朝から空は雲も少なく青く晴れ渡っていた。
台風が近づいてきているという話だけど、まだ風もゆるく遊ぶ分には何の問題もない。それにずっと屋内にいることになるだろうし、帰り道の時に悪化しなければいい。
顔を洗って部屋に戻り、着替えを済まそうと──あれ?
「母さん、ブラジ…………下着の上が一着もないんだけど、どこにあるか知らない?」
「洗濯中よ。ついでだと思って一気に洗っちゃった。でも、一着だけ残っていたでしょ?」
「だから一着も…………あ」
言われて思い出した。確かにあることはある。妖刀村正のように問題ありまくりの品が。
「というかなんで知ってるんだろ…」
下着類の入ったのとは別の冬物用衣装ケースの奥深くから、紙袋に入れたまま封印して誰にも見せないまま自分の記憶からも存在を抹消しようとしていたものを取り出す。
ブラック。ノワール。シュバルツ。
いわゆる黒と総称される色の、見ているだけでも恥ずかしい……というか直視すらできない下着上下。
上も下も細かな刺繍が施され、初めて触って気づいたけど、手触りがいつものと全然違っていた。いつものは綿製品っぽいけど、これは……シルク?
とはいえ、この色とデザインはそのくらいのことでは着けるような理由にならない。
「…………」
やっぱり再封印しようとして──思いとどまった。
女になって初めのころは着けるのも躊躇われていた女性用下着だけど、『成長』してからはないと困るとさえ思うようになっていた。
特に上は支えがないと色々と不便だ。着けてないときに大きな動きをしたりすると…………こすれるし。
おそるおそる装着する。
(うわ、肌触りが違う)
柔らかく肌を覆ってくれる感じだった。これがこんな色じゃなかったら毎日でも着けたいように思える。
着け終わり姿見の前に立つと、上は黒で下は白という非常にちぐはぐで不釣合いな姿のぼくが映った。
「…………」
アンバランスさをA型の血がどうしても許してくれず、ショーツも黒いのにはき替える。
やっぱりはき心地が違った。慣れない感触で落ち着かないけど、つけていて気持ちがいい下着なんてはじめてだ。素材でこうも違うものかと感心する。
ちゃんと着け終えたことを確認し、やっとA型の拒否反応が消えてくれた。
鏡の中のぼくはどこからどこまでも『女』で。黒い下着上下を一分の隙もなく装着して、その顔は朱に染まっていた。
(あ、でも似合ってるかも…)
素材が違うせいなのか、身体に吸い付くように過不足なくフィットした下着。胸とか腰とかお尻とかをいい感じに強調してしるような…………
(って、何を考えてるんだ、ぼくは!)
猛烈に頭を振って、浮かんだ感想をジャイアントスイングで投げ飛ばす。星になった。たとえ落ちてくることがあっても、空中でキャッチしてスイングDDTでとどめをさす自信がある。
そもそも女物の下着が似合うのは当たり前だ。これは女の身体なのだから。再確認するまでもない。
さっさと何かを着ないと余計なことまで考えてしまうとクローゼットを開け、ハンガーにかけられた大量の女物の服から着ていくものを見繕う。
先週の土曜に買ったときより明らかに増えている。あれからぼくは買い物をした記憶がないから、ぼくのいないあいだに母さんがこっそり追加していたことになる。
このままのペースでいくと、1ヶ月も経たないうちに家ごと服に埋もれてしまいそうだ。現実にありそうな話なだけに、空想の中の倍に増える栗饅頭より恐ろしい。
……でも気にしたら負けのような気がするので、考えないことにしよう。
「んー、これかな」
取り出したのは、フードのついた黒に近い紺色の薄手の半袖のスウェットと赤のミニスカート。動きやすくて下着の色が透けなくて目立たないのが選考基準。
本当はもっと動きやすいパンツルックがよかったけど、買ってあったはずのそれはいまやクローゼットや衣装ケースのどこにも存在していなかった。すべてミニに分類されるスカートで占められている。
(何かすごい情熱……)
母さんは冷静という言葉を自分の辞書から削除したに違いなかった。


「あら、陽ちゃん。今から出かけるの?」
男物じゃないスニーカー(これも新品)をはいているところに、母さんがやってきた。昨日遊びに行くことは伝えておいたけど、出発時刻は言ってなかった気がする。
「そうそう、昨日聞き忘れてたんだけど、誰と行くの?」
「明とだよ。帰るのはたぶん夕方くらいになるから」
「明君と? ……じゃあデートってことね」
「………………は?」
思いがけない言葉に、靴紐を結んでいた手が止まる。
「ただ遊びに行くだけなのに、なんでデートになるの?」
「だってそうじゃない。一緒なのは明君だけよね? 男女一対一で遊びに行くのはデートって言うのよ」
デートという言葉の意味はそうだけど、そんなことは考えてもみなかった。ただ一緒に遊びに行くとしか思っていない。それに、
「ぼくも明も男だよ?」
同性である以上、デートとは呼ばない。呼ぶときもあるのかもしれないけど、この場合は呼ばない。うん、呼ばない。
「そんなにおめかしして……気合十分じゃない。いい? デートっていうのは男性側がリードするだけじゃなくて、女性側もリードしやすいように行動するのがうまくいく秘訣よ。
陽ちゃんも明君に頼りきりにはならないで、自発的に、でもそう見られないように効果的に行動するの。さりげなく自然に手を繋いだり相手にドキっとさせるようなこともいいわ。
知ってる? 女の子の手って、それだけで武器になるのよ。それから落としたいときはお酒の席でアピールするのが一番ね。酔ったふりをして接近して、もたれかかったり、
ときには胸をおしつけたり女の武器を最大限に使って、でもやり過ぎたら逆効果になるからちゃんとラインを引いて、それからそれから、そのまま既成事実を──」
靴紐の残りを結び終える15秒足らずのうちに、母さんの講釈が立て板に水そのままにマーライオンのように口から流れ出る。
ドアを閉めるのもそこそこに家を飛び出す。背後では母さんが固有結界を展開させて勢いを失せさせることもなくまだなにかしゃべっていた。
母さんなら寿限無の最速記録を塗り替えられると思う……。


