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353 みの☆ゴン117〜125 ◆9VH6xuHQDo sage 2009/12/13(日) 22:21:31 ID:Lt/bjPBO



 独身でおなじみ恋ケ窪ゆり(29)は疲れ果てたように片膝をついてグラウンドにしゃがみ
込んでいた。その哀愁漂うゆりの背中を、生徒たちは温かい目でただ見守っているのである。
 ゆりは今し方終わった仮装行列でサンタクロース役に扮し、肌色の多い開放感あふれる足
出しヘソ出し・ミニスカサンタ?……姿を全校生徒に披露してしまった。ごく一部の熱狂的
マニアどもは狂喜乱舞の大喝采だったが、ゆりはそんな信者のオベーションを受けつつも、
自分の中の大切に育んできたなにか失った気がして、取り囲む教え子たちのことも忘れ、肩
を震わせ息も絶え絶え、もしかしたら泣いているのかもしれなかった。
そこにそっと歩み寄り、手を貸してやったのは亜美だ。
「先生しっかり、気を確かに。ミニスカサンタ、素敵でしたよ?……先生ってスタイルいい
から、これからももっと身体のラインを出さなくちゃ。武器ですよ、ぶ・き。独身なんだか
ら、ラブもおしゃれももっと貪欲に楽しみましょうよ?」
「か、川嶋さん……」
 体育着姿に戻った天使は、ゆりに抱きしめられる。ありがとう、ありがとう……何度も繰
り返すそのとき、

『──さあ諸君、ラストゲームの時間だ』
 仮装行列の余韻の残る大橋高校のグラウンドに、おっさん臭い、しかし凛と張った女の声
が拡声器を通して響き渡る。グラウンドの中央に現れたのは生徒会メンバー総勢六名。その
中央でハンドスピーカーを抱えて楽しげに呵呵大笑するは全生徒の心の兄貴・頼れる親分こ
と生徒会長、狩野すみれである。

『それではこれよりサプライズ競技『借り物競走』を開催する』
 ほおおっ……と、わざとらしい喚声があがる。すみれはそれをまあまあと、手で抑える。
『あー、ルールは簡単だ。スタートして設置されたネットの下をくぐり抜けたら、白いボッ
 クスの中から1枚紙を引く。その紙に書いてあるお題を持って、ゴールを目指す。得点は
 一着が100点、つまりほとんどのクラスが優勝のチャンスがある!この競技は自由参加
 だ。参加希望クラスは代表者を選び今すぐスタート地点に集合せよ!』
 ときっぱり言い切るや否や、
「いままでの競技はなんだったんだよ!」「お約束過ぎるだろ!」「あほくさっ!」
 歓声よりは、野次の方が大きく響いた。それはブーイングとなり、グラウンド上の生徒会
に向けられる。しかしすみれはあくまで冷静、文句を包容力たっぷりの笑顔で受けとめる。

『私たちのクラスが520点でトップなんだぞ? 510点で追い上げる2ーCが文句言う
 なら分るが、3位のクラスでさえ、たったの460点じゃねえか。それとまだ説明は終わ
 ってねえ、最後まで聞け。この競技に出場して、優勝を逃した全クラスにはペナルティが
 ある。総合優勝したクラスが免除になる共用部分の清掃。さらに毎月町内掃除大会も強制
 参加を交代で担当してもらう。もう一度言うが、この競技は自由参加だからな。出たくな
 いクラスは出なくてもいい』
 じゃあ誰も出ねえよ、しゅーりょー、と観客のボルテージは下がる一方。しかし、


『おっと、言い忘れるところだった。この競技で優勝した者個人に二つの賞品を進呈する。
 ──まず第一に、スーパーかのう屋の特製ショッピングバッグ。中身はこの私の三年間。
 一年生の四月からの各教科ノート、全定期試験の答案、解答……すべての教科できちん
 と残してあって、そこいらにある参考書以上にミッチリした内容の濃いモノなんだが……
 私は全て暗記しちまって、いらんもんなんだが、捨てちまうのもなんだしな。それと第二
 に……おい、さくら。こっちに来い』

