「七夕の晩に……」

「はい、ちゃんと背を伸ばして」
「姉ちゃん、もういいって」
 鈴が口を尖らせて抗議するが、長い髪をカタツムリの殻のような形にくるく
るっと巻き上げて頭の上で止めている有沙は、『妹』の言葉を笑って受け流す。
「ダメよ。去年のこと、忘れたの?」
「はうぅっ……」
 去年の同じ七夕祭りの『惨事』を思い出して、鈴(りん)は硬直する。
 なにしろ、ブラジャー無しで浴衣を着て七夕祭りに連れ出され、人ごみの中
で上半身を丸出しにしてしまう醜態を晒してしまったのだ。この時はさほどショッ
クでもなかったが、今は思い出すだけでも顔を赤面させてしまう。
 この頃は妙に男の視線が気になる。
 夏服に替わった時のクラスメートの微妙な反応も記憶に新しい。はやし立て
られるのは慣れたのだが、黙ってじっと見つめられ、ため息をつかれるのは今
までに無いことだった。
 最近、女っぽくなったと、よく言われる。
 別に化粧をする様になったわけでも、女性らしくしようと意識をしているわ
けでもない。なのに、会う人会う人にことあるごとに変わったと言われるのは、
正直なところ鬱陶しい。
 進路相談で、担任教師にまで最初から女子大に行くものだと思われていた時
には、立ち上がって机を蹴っ飛ばしてしまったほどだ――ただし机はびくとも
せず、鈴の足がねじれて、全治二週間の捻挫となったのだが。
「俺は男なんだよぉ……」
「はいはい。だったら最初からお祭りに行くなんて言わなければいいのに」
「あぅう……」
 姉にまでこう言われては返す言葉も無い。

 この市の七夕祭りは七月ではなく、八月の第二土・日曜日に開かれるもので、
巨大な七夕飾りで全国に知られており、観光客も結構やってくるという一大イ
ベントなのだ。八月だから当然学校は夏休みなのだが、鈴達は高校三年生。夏
は大学受験に最も大切と言われる時期である(とは言うものの、大切じゃない
時間など無いのだが)。
 それでもやはり息抜きは必要だし、露天にも、そこらの町内会の盆踊りとは
比べ物にならないほど多くの種類の店が出ている。この地方の子供達にとって
は数少ない、大人公認で夜更かしができる日なのである。
 鈴のクラスメートの女子達も、この日ばかりは夏期講習を休んだり、うまく
日を調節して祭りに被らないようにしている。鈴も例に漏れず大手予備校の夏
期講習を受講しているのだが、『彼』はもちろん、講習を休むつもりなどなかっ
た。
 夏期講習は朝の九時から午後三時くらいまでで、夕方からは体が空いている。
それを知ったクラスメートの一人が、
「ねえ。リンリンもお祭り、一緒に行こうよ」
 などと誘ったのだが、もちろんいつものようにもてあそばれるのがわかりきっ
ていたので、鈴は「イヤだ」と、一言のもとに斬って捨てた。ところが、
「みんなに浴衣姿を見られるのが恥ずかしいんでしょ」
 なんて言われると、つい反発してしまうのが鈴の弱点だ。
 確かにこんな姿を人前に晒すのは、恥かしいというより、嫌なのだ。嫌なら
出て行かなければいいようなものだが、人に言われると否定したくなる。恥か
しいなら来なくてもいいよなどと言われ、鈴はついつい、そんなことはない。
皆と一緒に七夕祭りに行く、とのせられてしまったのだ。
 つまり鈴は、基本的に人が良くて、すぐに騙されるタイプの人物なのである。
「さあ、できたわ」
 ぽんっ、と姉にお尻を叩かれ、抗議をしようとして鈴が口を開こうとした瞬
間、ふすまが開いてビデオカメラを構えた男が姿を現わした。

「おお、鈴! その浴衣、似合ってるぞぉ!」
 淡い黄色の生地に金魚と水草をあしらった浴衣にピンクの帯は、まだ一人前
の女性ではなく、少女らしさをたっぷりと残している鈴にはことのほか良く似
合っていた。
「一回と言わず、千回くらい死んでこい! この糞親父」
 言うが早いか、DVDビデオカメラを回し続けている父親に向かって手に持っ
た巾着袋を投げつける。ところが父親はさっと身をかわしてしまったので、袋
は壁に当たって床に落ちる。
「よしよし。可愛い娘のためだ。お父さんが娘にお小遣いをあげよう」
 心行くまで『愛娘』の浴衣姿を存分にDVDに収めた父・航十朗は、財布か
ら一枚の新札を取り出し、鈴が投げ付けた巾着袋を開けて中にそれを収めた。
「今時千円かよ。……って、その前に俺の持ち物に勝手に触るな!」
「うんうん……鈴がますます女の子らしくなって、お父さんは嬉しいぞ」
「ふ……っざけんじゃねぇ! 俺の名前は徹で、男だって言ってんだろうがっ!」
 最初は蹴飛ばそうとしたのだが、浴衣では足が上がらないので代わりに右手
の甲で何度も父親の体を叩く。だが、航十朗はにこにこと笑うだけで、一向に
堪えた様子が無い。元の男の時だったら顔をしかめるほどの威力があったかも
しれないが、今の鈴では親子のコミュニケーション程度の威力しかない。
 『娘』との久々のスキンシップに目を細めて感動している父親を見て、よう
やく鈴は攻撃の手を休めた。これでは父親をますます喜ばせるだけだ。そこで
父親が、鈴に言った。
「じゃあ、“パパ、鈴にお小遣いちょうだい”って可愛らしく言ったら二万円
やるが、どうする?」
「うっ……」
 月一万円の小遣いでやりくりしている鈴としては、二万円は非常に魅力的な
金額だ。鈴の心の中で葛藤が繰り広げられたのは一瞬だけで、『彼女』はあっ
さりと悪魔に魂を売り渡してしまった。

