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みの☆ゴン83〜89 ◆9VH6xuHQDo 2009/10/25(日) 20:32:56 ID:u9wNNegM

 通りがかりに、偶然川に落ちて溺れている女子を見つけてしまい、華麗に助けて、ぶ
ちゅっと人工呼吸。彼女は気がついて、俺に一目惚れして、助けてくれたお礼にウチに
来て下さい、って言って、家に上げてもらって、で、濡れちゃったので着替えますね、
とか言って、スルスルっと……その先はフヒヒ!

……というのが春田の理想の出会いだったらしい。ドラマティックさ、運命っぽさ、そ
してスピード感あふれる運命的な出会い。今日、春田にそれに近いことが起こったのだ。
ただ、違かったが、助けたのが亜美だったのと、上がった家が、高須家であった事。
 竜児だって妄想したことはあった。今はめでたく、実乃梨という理想の彼女がいるわ
けで、もうどうでもいいことなんだが。思い出してみると、

たしか、こんな感じ━━━

 竜児がよく行くスーパーのレジの近くに生け花が売っている。あまり買う人もいなくて、
レジの近くってこともあり、荷物をぶつけられたりして、花から首から折れて床に落ちて
ることがある。竜児は、そう言う可哀想な花を見かけると、店員さんに一声掛けて頂いて
しまうのだが、
 ……きゃあああっ、ごめんなさいごめんなさいー! お花! どうぞ、どうぞっ!……
 スッテーン!! と、水色のおパンツ全開の女子が突然現れた。スッ転んだ女子は、見
事なスライディングで、屈んだ竜児とクロスプレー。起き上がる時に二の腕に絡まりつい
てきて、恐ろしいほど盛り上がり、二つのなにやら柔らかなものが押し付けられている。

 おうっ!、いや、俺のじゃねえし……ど、どうぞ
 ……あ、ありがとうございます! よく、落ちちゃうんですよね、お花……
 ……あのぉ……お花、好きなんですか?……
 まあ、それほど詳しくないんだが、好きかといえば、好きだな。
 実は、落ちた花、お店の人に話して、よく頂いていてるんだ。
 ……ああっ、従業員さんに聞いた事あります!……
 ……わたしと同じ高校の男子で、そんな人がいるって……
 ウチの店? 君、かのう屋でバイトしてるのか?
 ……えへっ、違いますよぉ、ここ、わたしん家なんです! あっ、良かったら……
 ……わたしのお部屋上がりませんか? お花のお話、いっぱい聞きたいです!……
 そうして、その女子のお部屋にあがってしまうのだった。

 ここ、が、女子のお部屋……か……いい匂いだな
 ……お待たせしました〜! うちに新茶が入荷したんです! はい! どうぞっ……
 おうっ!
 その女子は、着替えて来たのだが、なんとVネックのカットソーに、やわらかな巻きス
カートという無防備すぎる眩い私服姿であった。なんにせよ、布の面積が少ない。晒した
太もも、胸の谷間も、どこもかしこもトロけるような白さだ。ヨレヨレなVゾーンに、な
んとか隠されている二つのふくらみは、動く度に深い谷間が広くなったり、狭くなったり、
プリンのようにプルプル震え、落ち着かないのだ。竜児もイロイロ落ち着かなくなる。
 ……わたしの名前も、お花の名前なんです。だから大好きなんです!……
 そうなのか、名前が。そういえば、君、なんて名前なんだ?
 ……はい! わたしは、1年B組の……
その、淡く滲む水彩で描いたような薄紅の頬。甘いシロップに浸した果実みたいにふっ
くら輝くさくら色の唇から、花の名前を口にする。細い指先が、顔の輪郭にかかる栗色
の髪をかきあげた。晒された薄い朱色の耳朶には、まるでピアスホールのような小さな
ほくろ。竜児の心臓をまっすぐに突く、見てはいけない艶めかしさである。
そして、小一時間過ぎ……

 ……うぅん ……う、んん……っ……んうぅ……
 その、少しも変な事ではないんだ。男子のおしべと、女子のめしべが、
 ……あぁあ〜……あっ、あっ、そこっ! いやんっ……あぁぁ……っ!……