「え? なあに? お姉ちゃん」
 『狩野姉妹』の存在を、校内で知らない者はいない。すみれに呼ばれてグラウンドの中央
にむちむち歩み寄るさくらは、不安げに唇をいじりながら、ほんわかとした優しい空気を振
りまきつつ、すみれの元へたどり着く。ぽえん、というか、とろん、としながらもこの女子
は『あの兄貴』の妹なのだ。お姉ちゃんと呼んじゃった事をすみれにポカッと注意され、大
きな二つのふくらみがぷるんと揺れた。はっきり言って、エロい。
『この競技の後にやるフォークダンスで、うちの妹のパートナーになってもらう権利だ。賞
 品としてどうかと思うが、まあ、予算の関係でな。ちなみにさくらに彼氏はいない』
「ふああ〜んっ!お姉ち……会長〜っ!そんなの優勝した方に失礼だよ〜……ですよ〜……」

 もじもじするさくらは、全男子生徒の注目を浴びる。さくらが湿って肌に貼り付く髪をか
きあげた拍子に、なめらかなミルククリームみたいに無垢なわき腹が覗き、甘いオーラを匂
い立たせていた。
 それまでのブーイングが、じわじわと波紋が広がるように、その温度を変えていく。
「入学以来三年間成績トップ独走の狩野兄貴の、ノート……?」
「満点マークも当たり前の、『あの』生徒会長の全試験の答案? 勉学の、足跡?」
 ざわめきはやがて、熱狂を帯び始める。特に、成績がやばそうな連中やそろそろぎりぎりが
けっぷちの三年生が、こぞって顔を突きあわせて「出るか?」と相談を開始する。天才・狩野
すみれの勉強グッズ、それはあまりに魅力的な景品であった。
 そしてすみれの思惑通り、一部の男子は、
「え、出る奴いんの!? マジ!? ……じゃ、じゃあ、狩野姉妹の妹と、踊っちゃったりするって
 のもマジ?」
「……仲良く、なっちゃったりして……」
「……ありえ……たりして……」
 眉をハの字にしてクネクネしているさくらの姿をチラチラと見上げ始め、
「……決めた! 俺は出る!」「うそ! マジで!?」「おっしゃ!俺も出る、めざせ優勝!」
「あたしも兄貴ノート欲しい!」
 名乗りを上げる奴らが出始める。盛り上がりを見せる生徒たちを、すみれはニヤリとほくそ
笑み、

『おら、心が決まった奴らは全員、グラウンドのトラックに集合───────っっっ!』
 という号令に、うぉーいっ! と大多数の野太い声と、女子の甲高い歓声も混じるのだった。

 ──そしてぞろぞろと移動を始める奴らの中に、北村の姿もあった。

 北村は別に、兄貴ノートなんか必要なかった。さくらとのダンスだって、別にどうでもよか
ったのだ。しかし、
「よし!」
気合を入れ、北村はアップを始める。その眼差しは、大河に告白された時。その答えを保留し、
決心した時の真摯なもの……それであった。この想いに決着をつける、その最大のチャンス。

つまりそういう事だ。

***


「位置について! ──用意っ!」
 ──パンッ! とピストルが弾けた。結局ほぼ全部のクラスが出場し、スタートラインでは
ルール無用の悪党どもが後ろからシャツを引っ張ったり、浮いた足を払ったり、土を掴んで目
を狙ってブチまけたり、醜い争いが火花を散らす。その混乱の中を、全力疾走でトップで抜け
出すのは北村祐作。誰よりも早くネットの前に到着、腹這いになり匍匐前進でズイズイ進んで
いく。

