最終更新: eroparolibrary 2011年09月25日(日) 19:09:49履歴
朝もまだ早い時間だというのに、外は既にうだるような熱気に包まれている。
けたたましいセミの声が辺りに一面に響き渡り、
それが一層暑苦しい雰囲気を演出しているようでもある。
「あぁぢぃ〜……」
額には玉のような汗が浮かび、まるで地の底から湧いてきたかのような声が、口から漏れ出す。
そんな暑さの中、手にした扇子をはたはたと扇ぎつつ、俺は一軒の家の前に立っていた。
小洒落た二階建ての一軒家に、ローマ字でKANZAKIと記された、木製の表札。
そう、ここが俺の実家である。
実家と言っても、俺が今住んでる部屋からはそう遠くは無い。
そうした事もあってか、普段からここまでの移動は徒歩で済ませているが、
今日に限っては失敗だったと後悔している。
さっきも言ったように、この時点で既にこのような暑さなのである。
ここに至る道中で、どれだけバイクを使えばよかったと思った事か。
とは言え、俺の持っているバイクは今は修理に出してるし、仮に使えたとしても麻里紗から、
「満幸がバイク乗ると危ないからダメ!」
と、ものすごい剣幕で怒られることは目に見えている。
それもこれも、全てこれまでに無茶をやらかしてきた、俺の所為なのだが。
それにしても、なかなか父さんや母さんに顔を会わせる勇気が出てこない。
やはり心のどこかに、この後起こるかもしれない事態への不安があるのだろう。
こんな暑い中、俺はこの数分の間、家の前に立ち尽くしていたのはそのためだ。
けれど、いつまでもこんな状態でいるわけにも行かないことも分かっている。
額に浮かぶ汗を拭いつつ、意を決した俺は呼び鈴を鳴らし中にいる母さんを呼び出す。
呼び鈴が鳴らされてから、ドアが開くまでそう時間はかからなかった。
「はい、どちら様で……」
中から出てきた母さんの目が一瞬キョトンとする。まぁ無理の無い話だ。
一方で、俺の方も言葉に詰まってしまう訳なのだが。
「あ〜っと……そのぉ………」
「満幸よね」
「えっ?」
先ほどの驚きから一転して、穏やかな表情を浮かべる母さん。
「……分かっちゃった?」
「伊達に十何年、あなたの母親やってるわけじゃないんだから」
「だよね………」
どうやら、母さんについては心配は無用だったらしい。
「今日は満幸だけ?」
「あ、うん。麻里紗はまだ寝てて……」
「そうなの……ちょっと残念ね」
そう、本当なら隣に麻里紗もいるはずだったのだ。
――タオルケット被った時に、気付くべきだったな……。
今頃はベッドですやすやと、惰眠を貪っていることだろう。
だから仕方なく置いていくことにしたのだが、どのみち今日はここに来るだけの話だから、
いてもいなくても変わりは無いのかもしれない。
「さ、早く上がって。恵瑠ちゃんも中にいるから」
「あ……母さん、まさか姉ちゃん、今日家にいたりする?」
恐る恐る尋ねる俺に、母さんは落ち着いた様子で応える。
「大丈夫。雪乃ちゃんだったら、部活の練習で学校行ってるわよ」
「そっか……」
ホッと胸を撫で下ろしつつ、俺は久々に実家の門をくぐった。
―[1]―
小奇麗なリビング。
窓に程近い場所に位置するクラシカルなソファに、俺は今一人腰掛けている。
おおよそ一ヶ月ぶりに感じるふかふかとした感触に、しばし俺は酔いしれていた。
――やっぱ……うちが一番だよなぁ………。
それにしても、母さんの方は一応大丈夫だったけど、父さんの方は俺の姿を見て、どう思うだろう。
少なくとも、さっきのようには行かないだろう。
悲しませるかもしれないし、なによりショックで倒れてしまうかもしれない。
そんなことを考えつつ、そばにあった扇子を取り上げた時だった。
「満幸、麦茶持ってきたわよ」
麦茶の入ったポットを持って、母さんがリビングへと入ってきた。
「ありがと、母さん」
俺のグラスに麦茶を注ぎ終えると、向かいのソファに母さんは腰を下ろす。
「あのさ……」
麦茶を勢い良く飲み干し、俺は母さんに話を切り出した。
「何?」
「母さんは……俺がこんな風になっちゃってどう思う?」
さっきのやり取りがあるとはいえ、正直まだ母さんがどう思ってるのか、
ハッキリと確かめずにはいられなかった。
もしかしたら、本音は違うのかもしれないのだから。
そんな俺の懸念をよそに、母さんは相変わらずの笑顔で応える。
「結構かわいいんじゃない?なかなか決まってると思うけど」
「……驚いたりとか、そういうのは?」
「……あんまり、そういうのはないわね」
「……何で?」
「だって、どんな姿になったって満幸が満幸であることに……変わりは無いもの」
「……まるで麻里紗みたいなこと言うよな、母さん」
「そう?似たもの同士なのかもね」
軽く笑みを浮かべる母さん。
年の割りに―と言ってもまだ三十代前半だが―若々しいだけに、その笑みは見惚れてしまう程に美しい。
ある意味、これが俺の密かな自慢であった。
「そう言えば……父さんはまだかな?」
「満輝君?もうそろそろ降りてくる頃だと思うけど……」
母さんが言い終わるか終わらぬ内に、廊下の方から足音が聞こえてきた。
父さんがリビングに姿を見せたのは、それから数秒も経たぬうちだ。
髪はボサボサ、眼鏡はズレかかったままと、どうみても今起きてきたばかりといった様子だ。
「ごめん、昨日の内に仕事終わらせようと思ってたら、ついウトウトしちゃってて」
「あんまり根詰めてやらないようにね」
「はいはい」
笑顔で会話を交わす父さんと母さん。
疲れている所為か、普段より少々老けて見えるだけに、父さんの若々しい声に違和感を感じてしまう。
とはいえ父さんも普段は年の割りに、見た目は若々しかったりするのだが。
「で……そこに腰掛けてるのは…?」
「そ、私達の新しい娘、ってとこかしら」
「そっか……この子が………」
どうやら、一目で事態を察したようだ。
一瞬、複雑そうな表情を窺わせる父さん。
母さんとは違い、やはり父さんにはすぐにこの事態を飲み込み難いのかもしれない。
「久しぶり……っていうのか初めましてっていうのか、分かんないんだけどさ」
「それにしたって久しぶりは無いだろ。一応この前まで、学校で毎日のように顔をつき合わせてたんだから」
「あ、そうだったっけなぁ……」
父さんの言う通りだった。
