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Happy ever after 第3回 0Jp+V6Mm ◆jkvTlOgB.E

一般的に言って芸能人とはちょっとしたステータスではないのだろうか。
貧乳程度を希少価値だ、ステータスだ。と言ってるレベルの話ではないのだ。
高須くんは私、川嶋亜美の事を一体なんだと思ってるんだろう。

端から、住む世界が違ってると考えてる人はピンと来ないだろうが、
実際に手の届く距離に対象がおり、ましてやその当人が付き合って欲しいと言っている。
そんな幸運な現実に少しは魅力を感じてくれてもよさそうなものだ。

試しに高須くんに見てるTV番組の事を聞いてみた。
「花マルマーケットは割りと侮れないぞ。結構、目から鱗って事が多い。
 学校が休みの時くらいしか見れないのが口惜しい。
 HDレコーダを買った暁には全部、余すことなく取り付くしたい。
 他?だとすると、「ためしてガッテン」か、あれはいいものだ」

どうやら、彼自身の住む世界が違うみたいだった。
高須くんはそういうものに興味がないのだろうか?
以前、聞きたい事があって相談した時も・・・・

「あのさ、高須くんでもグラビア写真とか見たりする?」
なんて、自分の髪をくるくると指で巻きながら、時間つぶし程度の話題って感じで、問いかけてみる。
視線は合わせないようにしながら、目の端で高須くんの表情を読む。

「どうした、藪から棒に」
「雑誌とかに載ってるやつあるじゃん、他のもあるけど」
掃除してあげる♪とかいってチェックする事も出来ないし、こんな綺麗じゃ。
あ〜あ〜、男の子の部屋の掃除なんてのも一度はやってみたかったんだけどな。
高須くんの方が手際いいんじゃ出来ねつーの。

「まぁ、載ってれば見る程度はな」
本当、関心なさそうな高須くん。なんか何の反応もなく終わりそう。
こっちはかなり悩んでるって言うのに・・・
とりあえず、けしかけて見る。でも弱みは絶対に見せたくない。

「それじゃあさ、高須くんの好みはどの程度まで。可愛い服着て写ってる写真とか、
 それとも水着のやつ?、ちょっと際どいやつとかもあるじゃん」
嬉しそうな感じで聞いてみる。高須くんの素がしりたい。気使われての答えじゃ意味がない。

「あんまり意識した事はないな」
「なんかつまんない反応・・・・
 亜美ちゃん、高須くんが望むんだったら、見せて上げるよ。いろいろと」
「お、おまえ。プール行った時の水着も十分派手だっただろ。
 あれ以上派手なもんなんか着るんじゃねえぞ」

「なんで〜、はしたないとか思ってる?亜美ちゃん女優だから見せるのが仕事だもん。
 高須くん的には、他の人に亜美ちゃん見せたくないのかな。
 ね〜ね、独り占めしたい?」
「知るか・・・」
高須くん本当に不満そうな顔してる♪これが見たかったのかも。

「OK、OK。うん、了解しちゃった」
「何勝手に納得してるんだ。それより相談ごとって何だよ?」
「あれ?あれはもう良いんだ。もう取るに足りないこと。
 へっへ〜、ありがとう、高須くん」

そうして、この前来た、ちょっと強めなグラビア撮影のお仕事、お断りを入れて貰うよう
決心をした亜美ちゃんでした。
別にいいよね。ママも安売りはするなって言ってたし。

それにしても、高須くんの好みがイマイチ特定出来ない。
なにがポイントなんだ、この朴念仁は。
やっぱり高須くんの為にも、私の為にも現実を見せてあげないといけない。
あいつがどれだけ恵まれているかを解からせてあげないと。

つまり、私の女優らしい姿をしっかり見せる必要がある。
名付けて、「職場の亜美ちゃんはちょっと違う」作戦。
ドラマの撮影現場に招待して、私の役者姿を見せるのだ。

高須くんを直接誘っても来るはずないので、みんなに来てもらう。
麻耶ちゃんと能登くんの二人に話せば、いつものメンバーがそろうので楽な事この上ない。
能登くんに頑張ってもらうのが味噌、でも祐作も来るんだ。ごめんね。

当日は当然、亜美ちゃんの見せ場あり。
かなり力の入ったTAKE、個人的にも私が演じる役の一番重要な場面だと思っていた。


         ******


結論から言うと、このシーンを選んだのは致命的な失敗だった。
一番重要だと思っていたのは、私だけではなく、スタッフみんながそう思っていたらしい。
つまり、OKまでのハードルが非常に高かった。

「おい、川嶋!RETAKEだって言ってんだろ。早くもとの位置に戻れ!」
「すみません監督、照明さん、みなさんごめんなさい。もう一度やらせて下さい」
「・・・・・・・・・・」

また初めからやり直した。これで何度目だろう。
スタッフの人たちも、私に声すら掛けない。当たり前か。

「おい、無駄に頭つかうんじゃねえぞ。役にたたねえんだから」
はい。と返事したものの、じゃあどうすればいいかなんて思いつかない。
自分の引き出しの無さを痛感する。

またもRETAKE。当然、前より良くなる訳なんて無い。方法が解らないのだから。
ふと周りに目が行く。麻耶ちゃんも奈々子も心配そうにしてる。
タイガーは仁王立ちで監督を睨み付けてると。
こんな撮影にみんなを呼ぶんじゃなかった。
高須くんは・・・・、悲しそうな顔してる!、哀れんでるの・・・・