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待ち合わせ場所である駅前に着くと、明はもう待っていた。
ロータリー中央にある柱時計によれば現在時刻は9時10分。約束の時間は9時半だから、早めに着こうと思っていたぼくよりもさらに早く来ていたことになる。
なんだか携帯を開いてみたり閉じてみたり、柱時計や前衛的な形のオブジェを見たり、落ち着きがなかった。待ち人来たらずの様子そのままだ。
「ねえ明。もしかしてぼく、待ち合わせの時間を間違った?」
「あ!? ああ──陽か、びっくりした」
後ろから声をかけたら、明は心臓を押さえながら5センチほど飛び上がった。カマキリを見せたら30センチはいけそうな驚きようだ。鬼頭先生なら……1メートルかな?
「どうも家の時計が狂ってたらしくてな。着いてみたら1時間早かった」
「1時間もここにいるんだったら、1回家に戻ったほうがよかったんじゃない?」
「ん、いや、陽を待たせるわけにはいかないからな。実際こうやって集合20分前に着いてるぐらいだし。それに …  …… ……」
最後の方は尻すぼみでよく聞き取れなかった。
「最後のほうはなんて──」
「そっ、それよりよ、さっさと行くこうか! 早く着いたってことは長く遊べるってことだし、だったら時間がもったいないだろ?」
「……うん、そうだね」
話を逸らされて気になったけど、細かいところを指摘して争いの種になるのも嫌だったので、追及しないことにする。接待はもう始まっているのだ。
「で、どこに行くの?」
「それは行ってみてのお楽しみってやつだ」
促されるまま切符を買い、ちょうどやってきた電車に乗り込む。通勤時間帯を過ぎた電車のなかは人口密度が低く余裕で座ることができた。
ガタゴトと揺れる電車。窓の外を流れる景色を眺めながら、どこに向かっているのか推測する。電車は郊外に向かっていた。
(こんなところに遊ぶところなんてあったかな)
明の思惑を量ろうと隣を向くと──明は景色も電車の中も見ず、ぼくを見ていた。ただ見ているだけではなくて、観察するようにじーっと。
「明、どうかした? ……もしかしてこの格好のどこかおかしい?」
一応どこにでもいる女の人の服装にしてきたはずだ。ぼくの美的感覚がおかしいのだろうか。
「そうじゃなくってだな。なんていうか、……すごく似合ってるからな、つい見入ってた」
そんなに服の取り合わせがよかったらしい。ぼくの美的感覚がおかしくなかったと安心すると同時に母さんの服選びのセンスに感謝する。
今度から母さんのことは……あのファッション評論家はなんと言ったかな……確かカタカナと漢字が混じった強そうな名前だったような……
思い出した、デューク假屋崎だ。そう呼ぶことにしよう。


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電車に揺られること1時間、着いた先は、
「遊園地?」
車内アナウンスがその駅名を告げて、車外に巨大な観覧車とジェットコースターのレールを認めて、やっと目的地がわかった。県境にある1日あっても全部回ることができないという話の巨大遊園地だ。
まさかこんなところに来るとは。てっきりどこかのゲーセンかアミューズメントにでも行くのかと思っていた。確かに『遊びに行く』約束だったけど、その発想はなかった。
「たまにはこういうのもいいだろ?」
「うん。……でも驚いた」
けど、どこであろうとやることは変わらない。今日は接待の日だ。明の昨日の不愉快さを少しでも拭い去るための大切な日。

──状況、開始。




学校は休日でも世間的には平日でしかも開園間もないということもあって、遊園地の中はガラガラだった。
ちらほらと同年代の人を見かけたので、もしかしたら同じ学校に通っている人もいるかもしれない。
それを差し引いても、人気、不人気にかかわらずアトラクションや乗り物の待ち時間に差はなさそうだった。
土日祝日の何分の一かの時間で乗れるかと思うと、ちょっと得した気分になる。
それに遊園地に来るのも久しぶりだ。せっかくフリーパスまで買ったし、楽しまないと損だ。
いや、明もいるし絶対楽しくなるに決まっている。
『デートね』──不意打ちのように母さんの言葉がよみがえる。
母さんはそう言うけど、ぼくはそんな風に捉えていない。では明はどう思っているのだろう。
「あのさ、あき──」
言いかけてやっぱりやめる。答えを聞く必要はないからだ。今日は明が楽しんでくれればそれでいい。
だから母さんの言い分からすれば断言できる──これはデートじゃない。
楽しまないと損だと言ったけど、前言撤回。ぼくは楽しまなくてもいいのだ。むしろ明を楽しませ、不快にならないように気を遣わなければならない。
明の嫌なことはぼくが引き受ける。今日はそんな関係だ。
パンフレットからいくつか面白そうなアトラクションをピックアップし、明の手を取ってまずは1回に数十トンの水を使うというウォーターアトラクションに向かった。


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絶叫系を除くアトラクションと乗り物を数箇所制覇して、はたと思い出した。
(そういえば今日は明を楽しませるんだった…!)
今までの行動を振り返ってみると、率先して楽しんでいるのはぼくのほうだった。しかもアトラクションの選択基準は完全にぼくの趣味で、明の意見は全然取り入れていない。これはまずい。
「ね、次はどこ行きたい?」
今日の主役は明なのだ。接待する側が楽しんでどうする。本来の目的を果たさなければ。
「陽の好きなところでいいよ」
「でも、ぼくばっかり選ぶのは悪いから…。だから選んでよ」
「だからいいって。どうしてもって言うんなら、陽の行きたいところ、これでいいだろ?」
そんな回答じゃ困る。ぼくが聞いているのは明の行きたいところであって、ぼくの意見は必要ないのだ。
「どうして選んでくれないの!?」
「だから選んだだろ! なんでそれじゃいけないんだ!?」
言い過ぎたと思ったときにももう遅かった。明の声に含まる怒気。楽しかった雰囲気がガラスのようにヒビが入り、空気がぎすぎすしたものに感じられた。
失敗した。
つい感情的になって、作らなくてもいい軋轢を生み出してしまった。
見えない何かにがんじがらめにされているかのように気分は重く落ち込み、次に入った炎がウリのアトラクションは、一番人気で面白いはずなのにちっともそうは思えなかった。