実家に戻る機会こそ少なかったものの、俺と父さんは学校で毎日のように顔を会わせている。
そう、生徒と教師として。
「早くも夏休み気分に浸り気味、ってところかな」
軽くからかうような口振りの父さん。
とは言え、そんな口振りもすぐになりを潜め、しばらくの間押し黙った状態に入ってしまう。
「……やっぱり、まだピンと来ないもんだね。目の前にいるこの子が、僕等の息子だなんて」
「そう?口元とか、満輝君にそっくりな気もするけど」
「そうかな?それだったらあのパッチリとした目、雪菜に似てるんじゃないかな?」
「ふふっ、満輝君ったら」
相変わらず、夫婦仲はよろしいようだ。
まぁ、十数年間も一緒に暮らしてきてる訳なんだから、それも当然と言えば当然なのかもしれない。
とは言え、このまま放置しておくと仲がよろしいのを通り越して、新婚状態にまで戻りそうだ。
「……お取り込み中のところすいませんけどぉ……そろそろ本題に……」
「あぁ、そうだったね」
それから十分ほどはかかっただろう。
寝ている間に、この世のものとは思えぬ苦しさを覚えたこと。
朝起きてみたら、俺の身に異変が起きていたこと。
そしてその異変が、このような姿への変貌だったということ。
できる限り事細かに、この身に降りかかったこの奇妙な事態についてを、俺は語り続けた。
とは言え、流石に麻里紗に寝込みを襲われた事だけは黙ってたのだが。
こんな事、恥ずかしくて言えるはずが無い。
その間、父さんと母さんが口を挟むことなく、とにかく聞き手に徹してくれたのはありがたかった。
俺の中でもまだ事態を整理し切れていないというのに、話の途中で口を挟まれたりでもしたら、
より一層混乱する事は間違いなかっただろう。
一通り俺の話を聞き終わり、まず最初に口を開いたのは母さんの方だった。
「そう……まだ、こうなっちゃった原因とかは分からないのね?」
「うん………後で一応恵瑠にも聞いてみようと思うんだけど」
「そうなると……学校の方とか、色々と考えていかなきゃならないな」
「やっぱり……辞めなくちゃならないのかな?」
最悪の事態を予感する俺に、父さんは諭すように語り掛ける。
「満幸……そう悲観的になるのは、まだ早いんじゃないかな」
「けど、この身体じゃ……」
「何とかこっちの方で掛け合ってみるよ。……上手く行くかどうかは分からないけど」
「満輝君の言う通りよ。あんまり深く考えないで、気楽に待った方がいいんじゃない」
「そう……かな?」
「戸籍の事とか、その他諸々の事も、僕等で出来る限り手を尽くしてみようと思う」
「ありがと………」
思わず、涙がこぼれそうになるのを堪えてしまう。
「あらあら……」
今にも泣き出しそうな俺の肩を抱きながら、母さんは俺に優しく語りかけてくる。
「いつも言ってるよね……泣きたい時は、思いっきり泣いていいって」
「かぁ……さん………」
俺が堪えられたのもそこまでだった。
後はもう、母さんの胸に顔を埋め、声を上げて泣いていた。
父さんと母さんへの、感謝の気持ち。
そしてこんな身体になった事への、拭いきれない不安。
その全てをぶちまけるかのように、そして時にその思いを口にしながら、
俺はただ、ひたすらに泣き続けていた。
本当に、いつからこんなに涙もろくなってしまったんだろう。
「そう……怖かったのね………泣きそうになるくらいに」
「普通に考えれば荒唐無稽な話だからな。それが自分の身に起こるとなれば……なおさらの事だよ」
それから数分の間、俺の涙が止まることは無かった。
「それにしても、ちょっと気になったんだけど」
不意に母さんが話を切り出し始めたのは、俺が泣き止んでしばらく経ってからの事だ。
「何……母さん?」
「もう麻里紗ちゃんとは……事に及んじゃったりしてる?」
「なぁんっ!?」
母さんの口から出た突拍子も無い言葉に、思わず持っていた麦茶のコップを落としかけてしまう。
「な、なんでまた…そんな事を!?」
「あなた達の事だから………ね?」
「……ったく、母さんも相変わらずだよ」
呆れたような素振りを見せながら、俺は言葉を続ける。
「母さん達みたいに万年新婚夫婦じゃないんだから。俺達まで同じだって考えてもらっちゃ困るって」
「え?そうじゃなかったの?」
「はぁ!?………一体、何を根拠に?」
「そりゃ、あなた達を見てれば分かるわよ……私達の若い頃にそっくりだから。ね、満輝君」
「言われてみれば……そうかもしれないな」
「そう言えば私と満輝君が出会ったのも、丁度今の満幸と同じくらいの頃だったわね」
「んぅ……そうだね。確か雪菜がまだ高校生で」
「満輝君は教育実習に来てて……まるで昨日のように思えるわね」
「そうだな」
――まぁた始まったよ、いつものビョーキが………。
心の中で呟いたように、こういう事は日常茶飯事なのである。
父さんも母さんも、こうなると完全に自分達の世界に入り込んでしまうのが悪い癖だ。
まぁ、母さんが言うには、
「ケンカばっかりしてギスギスしてるよりかは、格段にマシだと思うけど」
という事だが、だからと言っていつまでも新婚気分でいられるのも、周りとしては迷惑な話である。
何事も、過ぎたるはなお及ばざるが如し、ってヤツだ。
それからさらに数分が過ぎ。
一しきり自分達の世界に浸りきったところで、会話は再開された。
「で……結局どうなの?」
「………これって、どうしても説明しなきゃダメ?」
「嫌ならいいわよ。流石にそこまで強制するつもりは無いもの」
「そ……そう?」
思わぬ母さんの言葉に、俺は少し拍子抜けしてしまう。
だがそこは母さんである。ただで引き下がるはずはなかった。
「満幸が言わなくっても、粗方何があったのか見当は付くし。
例えば……麻里紗ちゃんに寝込み襲われたとか」
「なっ…!?」
「で、泣き出しちゃうくらいに気持ち良くさせられちゃったとか」
「えっ………」
「そうねぇ……後はこんなこと言われなかった?嘘吐き……だなんて」
「なな、何でそんな事!」
驚きのあまり、ソファから勢い良く立ち上がった俺の口から、上ずった声が飛び出す。
――何でここまで、昨日の事を知ってるんだ……!?
あまりにも全てを見通したような言葉の連続。
見当が付くにしても、いくらなんでもここまで知っているのは不可解なものだ。
――まさか……俺が来る前に、麻里紗が電話してきたんじゃ!?