「川嶋!余所見なんて何様だ。お前のせいで撮影進まねぇて、解かってるよな」
「すみません」

それからも何度NGを出したか解からない。叱責の連続、なんとか撮影は終わったが、
なんかまったく演技してる気がしなかった。どうしてOKが出たか解からない。妥協された?
すこしでも可愛い感じにしようとか、カメラの位置とかもまったく配慮出来なかった。
最後は役のキャラをひらたすら追うだけで、自分の意思なんかなにも無かった気がする。
もうこの監督には見切られたかもしれない。
時間もかなり押してしまった。お昼には終わる予定だった撮りも、午後3時を回ってしまった。
当然、高須くん達はその場に居なかった。

とりあえず、祐作に終了した事をメールで連絡する。
そして、待ち合わせの撮影所内のレストランに向かった。
気が重い。いい所どころか格好悪いとこしか見せられなかったな。

「よし!いくよ亜美」
試合の場にのりこむスポーツ選手のように、自分に気合を入れると私は扉を開いた。
たかが、食堂の入り口でしかないのだから

「みんなおまたせ♪」
もちろん、暗い影なんか一欠けらも忍ばせない。そんなもん持ってきたって
何も良い事はないのだから。

「あ、亜美ちゃん」
麻耶ちゃんが真っ先に反応してくれる。

麻耶ちゃん、奈々子、能登くん、春田くんは心配そう。祐作はにこやか、ちびトラは不機嫌と
ここまでは予想通り、で、高須くんは
難しそうな顔してるな。撮影現場での表情がどうしても被る。

「麻耶ちゃん、みんな、ごめんね。案内するとか言ってた割に待たせちゃって」
「ううん、そんな事ないよ。私たち勝手に見て回っちゃったから」
「亜美ちゃんの撮影あんまり見れなかったの、こっちこそごめんね」
「奈々子様何言って...ぬお」
奈々子、春田くんの影腹に右パンチねじ込んでるな。春田くん痛そう。

「わりと撮影所って面白いとこでしょ」
奈々子の流れに乗せてもらって雑談開始。ここでご飯食べてこう。という話になった。
ただ、こういう時は当然のようにお邪魔虫が入ってくるもので、

「亜美ちゃん、お茶してるの?」
はいはい、子役上がりの同輩役者さんが登場。
こいつはキャリアから、ぽっぽでの私にやけに噛み付いてきやがる。
名前も覚えるのもウザったい。とりあえず、Cとその取り巻きとでもしとく。

「そうなんだ♪」
「へー、いいね、私はスケジュール一杯だから、お茶してる暇もないよ」
さも、大変だけど、好きなことだから大丈夫的な笑顔を浮かべつつ、
私を見下すような上から目線のバカ女三人。そうして周りを見渡し、

「あれ、見かけない子ばっかりだけど亜美ちゃんの友達?」
「そう、学校の友達なんだ」
「そうなんだ、こんにちは。みんな可愛いから、亜美ちゃんと同じ事務所の子かと思っちゃった」

麻耶ちゃんは本当にいい子だから、慌てて
「そ、そんな、普通ですよ、もう一般ピーポーです」
「そんな事ないって、超かわいいって、芸能人級だよ」
「全然ですよ」
「え〜、まじ可愛いよ〜」
Cはエンドレスだかハートレスな褒め言葉を続ける。
その目がさっきから野郎どもに行ってるは解ってるての。

案の定、奴は続けざまに言った。
「あれ、男の子もいるんだ、こんにちは」
ざっとらしんだよ。 っていうかどうせこっちが本命だろうが。

ニヤリと笑い、私に耳元で話しかけて来た。その割にはでかい声、周りに聞かせ気満々。
「ねぇ、亜美ちゃん、あの男たちのどれが彼氏」
「彼氏なんかいないよ」
そう、残念ながらね。大体、こんな関係者だらけの所で話せる訳ないだろう。
気づかれない様に、高須くんに こいつらをやり過ごして と目でサインを送る。

「幸せそうな顔のロンゲくんと、普通メガネさんに、優男風メガネと、やだ、何あれ?
 ヤンキー?超ありえなくね〜」


「あれれ、亜美ちゃんちょっと怒った、私、怒った顔初めてみた」
しまった、イヤなやつに面倒くさい所、嗅ぎ付けられた。目がキラキラ光りだしやがる。

「どう言う事?チョイ悪系に引かれるっ感じ?、でもあれ極悪って感じだよね。ヤクザ見習い?」
全然ちげーっての、内面性も見て取れねって、役者としてやばくね、この女。

「でもヤクザは無いか、だって金なさそうだもん。アンチセレブって感じだよね。
 あ、凶悪な面して台所立ってる絵浮かんだ。超笑える」
高須くん生活臭あるからな、この程度の女にも見破られちゃうなんてどれだけ。
いやいや家庭的っていう事で。

「亜美ちゃんもそう思うでしょ。はは、さすがに彼氏は言い過ぎちゃった、ごめんね。
 あの程度の男、くれるって言われたっていらねーけど」
「ちょっと、あの人見てる。聞こえちゃうよ。あの人に暴れられたらマジやばいって」
「うわ、睨んでる。亜美ちゃん後でフォローしといて」
高須くんが顔を向けただけで、慌てふためく取り巻きたち。
バ〜カ、あれは心配してる顔なんだよ。