熱く、悩ましくもピンク色に、むんむんねちねちとふたりは花の話を続けるのであった……

***

 平日の朝というのはどこの家庭もバタバタ忙しいもので、高須家もその例外に漏れず、竜
児は狭いがきっちり整理されている台所でせわしく動き続けていた。昨日とは打って変わっ
て、雲ひとつない日本晴れ。関東では5月が一番日照時間が長いという豆知識がテレビから
流れており、それを耳にしながら、竜児は小さな窓から差す光の熱を頬に感じつつ、朝食と
弁当と泰子の昼食を作っている。

「おうっ、洗い終わったか」
 ベランダの洗濯機が電子音を鳴らし、完了の合図を知らせてくれる。竜児は朝食を卓袱台
に運び、弁当を詰め、昼食をラップに包み、朝飯前に洗濯物を干すために、ベランダへ向う。

「春田臭が取れねえ……ヨダレ出し過ぎだろ、それとも変な液体出しているんじゃねえか?」
 竜児は洗ったシーツの臭いを確認。2度洗いしようかと自問自答するが、洗濯する前処理を
自らが怠ったのと、なんといっても洗剤や水がMOTTAINAIので、さっき知った5月の日照時
間の長さに期待、太陽の紫外線による殺菌作用に望みを託す事にしたのだった。

「竜児」
 パンッと、ベランダでシーツのしわを伸ばす竜児に、斜め上から声が降って来た。見上げた
窓には、太陽の光に心を浄化されて欲しい候補ナンバー1。大河が見下ろしていた。腕を組み
ふんぞり返っている。よく見るポーズなのだが、服装がパジャマだった。

「ねえ竜児。今度、みのりんの家に行くんでしょ? あんた、どんな服着てくつもり?」
「おうっ! 何故それを! ……お前には、情報筒抜けなんだな、別に構わねえが。着ていく
 服なんて、何も考えてない。なんでだ?」
「やっぱりね。そんな事だろうと思ったわ……よっしょっと……ゴソゴソ……ほい!」
 大河は一抱えもある黒い箱を竜児めがけて放って来た。とっさに両手を出して受け止める。
しかし受け止めたのは竜児の両手ではなく、鼻だった。見た目ほど箱は軽くないのだが、どん
なに軽くても、角っていうのは硬いのだ。平和だった朝の惨劇。竜児の鼻血は赤かった。

「ってーよ! なんなんだよこれ? うわわっ、シーツに血が付いたじゃねえか!」
 垂れ流れる鼻血に構わず、竜児は箱を御神輿のようにワッショイワッショイしながら猛抗議。
しかし大河の耳には野良犬がキャンキャン鳴いているほどにしか聴こえていないようだ。遺憾
よね、とまるで人ごとのようにさらりと言い除けてしまうのだ。そんだけかよ! 竜児は叫ぶ。
「うっさいわねえ……近所迷惑でしょ? それ、スーツだから。みのりんちに行く時に、それ
 着て出掛けるのよ。みのりんのパパとママに、ちゃんとした格好をして、誠意を見せるの。
 あんたただでさえ、顔面にハンディキャップもってるんだから、最低限のマナーよ。マナー」
 大河は、これはみのりんのためなのっと付け加え、竜児にご教授くださる。若干悪口も混ざ
っていたような気もするが、箱に刻まれた文字を見て、竜児は反論どころか動揺してしまう。
「ここここれ、グググッチじゃねえか!ここんなの……いいのか? かかか、借りちゃっても!
 どどど、どもりが止まらねえ……」
「貸すんじゃない。プレゼント。貰いもんだけどね。わたしが実家出る時に、業者が間違って
 持って来ちゃったんだけど、どうせ実家に返しても、サイズブカブカで直すの面倒くさくっ
 て誰も着ないし。みのりんとの交際記念よ。プレゼント」
「プレゼントだとぉ!? そんな訳いかねえ! クリーニング出して返す」
「いらないわよ、有難く受取りなさい。だいたい返してもらっても処分しちゃうだけだし。そ
 れにわたしの部屋のクローゼットが空いて助かるわ」
 あんな広いウォークインクローゼットが、スーツ一着分空いたからといって、どうって事な
いだろうと思うが……しかし処分なんてMOTTAINAI! その上、竜児と実乃梨の交際記念な
んて大河にここまで言われて、その好意を無にするのもどうなんだと竜児は自問自答。
「わかった。ありがとうな、大河……」
「これは、みのりんの為でもあるんだから。しっかりやんな」
ぴしゃっと窓が締まる。竜児は鉄サビの臭いがする鼻をすすった。