不可解すぎるあまり、こんなところにまで推測が及んでしまう。
そんな慌てふためく俺をよそに、母さんが見せた反応は意外なものだった。
母さんにとっても、そして俺にとっても。
「あら、やっぱりホントだったの」
「…………えぇっ!?」
予想外の言葉に、俺はまたしても驚かされてしまう。
但し、先ほどとは逆の意味ではあるが。
本当に、母さんは何も知らなかったのだろうか。
「私はただ見当は付いてるって言っただけよ。流石にあなた達が本当に事に及んだかは分からないもの。
けど……何でそんな事、とか言うんだったら……多分本当なんでしょうね」
「あ……!」
ニコリと笑顔を見せる母さん。
ここで俺は、母さんにカマをかけられていた事をようやく察した。
なんと人が悪いのだろう。
呆気に取られる俺を尻目に、母さんは笑顔で言葉を続ける。
「だから言ったでしょ。十何年もあなたの母親やってるんだから、これくらいの事は分かるわよ」
「まんまと一本取られた、ってところだな」
「母さんの馬鹿……」
笑顔の母さんと父さんとは対照的に、げんなりとした俺は力なく呟きつつ、ソファにドサリと腰掛ける。
と、その時だった。
「………ちょっと、乱暴な座り方しないでよ……パパ」
「……うぇ?」
突然背後から聞こえてきた声。
恐る恐るソファの後ろを覗き込むと、そこにはソファの影に隠れるかのように寝転がっている少女の姿が。
「恵瑠……なんでこんな所に?」
俺の驚きをよそに、少女―恵瑠は何食わぬ顔で俺の顔を見つめてくる。
「なかなかかわいいじゃん、パパ」
彼女の見せる、愛くるしく、そしてどこか意味深な笑顔。
その裏に、秘密が隠されている事は間違いない。
そう、俺が何故このような姿になったのかという秘密が。
「あら恵瑠ちゃん、一体いつからここに?」
母さんの問いかけに応えるかのように、恵瑠と呼ばれた少女はむくりと上体を起こす。
「んっと………朝ごはん終わってから。なんか今日は暑くて暑くてさぁ」
「それでソファの陰にいたんだ?」
「そうそう。まさかパパが来るだなんて聞いてなかったから……。
こんな事だったらお土産でも聞いとけばよかったなぁ」
「何だよそれ」
かわいらしい声とは対照的な、少々大人びた口調。
そして俺に対しての、パパという呼びかけ。
まだ七、八歳程度のこの少女にしては何処か不自然とも取れるものばかりだが、
それには色々と込み入った事情があるのだ。
説明には、結構な長さを要しそうだが。
「じゃ、私達はそろそろ失礼するわね」
「え……?」
「一応聞くべき事は粗方聞いたからね。
それに……今日ここに来たのは恵瑠に話を聞くためでもあるんだろ?」
「そりゃまぁ……一応」
俺の返事を聞き終わるか終わらぬかといううちに、父さんと母さんは席を立ち、
連れ立ってリビングから出て行ってしまった。
後に残されたのは、俺と恵瑠の二人だけだ。
「てか……恵瑠もあんま驚かないんだな」
「……まぁ、こうなるかも知れないって予測はあったし」
「だよなぁ……」
相変わらずの意味深な言葉。
けれど俺には、それは至極当たり前なものに聞こえていた。
何しろ、彼女が何者であるのかを知っているのだから。
―[2]―
「あぁ〜………すずしぃ〜…………」
扇風機の前に陣取り、はたはたとTシャツの裾を煽る姿は何処か愛くるしいものだ。
俺でなくとも、同じ思いを抱く者は少なからずいるだろう。
「……そう言えば、もう半年になるんだよなぁ」
「あたしがこの家に来たのが?」
「それもそうだけどさ………一昨日まで見てたんだ、あの時の夢」
「あの時って?」
「ほら、おまえにプラントに落とされた時の事だよ」
「あぁ……そう言えば、ね」
そう、あの時俺をプラントに突き落とした元凶。
そして麻里紗を執拗に狙い続け、自らの傀儡たるドールを操って人間社会を混乱に陥れた張本人。
それが、目の前にいる彼女であった。
「……後悔してない?あたしの事、生かしといちゃって」
不意に、恵瑠の口からポツリとこぼれた言葉。
その問いに、俺はすぐに答えを返す事が出来なかった。
いや、あえて返さなかったと言った方が正しいだろうか。
そんな無言の意味を知ってか知らずか、恵瑠の問いかけはさらに続けられる。
「ママの事をしつこく狙い続けて、しかもパパがこんな事になる原因、作っちゃったかもしれないし」
やはり恵瑠も予感していたのだ。俺がこういう事態になってしまう事を。
今日ここに来たのは、やはり間違いじゃなかったみたいだ。
「それに………自分のしてきた事に対して、今でも責任取らないまんまだし」
「じゃぁさ……恵瑠は後悔してるのか?俺達の元で暮らしだした事」
「んぅ………」
しばし考え込むような仕草を見せた後、溜めていた思いを吐き出すかのように呟き出す恵瑠。
「少なくとも、あたしは後悔してない。………最初は、死んだ方が良かったかもって思ってたけど。
だけど今は、パパやママがいてくれてよかったって思ってる」
「じゃぁ、それでいいじゃん」
「え……?」
「少なくとも、恵瑠がそう思ってるなら俺は後悔してない。確かに俺や麻里紗が取った選択は……
決して褒められる事じゃない」
そう、俺達はある意味、ヒーローとしては失格だったのかもしれない。
何しろ、敵であったはずの恵瑠を、自分達の娘として育てるなんて選択をしてしまったのだから。
「………だけどさ俺達に出来る事って、おまえの命を絶つことだけじゃない、そう思ったんだ」
「そんな事……確かに言ってたよね」
「悪いヤツを倒す事がヒーローの仕事なら………悪い心を取り除く事もまた同じなんだと思ってる。
だから……」
「だから…?」
「だから俺はおまえを助けるって決めたんだ。その事をおまえが後悔してないって言うんだったら……
何で俺が後悔する必要があるんだ?」
「……カッコいいこと言うじゃん。見た目はかわいいけど」
「………全然うれしくねぇ」
結局、この姿じゃどんなに頑張ってもキマらないようだ。
そんな訳で、恵瑠は正確には俺達の実の娘では無い。
そもそもまだ十六歳の俺達が、こんな七、八歳の子どもを設けられる筈がないのだから。
けれど今の俺や麻里紗にとって、彼女が娘同然の存在と言っても過言ではないことは確かなのだ。
他に付け加えることがあるとするならば。
彼女の本当の名はエルリアであるということ。
遠い昔に何者かによって作られた、いわば人ならざるモノであるということ。
そして、形の上では一応父さん達の養子、すなわち俺の義理の妹ということ位だろうか。
一応、俺達が結婚するまでの間の話だが。
今も学校とか、その他諸々の事もあって実家に預けている状態なのである。
父さん達には悪いことしちゃったなと思うこともある。
……もっとも、当の父さん達は三人目の子どもが出来たとでも言わんばかりの状態で、
二人して恵瑠のことを可愛がってくれているらしいのだが。
「いやぁ、やっぱり膝枕って気持ちいいもんだにゃぁ……」
「なぁに言ってんだか」
いつしか恵瑠は俺の膝の上に乗っかり、猫のように丸まっていた。
乗ってる方はご満悦のようだが、乗っかられている俺にしてみれば苦痛以外の何物でもない。
……とは言え、こうも気持ち良さそうに寝っ転がられていては怒ろうにも怒れなかったりするのだが。
「で、恵瑠はどう思うよ?」
「何が?」
「俺がこんな姿になった原因」
「ま、単純に言えば…願望が形になった、ってところかな」
「願望が形になった…って」
「要するに、ドールを作り出す時と同様のことが、パパの身体に起こっちゃったわけ」
「ドールと同様って……どういう事なんだ?」
軽く困惑気味の俺に対し、恵瑠は真顔で言葉を続ける。
「前にも説明したじゃん。ドールっていうのは、人の心の奥底にある欲望とかそういうのを、
その身体を媒介として具現化させたものだって」
「人の欲望……」
かつて恵瑠が作り出し、使役していた存在。それがドールというものだ。
早い話が、ヒーロー物にはつきものの怪人とかそういう類のヤツである。
「欲望って一口に言っても様々だから、どんな姿になるかはその人次第。
で、パパの場合はと言うと……」
まるで言葉を選ぶかのように、一拍置いて二の句を継げる恵瑠。
だが、どの道答えが一つである以上、どんなに言葉を選んだところでショックを受ける事は避けられなかっただろう。
俺にとって、それは受け入れ難いものであるのだから。
「……多分、女性化の願望があったんだと思う。あくまでも潜在的なものだから、
パパには分からなかったと思うけど」
「つまり俺が……無意識の内に女性になりたいって………思ってたって事なのか?」
「そういうこと」
「マジかよ………」
正直、嘘であると思いたかった。
――俺が……女性に………なりたがってた…!?