Cはさすがに動揺してない様子、でスっーと言う感じで、高須くんへ顔を寄せると、
「ごめんね、亜美ちゃん一人占めしちゃって。でも忙しくて亜美ちゃんと話せないんだよね、
 こんな時しか。大切な彼女さん貸してね」
「俺の彼女じゃないから、俺は態々聞く必要はねぇよ」
「へ〜、そうなんだ」

C,てめーは自分が有利な時しか話しかけねーだろうが、高須くんに余計な事言わせないでいいから
もう、早くどっかへ行けよ。
Cはニヤリと笑うと、こっちに顔を向ける。私の表情から感情を読み取ろうとしているようだ。
そうそうボロを出す訳にはいかない。ニコニコ顔を作る。すると、話題を変えてきた。

「で、そういえば亜美ちゃん、撮影はこれから?」
「ううん、もう終わり」
「あれ、亜美ちゃん今日たしか、昼前の取りだけだよね
 しかも、監督から今日のシーンに集中するように1カットだけにしてもらったんでしょ、わざわざ」
こいつら、時間が掛かった事知ってて言ってやがる。バカ女3人が優越感たっぷりの笑顔に変わる。

「そう。かなり緊張したけど、なんとかOKでてさ」
「大変だったね、今回の監督って亜美ちゃんだけに厳しいのかな?
 私はあんまりNG出してないから解らないけど。なんか可愛そう」
イライラするなよ。この程度の事はいつもの事なんだから、これくらい感情抑えろ。

「そんな事ないよ、私がまだまだだし、初めてのドラマの割りに重要な役だし」
「そ、そうだよね。良いなあんな役、初めてのドラマでもらうなんて・・・・
 あれだよね、監督が亜美ちゃんのお母さんと仲良いからでしょ。
 でも〜、亜美ちゃんは亜美ちゃんなんだからね。
 キャリア積んでないだからNG出しても仕方ないんだよ。
 だっってぇ、演技の勉強してないだから普通なんだよ。みんな解ってるよ。
 今までの写ってればすむモデルの仕事とは違うんだもん」
「そう言ってくれてありがとう。がんばるよ」
 だから、これくらいで殺気立つな。左右。切実に早く話終わらせたい。

「まぁ、亜美ちゃん天然だから、仕方無いよね。
 学校では亜美ちゃんどんな感じなの、学校だとアイドルなんだろうね。
 普通の学校なら努力もいらないよね。天然さんでも」
もう手遅れだった。ついに爆発してしまった。
大本命の猛獣が。

「あー、うざいっての。はやく何処かに行け馬鹿女ども。ド頭勝ち割るわよ」
タイガーは立ち上がると、殺る気一杯の目線とオーラを大放出して立ち上がった。

「な、な、に、どういうこと。亜美ちゃ〜ん」
助けを求めるようにCは私をみるが、私が関わらない方がまるく収まるに決まってる。
一応目線で、ごめんね、はやく席たって光線をだすが、伝わってない。

それどころか、やつらは恐怖を怒りに転換してやり過ごそうとしている。
自称肉食系女子なんだろうが、
所詮、ハイエナと猛虎では格が違う。野生の本能に従って尻尾まいて逃げろっての。

「はっきり言わないと解らないなんて、どれだけ頭空っぽなんだ。この低脳女。
 もっとわかり易く言ってやる。Go away とっととウ!セ!ロ!!」
一見、フランス人形みたいな美少女顔だけに、こいつの正体知らないと本当怖いわ。
タイガーの圧力に押され、3人は後ずさり、そのまま返ればいいものの、Cは反撃を試みる。

「何こいつ、態度悪くない? このちっびっ子。亜美ちゃんレベル下げるよ」
「はぁー、なんだそれ、芸能人なんて偉くも無いんだよ。
 大根役者が偉そうな事言うんじゃない、しっかりと発声出来るようになってから喋べれ。
 いや黙れ。騒音公害を垂れ流すな。社会の敵」
「大根役者・・・あんただって芸能人見たさに撮影所来たんだろ。
 自分の力で芸能界に来れないからって」
「開いた口が塞がらないわ。撮影所にいるのが凄いじゃなくて、芸が出来て初めて価値があるんだよ。
 ほら、すぐに芸見せなさいよ。物真似150回連続ぐらい出来るなら褒めてやる。
 はん、何も出来ないのかこの屑」

今すぐに飛び込んできそうな剣幕に、口喧嘩をしていた口が虎口であり、
その前にいる事に命の危機を感じとったのか、Cは撤退準備を始めた。
「.......実際、見学に来てる人間に言われてもね。あーあ馬鹿くさい」
「別に撮影現場に来たかった訳じゃないわ、と、友達の職場だから、からかいに来ただけだし」

捨て台詞にすら否定をする猛獣に、涙目になりながら相手を私に切り替えるC。
「亜美ちゃん、友達は選んだ方がいいよ」
「まったく、私も同感だわ」
最後まで噛み付くタイガーだった。


         ******


さすがにこの騒動、その場には留まれず、早々に帰る事になった。
撮影所を出た道すがら、頼まれもせず先導役にしゃしゃり出る祐作が早速まとめに入る。

「飯を撮影所ですませる筈だったがちょっと早めに出てしまったな。さてどうするか」
「マルオ、やっぱりご飯食べてこうよ。私、夕飯済ましてくるって言っちゃったし、ねぇ、奈々子」
奈々子もそうねと同意をした所で、能登くん、春田くんはパブロフの犬の如く、YESと鳴く。