 そんな北村の奮闘を一顧だにせず、グラウンドから生徒会席に戻ったすみれは、折りイスに
ドカッと腰を下ろし、騎馬戦の傷も痛々しい生徒会庶務・富家幸太に質問を浴びせる。
「おい幸太。借り物競走のお題を作るのは、てめえの庶務として一発目の大仕事だったわけだ
 が……いったい何てお題書いたんだ?」
 幸太はポケットの中をまさぐり、差し出された生暖かい薄っぺらな紙切れを取り出した。
「そんなこと言われるんだろうなと思ってリストにしてあります。え〜っと……はいこれ」
 すみれはそれを引っこ抜くように受け取り読み上げる。
「えー、なになに?……自転車に轢かれて川にダイブした事がある人……うむ……入試前日に
 車に轢かれた事がある人……ほお……入学式前日に盲腸になった事がある人……人……人……
 幸太てめえ! 『借り物レース』っだっつーのに、『人』かよ! てか、これ全部、てめえ
 の事じゃねえか、このバカタレが!」
 スパーンと幸太の傷あとを豪快に平手で引っ叩き、生徒会席周辺に悲鳴が轟く。
「痛ったぁ! 会長っ、ヒドい! 『物』もありますって、よく見て下さいよ。下です、下!」
 涙目の幸太の説明に、疑わしい目を送り再び一覧表に目を落とすと、グラウンドの選手たち
から悲痛な叫び声が飛び交う。

「すいませーん!誰かクロエのパディントンバッグ〜! 持ってたら貸してくれ〜」
「どなたか、おしりかじり虫のCD持ってませんか〜!!」
「タスポ持ってる生徒いますか〜……くっそ〜! いる訳ねえっ!」

「……おい幸太。てめえふざけてるのか? こんなの誰もゴール出来ねえじゃねえか! 例え
 ば革靴とか、携帯電話とかっ! もっと普通のお題ねえのかよっ!」
 ドン! と、テーブルにすみれの拳が振り下ろされ、その迫力にビビる幸太だが、
「ありきたりのお題にするなと言ったのは、会長じゃないですか〜。 そんな事言うなら俺に
 やらせないでくださいよ!」
「おっ、てめえ口答えしやがって……しかしだな、物事には程度ってもんが……お?……
 なんだ北村、真面目くさったツラしやがって。やばいことでも企んでんのか?」

 幸太の胸ぐらを掴んでいるすみれの目の前に、北村が現れる。息を切らし、肩が上下に揺れ、
何かを決意したような、真剣な眼差しをすみれにぶつけている。
「会長……俺と一緒にゴールへ行って下さい。俺のお題は……俺は、」
 ただでさえ真面目な外面の北村が紡ぐその緊迫した言葉尻に、周囲の空気はシリアスさを一
層増していく。対するすみれは苦虫を噛み潰したような顔になり、幸太の渡したリストは、す
みれの拳の中で、パチンコ球ほどに小さく丸め込まれ、堅くなる。──そして、

「北村くん……」
 それを敏感に察知したすみれの背後にいる小さな影がふるえた。理解した。そういう顔をした。
見たく無い。そんな感じに大河は突然席を立つのだった。

***


「大河?」
 2−Cの応援席にいる実乃梨は、ふと眺めた近くの生徒会席で、逃げ出すように後退りする
大河を見つけてしまう。その動きを見て、おかしい……大河に何かが起きている……そう感知
する。実乃梨の表情が険しくなり、そして、気付けば身体は動き出していた。

「どうした実乃梨? おうっ待てっ! どこ行くんだよ!」
 突然走り出す実乃梨の後を追う竜児。速い。突き放される。置いていかれる。しかし数メー
トル先にいた大河に抱きついた。その実乃梨が抱きしめる大河の白い肌は、だんだん蒼みを帯
びていく。

「お題は……俺がゴールラインへ連れていくお題は、『好きな人』です。俺は会長が……あな
 たの事がっ、好きだっ!」
 北村の声に竜児の心臓が凍り付く。同時に生徒会席にいた周りの生徒たちがササッと引き、
ぽっかり空間が出来る。騒がしい会場で、この一帯だけに静寂が訪れる。震える北村の真っ赤
な唇は続きの言葉を吐いた。