「パパ♪ 鈴にお小遣い……ちょーだいっ♪」
 体を少し前に倒し、手を後に組んで小首をかしげ、下から覗きこむようにし
て父親の顔を上目使いにみつめる。
 つぶらな瞳とポニーテール気味にまとめた後ろ髪から見える後れ毛とうなじ
に、航十朗は目眩を起こしたように体を揺らし、危うく後ろに倒れそうになる
のをなんとか堪えて、右手でこめかみを押さえる。
「くっ……わかってはいたが、なんという破壊力だ。よーし、父さん、可愛い
娘にお小遣いをあげちゃうぞっ」
「わーい、パパ大好き♪」
 思わず抱きついてしまってから我に返り、鈴は父親を突き飛ばした。
「こら、何を言わせるんだエロ親父!」
「ふっ。強くなったな、鈴。では約束通り、小遣いをやろう」
 倒されて床に座り込んだままズボンの後ポケットから札入れを取り出し、三
枚の一万円札を取り出した。
「え? さ、三万円!?」
「いらんのか?」
「いるいるいるいる、もちろん、いるっ!」
 鈴は小走りに駆け寄って父親が差し出す手から三枚の高額紙幣を奪い取り、
床に落ちた巾着袋の中に入っていた財布に札を四つ折りにして放り込むと、
「じゃ、行ってくる!」
 と言って履き物をつっかけ、からころと軽やかな音を立てて飛び出して行っ
た。
 航十朗は鈴の後ろ姿を、腕を組んで見守っていた。
「あれだけ暴れまわっても着崩れしないとは、ずいぶんと慣れたものだな」
「そりゃあもう、私が厳しくしつけましたから」
 今まで黙っていた姉が、笑みを浮かべながら言う。
 だが、今の彼女の微笑みには、先程までは微塵も感じさせなかった邪(よこ
しま)な雰囲気がうかがえ、それを隠そうともしていない。

「んぅ〜んっ♪ 鈴ちゃん、萌え萌えよっ!」
 今まで堪えてきた感情を爆発させ、有沙はぷるぷると体を震わせて悶えた。
「あのなぁ、有沙……」
「お父さん。それは言わない約束よ♪」
 両拳を口の前に持っていって、かわいこぶりっこのポーズで有沙が言う。
「それに、鈴ちゃんが今更男に戻った所で、普通の生活に戻れると思う? お
父さん似のあの子が、女の子っぽい仕草をしてるところを想像してみてよ」
「……ううむ」
 航十朗は一瞬だけ脳裏に女物の浴衣を着てしなを作っている息子の姿を浮か
べ、顔を左右に振って無気味な光景を頭から追い払った。
 確かに、近頃めっきり女の子が板に付いてきた鈴を男に戻しても、男には戻
りきれないだろうということは、容易に想像がつく。
「それに、研究データも全部破棄したんでしょ?」
「ああ。お前の言う通りにな。でもあのデータは科学と、かつての錬金術に通
じる神秘学とのハイブリッドという、大変に素晴らしい成果に繋がるはずだっ
たものなのだがなぁ……」
「お父さん。錬金術は等価交換が原則なのよ」
「なんだそれ。そんな話は聞いたことが無いぞ。パチンコか?」
「私も、旭(あきら)から聞いた受売りなんだけど」
「旭もそういうことに興味を示すようになったのか? 私の跡を継ぐのは有沙
ではなく、案外旭かもしれないな」
「うふふ。そうだといいわね、お父さん」
 何ということだろう!
 味方だと思っていた姉の有沙が、実は鈴が男に戻るのを阻止する最大勢力だっ
たのである。しかもOLをしているというのは真っ赤な嘘で、某大手化学メー
カーの研究室で、父親にも負けないマッドサイエンティストとして日夜怪しげ
な研究に明け暮れているのは、鈴も知らない秘密であった。