俺自身も気付かぬうちに、女性になりたいだなんて思っていたという事実。
普段の俺だったら、間違いなく与太話として片付けていただろうが、こんな身体になった今では、
単純に笑い飛ばす事など出来るはずもない。
しばらくの間額に手を当てたまま、何も喋れずにいた俺だったが、
いつまでもこんな状態でいるわけにも行かなかった。
まだまだ、聞くべき事は残っているのだから。
「………んで、その欲望が具現化した原因ってのは?」
「パパはもう分かってると思うけど」
「……プラントに落ちた事か?」
「その通り。アレでドールを作り出してたんだから」
やっぱり、俺の思っていた通りだった。
半年前、プラントから救い出され、九死に一生を得た時点で既に覚悟は付いていたはずだった。
俺の身に、何かしらの異変が起きるであろうという事は。
けれど、まさかこんなタイミングで、しかもこんな形で来るとまでは思ってもみなかった。
――何もこんな…こんな時に来なくったって……。
運命というものは、とにかく残酷なものである。
「じゃぁさ、もう一つ聞いてもいいか?」
俺が再び口を開けるようになるまで、また数分の時間を要していた。
「何?」
「今までの話を総合すると……俺って限りなくドールに近くなってるって事じゃん。
てことはさ、これから先…さらに姿が変わっちまう事もあるのか?」
これが俺のもう一つの不安であった。
もしも仮に、俺が今までのドールのように異形の姿になってしまった場合、
周囲に危険を及ぼす事もあり得るかも知れなかったからだ。
だからもしそうなる事が分かっていれば、俺にも打つ手はある。
……俺が俺でなくなる前に、その存在を消し去るという手が。
「ううん、それはないと思う」
俺の悲壮な決意を、呆気なく打ち砕いてしまう返答。
そんな意外な返答に俺も拍子抜けしてしまう。
「……どういうことなん?」
「厳密に言えば、パパはドールとは言いがたいの。ただプラントに放り込んでも、
欲望を具現化する基礎を作り上げたに過ぎないんだから」
「それじゃドールってのは…」
「本来ならあたしが、対象の欲望を最大限に解放する事で初めてドールとなる。
タガが外れた分だけ、その姿は時間を追うごとに大きく変化していくわけ」
「で、俺の場合は?」
「まず、今言ったような過程をパパは経ていないでしょ。パパがプラント落ちちゃった後に、
あたしがこんな姿になっちゃったんだから」
「ははぁ」
「それから……パパ自身、過剰に自分を抑え込んでる部分があるから」
「抑え込んでるって……?」
「何か普段から、例えば……ママやお姉ちゃんと一緒にいる時とか、
何かパパって自分の思ってる事とか、そういうのを抑え込んでたりしてるように見えるの」
「……そっか?」
「もうちょっと甘えたりイチャイチャしててもいいのに、なんかパパって遠慮がちな感じがして」
「……あんまりそういう事してるとさ、歯止めが利かなくなりそうで……それが怖かったりするんだ」
「………パパもパパなりに考えてるんだろうけど、あんまりそういうのってよくないと思うよ?
パパにとっても、ママにとっても」
こんなところで、恵瑠に説教されるとは思わなかった。
さっきも言ったように、歯止めが利かなくなって麻里紗を傷つけてしまう事が、俺にとっては怖い事だ。
けれど……仮にそれが、麻里紗を傷つけているとしたら。
――滑稽な話だな……。
良かれと思ってやっていた事が、実は全く逆の結果をもたらしているかもしれないとは、
正に皮肉なものである。
「ま、とにかくそうやって自分を抑え込んでた事で、変化がこれだけに留まったと思うの。
だから多分………これ以上は変化しないはず」
「そっか……」
俺の懸念の一つが解消された事に、ホッと胸を撫で下ろす。
実際には、手放しで喜べる状態ではないのだが。
「しっかし、俺ってドールの出来損ないってわけか」
「………ドールとしては出来損ないでも、女の子としては上出来だと思うけど」
「褒められた気がしないな」
「そんなこと言わないの。もうちょっと素直に喜んだっていいじゃん。
ママだって言ってたでしょ、どんな姿でも…パパはパパだって」
「そうだといいんだけどな」
正直、まだまだショックからは立ち直れないかもしれない。
心もまだまだ、そう簡単に身体の変化に追いつかないだろう。
だけどいつまでも、こんな事でくよくよしている訳にも行かないだろう。
こんな調子じゃ、いつまでも前に進めない気がするから。
それからしばらくの間、こんな状態が続いただろうか。
気が付けば恵瑠はすやすやと、俺の膝の上で寝息を立てている。
そんな恵瑠の髪を撫でていると、まるで俺が母親になったような錯覚すら覚える。
――なんか、こうやってるのも悪くないかもな……。
そんな思いを抱きつつ、自らも眠りにつこうとした時だった。
受話器を持った母さんが、リビングに入ってきたのは。
「かぁ……さん?」
「電話よ。麻里紗ちゃんから」
「麻里紗…から?」
一体何があったのだろうか。
そんな事を思いつつも、俺は促されるがままに受話器を手に取った。
「もしもし……」
『満幸?満幸だよね?』
「もち……んで、なんか用?」
『えっとね、ちょっと駅まで来て欲しいの』
その言葉に、半分うつらうつらとしていた俺の脳が完全に覚めた。
「なぁん!?駅までってどういう事だよ?」
『お昼食べるついでにお洋服とか見て回ろうかなぁって』
「で、今から駅まで行けと?」
『うん。もうあたし駅に着いちゃったし』
「……行かなきゃダメ?」
『女の子を一人で待たせる気?』
ここまで言われると、もはや反論のしようがない。
「………わ〜った、今からそっち向かう」
『うん。あたしは駅前のポストの前で待ってるから』
「おう。んじゃ後で」
電話を切り、受話器を持ったまま俺は低い声で呟く。
――いくらなんでも、勝手すぎるって………。
突然の誘いに困惑しつつ、既に眠りこくっている恵瑠をそっとソファに横たえる。
「麻里紗ちゃん、何て?」
「洋服買いに行くから駅まで来いって」
「そう。要するにデートのお誘い、ってことかしら」
「……だから何でそうなるのさ」
「そう思って行った方が……より楽しめるんじゃない」
「………よく分かんね」
「いずれ分かる時が来るわよ」
本当に、母さんの考えてる事って分からなかったりする。