「……俺のせいで迷わせている大切な人がいて。ただ俺もまだブスブスした想いで迷っていて。
 でもやっぱり、どうしても、伝えたかった! 訊きたいんです! 会長の気持ちを……望み
 はゼロですか? 俺と会長の間には、特別な縁などないのでしょうか?」
 竜児も含め、ギリギリ会話が聞き取れる範囲内に大河を抱く実乃梨の姿がある。さらに声が
届く範囲の生徒たちは揃って、ぽかんと口半開きになっている。唐突な告白についていけてい
る奴は誰もいない。そして次第に辺りがざわつき始めた。
「告白……?」「告白、だよなあ、今の!」「なにどういうこと? 兄貴に告白? 熱っ!」
 北村の耳の先まで血の色に染まる。すみれの顔色は、しかし変わらない。いつもどおりすみ
れは立ち上がり、腕を組み、閉じていた眼をゆっくり開く。と同時に口もゆっくり開くのだ。

「北村。生徒会の記録アルバムに書いた『将来の夢』。前会長が何書いたか。憶えているか?」
 想定外の質問にたじろぐ北村。混乱しつつも、質問に答える。
「はい。……『世界一早い馬と走る』……です。しかし会長っ!」
 叫び続けようとする北村の言葉を遮るようにすみれはゆるやかな口調で語り出す。

「私はな、前会長の事が好きだった。二年間想い続けてた。ただな、去年の夏休みにその夢を
 聞いて、私とは違う大きな夢を知って……きっぱり諦めようって決意した。そして誰よりも
 まっすぐに心の底から会長を応援しよう! と決めたんだ。そして……」

 すみれは一息つく。北村のレンズの奥は見えない。
「私も……運命は決まった。動き出した。アメリカの宇宙工学の教授に直々に大学に招かれて、
 夢物語ではなしに、本当に、シャトル開発の勉強を始めるんだ。エンジニアとして、人類が
 いまだ到達していない世界を見てみたいんだ……だから北村、てめえとは違うんだ。ゴール
 ラインが。私が走るトラック上に、交わる事はあっても、共に走る事はねえ。違うんだよ。
 それは好きとか嫌いとか、そういうレベルの話じゃねえんだ……だいたいてめえでも分って
 いるんだろう? 一緒に誰とゴールへ向うべきかを。そのためにこんな面倒くせえことして
 んだろ? 手を差し伸べる相手は、私ではない。その『困らしてる大切な人』なんだろうが。
 ……おい北村。その紙切れを貸せ」

 瞬間、北村は強張る。眼鏡越しの目が揺れる。かまわずすみれは紙切れを奪い取る。
「くっ、やっぱりな。この紙白紙じゃねえか……幸太のリストにそんなお題書いてねえからな。
 本来なら失格だが……ほらよっ」

 渡されたその紙切れに書かれた文字を見て、北村はすみれに深く頭を下げる。

「……心から、あなたが好きでした! 出会えてよかった! 好きになれて……恋をして、本
 当によかった! 後悔は、ないです! ……ありがとうございました!」
「うるせえこの大馬鹿野郎! 紙に書いている奴取っ捕まえて、とっととゴールしやがれっ!」
 ドスの利いた低い声で放たれた、すみれの言葉には少しの淀みもない。竜児の耳にはちゃん
と聞こえている。きっと北村にも通じている。そして主役を入れ替えるようにすみれは踵を返し、
実乃梨と大河との距離を詰める。が、何もせず、その横を通り過ぎる。実乃梨の肩にポンッと
手を置いたくらいだ。

