最終更新: sponta0325_wiki 2023年05月07日(日) 16:00:24履歴
日本社会は、同調圧力が強い。
日本人は、義務教育で「集団行動」「連帯責任」を教えられ、「仲間外れにならない」「イジメられない」よう生きてきた。「承認欲求を満たしたい個性」でないなら、「異分子になること」を拒むのが、ごく普通の日本人。
したがって、ドラマコンテンツの評価でも、
「いままで傑作と言われてきた作品」に低評価を下す・コキオロスことは難しい。
若いころ、映画史上最も素晴らしい作品はソ連映画「戦艦ポチョムキン」(エイゼンシュタイン監督)と言われていた。 篠田正浩監督は「戦艦ポチョムキン」を最高の映画と発言している。だが、映画の歴史で重要な作品かもしれないが、ソビエトの社会主義体制を宣伝するプロパガンダ映画。−−−大衆娯楽作品としての価値はない。
「幸福の黄色いハンカチ」は映画賞を総なめにした。 だが、それは俳優・高倉健の魅力であって、ストーリー的には満足できない。「殺人犯が、被害者への供養もせずに、古女房に逢いに行く。ロードムービーで見せられるのは、シケメンと個性派女優の顛末。美男は高倉健だけ。東映スターの初の松竹主演映画なので、映画界が全面応援。その結果の映画賞総なめ。 −−−娘は、高校の映画鑑賞会で強制的に鑑賞させられたが、満足とは遠かったよう。 大衆娯楽作品としては、加山雄三主演の若大将シリーズ(東宝)の方が品質が高い。楽しめる。
●「主観を提出する違和感」と闘わなければ、客観的な評価は出来ない。
その違和感を減じるため、ここでは「評価/評判と品質が異なる作品」を列挙して、「新たなる同調圧力」を発生させたい。
プロバガンダ映画。映画史上の価値はあるが、大衆娯楽作品ではない。
1 , × , 大衆のストーリーであり、主人公は特定できない。
2 , × , 「帝政ロシアvs.ソビエト社会主義」がドラマ成分〈対立〉だが、「集団vs.集団」なので感情移入は難しい。
3 , 〇 , 観客を「感情的高揚」に導くため、「設定/説明を排除している」。
4 , △ , 「帝政ロシアの悲惨な現実(腐った肉を食べさせられる船員、オデッサの階段を転げ落ちる乳母車)〜戦艦での船員たちの反乱/市民の武装蜂起〜帝政ロシアの崩壊〜人民の歓喜」という構成は、強固。だが、「個でなく、集団」として描かれるため、演劇的/ドラマ的な感動を生まない。
{※ この作品は、「再現ドキュメンタリー。ドラマではない」。
−−歴史のドラマ化の傑作は「史上最大の作戦」(1962年アメリカ映画。連合国のノルマンディー上陸作戦を描く)。英米独の政治家トップ、軍部のトップ、前線の将軍などのキャラクターが描かれ、「集団としての表現」を避けている。}
主人公(高倉健)の行動、主体性、意志に魅力はない。
1, △ ,「主人公の愛妻への思い」は、リスペクトできない。刑期を終えた殺人者は、まず「被害者の墓参」をすべき。
2, × , ロードストーリーにおいて、高倉健は傍観者。主人公として展開しない。
3, × , 北海道の自然の中で、出来事が連なっているだけ。「出所後の最初の食事」が話題になるが、ドラマではない。
※ 北海道の自然が主役。シケメン(武田鉄矢)と変な女(桃井かおり)のドラマなど、誰も見たくない。
山田洋次監督は「男はつらいよ」シリーズの大ヒットで、松竹映画の代表監督なので騙されてしまうが、ドラマを理解していない。 彼は「ローマの休日」の公開時。「恋愛とローマ観光を織り交ぜた語り口」が素晴らしいと発言している。 「ローマの休日」が素晴らしいのは、「王女様を辞めたい」という強烈な〈主体的意志〉から始まるストーリーだから。 −−−画家・横尾忠則は「あなたは、黒澤明のような巨匠ではない」と非難したが、私も同意する。ただし、黒澤作品も玉石混交。「夢」は映画ですらない。
歴史の短いアメリカにとって、貴重な歴史もの。演出の細部に嘘がないので、多くの人たちを惹きつけた。
1 , △ , 「イタリアン・マフィアの規律(一族を守る)」に従うだけ。主体的意志でなく、立場的意志。
2 , 〇 ,対立するマフィアとの抗争が、ドラマである。
3 , 〇 , 設定/説明は感じない。
4 , △ , 叙事的記述。禁酒法時代のアル・カポネを連想する、歴史的記述である。
※ 「生きることの辛さと悲しさ(ペーソス)」を描くとともに、イタリア移民/家族の歴史を描いている。
昭和なら良いのかもしれぬが、令和の今、評価するかは微妙である。
「グリーンブック」「ショーシャンクの空に」は、品質が高く、ヒットした作品だが、そのようなタイプは少ないのかもしれない。
キャスティング/広報宣伝の大成功により、「低品質でもヒットした作品」も多い。
繰り返すが、
●ヒットの条件は「主人公の主体的意志/豊富なドラマ成分/設定・説明が最低限」。
である。
コメントをかく