それでも僕はなんとか人前では一人称を使い分けられる様になった。
これも大士のおかげ…だとは思うけど、本人には絶対言わない。
でも一人称以外は変わってないんだけどね。

そしてついに高校生になるときが来た。
クラスは大士と同じだった。
わかってる人がいるのは嬉しいけど、なんとも言えない複雑な気分でもある。

とにかく僕は静かにしばらくは過ごして様子を見ようと思った。
実際、名前の読み方はまったく前と変わっていないわけで同じ中学だった人には気をつけなくちゃならないからだ。
今日をちゃんとやり過ごせるかで今後が変わる。

おばさんに服をいただき、着方も教えてもらった。
鏡の前に立ち、着替え終わった自分を見る。
ついでに、ちょっとハニカんでみる。

ヤバいよ、ナルシストじゃないんだから。
「はぁ…、自己嫌悪だよ…」
「何が自己嫌悪なんだ?」
気付くと後ろに大士がいた。
「うわぁぁっ!大士っ!いつからいたんだよ!?」
「ハニカんだ辺りからだけど」
「1番恥ずかしいところ見られたぁぁあ…」
うわぁ、最悪だよ、よりにも大士に見られるなんて…。
「大丈夫だ、可愛かったからな。あとさ、何か言うことあるんじゃないのか?」
えっ?可愛いとかいうのはもうスルーで行くことにして、言うことってなんだ?
あー、もしかして待たせたからかな。時間には余裕持ったつもりなんだけど…。
「もしかして待たせちゃったかな、ゴメン、待たせて」
「違う違う。時間なんてまだまだ余裕だ。そうじゃなくて恋は俺に恥ずかしいところを見られただろ?だったら…」
「はぁ?死ねっ!とか言えばいいの?」
「違う!恋は俺の性格を何だと思ってるんだ!あるだろ?ほら、◯◯にいけないー!みたいなやつ」
ドMだよな、こいつ。
ってかいけないってなんだ?
高校とか?
「高校にいけないー?」
「……お前さ、ホントにわかんないのか?」
まぁ変態の考えることはさすがにわかんないよ。
僕は大士を見て頷く。
「しょうが無いなぁ…、一回だけだぞ?教えてやるよ」
「早く言ってよ」
「よし…。それじゃあ。恥ずかしいところを見られた恋は俺にこう言うんだ!『もう…お嫁にいけない…!』と。それに俺はこう返す!『大丈夫だ…、俺がお前をもらってやる…!』キャーキャー!」


気付けば僕は大士の脛を思いっきり蹴り上げていた。



朝は大士と行くことになった。
僕としては1人で行きたいんだけど大士がどうしてもと言って聞かないから。
しょうがなくなんだ、しょうがなく。
「えへへー、恋ちゃーん」
「高校生になるような男がニヤニヤしながらそんなこと言ってると捕まるぞ?」
「じゃあ恋が言ってくれよー」
「やだ」
「なっ!?冷たいな、おい!」
「冷たいんじゃ無いよ、拒否してるんだ」
「はぁっ!?」
声でかいって!周りの人が見てくるじゃんか…。
「周りを見ろよ、自重しろ」
「んっ?うわっ、すまん…」
途中から自重モードに入った僕たちだったが、なんとか高校に着いた。


入学式は何事もなく終了した。
ただ校長先生の話のときは本当に眠かった。

そして今僕はクラスにいる。
みんなお互いに初対面というのもありクラスは静まりかえっている。
そこに先生が入って来た。
先生自身の自己紹介を終え、次は僕たちの番だ。
「皆さんは名前、出身中学校、一言を言ってください」
先生の声がどこかで聞こえる。
僕はそんなことよりも僕が周りから見て変じゃないか、そればかりが気になっていた。

出席番号順に自己紹介をする。
怖い、僕はちゃんと人のなりをしてるんだろうか。
怖い、僕が元男だってバレてるんじゃないか。
怖い、僕はクラスに受け入れられるんだろうか。
中学校に入ったときには感じなかった感情がこみ上げてくる。
僕の前の人に順番がまわって来た。
その時だった。後ろから背中を叩かれた。僕の後ろは大士だ。
ビックリして振り向くと、(大丈夫だぞ)と口を動かして伝えてくれた。
全部わかってたのか。
少しだけ楽になった僕のもとに順番がまわってきた。