 すると、大河の視界には北村の姿しか映らなくなる。北村は全てを目撃した大河に語りかけ
る。許しを乞う、子供のように。

「なあ、逢坂。俺は逢坂をゴールへ誘う権利はあるのだろうか」
 驚いたように、大河は目を見開き、大河は、想い人の顔を静かに見つめた。揺れる。滲む。
震える……北村はちょっと笑い、実乃梨に抱きついたままの大河の前に接近する。
「それは……そういうのは北村くんが、決めるんでしょ」
ぎくしゃくと動きを固くする大河の前に、北村はその手を迷わずまっすぐ差し出した。それ
を指差して、誰かが驚いたように声を上げる。おもしろがってヒュー! と口笛を鳴らす奴
もいる。だけど北村はそんなことではビクともしない。
「逢坂が決めるんだよ。イエスか、ノーか。……逢坂大河。俺と、走ってくれますか?」
 大河は下を向いたまま、実乃梨から離れ、北村に近づき、その手をギュッと握るのだった。
「……イエス」
 想い人の顔を見上げる二つの眼球は、銀色の光を帯びて、わずかに揺れ、彼の全てを受け
とめる決心の色を、強さを浮かび出していた。竜児は思う。大河は北村が好きだ。憧れの時
が過ぎ、意識過剰の時が過ぎ、誰も知らない混乱があって……他の女を想っていたとしても、
気持ちが消えることなどないのだろう。
 大河は笑った。顔を見合せた。北村は頷いた。そのまま、走り出す。

「よし逢坂! 行こう、一緒に!ゴールへ!」

 ふたりは手を繋いだまま、ゴールラインへ走っていく。相変わらず混乱しているグラウン
ドを突き抜け、そして誰よりも最初にゴールラインを駆け抜けたのだ。繋いだ手の間にある
紙切れはクシャクシャになっている。それにはくっきりした文字で、『手乗りタイガー』と
書いてあるのだ。

***

「やったー! やったー! やったよー! 俺はやった俺はやった俺はやったよー!」
 実行委員、春田は歓喜の小躍りを続けていた。よほど嬉しかったのだろう、最後のサプライ
ズ競技『借り物競走』を2−Cは制し、ついに総合優勝を果たしたのだ。
 レースの興奮を引きずったまま、春田の両手は誇らしげに天に掲げられていた。ジ
ャージ姿の亜美も春田の傍らでクネクネとぶりっこ鉄仮面装着、
「や〜ん、もう、ほんっとにうれしいよぉ〜! やだな、なんか涙が出ちゃいそう……」
 嘘泣きオプションも装備。2−Cの面々は、口々に「亜美
ちゃんお疲れさま〜!」「亜美ちゃん泣かないで〜!」「あたしも感動してきちゃったよ〜!」
「みんな頑張ったよね〜!」「春田も春田のくせによく頑張った!」──根っから揃って人が
いいのだ。女子の中にはチラホラと本当に涙を浮かべている者もいる。そんな感動の坩堝のど
真ん中、春田は、したり顔で頷き、
「それで俺、思ったんだけどさ。今回のMVPって……ゆりちゃんじゃないかな」
「……えっ?」
一斉に振り返る生徒たちの目はなるほど、と頷き交わしながらキラキラと純粋に輝き、
「……そういえばそうだよな……」
「そもそもゆりちゃんがThe nightmare before Christmasを提案してくれたんだし」
「みんな頑張ったけど、やっぱりゆりちゃんのミニスカサンタも強力だったし」
「同感。MVPはゆりちゃんだ!」
「ゆりちゃん、ありがとう! ……ゆりちゃん、どうしたの?」
 不意の注目を浴びて、ゆり(29)は苦悶の表情でフラフラと足元を怪しくした。
「ん、ちょ、ちょっとね……自分の器の小ささが嫌になっただけだよ……いやだね、大人っ
 て、本当に……あなたたちみたいにハイティーンじゃないし……私……ハイトゥエンティー
 だし もうすぐドモホルンリンクルッ! 注文できちゃうしっ! うわ〜〜〜んっ」
 ゆり(30ー1)の目に、ぶわっと涙が溢れる。あらゆる感情が入り混じった、それは一番ダシ
並に濃厚な涙だ。
 なんて麗しい……光景なのだろう──ゆりを囲んで2−Cの生徒たちは感動の拍手喝采。春
田はゆりの肩を抱き、さりげなく亜美の肩も抱く。
「……あ? 音楽だ」


