そしてスピカは静かに話し始めた。
大樹を始め、全員が彼女の言葉に注目していた。

・・・
本来魔法少女というのは男がなれるものではないの。
”少女”というくらいだから当然よね。

でもあなたには何故か魔法少女としての適性があった。
ウィッチーズスペースに 入って来れたことが何よりの証拠。
しかし、魔法少女としての資格があなたにはなかった。
当然資格と言うのは性別が女性であることという絶対的な条件ね。
つまりあなたには適性はあったけど資格がなかった。

そして何より重要なのは、魔法少女の適性というのは、唯一無二の存在・・・
だからその属性の適性者となれる者は一人しかいないということなの。

ということは、あなた以外の風の魔法少女はあり得ない・・・

そしてあなたを魔法少女の資格を与えるためにどういうことをしたか・・・
ここからの話はあなた達人間には耐え難い話かもしれない・・・

資格を与えるために西田大樹という人間と完全同期がとれる他の人間の情報が必要だった。
その同期をするためには生年月日、血液型、様々な因子が必要だったの。

その同期できる人物は、あなたの情報を元に探すことですぐに見つかったわ。
その同期できる因子を持っていたのが・・・
秋月望美という人物・・・

そして、その情報を得るためには、生きている時には得られない。
あのとき・・・あなたが魔法少女になった時・・・
一方では秋月望美は生命活動を終えた直後だったの・・・

だから私はあなたの傷を治しながら秋月望美の情報を使ってあなたに資格を与えた。
資格と適性がそろったあなたは私とコネクトして魔法少女になることができた。
これがあなたが魔法少女になれた真相よ・・・

第十二話「Laugh!そんな気持ちになれないよ」


スピカから事実を告げられ大樹はがっくりと肩を落とす。
大樹「なんてことだ・・・じゃあ俺は・・・
俺は望美ちゃんを殺して・・・生き長らえたってことじゃないか!」

大樹「そんな・・・他人の命を奪ってまで・・・生きている意味があるのか・・・」

スピカ「・・・ごめんなさい。これが現実なの。
でもね、あなたが殺したわけじゃないわ。
あの時もうすでに望美さんは亡くなっていたのだから。」
スピカは慰めるように大樹に語りかける。

スピカ「人間の言葉にすると難しいけ ど、
あの日あの時間に生命活動を停止するというのも
運命という名の因子の一つなの。」

大樹「そんなの詭弁だな。
既に亡くなっていたとはいえ他人の命を弄んだことには変わりない。」
怒りに震えながら、しかし静かに話していた。

スピカ「ああしなければあなたもあのまま死んでしまっていたし・・・
そうなったら風の魔法少女は二度と生まれてくることはなかった。」

しかし・・・大樹が納得するわけはなかった・・・

大樹「俺が誰も殺させないなんて言ったが、チャンチャラおかしいよな。
この俺自身が人を殺して得た命なんだから・・・」

そう言ってポケットからハーティジュエルを取り出す。
大樹はそれをじっと見つめながら絞り出すような声を出した。

大樹「俺・・・このまま魔法少女なんてやっていていいのかな・・・」

萌波「ふふっ・・・ふふふっ。ああ、おかしいわ。何を悩んでいるんだか。」

大樹「!何がおかしいんだ?」

萌波の笑い声に大樹が振り返る。

萌波「これが笑わずにいられますか。」
萌波は大樹を挑発するように語りかける。

大樹「どういうことだ?」

萌波「あなたさっきまで偉そうなこと言ってたじゃない。
仲間だとか、守るとか。」

萌波「それがこんなことであっさり止めちゃうんだ。」
萌波は呆れたように溜息を吐きながら下を向く。



大樹「っていうけどな!俺という存在は他人の犠牲の上に成り立っているんだ!」

萌波「まあ、私はあなたがやめようが続けようが私には関係ないけど、
でもね、望美さんって子はどうなるの?」

大樹「どういうことだ?」

萌波「はぁ・・・あなたまだわからないの?
その望美さんって子はあなたの命に何らかの形で入っているわけでしょ?」

萌波「と言うことは、意識はないにせよあなたの中で生き続けている。」

萌波「あなたが魔法少女やめたら望美さんは生き返るとでも言うの?
違うでしょ?もう亡くなってしまったものは生き返らない・・・これが現実よ。」

萌波「でも、あなたの場合、望美さんの命はあなたの中で生き続けることができる。
それをあなたが放棄してしまったら・・・それこそ望美さんは報われないんじゃなくって?」

