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優しく遠ざけた。
「その気持ちは、嬉しいが…受け取れん」
すまない、と少しだけ晴れやかな笑顔で云う。
「アイクさん…」
想定内の行動だったのだろう、ピットの表情には諦めがあった。
「いいんですか?…そんなことされて、それでもマルスさんがいいんですか!?」
ぽたぽたと涙を流すピットの頭を撫でる。
金の飾りが手に痛いが気にしない。
「悪いな…俺は、あいつが好きなんだ」
そういって微笑んで、そのまま泣きじゃくる天使を置き去って、まっすぐに部屋へ向かう。
慰めたりするのはむしろ傲慢だと、アイクは思う。
泣かせたのは自分だが、その涙を拭く役まで自分がやるわけにはいかない。
自分がその役を務めるのは、マルスの傍だけと決めていた。

「アイク…おかえりなさい…」
ただいま、と返そうとしてぎょっとする。
普段とは違う真っ白な服。しっかりと自分に狙いを定めたファルシオン。
だがそれを持つ手は震え、微笑みを浮かべた顔は、泣き腫らしたとしか言いようのないものだった。
「マルス…?」
怯えさせないようにとそっと近付くと、マルスは小さく首を振ってアイクから離れた。
「…や、やっぱり、考えたんだ…けど、ね」
途切れ途切れに話す声は、どう取り繕っても涙声だ。
まるで二つの選択肢のどちらを選ぶかを躊躇う回答者の様に、困惑と迷いを宿した瞳。
それでもその表情は無理に笑顔を作っていて、余計に痛々しい。
「君は、他の誰かと…普通に、恋が出来ると思う…し」
しっかりと床を踏む足。右足が少し前に出ている。
「でも、それは…多分、僕はとても嫌みたいで」
極自然に重心の移動。前に出した足に、体重が掛かるのがわかる。
「ほら…ちゃんと君で染まるように、服も、代えてみたんだ…」
だから。と、そこまで云って、急にマルスはアイクを目掛けて走り出した。
素早いマルスの動きに、良く砥がれた切っ先が瞬時にアイクに迫る。
それでもアイクは只黙って、その剣ごとマルスを抱きしめた。



かつて光の剣と呼ばれたその神剣に鮮やかな赤が流れ、刃を伝ってマルスの白い服を染める。
その様子に思わず「なる程」と先程の台詞の意味を理解してしまう。
これも恐らくは、彼女の愛の形の一つなのだろう。
「アイク…放して…お願い…」
「駄目だ。お前が嫌がる事を俺がするなんて、そんな誤解解くまで離れない」
そういうと、涙で濡れた目がきょとんと見上げてくる。
泣いてもなお澄んだ青の瞳に、せめて安心を呼び起こせるように「大丈夫だ」と笑った。
実際の所脇腹を一文字に斬られてはいたが、元から鍛えているだけあってそんな危なげな手付きで大事に至る事もない。
それからそっと手を重ねて、まるで彼女の華奢な手に吸い付いたかの様に、決して離そうとしないファルシオンをゆっくりと取り上げる。
「大丈夫、大丈夫だから…」
何が、と訊かれたら答えようが無い。それでもアイクはマルスの震える身体を強く抱きしめて諭すように云い続ける。
「…い、いいんだ、その…他の誰かと、普通に…その方が…君にとっても…」
肌を重ねるたびにおかしくなる。そう自身を分析したのは他ならぬマルスだった。
それでも抱き合うのをやめない事で、彼女への愛を示してきたつもりだった。
だが、元々心優しい彼女の事。正気に戻った時に感じる負い目や悲しみは尋常な物ではなかったのだろう。
「ごめん、僕は…こんなだから…やめてしまったほうが、お互いにとって…いいと思う」

あいしてくれて、ありがとう。

ふわりと笑って、そう云われて。思わずアイクは激昂した。
「ふざけるな!俺にとって何がいいかは俺が決める!!」
「ふぇ…?」
どれ程驚いたらそんなマヌケな声が出るのかというような声を出すマルスに構わず、細い肩を付かんで強引に自分の方へ引き寄せる。
強引に奪う様なキスを落とすと、マルスの身体がびくりと硬直し、それからゆっくりと力を抜いてアイクに身体を預けた。
「俺は他の誰かと普通に色々するよりお前にした方がよっぽど幸せだ!」
離したばかりの唇でそう叫ぶと、マルスの顔に素直な喜びが射すのがわかる。
だが、アイクの首に昨日つけたばかりの痕を見つけて、小さく首を振った。
「駄目だよ、僕みたいな奴では…いつか君を失ってしまう…」
「失わない!死なない!絞められようが刺されようがなんともない位鍛える!」
だから傍にいろ!!
そういうと、マルスの表情が驚きから困惑、喜びとめまぐるしく変わる。
ようやく苦笑に落ち着いたそれは、いつもの彼女のものだった。
「なんだ、僕に拒否権はないのかい?」
「拒否する気か?」
「いいや、まさか」
そういって笑うアイクに、マルスはそっと抱きついた。

美男子と称された蒼炎の勇者が、ゴリラだ牛魔王だと云われる体を手にいれた理由が、嫁との夜の生活に耐えるためと知る者は殆ど居ない。

〜終〜
2008年03月27日(木) 14:22:25 Modified by smer




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