―[3]―

 あれから数十分。
 居間のテーブルには、憔悴しきって突っ伏している俺の姿があった。
 シャワーを浴び、普段着―水色のシャツに黒の短パン―に着替えてそれなりに小ざっぱりはしたものの、
肝心の中身の方は未だにさっぱりとしない。 
 それも仕方の無い事だ。半年前まで、現実離れした出来事に数多く出くわしてきた俺ではあったが、
まさかこんな、現実離れの最たるものを身をもって体験しようとは思ってもみなかったのだから。
――なんでこんな事になっちまったんだ?
―――元に戻る方法はあるのか?
――――もし無かった場合、俺はこのままこの姿で生きていかなければならないのかよ……?
―――――ていうかこれ、俺じゃないのかもよ……?
 脳内を駆け巡る様々な考えは、どれもネガティブな方向にばかり行き着く。
 パンク寸前の頭はキリキリと痛み出し、口からは力ない呟きが漏れる。
「あぁ……もう何が何だか………」
 いくら考えても埒のあかない状況に、半ば絶望しかかっていた時だった。
「ねぇ……?」
「……・・・ん?」
 不意に後ろからかけられた声に、俺はテーブルに突っ伏したまま振り返る。
 先ほど同様、真剣な表情の麻里紗の姿がそこにはあった。
「さっきから色々と考えてたんだけど、あんまり深く考えない方が良かったりするんじゃない?」
「……どういうことなん?」
 麻里紗の言葉に、突っ伏していた上体をむくりと起こす。
「満幸がショック受けるのはよく分かるよ?あたしだって朝起きて、男の子になってたら死ぬほどビックリすると思う」
「……うん」
「でもね、あんまりそういう事で深く思い悩んでも何の解決にならないんじゃない?」
「……そりゃぁ………麻里紗の言う通りだけどさ」
「ありのままの現実を受け入れるって事も大事、ってみゆきも言ってたじゃない」
「そんな事……言ってたっけ?」
「言ってた!丁度去年の今位に!」
「去年の今位………そっか、あの時か……」
 ようやく俺も、麻里紗の言っていることを理解することが出来た。
――ありのままの現実を受け止める……それが大事なことなんじゃないか?
 正確にはこのような言葉だったと思う。
 去年の丁度今頃、度重なるドールの襲撃に耐えかねた麻里紗が、自ら命を絶とうとした事があった。
 それを思い留まらせようと説得した際に出たのが、麻里紗の言うあの言葉だったのだ。
 現実のこの状況から逃げ出しちゃいけない、俺が絶対守るといった言葉をこの後続けた記憶があるのだが、
それはまた別の話である。
「色々分からない事はあるけど、満幸が今、女の子の姿になっているということだけは確かなんだから。
どんなにショックでも、その事はちゃんと受け止めなきゃ」
 言い終わると同時に麻里紗は、何処から持ち出したのか手鏡を俺の顔の前へと差し出してきた。
「ほら、落ち着いてもう一回見てみたら?」
 笑顔で麻里紗に促され、俺も渋々鏡を覗き込む。


「結構カワイイと思うんだけどなぁ」
 確かに、麻里紗の言う通りなのかもしれない。
 透き通るように白い肌。
 柔らかな、それでいてハッキリとした顔立ち。
 サラサラとした、まるでサテンのような艶やかさを持つ髪。
 吸い込まれそうなほどに深い、鳶色をした大きな瞳。
 どれをとっても、素晴らしいものである事は事実だった。
 こんな手前味噌な事を自分で言うのも憚られるかもしれないが、実際そうなのだから仕方が無い。
 ……だが、そう思えるのはあくまで”俺とは全くの別人”という仮定があってこそだ。
「麻里紗……やっぱ俺、無理だわ」
「ほぇ?」
「そりゃ確かに現実受け止めろって言ったさ、それは認めるけど……」
「けど……?」
「こんな可愛い顔した子とさ………俺みたいなヤツとを……どう結び付けろってのよ?」
 鏡と自分とを指差しつつ、搾り出すように言葉を続けた俺は、再びテーブルへと突っ伏す。
 不意に目からこぼれる涙。
 頬を伝う雫が、テーブルに落ちて水溜りを作る。
 いつしか俺は、声を上げて泣いていた。
 鏡に映る顔が素晴らしければ素晴らしいほど、本来の俺とのギャップは激しさを増す。
その悲しさに俺は、こぼれ落ちる涙を止める事が出来なかったのだ。
 いつからこんな、涙もろくなってしまったんだろう。
 そんな俺の肩をそっと抱きながら、麻里紗は一段と優しげな口調で語りかけてくる。
「……今すぐじゃなくてもいいから。ゆっくりと、受け止めていけばいいよ」
 顔を上げた俺の目と、麻里紗の目とが合う。
「あたしだって、そうしてきたんだから」
「麻里紗ぁ……」
「それにどんな姿になったって、満幸が満幸である事に変わりは無いんだから、ね?」
 口調と同様に穏やかで、優しげな麻里紗の表情。
 まるで母親のようなその表情を見ていると、沈み込んでいた俺の気持ちも安らいでいく感じがする。
 涙を拭い、俺は小声で麻里紗に応える。
「………頑張ってみる」
 正直、これが今の俺にとって精一杯の努力だった。
 本当に、この現実を受け入れる事が出来るかは、俺にも全くわからない。
 だけど麻里紗の笑顔を見ていたら、頑張れるような気がしたのは確かだった。

