『another』
前章

もう戻れない

「ひっ、ひぁっ、ひあああぁ!」
高い声をあげて、僕はまたイッた。
機械的に、NPCの男は僕を攻めあげる。
僕がイッた直後であろうとなかろうとおかまいなしに。
「ひぐっ、あっ、あっ、あああっ!」




もう戻れない

ちらりと僕のパラメータを見る。高レベルの戦士らしく5桁ある体力も、そろそろ5分の1ほどだ。
5分の1をきった瞬間、NPCが僕を回復させた。
攻めは変わらない。
表情のないNPCはただ乱暴に、なんの変化を加えることもなくピストン運動を続け、僕に腰を打ち付ける。




もう戻れない

「あっ、ひん、も、や、やめ、やめてぇ」
無駄なのは分かっている。
彼は人間ではない。人の言葉など解せない。
それなのに、『聞き入れてくれると信じて』僕はいったのだろうか。それとも、『解せないから安心して』いったのだろうか。




もう戻れない

「あああああぁ!」
僕は、女の身体で盛大にイッた。
NPCの攻めは変わらず、終わりがない。




もう戻れない

隣では魔術師の女の子がスライムに犯されている。
そのうち、僕もモンスターに犯されるのだろうか。いや、

もう戻れない。

犯してもらえるのだろうか……。

GAME OVER



   一章

『パラレル』というものが作られた目的は、インターネット同様軍事的な理由だったそうだ。

正式名称は、『パラレル』とは違うもっと長いものなのだが、そんなもの普通使わない。だから僕も覚えていない。
よく小説で書かれていた『精神を電脳世界に飛ばしてそこで体感ゲームをする』というノリに極めて近い。『パラレル』とはそういうものだ。



だが、『パラレル』の利用はゲームにとどまらず様々な分野で応用されている。

例えば、医学。
長い闘病生活に苦しむ人が、擬似的にとはいえ運動ができるということは精神的にすごくプラスになる。
先天的に目の見えない人でも、擬似的に物を見ることで視力をつかさどる脳の部位を刺激し、一部の人は視力を得られるらしい。



また、いながらにして観戦ができるという面もある。
プロ野球も球場まで行く必要はなくなったし、コンサートもわざわざ会場まで出向かなくてもよくなった。
他にも、通販でも商品を試すことができるようになったし、一流店の味も、腹までは膨れないが安価で楽しめるようになった。




だが、それでも一番の利用目的はゲームである。
『パラレル』が一般に普及し始めた頃は、外見もドット絵を立体的にした程度のもので、動きも不自然だった。
それを打ち砕いたのが、XMG社のオンラインゲーム『another』である。



『another』は新しい『パラレル』を作り上げ僕達を魅了した。

ひとこと目に「すごい」と感嘆の声を上げ、ふたこと目には「これ『リアル(現実世界)』だろ」と疑念の声を上げる。

そんな現実のような夢の世界を作るのには様々な制約があり、入場者数は一千人までとされ、NPCは自動販売機などに置き換えられ、複雑な効果の魔法などは使えなかった。
どうしても必要な部分ではスタッフがNPCの代わりをつとめて、強力なイベントモンスターを演じたり、一日中店番をしていたりすることもあったそうだ。





あまり取りざたされなかったが、禁則項目に性別を替えないことというものがある。
もっとも、選択すらできないのだが、なぜか禁則項目に加えられていた。
XMG社によると、『ネカマの防止のため』や『人格への影響をかんがみての処置』という話だった



二章

一般用に出回り始めた『パラレル』接続機能のあるパソコンは、まだ高く、一番安いものでも新品で百五十万はくだらない。
当然、新大学一年生である僕にそんな大金用意できるはずはなく。『リアル』での生活が全てである。
だが、季節は春。
青春をおうかするに最もふさわしい季節が僕を待っているに違い……。





「スマン、俺デートなんだよ。後の仕事頼むわ」
「え゛」
「じゃ、先あがりまーす!」
「あっ、ちょっと、先輩ぃ!」
逃げられた。
いくら皿洗いが嫌いだからってぇ。
ろくにもてそうにない外見の癖に、吉水先輩〜っ!
「きっと出会い系でつかまされたひどいブスに違いない。んでもってみつぐにいいだけみつがされて豪快に振られるに違いな〜い!」
……皿、洗お。