「恵瑠のことお願い」
「はいはい」
後の事を母さんに任せ、俺はリビングを立ち去る。
正午まで、まだ一時間余りの事だった。
けたたましいセミの声が辺りに一面に響き渡り、
それが一層暑苦しい雰囲気を演出しているようでもある。
「あぁぢぃ〜……」
額には玉のような汗が浮かび、まるで地の底から湧いてきたかのような声が、口から漏れ出す。
そんな暑さの中、手にした扇子をはたはたと扇ぎつつ、俺は一軒の家の前に立っていた。
小洒落た二階建ての一軒家に、ローマ字でKANZAKIと記された、木製の表札。
そう、ここが俺の実家である。
実家と言っても、俺が今住んでる部屋からはそう遠くは無い。
そうした事もあってか、普段からここまでの移動は徒歩で済ませているが、
今日に限っては失敗だったと後悔している。
さっきも言ったように、この時点で既にこのような暑さなのである。
ここに至る道中で、どれだけバイクを使えばよかったと思った事か。
とは言え、俺の持っているバイクは今は修理に出してるし、仮に使えたとしても麻里紗から、
「満幸がバイク乗ると危ないからダメ!」
と、ものすごい剣幕で怒られることは目に見えている。
それもこれも、全てこれまでに無茶をやらかしてきた、俺の所為なのだが。
それにしても、なかなか父さんや母さんに顔を会わせる勇気が出てこない。
やはり心のどこかに、この後起こるかもしれない事態への不安があるのだろう。
こんな暑い中、俺はこの数分の間、家の前に立ち尽くしていたのはそのためだ。
けれど、いつまでもこんな状態でいるわけにも行かないことも分かっている。
額に浮かぶ汗を拭いつつ、意を決した俺は呼び鈴を鳴らし中にいる母さんを呼び出す。
呼び鈴が鳴らされてから、ドアが開くまでそう時間はかからなかった。
「はい、どちら様で……」
中から出てきた母さんの目が一瞬キョトンとする。まぁ無理の無い話だ。
一方で、俺の方も言葉に詰まってしまう訳なのだが。
「あ〜っと……そのぉ………」
「満幸よね」
「えっ?」
先ほどの驚きから一転して、穏やかな表情を浮かべる母さん。
「……分かっちゃった?」
「伊達に十何年、あなたの母親やってるわけじゃないんだから」
「だよね………」
どうやら、母さんについては心配は無用だったらしい。
「今日は満幸だけ?」
「あ、うん。麻里紗はまだ寝てて……」
「そうなの……ちょっと残念ね」
そう、本当なら隣に麻里紗もいるはずだったのだ。
――タオルケット被った時に、気付くべきだったな……。
今頃はベッドですやすやと、惰眠を貪っていることだろう。
だから仕方なく置いていくことにしたのだが、どのみち今日はここに来るだけの話だから、
いてもいなくても変わりは無いのかもしれない。
「さ、早く上がって。恵瑠ちゃんも中にいるから」
「あ……母さん、まさか姉ちゃん、今日家にいたりする?」
恐る恐る尋ねる俺に、母さんは落ち着いた様子で応える。
「大丈夫。雪乃ちゃんだったら、部活の練習で学校行ってるわよ」
「そっか……」
ホッと胸を撫で下ろしつつ、俺は久々に実家の門をくぐった。
―[1]―
小奇麗なリビング。
窓に程近い場所に位置するクラシカルなソファに、俺は今一人腰掛けている。
おおよそ一ヶ月ぶりに感じるふかふかとした感触に、しばし俺は酔いしれていた。
――やっぱ……うちが一番だよなぁ………。
それにしても、母さんの方は一応大丈夫だったけど、父さんの方は俺の姿を見て、どう思うだろう。
少なくとも、さっきのようには行かないだろう。
悲しませるかもしれないし、なによりショックで倒れてしまうかもしれない。
そんなことを考えつつ、そばにあった扇子を取り上げた時だった。
「満幸、麦茶持ってきたわよ」
麦茶の入ったポットを持って、母さんがリビングへと入ってきた。
「ありがと、母さん」
俺のグラスに麦茶を注ぎ終えると、向かいのソファに母さんは腰を下ろす。
「あのさ……」
麦茶を勢い良く飲み干し、俺は母さんに話を切り出した。
「何?」
「母さんは……俺がこんな風になっちゃってどう思う?」
さっきのやり取りがあるとはいえ、正直まだ母さんがどう思ってるのか、
ハッキリと確かめずにはいられなかった。
もしかしたら、本音は違うのかもしれないのだから。
そんな俺の懸念をよそに、母さんは相変わらずの笑顔で応える。
「結構かわいいんじゃない?なかなか決まってると思うけど」
「……驚いたりとか、そういうのは?」
「……あんまり、そういうのはないわね」
「……何で?」
「だって、どんな姿になったって満幸が満幸であることに……変わりは無いもの」
「……まるで麻里紗みたいなこと言うよな、母さん」
「そう?似たもの同士なのかもね」
軽く笑みを浮かべる母さん。
年の割りに―と言ってもまだ三十代前半だが―若々しいだけに、その笑みは見惚れてしまう程に美しい。
ある意味、これが俺の密かな自慢であった。
「そう言えば……父さんはまだかな?」
「満輝君?もうそろそろ降りてくる頃だと思うけど……」
母さんが言い終わるか終わらぬ内に、廊下の方から足音が聞こえてきた。
父さんがリビングに姿を見せたのは、それから数秒も経たぬうちだ。
髪はボサボサ、眼鏡はズレかかったままと、どうみても今起きてきたばかりといった様子だ。
「ごめん、昨日の内に仕事終わらせようと思ってたら、ついウトウトしちゃってて」
「あんまり根詰めてやらないようにね」
「はいはい」
笑顔で会話を交わす父さんと母さん。
疲れている所為か、普段より少々老けて見えるだけに、父さんの若々しい声に違和感を感じてしまう。
とはいえ父さんも普段は年の割りに、見た目は若々しかったりするのだが。
「で……そこに腰掛けてるのは…?」
「そ、私達の新しい娘、ってとこかしら」
「そっか……この子が………」
どうやら、一目で事態を察したようだ。
一瞬、複雑そうな表情を窺わせる父さん。
母さんとは違い、やはり父さんにはすぐにこの事態を飲み込み難いのかもしれない。
「久しぶり……っていうのか初めましてっていうのか、分かんないんだけどさ」
「それにしたって久しぶりは無いだろ。一応この前まで、学校で毎日のように顔をつき合わせてたんだから」
「あ、そうだったっけなぁ……」
父さんの言う通りだった。
