すでに陽光が眩しい7月の上旬。
懐かしい通学路を感慨深く歩く、一人の少女がいた。
その少女は高校3年だというのに、真新しい生地の匂いのするブレザーを身にまとい、
周りの風景を眺めながらころころと変るその初々しい表情は、
まるで入学式に臨む新入生のようにみえる。

「3ヶ月ぶりの学校か。。えらい久しぶりという感じと、なんか新鮮な感じが入り混じって、
 複雑な気分だな。」

それもそのはず。「大塚志乃」にとって、かつて通ってた通学路だが、
今は視線の高さも、歩く速度も、全て違っている。
女としては初めて歩く道であったのだ。


春に起きた「女子高生 監禁レイプ事件」のあと、
志乃はずっと大学病院に入院したままだった。
これは体調云々よりも、病院が退院させてくれなかったのだ。
2ヶ月以上、検査の日々を送っていたが、それらは全て、志乃を女性とみなす結果でしかなった。
最終的には海外から戻ってきた志乃の母親が無理矢理退院させ、
もう1学期も終わりになるというのに、なんとか復学させることが出来たのだ。

そして、当然、身長も体格もすっかり変ってしまった志乃に対して、
母親が用意したのは女子の制服だった。
それをみて一瞬たじろいだ志乃も、

「女の子なんだから、当たり前でしょ!」

という母親の一声で、言われるままに袖を通すにいたったのだ。
そして現在、同居している母親に見送られ、かって通っていた学校、
桜ヶ丘高校を目指して、今は緩い丘をのぼっていた。



志乃は制服というだけで、妙に恥ずかしさがこみ上げてくる気がする。
調子にのってスカート短くしすぎたか? と、ちょっと後悔してみた。

時刻は13時。かなり遅い時間だが、朝だと途中で学友に会うのがたまらなく恥ずかしく、
あえて遅い時間にしてみた。
当然、教室に入るときには覚悟はいるのだが。。
もっとも、この美少女をみて、かつての「大塚志乃」とわかる人は皆無であろう。


学校についた志乃は、まっすぐ職員室に向かった。
扉を開け、おそるおそる自分の担任と聞いている先生を呼び出す。

「あのー、大塚です。 坂下先生はいますか?」

志乃の声に、職員室の全員が振り向く。
思わずたじろく志乃。
その中で、体格のいい男性教師が立ち上がり、志乃の方に向かってきた。

「大塚か。やっときたな。3年でおまえの担任の坂下だ。
 2年のときの体育やってたから分かるだろ?」

坂下先生は柔道部の顧問で、ガタイのいい男だった。
話は通っているので、志乃の姿はみてもあまり驚くそぶりはみせない。
ただ、その好奇の目は、志乃の顔から、胸、下半身と、視線が動くのがわかる。

(うわぁ。この先生。こんなやつだっけ・・??)

男の時はあまり気にしてなかったが、女になってみて初めてこの先生が
女生徒を欲情の目でみていたんだと身にしみて分かった。

「勉強は病院でやってるって聞いているんで、あまり遅れてはいないんだろ?
 今日から普通に授業を受けていけ。」

「はい。分かりました。」

そのまま先生に連れられて、自分の教室に案内された。
なんとなく坂下の視線がイヤで、半歩下がってついていく志乃。




「大塚さー。俺の授業受けていたから知ってるけど、まさかこんな風になってるとはびっくりしたよ。」
「まあ、そうですね。俺もびっくりなんですが。」
「なんか困ったことがあったら、なんでも俺に言えよ。力になるからさ!」
「ええ、まあ、そうします。」

(この先生、こんな親身になるヤツだったか!?)

「ちなみにさ・・、その制服に下って、やっぱり女モノの下着を・・・
 いやいやなんでもない!!はははっ!」

「・・はぁ。」

下心が垣間見える教師の態度に、志乃は半端、呆れてしまいそうになる。

そして自分の教室の前につく。先に坂下が入り、生徒を注目させる。
続いて教室に入る志乃。入ったとたん、クラス中にどよめきが走った。
当然、知ってる顔も何人もいた。

「大塚志乃です。よろしくお願いします。」

思わず転校生のような気持ちになって挨拶してしまった。

「知ってるよ!! 大塚くん!」

声のする方をみると、2年の時、同じクラスだった宮田遥だった。
こちらをみながら、笑いながら手を振っている。
よくみると、1、2年のとき同じクラスだったやつは、ところどころで志乃の名前を呼んでいた。