あ゛〜疲れた。もう皿なんて見たくないや。しかも二人分やってバイト代は一人分。やってられないよ。
すっかり日が昇りきった頃、僕はバイト先の店を出た。
バイト先の店長が話の分かる人で、大学のある日は時間が少し短くても早上がりを許してもらえている。
けれど、午前中バイトで午後から大学っていうのはちょっときつかったかなぁ。



「よう」
「あっ!吉水先輩、ひどいじゃな……いで……あの、こちらの美人さんは?」
「か・の・じょ・に決まってんだろ、おい」
うれしそうにひじで僕をつつく先輩。
先輩の隣に立っていた『先輩の妄想彼女』が頭をぺこりとさげる。
「はじめまして、私、稲坂結衣といいます。えと、その、吉水さんと、お付き合い、させてもらっています」
顔を赤らめて恥ずかしそうに結衣さんがいう。



いまどき珍しい黒髪のロング。
派手なアクセサリーも付けず、出しゃばった感がない。
本当に清楚系という言葉が似合う。先輩の好きなタイプだ。
……ブス説、不成立。



「あの、ちなみになれそめは?」
「あぁ、結衣が俺のことを前から見ていたんだって。で、いきなり告白さ。だから俺はよく知らなかったんだけど。いやぁ、うれしかったなぁ、俺の人生女っ気なかったのにいきなり最上級だもんなぁ」
「さ、最上級だなんて、そんな、私自身はなにもないですよ……」
さらに赤くなる。ああもう、かわいいな。
……出会い系説、不成立。



「いや、俺は結衣が社長令嬢でなくとも選んでいたぞ。俺は、結衣が好きなんだ」
「吉水さん……」
見つめあう二人。
……みつぐ君説、不成立。
ついでに、こんなクサイセリフが街中で出るようなら豪快に振られる説も不成立だなぁ




もう、いいです。
しあわせは、じぶんのもとにあるときが、しあわせなのです。
たにんのもとにあるときは、はらがたつか、なにもかもいやになるものなのです。
いたたまれないので、このばをはなれようとおもいます。




「あー、まてまて、お前にちょっといい話があるんだよ」
「いい話?」
「『パラレル』できるパソコンと『another』の続編を先駆けてプレイできる権利、欲しくね?」
先輩のにやりと笑んだ顔が神々しく見えた気がします。あいらぶ先輩ですです。




人生で初めての告白。
私は、絶望と焦燥感を胸に、告白をした。
希望はひとかけらもない、そういう告白だった。
涙にまみれ、鼻水にまみれ、ただ気持ちに任せて叫んだ。格好など、どうでもよかった。
そんなのは些細なこと。

私の告白をした相手は、男だったのだから。


+99:22:51:15

涙が止まらない。
こいつが鈍いのか無視しているのかは知らない。いや、どちらでもいい。
ただ、もうこの気持ちを押さえ込むことだけはできない。
「お前が……ひっく、好き、なんだ……。ううっ、好きになっちまったんだよっ、バカヤロー!!」
夜の公園。辺りは誰もいない。三日月が浮かぶ空の下、噴水のそば、時計台のすぐ脇。時計台の明かりで相手の顔がしっかりと分かる、でも手は届かない、そんな位置。
俺はこいつを呼び出した。
今日、この場に来るようにと。
間に合わないよう、気付かれないように、使っていないはずのパソコンにメールで送った。
間に合うよう、気付くように、2時間ぐらい前に送った。
送ったメールは、こう書いた。
『秋花公園にいる。絶対に来るな』
こいつは来た。3分ほど前に息を切らせて、自転車を放り捨て、駆けて来た。



