすだろう。

「うーん、それもそうね……もともとあなたを懲らしめてやるという気分だった、
 なんか面倒くさそうだから、この場で殺しちゃおうか」
彼女の真剣な眼差しを見て、俺は大慌てた。
「ちょ、ちょっと待って!さっきのは冗談だ!こう見えても、俺はギルドで一級貢献者のライセンスを持ち、
 世の中に貢献している人間だぞ!俺のような善良者を殺したら、お前は良心の呵責を受けるぞ、絶対に!」
「ふふふ、そんなの知ったことではないな」
魔女の残酷な笑みを見ると、俺は全身に冷え汗をかいた。

「お、俺をどうするつもりだ?」
「まあ、命まで奪わないでおくよ」
ほっ、と私は息を吐けるのも束の間だった。
「でも、あれだけ不遜なことをしたからね。まず右目を取り出して、
 胴体を石に変えて、頭の上にラフレシアを生やして、それから……」
彼女の淡々とした話を聞いているうちに、俺の顔は恐怖に染められる。

だが最後に、彼女は言葉を一転させた。
「……と、最初は思ったけど、途中で考え直したわ」
「うん?」
「あなたはさっき、私のことを綺麗と言ったわね」
「ああ、そうだが……?」
「……数百年の間、私は多くの人間に恐れられた。でも、綺麗って言ってくれたのは、あなたが初めてだわ」
その時、魔女は頬をほんの少しだけ赤らめた。
そのしおらしい仕草に、俺は見とれずにいられなかった。

「……ひょっとして、それで俺に惚れたとか」
「あほか」
魔女の顔色は冷たいものに一変すると、彼女のローブから巨大な黒い拳が伸び出て、上から俺を地中に殴りこんだ。
「ぐふぉっ……」
「うぬぼれるな」
「はい、すみません……しかし、それがどうしたのですか?」
俺は土の中に埋まった頭を引き抜いて、不思議そうに彼女を問った。

「その一言に免じて、あなたの処罰を軽くしよう」
「おお、ご慈悲ありがとうございます」
「あなたを私の魔法薬の実験体になってもらうわ」
「ううっ……」
俺の希望が絶望に変化した。
魔女はそんな俺にかまうことなく、ふところから一つのガラス製の壺を取り出し、地面に置いた。
そして、彼女はさきほどの魔物の心臓を中に入れた。
ガラスの壺の中でどす黒い心臓がドクン、ドクンとなおも鼓動し続け、不気味な光景を呈した。
彼女は更に数本もの妖しげな液体が入った瓶を取り出し、呪文を呟きながらそれらを容器に流し込む。
細葱のような白い指は、慣れた感じで次々と操作をし続ける。
すべての準備ができた後、彼女は手のひらに青い炎をつくり、それを容器の中に投げつけた。
炎が一度大きく燃え盛ると、その後収まって容器全体を淡い青火で包みこむ。



魔女は炎の様子を見据えて、魔法薬の調合を続けた。
その不思議な光景を見届けながら、俺は胸をパクパクさせて自分の運命を推測した。
ほどなくすると、容器の中身はブツブツと沸騰し、心臓だった物体が跡形もなく溶かれた。
溶液の色が透明の紫色に定着すると、魔女は容器の上で袖を振り、炎をかき消した。

「うん、なかなかいい感じだわ。これで魔獣の核は、完全に吸収されたでしょう」
「それは良かったですね」
「まあ成功かどうかは、これからあなたに飲ませばすぐ分かるけど」
……やっぱり俺が飲むのかよ。
奇跡を祈るような気持ちで、一つ尋ねてみる。
「ところで、これは一体どういうお薬でしょうか?」
「あなたを魔獣に変える薬よ」
「えっ?俺を……魔獣に?」
「ええ。あなたが私の使い魔を倒しちゃったんだから、その体で弁償してもらうんだから」

すごく恐ろしい事を言われた気がする。

「まあ、心配することないよ。たとえ失敗したとしても、あなたは骨まで溶解するだけだから。
 残った魂のかけらは、私がちゃんと活用してあげるわ」
「いやだー、俺はまだ死にたくない!」
「うるさいわね!ほら、速く飲みなさいよ」
魔女は不機嫌そうに言うと、ガラスの容器を俺の口にくっつけた。

「ぐがっ?」
口を閉じようとする前に、相手に鼻を摘まれる。
息がくるしくなると、俺は仕方なく口を開け、苦々しい液体が流れ込むのを許した。
そして、魔女は俺の耳側に顔を寄せて、「わあー!」と大声を発した。
「んぐぅ!」
突然の音量攻撃に、俺は思わず息をのんだ。
それにつられて、口の中に含んだものまで全部腹の中に入れてしまった。