大樹はその言葉に言葉を発することがなかなかできなかった。

大樹「・・・萌波の言うことは理解できる・・・しかし・・・納得はできないんだ・・・」

萌波「そう・・・だったら私はもう何も言えないわ。」

明日美「やだよ・・・あたしたちどんな困難でも乗り越えてきたじゃない。
これからもあたしたち・・・」

大樹は明日美の言葉を途中で遮った。

大樹「悪い・・・少し考えさせてくれ・・・今すぐはエアリィにも絵梨にもなりたくない・・・
俺は・・・今までみたいに軽く笑って変身・・・したくない。」
大樹は絞り出すように喋った。

明日美「でもっ!無獣は?この世界はどうなるの?なんとか今までどおりに・・・」

大樹「ごめんな・・・今は・・・今はそんな気持ちになれないよ。」

大樹はゆっくりと歩いて公園を立ち去ってしまった。

明日美「大樹!!待って!待ってよ!!」
明日美が大樹の後を追う。

萌波「あなたが追っても無駄よ。
これはあの人が自分で解決しなければいけない問題。」

明日美「そんな・・・仲間として、友達として・・・
何とかしなきゃいけないじゃない!」
明日美は萌波に激昂する。
しかし、自分自身どのようにしたらよいか分からず、
もどかしい気持ちが山積するのであった。


萌波「だからあなたは・・・あなたたちは偽善的だっていうのよ。」

萌波「相手はいい年した大人でしょ?
どういう結論を出すにせよ自分で解決するわよ。」

明日美「あなた・・・少し変わったわね・・・」
明日美は少し唖然とした。
その言葉を聞いて萌波はぷいっとそっぽを向くのであった。

萌波「な、何を言うのよ・・・私はああいう鬱陶しいのが嫌いなの。
さっさとやめるならやめてほしいわ。」

明日美「くすくす・・・ほんと素直じゃないのね。」

そっぽを向いた萌波の顔は真っ赤になっていたことを知る者は誰もいなかったが、
明日美は萌波がどんな顔をしているのか想像できた。

その日は抜けるような青空で、真冬にしては暖かく、澄んだ空気が二人の頬を撫でていた。
とても、とてものどかな時間が過ぎて行った。



一方その頃・・・

ミーヤ「はぁはぁはぁ・・・っく!!この私がここまでコケにされるなんて!!」
ミーヤはイオに連れられ大樹の街のはるか上空にいた。

イオ「・・・ミーヤとしてのエネルギーが枯渇してきたかもしれない。」

ミーヤ「枯渇?」

イオ「うん、最近魔法少女たちにやられっぱなしだったろ?
だから僕に溜まっているエネルギーが非常に少なくなっているんだ。」

ミーヤ「そうね・・・このままだと・・・」

イオ「うん、だから早くエネルギーを補給しないといけない。」

ミーヤ「くくくっ・・・だとしたら今私ができることは一つね・・・」
ミーヤは黒い影を残しながらその場から掻き消えた。

そしてここはとある街の路地裏・・・

一人の女性がぶつぶつと独り言をしゃべり、うなだれる様に歩いていた。
女性「悔しい・・・なんで私が・・・いつもそうだ・・・悔しい・・・悔しい・・・」

そこに黒い影が風を纏いながら空から降り立つ。

女性「ひっ・・・な、なに?」

ミーヤ「私のこと覚えているかしら?
まあ、覚えているわけないわよねぇ。」
ミーヤがそう言うとその女性の額に指をトンと当てる。
するとあろうことかその女性の額に一本筋が入り内側から肉が盛り上がるように割れ目ができた。