***

 同時間。櫛枝家では、ちょっとした押し問答が繰り広げられている。
「いやだ。会いたくない」
「だめよぉ。もう約束しちゃったんだからぁ。ちゃんと会ってくださいよね、お父さん」
「大体、実乃梨はまだ高校生だろ? 勉強や部活で、男を作るなんてまだ早い」
「お父さん、今年のバレンタインデーに、お姉ちゃんからチョコレート貰って、他にあげる奴
 いないのかーって、言っていたじゃないですか。忘れちゃったんですか?」
「そ、それはだな、あいつが恋愛なんか、幽霊や、UFOみたいに、現実味がないって変な事
 言うから言ってみただけで……本意じゃない」
「そんな事言わないでお姉ちゃんの恋愛をちゃんと応援してあげてよ、お父さん。そうそう、
 今日、帰りに理容室に行ってよ? そんな頭じゃあ、お姉ちゃんに叱られちゃうわよ」
「知るか! とにかく俺はその何処の馬の骨か判らない奴なんかに会わない。勝手にやってろ!」
そうヘソを曲げて実乃梨の父親はバタンと玄関を出て行ってしまった。

「あらあら、娘の彼氏に嫉妬しちゃって……ってか、お姉ちゃん遅いわねえ。……心配ない、か」
いつもならコンビニの早朝バイトからとっくに戻って来ている時間。母親はテーブルの上に投
げ捨てられた新聞を拾い上げ、毎日楽しみにしている4コマ漫画に目をやったその時だった。

「どわああああっ! 遅くなった遅くなった!! 午前シフトのおばちゃんが遅刻してさ〜!
 まいっちまったよっ! お母さん、今何時! そーね、だいたいね〜♪」
「おかえり、お姉ちゃん。余裕ねえ……え〜っと……はっ、八時だよ!」
「全員集合〜! なななんて余裕なんかねーよ! ヤベーヤベー!! 遅刻じゃああああっ!」
 実乃梨は自室に入るなり、ドタドタ、ガタガタ、宇宙的に軟弱な奴……! ぎゃびり〜ん!
……と、騒がしく慌ただしく学生の聖衣(クロス)であるブレザーを装着。まるでマンガのよ
うに食パンを口にくわえて、遅刻遅刻!っと、実乃梨は大慌てで家を飛び出ていったのだった。

「食パン少女もギャグよねえ……お姉ちゃんこんな時まで……いったい誰に似たのかしら?」
 と、学生時代の自分そっくりな自慢の娘から、4コマ漫画に視線を戻す母親。新聞によると、
竜児が来る5月の第2日曜日はマザーズ・デイ。母の日らしい。

***

「あーっ! 竜児くん待っててくれたの? ごっめーん!」
「おうっ実乃梨! いいから! まだ間に合うぞ!」
 いつもの交差点で、実乃梨の彼氏様、竜児は鬼コーチのような眼をギラつかせて待っていて
くれていた。怒っているのではない。めずらしく時間に遅れた実乃梨を心配していたのだった。
 信号が丁度、ブルーに光る。竜児はバトンリレーのように、実乃梨が追いつくと同時に走り
出した。しかし竜児が強く握りしめたのはバトンではなく、実乃梨の右手だった。竜児は左手
から伝わる安心感、充実感で、心が満たされて行く。同様にコンビニから走りっぱなしの実乃
梨も、疲労がすっ飛び、気合いが入るのが自分で判る。大地を蹴る脚に力がみなぎる。