ゴクッと喉を鳴らした後、俺はようやく恐怖のせいで顔を青ざめた。
そして次の瞬間、胃袋にまるで無数の刀にえぐられているような激痛が走った。
「ぐっ……うあああ!」
俺は腹を押さえて、のたうち回った。
痛みが神経に乗って取って、体中に広がっていく。
鋭利な刃物に突き刺される感じが、時間とともに明瞭となってくる。
その痛みの中で、俺の肉体の感触が徐々に変になっていく。

「って、体が溶けているじゃないか!」
「ええ、そうだよ。うまく成功した場合、骨まで溶かずに済むけどね」
涼しい顔して、さらりと言う魔女。
俺は両手の肉がドロドロと溶け出していくのを見て、全身の鳥肌が立った。
いや、その鳥肌というのももうすぐ無くなっていくのか。
肉体が崩れていくにつれ痛みも淡くなるが、それは決して喜べるものではなかった。
しかし、意識すら引いていく俺には、もはやどうすることもできなかった。
魔女はまるで実験結果を待つ研究生のように、興味津々と俺を観察している。

「ぐっ……びあぁぁ……」
言葉を発そうとした時、俺は自分の口や舌がうまく動けなくなったことに気づく。
腕を突きたてて身を起こそうとしたら、五本指の肉が一斉に吹き飛んだ。
それを調子に俺の躯体が地面に倒れ、それから二度と起き上がれそうにない絶望感が俺を覆った。



魔女はその美しい横顔を俺の胸部にくっつけ、しばらく音を聞いてから顔を上げた。
「うん、そろそろいいかしら」
そう言うと、彼女は片手を俺の体の中に伸ばしてきた。
ぐちゅぐちゅという肉汁の音とともに、彼女の腕は俺の体の中に入ってくる。
それはとてもホラーなシーンであったが、今の俺には焦点の定まらない目で見守るのが精いっぱいだった。

彼女は少しかき回した後、手応えを感じたのか、何か物を掴んで引っ張り出した。
その引きずり出された一物を見ると、俺は呆然とした。
なんと、俺の腹の中から、一本のほっそりとした腕が摘み出されたのだ。
白くて、華奢な腕。
なんて美しい腕だろうか。
その念頭を最後にして、俺は死んでいった。


「うわあああああ!」
甲高い声で叫んだ後、俺は両目を丸くさせた。
一体何が起きたというのだ。
誰かに腕を引っ張られたと思いきや、俺の体は完全に持ち上げられた。

「うん、どうやら成功したみたいだね」
魔女は俺の様子を見て、にっこりと笑った。
「俺は一体……うん?何、この変な感じは……」
俺は慌てて自分を見下ろすと、見慣れない裸体が目の前に広がった。
真白い体。
きめ細かい肌。
そしてふくよかな胸部と、肉棒を失い割れ目が生えた股間部。

「な、なんだこれは!」
異変はこれだけではなかった。
不自然に高い声。
背中やお尻に感じる違和感。
頭を触ると、そこには硬い角のようなものが二本生えていた。
体をひねってみると、背中から蝙蝠のような翼や、かわいいお尻の上にしなる鞭のような尻尾が見える。
――そう、まるで俺がさっきやっつけた魔物のように。

俺は思わず両手で顔を触った。
柔らかそうな肌から、いつもと違う顔の輪郭を感じる。
「ふふふ、なかなか可愛く生まれてきたじゃない」
傍にいた魔女は満足した一笑し、「ポンッ」と魔法で一つの鏡を作り出した。
そこに映し出されたのは俺がよく知っているかっこいい青年風貌ではなく、
銀色の長髪としなやかな裸体を持つ少女だった。

「こ、これが……俺?」
「そうよ。よかったわね、無事に出てこれたんだから」
「ちょっと、俺の元の体はどうなったんだよ?」
「ああ、あなたの昔の死体なら、そこに転がってるわ」
魔女は可愛い顎を小さく突き出した。
その方向に沿って、俺は無残な姿勢で倒れているしかばねを発見した。
しかばねと言っても、ほとんどは夏場で置き去りにされた雪だるまのように溶けていたが。



「あなたは、その死体の中から生まれたのよ」
「そんな……!」
俺は俺の死体へ駆けようとしたが、数歩も歩けないうちに足取りが崩れて倒れた。
細くて綺麗な太ももが視界の中に入る。