ミーヤ「うふふ・・・きれいなピンク色・・・」

女性「あっ・・・なに・・?・・・はぁぁぁぁ・・・くぅぅ・・」

ミーヤはその女性の額にできた割れ目に先の尖った赤い爪の指を艶かしく這わせた。
そして、指をそのまま額の割れ目にゆっくりと挿入していった。
ニュプププ
女性「あっ・・・うっ・・・な・・・ん・・・で・・・んあっ!や、やめて・・・」
その女性はミーヤの行為になすがままにされ、恍惚とした表情を浮かべていた。

ミーヤ「あはは・・・気持ちいい?そろそろいくわよ!」
ミーヤは額に挿入した指をグリンとひねった。

女性「ぐっぐぁっぐあっぐっぐううう」
その女性はうめきだし、体ががくがくと震える。
そして足元から黒い影がその女性の体にまとわりつき始めた。
黒い影が全身を覆うとその姿は黒いマントを羽織ったダークウィッチへと変化した。

ダークウィッチ「ミーヤ様・・・」
そのダークウィッチはミーヤの足元に跪き手の甲にキスをした。


ミーヤ「挨拶はいいわ・・・あなたのその体・・・私に差し出しなさい。」
ダークウィッチ「え!?それはどういう・・・?」
ダークウィッチが言うよりも速くミーヤは唇を奪う。

チュプ・・・ジュルル・・・チャプ・・・

ミーヤに唇を奪われたダークウィッチは恍惚とした表情になり、
息も荒く、体が震えだす。

ダークウィッチ「あああ・・・はぁ・・・んっ・・・や、やめて・・・」
ミーヤ「んちゅっ・・・んふぅ・・・だまれ。」

まるでその姿はミーヤがダークウィッチの体を弄んでいるようであった。

しばらくするとダークウィッチはビクンビクンと痙攣しつつも意識が無くなり始めた。
ダークウィッチの体が光を発しながら粒子状に変わり、ミーヤはその粒子を吸いこんでいく。
ゆっくりと時間をかけながら最後の一粒まで吸いつくす。

ミーヤ「くふっ・・・まだだ・・・まだ足りない・・・」

そう言うとミーヤは一瞬のうちにその場から飛び去っていった。

ミーヤ「イオ、悲しみが溢れそうな奴はこの近くにいる?」
ミーヤは高速で飛びながらイオに聞いた。

イオ「んーまだ最終段階まで一つ足りないレベル3くらいのやつなら居るよ。」

ミーヤ「・・・そいつはどこに居るのかしら?」

イオ「ここから少し遠いけど、北東へ20kmほど行った町に一人いる。」
その高速で飛ぶミーヤに平然とついていくイオ。

ミーヤ「わかったわ。」
ミーヤとイオは全速力で北東へ飛び去っていった。

そして、目的の場所・・・
ミーヤ「この家ね・・・」
昼間にもかかわらず一軒家の二階に一か所だけ雨戸で締め切った窓があった。

ミーヤがその雨戸に手を翳すとミーヤの体ごとニュルンと部屋の中へ入り込んでいった。

中には一人の男性が膝を抱えてシクシクと泣いているのが見て取れた。

ミーヤが入ってくるのを見てその男性は驚いた表情で顔を上げた。

男性「な!なんだ・・・お前は!・・・どうやって入ってきた!」
ミーヤ「昼間っから陰気くさいわね・・・まあ、その陰気くさいのがいいんだけど。」
ミーヤはその男のことなど全く気にせずに言う。

ミーヤ「今からあなたを楽にしてあげるわ。ふふふ・・・」
ミーヤは舌なめずりをしながらその男に近づいていく。

男「やめろ・・・やめてくれ・・・来るな・・・!」
ミーヤ「私と楽しみましょ・・・とっても気持ちいいんだから・・・」

・・・しばらくするとその部屋から光が溢れ、
同時にぐらぐらと家自体が揺れた。



そして、その部屋を中心に衝撃波のようにウィッチーズスペースが急速膨張した。
しかし、すぐにウィッチーズスペースは縮小を始め再び部屋の中に、
いやミーヤの体の中に収まっていった。