立ち上がる。
息を吸う。
「あ、あたしは真間 恋といいます。出身中学校はA中学校です」
これを言い終わったとき、しまった、と思った。
A中学校の真間 蓮は死んだ。ましてや同姓同名の女子がいたかどうかなんて明らかだ。
A中学校出身のみんなが騒ぎ出す。
蓮は死んだだろ、あんな女子はいなかった、と。

終わった、そう思い、逃げ出そうと思った。

足を踏み出しかけたとき、後ろの大士が立ち上がった。

「おいおい…恋?彼氏の出身中学校じゃないぞ?自分の出身中学校を言わなくちゃ。という訳でこいつ、真間 恋の彼氏の西河 大士です。出身中学校はA中学校な?これからよろしくお願いします…っと」
大士が僕が立ったままでまくし立てた。
お前の彼女なんかじゃない、って言いたかったけど言えなかった。

だって大士の手が震えてるのが見えたから。



僕のために勇気を振り絞ってくれた。
そう思うと当たることなんて出来なかった。
「ほら、座れよ」
後ろからそんな声がかけられて、ようやく座ることができた。


それからはよく覚えてない。

全部が終わったあと、大士はA中出身のみんなに囲まれていた。
聞こえてきたのは、「彼氏の中学を言っちゃうなんて可愛い彼女だな」とか「まさかのドジっ子か!?」というものだった。
恋人の中学を言うなんてあり得ない。
そんなバカなことがある訳ないだろう。
そう思って早く教室を出ようとドアに来たとき、「恋ちゃん…だよね?」と声をかけられた。
振り向くと1人の女の子が立っていた。
「私、海野 優[かいの ゆう]って言います。よろしくね?」
そう言った女の子は長い髪をもつ、お嬢様のような子だった。
「よろしく…」
「元気無いの?っていうか恋ちゃん羨ましいね、あんな優しい彼氏さんがいて」
だから彼氏じゃない、って言いたかった。本当に言いたかったんだよ!
「優しい…のかな…。でも海野さんだって彼氏いるんだよね?」
そう返すのが精一杯で。
「うん、って言いたいところなんだけどな…。あとさ、海野さんなんて言い方やめてよ。優、って呼び捨てでいいからさ」
「じゃああたしのことも呼び捨てでいいからさ、その、お願い」
「ん、わかった。じゃあ改めてよろしくね、恋」
「よろしく、優」

すごい頑張ったと思う。
つい数分まで絶望感に苛まれていた僕は女の子としての初めての友達を得て、少しだけこれからが楽しみに思えた。


優とは連絡先を交換して別れた。
家に着いた僕は慣れない服を脱ぎ、普段の部屋着に着替えた。

大士が帰ってきたらちゃんとお礼を言わなくちゃな、そう思いながら携帯を見る。

優からもメールは来ていない。
僕は新規メールを打った。

宛先:大士
件名:無題
本文:今日はありがとう。
話があるから帰りに僕の部屋に
寄って行ってほしい。

暗くなる前にちゃんと帰って
来いよ、おばさん達が心配するぞ。


ちなみに。
早く帰って来い、なんて書くのは恥ずかしかったから暗くなる前に帰って来い、ということにした。

深い意味なんてないんだ。
ただ、お礼が早く言いたいだけ。うん、早く言ってスッキリしたいだけ。

他意はないんだからな!


<大士視点>
話に夢中になってて携帯に気付かない時ってあるじゃん?

うん、あるんだよ。
恋からのメールを3時間放置してたぁぁぁああああっ!!!

今?7時だよ…、外は薄暗いよ…ヤバいよなぁ…。
とにかく俺は走る!走る!走る!

ようやくアパートが見えて来た。
あと少し…あと少し。
階段を駆け上がり、ようやく着いたのは7時10分。
ドアホンを鳴らす。

……反応がない。
「恋ー?遅れてごめんな、大士くんですよー」
呼びかけてみるが……反応はない。

鍵はあいていた。
中に入る。何かあったのではないかと不安になる。
部屋に入った俺が見たのは不安なんて感じさせない、恋の寝顔だった。


時々、ジェットコースターから落ちた感じがして目が覚める時あるよね。
今まさにそれで目が覚めた。
そしたら隣に大士がいた。
ニヤニヤしながら。
時間は7時30分。
外は暗い。