「まだ生まれたばかりだから、無理しちゃだめだよ」
魔女はにこやかに言うと、俺の膨らんだ胸部に手を当てて、一つの呪文を唱えた。
「さあ、見せてもらおうか。あなたの魂を」
呪文が最後まで唱え終えると、俺の頭の中が真白になった感じがした。
彼女がゆっくりと手を引き上げた。
手のひらに吸引されているように、一つの光玉が俺の胸から浮かび上がった。
その光玉が体から抜け出ると、俺の心の中はポカンとしてきた。
「それは?」
「あなたの魂よ。ふふっ、素敵よ。思ったより純度が高いみたい」

「俺の魂を抜き出して、どうするつもりだ」
俺はゼンマイの力を使い果たした人形のように、無感情になった声で問いただす。
「あなたの魂はまだ人間のままなの。でもこれからは、
 私の使い魔としてふさわしくなるよう、ちょっと加工してあげるわ」

魔女は紫色の魔法薬を盛った瓶を取り出し、小指を噛みちぎった。
真っ赤な血液を薬瓶に数滴垂らしてから、俺の魂をその中に詰め込んだ。
そして蓋をしめて何回か揺らしたあと、彼女は光玉を取り出した。
もともと白だった光玉は淡いピンクに変わり、その中央には文字列のような模様が浮かんでいた。

「ふふふ……これで私の名前は、あなたの魂に永久に刻みこまれた。
 あなたはこれから一生、私の忠実なしもべとなることでしょう。
 さあ、魂を戻してあげるわ。あんまり体から分離していると健康に良くないしね」

魔女はピンク色になった光玉を無理やり俺の体に押し込むと、
無感情だった心にようやく怒りと恐怖がよみがえる。
「さあ、あなた。ご主人さまに誓いの言葉を述べなさい」
「ふざけるな……!」
私は彼女に飛びかかろうとしたその瞬間、突然心底から畏怖と尊敬の感情が湧きあがった。

――エレナさま。
なぜかその名前が頭の中をよぎった。
その言葉を思い浮かんだ途端、私は全身が痺れるような屈服感に支配される。

「……はい、エレナさま。どうか今まで犯した数々の無礼をお許しください。
 私はエレナ様の所有物であり、エレナさまの忠実なしもべとなることを誓います」
私はエレナさまにひざまずき、恭しく頭を下げた。
「うんうん、良く言えたわね」
エレナさまはよしよしと私の頭を優しく撫でてくれた。
その心地よい感触に、私は思わず喜悦の表情を浮かばせた。
しかし次の瞬間、私はハッとなって我に返る。

「くっ、なんだ?頭が……おかしい!」
「ふふふ、あなたの魂の中に、私がご主人様であるという烙印を施したのよ。
 これからは私を喜ばすよう、一生懸命ご奉仕しなさいね」
「はい、エレナさま。私は……って違う!私はあなたのいうことなんか、聞くわけないわよ!」



あ、あれ?
さっきから、私の言葉遣いが変になってる?
そもそも「私」って、なんだ?

心の中で俺を言おうとしても、頭に辿り着くと一人称はすべて女言葉となる。
「ふふふ、その可愛らしい格好じゃ乱暴な口調は似合わないでしょ?名前も決めなきゃいけないわね。
 うーん、そうね……フィオナ。あなたは、今日からフィオナと呼ぶわ。サキュバスのフィオナ。
 いい?魂の深い所によーく刻んでおくのよ」
「サキュバスのフィオナ……はい、分かりました。私は今日から使い魔フィオナとして、
 ご主人に奉仕させていただき……って、だから違うの!私の名前は……!」

……あれ?
私のもとの名前、なんだっけ?
うっ……
思い出せない!

私は両手で額を抑えた。
頭のどこをさぐっても、うっすらとした霞が記憶を遮って、うまく思い出せない。
「さあ、風邪を引いちゃうといけないから、そろそろ服を着せてあげるね」
エレナさまは指で小さく円を描いてから、私に向けて黒い光を放った。
体に光が触れると、裸の上に黒い布が次々と着けられる。

ほっそりとした首には、愛らしいシルクのチョーカーが。
首をやや締め付けられる感触は、ペットになったようでちょっとくすぐったいが、気持ちいい。
膨らんだ胸部には、レザー質のブラジャーのようなものが覆う。
その中央は切り開かれて、数本の紐によって繋ぎ合わせられる。
乳房がきつく押し上げられた分、谷間はより魅力的に映し出される。