 父親の航十朗が万能系のオールラウンダーだとすれば、娘の有沙はケミカル・
バイオ系に特化している。彼女の試算では、もし鈴を元に戻すとしても、偶然
起きた転送機の事故の結果を分析し肉体のみを男性に戻す研究は、これに専念
しても、少なくとも十年はかかるという結果だった。鈴としてはあっさりと諦
めて欲しくないだろうが、二人がこの偶然の事故を喜んでしまったのが、彼女
の不幸の始まりだった。
「やっぱり年の近い妹がいると、いろいろと張り合いがあっていいわぁ」
「有沙は、徹が……」
「鈴ちゃんでしょ」
 いつもの優しげな表情とはうって変わって、人を貫かんばかりの鋭い視線で
父親を射すくめる有沙。
「……鈴が生まれた時から、妹の方が良かったって言ってたからなあ。旭の時
も、次は絶対に妹だって言い張っていたな」
「うふふふふ。お父さんだって、二人目も娘が良かったって言っていたんでしょ
う?」
 そして、父と娘は顔を見合わせた。
「越後屋。そちも悪だのぅ?」
「いえいえ。御代官さまほどではございませんわ。おほほほほ」
「はっはっは!」
 怪しげな会話をかわしている二人を物陰から覗いていた影が、ほうっと息を
吐いた。
「やれやれ。うちのなかでまともなのはあたしだけかなあ……。お姉ちゃんを
しっかり見守ってあげないといけないわね」
 齢(よわい)九歳にして一家の良心であり大黒柱になりつつある、次女、も
とい三女の香菜だった。彼女の背後には、線の細い少年が立っている。
「ねえ、香菜。僕もお姉ちゃんに付いていっちゃだめかな?」
「だめよ。お姉ちゃん、そういうのすっごく嫌がるから。旭お兄ちゃんも、も
う少し鈴お姉ちゃんのことをりかいしてあげなきゃだめよ?」

「うん……そうだね」
 六歳も年下の少女に諭される少年は、次男もとい、長男の旭である。母親に
似て優しげな顔立ちをしている。
 だが困ったことに、この旭は、実の姉である鈴をオナペットにしていたりす
るのである。鈴が下着をそこらじゅうに放り出しているのをいいことに、自分
の部屋に姉の下着を持ち込んでは(自粛)なことや(自粛)なこと、果ては
(自粛自粛自粛)という、顔に似合わず相当にえぐいことをやっていたりする
のだ。
 可愛げのある顔をして、やっていることはエグイ(でも童貞)。
 まともなのは、香菜だけであった。
 ――今の所は。

 たぶん。

 ***

 家を出て五分もしないうちに、鈴は何人かのクラスメートに取り囲まれた。
どうやら待ち構えていたような感じである。
「おいっす、滝田」
「こんばんは、リンリン!」
「鈴ちゃん、かわいい〜♪ ねえ、触らせて触らせてっ!」
 擦り寄ってくる女共を手を使って寄せ付けず、
「うっす!」
 と返事を返す。
「おい、滝田。その浴衣はなんだよ」
「……仕方ないだろ。これ着ていけって言われたんだから」
 両手を前でクロスさせ、鈴は口を尖らせる。

「母さんが若い頃の、形見の浴衣をほどいて仕立て直したものなんだってさ」
「そうなんだ……」
 鈴の言葉に、場がちょっとしんみりとした雰囲気になる。
 ちなみに、嫌がる鈴にそう言って聞かせたのは姉の有沙で、もちろん形見の
浴衣だなんていうのは大嘘である。大体、二十数年前の布地がこんなに色鮮や
かで、真新しいわけなどあるわけがない。
「おっ! いいねぇ、それいただきっ!」
 今時珍しい一眼レフの銀塩フィルムカメラを顔の前にかざし、フラッシュを
焚いて鈴を撮影したのは、藤堂一三(とうどうかずみ)。十人並みの平凡な顔
立ちだが、誰にも負けない得意なことがある。それが撮影技術だ。大きな展覧
会で入賞するような芸術的な写真から、盗撮スレスレの隠し撮りまで実に幅広
い。手にしたカメラで、一度狙ったどんな獲物も逃がさないことと、彼女の名
前から連想されるあるマンガの登場人物をもじってつけられたあだ名が、
「ゴ○ゴかずみ」
 だったりする。
「おい、藤堂。いいかげん、俺を写真に撮るのはやめろよ」
「いやあ。いい被写体を見掛けると、つい、こう……ね」
 と言うが早いか、唇を尖らせて膨れっ面をしている鈴の顔を素早くフィルム
に納める。
「こら、人の話を聞けよ!」
 次の瞬間、
「うおっ!」
「おおうっ!!」
 男共の視線が鈴に釘付けになる。鈴は一瞬、事態を把握できなかったが、す
ぐに何が起こったかを理解すると慌ててしゃがんで、胸の下までずり落とされ
た浴衣を直そうとあたふたし始めた。