 それに何より、麻里紗の期待を裏切るような真似はしたくはなかったから。


 さらに数十分が過ぎた。
 少々遅い朝メシをとった俺達は、今後の事について話し合う事にした。
「……で、お父さんやお母さんにはいつ頃話すの?」
「いつ頃……って?」
「いつまでもこの事隠し通せる訳じゃないんだよ?なるべく早いうちに話した方がいいんじゃないかって、
あたしは考えてるんだけど」
「んぅ……それもそうだよな。けど、姉ちゃんの事が……」
「お姉さん………確かにちょっと厄介かも」
 しばし、その場に流れる空気が重苦しいものへと変わる。
 俺の姉ちゃんがどういう意味で厄介なのか、その辺は語りだすとキリが無いので止めておく。
どの道、姉ちゃんとはいずれ嫌でも顔を会わせなければならなくなるのだから。
「………ま、今はその事は置いとくか」
「そうだね……」
 この重苦しい空気を払おうと、俺は新たな話題を持ち出す。
「……でさぁ麻里紗、俺の服の事なんだけどさ」
「お洋服がどうかしたの?」
「いやさ、今のまんまでもだいじょぶかなぁって思うん……」
「ダメだよそんなの!」
 その言葉を聞き終わらぬうちに、麻里紗がグッとその身を乗り出してきた。
「うぇっ!? ……けど、背格好は前とそんなに違わないみたいだし……」
「こんなにカワイイのに、それに見合ったお洋服着ないなんて…………もったいない事この上ないよ!?」
 俺の手がグッと、挟み込むように握り締められる。
 普段より何割か増しで目を輝かせながら力説する麻里紗に、俺も思わずたじろいでしまう。
「……そういうもんかな?」
「そういうもん! でしょ?」
 普段はそれほど自己主張の強い訳でもない彼女だが、なぜか今日に限っては一段と押しが強い気がする。
 先程の穏やかな様子とはまるで正反対だ。
「大体そういうカッコばっかりじゃ、折角の可愛さも……・・・…宝の立ち腐れだよ?」
 ……なんか妙に間違った言葉ではあるが、そこはあえて突っ込まない事にした。
何しろこういうのは今に始まったことでは無いし、第一この場においては然したる問題ではない。
 半ば感覚が麻痺しているんじゃないかと言われると、否定は出来ないのだが。
「新しく用意するのが気が進まないんだったら、あたしの貸したげるから」
「そんな……そこまでしなくても」
「気にしないの。ここは箱舟に乗ったつもりで安心してればいいから」
 またしても突っ込みどころ満載の言葉が飛び出してくる。言いたい事はよく分かるのだが。
 それはともかく、ここまで言われた以上、断るのも気が引けるものである。
「……んじゃぁさ、そこまで言うんだったら、しばらくは麻里紗のを借りててもいいかな?」
「もちろん。……じゃ、そうと決まれば」
「……へ?」
 言うよりも早く、不意に背後から伸びた麻里紗の手が俺の胸を掴む。
「ふぁっ!?」
 自分でも間抜けと思えるような声が口から飛び出す。
「んぅ……やっぱりあたしのじゃちょっとつっかえるかも」
 まるで品定めをするかのごとく、小さな手がやわやわと、俺の胸を包み込んでいく。
「ちょ……何すんだよ!?」
 麻里紗の思わぬ行動に、俺は思わず声が上ずってしまう。
「あたしの持ってるやつで、合うのがあるかなぁって」
「……それで、なんでこんなことする必要が?」
「多分満幸の胸ってさ、あたしのよりも大きいはずなんだけど、今ここにメジャーってなかったから」
「……つまり、実際に触ってみてサイズを測ろうってことか」
「そういうこと」
 後になって考えてみれば、明らかにおかしな話であったことは確かである。
ただ胸を触ったくらいでサイズが分かるなんて、そんな話は聞いた覚えがない。
 けれど、結局俺は麻里紗に従ってしまった。
 俺がこういう事に疎かった事は確かだし、何より麻里紗だから、という安心感もあった。
 少なくとも俺は認識しておくべきだったのかもしれない。

――裏切りはいつでも、爪を研ぎ待っている、ということを。


 それから数分の間、俺は麻里紗にされるがままになっていた。
 時に下から持ち上げてふるふると揺すってみたり、円を描くように捏ね回してみたり。
 サイズを測るというよりは、明らかに感触を楽しんでいるとしか思えない行動が続いている気がしてならない。
「ほぇぇ………やわらかぁ……」
 感極まった声が、頭の後ろから度々聞こえてくる。
 何となくではあるが、恍惚とした麻里紗の表情が想像できるような声だ。
 まるで天にも昇るような気持ちなのだろうか。
 だがその一方で、俺の方は全く正反対な気分であった。
「…・・・…んぅっ……」
 今の俺には、胸を弄られても気持ちいいとかそんな感覚は持ち合わせていない。
 最初の頃こそ、変にくすぐったくて笑いがこぼれる事もあった。
 けれども今はただ、違和感と不快感をない交ぜにしたような奇妙な感覚がじわじわと、
それでいて畳み掛けるように押し寄せてくるばかりだ。
 俺もしばらくの間は声を押し殺し、汗ばむ手のひらを固く握り締めながら、
押し寄せてくるその感覚にとにかく耐え続けていた。
 それでもさらに数分が経過し、流石に俺もこの感覚に耐え切れなくなってきた。
 ごく一瞬抜けてしまう手の力。
 俺の思考を混乱させる刺激。
 限界を感じた俺は、一段低いトーンで麻里紗に問い掛ける。
「……麻里紗ぁ、もういいだろ?」
「………もうちょっとだけ、いい?」
 囁くような麻里紗の懇願に、俺は無言で胸を揉みしだく細腕を振り払う。
「麻里紗……お前ただ単に俺の胸、揉みたかっただけなんじゃないか?」
「……気のせいじゃない?」
「気の所為にしちゃ……こんな念入りに胸揉み続ける必要ってあるか?」
「んぅ………バレちゃった?」
 悪びれる様子もなく、笑顔のまま応える麻里紗に、俺は少々気抜けしてしまう。
「それはともかくどうだった?結構気持ちよかったでしょ?」
「全然」
「え〜……満幸嘘ついてるでしょ?」
「……嘘つくんだったら、もっとマシな嘘ついてるっての」
「……だよね」
 流石に俺が不機嫌な事に気付いたのか、麻里紗も申し訳なさげな表情を浮かべる。 
「とにかく、これ以上こんなことしたらタダじゃ済まないからな?」
 吐き捨てるような俺の言葉に、無言で頷く麻里紗。
 本当に分かってるのか、正直不安なところもあるが。