実家に戻る機会こそ少なかったものの、俺と父さんは学校で毎日のように顔を会わせている。
そう、生徒と教師として。
「早くも夏休み気分に浸り気味、ってところかな」
軽くからかうような口振りの父さん。
とは言え、そんな口振りもすぐになりを潜め、しばらくの間押し黙った状態に入ってしまう。
「……やっぱり、まだピンと来ないもんだね。目の前にいるこの子が、僕等の息子だなんて」
「そう?口元とか、満輝君にそっくりな気もするけど」
「そうかな?それだったらあのパッチリとした目、雪菜に似てるんじゃないかな?」
「ふふっ、満輝君ったら」
相変わらず、夫婦仲はよろしいようだ。
まぁ、十数年間も一緒に暮らしてきてる訳なんだから、それも当然と言えば当然なのかもしれない。
とは言え、このまま放置しておくと仲がよろしいのを通り越して、新婚状態にまで戻りそうだ。
「……お取り込み中のところすいませんけどぉ……そろそろ本題に……」
「あぁ、そうだったね」
それから十分ほどはかかっただろう。
寝ている間に、この世のものとは思えぬ苦しさを覚えたこと。
朝起きてみたら、俺の身に異変が起きていたこと。
そしてその異変が、このような姿への変貌だったということ。
できる限り事細かに、この身に降りかかったこの奇妙な事態についてを、俺は語り続けた。
とは言え、流石に麻里紗に寝込みを襲われた事だけは黙ってたのだが。
こんな事、恥ずかしくて言えるはずが無い。
その間、父さんと母さんが口を挟むことなく、とにかく聞き手に徹してくれたのはありがたかった。
俺の中でもまだ事態を整理し切れていないというのに、話の途中で口を挟まれたりでもしたら、
より一層混乱する事は間違いなかっただろう。
一通り俺の話を聞き終わり、まず最初に口を開いたのは母さんの方だった。
「そう……まだ、こうなっちゃった原因とかは分からないのね?」
「うん………後で一応恵瑠にも聞いてみようと思うんだけど」
「そうなると……学校の方とか、色々と考えていかなきゃならないな」
「やっぱり……辞めなくちゃならないのかな?」
最悪の事態を予感する俺に、父さんは諭すように語り掛ける。
「満幸……そう悲観的になるのは、まだ早いんじゃないかな」
「けど、この身体じゃ……」
「何とかこっちの方で掛け合ってみるよ。……上手く行くかどうかは分からないけど」
「満輝君の言う通りよ。あんまり深く考えないで、気楽に待った方がいいんじゃない」
「そう……かな?」
「戸籍の事とか、その他諸々の事も、僕等で出来る限り手を尽くしてみようと思う」
「ありがと………」
思わず、涙がこぼれそうになるのを堪えてしまう。
「あらあら……」
今にも泣き出しそうな俺の肩を抱きながら、母さんは俺に優しく語りかけてくる。
「いつも言ってるよね……泣きたい時は、思いっきり泣いていいって」
「かぁ……さん………」
俺が堪えられたのもそこまでだった。
後はもう、母さんの胸に顔を埋め、声を上げて泣いていた。
父さんと母さんへの、感謝の気持ち。
そしてこんな身体になった事への、拭いきれない不安。
その全てをぶちまけるかのように、そして時にその思いを口にしながら、
俺はただ、ひたすらに泣き続けていた。
本当に、いつからこんなに涙もろくなってしまったんだろう。
「そう……怖かったのね………泣きそうになるくらいに」
「普通に考えれば荒唐無稽な話だからな。それが自分の身に起こるとなれば……なおさらの事だよ」
それから数分の間、俺の涙が止まることは無かった。
「それにしても、ちょっと気になったんだけど」
不意に母さんが話を切り出し始めたのは、俺が泣き止んでしばらく経ってからの事だ。
「何……母さん?」
「もう麻里紗ちゃんとは……事に及んじゃったりしてる?」
「なぁんっ!?」
母さんの口から出た突拍子も無い言葉に、思わず持っていた麦茶のコップを落としかけてしまう。
「な、なんでまた…そんな事を!?」
「あなた達の事だから………ね?」
「……ったく、母さんも相変わらずだよ」
呆れたような素振りを見せながら、俺は言葉を続ける。
「母さん達みたいに万年新婚夫婦じゃないんだから。俺達まで同じだって考えてもらっちゃ困るって」
「え?そうじゃなかったの?」
「はぁ!?………一体、何を根拠に?」
「そりゃ、あなた達を見てれば分かるわよ……私達の若い頃にそっくりだから。ね、満輝君」
「言われてみれば……そうかもしれないな」
「そう言えば私と満輝君が出会ったのも、丁度今の満幸と同じくらいの頃だったわね」
「んぅ……そうだね。確か雪菜がまだ高校生で」
「満輝君は教育実習に来てて……まるで昨日のように思えるわね」
「そうだな」
――まぁた始まったよ、いつものビョーキが………。
心の中で呟いたように、こういう事は日常茶飯事なのである。
父さんも母さんも、こうなると完全に自分達の世界に入り込んでしまうのが悪い癖だ。
まぁ、母さんが言うには、
「ケンカばっかりしてギスギスしてるよりかは、格段にマシだと思うけど」
という事だが、だからと言っていつまでも新婚気分でいられるのも、周りとしては迷惑な話である。
何事も、過ぎたるはなお及ばざるが如し、ってヤツだ。
それからさらに数分が過ぎ。
一しきり自分達の世界に浸りきったところで、会話は再開された。
「で……結局どうなの?」
「………これって、どうしても説明しなきゃダメ?」
「嫌ならいいわよ。流石にそこまで強制するつもりは無いもの」
「そ……そう?」
思わぬ母さんの言葉に、俺は少し拍子抜けしてしまう。
だがそこは母さんである。ただで引き下がるはずはなかった。
「満幸が言わなくっても、粗方何があったのか見当は付くし。
例えば……麻里紗ちゃんに寝込み襲われたとか」
「なっ…!?」
「で、泣き出しちゃうくらいに気持ち良くさせられちゃったとか」
「えっ………」
「そうねぇ……後はこんなこと言われなかった?嘘吐き……だなんて」
「なな、何でそんな事!」
驚きのあまり、ソファから勢い良く立ち上がった俺の口から、上ずった声が飛び出す。
――何でここまで、昨日の事を知ってるんだ……!?
あまりにも全てを見通したような言葉の連続。
見当が付くにしても、いくらなんでもここまで知っているのは不可解なものだ。
――まさか……俺が来る前に、麻里紗が電話してきたんじゃ!?