「うわ! この娘(こ)、胸が大きくてブラが落ちませんよ?」
「んまー! 何を食べたらこんな牛乳(うしちち)になるんでしょうねっ」
「うきーっ! 羨ましぃ〜っ!!」
 とかはしゃいでいるのは、クラスメートの女共だ。
 もっとも、この程度のお遊びは日常茶飯事で、一歩間違えば陰湿ないじめな
のだが、体育の授業で水着を着る時も、平気で全裸になるどころか、ヘアライ
ンの処理を見せあったりするのには鈴も驚いた。
 おまえら、羞恥心無いのかよと問うと、だってセックスする時は裸でしょと
返された日には空いた口が塞がらなかった。そのまま鈴も全裸に剥かれ、体の
隅々までチェックされてしまったのは、男子には絶対に言えない秘密(と書い
てトラウマと読む)である。
「うっわー、奥さん見ました?」
「ええ、確かに見ましたわ。リンリンがおしゃれなブラしてましたよっ」
「信じられなーい! あ、でもそのブラ、どこで買ってもらったの? リンリ
ン」
 夕闇の下でもはっきりとわかる白い豊かな双球を押し込めていたのは、スカ
イブルーのレーシィなフルカップのブラジャーだった。もちろん、下もお揃い
である。しっかりと胸を包んでいるから胸をさらけ出す醜態を見せなくてすん
だのだが、こうなったら、鈴が白状するまで彼女達の追求が止むことはないだ
ろう。
 鈴はがっくりと前にくずおれた首を傾け、恨めしそうにクラスメートの女狐
たちを横目に見上げて言った。
「知らない。姉ちゃんにむりやり連れてかれて、色々と着せられた」
「で、どこよ? 私達が知りたいのはそこなんだけど」
「壬谷(みぎわ)駅前のデパートだけど」
「あ、知ってる。そこ、フランスとかの下着売ってんだよねー。外国の高級ラ
ンジェリーショップだけで五店舗もあるって。うちのお姉がそこで買ったの持っ
てるけど、高いし勝負用なんだって絶対に貸してくんないの。ケチだよねー」

「おー。お嬢様じゃん、リンリン」
「うっせーや。ほっといてくれ」
 ようやく浴衣を着つけ終わって立ち上がった鈴は、男三名がしゃがんだまま
なのに気づいた。
「何やってんだよ」
「……いや、マジ、直立できない」
「勃っちゃったんでしょ?」
 女子共は容赦が無い。
「うわ……お、お前ら、正気か!? 俺は男なんだぞ?」
「いやー。頭では理解しているんだけど、下半身は別の生き物でー……」
「わかるけどな。わかるんだけど……」
 鈴が彼らを見つめる目は複雑であった。

 ***

 祭りの出店が一番多く軒を連ねているのは、地元の神社である弥郷(みごう)
神社である。御神体が隕石だったり、祭っているものが少し変わっているとか
それなりに曰くのある神社なのだが、説明していると非常に長くなるので端折
ることにする。
 この弥郷神社の神主の娘が鈴のクラスメートということもあり、一行はまず、
ここをスタート地点にしてめぼしい場所をぐるりと回っていく予定だ。
 境内に入るやいなや、
「はりょはりょ〜ぉ、りんりん。おハョ〜♪」
 浴衣ではなく巫女装束を身にまとってこちらに駆け寄って来ようとし、途中
で二度もこけた少女は、辻村紅葉(つじむらもみじ)。この弥郷神社の神主の
娘であり、巫女姿で家を手伝うことから一部のマニアから熱狂的に支持されて
いたりするが、それも口を開くまでの話。成績の良さからは考えられないよう
な奇妙なイントネーションの、脱力系の軽薄な口調は、神主の父親にとっても
悩みの種だという。

「辻村。それを言うなら、こんばんは、だ」
「てへっ☆」
 何が嬉しいのか満面の笑みを浮かべて、鈴の耳元で紅葉が囁く。
「ねえ、りんりん。みわりょんが来てるよぉ〜」
「……って、辻村っ! 皆の前でそんなこと言うなよぉ!」
 鈴の顔が瞬時に真っ赤になった。
「あれぇ? りんりんは、みわりょんが嫌いかみゃ?」
 んー? と腰を屈めて鈴の顔を覗きこむ。
「き……嫌いってわけじゃ……ないけど、さ」
 口ごもる鈴の前に、
「こんばんは」
 鈴にも負けず劣らずの白い肌をした長髪の美少女が、紅葉の背後から現れた。
紺に朝顔の柄が染め抜かれた浴衣と黄色い帯が夜目にも映え、実に涼しげだ。
「あ……やあ」
「こんばんは、鈴ちゃん」
「こ、こんばんは……元気?」
「ええ、元気よ」
 少女は、くすりと笑った。
「あー、あーっ! もう見てられないわね、このバカップルは!」
「熱い熱い。熱くて死んじゃいますよ?」
「それじゃあ、一緒にデートして来なさいよ。あたし達なんかジャマみたいだ
し」
「でででで、デートだなんて、そ、そんな……」
 顔を真っ赤にさせて口ごもる鈴を、生暖かく見守るクラスメート達。

 それもそのはず。
 みわりょんこと、丹堂美羽(たんどう・みわ)は、バリバリのレズっ娘なの
である。どうして鈴が拒否をしないかというと、美羽から男性恐怖症を治した
いから付き合って欲しいと言われたからである。
 それが今年の二月の末だったから、付き合い始めて半年近くが経とうとして
いる。今では校内の誰もが認める『レズビアンのカップル』であった。
 自分は男のつもりだから、鈴としては不本意な称号であるし、レズだなんて
思ってもいないのだが、周囲から見れば、甘々な雰囲気でべたべたとくっつい
て一緒にいる二人は、どうひいき目に見てもレズのカップルなのだった。
「うぉお……滝田よ、道を踏み外すな。俺達はいつでもお前を待っているぞ」
「誰が男と付き合うか、ボケ!」
 級友の男子の言葉に反応した鈴の右ストレートが、見事に彼の顎をえぐった。
「い……いいパンチしてんじゃねぇか。がっくり」
 顎を押さえて崩折れる彼と冷やかしの声援を送る女子達を背中に受けながら、
鈴は生まれて初めてできた『彼女』の手を取り、喧騒の中へと足を踏みいれた。