遅いんだよバカ大士っ!、と言って蹴り上げてやりたかったけど学校でのことを思い出してやめた。
少なくとも今日はやっちゃいけない、そう思ったから。
「恋の寝顔可愛かったぞ?」
「そ、そうかよ、ふーん」
「ん?今日は蹴らないのな?」
「別にいいじゃん…」
「まぁしおらしい恋も好きだぞ?」
「ふ、ふーん、じゃあそんな僕がお前の願いを1つだけきいてやるよ」
お礼をしたい、って素直に言いたかったけど言えなかった。
恥ずかしいんだって、すごく。
「おおっ?何でもか?」
食いついて来やがって…。
「うん、何でもいい…」
「じゃあ前々からの夢を叶えさせていただこうかな!恋!」
「な、何だよ?」

「壁を挟んでお互いの声を聞きながらオナニーしよう」

「……は?」
耳を疑った。あり得ない発想だろうが。
「だから、俺は恋の喘ぎ声を聞きながらオナる。恋は俺の実況を聞きながらオナるってことだ」
「本気で言ってるのか…?」
「当たり前だ。約束は守れよ?」
ってか実況って何だよ…。
でも約束だしな…実際、喘ぎ声は既に聞かれてる訳だし。

「こ、今回だけだからなっ!?次は無いからな!変態大士!!」
と言ってしまったのである。



「恋…準備はいいな?」
壁から大士の声がする。
「いいけど、大士から始めろよ?」
「なっ!?俺からかよ?」
「じゃあ触る場所指示してやるから。ありがたく思え、変態大士」
自分から始めることだけは絶対に回避したかった。
「わ、わかった…それで手を打とう」
よし!男の感じるところなんて分かり切ってるんだ。
やってやるぞ…!
「じゃあまずは全体をゆっくりシゴいて」
「お、おう」
………………間がキツい。
2分くらい経って。

「と、とりあえず今どうなってる?」
「ん、まぁ、勃ってるけど」


…………はぁ。
さらに2分くらい。

「わかったよ、僕もやるよ!!やればいいんだろ!?」
「よっしゃぁぁあ!」
「黙れ変態っ!」
「まずは乳首だ…、お兄さんが気持ちよくさせちゃうからなぁ…?」
とりあえず下着姿になる。
ブラの付け方だって必需品に入っていたから一応僕だけでつけれるようにはなってるからね。時間はかかるけど。
「ブラは?外した方がいいのか?」
「当たり前ですよ恋ちゃん…」
「わ、わかった…」
「外したら指で転がすように乳首を弄ってみて」
ゆっくり弄る。
なんかいつもより乳首が勃つのが早い。
「どうだ?恋」
「お前のっ…指示が的外れだから気持ち良くなんて…ないっ」
「そうかそうか…、それじゃ俺がやってると想像しながらおっぱい全体を揉んだり乳首をもっと弄ってみて」

激しくしてみる。ヤバい、気持ちいい…。
声を出したらバレちゃうよ…。

「どう?気持ちいいだろ?」
大士が言ってくるけど言葉を返せない。
「おーい、恋ちゃん?何にも言わないってことは気持ちいいのかな?」
それだけは否定しなければ…!大士が調子に乗るからな…。
「きもちよくなんてぇ…ない…からっ…んあっ…」
何で手を止めなかったんだよ僕…。
「あれー、喘ぎ声聞こえたんだけど気のせいかなぁ?」
手が止まらない。
きっとアソコは濡れている。
恥ずかしいのに気持ち良くて、期待してる自分がいる…!
「うるさいなぁっ…!あんっ!はぁ…ぜんぜん…きもちよくないからぁ!」

「じゃあ俺だけオナるか。気持ち良くないものを無理やりさせても悪いもんな。ゴメン、恋、おやすみ」






それは考えてなかった。
もうイかないことにはどうしようもないことだってわかってる。
常に喘ぎ声もあげているような状態だ。
「恋?早く寝ろよー?」
「わ、わかっ…てるぅ…。はぁっ、はぁっ…んあっ…」
「なぁ、気持ちいいって認めればもっと指示してやるんだぞ?」
認める?認めればイくことができる。
それに…
これは大士のためにやったことだ。

そうやって自分の中で言い訳を作った瞬間、焦らされていた分だけ何かが飛んだ。

「ホントはぁ!きもちいい…んだよ!だからぁ…やめないで…たいしぃ…」
「任せろ!よし、じゃあ…は、裸になれっ!」
大士の言うことが絶対なんだ…。新しい言い訳を作る。

「脱いだ…はぁっ…」
「じゃあ…ま、まんこの周りを撫でるんだ…!」
これが予想外にキツい。
焦らされているからだんだんに考えられなくなってくる…。
「どうだ?」
「足りない…たりないよぉ…」
「よ、よし!じゃあ実は俺もビンビンの限界だからな!恋の1番気持ちいいところを激しく弄れ!」