「逢坂はどこがいい」
「じゃあ北村くん、じゃあさ、ジョニーズにしようよ。
 バイトで来れなかったみのりんに報告もしたいし」
祐作はとなりにいるタイガーにまず確認を取ると、私たちの方を向いて続けた。

「そうだな、高須も亜美もそれでいいだろ」
「ごめん、私はパス。今日思ったより撮影で疲れちゃってさ」
本当に今日は疲れてしまった。ワンカットがこんな疲れるなんて思ってなかった。まだまだ甘いな。
タイガーのおかげで少しはすっきりしたけどって、なにタイガー。心配そうな目で見てるのよ。

「あんたが仕出かした事が原因じゃないんだって、ちびトラらしくもない」
チビの態度は変わらず、まったく面倒な女の子だこと。

「じゃ、改めてお礼するね。逢坂さんのお陰で元気になっちゃった。ありがとう。
 本当、私の事友達なんて言ってくれて、亜美ちゃん超感動しちゃった」
「あ、あれはあいつらを一番凹ませる言葉を選択、そう戦術的な選択。
 本心なんかじゃないんだから」
「うん、うん、そうだよね。タイガーちゃん」
「こいつムカつく、もういい早くご飯食べに行こう」
まったく手間の掛かるお嬢様。ちゃんと解かってるよ。

その時、高須くんが声を発した。
「北村、わりぃ、俺も今日は帰るわ」
「竜児・・・・・」
またチビが心配始めた。まったく、物事考えてから口に出してよね。
わざわざ言いたくない台詞を使わないといけないじゃない。
「高須くんも、みんなとご飯食べてくればいいじゃん」

タイガーは高須くんの方に顔を向けた。高須くんも正面からそれを受け止める。
僅かな時間の後、今度は私の方に顔を向け
「竜児、インコちゃんお腹すかせたら可愛そうだからちゃんとご飯あげるのよ」
と言って背を向けた。

「逢坂行くぞ。話してたら俺も腹がへってきた。ほら」
手を差し出す祐作、すこしの躊躇の後、チビはその手を取った。
そして(麻耶ちゃんの健気な努力、能登くんの凹みよう等もあったが)私と高須くんを
除いたメンバーはジョニーズに向かった。


         ******


みんなと別れた後、私たちは二人、夜道を歩いた。
高須くんは難しい顔で前を歩き、私は少し遅れて彼を追いかける。ただそれだけ。
彼は振り返る事なく前を歩く、時々、歩みを落として私を待ってくれる。が、
いつのまにか自分のペースになってしまい、再び歩みを落とす、その繰り返し。
その動きが面白く、私はあえて歩く速度を落としたり、早めたりしていた。

そうしてるうちに分かれ道、高須くんと方向を違える所まであと少し。
私は先延ばしにしていた事を確認する事にした。

「高須くん、タイガーが怒った理由って何だと思う」
高須くんは後ろにいる私を顧みて
「お前言ってたじゃねえか、お前の為に怒ったんだろ」
と言った。表情から、思ったことをそのまま言っているように思える。
やっぱり気が付いてないんだろうな。私は余計な事を言おうとしてる。
なんて中途半端ないい格好しぃ

「私は誰かさんが爆発する前に、先手を打ったのかなって」
「誰って誰だ?」

 再び高須くんを表情で確認した。はぐらかそうとしている顔だ。だから言った。
「亜美ちゃん解かんな〜い」
「お前が言い出した事だろうが」
私がそのまま高須くんの事を無視していると、彼は諦めたかのように歩くのを再開した。
ただ、さっきと違うのは歩く速度は常にゆっくりだ。

だから、私はもっとゆっくり歩く、ある程度距離が開いたのを待って言う。
「高須くんが歩くの速いから亜美ちゃん疲れちゃった。荷物が重たくて動けないよ」
「荷物たって、おまえ小っちゃいハンドバック一個じゃねえか」
高須くんは歩みを止め振り返る。口ではそう言ったもののこっちに引き返してくれる。
ちょろいちょろい、それでこそ高須くん。

「こういう時、いい男は黙って荷物を持ってくれるものだよ」
「へいへい、わかったよお姫様、お荷物をお持ちしますよ」
「はーい、じゃお留守な右手をお出し」
高須くんは素直に右手を差し出した。ふ〜ん、現行犯逮捕しようと思っただけなのに、
やっぱ嬉しいかも。

「高須くん♪」
「お、おう」と顔色を警戒色に変え、こちらの反応を伺ってくる。

「また蜂蜜金柑飲みたくなっちゃった」
「おい、俺また心配させちまったか」
「今日は違うよ。手当てをしたくなっただけ」
「別に、手当てするまでもねぇて」
「かなり深く爪食い込んでたよ、右手の手のひら」

高須くんは右手を私の視線の外に動かすと、
「たかが、自分の爪だ」と言った。

彼の目を見つめる。この鈍感な頑固者にも伝わるよう意思を込めて。
「でも、そこまで我慢してくれたって事でしょ、こんな短い爪じゃ普通食い込まないもん。
 タイガーみたいに怒ってくれるのも嬉しいけど、
 相手の事、立場を考えて、信じて、我慢してくれる男の子って私は好きだな」
私は好きだと告げた。