(後編に続く)




 神社の境内が広いとは言え、一時間もすればまわりきってしまう。
 美少女二人だけにほとんど五分毎にナンパをされたが、そのたびに鈴が声を
荒げ、美羽が露骨に顔をしかめ、周囲を味方につけて乗り切った。
 弥郷神社はバブル期にも再開発の波に飲まれずに済んだ、緑深き山を抱いた
神社だ。清流が流れ、名水が湧き、この水を利用した酒造りも昭和初期までは
盛んだったという。神社の周辺にも明治から昭和にかけての古い町並みがほと
んどそのまま残っており、いまだに古い日本の姿を残している、この市の名所
である。
 だから、参道を少し外れるとそこはもう人の気配も薄れ、そこで多少の物音
をたてても気付くものはいない。
 そんな草陰の中に忘れ去られたようにぽつんと放置されている古びた木のベ
ンチに腰を掛けているのは、鈴と美羽だ。
 美羽は顔を軽く後にのけぞらせて、鈴の唇を受け入れて恍惚としている。深
くは無いが、鈴の舌が美羽の口の中まで入っている。
「ん……徹くぅん」
 しばらくの間、唇を触れ合わせた二人がようやく離れると、薄闇の中でじっ
と顔を見合わせた。
「照れるな……徹って言われると」
「でも徹くんは、そう言って欲しいんでしょう?」
「うん。今はこんな体だけど、俺は自分は男だって思っているから」
「早く元に戻れるといいわね」
「ああ」
 美羽がうつむいて、ぽそりと言った。
「あのね。徹くんが男の子に戻ったら……私のバージン……あげる」
「!?」
 鈴が驚いて美羽を見つめる。

「……徹くん。そんなに見つめないで」
 恥ずかしそうに顔を背ける美羽。
 男性恐怖症気味の彼女がこの言葉を出すのに、どれだけの覚悟があったのだ
ろう。鈴……徹は、そんな彼女がいとおしくてたまらなくなり、力の限りに抱
きしめた。
「徹くん、くるしいよ……」
「美羽。大好きだ」
「私も、徹くんが大好き」
 だが、無粋な声が二人に割って入った。
「よぉ! 見せつけてくれるなぁ、おい」
「お前は、さっきの!」
 鈴が、キッと鋭い視線で男を正面から見返した。夜店で何度も絡まれ、その
度にさっさと逃げ出していた男達だった。どうも、執念深く探しまわっていた
ようだ。
「女二人でナニしてんだよ?」
「俺は……男だ!」
「徹くん」
 美羽が小声で鈴の袖を引いた。鈴は片手で彼女に、後に下がっているように
と合図をする。
「どっからどう見ても女じゃねえか。それとも胸にシリコンでも入れてるオカ
マか?」
「誰がオカマだ!」
 別の声が、鈴に返事をする。
「お前だ、お・ま・え!」
「くそっ……」
 一人だけならまだなんとかなるかもしれなかったが、二人になると難しい。
とにかく、これ以上事態がこじれないうちに、美羽を逃がさなければならない。

 鈴は振り向いて美羽に耳打ちをしようとして、彼女が自分の浴衣の裾を手が
白くなるほどきつく握り締めて、小刻みに震えていることに気がついた。

(しまった……丹堂の奴、こういう状況がまったくダメだったんだ!)

 街にはなんとか出かけられるが、電車で男性が隣りにいるだけで心拍数が上
がるという厄介な体質は、あまりにも厳格な家庭で育てられたという環境が作
り出した不幸な実例だった。なにしろ、『男女七歳にして席を同じうせず』
『女子たるもの、男子の三歩後を歩くべし』を今時実践しているような家なの
だ。母親の薦めで鈴達が通う学校に入学していなければ、もっと歪んだ性格に
なっていたかもしれない。
「大丈夫。俺が美羽を、絶対に守るから」
 そっと囁いて美羽を抱きしめて、背中をぽんぽんと叩く。
「いよぅ! 見せつけるじゃねえか」
「ちっ。マンコは二つかよ。六人じゃあ、四つ足りねえじゃねえか」
「バーカ。口マンコとケツマンコも合わせりゃ……何個だ?」
「おいおい。お前、掛け算もできねぇのかよ」
「掛け算じゃねえよ。分数だよ、分数!」
 間抜けな会話を聞いて、鈴の脳裏に彼らの正体が閃いた。
「お前ら、蘭校(らんこう)のヤツか!」
 私立蘭鳴(らんめい)高等学校。通称・蘭校。
 もともとは海外の事業家が寄付をしてできた学校で、そこそこの名門校とし
て知られていた。だが、二十年ほど前にその実業家が亡くなって経営権を日本
人に譲渡してから、状態は一気に悪化した。生徒数を一気に三倍にしたのに教
師の数を増やさず、かえって合理化と称して教員を減らした煽りを受けて、ま
ともな授業ができなくなり、生徒の質も今や近辺の底辺校ナンバー・ワンとな
り果ててしまった。