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正午を知らせるファンファーレが時計から鳴り響き、特に何を言うでも示し合わすでもなく、二人してレストランとファストフードをあわせたような店に入った。
ぼくは明に先んじてカウンタに陣取り、頭上のメニューをざっと見渡す。
「高い……」
こういった遊園地やテーマパーク的なところは基本的には飲食物持ち込み禁止になっている。園内で買って食べてお金を落としてね、と言っているわけだ。
だから、食べようと思えばどこかの店に入らなければならない。
店側としては他店との競争はほとんどないから、どんな価格設定をしても、たとえば外の5割増しでも不都合はない。
……利用者には不都合だらけだけど。
ミネラルウォーターを除く一番安いドリンク(S)でも200円という遊園地特別価格。原価20円くらいの濃縮した原液を薄めて作るだけなのに、これは納得いかない…。
そして一番の不都合は──所持金だった。
実のところ、あまりお金がない。
こんなところにくるとは思わなかったので、最初からあまり持ってなかったのだ。
入園料と1日フリーパス券で大半が消えているいま、この価格設定では出せて一人分だった。しかも払ってしまうと帰りの電車賃も危うい。
これでは奢ることができない。
計算外で予定外で想定外で予想外だ。
(どうしよう……)
財布の中身と値段表を何度も見比べる。足りない。いまなら番町皿屋敷のお菊さんの気持ちがよくわかる。どうしても埋められない差というのは厳然と存在するのだ。
「別にいいって、無理しなくても」
ぼくの心の中を読んだように明がぼくの前に割って入って注文を始める。
「ほら、陽も頼めよ。ここは俺が立て替えとくからさ」
「…………ごめん」
せっかく明が出してくれるというのに、さっきまでお腹がすいていたはずなのに、いまは全然食欲がなかった。
胃のなかに食べ物の代わりに鬱屈した気分が入り込んだかのように重い。
一番安い無印のバーガーとSサイズのオレンジジュースだけ注文する。
ケンカ一歩手前の雰囲気から復帰はしていたけど、明の好意にすがるのは心情的にためらわれた。これ以上はとてもたのめない。
トレイを持ってオープンテラスに出る。スピーカーから流れてくるアップテンポのメロディがどこかよそよそしく聞こえる。メロディ音楽隊でもこの雰囲気を完全に直すのはできそうにない。



(結局奢れなかった……)
達成すべき目標のひとつが果たせなかった。そればかりか奢ってもらっている。
こんなつもりじゃなかった。
明の負担はぜんぶぼくが負うはずだったのに……。
「どうした、陽?」
なんでもないと言いながら、心の中では明に謝っていた。ごめん。そのことで頭が一杯になっていて、そんな状態でバーガーに手を伸ばして──

──カタン

手の甲になにかがが触れた。触れた衝撃でそれが倒れる。
触れたものは紙コップ。中にはなみなみとオレンジジュースが注がれている。紙コップが倒れた方向には明がいた。中身はそこに向かって──
明を汚した。
呆然と眺めているうち、泣きたくなってきた。空回りばかりだ。さっきもいまも。やりたいことができないばかりか、逆に迷惑をかけてしまっている。
「ほんと、ごめん……」
「別にいいって」
すぐさま濡れたおしぼりで汚れた部分を擦り取るように拭く。よりにもよって白いTシャツにオレンジジュースをこぼしてしまった。デニムにも飛び散っている。
「そこは自分でするからいいって」
Tシャツの部分を拭き終わってデニムの部分に取り掛かろうとすると、止められた。
「でも……」
それでも頑なに自分でやると言うので、仕方なく拭くのをあきらめる。それくらい任せてくれればいいのに。そんなに怒らせてしまったのだろうか。
だとすれば、ぼくは接待役失格だ。
「ごめん」
謝るしかなかった。
「なんで謝るんだ? 今のことだってさっき謝っただろ?」
「でも──今日は昨日の埋め合わせをしようと思ってたのに、全然できないどころか、逆に奢ってもらったり迷惑かけたり……」
申し訳ないと思うあまり胸が詰まった。下まぶたが涙を溜めきれなくなって、とうとう決壊した。
「おっ、おい! なんで泣くんだよ!」
いったん流れでた涙はもう止めようがなかった。人が見ていようといまいと、そんなことは泣き止む理由にならない。
自分の不甲斐なさ、情けなさが燃料になって涙が加速する。
「泣き止んでくれよ。な、頼むから」
なだめようとする明の声も、煽っているようにしか聞こえなかった。
……
…………



「落ち着いたか?」
「……ごめん、また迷惑かけちゃって」
感情の整理がつくと同時に、またやってしまったとまた泣きそうになった。
おしぼりで顔を拭き、明が持ってきてくれた水を一気に飲み干す。それでどうにか第二波は押さえ込むことができた。
「いったいどうしたっていうんだよ。今日の陽はなんか変だぞ?」
本当は本人に隠し通して気取られないまま接待するのが一番いい。けど、ここまでやってしまったからにはもう喋らないわけにはいかない。
「そんなこと気にしてたのか。いいか? 遊びに行くってことは遊びに行ったヤツ全員が楽しめてやっと遊びに行ったってことになるんだぞ。わかるか?」
「……うん」
「だったら接待なんてやめて陽も楽しもう、な? そうじゃねえと、俺が楽しめねえからさ」
心がすーっと軽くなる。泣いて、すべてを吐き出して、明に受け止めてもらって。
明が親友で本当によかった。
「ありがと、明」
「よし! ──じゃ、食うか」
安心して気が緩んだのか、お腹が半径数メートルの範囲に空腹を訴えていた。
「わかりやすいな、陽は」
「笑わないでよ……」
そう言いながらも、ぼくの顔はほころんでいた。





さっきまでの空気がウソのようだった。
ぼくの心も軽氣功でも会得したみたいに軽くなり、会話がはずむ。他愛のない話でも、明としゃべっていると楽しくなるのだ。
「おっと」
ゴトンと何かが木床に落ちた音がして、明がテーブルの下に潜ろうとしていた。
「悪い、すぐ拾うわ」
どうやらナイフかフォークかを落としてしまったらしい。座ったまま取れないところを見るに、深いところまで転がってしまったようだ。
「拾えた?」
──ゴッ!
それに対する返事はなく、代わりに痛そうな音と一緒に脚をボルトで固定された木製テーブルが震えた。かなりの衝撃力だ。
「ど、どうしたの!?」
「ちょっと頭を上げたらぶつかった……」
頭をさすりながらのそのそとテーブルの下から這い出てくる。手にはフォーク。ずいぶんと手痛い代償を払って拾ったようだ。
その姿がすごく面白くて、不謹慎ながら思わず噴出してしまった。
よく考えてみれば、ぼくの気分は明の一挙手一投足で変わっている。
……ひょっとして明の手のひらの上で踊らされてる?
ペトルーシュカにでもなったのかと頭上を見上げるも糸はないし、ぼくを操っている人もいないようだ。