「そんなんじゃねって」
当然、この男には通じる訳も無く、しょうがないからじゃれてみる。

「いい女のする事には、口を挟まない!」
「それって尻に敷かれてるって言わないか」
「そうとも言うかな?」
馬鹿にするように笑ってみる。あれ、高須くん以外と真剣だ。

「川嶋無理するんじゃねえぞ」
「う〜ん、なにが」

「今日みたいな事だ。いや今日だけじゃねぇ。お前、我侭腹黒決め込んでるが、
 実際は自分を殺して、周りのことばかり気にしやがる。
 それなのに自分の本当の顔は見せたがらない。それじゃお前は」


「大丈夫だよ、高須くん」
高須くんの言葉を遮る。心配してくれる事は嬉しい。けれどそれはもう杞憂なんだよ。
それをどうしても伝えたかった。

「私がしてる事、私をわかってくれる人が一人でもいるから、大丈夫なんだ」
それが恋する人なら尚更にね。私はこの人に心からの感謝とラブコールをした。

END



追伸

「おい、川嶋!RETAKEだって言ってんだろ。早くもとの位置に戻れ!」
怒号が響き渡る。場にいるもの全てに冷水を浴びせるような。

竜児は真剣で切り付けらるような空気を肌で感ていた。
ここは学校のような竜児の日常とはかけ離れた場所、戦場だった。

発言者はこのドラマの監督。縁が濃い眼鏡に、ニットキャップ、口ひげ。
表情が解らないだけに凄みが嫌でも増す風貌だった。
歳は40〜50代の間だろうか、やけにギラギラした雰囲気が年齢を特定する事を邪魔している。

「すみません監督、照明さん、みなさんごめんなさい。もう一度やらせて下さい」
川嶋は謝罪を入れる。だが、周りからは何の声も返って来ない。
いやこの監督が作る空気は声を掛けるなと言っていた。
川嶋の味方をする=監督を敵に回す。という構図が其処には在った。

それがプロのコントロール術なのかもしれないが、女子高生相手にそこまでやるものなのだろうか?
威圧、重圧、恫喝、あらゆる手段で川嶋を孤立させているようだった。

「高っちゃん、何が悪いか俺にはさっぱり何だけど、これって俺がアホの精?
 なんか亜美ちゃん可愛そうだよ」
春田が泣きそうな顔で俺に問いかけてくる。
「なんか文句ばっか言って。具体的な事言わないおっさんだな」
能登も同意を求めるように続け、木原が自分の事のように憤慨して応える。
「無理やり文句言ってるんじゃない?亜美ちゃんしっかりやれてもの」

だが、俺は言葉を持たなかった。
あいつがプライドを掛けて、やってる仕事が目の前にあるのだから。

「ふん、あいつがOK言わなきゃ終わらないなら。気に入るようにやるしかないんじゃないの」
「えー、タイガー、亜美ちゃんじゃなくてあの爺の味方なの」
木原が反論するが、大河は続ける。
「外野が何言ったて変わるわけじゃない。それにバカチワワはやる気みたいだし」

その一言に、川嶋に目を移す。
川嶋は周りからの無反応に目を伏せるが、唇をかみ締めると、足早に開始位置に戻って行った。

本当に負けん気が強い女だ、と竜児は同級生を見つめる。
いや、本当に同級生の川嶋亜美なのだろうか?
あの、子供の様に我が強く、悪戯好きで、時折見せる今にも迷子になってしまいそうな
弱い女の子はそこに居なかった。
時に怯み、後退るが、それでも正面から何度も挑でいた。

あいつは本当に、俺の先を行ちまってる。
川嶋はTVドラマに出られるくらいの役者で、俺は単なる一学生だ。
その開きはどれ位なものだろう。追いつくことなんて出来るんだろうか。

もし、万が一、俺が川嶋亜美と共に歩いたとしたら、
あの臆病なお姫様は、きっと、後ろを何度も振り向くのだろう。
時にはワザと歩みを遅らせたりするかもしれない。
それは、あいつが本来たどり着けるはずの場所に、ペースを落とさず歩いていけば届く場所に、
辿り着けない事を意味する。

そんな未来への不安と共に、俺は川嶋を見てしまった。

けれど、川嶋の瞳は先ほどより、強い光を宿し、前をしっかりと見ていた。
そして、必死に何か打開策を探ろうと考えを巡らす様が見て取れる。

が、その努力を叩き壊すように怒声が響いた。あの監督だ。
「おい、無駄に頭つかうんじゃねえぞ。役にたたねえんだから」
川嶋は直ぐに返事を返すが、狼狽は明らかだった。

駆け寄りたい衝動に駆られる。だが、それはマイナスにしかならない事も十二分に承知している。
俺に出来ることは何も無い。

またしても、怒声が響く。
「川嶋!余所見なんて何様だ。お前のせいで撮影進まねぇて、解かってんよな」

「ふざけんな、進まねぇのはお前の所為だろうが」
木原が我慢できないといった表情で小さく呟く。
その時、大河が
「ねぇ、ここつまんないから、別な場所行きましょうよ」
と自分に宣言するように告げ、一人先に歩き出した。
後ろを顧みることなく、ギャラリーの輪から離れて行く。

「何で、タイガー信じらんない。なんて薄情」
木原の矛先が大河に切り替わるが、北村が直ぐに割って入る。
「まぁ落ち着け。逢坂は、亜美の邪魔になるからここから移動しようと行ってるだけだ。
 それに俺もその方がいいと思う」
口ぞえするように香椎も続ける。
「タイガーちゃん、意地ぱりだからね」
そして木原は・・・・・私だって解ってる と小さく返した。