「……けど、これでよく分かったかも。多分あたしので満幸に合うやつって
二、三着位しかないけど、だいじょぶ?」
「……あぁ」
「やっぱり早いうちにお洋服を見に行かなきゃ。後は下着とかも」
「………そだな」
 再び始まった話し合い。
 けれどもなぜか、麻里紗に対する俺の反応が鈍くなっている気がする。
 胸の芯の辺りにじわりと残る、あの奇妙な感覚。
 それが俺の思考を妨げている事は確かだった。
 さっき俺が、違和感と不快感をない交ぜにしたような感覚と形容したそれであったが、
実際に感じていたのはそれだけにではなかった。
 それとはまた異質な、むしろ正反対な感覚。
 一般的に快感と言われる類のものだ。
 そうなるとさっきの言葉は全くの嘘ということになるのだが、実際、俺は麻里紗に対しても、
俺自身に対しても嘘を吐かずにはいられなかったのだ。
 怖かったのかもしれない。
 こんな身体になってしまった事が。
 そして俺の身体が、徐々に女性として目覚めつつある事が。
 その事を俺は、未だに認める事が出来ずにいたのかもしれない。

――落ち着け……。こんな事になっちゃって、身体も混乱してるだけなんだって………。
 心の中で俺は必死に、自らに対して言い聞かせていた。



―[4]―

 朝のゴタゴタが嘘のように、その後はいつも通りに過ぎていった。
 あの後、色々話し合って決まった事はいくつかあった。
 まず父さんと母さんには明日、俺が直接事情を説明しに行く事。
 いつかは知れることになるだろうし、それならばいっそこちらから出向いて、
ちゃんと話しておいた方がいいだろうというのが俺達の共通の見解であった。
 何より、父さんと母さんならば、この事態を冷静に、そして確実に理解してくれるだろうという読みもあった。
 但し、姉さんにだけはまだこの事を説明するのは避けることにした。
 さっきも言っていたように、早々とこの事が知れたら厄介な事になるかもしれないという判断からだ。
 別に仲が悪いわけでもないし、むしろ俺や麻里紗に対しては非常に優しいのだが、
それとはまた、別の面で難のある人なのだ。
 そうした事もあって、洋服とかについてはその後に回させてもらった。
 麻里紗も最初は洋服を買ってからの方がいいと強く主張していたのだが、昼メシをはさみ、
長い長い議論の末何とか説き伏せたのだった。
 昼間あれだけ押しの強さを見せられると、よく折れてくれたなと思ってしまう。
 とにかく、他にもすべき事はあるのだろうが、おそらくそれらの大部分は父さんや母さんの協力も必要だろう。
 今はまず、出来る事からやっていかなければならなかった。

 それから、この身体になって感じた事も色々あった。
 例えば、料理というものがえらく体力を使うものだという事を痛感させられたり、
トイレに行く時に勝手が分からずに四苦八苦したり、あぁそうそう、
やはり風呂入るときに違和感を感じたのも忘れちゃいけない。
 風呂で苦労したことと言えば、一緒に入りたいとわめく麻里紗をなだめすかす事も本当に大変だった。
 そりゃ確かに普段から一緒に入ることもあったけど、流石にこの身体で一緒に入るってのは抵抗がある。
 ましてや、昼間あんな事をされた後じゃ、何をされるか分かったもんじゃないという思いもあった。
流石に、あんな思いはもう結構である。
 そんな事を経て、今俺は再びベッドの上にいる。時刻はもう十時を回っていた。
 寝間着は麻里紗のものを貸してもらった。薄いピンクの無地のやつだ。
 これを着た俺の姿を見て麻里紗は、
「とってもカワイイよ」
なんて言ってくれたものだが、生憎今の俺はカワイイとかキレイとか言われてもピンとこないものである。
 加えて下着も貸したげると何度も言ってきたのだが、流石にそれに関しては固く断った。
麻里紗は不服そうだったが、昼間計った通りサイズも微妙に合わないみたいだし、
何より俺にとっては、女物の下着をつけるのには未だに抵抗感があるのだ。
 故に、今の俺はブラも着けず、下もいつも穿いてるトランクスのままだ。
 多分明日の晩まではこのままだろう。
「ふぅ……しんど」
 ひとりごちつつ、俺は相変わらず一人自問自答を繰り返していた。この先、どうすればいいのだろうか、と。
 昼間あれだけ麻里紗に言われてたのに、つくづく進歩のないヤツだと俺も思う。
 そんな思いもあってか、数分経って俺はひとまず考えるのを止める事にした。
 加えて俺は一つだけ、こうなってしまった原因を突き止め、
事態を打開できるかもしれない心当たりがあったのを思い出していた。
 明日俺が実家に行くのは、その事を確かめに行く為でもあるのだ。
――明日になれば、きっと分かるだろう……。
 そんな結論に至った俺は、いつものようにタオルケットを頭まで被り、静かに眠りにつく。