「フォーク取り替えるついでにちょっとトイレ行ってくるわ」
「あ、ぼくも」
こういうのはついでだ。ぼくが待つぶんにはいいけど、相手を待たせるのはたとえ数分でもよくない。
まだ接待のことを引きずっているけど、これくらいならいいだろう。
明に続いてトイレに入り、隣に位置取る。
…………
…………
「……なあ、陽はあっちじゃないか?」
何かおかしいと思った。便器の前に立って、ファスナーの位置を探そうとして両の手がスカートの布地の上を右往左往していた。
「ご、ごごごめん!」
慌ててもうひとつの入り口からトイレに入る。
個室だけのトイレはやっぱり見慣れない。
ショーツを下ろして用を足してあそこをトイレットペーパーで丁寧に拭く。この一連の所作も随分と手馴れてしまった。
「それにしても、これはやっぱり……」
下ろしたショーツの色が目に入って、どこかで嫌な音がしたかのようにテンションがガクっと下がる。
選択肢がなかったとはいえ、こんなのをはいてくるべきではなかった。
「こっちも……」
襟首からスウェットのなかを覗く。陰よりもまだ黒い下着が胸に収まっている。
そもそも、上と下で色が違っていったい誰が見たり咎めたりするというのだろう。
そう考えると、色を上下で揃える意味はまったくなかった。改めて思う──失策だ。
でも着け心地はいい。問題があるのは色とデザインだけだ。ということは、
(今度は同じ素材で違うのを買おうかな)
まっとうな色やデザインなら何の問題もない。楽しみができたと思う反面、現在の懐事

情を思い出して、その日が遠いところにあるのはなんとなくわかった。


--------


「最後はやっぱこれだろ」
明が指し示す先にあったのは、この遊園地名物の大観覧車だった。
数年前までギネス記録を持っていたという話で、ヘタなビルよりも高い。パンフレットには1周30分かかるとあった。
「絶対イヤ!」
「別に絶叫系でもないし、なに怖がってんだ?」
「ぼくが高いところが苦手なの知ってるでしょ……」
ぼくは高所恐怖症だ。デパート程度の高さでも、ガラス張りのエレベーターに恐怖感を覚えてしまう。
それなのにギネス級の大きさを誇る観覧車に乗るなんてことは考えられない。
ちなみに絶叫系もダメだ。そういうのは総じて高いし速いし、二重苦にしかならない。
「そう言うなって。名物なんだし乗らないと損だぞ?」
「ダメ! 絶対無理!」
ぼくにとっては乗ることが損だ。
「じゃあ、これで全部チャラってことでどうだ? これに一緒に乗ることで接待したことにする。それだと完璧にスッキリできるだろ」
意地悪そうにニヤリと笑って提案をちらつかせる。さっきまで接待するなと言っていたのに、あっさり発言を翻した。
まだぼくがそういう雰囲気で臨んでいたことを見抜いていたようだ。
昼食のときにジュースをぶちまけたことも、結局奢れなかったことも、楽しませると決めていたのにまったく接待できなかったことも清算して、明日からまた通常に戻れるというのなら……
ここは清水の舞台から飛び降りる気持ちでいくしか、後腐れをなくせそうにない。
「……わかった」
いっそのこと目をつぶっていればいい。それから『ここは地面の上だ』と思い込み続け

ていれば、20分くらいすぐに過ぎて終わっているはず。それまでの辛抱だ。とてつもな

く長く感じるだろうけど…。



係員さんの手によって扉がロックされる。途端に閉塞感が襲ってきた。閉所恐怖症も軽く患っているのかもしれない。
ゆっくりゆっくり斜め上に登って──
(やっぱり怖い!)
まだ15度も登っていないのに早くもギブアップ寸前だった。ゴンドラは地面からははるかに離れ、それでもまだ足りないとばかりに無慈悲に高度を上げる。
「見てみろよ、陽。いい景色だぞ。──あ、人がゴミのようだ」
明がどこかの大佐のようなことを言うけど、それに応えている余裕はない。まして下なんか見れるわけがない。
それにここは地面の上だ。ここはリリパットでもないし地面の上にいる限りミクロな人は存在しない。しないったらしない。
…………
どこまで上がっていくのだろう。もう10分は経ったかなと思って薄目を開けると、まだ4分の1も過ぎてなかった。
ゴンドラの中は精神と時の部屋になっているに違いない。時間の経ち方が遅すぎるし、心なしか息苦しいのも理由がそれなら納得できる。
(風、強くない?)
さっきからひっきりなしに風が吹きつけ、きしきしと鉄柱が壊れる一歩手前みたいな音を発している。誇張でもなんでもなく、本当にそんな音がするのだ。
しかも耳に届く頃には拡声器を通したみたいに大きくなって、頭のなかに反響する。
天気予報によれば、このあたりの地域では台風によって夕方から風が強くなるという話だった。いまはもう4時だ。まだ明るいとはいえ夕方に属する。
やっぱり乗るんじゃなかった。
風が強い日に風当たりの強いものに乗るなんて自殺行為だ。地面の上ならまだしも、こんなに高いところにいたら、もしものことがあったら助からない。
不安が心を塗りつぶす。杞憂でも絶対に起こらないわけではない。思考がどんどんマイナスに傾く。もしぼくがポルヴォーラだったらとっくに爆発してるほどの緊張感。
「そんなに怖いんだったら、俺が抱きしめてやろうか?」
「……うん」
冗談かどうか深いことは考えず、即決で明の提案に乗る。それで怖くなくなるのだったら、いくらでもやってほしい。
明が向かい側のシートからぼくのすぐ横に移動して、すぐにふわっと包み込まれた。
……でもちょっと心許ない。
「ごめん、明。もっと強くしてくれる?」
『ふわっ』が『ぎゅー』という感じになる。うん、これなら大丈夫だ。なんだか安心できた。ここが高い所だと忘れさせてくれるような安定感がある。