 スピーカーから流れ始めたのは、ちょっと伸びたテープの、オクラホマミキサー。体育祭の
締め。フォークダンスだ。
「ねえ、竜児くん!踊ろーよっ!」
「おおうっ! いいけどよ……誰も踊ってねえぞ?」
 いーの、いーのっ!っと、誰も踊ろうとしないグラウンドへ実乃梨は竜児をいざなう。優勝
の興奮覚めやらぬ2−Cの面々は、竜児と実乃梨の無茶苦茶だけど陽気で楽しげなフォークダ
ンスに手拍子を打ち始めた。やがて曲は最初に戻り、グラウンドに流れ続けるが、誰も見てい
るだけで踊ろうとする奴などいない。生徒たちはみんな地面に座ったり、立ったまま誰かと向
きあったりしている。そしてグラウンドをふたりじめしている姿を儚げにひとり息をする大河
の前には、いつしか眼鏡の男が歩み寄っていた。

「逢坂。俺たちも踊ろう」
「ふふ。北村くん……ダンスって、どうやるんだろう?」
「手を取りあって、見つめあって、飽きるまで回り続ければいいんだ。きっと」
 北村にエスコートされ、大河は優雅に長い髪をを揺らし、クルクルと踊り始めるのである。

 すると2組のダンスに刺激され、またはうらやましくなったのか、ペアがあちらこちらで出
来あがりはじめる。のだが、

「高っっちゃぁ〜んっ! つれないな〜、みんなで楽しもうぜ〜☆なんたって俺たち最強クラ
 スだっし〜☆」
「おう?」
「うーわあびっくりしたあー? なにをするだー!」
 春田は亜美とゆりを引き連れ、竜児と実乃梨に合流。五人で強制的に輪を作らされる。続い
てキヨミズダイブ級の勇気を振り絞って、麻耶を誘った能登も輪に加わる。そこに、
「はっはっは! せっかくの体育祭のラストイベント、みんなで踊ろうじゃないか!」
 いつの間にか近くにいた北村と大河の手は、それぞれ竜児と実乃梨を捕まえ、北村がさらに
輪を広げていく。
「うひゃひゃ、はずかしいよー! こんなの踊りと違うじゃーん!」
 実乃梨はしかし楽しげに大笑い、 一方竜児は大河の耳元に呪詛にも似た言葉を吹き込む。
「せ、せ、せっかくいい雰囲気だったのに! 邪魔しやがって!」
「やあねぇ、楽しい思い出作りじゃない。……っていうか、私だって、せっかくせっかくせっ
 かく、北村くんと二人で踊れるって思ったのにぃぃぃぃぃ〜っ」
「フォーゥ、美人は手まで柔らかくてあらせられるぜぇ〜?」
「いやあー! 実乃梨ちゃん、指の股責めてくる〜!」
 輪の構成員に無理やりさせられた亜美は、しゃがんでしまおうとしても引き上げられ、
「諦めろ諦めろ、俺たち幼馴染じゃないか。大人しくお友達ごっこするべきだぞ」
「ぎゃあ〜! 春田くん、なんか手が湿ってるぅぅ〜!」
「ぎゃあ、って亜美たん……体質なんだよ〜」
 そうして最強クラスの面々は、グラウンドの中央で、くるくると回りだす。大笑いして、大
騒ぎして、怒って、怒鳴って、やっぱり笑って。周りの奴らにも「ガキみてえ」と笑われなが
らも。