 まさかこの後、とんでもない目に遭うだなんて露ほども知らずに。




 おそらく、日付が変わるか変わらないかといった頃だったと思う。

 "それ"は密かに、そしてピタリと、俺の背中に貼りついて来た。
 その感触が、眠っていた俺に最初の違和感を与えた。
 尤もそれはまだ、俺の眠りを覚ますまでに至るものではなかった。
日中のドタバタによる疲れが、俺を泥のような眠りに落とし込んでいたこともあるかもしれない。
 そしてその事が、第二、第三の違和感を招く事となる。
 俺の背中にくっついてきた"それ"は、次には細い手足を、俺の身体に巻きつけるようにして抱きついて来る。
 流石に不審を感じた俺は、寝返りを打とうと身体を傾けようとするが、
まるで抱き枕のように俺にしがみついている"それ"は俺に身動き一つ取らせてくれない。
「………んぅ……ん……っ」
 いよいよ不安になって、薄っすらと瞼を開けようとしたその時だった。
 耳元に吹きかけられた息を感じ、俺の脳は完全に目覚めた。
「ふぁっ!?」
 なんていう、間抜け極まりない声と共に。
「あ、起きちゃった」
 耳に飛び込んできた可愛らしげな声に、俺はすぐさま後ろを見遣る。
 ウェーブのかかった栗色のロングヘアー。
 黒曜石のように深い色合いの、大きな目。
 人形のような、可愛らしげな顔立ち。
 本来あるはずのない顔が、そこにはあった。
「麻里紗ぁ…」
「満幸、おはよ」
「早すぎゃしねぇか、おい……」
 安眠を邪魔され、苛立ちを含んだ俺の言葉も何処吹く風といった様子だ。
 にっこりと、満足げな笑顔を浮かべる麻里紗。
 普段だったら見惚れてしまうほどに可愛いその笑顔すら、この時ばかりは苛立ちに火を注ぐものでしかない。
「で……なぁに夜這いなんか決め込んでるんだよ」
「ちょっと確かめたい事があって」
「……昼間散々あんな事やっといて、この上何を?」
 しばし黙り込む麻里紗。一拍置いて出てきたその言葉に俺は驚かされる事になる。
「………うそつき」
「…………なぁん!?いきなり」
「昼間のこと。満幸って思ってる事、顔に出やすいんだよね」
「だから、何が言いたいんだよ?」
「気持ち良くないって言ってたって……あたしの目は誤魔化せないんだから」
「んで、それがどうだって言うんだよ?」
「だから、ホントに感じてなかったか、もう一度確かめちゃおうかなぁって」
「……冗談も大概にしないと、本気で怒るぞ」
 呆れ果てた俺は先程よりも勢いをつけ、再び寝返りを打とうと身体を傾けようとする。
 だが状況は殆ど変わらない。
 この華奢な身体の何処に、こんな力があるのだろう。
 それとも、俺の出せる力が著しく弱まってしまったのだろうか。恨めしいものだ。
 とは言え、これしきの事で諦めてしまっては後々が厄介である。
「……これで最後だからな。いい加減俺から離れろ」
 今出せるだけの低いトーンで、麻里紗に対して警告を発する。
「………やだとか言ったら?」
「…………こっから叩き出す」
「……そんなこと出来る?満幸に」
「お前なぁ……」
 ふと、ここで俺は麻里紗の回している手が、俺の胸をしっかりと掴んでいる事にようやく気付いた。
 いよいよ俺の我慢も限界に達し、抗議の声を上げようとしたその時だった。
「麻里紗!いい加減にしむぅっ…!?」
 突然の出来事に、俺は何が起こっているのかをすぐに理解できなかった。
 けれど一つだけ、そんな俺にも即座に理解できた事がある。

 俺の上げた抗議の声が、最後まで麻里紗に届く事はなかったということだ。


 暗い室内の中、ピチャピチャと水音が響き渡る。
 
 あれから、俺の口は麻里紗の唇によって塞がれたままだ。
 まるで俺の言葉なんか、端から聞いていないかのような素振りである。
「むぅ…ふぅぅっ………んむぅ……」
 蹂躙するという言葉が相応しいかのように、割り入れられた舌が俺の口の中で暴れ回る。
 唇、舌、歯茎に至るまで舐め、しゃぶり、吸い尽くされるその感触に、
出そうとする声もまともな言葉にならない。
 俺の顔をジッと見つめてくる麻里紗のその瞳は爛々と輝き、怯えている俺の顔をしっかりと捉えている。
 恐怖を覚えた俺は何度となく視線を逸らそうとしたが、その度に片方の手でガッと掴まれ、
否応無しに向き合わされてしまっている状態だ。
 口内を嬲り尽くされ混乱している間にも、胸への責めは始まっていた。
 時にやわやわと、時に荒々しく、しなやかな指を、そして手のひらをフルに活用して、
寝間着の上から俺の胸を揉みしだいていく。
 片方だけではあるが、昼間両方に受けたものよりも遥かに強い刺激が俺の心をかき乱す。
「むふぅ…ぅむ……っぁ…」
 嬲られ続けている口から漏れる声に、湿っぽさが入り雑じり始める。
 昼間感じたあの感覚が、未だに俺の中で認められずにいるあの感覚が、
少しずつ、少しずつ俺の中から湧き上がり始めているのは確かだった。
 心なしか、目の前の麻里紗の顔に当てられていた焦点が、徐々にぼやけて行くようにも感じられる。
 と、不意に俺の口が解放され、麻里紗の顔が離れていく。
「はぁ……ぁっ…」
 水面まで浮かび上がった魚のように、口を開けたまま荒い息を吐き続ける。
 身体は既に熱を帯び、昨日の晩のように、噴き出る汗も多さを増している。
 その熱と合わせ、ボンヤリとしたもやみたいなものが、俺の視界のみならず頭の中にまで広がりつつあった。
 その間にも麻里紗の責めの手が緩む事はなかった。左手で俺の胸を弄びつつ、
右手で寝間着のボタンをパチリ、パチリと器用に外していく。
 胸元が開かれ、汗ばんだ俺の乳房が外気に晒される。
 身体が火照っていただけに、ほんの僅かではあるがひんやりとした空気を胸に感じる。
「ふはぁ…………」
 責めの手が一旦止まったのをみた俺は、深い息を吐きだす。
「………うそつきだね…満幸って」
「麻里紗ぁっ……」
「やっぱり気持ちよさそうにしてるでしょ」
「そんな…んぅっ……そんなことぉっ………」
「往生際が悪いのって、嫌われるんだよ……?」
 背後から囁きかける声の主に対し、恐怖にも似た感情が芽生え始めていた。
――これって………麻里紗なのか?
 口振りも、表情も普段の優しげなそれなのに対し、それとは不釣合いな、何処か妖しさを漂わせる目つき。
 それが俺の心を、これでもかと言わんばかりにかき乱していた。