理性が
飛んだ。気持ちいいところ=クリトリスだったから激しく弄ったら飛んだ。

「ああんっ!…すごいぃっ!きもちいい!……たいしぃ…たいしっ!」
「うっ…恋…すごいなっ…!」
「くるっ…きちゃうよぉ…たいし…たいしは、どう…?」
「俺もイきそうだ…!恋…恋っ!」
「たいしぃっ…!イく、イっちゃうぅぅっ!ああぁぁぁあああっ!!」
「恋…イくっ…うあっ!」

カラダが跳ねたと同時に僕の意識も飛んだ。


翌日、僕は大士の顔を恥ずかしくて見れなかった。
いや、だってそうでしょ、あんな声を出し合ったんだから。

しかし変態は常識さえ破壊するみたい。


「よおっ!おはよう、恋、昨日はお互い気持ちよかったなぁ?」

爽やかな顔で爽やかに言って来た変態を僕は蹴り飛ばした。




変態は数分間、痛みで悶えていた。


高校生生活にも慣れてきた頃。
あれからかなり親しくなった優から泊まりに来ないか、とお誘いがあった。
しかし一日中、僕を使わなかった日は無いから不安でしょうがなかった。

それを大士に相談したらどうなるかなんて分かり切ってるから、おばさんに相談してみた。

経緯を話したら「恋ちゃん…私嬉しいわっ!ええ、任せなさいっ!」と応えてくれた。
別の不安が生まれたのも事実。


「恋ちゃんを心の中まで女の子に変えちゃおう!大会開始よ!」
なんで西河家のみなさんはなんでも大会にするんだろう、あえてなにも言わないけど。
「心の中までって…どうやってやるんですか?」
その瞬間、おばさんがニヤッと笑った。
「そんなもの、スパルタに決まってるじゃない!」
シュッという空気を切る音の後にパーンという鞭が近くにあったテーブルを叩く音がした。

おばさん、どこから持って来たんですか…ってか洒落になってないし!

とりあえず逃げる!
「えーと…、僕トイレに行きたい…」
パシン!と鞭が鳴る。

え?

「恋ちゃん…僕は無いわよ…、あたし、でしょ?」
「え、でも」
「次は恋ちゃんに鞭が飛ぶわよ」
「は、はいっ!あ、あたしトイレに行きたいんですっ!」
「ええ、いいわよ、我が家のトイレを使ってね?」
「いやぁ、そのいろいろありまして、あ、あたしの家のトイレがいいかなぁ…なんて」
頼む…!逃げさせて…!
「我が家のトイレはトイレじゃないとでも言いたいのかしら?」
奥さん!鞭!鞭を振り回さないでっ?
「い、いえ!滅相もない!使わせていただきます!」
そうして僕はトイレに駆け込んだ。



「ふぅ…まったく…僕だって」
パシン!パシン!

…に、2回?
「恋ちゃん?どうしたの?」
「い、いえ、あたしだって…その、き、危機感持たなきゃなーなんて思いまして!」
「そうよね…。わかってるじゃない!」
「もちろんですよ!」

「ただねー?恋ちゃん、次は無いわよ」

怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い

「り、了解であります!」


それから僕、もといあたしは[僕]を封印した。
いつかそれが解ける時まで心の奥に封じこんだ。
そして、おばさんには今日部活を終えて帰ってきた大士にかける言葉を教えていただいていた。

「いい?『おかえり、大士!大士がいない間、ずっと寂しかったんだよ?あ、そうだ!疲れてるよね?あたしが大士の背中を洗ってあげる!一緒にお風呂行こ?』よ?わかった?」
「はい、もちろんです!あたし、ちゃんと覚えました!」
そう、もはやあたしに自我は許されないのだ。

「じゃあ一回言ってみて?」
「はいっ!……おかえり、あたしの大好きな大士!あたし大士がいない間、ずっと寂しかったんだよ?あ、そうだ!疲れてるよね?あたしが大士の背中を洗ってあげる!大士を癒してあげたいの…!一緒にお風呂行こ?」
「…完璧よ……。アドリブを入れるあたり、完全に私を理解してるじゃない…。アドリブ無かったら鞭を飛ばしてたわ」
さっきからアドリブアドリブ言いながら鞭を飛ばしてたら誰だって学習しますよ…。