「ありがと。明のおかげであんまり怖くなくなった」
閉じていた目を開けて明を見る。やはり持つべきものは親友だ。その親友の顔は、
「明?」
すぐ目の前にあった。その一瞬あとにぼくの唇に何かが押し当てられる。
予想外すぎて思考が止まった。ほんの数センチのところに明の顔があった。触れられそうなくらいに近い。

いや、触れていた。

接点のひとつはぼくの唇。もうひとつは──
明の顔が離れる。

触れていたのは明の唇だった。

「な、に……?」
なんだろう、これ。なんでぼくは明とキスなんかしているんだろう。さっぱりわからない。前後とつながらない。
「なにって、陽はそのつもりで来たんだろ?」
そのつもり。しばらく考えて、ひとつのことに思い至る。
デート。
絶対ありえないところにあると思っていた選択肢。
まさか明に限ってそんなことを考えているはずがな──
「こんな下着はいて……。期待してたんじゃねえのか?」
スカートをめくられた。スカートの下にあるのはあの色のショーツ。
明の行動のひとつひとつがぼくの予想を超えていた。次に何をするのかまったくかわからない。
「こ、れは……たまたま他が洗濯中で……」
よりにもよってこんな色のを見られてしまった。赤面するのが自覚できた。必死に取り繕うとするけど、しどろもどろで口がうまく動かない。
でも、なんで明はぼくのはいている下着の色を知って……あ、あのときだ。
昼食のときにフォークを落として、それを拾うためにテーブルの下に潜った、そのとき見たに違いない。だから、テーブルに頭をぶつけたのだ。
「ダメなんだよ、陽、俺もう抑えきれねえ。第一、無防備すぎなんだよ。手を繋いできたり一緒にトイレに入ろうとしたり……、昨日だって目の前で着替えたりして」
「ぼくは…そんなつもりじゃ……」
ぼくは男のときのように振舞っていた。女に慣れたとはいっても、まだ男でいようとしていた。
その男として普通の振る舞いが、女としては無防備だったというのだろうか?



(つまり明はぼくのことを女として見てる…?)
「陽がそうじゃなくても、こっちはそう受け取っちまうんだよ! 今だって誘ってるようにしか! …………もう陽を男として見れねえ」
決定的な一言だった。
ぼくは女になってしまって初めて明に会って話をしたとき、ぼくのことを男として受け

入れてくれたと思っていた。でも、それは違っていたのだ。
いや、時間が経つにつれて変わってしまったのかもしれない。少なくともいまはぼくを完全に女と見なしている。
いつもの飄々とした表情はどこかに消え、自制をなくしていた。何を考えているのかわからない。そんな顔を怖いと思った。
でも怯んでばかりはいられない。脱がそうとする手を遮りながら、なんとか制止しようと試みる。
「この病気が感染(うつ)るかもしれないからダメだよ。明だって女の子になるのはイヤでしょ?」
明の動きが止まった。
もちろんこれは嘘だ。完全な口から出任せ。
でも、ぼくが女になった原因は『原因不明の奇病』という扱いになっている。
感染源も感染ルートもわからない以上、迂闊な『接触』は保身を考えるなら絶対にできないはずだ。
けど、明はぼくの予想を裏切って行為を再開する。
「明、聞いてなかったの!?」
「もし俺が女になっても、それはそれでいいさ。むしろそっちのほうがいいかもしれねえな。そうすりゃ陽の苦しさとか悩みがわかって助けになれるかもしれねえしな」
長年一緒にいたから、よくわかった。
明は本気だ。
口に出したことを本気で心の中で思っている。建前や方便がまったくない、紛れもない本音であり本心だった。
だとしたら、ぼくはもう明のこれからを止められない。それも経験上わかる。
なんと言おうと聞く耳を持たないし、行動を制止しようとしても止まらない。それだけの覚悟を決めている。
抵抗を諦める。
急に身体の力が抜けたことに明は訝しげな表情でぼくを見る。
「……いいのか?」
たとえここで首を横に振っても、明はやめないだろう。
無言を肯定と受け取り、明が本格的に始めた。





「胸ばっかり吸っちゃ……ダメ、だって……」
明は執拗なまでに胸を攻めてきた。ブラジャーは半端にはずされ、スウェットと一緒に胸に引っ掛ける形でまくりあげられていた。
先端を転がすように舐められ、赤ちゃんが母乳を飲むみたいに音を立てて吸われる。吸われると胸の中からじんじんと痺れた。
もうひとつの胸には手が当てられ、そのなかで胸が目まぐるしく形を変えている。指の間で先端を挟まれる。
「ひうっ! ほんと、あっ、胸は……」
「陽はおっぱいが弱いんだな」
それはもうとっくに看破されて。だからこうやって脱がす手間も惜しんで責められている。
胸を責めると同時に、明は口付けの雨を降らせた。強く吸われたところが虫さされのように赤くなった。
「も、もう、そこは、やめ……」
もう何分胸をいじられているだろう。断続的な激しい快感に身体が揺さぶられる。
明の唾液でぬらぬら光る胸。先端だけでも甘く噛まれ、舌で転がされ……。胸だけで達してしまいそうだった。
その寸前を知っているかのようなタイミングで明は胸への責めをとめる。
「おっぱい以外にもやってほしい?」
このタイミングこの質問。絶対わざとだ。ぼくが否定ができないとわかっていて、意地悪でやっている。
小さく頷くのがこの意地悪に対抗できるぼくの精一杯の意思表示だった。
明の右手がおしりと太ももを経由してスカートの中に伸びる。条件反射のように身体がはねた。
ショーツの感触を確かめるようにあて布をさする。ぼくのアソコはそれを敏感に感じとっていた。スイッチのように触られると電気が流れる。
「外からでもわかるくらい湿ってるぞ。すごく感じてたんだな」
ショーツに手がかかる。脱がそうとしている──!
はっきりと見られるのには抵抗がある。
けど、もっと触ってほしい。
ショーツを脱がされて、自然内寄りになっていた股を開かれ、アソコが明の目に晒されて、勝ったのはやっぱり後者だった。
「本当に、女になったんだな……」
ぽつりと明が呟いた。残念そうにも、ほっとしたようにもとれる曖昧な呟き。
その女の証左に、あろうことか明は口を近づけた。
「あき、らぁ……そんなトコ、舐めないで…」
 割れ目をやわらかくて生暖かい舌が這う。
(明が、ぼくのを、舐めてる)
信じられなかった。でも現実は、明は直接口をつけてにじみでる愛液を吸い取ろうとしている。明が、あの明が──
「ダメだって……汚い、からぁ」
「そんなことないって。陽のココ、すっごく綺麗だぞ?」
「そんな、こと、言わな……ひゃあっ!」
ずずっとジュースを飲むみたいに愛液を啜られる。舌が割って入り、中をほぐすようにえぐられる。
「ダメ、だよ明……そんなことしちゃ……ああっ!」
半端につむがれる言葉は否定を表しながら、実際には意味をともなっていなかった。
……ぼくは、次を望んでいるのだから。