「はあ、はあ、竜児くんって……まるでユンケルだよね? Powered by RYUJI、はあ、はあ」
「なんだっ、はっ、そりゃあ、はっ、意味、わかんねえよ、はっ」

 結局ふたりは始業時間にギリギリに教室に飛び込んで、間に合ったのだが、担任のゆりは既
に教壇に立っており、
「おはよう……ございま……す……、高須くん、櫛枝さん……だっ大丈夫ですか?」

 すでに着席していたクラスメート達に、ふたりはダブル鼻血を披露してしまったのであった。

***

 大橋駅周辺は、この辺りでは一番の繁華街で、駅ビルを中心に若い連中が好みそうな店舗が
立ち並ぶ商店街があり、近くに住む奴らはとりあえず駅前を目指してノコノコやってくるのだ。

 定時に仕事を終えた実乃梨の父親は、娘の彼氏とやらには会うつもりは毛の先ほどもなかっ
たが、若干伸びて来た毛の先を整えてもらおうと、商店街にある馴染みの理容室に向っていた。
これはあくまでも、娘の為であって、決して娘の彼氏の為ではないのだ。そう良い聞かせながら。

 赤と青がくるくる回る伝統的なポールが店先で迎えてくれる昔ながらの理容室には、平日だと
いうのに、おじいさん、おじさん、おにいさん、ガキンチョまで、老若分け隔てりなく、男だら
け、男まみれ状態。おっさん向けのゴシップ雑誌をめくってたり、ゴルゴを読んでたり、ケータ
イ弄ってたりと、それぞれが全力で時間つぶしをしている。実乃梨の父親はどこかで見覚えある
気がする学生服を着て、参考書にかじり付いている高校生の隣、ソファの端っこに、浅く座った。

ピ〜ンポ〜ン、パ〜ンポ〜ン
 ウエストミンスターの鐘の音と一緒に、いかにも中年っ! という小太りの男が入店する。で、
「おお、魅羅乃ちゃんトコのお坊っちゃん! また奇遇だねえ。そぉ〜だ、いつかのお花見の時
 は付き合わしちゃってすまなかったねっ。魅羅乃ちゃんに、キツ〜く、お灸を据えられたよ」
「どうもこんばんは、稲毛さん。いつも母がお世話になっております。お花見の件は、俺の中で
 無かった事になってますから。平気っす……それより、その呼び方やめてくれませんか……」
「じゃあ、竜ちゃんでいいやな。そんなに伸びてないのに、髪の毛切るのかい?」
 頭頂部の毛根が絶滅してしまっている中年に言われるのもどうかと思うが、学生はオトナの対応。
「いえ、今度彼女の家にお呼ばれしてるんで、髪先だけ整えようと」
 前髪をクイクイ引っぱっているこの学生さんも、彼女の家に行くのか……ウチと一緒だな……
 どれどれ……と、ちょっと、興味を持つ実乃梨の父親。

「竜ちゃん、奥……彼女出来たのかい? やったなあ、おめでとう! 今度お祝いしなきゃぁな。
 そうそう、全然話し変わるけどさ、この前俺の誕生日に、朝まで魅羅乃ちゃんに愚痴聞いて貰
 ったちゃってさ、お礼になにか、プレゼントしたいんだけど、何が良いかな〜……ちなみに竜
 ちゃんは最近、お母さんになにかプレゼントしたりしたのかい?」
 聞けば竜ちゃんと呼ばれている学生さんは、どうやら彼女が出来たばっかりらしい……ますます
ウチと一緒だ。今の実乃梨の父親の聴覚は、三里先に落ちた針の音さえ聞き分けられるだろう……。
学生は、少しだけ悩んだ素振りを見せるのだが、ハゲ中年に答えた。