ミーヤ「あははぁん・・・気持ちよかったわよ。おにいさん。」

ミーヤは深く息を吐き、自分の体に起きている変化を確かめた。

ミーヤの周りにはぐねぐねと歪んだ形で黒から紫に変化しながらぼんやりと光を纏っていた。

そして・・・

ミーヤ「ふぅ・・・」
小さく息を一吹き、両手をぐっと握り締めた。

ミーヤ「おおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!!!!!」

ミーヤが力を込めて叫ぶとドンッと衝撃波が広がった。
その衝撃波で地面が揺れ、はるか上空の雲は吹き飛び、草木は暴風によってざざざっと激しく揺さぶられた。
しかし、直後にその衝撃波はミーヤの元へ吸い込まれるようにすべて戻ってきた。
ドーンという衝撃がミーヤの体を駆け抜ける。

ミーヤ「きゃぁぁぁぁ!!くっ!!」

イオ「ミーヤ!大丈夫かい?」
イオはミーヤの様子を心配そうに伺う。
しかし、衝撃波の反動をまともに食らったミーヤであったがその表情はどこか嬉しそうであった。

ミーヤ「くはっ・・・・こ、これはきついわね・・・」
自分の力に翻弄されふらふらとよろけるミーヤ。
しかし、その自分に浴びせられた自分の力を感じ、ニヤリと笑う。

ミーヤ「ふふふっふははははは!いい力だわ・・・
でもまだ力が安定しないようねぇ・・・仕方がないわ。
安定するまでおとなしくしているしかないようね。」

そう言うとその場から霧散するようにミーヤとイオの姿が消えた。



一方大樹は・・・
歩きながらハーティジュエルを眺める。
大樹「俺の・・・いや絵梨のアイデンティティってなんだ・・・
絵梨のときの俺は本当に俺の意思なのか。」

ハーティジュエルは石の内側で綺麗に光るピンク色の炎のような液体のような影が渦を巻いていた。
その光をいくら眺めても大樹の思考はハーティジュエルの影のように渦を巻いて答えは出ない・・・
ぐるぐると思いを巡らせて・・・帰宅の途に就く。

そして悩みながら自宅のドアを開ける。

大樹「・・・ただいま。」

紗英「あら、お帰りなさい。早かったのね。お友達どうだった?」

大樹「あ、ああ、元気だったよ。退院できてよかったよ。」

紗英「それは良かったけど・・・
んー?あなたが元気ないわね。」
紗英は大樹の変化を敏感に感じ取っていた。

大樹「いや・・・ちょっとな。」

紗英「ちょっとまってね、今お茶入れるから。」
パタパタと台所に行きお茶の用意をする紗英。

しばらくすると紅茶とケーキを二人分、トレイに載せて持ってきた。

紗英「ふふふ、最近あなた甘いもの好きだからケーキ買ってきたの。」

紗英「みゃこには内緒ね。」
紗英は唇に人差し指を当て、シーっとするジェスチャーをした。

そして紗英は紅茶をこくんと一口飲み、ニコニコと大樹の方を眺めていた。

それに合わせ、大樹も紅茶を一啜り飲んだ。

無言の時間が流れる。
カチコチと時計の秒針の音だけが部屋に響く。
そして大樹が一口ケーキを口にする。

大樹(あ、このケーキ・・・パティスリーキジマのだな・・・
そういえば明日美と食べっこしたな・・・)
大樹はかつて明日美と食べたケーキであることを思い出した。
そのとき、今までエアリィとして、絵梨として仲間と過ごしてきたことを思い出す。

大樹(魔法少女か・・・俺はしっかりやって来れたのだろうか・・・
このまま続けることにどんな意味があるのだろうか・・・)