「陽……そろそろいいか?」
ファスナーから取り出されたいきり立った明のモノ。大きい。本当にあんなのがぼくの中に入るのだろうか。
怖い。
ぼくの怯えを見透かしたように明が頭を撫でてくる。不思議と恐怖心が引いていった。
「……うん」
丸太のように太いのが、ゆっくり確かめるように入り口を押し広げながら入ってきた。
「うあ……ああああぁぁぁ!!」
あまりの圧迫感に手を突いていたシートに爪を立てる。このまま無制限に後ろにさがってしまうように思えて、指に力がこもる。指先だけで身体を支えているような感覚。
ゆるやかに明のが根元まで埋まる。でも、まだ明は前に進もうとしていた。結果シートの背もたれに押し付けられる格好になる。
「──っきら、それ以上、はいらなっ……!」
声も絶え絶えに訴えると、それで我に返ったのか前進をやめてくれた。
「──あ、すまん。……あんまり気持ちがよかったからさ」
「平気だよ、明。ちょっと苦しかっただけだから」
心配そうに顔をのぞきこむ明に精一杯の笑顔を見せた。
たっぷりの愛液で濡れたぼくのアソコは明のモノを完全に受け入れていた。
(ぼく、明と繋がってるんだ……)
親友だった明に身体を許している。こんな関係になるために今日ここにきたわけじゃない。
──けど、明は気持ちいいと言ってくれている。それだけで許してしまいそうになる。
「あっ、はっ、あんっ」
さっきまでの胸への攻めで散々高められていたぼくは、数回の出し入れだけでもう上り詰めようとしていた。
感覚器官が快楽だけを受容しているかのように、いまはそれだけしか感じられない。
ぼくの腰を支点に細かくモノが出入りする。それにあわせぼくの胸も揺れる。ぼくの──女の胸。
その胸を明が掴む。明の手の感触と体温が伝わってくる。人差し指で先端を引っかかれた。
身体が強く反応した。アソコが収縮する。
お腹の中が満たされていた。そのためにある器官を強く感じる。自分が女だということを頭以外のところで理解する。
同時にぼくが、まだどこか男として、第三者的な視点で自分を見ていることに気づいた。



けど、女としてこの行為を見たらどうなるだろう。
身体だけではなく、心までも女として感じたら──
「ひゃ、あああああぁぁぁぁ!!」
感覚が爆発した。絶頂を迎えたのかと思った。けどまだ達していない。なのに、そう錯覚してしまうほど──気持ちがいい。
「あああん! んんっ、くぅっ、うああ」
波状の快感が幾重にも広がって、ぼくをあふれさせた。
男に抱かれていると思い、女として感じていると、こんなにも気持ちがいいなんて。
胸もアソコも完全に身体の一部として見なしたことで、ダイレクトに快楽が脳に焼き付けられる。
「あきら、ぼく、もう……なにかくるっ…!」
「そういうときは普通イクって言うんだぞ。女の子だったらみんなそうだ」
「そう、なの?」
女の子なら──だったら、ぼくはそうすべきだ。
「いっ、イクううううう!!!!」
すべてがホワイトアウトして、例えようのない快感が全身を駆け巡った。弓なりにのけぞり思考回路が断線する。
「はぁ……はぁ……」
ぼくは前後不覚になるくらいイってしまった。でも、まだ繋がったままなのに、あの熱いのがお腹に広がるような感じはしなかった。
「あ、きら……イって、ないの…?」
「陽がイクのが早かったからな」
引き抜かれる。その衝撃でまたひとつ大きな波紋が生まれ、身体を震わせた。
余韻で動けないぼくとは対照的に、明はモノを元の場所に戻し、反対側のシートに腰掛けていた。あっさりしていて冷淡に見える。
もう残り4分の1を切っていた。
数分もしないうちに係員さんの手によってこの扉が開けられる。そうしたら今日は終わりだ。降りたらすぐに家に帰ることになっている。
それではダメだ。
「……ねえ、明」
ここままでは終われない。ぼくだけがイって、それで終われるわけがない。明にもイってもらわないと。
今日は、明に楽しんでもらうと決めていたのだから。
「……もう1周……いい?」
いくら接待はするなと言われても、明が不満足なまま終わらせたくなかった。
……ぼくができることといえばもうこれくらいしかない。
「しょうがねえな」
そんなぼくのワガママにも、明は付き合ってくれた。