トントン…

階段を上る音がする。大士だろう。

「さぁ、来たわ。恋ちゃん、わかってるわね?」
「はい、あたしに教えていただきありがとうございました!」
もう、あたしはあたしなのだ。
僕なんかじゃない、あたしだ。
あたし、あたし、あたし。
「来たわ…」

<大士視点>
はー、疲れた…。

いや、高校のサッカーは中学とは比べ物にならないな。
これで恋が出迎えてくれれば最高なんだけどな…。

家のドアを開ける。
「ただいまー」


「おかえり、あたしの大好きな大士!」

ん?んんっ?
前を見ると恋が満面の笑みで立っていた。
その後ろには鞭を持ちながらほくそ笑む母。



なんだこの構図…。

しかも、あたしの大好きな大士って…!
嬉しい!嬉しいけど素直に喜べない!だって後ろに母さんがいるから!母さんがいるってことはなにか裏がある!

「お、おう…ありがとう…」
「あたし大士がいない間、ずっと寂しかったんだよ?」
「そ、そうか、悪かったな…」
「ううん!大丈夫だよ!あ、そうだ!疲れてるよね?あたしが大士の背中を洗ってあげる!大士を癒してあげたいの…!ねぇ、一緒にお風呂行こ?」
大丈夫なら何でお前涙目なんだよ…。

とにかく、まぁ、俺に言えることは。

「恋、お前、大丈夫…?」

すると完全に涙目になった恋が
「こんなこと…ぼ…ぼk…うわーん…!あたしだってしたく無かったよー!」
と叫んで飛び出して行った。

そして。


母さんが、鞭を振り回していた。


親のやったことには子供が責任を取るべきだと思うんです。
だから大士に犠牲になっていただいた。

「恋ちゃん?あたし、でしょ?」

「違うんです!大士が僕っ子の方が好きだって言ったから!」

「ええっ!?俺?」

「ヒドイよ大士!シラとぼけないで!」

パシン! 大士オワタ\(^o^)/

という流れで。

それでも僕の中からあたしはまだ抜け切ってない。
大士以外にはどうしてもあたしと言ってしまう。
自分の中では気持ち悪くてしょうがないんだけどトラウマになってるからかもしれない。


そうしてついにお泊りイベント。
優とは駅で待ち合わせ。
今日も今日とて必需品から着るものを取り出して駅に向かう。
待ち合わせは10時で今は9時30分。
駅まではだいたい15分だから着くのは45分頃になると思う。

普段着てるのは男のときのTシャツとジャージだから恥ずかしくはないけど、必需品の服は「女の子!」って感じの服ばっかりでどうしてもそれを着てる自分を見れない。
そうなると必然的に街のショーウインドウに映る自分も見れない訳で、僕は下を向きながら歩く根暗なやつにしか見えなくなってしまう。
それはもうしょうがないんだけど。
でも例のハニカミ事件以来、それは僕の譲れないことになった。

そうこうして駅に着くと流石にまだ優は来ていなかった。
今日はよく晴れている。
なんとなくカッコつけたくて空を見上げる。
今、僕は哀愁漂うカッコいい男に見えてるだろうか。
否、僕は今女なのだ。
そんなの無いし、これからだって永遠にない。
元に戻れるならすぐにでも戻りたい。
僕は15年間、男だったのだ。
しかしそれは今は叶わない。証明だってされている。
じゃあ僕はどうすればいい?
普通の女の子としてこれから過ごして行けるだけの覚悟は僕にあるのだろうか。
実際、今だって現実を楽しんでるだけに見えてもしょうがない。
「これから、どうしよう」
気付けば言葉に出していた。
そして地面に落ちる水滴。
ふと思って顔に触れると僕は泣いていた。
なんで、どうして。
そんな思いが溢れたのかな。

それさえもわからない。

<優視点>
いけない、恋との待ち合わせに遅れちゃうよ…!
なんで今日に限ってお母さんの手伝いをしなくちゃいけないの!?

走って何とか駅に着いたが時間は既に10時5分。
完全に遅刻。

恋の姿が見えた。

だけど、その恋は泣いていた。

なんで?