不可解すぎるあまり、こんなところにまで推測が及んでしまう。
そんな慌てふためく俺をよそに、母さんが見せた反応は意外なものだった。
母さんにとっても、そして俺にとっても。
「あら、やっぱりホントだったの」
「…………えぇっ!?」
予想外の言葉に、俺はまたしても驚かされてしまう。
但し、先ほどとは逆の意味ではあるが。
本当に、母さんは何も知らなかったのだろうか。
「私はただ見当は付いてるって言っただけよ。流石にあなた達が本当に事に及んだかは分からないもの。
けど……何でそんな事、とか言うんだったら……多分本当なんでしょうね」
「あ……!」
ニコリと笑顔を見せる母さん。
ここで俺は、母さんにカマをかけられていた事をようやく察した。
なんと人が悪いのだろう。
呆気に取られる俺を尻目に、母さんは笑顔で言葉を続ける。
「だから言ったでしょ。十何年もあなたの母親やってるんだから、これくらいの事は分かるわよ」
「まんまと一本取られた、ってところだな」
「母さんの馬鹿……」
笑顔の母さんと父さんとは対照的に、げんなりとした俺は力なく呟きつつ、ソファにドサリと腰掛ける。
と、その時だった。
「………ちょっと、乱暴な座り方しないでよ……パパ」
「……うぇ?」
突然背後から聞こえてきた声。
恐る恐るソファの後ろを覗き込むと、そこにはソファの影に隠れるかのように寝転がっている少女の姿が。
「恵瑠……なんでこんな所に?」
俺の驚きをよそに、少女―恵瑠は何食わぬ顔で俺の顔を見つめてくる。
「なかなかかわいいじゃん、パパ」
彼女の見せる、愛くるしく、そしてどこか意味深な笑顔。
その裏に、秘密が隠されている事は間違いない。
そう、俺が何故このような姿になったのかという秘密が。
「あら恵瑠ちゃん、一体いつからここに?」
母さんの問いかけに応えるかのように、恵瑠と呼ばれた少女はむくりと上体を起こす。
「んっと………朝ごはん終わってから。なんか今日は暑くて暑くてさぁ」
「それでソファの陰にいたんだ?」
「そうそう。まさかパパが来るだなんて聞いてなかったから……。
こんな事だったらお土産でも聞いとけばよかったなぁ」
「何だよそれ」
かわいらしい声とは対照的な、少々大人びた口調。
そして俺に対しての、パパという呼びかけ。
まだ七、八歳程度のこの少女にしては何処か不自然とも取れるものばかりだが、
それには色々と込み入った事情があるのだ。
説明には、結構な長さを要しそうだが。
「じゃ、私達はそろそろ失礼するわね」
「え……?」
「一応聞くべき事は粗方聞いたからね。
それに……今日ここに来たのは恵瑠に話を聞くためでもあるんだろ?」
「そりゃまぁ……一応」
俺の返事を聞き終わるか終わらぬかといううちに、父さんと母さんは席を立ち、
連れ立ってリビングから出て行ってしまった。
後に残されたのは、俺と恵瑠の二人だけだ。
「てか……恵瑠もあんま驚かないんだな」
「……まぁ、こうなるかも知れないって予測はあったし」
「だよなぁ……」
相変わらずの意味深な言葉。
けれど俺には、それは至極当たり前なものに聞こえていた。
何しろ、彼女が何者であるのかを知っているのだから。
―[2]―
「あぁ〜………すずしぃ〜…………」
扇風機の前に陣取り、はたはたとTシャツの裾を煽る姿は何処か愛くるしいものだ。
俺でなくとも、同じ思いを抱く者は少なからずいるだろう。
「……そう言えば、もう半年になるんだよなぁ」
「あたしがこの家に来たのが?」
「それもそうだけどさ………一昨日まで見てたんだ、あの時の夢」
「あの時って?」
「ほら、おまえにプラントに落とされた時の事だよ」
「あぁ……そう言えば、ね」
そう、あの時俺をプラントに突き落とした元凶。
そして麻里紗を執拗に狙い続け、自らの傀儡たるドールを操って人間社会を混乱に陥れた張本人。
それが、目の前にいる彼女であった。
「……後悔してない?あたしの事、生かしといちゃって」
不意に、恵瑠の口からポツリとこぼれた言葉。
その問いに、俺はすぐに答えを返す事が出来なかった。
いや、あえて返さなかったと言った方が正しいだろうか。
そんな無言の意味を知ってか知らずか、恵瑠の問いかけはさらに続けられる。
「ママの事をしつこく狙い続けて、しかもパパがこんな事になる原因、作っちゃったかもしれないし」
やはり恵瑠も予感していたのだ。俺がこういう事態になってしまう事を。
今日ここに来たのは、やはり間違いじゃなかったみたいだ。
「それに………自分のしてきた事に対して、今でも責任取らないまんまだし」
「じゃぁさ……恵瑠は後悔してるのか?俺達の元で暮らしだした事」
「んぅ………」
しばし考え込むような仕草を見せた後、溜めていた思いを吐き出すかのように呟き出す恵瑠。
「少なくとも、あたしは後悔してない。………最初は、死んだ方が良かったかもって思ってたけど。
だけど今は、パパやママがいてくれてよかったって思ってる」
「じゃぁ、それでいいじゃん」
「え……?」
「少なくとも、恵瑠がそう思ってるなら俺は後悔してない。確かに俺や麻里紗が取った選択は……
決して褒められる事じゃない」
そう、俺達はある意味、ヒーローとしては失格だったのかもしれない。
何しろ、敵であったはずの恵瑠を、自分達の娘として育てるなんて選択をしてしまったのだから。
「………だけどさ俺達に出来る事って、おまえの命を絶つことだけじゃない、そう思ったんだ」
「そんな事……確かに言ってたよね」
「悪いヤツを倒す事がヒーローの仕事なら………悪い心を取り除く事もまた同じなんだと思ってる。
だから……」
「だから…?」
「だから俺はおまえを助けるって決めたんだ。その事をおまえが後悔してないって言うんだったら……
何で俺が後悔する必要があるんだ?」
「……カッコいいこと言うじゃん。見た目はかわいいけど」
「………全然うれしくねぇ」
結局、この姿じゃどんなに頑張ってもキマらないようだ。
そんな訳で、恵瑠は正確には俺達の実の娘では無い。
そもそもまだ十六歳の俺達が、こんな七、八歳の子どもを設けられる筈がないのだから。
けれど今の俺や麻里紗にとって、彼女が娘同然の存在と言っても過言ではないことは確かなのだ。
他に付け加えることがあるとするならば。
彼女の本当の名はエルリアであるということ。
遠い昔に何者かによって作られた、いわば人ならざるモノであるということ。
そして、形の上では一応父さん達の養子、すなわち俺の義理の妹ということ位だろうか。
一応、俺達が結婚するまでの間の話だが。
今も学校とか、その他諸々の事もあって実家に預けている状態なのである。
父さん達には悪いことしちゃったなと思うこともある。
……もっとも、当の父さん達は三人目の子どもが出来たとでも言わんばかりの状態で、
二人して恵瑠のことを可愛がってくれているらしいのだが。
「いやぁ、やっぱり膝枕って気持ちいいもんだにゃぁ……」
「なぁに言ってんだか」
いつしか恵瑠は俺の膝の上に乗っかり、猫のように丸まっていた。
乗ってる方はご満悦のようだが、乗っかられている俺にしてみれば苦痛以外の何物でもない。
……とは言え、こうも気持ち良さそうに寝っ転がられていては怒ろうにも怒れなかったりするのだが。
「で、恵瑠はどう思うよ?」
「何が?」
「俺がこんな姿になった原因」
「ま、単純に言えば…願望が形になった、ってところかな」
「願望が形になった…って」
「要するに、ドールを作り出す時と同様のことが、パパの身体に起こっちゃったわけ」
「ドールと同様って……どういう事なんだ?」
軽く困惑気味の俺に対し、恵瑠は真顔で言葉を続ける。
「前にも説明したじゃん。ドールっていうのは、人の心の奥底にある欲望とかそういうのを、
その身体を媒介として具現化させたものだって」
「人の欲望……」
かつて恵瑠が作り出し、使役していた存在。それがドールというものだ。
早い話が、ヒーロー物にはつきものの怪人とかそういう類のヤツである。
「欲望って一口に言っても様々だから、どんな姿になるかはその人次第。
で、パパの場合はと言うと……」
まるで言葉を選ぶかのように、一拍置いて二の句を継げる恵瑠。
だが、どの道答えが一つである以上、どんなに言葉を選んだところでショックを受ける事は避けられなかっただろう。
俺にとって、それは受け入れ難いものであるのだから。
「……多分、女性化の願望があったんだと思う。あくまでも潜在的なものだから、
パパには分からなかったと思うけど」
「つまり俺が……無意識の内に女性になりたいって………思ってたって事なのか?」
「そういうこと」
「マジかよ………」
正直、嘘であると思いたかった。
――俺が……女性に………なりたがってた…!?