--------
「お、おい、陽!」
できることならぼく自身の手で満足してもらいたい。そんな気持ちからファスナーを下げ、明のモノを露出させる。
萎えていたそれに、ぼくは躊躇なく手を差し伸べる。
ぼくの愛液に濡れていたのをそのままにしていたらしく、てかっていた。これがさっきまでぼくの中に入っていたかと思うと……変な感じがする。
自分以外のモノの感触。太くて固くて、すごく熱い。両手でゆっくりと上下に動かす。すぐにそれは硬くなっていく。強くこすると脈打った。
男の匂いがした。
忘れていた。数日前まで自分が持っていた匂いさえ忘却のかなたに追いやっていた。
屹立したその先端に軽くキスをする。
「な、なにをやってんだよ!」
「さっき明もぼくのを舐めたでしょ? そのお返し」
女として行動するならどうするだろうと考えた結果だった。
といってもやり方なんて知らない。ただアイスクリームを舐めるみたいに先の部分だけ口に含んだり、舐めるだけだ。それでも明はそれを大きくさせる。
単純なことしかやってないのに、時折切なそうな声を出す。先からぬめった液体が出てきた。
(感じてくれてるんだ)
そのぬめりを取ろうとしていると、いきなり顔を引き剥がされた。
「イクときは陽のなかで……、いいか?」
着せ替え人形のようになすがまま一度整えた服を脱がされる。靴までもその対象にされ、生まれたままの姿にさせられる。
「じゃあ、シートに手をついてお尻をこっちに向けてくれよ」
明のリクエストに応じて、その格好をとる。足の裏が冷たい。けどそれはすぐに気にならなくなる。別のことで頭がいっぱいになったからだ。
「や……こんな、かっこ、恥ずかしい…」
自分でやっておきながら、見られているのに心が拒否反応を示す。
こんなところで全裸になって、ぼくの恥ずかしいところを全部さらけだしている。アソコもお尻も。
自分でさえまともに見たことのない部分を見られている──!
「また濡れてきたぞ。もしかして興奮してる?」
でも興奮していた。音がまわりに聞こえそうなほど心臓が強く拍動していた。
見られているだけで達してしまいそうだった。膝は震え、何かあればすぐに砕けてもおかしくない。
──こんな格好をしていても、入れられることを望んでいる。



頷くと、明のが入ってきた。
「あふぅぅっ!」
1回突かれただけなのに、ちょっとイってしまった。
「あれ、もうイったのか。ひくひく絡み付いてきてるぞ」
イってしまったせいで足に力が入らない。明が腰を持って支えてくれなければ、いまの格好を維持することもできない。それなのに明は動きだす。
「あああっ、ダメ! そんなことしたら…!」
感度が違った。イったことでリミッターがはずれてしまったかのようにそこから広がる刺激は度を越して強い。受容しきれない波が押し寄せる。
「こうしてると本当の女みたいだな。よがりかたとか」
「そんなの、わからない……」
本物の女の人がこんなときにどんな声を出しているかなんて知らない。ぼくだって考えて言ってないのだ。
「女の素質があるってことかな」
たった数日でここまで女に馴染んでいるぼく。環境のせいもあるだろう。でもそれ以上に思い当たる節は見つからない。外からの要因がなければ……そうなんだろう。
大きな動きで突かれる。入り口から奥まで一気に貫かれる。正面からとは違うところがこすれて、新しい刺激に身体が震える。
「あうっ……はぁっ……あ……」
明の動きは規則性がなかった。円を描くようにかき回されたと思ったら、入り口付近だけに挿入したり、間隔を早めたり……。まるでぼくの弱点を探っているみたいだった。
背中に体重がかかって体勢が崩されシートに突っ伏す。明が覆いかぶさっていた。脇の下から手が伸びてきて、また胸を責められる。
「ふあぁぁっ、そんな、いっぺんに、やっちゃ……!」
上からの快感と下からの快感。上も下もこね回される。平行して首すじに、背すじに、頬に、舌が走る。
もうどんなことをされても、高まる要因になる。明が触れるところ、すべてが気持ちいい。
「体勢変えるぞ」
シートの上にごろんと横たえられる。明がシートに片膝をついて、ぼくの左足を自分の右肩に乗せる。その状態で突き入れてきた。
「明ぁ、それ、深いよぉ!」
角度が変わって、前以上に強く奥に突き刺さる。深いところが押し上げられてる…!
脳髄に直接響くような衝撃が二度三度と連続する。
「か……は……! ふか……すぎっ……!」
呼吸も言葉も絶え絶えになる。それは痛みだったかもしれない。けど、同時にいじられたクリトリスへの刺激によって、痛みじゃない一点に誘導された。──快感へと。
「ぼく、また……イっ…て……!」
「くっ……俺もだ」
「どこにでも出して、いいよ。明の、好きなところで。……中でも、いいから」
「中は、もしものことがあったら嫌だろ?」
こんなときになっても、明はぼくを気遣う。いつものように気にして欲しくないのに。ただ明を喜ばせたいだけなのに。
「あっ、はぁ、だめえ! もうイクよぉっ!!」
ぼくがイクと同時に明のが引き抜かれて、その先から大量の白濁の液体がぼくの顔にふりかかった。
「ふああああっ! これ……熱っ…!」
顔と胸と腹とにかかったそれは火傷しそうなほどに熱かった。
そのうち、頬にかかったのが流れてきて、盛大に息を切らして半開きになった口の端から中に入った。
「…………変な味」
でも、明の味。ぼくで感じてイってくれた証。そう考えると嬉しくなる。

──嬉しい?

なんでだろう。なんで嬉しいんだろう。不意に意識が切り替わる。
どこかから湧いて出た嬉しいという感情。その出所を探るも、どこにも発見できなかった。
ただ、探してない場所がある。でもそこは探さなかった。そこは触れてはいけない気がした。
認めたくないものを認めてしまうことになるかもしれないから。





「ちょっと待ってろ。いま拭くからな」
明がポケットティッシュで、ぼくに飛び散った白濁の液体を拭い取ろうと──!?
「い、いいよ! 自分でやるから!」
「いいからじっとしてろって」
 ぼくはまだ服を着てない。つまり、全裸。
「なに恥ずかしがってんだ? さっきあますとこなく見せてただろ」
「あ、あれは……!」
「あれは?」
ダメだ。いまは何を言っても説得力も重みもない。胸とアソコを隠していた手を引き剥がされ、清拭される。
昼食のときはぼくに拭かせなかったのに……。自分勝手だ。自己中だ。すごく利己的だ。ぼくばっかり恥ずかしい目に遭わせて。
明はそんなぼくを見て本当に楽しそうにしている。
「ぅ……」
イって敏感になった肌に、ティッシュがこそばゆい。立て続けに刺激を受け、またアソコが熱くなってきた。やばい。
「ん? ひょっとして……また濡れてないか?」
バレた。
「なんならもう1回やるか?」
観覧車に乗る前に見せた底意地の悪そうな笑み。
──そして本気の目。
「ダメだよ。もう時間ないし」
「大丈夫だって。あと7分もある」
観覧車は4分の1残っていた。物は言いようだ。たぶん明の頭の中では7分でできる構成を考えているに違いない。
そういうぼくも口ではダメだと言ったけど、身体は準備を整え終えていた。明の一部分を見ると、明も準備万端のようだった。
お互い身体は求めあっている。
ここでやめたらどうなるかシミュレートして、…………このまま点いてしまった火を消さずに帰れる自信がなくなった。
「陽だってやりたいだろ?」
それがダメ押しになった。意志薄弱。