 露わにされた胸に、再び麻里紗の手が添えられる。
 さっき、片方だけを責められた時ですらこんな様なのに、両方から、しかも直に揉まれてしまったらどうなるのだろう。
 そんな不安を覚えているうちに、再び麻里紗の手が動き始める。
「……ひゃぁっ!?」
 今まで以上に甘ったるい声が、俺の口から飛び出す。
 薄っすらとかいた汗を、まるで胸へと揉みこんで行くかのように動き続ける十本の指。
 それら一つ一つがめり込んでいく度に、麻里紗の手の中で俺の乳房が自在に形を変えていく度に、
まるで電流が流れたかのような強烈な快感が駆け巡り、体の中からごっそりと力が抜けていく。
「……んっ………ぅ……ぐぅ…………っ」
 今までとは比べ物にならない刺激に、ただただ声が漏れぬよう必死に堪え続ける。
 しかし、そんな俺の精一杯の努力さえも、麻里紗は許してはくれないらしい。
 不意に、予期せぬ方向から追い討ちが掛けられる。
「ひゃぅんっ!?」
 耳を包み込むような、暖かで湿った感覚。
 目を向けた先では、麻里紗が俺の耳を口に含んでいるのが見て取れた。
「ふあぁっ………やぁっ…ひゃあぁぅ………んぁっ……はぁぁん!」
 思わぬ刺激が引き金となったのか、漏れ出る声を俺は完全に抑える事が出来なくなってしまった。
 凹凸の一つ一つに至るまで舐めつくされ、耳たぶを甘噛みされ、
終いには耳の穴にまで、舌が入り込んでいく。
 女性の感じるところを熟知しているかのような責めの連続に、俺は完全にされるがままになっていた。
「やぁあっ……やめろよぉ!………んはぁっ…」
 髪を振り乱し必死に泣き叫んだところで、返ってくる言葉などない。
 そんな平静さを失い、身体も意思に反した反応を見せる状況になってもなお、
ほんの少しの理性だけはまだ、確実に残っていた。
 だがそれも、いつまで持ちこたえられることか。
 まるでたまねぎの皮を一枚一枚、丁寧に剥いていくかのように、
俺の心の壁もまた少しずつ、取り払われてしまいそうだというのに。
 
 剥いている方じゃなく、剥かれている方が涙を流しているというのがまた皮肉なものだ。


 どれだけの時間が経ったのだろう。
 ほんの数分の出来事だったかもしれないし、あるいは数時間はあったのかもしれない。
 その間も胸を弄ぶ手の動きは止まることはなかった。
 最初に耳を蹂躙し尽くした舌も、次第にそれだけに飽き足らず、首筋やらあらゆる所を這いまわり、
ぬめついた跡を残していった。
 泣き叫んでいる俺のこぼした涙や唾液でさえ、まるで甘い蜜のように舐め取っていく時の
麻里紗の恍惚とした表情は未だに脳裏に焼きついたままだ。
 しかし、今の俺はそうした責め苦から解放された状態にあった。
 胸を揉みしだく手も、顔中を這い回る舌も今やその動きを止めている。
 身体を拘束していた足さえも解かれ、俺の身体は完全に自由な状態になっている。
 だけど、今の俺には麻里紗に抗う事はおろか、この場から動くことすら出来ない。
 無限とも思える時間の中続けられた俺への責めは、確実に抵抗する体力も、
そして意思をも削り取ってしまっていたのだ。
「はぁ……ぁ………ぁっ……」
 声を出す気力も残っていなかった。荒い息を吐きつつ、脱力した俺の身体が麻里紗の胸へと預けられる。
 ふわりとした感触に包まれながら、俺の心の中である一つの思いが燻り始めていた。
――まだ……足りないかも…………。
 こんな事を考えている俺自身を呪いたくなった。
 あれだけ泣き喚いて、嫌だ嫌だとかぶりを振っていたのに、いざ責めが止まってみれば
まるで身体に釣られたように心まで快感を求めてしまっている。
 そんな俺が嫌で、嫌で仕方がなかった。
「……気持ちよかった?」
「うぇ…!?」
 不意に、麻里紗が上から覗き込んできた。
 その表情は、今まで同様に穏やかなままだ。
 けれど、穏やかであるが故に、その表情に怖さを感じる。
 先程までの彼女の責めを思い出すと、落ち着いていた心が再び掻き乱される感じがして。
 だから俺は、無意識の内にかぶりを振っていたのかもしれない。
 それが命取りであるとは知らずに。