私は慌てて駆け寄る。
「恋!遅れてゴメン!どうして泣いてるの?なにかあった?」
そうやって息切れしながら恋に話しかける。
ようやく私に気づいたらしい恋は涙を拭い
「あっ、優。いいよ、あたしが早く来すぎたから。あと泣いてなんかないから」
とどう考えても鼻声で言った。
「嘘。泣いてたよ、私見たから」
「べ、別に意味なんてないんだって。あくびだよ、そしたら涙が出ただけ」
絶対何かあったんでしょ、そう言おうと思ったけどこんなことで言い合いをするほど不毛なことはない。
「そうなんだ、ならいいんだけどさ。何かあったら絶対に私に言ってね?」
そう言って家に案内することにした。
「うん、約束する。何かあったら絶対に優に言うから」
恋も約束してくれたしね。



泣いていたところを見られたときは肝を冷やした。
だけどなんとかあくびで切り抜けることができた。

そして優の家に到着。

うん。


広い、大きい!!!


お金持ちオーラがよく出てますよ。
優の部屋に案内された僕はさらに驚くことになる。

だって僕の家のリビング並に大きいんだよ!?
すごいなー、お金持ちはやっぱ違うなー。
「ゴメンね、他の部屋に比べると私の部屋って広くないんだ…」
ゴメン、僕の家小さくてゴメンなさい。
あとアパートの住民のみなさんゴメンなさい。
「そんなことないよ!すっごい広いじゃん!いや、ホントに」
「そ、そうかな?ならいいんだけど」
「ところで今日は何する?」
「うん、とりあえずやっぱり買い物かなと思ってるんだけど恋はそれでもいい?」
買い物か…、全部必需品で済ませて来た僕は行ったことないけど…一回くらい行った方がいいよな。
「うん、構わないよ。じゃあぼ…あたしあんまり店とか知らないから教えてもらってもいい?」
危ない…僕って言いかけたよ…。
おばさんの鞭が来そうで怖い…。
「私の行ってるお店でいいんだったら教えるよ?」
「うん、是非お願いします」
そうして僕たちは再び街へ繰り出した。


「ここが私の行きつけなんだー」
優が連れて来てくれたこの場所。
恥ずかしすぎる…。下着もあるし際どい服もある。こんなの耐えきれないって!
「ふ、ふーん、いい、お店なんだね…?」
僕が行きつけの店を褒めたことに気を良くしたのか、
「そうなんだよ!ここって可愛い服もカッコいい服もあるからすごく便利なんだよ?」
とご機嫌で語ってくれた。
しかし、残念ながら僕の心は男な訳で。
「あー、優?やっぱりユニクロとかにしない?ほら、あたしお金あんまり持ってないし!」
「お金なら心配いらないよ?私が買ってあげる」

金持ち…乙……。


それから15分。
僕はすっかり着せ替え人形になっていた。
「恋って素がいいからやっぱりどんな服も似合うね!!羨ましいなぁ…」
「そんなことないよ…優の方が可愛いよ」
そういう僕はただいま3着目のフリフリがついた白のワンピースを着ている。
恥ずかしい。
もういい加減限界な僕は、
「これでいいんじゃないかな!うん、最高だよ!」
とヤケくそで言った。
実際、これの前の2着はヘソだしだったり派手すぎたりでとてもじゃないけど着れない。
「うん、私もそれいいと思う」
「そうだよね。じゃあ脱ぐから…カーテン閉めるから」
「何言ってんの恋?着ていけばいいじゃん!」
着ていくなんて言葉は僕の辞書にはございませんっ!!
「え?でも、ほら恥ずかしいし、まだ買ってもないよ」
「あぁ、もうそれ買ったから」
「はっ?いつ買ったの?」
「これを見たとき恋は絶対にこれを選ぶと思ったから先に買っちゃったんだ!テヘッ」
テヘッ、じゃねーよ!くそぉ、金持ちが嫉ましい…。
「とにかく、早く行こう?もうお昼食べたいし」
「え、いや、でも…」
なんとか止めようと思った僕だったが強引に外に連れ出された。
予想以上に優、力強いって!


「終わった…」
男として大切な何かが終わってしまった…。
「ん?何が終わったの?」
優と買い物はもう絶対しない。
だって彼女は僕の言うことを完全に無視して突っ張るんだ。
「なんでもないよ…。はぁ」
「それにしても恋ちゃん可愛かったね!」
「嬉しくない…」
「ええっ?私なら褒められたら嬉しいんだけどなぁ…うーん……」
「あたしのことはいいから、ホント」
「そ、そう…?でも楽しかったでしょ?」
まぁそれは否定できない訳で。
こんなに話をしながら買い物をしたことなんてなかったしね。
「それは…楽しかったけど…」
「うん!それならよかった!!」
優の笑顔は純粋だよな、そう思って帰路についた。
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