「俺っすか? ……そっすね、これからプレゼントするんですけど、今度の母の日に、100
 円ショップで買ったヘアピンに、彼女がデコ電作った時に余ったスワロを散りばめて送る予
 定なんです。俺、バイトとかしてないから、安上がりで、母には悪いですけど……」
「何言ってんだい竜ちゃん! すごいじゃねえか。手作りのヘアピンとか魅羅乃ちゃん、最高
 に喜ぶって。竜ちゃん手先器用だからなぁ。竜ちゃんなら彼女の両親に気にいられるよ」
 ふうっ、ハゲ中年はやっと話が一段落し、実乃梨の父親らが座っているソファーの右隣にあ
るスツールに腰を下ろす。ハゲ中年の逆側、左側には、母の日に手作りのプレゼントを贈る、
感心な学生さんが、参考書を再び開く……気の迷いだったのだろう。実乃梨の父親は、せめて
この学生さんに現実の厳しさを教えてあげよう。そんな、超おせっかいを思い立ってしまい、
思わず声をかけてしまった。

「……君、彼女の父親に会うのかね?」
「ええ? ……はい。そうっすけど」
「ウチの娘も、今度彼氏連れてくるんだが、君。期待しないほうがいいぞ。どんなイケ面だろ
 うが、金持ちだろうが、家事ができようが、父親ってのは娘を誰にもやりたくないんだ。俺
 だって、娘の彼氏とは会わないつもりだし、会っても仲良くする気はない。わかるか?」
 ……何を言っているんだろう俺……たかが彼氏だし、別に結婚する訳ではないし、しかもこ
の学生さんは無関係だし……でももう言っちまった。覆水盆に返らず。

「はあ……はい。想像でしかないですけど、父親ってそれだけ娘のこと、大切なんですよね」
 目を合わせた学生さんをよく見たら、凶悪ヤンキー面だった。ハゲ中年との話の内容からも
っと、真面目っぽいイメージだったのだが、この学生さんはそうとう第一印象で損するのでは
ないか……もし、実乃梨の父親でも、聴覚ではなく視覚から入っていたら、怖くてこの学生さ
んに、声を掛けなかったであろう……
 その学生さんの表情が、興味の色を示す。彼も父親の立場からの意見を聞いてみたいのだろう。前のめりになっている。実乃梨の父は、ここぞとばかりに娘の前ではとても言えない胸の
内を曝け出した。

「そうなんだよ! 俺は娘が大切なんだ。世界で一番愛している。誰にも負けんっ」
「は、はい!……俺も、相手の父親の次に、彼女を、あっ……愛せるようにするつもりっす!」

 暴走した父親につられたとはいえ、こんな公衆の面前で真っ赤になって愛を叫ぶ学生さん。
見た目は、ヤンキーだが、なかなかの純情ナイスガイなんじゃないかな?と、実乃梨の父親は
勘ぐりはじめる。もしかしたら、彼とは結構話が合うかも知れない。

「父親の次っていうのがいいな。超えられない壁ってのはある。がんばれよ……君、父親は?」
「いないです。うちは母子家庭なんで」
「す、すまない、初対面で込み入った話してしまって」
 若い学生に、クドクド話をするのは、オヤジ的には気持ち良いもので、つい調子に乗ってし
まった実乃梨の父親。一気にクールダウン。口調も自然にかしこまる。しかし学生さんは、
「平気です。全然気にしないでください。おうっ、順番みたいですよ。行きましょう」
さらりと流し、理容室のおじさんに呼ばれ、電動チェアーへ向う。ちょうど同時に席が空いた
ので、実乃梨の父親と学生さんは隣同士に座るのである。

「はい、前髪カットするから動かないで。聞こえちゃったけど、彼女の家に行くんだって? 
 若さっていいねえ〜。おし、まかして。誠実で、清潔っぽくしようね、きっと似合うから」
「おうっ!」
ぱつん! と真横、一直線。端で見ていた実乃梨の父親も息を飲むほど、見事な直線で眉のラ
イン、学生さんの前髪は切り揃えられていた。目撃したハゲ中年、稲毛氏も、タバコを落とす。
それは決して、『失敗カット』というわけではなかったらしい。理容師のおじさんはご機嫌で、
学生さんの前髪をどんどん短く、まっすぐに揃えていく。学生さんはなにも言えないまま、切
られていくのに大人しく身を委ねている。思考停止状態で固まっているのかもしれない。
その間にも鼻先に、ちょきちょき髪の束は落ちていく。