「………うそつき」
「え………?」
 呆けた顔で見上げた麻里紗の表情が、どこか陰りを見せている。
 嫌な予感がする。
 そう思った時にはもう遅く、先程のように俺の身体はしっかりと麻里紗によって拘束されていた。
「あたしね、嘘吐いてる人って好きじゃないんだ……」
 普段と何ら変わらない口調。
 それがかえって、俺に言い知れぬ怖さを与えている。
 だからと言うわけじゃなかったが、気が付いた時にはもう、普段の俺からは考えられない位に
取り乱しながら泣き叫んでいた。
 何処にそんな気力が残っていたのか、という位に。
「ごめん!ごめんってばぁ!」
 全く返事は返って来ない。それでも俺は必死になって叫び続けていた。
「気持ちよかったから!気持ちよかったからぁ……もう許してぇ!」
 恥も外聞もかなぐり捨て、親に叱られた子どものように喚き続けながら、俺は麻里紗に許しを求めていた。
「許してよぉ………お願いだからぁ……」
「………初めてだね」
「……え?」
 ポツリと、麻里紗の口から出た言葉。
「満幸が気持ちいいって言ってくれたの、初めてだよね」
 感慨深げな声。
 スッと、緩んだ腕の力に俺はホッと安堵の溜息を吐いた。
 これでもう、あんな責め苦を受ける事は無いという思いが、俺の中にあったのかもしれない。


 だが、それが甘い考えであると思い知らされるには、さほどの時間はかからなかった。
 麻里紗の手がスルスルと、俺の腰に伸びていくのを目にしたのがそのきっかけであった。
「麻里紗ぁ……?」
 ここに至って俺は、麻里紗がこの後何をしようとしているかを察した。
「まっ……まって、麻里紗ぁ!止めてぇ!」
 慌てて俺は、ズボンの中へと潜り込んだ麻里紗の手を止めようとする。
 けれど、それを実行に移す事は出来なかった。
 手も足も、全く動いてくれない。
 単に力が抜けているだけならまだいい。だが仮にそうでなかったとしても、
今の俺には手足を自由に動かす事は出来なかっただろう。
 そもそも、身体が全く俺の意思を反映してくれないのだから。
「さっきも言ったけど、満幸って思ってること顔に出やすいよ?」
「どういう……ことなん?」
「まだ物足りない、そう感じてるようにあたしは思うんだけど」
 俺の心は完全に読まれていた。
 燻り続けていた、快感を求めるあの思いさえも。
「ちっ……ちがう!ちがうってばぁ!」
「……嘘吐きって言ったのはごめん。………素直になれないだけなんだよね?」
「………………やぁ………やぁぁぁっ!」
 麻里紗を振り払おうと、俺は喚きながら身体を捩ろうとする。
 例えそれが無駄であると分かっていても、どんなに身体が言う事を聞かないか分かっていても。
 そんな俺の思いを知ってか知らずか、麻里紗は左腕で俺を抱き寄せる。
 麻里紗にとっては軽く抱きとめる程度のそれも、今の俺にとっては鎖で厳重に縛り付けられたようなものだ。
 満足に動けない俺に対しての、駄目押しとでもいうつもりだろうか。
 そうして遂に、寝間着のズボンの中へと麻里紗の手が入り込む。
「最後まで……楽しも?」

 死刑宣告のような響きを持って、その言葉は俺に届いた。





―[5]―

 もそもそと、ズボンの中で動き回る小さな手。
 時に太腿の内側を撫で、またある時は腰骨の辺りをやわやわとさするその手は、
なぜか俺が予期していた場所に触れることはまだなかった。
 いや、あえてその場所には触れずにいるのだろう。
 とことん焦らして、さらに俺の心の壁を取り払おうというのだろうか。
 事実、既に身体の方はその効果が出始めつつあった。
 一旦は治まっていた火照りが再びぶり返し、頭の中にかかっていたもやも一段と濃くなっている。
 こんな状態でまともな思考ができる筈もなく、徐々に押さえ込まれていた感情が、
ムクムクと頭をもたげ始めてくるのも当然の結果と言えるものであった。
――おかしく……なりそ………。
―――こんなんじゃ…たりない……。
――――お願い………焦らさないでよぉ……。
 時が経つにつれて大きくなっていくこれらの声を必死に押さえ込もうと、
わずかに残った理性が絶望的な努力を続けている。
「やぁ……んぅっ………ぬはぁっ…」
 かぶりを振ることももはや叶わず、ただ言葉にならない、弱弱しい声だけが漏れ出ている。
 そしてそれが、俺が理性を失わずにいるという、最後のしるしでもあった。
 そんな抵抗を突き崩す、最後の一撃は不意に訪れた。
 クチュリという、粘ついた水音。
「きゃうぅん!」
 一際大きな嬌声が、暗い室内にこだまする。
 その接触はほんの一瞬のものに過ぎない。
 だが時間に反比例して、その接触によって生じた快感は、
今まで受け続けた幾多もの快感を束にしても敵わない。
 そんな思いさえ抱かせるには十分過ぎるものであった。 
 さらにその接触に追随して、火花を散らすようかの如き強烈な刺激が、
身体に残っていた僅かな力を完全に押し流していく。