「でも、……お前は「いうな!」」
言葉をさえぎる。聴きたくない。その先に続く言葉を聴きたくない。男だの女だの、そんな話は。
きっとこいつは心配そうな顔をしている。涙で見えなくても分かる。こいつはそういう奴だ。
「うっ、ぐっ、……なにも、いうな」
嗚咽が止まらない。ひどくみっともない。まるで母親に怒られて感情の行き先を見失った小学生のようだ。
「聴いてく「いやだ!!」」
両手を強く握り締める。指先の感覚がなくなるほどに。爪で手のひらが裂けて血が流れるほどに。
ぼろぼろと涙がこぼれる。痛いからじゃない、悲しい訳でもない、悔しいからだ。
悔しい。
告白をしても想いが重なることはないからだろうか。俺が、これから元に戻って、この激しい気持ちも思い出のひとつになってしまうからだろうか。
いや、違う。
聴いてくれないからだ、俺の言葉を。
見てくれないからだ、俺の今の姿を。
分かってくれないだろうから、俺の想いを。
「お、うっ、お前が、ひっ、いうのは嘘だ。ひっく、嘘なんて、俺を気遣って出る嘘なんて、そんなものはいらないっ!」
駄々をこねるように首を左右に振る。
こいつは優しい。だから、俺の言葉を受け取ったフリなんてできないし、受け取ることもできない。でも、こいつは優しいから俺を気遣う。
すっきりと振られたい。
納得のいく説明なんていらない、気遣いなんていらない、せめて一言で振って欲しい。
「嘘は言わない」
真摯な声でこいつは言った。
「ひぅ、信じ、られな、い」
「気遣いもしない」



またぼろぼろと涙が出てくる。
今さっき、一言で振られたいと思ったのに、想いを完全な拒否の言葉で断ち切って欲しいと思ったのに。
もう、今は、そんな理屈なんて、分からない。あれほど考えたのに、告白することを決心したのに。
間違っていたんだ。
気持ちをしまいこんで、男に戻って忘れてしまえばよかったんだ。思い残してもいいから、なかったことにすればよかったんだ。
嫌だ。もうなにも考えたくない。
逃げ出したい。こいつが次に言う、決別の言葉を聴きたくない。こいつがその後に言う、慰めの言葉を聴きたくない。背中を向けて一目散に走り去りたい。もう、いっそ、消えてなくなりたい。
でも、俺の脚はがくがくと震えていてまともに動くこともできない。
そして、俺は消えてなくなることもできない。
「いや、いや、いやぁ……」
「僕は―――」





「どうします?少佐」
「……引き上げるぞ。該当者は都合により来ることができなかった」
「来させることはできますよ、もちろん」
「ふん、そんなやぼったい話はごめんだね。いいんだよ、報告書のつじつまさえ合えば問題はない」
「はぁ、だから出世できないんですよ、少佐は……」
「そんなつまらんことに興味はない」
「直属の部下のことも考えてくださいよ……」
「嫌か?そうは見えんが」
「……ビュナル・ア・スポリウム少佐の命令どおり、今作戦を終了とします」
「くくっ、さ、帰還するか」
「ははっ!」





+100:00:00:00
時計がちょうど0時を指した。
3ヶ月と少しの間で、女としての人生が終わりを迎えることはなかった。
回りは変わってしまった。
俺は、奇異の目で見られ、友を失い、自分をも見失った。
でも、その全てに代わる新しいなにかを得られた。
俺は、隣で眠る親友だった男をぼんやりと見た。
腕を見て、その太さの違いを。
胸を見て、そこにないものを。
股間を見て、そこにあるものを。
全てに覚えがあり、ほんのしばらく前まで俺もそうだった。
変わったのは、俺だ。
涙がにじむ。
もう、戻れない。もう、戻りたくない。でも、戻りたい。
こいつがかたわらにいて、でも元の生活をしたい。
「ううっ、ひっく……」
無理なのは分かっている。
俺は、選んだのだ。こいつを。

慰めて欲しかった。優しい言葉をかけて、そっとなでて欲しかった。
でも、そんな都合よくこいつが起きることはなく、俺は、『俺』を捨てるために一晩泣いた。

『私』は、今日から、女になる。
とりあえず、こいつが起きたら徹底的に甘えてやろう。目覚めのキスからはじめてやる。
そして、さんざんおごらせてやる。財布が空っぽになるまでデートをするんだ。
ああ、楽しみだ。
私は、今日から、こいつの女になるのだから。
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