「おいおいちょっと! ストーップ!! 大丈夫かい、竜ちゃん! 気を確かに!!」
 見かねたハゲ中年が割って入り、はさみの動きを止める。理容師のおじさんは目を丸くする。
「もう21世紀なんだからさ〜、オカッパはネエよなあ。こんなダサダサヘアーじゃあ、彼女
 の両親に会えねえよなあっ! そうだ竜ちゃん、俺の髪の毛を少し分けてやろう」
「おうっ! そんな大切なもの! 稲毛のおじさんの気持ちはスッゲー分りました。全く問題
 無いっす。理容師のおじさんも、ワザとじゃないようですし……」
 そっかあ、ごめんよお? と、理容師のおじさんは、学生さんの前髪にはそれ以上手を付け
ず、周りの毛先だけキレイに揃えていく。そして出来上がった姿を見た、実乃梨の父親は、昔
テレビで見たスタートレックに出て来たバルカン人のハーフを思い出す。これは惨い。

「平気です。俺の彼女は、こんな髪型になっても、俺の事、嫌いにならないだろうし、たぶん
 そのご両親も、外見では人の事、判断しない方だと思いますから。会った事ねえけど……」
「ほんとうにごめんなあ。じゃあ、今日のお代は奢らせてくれないか? 彼女によろしくね」

学生さんが帰った10分後に店を出た実乃梨の父親は、外見で判断してしまう自分について、
いろいろ考えながら、家路に着くのであった。

***

「……なんで、オメーまでいんだよ。見せモンじゃねえから!」
「姉ちゃんの彼氏だろ? 紹介してよ俺、兄貴欲しかったし、あとどんな物好きか見たいじゃん」
「竜児くんが、ウチに来るなんて超嬉しーのに……超ブルーな気分なのはナゼ……オメーのせい
 だ、みどり! マジ竜児くんに嫌われるような事すんなよな! ぶっ殺して生き返らせて、
 もう一回ぶっ殺してやるから! ダブルジョパティー、完全犯罪……」
 竜児が来る日曜日。久しぶりの姉弟の仲良いケンカにテンション上がりまくる母親。ノリノリだ。
「いやああ、なんかお見合いみたい? 結納の挨拶? わたしも緊張する〜!」
「かか彼氏なんだから、へんにギクシャクすんの嫌だからよ! 話を広げるんじゃねえよ!」
「だって姉ちゃん、わたしが付き合う彼氏は、旦那になる事が絶対条件〜!! って言ってたじゃん!」
「っ!! オメー竜児くんの前でそんな事言うなよな! 死ぬから。わたし顔から血ぃ噴くよ!!」

「まあ、お姉ちゃんったら大袈裟ねえ……あれ? そういえばお父さんいないわね……逃げたな」
 ワザとらしくオーバーに額に手を当て探すそぶり。みどりは調子づく。
「こういうのって、昼ドラでよくあるよね? 娘の彼氏と父親との直接対決!」
「対決させんなって! みどり、後でヒドイからね! てか、マジお父さん失踪したのかな」
「時間が解決してくれるさ。な? 姉ちゃん」
「なにが、な? だ! 偉そうに……あっ、竜児くんかな?」
玄関から呼び鈴の音。扉の向こうには、ブラックのスーツに不釣り合いなエコバッグに食材を
タンマリ詰め込んだ、緊張で鋭い目つきをさらにギンギンさせた男が突っ立っていた。

***

 実乃梨の父親は、土手が見える橋の上にいた。そろそろ娘の彼氏とやらが家に着いた頃だ。
全寮制の私立に進学させた息子、みどりが戻って来ているのもあり、家で息子と色々話がした
かったのだが、娘の彼氏とバッティングする覚悟を決める事が出来なかった……
 理容室で会った学生さんに、現実を教えてやると、偉そうに言った割に、現実から逃げ回っ
ているのは、蓋を開ければ、自分自身なのであった。

 どれくらい時間が過ぎたのだろう、いつの間にか辺りは暗闇に包まれ、外灯が点灯し始める。
橋の上に中年男性が独りで川面を見つめている……そんな自殺でもしそうな不審な姿の実乃梨
の父親に声をかけるブラックのスーツを纏った、その筋の若頭に見えなくもない男が現れた。