「……」
 すみれは生徒会席からその様子を眺めていた。さらにそんなすみれを観察していた幸太は、
なんとなく話しかけるのだった。

「体育祭大成功ですね、会長。やっぱり俺のおかげじゃないですかね?」
「どの口がそんな生意気な事いってやがるんだ。この口か? あ?」
 幸太なりに気を使ったにも関わらず不幸にも、すみれの逆鱗に触れてしまい、ほっぺたを
吊り上げられてしまう幸太だが、そこに、
「おっ、お姉ちゃん……あたし、」
 狩野姉妹の妹、さくらが申し訳なさそうに薄桃色にプルプルしながら近寄って来た。
「優勝した北村先輩が、逢坂先輩たちと踊っちゃって〜……あたしどうしよ〜」
 すみれの視線は、さくらと幸太の間を二往復し、
「おい幸太。すまんがウチの妹の相手してやってくれないか」
 そう、不幸な後輩に恩赦をかけるのだった。
「え?俺でいいんすか?」
「ああ。行ってこい」
 涼しげな瞳をそっと細め、すみれは方頬だけで男っぽく微笑んでみせる。そうして、幸太
とさくらは、グラウンドに向かって走っていく。走る途中に見事に幸太はずっこけるのだが。

「ああっ、いいっ、いいよ狩野さーん!」
「んああ、富家くぅん、ふあああーっ!」
「……はうっ!」
「……ふぁっ!」
 無事に一年生二人はうっとりと身悶え、踊り始めた。 

 そして──。

 そうやって、馬鹿騒ぎの体育祭は、幕を閉じる。

 すみれは深く、風を吸う。
 その風は、来たるべき夏の匂いがしたのだった。



***


 数日後、すみれはボーイング747のシートに沈んでいた。その巨大な飛行機は33000フィー
ト……メートルに直すと、約10キロメートルの上空を時速900キロの速度でミネソタ州、セン
トポール空港を目指し順調にフライトを続けている。
 その飛行航路の遥か上……100キロメートル先まで続く大気圏を突破し、宇宙へ飛び立つ夢
を馳せ、すみれは機上の人となっているであった。今回の訪米は留学先であるマサチューセッ
ツ工科大学の教授との打ち合わせと、その下準備が主な目的である。
 成田国際空港から飛び立ち4時間弱、丁度日付変更線を超えカレンダーが1日戻った所だっ
た。すみれの目的地であるボストンへは日本から直行便はなく、セントポール空港をハブ空港
として経由し、米国内線にトランスファーしなくてはならない。そのハブ空港まででも、あと
5時間。結構長い空の旅だ。
 前の座席に埋め込まれたディスプレイから目をそらし、すみれは独り言を漏らす。
「ふう……まだ時間あるな……おっ」
 と、足元のシートポケットから英語まみれの機内誌を取り出した。パラパラ捲っていると、
機内のオーディオプログラムに『J-POP』という単語を見つける。わずか3日間の予定とはい
え、しばらくサヨナラする母国語に触れたい。そう、思ったのかもしれない。すみれはシート
ポケットからイヤフォンを取りだし、長い黒髪をかき上げ、装着するのだった。
 流れてきた鼓膜を揺らす音楽は、すみれが聞いたことない昭和の歌謡曲。イントロが始まる。

 ♪それは九月だった。
 あやしい季節だった。

 昔見たシネマのように
 恋に人生賭けてみようか?

「なんだこれは……『すみれ September Love』?……ふっ、ずいぶん皮肉だな」
 すみれといったら春だろうに、なぜ九月? 大胆な歌詞だが、すみれの花言葉は、忍ぶ恋……
すみれは、苦笑する、が。──まあ、歌謡曲だし、いちいち考察するのも無粋なのかも知れな
い。と考えを改め、すみれは機内誌をシートポケットに戻し少し眠ることにした。ただ、イヤ
フォンからその曲が流れ続けている。

 September……九月。
 それはすみれが留学をはじめる大学の新学期である。

***

 セントポール空港に降り立つすみれは、入国審査を終え、マサチューセッツ工科大学のある、
ボストン・ローガン空港行きの国内線のに乗り継ぐため、到着ロビーから出た。6月上旬とい
うのは、アメリカ国内では卒業式シーズン。帰省する学生、パーティに呼ばれた家族、学校関
係者らでロビーは多くの外国人で混雑していた。インフォメーションスクリーンを見上げると、
ボストン行きの便にはDelayedの文字が表示されている。出発までまだ2時間以上あり、すみ
れは空港近くのショッピングモールにでも暇つぶしに寄って見ようかと思い、人垣を掻き分け
ターミナルの中央に出たそのときだった。