 当然、押し流されたのは身体の力だけに留まらなかった。


 再び始まった、焦らすような愛撫。
 当然、さっきのあの刺激を体感してしまった俺の身体が、そして心がこんなもので満足する筈がなかった。
――もっと……もっとぉ…………!
 そんな叫びが、絶え間なく頭の中に響き渡る。
 もはや、理性など何処かに押し流されてしまったかのようだ。
 自然と、麻里紗の方へと向けられる視線。それに気付いたのか、
俺の耳元へと麻里紗の顔が近づけられる。
「どうしたの……満幸?」
「麻里紗ぁ………」
 耳元で囁く麻里紗の声さえも、今の俺にとっては快感を促すものとなっていた。
 身体がビクリと震え、視界が一層ぼやけていく。
「……もっと、気持ち良くなりたい?」
 天使のような、悪魔のような、妖しげな囁き。
 その瞬間、俺の中で張り詰めていた何かが切れたような感じがした。
 無言のうちに、俺はコクリと頷いていた。
 麻里紗も麻里紗で、俺の心の内は既にお見通しだったのだろう。
「そぅ……やっと素直になったんだね」
 嬉しさを隠し切れないのだろう、麻里紗の声がいくらか明るさを増したように感じる。
「じゃ、お望みどおりに……ね」
 その言葉と共に、ズボンの中で動きを止めていた麻里紗の手が再び動き出した。
 今度は迷うことなく、俺が待ち望んでいる場所へと伸びていく。
 再び生じる粘ついた水音。
 さっきのようにほんの一瞬で離れることなく、麻里紗の細い指がトランクスの上から、
秘裂をなぞるように刺激を与えていく。
「ふわぁん!いひゃぁ!……みゃぅん!」
 秘所を弄られる度に、一段と甘ったるさを増した声が飛び出す。
 完全に緩みきった口からは涎がこぼれ、喉元を伝って胸の辺りを濡らしている。
「ほえぇ……?……見てよ、満幸」
 軽く驚いたような声を上げるや、麻里紗が秘所を弄んでいた右手をズボンの中から抜き出し、
俺の顔の前へと掲げてみせる。
「直接触れてないのに……もうこんなになってるよ?」
 抜き出された麻里紗の手は、視界がぼやけきった俺でさえハッキリと分かるほどにぬめりきっており、
指と指との間には糸を引いた愛液が、キラキラとした橋をかけている。
 俺が、麻里紗の手によって感じていたという証がそこにはあった。
――こんなに感じてたんだ……俺…。
 さっきまでの俺ならば、かぶりを振ってでも認めようとしなかったであろう。
 けれど今の俺は、それを現実として受け入れることしか出来ないのである。


「………そろそろ、行っちゃう?」
「ふぇ……?」
 その言葉の意味を、俺は即座に解する事は出来なかった。
 軽く混乱している俺をよそに、再び麻里紗の手がズボンの中へと潜り込む。
 だが今度はそれで終わりじゃなかった。
 麻里紗の指がトランクスの前開き穴を押し広げ、その中へと手が割り込まれる。
 当然、麻里紗の指は俺の秘所へと直接触れることとなる。
「やぁ……!?」
 再び、秘所への愛撫が始まる。
 けれどさっきの布越しとは違い、今度はよりダイレクトに刺激が伝わってくるだけに、
生じる刺激も半端じゃない。
「みゃぁっ!?……ひゃんっ!…はぁぁっ!?きゃぅん!?」
 秘裂が割り開かれ、奥の方から愛液がトロリと堰を切ったように溢れ出す。
 そんな秘裂を、細い指が音を立てながらかき混ぜる度に、甘い痺れは全身へと広がっていく。
同時に生じる、クチャクチャという水音もまた俺を昂ぶらせ、より一層快感を大きくしていく。
 だが、快感はそれだけに留まらなかった。
 不意に、俺を抱きとめていた左腕が緩んだかと思うと、次の瞬間にはもう、
麻里紗の左手は俺の胸をしっかりと掴んでいた。
 ここまで来れば、麻里紗が次に何をしようとしているのか分からない筈がない。
 再び揉みしだかれる乳房。
 こぼれていた唾液をまぶしながら、柔らかな乳房へと指がめり込んでいく。
「やぁっ……!?……そんにゃぁ……こんにゃの…ってぇ……!」
 胸からの、そして秘所から、強烈な刺激が畳み掛けるように押し寄せる毎に、
渦を巻くような快感が全身を駆け巡り、意識が徐々に吹き飛ばされそうになる。
「………最後いくよ、いい?」
「や……やぁぁ…………」
「……答えなんて、聞いてないんだけどね」
 嬉々とした口調で、呟くように語りかける麻里紗。その呟きが終わるか終わらないかといううちに、
麻里紗の最後の責めが仕掛けられる。
 固く尖りきった乳首を摘まれ、そのままクリクリと捻られる。
 一方の秘所でも、既に愛液まみれになっていたクリトリスが、指の腹で剥き出しにされ、
グッと強く押し潰される。
 その瞬間。
「ひゃぁぅ……………っ!」
 背骨を突き抜けるような刺激。
 全身を震わせるような快感。
 喉を震わせる、声にならない叫び。
 一瞬にして、その全てが俺の全身を駆け巡り、合わせて身体がビクンと大きく震える。

 視界は瞬く間に白く塗りつぶされ、俺の意識もまた、消し飛ばされるかのように薄れていった。


 微かな鳥のさえずりが、耳へと入ってくる。 
「う…ん……?」
 気が付いたときには、もう窓の外は明るんでいた。
 時計を見れば、時刻はまだ五時を過ぎたばかり。
 隣では麻里紗が、安らかな寝息を立てている。
「そっか……昨日は確か…」
 数時間前の情事を思い出し、小さな溜息が漏れる。
 突然の、そして予想だにもしなかった麻里紗の行動。
 あの時の麻里紗の妖しげな目つきが、未だに頭から離れないでいる。
 一体何が、麻里紗をあそこまで駆り立てたのだろう。
 だがそれ以上に、俺の心に深い影を落としているものがあった。
 俺にとっては未知とも言える、女性としての快感。
 それをあの無限とも思える時間の中で余すとこなく味あわされ、
遂には絶頂に至らされてしまった。
 生まれて初めて味わったあの感覚が、途方もなく気持ちいいものであった事は間違いない。
当然、そう感じてしまった俺を否定する事は出来ないし、するつもりもない。
 それでも、まだこの身体になってしまった事を、心は完全に受け入れられずにいた。
 身体の方は既に女性として目覚めさせられてしまっているというのに。
 これこそが、俺の心に影を落としているものの正体であった。
 俺の心は身体に追いつくどころか、今や大きく引き離されてしまったかのような状態にある。
 このまま行けば、俺が俺でなくなってしまうかもしれない。
 そんな不安が脳裏を掠める。
――この先、どうすりゃいいんだろうな……。
 昨日と同様の自問自答も、今となってはその意味合いが大きく違ってくる。
 頭を掻きつつ、窓の外へと目をやろうとした時だった。
「ん……んぁ…………っ」
 背後から聞こえてくる小さな欠伸を耳にし、俺は後ろへと向き直った。