すべすべした肩や、可愛らしいおへそはそのまま露出し、
おへそから下は黒のレザースカートを履かされた。
そのミニスカートの横にスリットが入っていて、黒刺繍のショーツが大胆にちらつかす。
スカートの下からガーターベルトの紐が伸び出て、健康的な太ももを通り越して、
アダルトな網目のストッキングを吊るす。

長い銀髪に深紅のアクセサリが付けられ束ねられる。
両耳には金色のイヤリングを、両腕には黒い腕輪をつけられる。
たちまち、私の姿は邪悪な美しさを持つ小悪魔なものに変化した。

私は立ち上がって、自分の姿を見下ろした。
露出度の高い格好だけに、とてつもなく恥ずかしかった。
風がミニスカートを通り抜けて、下着が外気に晒されていることがもどかしい。
更に、丈の短いスカートじゃ中の光景が見られそうで、何とも言えない歯痒い居心地。

「こ、こんなの……恥ずかしいよ!」
私は思わず顔を赤くさせて、腕で体を隠した。
「ふふふ、そうでなくちゃ、男たちをうまく誘惑できないでしょ」
「男を……誘惑する?」
「そう。あなたが倒した魔物は、もともと私が男の精液を採取するために作り出した夢魔なの。
 その役目を、あなたにやってもらわないと」
「いやだ!そんなの、死んでもいやだ!」
冗談じゃない!
男を誘惑するだと?
そんな気色悪いことをできるわけあるか。



「なかなか強情な子ね……どうやら、もとの魂はそれだけ意志強い人間みたいだね。まあ、
 それはそれで好都合だわ。意志をまったく持たない使い魔なんて、せいぜい簡単な命令しか遂行できないし」
エレナさまは私の近くに寄ってきて、不気味な笑みを浮かばせながら私の顎をしゃくった。
「しかし、あなたの運命はもう決まったのよ。あなたは人間ではなく、サキュバスになったの。
 これからは一匹のメスとして、男たちの性欲を煽ぐ淫乱な悪魔となるの」

彼女の手が、そっと私の柔らかくなった胸に触れた。
その瞬間、体の表面に信じられないような快感が走った。
「うわぁっ?」
私は思わず体を傾けた。
意識が一瞬途切れるような心地良さ。
自分の体に、何かのスイッチが入った感じがした。
口の中はカラカラとなり、血流が加速して体のあっちこっちが熱くなる。

「ふふっ、そんなに火照っちゃって……なかなか可愛いわよ」
「えっ?」
可愛いと言われると、私は何とも言えない屈辱感にまみれた。
しかし、その屈辱と思う気持ちの中に、なにか快感のようなものも感じられる。

ご主人さまはスカートの中に手を伸ばし、下着の上から指をなぞった。
それだけのことで、私は大きな呻き声を上げて、両脚をガタガタ震わせた。
「あら、そんなに感じちゃったの?」
「ち、違う!体が勝手に反応しているんだ!」
「ふふふ……こんなに濡れているのに、否定するつもり?」
エレナさまはショーツの中に手を突っ込むと、あそこの部分に指をねじこませた。

「ああぁぁぁ!」
電撃が背筋を走るような衝撃。
生まれて初めて味わう未知な感触に、私は全身の力を抜けてしまい、エレナさまに身を寄せた。
彼女は私の華奢な体を受け止めて、意味ありげな笑みを作った。
「ふふふ、いい感度だわ。あなた、もともと女の子としての素質があるじゃない?
 いくらサキュバスになったからって、もうこんなにも慣れるなんて」
「違う!私は……」

まだ反論しようとする私の口に、エレナさまの指を突っ込まれる。
指先から甘酸っぱい蜜のような味が広がり、私の思考を鈍らせた。
彼女は私の恍惚とした表情を見て、くすくす笑った。
「どう、あなたの愛液の味は。サキュバスになったあなたの体液は、強烈な媚薬となるの。
 その媚薬を利用すれば、簡単に惚れ薬が作れるのよ」
「むぅん……」
私は懸命に反抗しようとするが、その抵抗もいつのまにか舌で指をしゃぶる行為にすり替わる。

「ふふっ、どうやらまだ自分の体液に慣れてないみたいだね。まあいいわ。
 そのうち、あなたがどんな男をも魅了できるような、立派な淫魔に育ててあげるわ」
「ううぅ……そんなの、いやだ……」
私は口では抗いながらも、心の中ではなぜ自分が淫らな振る舞いで男たちを誘惑する光景を想像してしまった。
そこにある種のドキドキ感が生じると、私は必死に頭を揺らして妄想を追い払おうとした。