 今でも何とか学校が続いているのはひとえに、寄付金さえ積めば、あとは名
前を書けるだけでも入学できると噂されているため、世間体を気にする親達の
駆け込み寺と化しているからだった。
「なんで俺らが蘭校だって、わかンだよ? ま、しゃべりたくても恥ずかしく
てしゃべれないようにしてやるけどな」
「けひひひひっ」

(六人ってことは、あと四人がまだどこかにいるってことか。コイツらがバカ
で助かったけど、状況はヤバいな……)

 六人を一人で引きつけなければ、美羽を逃がしても奴等に捕まってしまう。
難易度は恐ろしく高いが、やらなければならない。何しろ、自分は『男』なの
だから。
「早く突っ込ませてくれよぉ〜。チンポが腫れて痛ぇんだよぉ〜!」
 突然、片方の男がズボンを脱ぎ捨て、下半身丸裸になって股間の危険物をい
きり立たせながら腰を前後に振り始めた。鈴の肩に添えられている美羽の手に、
一層力が入る。

(チクショウ……これじゃあ、美羽が逃げられない)

 美羽の脚は生まれたての子羊のように震え、彼女一人で逃げることなどでき
そうにもない。だが、今の鈴には彼女を背負って逃げる程の脚力は無かったし、
ましてや、美羽を見捨てて自分だけ逃げることなどは論外だった。

(母さん、ごめん!)

 心の中で天国にいる母親に謝ると、浴衣の裾を握り締めて力の限り引き裂く。

びびっという布地がたてる悲鳴と共に、浴衣の両脇が、ちょうどチャイナドレ
スのように股関節近くまで引き裂かれてゆく。最後に足下あたりの前後の布を
軽く結んでお終いだ。
 これで両脚がかなり自由に動くようになった。
「ひょぅ! ずいぶんとサービスいいじゃねぇか。自分からヤってくれってか?」
「鈴ちゃん……?」
 美羽が震える声で背後から語りかけてくる。
「大丈夫。俺に任せて」
「う、うん……」
 後を振り向かず、鈴は目を瞑る。
 これでも男だった時は腕っ節にはかなり自信があった方だ。蘭校の生徒とも
何度も争ったことがある。常勝無敗、負け知らずの暴走特急……それが滝田徹
だった。
 周囲に気配は感じない。まだ四人はどこかをうろついているようだ。
 逃げるなら今のうち。
 おまけに一人は股間を剥き出しにしている。弱点をさらけ出すことなんかま
るで気にしていないのが無気味だったが、単なる考え無しのバカなのかもしれ
ない。蘭校にはそんな奴が多いのだ。
 一撃を与えて怯んだ隙に美羽を連れて、場合によっては背負ってでも逃げる。
うまくいくかどうかはわからないけれど、境内からは百メートルと離れていな
い。相手側の仲間が声を聞きつけて来る危険性はあったが、何もしないでじっ
と待っているよりはいい。ここにいては、状況は悪くなるばかりだ。
 鈴は無造作に男達の方に歩いてゆく。
 先手必勝。
 徐々に足を早め、相手が身構えるより早く体にスピードを乗せる。
「……っ!」

 鈴が浴衣を翻らせ、ふわりと浮いた。夜目にもはっきりとわかる白い太腿が
布からすっと伸び、男の頭に迫る。格闘技のビデオにでもしたくなるほど美し
いフォームの後回し蹴りだ。かかとが一方の男のこめかみにクリーンヒットす
る。
「がぁっ!」
 男が膝を折る。
「はっ!」
 すかさず鈴が下から膝蹴りであごを追撃する。これまた命中。男は声も無く
崩れ落ちる。鈴が次の目標に蹴りを浴びせようとして、下半身裸の男が視界か
ら消えていることに気がついた。
「どっ、どこだっ!」
「きゃあああっ!」
 美羽の悲鳴だ。見ると、変態野郎は美羽に駆け寄ってチンポをしごいていた。
仲間を見捨てて自分の欲望を優先したらしい。
「くそぉっ!」
 鈴は踵をひるがえして駆け寄るが早いか、汚らしい男の尻の中心に向かって
蹴りを入れた。
 足先に嫌な感触がする。
「あひっ!」
 丸出し男は、奇妙な声をたててのけぞった。肛門は人体の急所の一つだ。前
よりもずっと非力な鈴の力でも、急所に命中すれば男を悶絶させることができ
る。痴漢や変質者に何度となく狙われた鈴が今まで無事だったのは、男だった
時に争いごとに慣れていたというのもあるからだった。
 蹴りつけた拍子に鼻緒が切れてしまった木履(ぽっくり)を右手で握り締め、
男の後頭部に向かって力任せに殴りつける。ゴツッ! と鈍い音がして、男は
仰向けになって倒れた。変態野郎は、並外れたサイズのモノから大量の白濁液
を漏らしながら失神していた。