「大塚ひさしぶりー!」
「すげーな志乃。全然わかんねーよ!!」
「大塚くん、なんかすっごいかわいー!!」

思わず安堵の息がこぼれる志乃。
今初めて、学校に戻ってきたんだ。という実感を感じずにはいられなかった。



5時間目が始まるまでの僅かな時間、志乃まわりにはクラスメートの人だかりができ、
質問攻めの嵐だった。

「ねーねー、大塚くん。すごい久しぶりだね! 初めてみた時はびっくりしちゃったよ〜。」
「はは。。 まあね。」
「なあ志乃。こんな風になってたなんて、おれらびっくりしたんだぜ!」
「うるせーよ。おれだって最初はすげー驚いたんだって!」

最近は女性のような柔らかい口調に慣れてきた志乃だったが、
昔の男友達に話しかけられると、つい昔のような口調で話してしまっていた。
女なのに男っぽい口調でしゃべること、または女のようなしとやかにしゃべること、
交互に現れるその相反するふたつの行動は、どちらをとっても小恥ずかしさがあった。

「そういえばさ、由衣ちゃんまだ具合よくならないの・・?」

一人のクラスメートの女子が、突然、由衣のことを尋ねてきた。

一瞬、言葉につまった志乃だが、
冷静に、言葉を選ぶように、

「うん。もう身体の方はいいんだけど、でもまだ調子が悪くて、退院はしたんだけどまだ親戚に家で療養しているんだ。」
「そう。。また早くあいたいな。。」

由衣は表向き、交通事故にあったということになっている。
由衣があのレイプ事件で身も心もずたずたにされたことは、この学校では志乃だけが知ることだった。

「・・でもさ、きっと具合がよくなったら、また登校してくるよ!大丈夫さきっと!」
「そうよね・・! あーお見舞いとかいきたいけど、親戚の家ってどこだろう〜。遠いのかなー。」



そうこう話しているうちに、一人の学友がとんでもない事を言い出してきた。

「なあ大塚。ずっと気になっていたんだが、それ、マジで本物なのか。。!?」

その男の視線は、志乃のブラウスの下から盛り上がる大きなふくらみを直視しており、
なんのことをさしているのかは一目瞭然だった。

「え・・!? あ、胸のことか?」
「ああそうだよ。マジででけーじゃん。やっぱ本物か?ちょっと触らせてくれよ!」

言うが早く、その男の手は志乃の胸に掴みかかろうとしたとき、
突然、その横から平手が飛び出し、その不埒な手を払い落とした。

「いてっ!!」

「バカ男子!! なに触ろうとしてんのよ!この変態!!」

横からすごい剣幕で出てきたのは、最初に志乃に声をかけてくれたクラスメート、
宮田遥だった。

「いてーな! 別にいいだろ!?大塚は男だったんだから、胸くらい触ったっていいじゃんか!」
「いいわけないでしょ! 大塚くんは女の子なんだから、そんなコト絶対ダメ!!」
「んなこと言ってもほかにも気になることあるんだよ!
 なあ大塚、オマエさ、そのスカートの中、女モンのパンツはいてんの?マジ??」
「な・・!? オマエなに言って・・。」

突然話をふられ、思わず言葉に詰まり顔を赤面する志乃。
それをみてさらに怒りの色をあらわにした遙はさらに怒鳴り始めた。
それに従うように、周りに女子も反発し始めた。
輪の中心にいる志乃は、思わず反応に困り、呆然とするだけだった。



「うるせーよてめえら。もういいや。じゃあまたな、大塚。」

吐き捨てるように言うだけいって退散し、残った男子も徐々に散り始めていった。

そした遙は志乃の手を軽く握り、まるで言い聞かせるように喋りだす。

「大塚くんね、もう女の子なんだから、困った時は女の子同士、私たちになんでも相談してね。きっとよ!」

これが女の連帯感なのか、男たちが相容れぬ垣根なのか、
今自分が初めてそちら側に入ったとき、それをしみじみと感じてしまった。

(あ、今宮田と手を握っているよ。。)

こういう風に簡単にスキンシップがとれるのも女同士なんだよな、と志乃は思った。


その頃、教室のすみで、その姿をとおまきで眺めている男子グループがいた。
さっき、志乃の胸を触ろうとした大場と、その仲間たちだった。

「なんか大塚のやつ、すっかり女どもの仲間って感じか? なんか違う人になったみてー。」

愚痴るようにこぼすツレに対し、大場は視線を動かさないまま応えた。

「なあに。大塚は元々同じ男同士だったじゃねぇか。きっとまた仲良くやれるよ。。」


そしてまた大場のグループとは別に、
最初は一人輪の外から志乃の様子を伺っていて、そして今も遠目でみている男子が一人いた。

(大塚君。。君ならきっとボクと・・。)

その小柄な男子の目には、期待半分、不安半分が入り混じったものがあった。

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