「うっ!」
 すみれはカメラのフラッシュをバシバシ浴びてしまう。瞳に残像が焼き付き、しばらく何も
見えなくなってしまったのだった。一部報道で、現役の公立高校生がマサチューセッツ工科大
学に正規生として入学する見通しであるという情報が流れていたが、今回は非公開での訪米で
あり、取材があるとも聞いていなかった。くそっ……なんなんだよ……不快指数が急上昇した
すみれのゆっくりと開かれていく視界の中央。そこには見覚えのある大口を開けて笑う、なん
だか大柄でラグビーでもやっていそうに健康的な……悪く言えば暑苦しい風貌をしている2メ
ートルを超える大男が現れたのだ。

「だぁーはっはっはっはっは! 本当に来やがった! すみれっ! 久しぶりだな!」
 フラッシュの主はすみれの前の生徒会長であった。趣味のカメラを連写しながらすみれに駆
け寄ってくる。
「か、会長! どうしてここにっ! 貴方は北海道大学の獣医学部にいらっしゃるんじゃない
 ですか? なんでミネソタなんかにっ、いっ……」
 余りの驚きですみれはあまり舌が回らない。元会長の男は、大橋駅で見送ってから3ヶ月ぶ
りだというのに、まるで昨日会ったように、気軽に喋り出すのだった。
「会長……か。そんな呼ばれ方も久しぶりだな。俺もボストンに行くんだよ。てめえの学校の
 近……くねえけど、マサチューセッツ大学。そこのアマースト校は、ウチの大学の国際交流
 協定校なんだ。……北大の初代教頭くらい知ってんだろ?」
 すみれはウィリアム・スミス・クラークの名と、この男と話すと首が痛くなる事
を思い出す。
「ええ。『Boys, be ambitious』のクラーク博士……なるほど、そういえばクラーク博士は、
 アマースト校の元学長でしたね。そうですか……会長もボストンに行かれるんですか」
 すみれの表情は、だんだん驚きの色から、ほんのり桜色に変わっていた。
「なんだ不服か? しかしすみれ、元気そうでなによりだ。相変わらずバカみてぇに頭いい
 らしいじゃねえか。ふむ……ちっとはキレイになった、かな。恋でもしたか?」
 50cm上にあった顔を息のかかる位置までかがみ、元会長はすみれが溶けるほどジロジロ
視線を向ける。
「ばっ……ばかな事いわないでください会長……私にそんなヒマありませんから」
 完全無欠の生徒会長すみれの頬は桜色から真っ赤になり乙女化。体温が上がるのを自覚して
いた。ここが外国でよかったと心底思う。しかし、
「ぬぁーっはっはっはっは! てめえに限って、んなわけねえかっ! あー笑った笑った!
 なあ、すみれ。まだ時間あるし、そこのカフェで話そうぜ。そうそう、レッドソックスの試
 合見たくねえか? 明日ファンウェイパークいくぞ。これは強制だからな」
そう言い切り元会長はサムズアップ。大いに破顔し、白い歯を輝かせるのだった。かわらない
そのテキトー振りに、すみれはただ呆れたように開口するが、
「あいかわらず……ですね、会長。分りました、お伴します」
 すみれの瞳は憂いを帯び、パッと、ひかえめなすみれの花びらような笑顔に変わっていく。
ぽんっと軽く触れられたすみれの髪型はあの頃と違い、もうおさげではないが、すみれはまだ
18歳。ただの女の子なのである。

 ──そしてふたりはカフェに入り、フランスの凱旋門賞を日本のサラブレッドで優勝するや
ら、北大のOB、日本人で初めてシャトルに乗った毛利衛氏の話やら……それぞれ想い描く未
来について、話に花を咲かせていく……。ふと、すみれの頭の片隅に、さっきの曲が流れた。

 You-You-You夢が花咲く
 すみれSeptember Love
 踊ろうSeptember Dancing
 ゆらゆらゆられてライライライ……

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