(こんなもんブチこまれたら、たまらないぜ……)

 男だった時にはこれくらいのサイズだったらいいなとか思っていたのだが、
今では逆の立場になって、男と女の間にはかくも深き溝があると身をもって知っ
た鈴だった。
「丹堂、大丈夫か?」
「……」
 黙って、こくりとうなずく美羽。薄暗い中でもはっきりとわかるほど脅えて
いる。
「立てるか?」
 再びうなずいて立とうとするが、足に力が入らないらしい。
「ほら。力を貸すから。早くここから逃げないと……」
 身を屈めて手を伸ばした鈴の手を取ろうとした美羽が、大きく目を見開いて
鈴の後を見つめていた。
「あ、危ない!」
「つっ!」
 美羽の姿が視界から消えた。鼻が、ツンときな臭くなる。
 気がつけば鈴は地面に横倒しになっていた。
「ぅおおっ……いってぇぇじゃねぇかよぉぉうっ! 何しぃやがんだぁっ、こ
のぉクソブタっ!」
 頭を振って言ったのは鈴ではなく、彼女が先程蹴り倒した男だった。鈴をブ
タと言うならば、この男は何になるのだろう。少なくとも霊長類はおろか、哺
乳類にさえ例えられることはなさそうだ。
「痛(いて)ぇ、痛ぇ、痛ぇ、痛ぇ、痛ぇ、痛ぇ、痛ぇっ!」
「きゃあああっ!」
 美羽が悲鳴を上げる。

「黙れ! 痛ぇんだよっ、ぉんだらぁっ!」
 痛いと叫ぶ度に、鈴の腹を蹴飛ばす。鈴は抵抗もできず、ただ呻き声を上げ
ながら暴力に耐えていた。
「殺してやるぅ! ブッ殺してやるぅっ!」
 土にまみれた鈴の髪の毛をつかんで頭を持ち上げ、浴衣を勢いよく下に引き
下ろす。
「……」
 男が息を飲んだ。予想していたよりもはるかに豊かなバストに目を奪われ、
たちまち怒りで血走った目に別の感情が上塗りされてゆく。
 力なく男の手をつかむ鈴を張り手の往復で黙らせ、ブラジャーを引きちぎる。
「ひゃぉうっ! ザーメンまみれにしてやりてぇ胸だぜぇ」
 日焼けもほとんどしていない真っ白な柔肌が男の目の前に晒される。鈴の目
は虚ろで、口の中でも切ったのか、唇の端からは血が流れている。どうやら一
時的に意識が飛んでしまっているらしい。
 美羽は、声も出せない。ただ体を縮こまらせてガタガタと震えている。
「あうぅ……」
 男は浴衣の帯を剥ぎ取ろうとしたがうまくいかず、いらいらして再び鈴を地
面に叩きつけるようにして投げ出す。そしてポケットからバタフライナイフを
取り出し、帯の内側に差し入れて一気に引き裂いた。
 ギャッギャーッ! と耳障りな音と共に帯が真っ二つになる。
「へっ!」
 ナイフを放り出し、鈴を仰向けにし、馬乗りになるような姿勢で浴衣を剥い
でゆく。やがて鈴は浴衣を敷物にするようにして全裸に剥かれてしまった。
 ようやく、鈴の目に意思の光が戻り始めてきた。
「おい、毛ぇ薄いな。剃っているのか?」
「……んだ…よ……」
 口の中が痛い。鉄錆のような味がする。血を飲み込んでしまったようで、胸
がむかむかして気持ちが悪い。ついでに頭も痛い。

 いきなり鈴の秘裂に男の中指と人差し指が根元まで挿し込まれた。
 鋭い痛みが体の奥に走る。
「!」
 意識が急速に覚醒する。
「へへへへへっ! どぉだ、指咥えこんで気持ちいいだろうが? おい」
「い、ぐっ!」
 鈴はたまらず、苦悶の声をあげてしまった。裂孔に突き入れられた男の指か
ら、赤い物が伝って落ちる。
「おい、もう濡れてんじゃねぇか。ずいぶんとエロい体だなあ、おら! 濡れ
てないのに突っ込んだって気持ち良くないからな」
 暗がりの中で破瓜の血を愛液と勘違いしたのか、男は指を引き抜くと、トラ
ンクスごと一気にズボンを引き下ろした。片足ずつ引き抜き、完全に下半身を
あらわにする。
「ほら、股広げろ。一番先に犯ってやるぜ」
 鈴はようやく現状を理解し、手を突いて上半身を起こそうと起こそうとした。
 すかさず、男が平手打ちをくらわす。足の上に乗っかられたまま、鈴は再び
地面に顔をつけるはめになった。
「いい加減にしろよぉ……ちびっとでもふざけた真似ぇ、してみろ。そこにい
る女も一緒にブッ殺してぇ、埋めちまうぜ?」
 美羽が息を飲むのがわかった。

(くそ……丹堂、逃げられなかったのか……)

 これでは人質をとられているようなものだ。ついでに、尻に蹴りを入れた男
までがいつの間にか意識を取り戻し、美羽の方を見つめているのだ。
「やめろ……言うことなんでも、聞くから。その子には、手を出さないでくれ」