 目をこすり、眠たそうな表情を浮かべつつ、麻里紗が目を覚ます。
「おはよ……満幸」
「……おはよ」
「そういえば……なんであたしここで寝てたんだろ」
 どうやら、昨日自分がここで何をしたのか、その事が頭の中から抜け切っているらしい。
「麻里紗………おまえ、何も覚えてないのか?」
「んっと…………」
 しばし考え込む麻里紗。そして不意に、麻里紗が静寂を破らんばかりの声を上げる。
「あぁ〜っ!……そう言えば昨日、満幸のベッドに潜り込んで………」
 どうやら、麻里紗もやっと自分のしたことを思い出したらしい。
「満幸ぃ〜!ごめん!」
 慌てたような声を発しつつ、俺に抱きついてくる。
 またしても不意を突かれる形となった俺をよそに、麻里紗はさらに言葉を続ける。
「最初はちょっといたずらしようかなって思って……そしたらついつい調子に乗っちゃって………」
「ちょっとしたいたずらにしちゃ、度が過ぎてると思うけどなぁ……」
「そしたら何か、あんなに気持ち良さそうにしてる満幸が、たまらなく可愛く見えて……それで………」
 目を潤ませ、今にも泣き出しそうな表情で俺の顔を見つめてくる。
「ごめん………ホントにごめん…………」
 あの時の積極的な様子から一変し、その表情はかなり浮かないものになっている。
 そんな麻里紗を一瞥しつつ、俺はしばし黙りこくる。
 不意打ちとも言えるようなあの行動に、怒りを覚えなかったと言えば嘘になる。
 あの快感だって、決して俺が望んだものじゃないし、まだ俺の中の不安だって残ったままだ。
 だけど、麻里紗が悪意を持って行為に及んだわけでない事も確かだ。
 もしかしたら、少しでも俺がこの変化に馴染めるように、ということなのかもしれない。
 ……その狙いは半ば失敗気味のようだが。 
 それに、何にしたって麻里紗を泣かせるような事は、俺にとっても不本意なものである。
 こんなことをしばらく考えた末、再び俺は口を開いた。
「…………掃除当番、一週間な」
「ほ…ぇ?」
 面食らった様子で、俺を見つめる麻里紗。
「まぁ正直寝込み襲われてやな感じはしたし、まだ納得行かないところもあるけど、
いつまでもこの事引っ張ってても仕方ないし。だけど、何のお咎めも無しってのは据わりが悪いだろ」
「……じゃ、あたしの事、許してくれるの?」
「一応な。……っていうかさ、ああいうのってさ、一歩間違えば犯罪モノだからな?」
「わ、わかってるってば!」
「ハイハイ」
 軽く麻里紗をからかいつつ、気持ちを落ち着けた俺は再び口を開く。
「とにかく……今度からは、こんな事すんなよ」
「……うん」
 コクリと、小さく頷く麻里紗。
 再び、彼女の顔に笑顔が戻った。


「やっぱり思うんだけどね」
「何を?」
 再びベッドに横たわった俺に、タオルケットを被った麻里紗が不意に口を開いた。
「今の満幸って魅力あるなぁ、って」
「何だよ、またいきなり」
 その言葉に、顔に赤みがさしていくのが俺にも感じ取れる。
「あたしがついつい調子に乗っていたずらしちゃうくらいだもん、街中出たら注目の的だよ?」
「そっか?………けどさぁ」
「何?」
「こんな魅力だなんてさ、そんなの俺にはいらない」
 真剣な眼差しを向けつつ、まるで吐き捨てるかのように呟く。
「でも……」
「……とりあえず言っとくけどさ」
 麻里紗の顔を見据え、小さい声で、しかしハッキリと俺は言い放つ。
 こうしないと、俺が俺でなくなるような、そんな気がしたから。
「俺はまだ男だから。姿形がどんなに変わったとしても、心まではそう簡単に変わるもんじゃない」
 そうであると、俺は信じたかった。
 例え昨日受けた事が、どれだけ俺に現実を突きつけてきたとしても。
「それならそれでいいけど…そのカッコじゃ説得力無いよ?」
 その言葉に、首から下に視線を向けた俺はハッとしてしまう。
 寝間着の胸の部分は大きくはだけ、双乳がまろび出ている。
 道理でさっきから、スースーと風通しが良かったわけだ。
 ズボンも半分ずり落ちた状態で、少しだけ覗いているトランクスの股間の部分には、
乾きかかったとはいえ薄っすらとした大きなシミが残っている。
 そう、あの時のままの状態で、俺は今の今まで話を続けてきたというわけだ。
「………うるさい」
 笑顔で話の腰を折られ、さらにあられもない格好でいることを知らされ、
少しむくれ気味の俺は枕へと顔を埋める。
 茹で上がったように真っ赤な顔を、麻里紗には見られたくは無かったから。
 やっぱり、彼女は相当手強い。
 

 何気ない、夏の一日の始まり。
 そしてそれは俺にとって長く、そして奇妙な夏休みの始まりでもあった。



                                     A.D.20XX 7.23


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以上でPart-1は終了です。
一応ストーリーはまだ続く予定です。
出来る限り頑張ってみましたが、見返してみると
他の方々と比べればまだまだ、といった感じです。
もっと精進したいと思います。

一応次で、何で満幸が女性化してしまったかという
種明かしをする予定です。
後……もしかしたらふたなり分も入るかもしれません。
合わない方には本当に申し訳ないのですが。

という訳で、今後ともよろしくお願いします。
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