でも、その代償はとても甘い。



「んはあああっ!」
シートに押し倒され正面から突き入れられる。明のに慣れたアソコはすんなりと明のを受け入れる。
「いきなり、激しい、よ……!」
「時間がないからな」
短距離走のように猛烈な勢いで明が腰を打つ。リミッターがはずれたままで、一突きがぼくを空高くに飛ばしていっているように感じられる。
「ほんと、陽はかわいいな」
唐突にそんなことを言われた。
「赤くなってかわいい声を出して…………お、締め付けが強くなったぞ?」
かわいいを褒め言葉だと脳は判断した。かわいという言葉に心が躍り、身体が応えようとする。
「かわいいぞ、陽」
またその言葉に反応して、締め付ける。パブロフの犬のように、キーワードが身体を支配する。と同時に明のを強く感じて、あふれんばかりの快楽がぼくを満たす。
「それ以上言わ、ないで……ぼく、おかしく、なっちゃうからぁ……はあん!」
「そう恥らうところもかわいいぞ」
「だめ、だってぇ……!」
何故こうも反応してしまうのかわからない。反応するということは「かわいい」と言われることを快と思っている?
「もう、いわないで……はう! おねがい、だから……っ!」
思考がまとまらない。突き入れられても「かわいい」と言われても、積み上げようとした考えが崩されてしまう。崩されて、正しい形で組み直せない。
「もう、出すぞ…!」
明が限界を訴える。ぼくは意識を朦朧とさせながらも明の腰を両脚で挟んで逃げられなくしていた。
「ぼくのなかで、出していいから」
出して欲しい。ぼくにとっても明にとっても一番気持ちのいいことだと思うから。
自分の意思での求めだった。たとえまともじゃない思考の産物だったとしても、それを受け入れたのは自分自身だ。後戻りはできない。
「んぅ、くっ、あ、はぁっ」
できることなら一緒にイきたい。それだけを念じて、ぼくは快楽で満たされたこの身体を決壊させるそのときを待っていた。



「こんなときにこんなことを言うのは卑怯かもしれねえけどさ……聞いてくれるか?」
腰は動かしたまま、明がぼくの顔を両手で包み込むようにして自分の顔と合わせる。
「……俺、陽のことが好きだ」
「──え?」
思考が止まる。そのちょっとの間に、明はぼくの中に熱い液体を放っていた。
「あああ、ああああぁぁぁ!!」
どくどくと、明はまだ出すのをやめない。5秒、10秒──もっと長い時間のように感じられる。
「あ……まだ、出てる……」
熱いのをたくさん感じる。ぼくのなかで脈打っている。溜めていたものを放出し尽くそうとするように。
明がぼくを抱きしめる。怖いときにやってもらったのとはまた違う、優しい抱擁。
「ごめんな、陽。無理矢理やっちゃったみたいでさ。けどよ、俺は陽のことが好きだから抱いたんだ」
謝罪と告白。冗談がかけらもまじらない真顔だった。
ぼくはどう反応すればいいんだろう。
男として? 女として?
ただ、いまは女としてこんなことをして、女として感じていた。これは変えようのない事実だ。そしていま、明と繋がり、女としての自分を強く感じている。
いまのいままで、このまま精神も女のままでいようとさえ思っていた。
けど皮肉にも、明の告白で『男』を思い出した。
「返事は急がなくていいからな。……怒るかもしれねえが、正直俺は陽に男に戻ってほしくないと思ってる」
何も言えなかった。
知らず明の背中に回していた両腕を離すのも忘れて、低い天井を呆然と見上げていた。


--------


家に帰って、風呂に入って、そこで我に返った。

告白された。

もちろん生まれてはじめてのことだ。
でもその相手はしかも親友だった明。
冗談かもしれない。ぼくをからかって遊んでいるだけかもしれない。そんな可能性はあった。けど、言っていることに嘘がないことが、長年の付き合いからわかってしまった。
ぼくのことを男の親友といて見ていたと思っていた明。でも実際はぼくを女として見ていた。
思い返せば、いくつもそれを裏付ける行動や言動はあった。
ぼくはそれをただの戸惑いと解釈し、かえって男らしく振る舞い、女として無防備な状態をさらし、結果として明のリミッターを壊してしまった。
そして──明とした。
自分から男を求め、感じていた。舐めたりもした。
アソコに手を伸ばす。ぬるぬるしていた。ぼくのじゃなく、明の出した白濁の液体によって。
「明のにおいがする…」
水で薄まってなお、男だったときにはあまり気づかなかった白濁液のにおいをはっきり嗅ぎ取れる。嘉神先生の言っていた男女の匂いの違いのことを少しだけ理解する。
明の匂いが自分の身体に染み付いているような気がした。
あの観覧車の出来事から記憶にブランクがある。どうやって帰り着いたのかよくわからない。現状を把握することもやめて、内面世界に没頭していたからだ。
思い返せば、帰り道、公園の暗がりでまた明としたような覚えがある。つい1時間前のことなのに、そんな最近のことさえも忘れかけていた。

──俺は陽に男に戻ってほしくないと思ってる。

観覧車の中でぼくを抱きながら明が言った最後の言葉。思い出すだけで鋭いもので胸を突き刺されたような痛みを感じる。



「そんなのってないよ……」
水面に波紋がひとつうまれる。
信じていたのに裏切られた。

──いや、違う。

明は裏切ったわけでも、ぼくを嫌って避けているのでもない。ただぼくが明に一方的に期待していただけだ。
ぼくは男に戻るのが当然のように思っていた。それはぼくの判断基準でしかなかった。
明のように、女のぼくを必要としている人もいるのだ。それを考慮していなかった。
全ての人の思惑を汲み取ることはできない。一方を立てれば一方は立たない。矛盾したことを同時に許容することはできない。

ぼくは、どうしたらいいんだろう?
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