紗英「おいしい?」
不意に紗英が大樹に問いかける。
まるで大樹の少しの心の変化を見透かしたように・・・

大樹は突然の問いかけに少し微笑み返す。

紗英「そ、よかった。
私、ここのケーキ屋さん好きなの。特にザッハトルテが最高ね。」
またニコニコと紗英の手元にあるザッハトルテをパクついて紅茶を一口飲む。

大樹が二口目のケーキを口に運び、ゆっくりと咀嚼し十分に味わったあと、
ようやく重い口を開いた。

大樹「あのな、もし自分が突然死にそうになったとして、
生き残るために誰かの命ををもらって生き延びたとしたら、紗英はどう思う?」

紗英「うーん・・・臓器移植の話?
だったらしょうがないんじゃない?」

大樹「しょうがない?」

紗英「移植を受けるってことはもう提供する方はもう亡くなっているってことでしょ?」

大樹「そうだな。」

紗英「もちろん受けた方は提供してくれた人に感謝しなくちゃならないし、
自分の命を大事に使わなきゃならない。」

紗英「ありきたりな答えだけど。
まあ正直なところ私自身当事者になったことないから分からないわ。」

大樹「そうか・・・」

紗英「でも・・・そうね・・・もし、もし私なら、その人の分まで精いっぱい生きていかなきゃなって思うわ。」

大樹(紗英も萌波と同じことを言うんだな・・・
俺が責任もって望美ちゃんの分まで生きなきゃならないのか。)

紗英「もしかして・・・今日退院のお迎え行った人って臓器移植受けた人だったの?」

大樹「いや、違うんだけどな、俺の知り合いでそういう人がいたからさ。」



紗英「そう・・・ところであなた・・・最近なにか一人で抱え込んでない?
仕事が大変そうなのは前からだったけど・・・時々すごく思いつめていることがあるわ。」

大樹(そうか・・・そんな風に俺は見えるのか・・・全く紗英は鋭いなぁ。)

大樹「大丈夫だ。安心してほしい。
といっても心配するよなぁ・・・ごめん今はただ俺を信じてほしい。」

紗英「・・・そう、分かったわ。
でも一人で何でも抱え込まないでね。」

大樹「ありがとな、いつも俺の愚痴を聞いてくれて。」

大樹は紗英の優しさに思わず目頭が熱くなってしまった。

紗英「あら、泣いてるの?大げさね。」

大樹「別に泣いてなんかいないぞ。」ズズッ
大樹は照れながら横を向いた。

その様子を見て紗英はクスクスと笑っていた。

大樹「わ、笑うんじゃない・・・目に・・・目にごみが入っただけだ。」

紗英「あら、大きなごみだこと。くすくす。でもあなたのそういうところ私、好きよ」

大樹「う、うるさいよ・・・まったく・・・」

ガチャ・・・ドサッ

と、そこへ二人は玄関で物音がしたことに気がついた。

紗英「あら?みゃこ、帰ってきたのかしら?」

大樹「そうかもな・・・おかえりー!」

大樹は玄関の物音を立てた主に対して呼びかけた。

しかし、いつもの元気な返事がない。
そもそも、いつもの美夜子であればこちらがおかえりと言う前に元気よく挨拶するはずだ。
それがないことに大樹と紗英は顔を見合わせる。



紗英「なにか・・・あったのかしら?」
大樹「わからない・・・紗英見てきてくれないか?」
紗英「ええ、わかったわ」

紗英はリビングのドアを開け、パタパタと玄関へ向かった。

しばらくすると玄関で小さな悲鳴が聞こえた。

紗英「あなた!あなたちょっと来て!!」

その声に何かあったのだと感じ急いで玄関へ向かう大樹。

大樹「ど、どうした?何があったんだ?」

そこで大樹が見たのは、玄関の小上がりに突っ伏して倒れている美夜子の姿だった。
どうやら息も荒いらしい。はぁはぁと細かく呼吸する音が聞こえてきた。

大樹「美夜子!大丈夫か!?どうしたんだ!!」
紗英「すごい熱なの。見て。」
大樹は美夜子の額に手を当てるとすぐに熱が伝わってきた。

大樹「ひどいな・・・この時間だと病院も閉まっているし・・・」
紗英「とりあえず寝室に連れて行くわ。
あなたは氷枕と体温計を用意して子供部屋まで持ってきて。」

大樹「あ、ああわかった。」
紗英「美夜子、立てる?肩を貸してあげるから寝室まで行きましょう。」

紗英は美夜子に声をかけると弱々しくも返事をした。
そして、ふらふらと紗英に支えられながら立ち上がった。

その姿を見て少し大樹は安心した。どうやら意識は朦朧としていながらも受け答えができるらしいことがわかった。
大樹はすぐに台所に行き、氷枕を用意しながら考えていた。

大樹(みゃこ・・・どうしたんだろうか。今朝はあんなに元気だったのに。
大事にならなければよいが。)