         ******


その後、北村の案内で撮影所内を回った。
北村は幼い頃、遊び場としていたとの事で撮影所内について詳しく、
生来の仕切り屋ぶりもあり、十分に満喫出来た。

いや、午後は川嶋が案内する予定になっていたから、みんな無理に騒いでいたと思う。
撮影所内を2時間程度見て回った頃であろうか、北村の携帯がメールの着信を知らせる音を奏でた。
川嶋が仕事を終えた事が知らされる。空気が幾分軽くなった。
一刻も早く待ち合わせのレストランに行くことに、全員一致で決定した。

         ******


レストランについて、30分程の時間がたつ。
食べ物は川嶋が来てから頼むことにして、飲み物のみを頼み、雑談をしていた。
その間も、入り口から人が入ってくるたび、自然と目を向けてしまっていた。
何十回目かの後に、川嶋がやって来た。
「みんなおまたせ♪」
そこには、自分の可愛さに一切の疑問も持たない自信に溢れたいつもの川嶋亜美がいた。

あまりの川嶋の姿勢に、俺が掛ける言葉を探し、それがどうしても見つからない。
そんな感じで、もたもたしている間に木原、香椎、能登、春田と次々に川嶋を労う声で溢れる。
結局、俺はお疲れさんの一言しか言えなかった。

そうして、場は川嶋を労わるお茶会に自然と変わって行った。
撮影の時の川嶋、目の前にいるこいつ。素の川嶋亜美、そして俺の立ち位置。
そんな思いが頭の中をグルグルと旋回し、川嶋に気の利いた言葉一つ掛けられない俺が
ただ取り残されていった。

「亜美ちゃん、お茶してるの?」
突然、聞きなれない高めの声が割って入って来る。
川嶋の仕事仲間と思われる女の子が3人、歳は俺たちと同じぐらい。
川嶋といい、どうしてこうも女優という輩は美人が多いんだ。同じ人間とは思えん。

突然、やって来た女たちは川嶋たちと話した後、
こっちにも話し掛けて来た。

そして、川嶋に耳打ちする。なんか感じが悪いな、おい。
手の平を開き、明らかにこっちに音がもれる様にしてから余計に。ワザとかよ。
「ねぇ、亜美ちゃん、あの男たちのどれが彼氏」
「彼氏なんかいないよ」
川嶋がこっちに目を向ける。
解ってる、お前は駆け出しの女優、弱みは出せねえよな。
実際、付き合ってる訳でも無ぇし。

「・・・・・ヤンキー?超ありえなくね〜」
あの女は聞こえるようにして喋ってる。明らかに俺に聞かせたいらしい。
川嶋といい、どうしてこうも女優という輩は意地の悪いのが多いんだ。同じ人間とは思えん。
だいたい、今更ヤンキーだって言われても、こっちは馴れっこ、なんの動揺もしない。って
なんで、サインを出した本人の川嶋が、むすっとしてるんだ。お前、役者だろうが。

案の定、あの女に嗅ぎ付けられちまってる。
「あれれ、亜美ちゃんちょっと怒った、私初めてみた
 どう言う事?チョイ悪系に引かれるっ感じ、でもあれ極悪って感じだよね。ヤクザ見習い?」

だから、川嶋。お前の事じゃないんだから。いいから落ち着け。
そんなんだと、調子乗らせちまうぞ。

川嶋がいつボロ出しちまうじゃねえかと、ヒヤヒヤして見ていると
こっちを見て、取り巻きの女の子が言い切る。
「うわ、睨んでる」

俺的にはそれと無く視線を向けてたつもりんだか、どれだけ凶悪なんだ俺の顔は。
とりなす様にリーダー各の女が話し掛けて来た。顔近すぎだって。
「ごめんね、亜美ちゃん一人占めしちゃって。でも忙しくて亜美ちゃんと話せないんだよね、
 こんな時しか。大切な彼女さん貸してね」
「俺の彼女じゃないから、俺は態々聞く必要はねぇよ」
と努めて軽い感じの声色で返す。
芸能人と言う立場にある川嶋にとっては、俺は何の役にもたたない重荷でしか無い。
彼氏とか彼女とかの次元は地平の彼方だ。

「へ〜、そうなんだ」
一寸した収穫と言う感じで、その女はニヤリと笑い、矛先を川嶋に戻した。
そこから始まったのは皮肉と嫌味の嵐、女って怖いな。

「 監督から今日のシーンに集中するように1カットだけにしてもらったんでしょ、わざわざ」
「 今回の監督って亜美ちゃんだけに厳しいのかな。私はあんまりNG出してないから解らない。
  なんかかわいそう」

こいつの話はいつ終わるんだ。ただ嫌味を聞くって言うのは、
こんなストレスが溜まるものだっただろうか。
人相の事で、今までの担任(恋ヶ窪ゆり除く)や生活指導に鍛えられて、嫌味の耐性スキルを
習得済みだと思っていたんだが、認識を改めねぇと。

「あんな役、初めてのドラマでもらうなんて、監督が亜美ちゃんのお母さんと仲良いからでしょ」
「キャリア積んでないのだからNG出しても仕方ない」
「演技の勉強してないのだから」
「写ってればすむモデルの仕事とは違う」