だが、その抵抗する意思はあまりにも脆いものだと、私はすぐに思い知らされた。
エレナさまは私の胸を覆う布を下にずらし、豊満な乳房とその先端にある乳首を外気に触れさせた。
「あーら、もうビンビンに勃っているじゃない」
「お願い、そんなこと言わないで……ひゃう!」
私は思わず女の子のような悲鳴を漏らした。
エレナさまは私の乳首に舌を這わせ、軽く撫ぜ立てる。
ぬめったい舌の感触に、私は背中をエビのように曲げる。



「ああぁん!」
「ふふふ、さすがに敏感だね。いいこと?いまあなたが感じたことを、そのまま体や脳で覚えるのよ。
 あなたはこの気持ち無しでは、生きていられないぐらいにね」
エレナさまは私の胸の先端を吸いつきながら、もう片方の胸の膨らみを優しく揉んだ。

「ああっ、だめ……そこは!」
私の体はピクンと跳ねた。
湿った舌の生暖かい感触が私の乳房を這う。
いやらしい気持ちが私を徐々に征服していく。
男なのに。歴戦の冒険者なのに。
今の私はまるで淫乱な娼婦のように乱れている。
心の中では悔しい気持ちでいっぱいになるが、それと無関係に体は相手の意のままに喜ぶ反応を見せる。

エレナさまは乳首に軽くかみつくと、私は体を大きく痙攣させた。
「あああぁぁ!」
四肢に力がまったく入らなくなり、地面に倒れてしまう。

「あらあら。そんなに気持ち良かったのかしら。
 でもね、これよりもっと気持ち良くなれることを、あなたはもちろん知っているよね?」
「……っ!そ、それは……」
「さあ、私に聞かせてちょうだい。あなたは今されたいか、正直に言ってみなさい」
エレナさまはあざ笑うような目で私を見下ろした。
私は彼女の目を見つめながら、心が太鼓のように強く鳴り響いた。

言っちゃだめ。
それだけは言っちゃだめだ。
それを言うと、今まで男として生きてきた誇りが、すべて消えてしまうような気がする。
しかし、すでに体のあっちこっちを襲う渇望の波は、更なる快感を求めるようにと私を促す。
快楽とプライドが、私の胸の中でせめぎ合う。

「お、お願いです……エレナさま、どうか私を……イカせて下さい!」
ついに、敗北の言葉を宣言してしまった。
敵に屈伏してしまった悔しい気持ちと、その屈辱を悦ぶ気持ちが渦巻きとなって私を責めたてる。
「うん、これでおねだりもできるようになったわね。ごほうびに、あなたの体で慰めてあげるわ!」
エレナさまはそう言うと、私のショーツをずらして、細長い尻尾を掴んで秘部の中に突っ込んだ。
「ああああぁ!」
「ふふふ、自分の尻尾を使って、存分にオナニーしなさい!」

エレナさまはいきなり尻尾をかき回し始めると、私は腰を浮かせて、両脚をつま先までピンと伸ばした。
さきほど指を入れられた時より、何倍もの激しい充実感。
体を激情のままに動かし、一番気持ちいいところを探すために胴体をひねらせる。
エレナさまは尻尾を強く貫くたびに、私は全身の血管を収縮させて、もどかしい喘ぎ声をあげた。
熱っぽい吐息が口から洩れ、快感さえあれば後はどうでもよくなった。

「はあぁん、もう、もうだめです!エレナさま、私……イッちゃいます!」
「そう」
エレナさまは淡白に言うと、私の秘部から尻尾を抜いた。



「ええっ?」
突然消えた快楽の波。
そこに残された喪失感が、意識を恍惚の海から強引に戻す。
不思議そうな目でご主人さまを見ると、彼女は悪戯っぽく笑った。
「ふふふ……私はひねくれ者なの。
 あなたがそんなに気持ちよくしている顔を見ると、どうしても意地悪したくなっちゃうのよね」

「ああぁん、エレナさま……どうか、私をイカせてください!」
「やーだよー」
エレナさまは舌を可愛らしく吐き出して、あっかんべを作った。
「そ、そんな……!」
私は泣きそうな表情で彼女を見つめた。
股間の火照りは鎮まることなく、全身がビクビクと震えている。
いまの自分は、きっとそこら中にいる発情したメス犬みたいで、情けないだろう。
そう思うと、私はとても惨めな気分になった。

「そのままずっと我慢してみれば?体が気持ちいいままで、もっと長くいられるでしょ」
「お願いです、エレナさま……」
私は哀願をこめた目線を彼女に向けた。
秘部からおびただしい量の愛液が溢れ出て、ずり下ろされたショーツの黒色をより濃く濡らしていく。


(つづく)
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