「あ、どうも、こんばんは。先日はありがとうございました」

「おわっ! なんだ君か、脅かさないでくれ。今日は決めているじゃないか。そんな格好して
 るってことは、彼女の家の帰りだな? どうだった、相手のご両親に気にいって貰えたのか?」
 そう訪ねると学生さんは俯き、苦笑いした。どんな感じだったのか察しがつく。
「ええ……ただ、お父さんに嫌われているみたいで……残念です。あなたはどうでしたか?」

「ははっ、俺も一緒だよ。だから言ったろ? 期待すんなって。まあ、気を落とすな。君の気
 持ちが変わらなければ、いつかは理解してもらえるさ。俺が今の妻を娶る時も、簡単にはい
 かなかったからな。もう帰るのか?」

「母がそろそろ仕事なもんで、母の日のプレゼント渡したいんです」
「ヘアピンだったっけ? よかったら見せてくれないか?」
はい。っと、学生さんは、内ポケットから、小さな箱を取り出し、キラリとオレンジに光るヘ
アピンを取り出した。
「綺麗だな……悪いヤツにはこんな繊細なもん作れないよ。君ならきっと……まあ、いい。俺
 も帰るよ。母親大切にしろよ。あばよ」
と、実乃梨の父親は、踵を返し、スイートホームへ向かう。

「お父さん、どこ行ってたんですか? 竜児くん帰っちゃいましたよ?」
「竜児くん?……ああ、ヤツの事か」
「ヤツとか言わないの! 竜児くんのお料理、すっごい美味しいの! お父さん、食べてみてよ」
 ほれほれっと、竜児の手料理を差し出す。実乃梨の父親は煙たそうに手を振る。
「いらん。ビールだけでいい。みどりは?」
「お姉ちゃんとバッティングセンターに行ったわよ。みどりも竜児くんと、仲良くなってくれた
 わ〜。竜児くん、とってもいい子よ〜。お姉ちゃんには勿体無いくらい。我が娘ながら、男見
 る目あるわねっ。竜児くん将来、お婿に来て欲しいわ〜!」

「バカらしい!……あれ?」
 そういう妻の髪に、見慣れないアクセサリーがオレンジ色に揺れている。
「お、お前……そっ、そのヘアピンどうしたんだ?」
「いいでしょ? お姉ちゃんがくれたのよ? 母の日! うふ! オレンジって、若いかしらね?」

 実乃梨の父親は、凍り付く。まさか、あの学生さんが……。
背中から押し寄せる。後悔と、罪悪感。そして……ゆっくりと、竜児の料理に手を伸ばした。

「……これが、竜児くんの……手料理か」
父親は一口、口に入れた。じっくり、奥歯が軋むほど、万感の想いとともに、噛み締める。

「竜児くんの料理。旨いが……しょっぱいな……」
「しょっぱ?……あれ? ちょっとお、……もう……お父さん、泣かないのっ」

 ━━17年前の4月。実乃梨が、生まれた日。

 病院で父親は初めて自分の子供。娘の手を握った。
生まれたてのその手は、ほんとうにちいさく、脆く、熱かった。
生命の神秘を、力強さを目の当たりにし、心が震え、涙が流れた。
こんな激情が自分にあったのかと驚くほどに。

 太陽のような笑顔を見せたわが子は、可愛らしくて、愛しくて……
幸せを噛み締め、この娘のために生きようと思った。
 幸せになれ。と願った。

 病院の帰り道。5枚の白い花びらを広げ、ナシの木が、咲いていた。
それを見て、父親は、わが娘の名前を『実乃梨』と決めたのだ。

 ナシの花言葉は、 『愛情』 である━━


「竜児くん……逢わなきゃならんな……」
「そうね……はい、ビール。今日はわたしも付き合うわ」
「ああ、乾杯しよう……あいつらの……未来に……」
実乃梨の父親と母親は、それ以上何も語らずグラスを掲げ、静かなリビングに、
チンッ、というグラスが当たる音だけが響く。

 幸せになれ。

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