殺意にすら昇華出来そうな程の憤りが胸の中で渦巻く。
だが、当の本人が耐えてるのに、俺みたいな外野がブチ壊していいはずが無い。
だから、今の俺は拳を握り続ける事しか出来なかった。

「まぁ、亜美ちゃん天然だから、仕方無いよね。
 学校では亜美ちゃんどんな感じなの、学校だとアイドルなんだろうね。
 普通の学校なら努力もいらないよね。天然さんでも」

あいつの努力を知っているはずの俺が出来ることはひたすら指に力を込めるだけだった。
そんな俺とは違う、もっと男らしく、強い奴がいた。大河だ。
大河が立ち上がる。


結果、大河一人で奴らを追い払った。
しかも、川嶋の立場はそのまま、おそらく悪くなるなんて事は無いだろう。
何故なら悪人役は大河一人だったからだ。

逢坂 大河は、不合理なものに立ち向かう強さと、友達を大切にする優しさをを持つやつだった。
兄貴の時にあれだけ思い知らされたのに、普段の大河を見ていた所為ですっかり忘れていた。
いくら自分が傷づこうが、友達が傷つくのは許せない奴なんだ。
でも、それじゃあ、こいつが傷ついた時、誰が守ってやれるんだ?


         ******


大河が一暴れした後、追い出される前に撮影所から自主退場した俺たちは、
木原の提案により、夕食を取る事になった。場所は櫛枝のバイト先だ。
まとめ役を引き受けてくれてる北村が俺と川嶋の方を向き、声を掛けて来た。

「高須も亜美もそれでいいだろ」

撮影所のレストランよりくつろげる場所だったので、俺はまったく異論は無かった。
当然、川嶋も乗ってくると思っていたが。

「ごめん、私はパス、今日思ったより撮影で疲れちゃってさ」
また、こいつは気を回してるのかと、目をやるが、
小ずるそうな笑い顔の仮面も、視線を外し遠くを眺めるような顔もしていない。
安心した。疲れた顔の方が、虚勢を張る姿より何倍もいい。

ま、あれだけの仕事こなしたなら疲れもするか。
と川嶋の顔をバカみたいに見ていた。当の川嶋は大河を見てやがる。そして
「あんたが仕出かした事が原因じゃないんだって、ちびトラらしくもない。
「じゃ、改めてお礼するね。逢坂 さんのお陰で元気になっちゃった。ありがとう。
 本当、私の事友達なんて言ってくれて、亜美ちゃん超感動しちゃった」
何て事をいいやがる。素直じゃねぇな。

そうやって俺たちを送り出して、こいつは一人で帰るのか?
今のこいつは大河の事もあったから楽しそうにしてるが、
あいつが疲れた顔も隠さないくらい大変な撮影だったんじゃないのか。変なやつらにも絡まれてるし。
そうして、こいつは一人で悲しい顔をしちまうんじゃないのか。
「北村、わりぃ、俺も今日は帰るわ」
俺は何となくそんな言葉を発した。

大河と川嶋が声を掛けてくる。
「竜児・・・・・」
「高須くんもご飯食べてくればいいじゃん」

軽く唇を噛む大河に、すまし顔の川嶋
無理をしているのは誰だ。
なんで、俺の回りはこうも不器用な奴らばかりなのだろう。

北村に目で話しかける。頷く仕草をみて、あいつにフォローを頼む。
北村がいてくれて本当に良かった。

そして自分の気持ちを確認する。
そこには苛立ちが燻っていた。

大河は、今の大河なら、みんなが誘えば俺が行かないとしても、一緒に食事に行く選択が出来る。
櫛枝が大河を心から迎えてくれるだろう。北村も居てくれる。
能登、春田、木原、香椎。今ではあいつが友達と呼んでるやつらも一緒に居てやれる。

だが川嶋は。大河より木原たちと仲がいい筈のあいつなのに、
あいつは一人で帰るという。そんな事許せるはずが無い。

だから、俺は大河に許可を取る事にした。なぜ大河の許しを得ようとしたのかは解らない。
だだ、絶対にしなくてはならない事だと解っていた。大河の瞳を見る。

大河の瞳が俺を正面から射る。強い、大河らしい光だった。
だから、俺も正面から見つめる。俺の真意を伝える。
こいつに隠すも必要があるものを俺は何一つ持ち合せていない。その自信があった。

見詰め合ったのはほんの少しの時間だった。最後に大河の瞳に、見慣れない光のような、
弱さのようなものがあったのが、酷く心に尾を引いた。
そして、川嶋の方を見ながら俺に
「竜児、インコちゃんお腹すかせたら可愛そうだからちゃんとご飯あげるのよ」
と告げ、北村に連れられて俺たちから離れていった。


         ******


俺は川嶋と二人で夜道を歩く。
こいつと並んで歩くほど度胸もなければ、ここでも後ろを歩くほど不甲斐ない俺を続ける気も無かった。万が一にも、夜道で女を付けねらう不審者なんて理由で職質を受けたくないって理由もあるが。

だから、俺は川嶋の前を歩く。
どんな顔をしているか気になるが、振り返る事なく歩く。
もし俺が、こいつの顔色を伺ってるなんて態度をとったら、
こいつは何処かに行っちまうんじゃないかなんて不安があったからだ。

だから耳を澄まし、足音だけを頼りに歩く。
先導出来るように足早に、置いてけぼりにしないようにゆっくりと
いつの間にか一人で歩く歩幅になってしまう自分を押さえ、川嶋の一歩を想像し、
速度をコントロールする。