氷枕と体温計を抱え、二階にある美夜子の部屋へトントントンと駆け上がる。
美夜子の部屋のドアノブに手をかけようとしたときだった。

中から声が聞こえてきた。

・・・・もう・・・つらい・・・助けてぇ・・・いたい・・・ぐすっ
いや・・・やめて・・・ぐうううっ体がいたいっ熱いよおぉぉ・・・
・・・美夜子、落ち着いて?もうすぐお父さんが来てくれるからね。

どうやらうなされているようだ。
大樹は急いでドアを開けた。
バタン!

大樹「美夜子、大丈夫か!?」

紗英「ひどくうなされているの。声をかけてあげて。」

大樹「お父さんが来たからな、みゃこ、もう大丈夫だぞ。」
大樹は美夜子の手をギュッと握って声をかけた。

美夜子「あううう・・・」
大樹が声をかけても涙に濡れた瞼を開けることはなかった。



美夜子「こわいよぉ・・・あたしのことみないで・・・
もうこないでぇ・・・」

紗英は汗をかいている美夜子の額をぬぐった。

美夜子「いたいよ・・・パパ・・・やめて・・・ママぁ・・・もうやめてよ・・・さむいよぉ・・・」

大樹「美夜子・・・大丈夫だ、ここにはパパとママはいない。大丈夫だ・・・大丈夫・・・」
大樹は美夜子を優しく抱きしめた。

すると、美夜子は荒い息が少しずつ落ち着いてきて唸り声も収まってきた。

紗英「落ち着いたかしら・・・」

大樹は美夜子の手を握りしめたまま紗英の方を向いた。

大樹「どうやら落ち着いたみたいだが・・・まだ熱は高いな・・・
今日は交代で美夜子についていてあげよう。」

紗英「そうね・・・まだ不安になることがあるのね・・・」

大樹「そうだな・・・まだ完全に傷が癒えていないんだ・・・」

紗英「そうね・・・」

大樹「少しずつ良くなっていると思うんだが・・・」

紗英「先生も仰ってたじゃない、根気が必要だって。」

大樹「ああ、そうだな・・・俺たちが美夜子を守ってやらなくちゃ・・・
二度とこの子を不幸な目には合わせないって、
こんな傷は二度と作っちゃいけないって決めたんだ。」

そして大樹は美夜子の額の生え際にある傷を優しく撫でた。

その晩、大樹と紗英は美夜子につきっきりで看病をした。
時々うなされることがあったが、その度に美夜子に声をかけ、
手を握り、抱きしめた。

その甲斐もあってかまだ熱は高かったが、空が白んでくると
静かな寝息を立てて寝られるようになっていた。

そして、外で雀の鳴き声が聞こえてくるころ、ようやく美夜子は目を覚ました。

ふとベッドの脇を見るとベッドの掛け布団に突っ伏している父と母の姿があった。

美夜子「お父さん・・・お母さん・・・ずっとそばにいたんだ・・・優しい声が聞こえてたよ・・・」

ありがとう・・・・お父さん・・・お母さん・・・

そして美夜子は再び眠りに就いた・・・

次回予告
新たに得た力を安定させるためミーヤは美夜子の中で休眠状態に入り、
しばらく街には平穏が訪れていた。
あることをきっかけにして明日美は萌波の真実を知ることとなる。
そして萌波に信じられないことが起こる。
次回「Matter!どうして見捨てるの?」
アクエリィ「あなたに心から信頼できる仲間が居るかしら?」

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