「鈴ちゃん!」
 美羽が声を上げた。
「大丈夫、心配するな。俺が……絶対に守ってやるから」
「ひゃっはぁあっ! 何言ってんだヨ、こいつはヨォ!?」
 まだ肛門が痛むのか、しきりに尻をさすりながら鈴を上からねめつける。
「んだったらよぉ。それなりにシテもらおうじゃぁないかよぉ」
 鈴が返事をする間もなく、いきなり馬乗りになった男が鈴の足を肩に抱える
ように持ち上げると脚の間に体を割り込ませて、股間に何かを押し当てた。
 身体中に鳥肌がたつ。
 鈴が身構えるより早く、無垢の花びらに、無遠慮な男の物が割って入る。
 例えようのない異物感が鈴の体を駆け抜け、股間だけではなく、脳や毛細血
管を通して指先にまで何かを挿し込まれているようだった。
「うぉぉ……すげぇ締め付けだぜ。ぶちぶちしててよぉ! チンポがよぉ、吸
い込まれそうだぁ!」
 寒気がする。
 股間から喉元まで、ぬめった太い物で貫かれている感じがした。
 男が腰を引くと、全身に弱い電流が流されたように痺れる。
 何かがおかしい。
 痛みはある。だが、それも今は別の感覚に取って代わられつつあり、がまん
できないほどではない。
 鈴は体に生まれつつある未知の感覚に脅えた。
「糞ッ! 俺にも突っ込ませろ」
 鈴の顔に臭い物がびたびたと当たる。先走りの液が頬にぬらりとこびりつく。
「咥えろよっ!」
 誰がこんな汚物を口にするものかと歯を食いしばったが、のしかかっている
男が腰を動かす度に、無意識に小さな声が漏れてしまう。

「おい、さっさと舐めねぇと、この女を犯っちまうぞ、おら!」
 赤ん坊のように体を丸めて震えている美羽が男の声に反応して、びくっと跳
ねた。鈴は彼女の姿を見ることができなかったが、男の脅しによって、口を開
いた。すかさず唇を割って、ヌメヌメとした粘液にまみれた物が押し入ってく
る。
 口を圧倒する肉の塊……鈴は嫌悪感と、喉奥を突かれて吐きそうになった。
よほど噛んでやろうかと思ったが、そんなことで状況がよくなるはずもない。
かえって美羽に危害が及ぶ可能性がある。なにしろ、もう、二人だけを相手に
すればいいわけでもなくなってしまったのだから。
「おいおい、先に始めてんじゃねぇぞ、コラ!」
「もう一人は俺達用ってか?」
 さらに二人がやってきたのだ。
 鈴は、己の失態を確信した。
 二人だけの時に、無理にでも美羽と一緒に逃げるべきだったのだ。二人の新
参者が美羽に近寄るのを見て、鈴は顔を無理矢理ねじってペニスから逃れた。
「うぉぉぉぉっ!」
 小さな唇から陰柱がぬぷりと抜けた瞬間、男は鈴の顔に向けて射精した。男
は声を上げながら、長々と精液を噴出させる。さっき一度出しているのに、信
じられないような量と勢いだ。たちまち鈴の顔と髪の毛に、どこか塩素のよう
な臭いのする白濁液がべっとりとこびりついてしまった。
「おいおい、もう出ちまったのかよ」
 新たな男が鈴の口を犯していた奴に向かって言う。
「だったら試してみろよ、ゴルァ! コイツ、たまんねぇゾ? オイ」
「お願い……」
 鈴は顔についた精液を拭い取りもせず、言った。

「お願い……わ、わたしが何でもする……から……」
 鈴は、自分の意思で顔の横にあるペニスに手を伸ばした。二度も出している
のに、一向に萎えた様子もない。
「全部使っていいから。お尻も、口も、あそこも……全部、犯して。その代わ
り、そこの子には手を……だ、出さないで」
「だ、ダメよ、鈴ちゃん……だめよぉ……ダメだったらぁ……」
 しくしくと泣き始めた美羽を慰める術を、今の鈴は知らない。
「だったらぁまずはヨォ。俺をぉ、満足させろよぉ。だろ?」
 鈴を犯している男が言う。その言葉に反応して、鈴は男の腰に足を絡める。
「はぉ……!」
 思わず息を飲む。
 へそのあたりまで突きこまれたような感覚が脳天へと、そしてアヌスにも走
る。深い一体感は、吐き気を誘う。
 否応なく、自分は女なのだと思わされる。
「面白い。どこまで俺らに犯(や)られて、ンなコト言ってられるか試してやろ
うか?」
「オイオイオイ! この女を犯ンねぇのかよ!?」
「そんなことは言ってねぇだろ。まずは……こいつをブッ壊れるまで姦(や)り
まくって、どうなるか見せつけてからでも遅くないだろ」
 どうやら後でやってきた二人のうち、この体格のいい男がリーダー格らしい。
「おい! 手を動かせよ。後で胸でもやってやるからな」

 そして――鈴の輪姦が始まった。


(次回、"完結編"に続く)

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