俺自身も気付かぬうちに、女性になりたいだなんて思っていたという事実。
普段の俺だったら、間違いなく与太話として片付けていただろうが、こんな身体になった今では、
単純に笑い飛ばす事など出来るはずもない。
しばらくの間額に手を当てたまま、何も喋れずにいた俺だったが、
いつまでもこんな状態でいるわけにも行かなかった。
まだまだ、聞くべき事は残っているのだから。
「………んで、その欲望が具現化した原因ってのは?」
「パパはもう分かってると思うけど」
「……プラントに落ちた事か?」
「その通り。アレでドールを作り出してたんだから」
やっぱり、俺の思っていた通りだった。
半年前、プラントから救い出され、九死に一生を得た時点で既に覚悟は付いていたはずだった。
俺の身に、何かしらの異変が起きるであろうという事は。
けれど、まさかこんなタイミングで、しかもこんな形で来るとまでは思ってもみなかった。
――何もこんな…こんな時に来なくったって……。
運命というものは、とにかく残酷なものである。
「じゃぁさ、もう一つ聞いてもいいか?」
俺が再び口を開けるようになるまで、また数分の時間を要していた。
「何?」
「今までの話を総合すると……俺って限りなくドールに近くなってるって事じゃん。
てことはさ、これから先…さらに姿が変わっちまう事もあるのか?」
これが俺のもう一つの不安であった。
もしも仮に、俺が今までのドールのように異形の姿になってしまった場合、
周囲に危険を及ぼす事もあり得るかも知れなかったからだ。
だからもしそうなる事が分かっていれば、俺にも打つ手はある。
……俺が俺でなくなる前に、その存在を消し去るという手が。
「ううん、それはないと思う」
俺の悲壮な決意を、呆気なく打ち砕いてしまう返答。
そんな意外な返答に俺も拍子抜けしてしまう。
「……どういうことなん?」
「厳密に言えば、パパはドールとは言いがたいの。ただプラントに放り込んでも、
欲望を具現化する基礎を作り上げたに過ぎないんだから」
「それじゃドールってのは…」
「本来ならあたしが、対象の欲望を最大限に解放する事で初めてドールとなる。
タガが外れた分だけ、その姿は時間を追うごとに大きく変化していくわけ」
「で、俺の場合は?」
「まず、今言ったような過程をパパは経ていないでしょ。パパがプラント落ちちゃった後に、
あたしがこんな姿になっちゃったんだから」
「ははぁ」
「それから……パパ自身、過剰に自分を抑え込んでる部分があるから」
「抑え込んでるって……?」
「何か普段から、例えば……ママやお姉ちゃんと一緒にいる時とか、
何かパパって自分の思ってる事とか、そういうのを抑え込んでたりしてるように見えるの」
「……そっか?」
「もうちょっと甘えたりイチャイチャしててもいいのに、なんかパパって遠慮がちな感じがして」
「……あんまりそういう事してるとさ、歯止めが利かなくなりそうで……それが怖かったりするんだ」
「………パパもパパなりに考えてるんだろうけど、あんまりそういうのってよくないと思うよ?
パパにとっても、ママにとっても」
こんなところで、恵瑠に説教されるとは思わなかった。
さっきも言ったように、歯止めが利かなくなって麻里紗を傷つけてしまう事が、俺にとっては怖い事だ。
けれど……仮にそれが、麻里紗を傷つけているとしたら。
――滑稽な話だな……。
良かれと思ってやっていた事が、実は全く逆の結果をもたらしているかもしれないとは、
正に皮肉なものである。
「ま、とにかくそうやって自分を抑え込んでた事で、変化がこれだけに留まったと思うの。
だから多分………これ以上は変化しないはず」
「そっか……」
俺の懸念の一つが解消された事に、ホッと胸を撫で下ろす。
実際には、手放しで喜べる状態ではないのだが。
「しっかし、俺ってドールの出来損ないってわけか」
「………ドールとしては出来損ないでも、女の子としては上出来だと思うけど」
「褒められた気がしないな」
「そんなこと言わないの。もうちょっと素直に喜んだっていいじゃん。
ママだって言ってたでしょ、どんな姿でも…パパはパパだって」
「そうだといいんだけどな」
正直、まだまだショックからは立ち直れないかもしれない。
心もまだまだ、そう簡単に身体の変化に追いつかないだろう。
だけどいつまでも、こんな事でくよくよしている訳にも行かないだろう。
こんな調子じゃ、いつまでも前に進めない気がするから。
それからしばらくの間、こんな状態が続いただろうか。
気が付けば恵瑠はすやすやと、俺の膝の上で寝息を立てている。
そんな恵瑠の髪を撫でていると、まるで俺が母親になったような錯覚すら覚える。
――なんか、こうやってるのも悪くないかもな……。
そんな思いを抱きつつ、自らも眠りにつこうとした時だった。
受話器を持った母さんが、リビングに入ってきたのは。
「かぁ……さん?」
「電話よ。麻里紗ちゃんから」
「麻里紗…から?」
一体何があったのだろうか。
そんな事を思いつつも、俺は促されるがままに受話器を手に取った。
「もしもし……」
『満幸?満幸だよね?』
「もち……んで、なんか用?」
『えっとね、ちょっと駅まで来て欲しいの』
その言葉に、半分うつらうつらとしていた俺の脳が完全に覚めた。
「なぁん!?駅までってどういう事だよ?」
『お昼食べるついでにお洋服とか見て回ろうかなぁって』
「で、今から駅まで行けと?」
『うん。もうあたし駅に着いちゃったし』
「……行かなきゃダメ?」
『女の子を一人で待たせる気?』
ここまで言われると、もはや反論のしようがない。
「………わ〜った、今からそっち向かう」
『うん。あたしは駅前のポストの前で待ってるから』
「おう。んじゃ後で」
電話を切り、受話器を持ったまま俺は低い声で呟く。
――いくらなんでも、勝手すぎるって………。
突然の誘いに困惑しつつ、既に眠りこくっている恵瑠をそっとソファに横たえる。
「麻里紗ちゃん、何て?」
「洋服買いに行くから駅まで来いって」
「そう。要するにデートのお誘い、ってことかしら」
「……だから何でそうなるのさ」
「そう思って行った方が……より楽しめるんじゃない」
「………よく分かんね」
「いずれ分かる時が来るわよ」
本当に、母さんの考えてる事って分からなかったりする。
「恵瑠のことお願い」
「はいはい」
後の事を母さんに任せ、俺はリビングを立ち去る。
正午まで、まだ一時間余りの事だった。
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