その内、一定だった川嶋の足音が不規則になっている事に気づく。
疲れたからだろうか、そんな事聞いても、まともな返事等来るはずもないから、一言も発しない。
ただ、より足音に耳を済ます。絶対にペースを合わせてやる。

足音のテンポの変化が急激になって来た。
アンダンテからアダージョ、アニマート、アレグロ
軽快に、悪戯っぽく。

遊んでやがるな
重かった足音が、楽しげになった事が自分の事のように嬉しかった。
悪戯っ子の川嶋が戻ってきた事が嬉しかった。
そこには、こいつと一緒に歩く事自体を楽しんでいる自分がいた。

時間を忘れただ歩いた。
長かった気もするし、あっという間だった気もする。
気づけばもうすぐ分かれ道、川嶋の家と方向を違える所まであと少し。

そう思った矢先、川嶋が声を掛けて来た。
「高須くん、大河が怒った理由って何だと思う」

なにを疑問に思っているのかまったく解らず、川嶋の顔にヒントを求め後ろを返りみなが言った。
「お前言ってたじゃねえか、お前の為に怒ったんだろ」

そこにあった顔は、俺を笑うような、自分を嘲笑うような、そんな笑顔。
「私は誰かさんが爆発する前に、先手を打ったのかなって」

腹がたった。無駄に気使いやがって。これは俺自身の問題、お前が気に病む必要なんか何も無い。
「誰って誰だ?」
「亜美ちゃん解かんな〜い」
「お前が言い出した事だろうが」

川嶋がまた変に考え込んでやがる。それも素の川嶋なんだろうが。
そんな顔を俺は嫌らった。心配になっちまう。
あいつのペースにならないよう歩き出す。
だが、置き去りにする勇気もない俺は、ゆっくりとしか足を運べなかった。
だから、川嶋が続いて歩き出した時は正直ホッとした。

「高須くんが歩くの速いから亜美ちゃん疲れちゃった。荷物が重たくて動けないよ」

釣り針が来たなと思って振り返るが、作った顔の裏に疲れが見えた気がした。昼間の川嶋とだぶる。
タイヤキくんの気持ちが何となくわかった。
「荷物たって、おまえ小っちゃいハンドバック一個じゃねえか」
「こういう時、いい男は黙って荷物を持ってくれるものだよ」
「へいへい、わかったよお姫様、お荷物をお持ちしますよ」
「はーい、じゃお留守な右手をお出し」

川嶋のハンドバックを受け取るため、右手を出す。
「高須くん♪」

お姫様は機嫌のいい声色、捕らえられちまったかな。
「お、おう」と警戒しながら答えてみた。これからどんな悲惨な未来が俺を待つのだろう

「また蜂蜜金柑飲みたくなっちゃった」
また我慢してたのか、そうなら仕方ないか。と言う諦めに似た安堵感を感じつつ聞いた。
「おい、俺また心配させちまったか」

「今日は違うよ、手当てをしたくなっただけ」
しまった。迂闊な俺。本当に大した事じゃ無ぇんだから、て言うか無茶苦茶恥ずかしいだろう。
大河の方がよっぽと男らしい態度とってるのだから。

「別に、手当てするまでもねぇて」
「かなり深く爪食い込んでたよ、右手の手のひら」
その言葉から逃げるように手を隠す。
まったく格好悪いことだ。「たかが、自分の爪だ」

川嶋が見つめて来る。その目は強い意思で輝き、けれど、柔らかく、はにかんでいた。
「でも、そこまで我慢してくれたって事でしょ、こんな短い爪じゃ普通食い込まないもん。
 タイガーみたいに怒ってくれるのも嬉しいけど、
 相手の事、立場を考えて、信じて、我慢してくれる男の子って私は好きだな」

真正面からの瞳と言葉をぶつけられて、俺みたいな度胸無しに、まともな言葉を返せるわけも無く
「そんなんじゃ無えって」
なんて、言うのが精々だった。
すると川嶋は口調をからかい用に変えて、絡んできた。
アブナカッタ。かなり追い詰められていたから、もっと攻めこめられていたら、
なにが口から飛び出すか自分でも自信か無え。

「いい女のする事には、口を挟まない!」
そんな川嶋の言葉に、もう手遅れな気がするが、
「それって尻に敷かれてるって言わないか」
と返してみた。すると

「そうとも言うかな?」と
馬鹿にするように笑う、いつも通り俺をからかってそれで終わりにしようとしてる感じた。
結局、今日一日、こいつの口からは愚痴どころか、撮影の時の話すら出てこない。
きっと、いい所見せられなかった とか弱音を吐いても仕方ない と思っているのだろう。
そうやって、溜め込んでいたらいつかきっと・・・・
俺は急に怖くなった。だから、

「川嶋無理するんじゃねえぞ」
なんて言葉が気が付いたら口から出てしまった。だが、川嶋は なにが なんて言って
煙に巻くつもりのようだった。
だから、強く出てしまった。
「今日みたいな事だ。いや今日だけじゃねぇ。お前、我侭腹黒決め込んでるが、
 実際は自分を殺して、周りのことばかり気にしやがる。
 それなのに自分の本当の顔は見せたがらない。それじゃお前は」

「大丈夫だよ、高須くん」
川嶋は、とても静かな顔をしていた。この静謐さを壊してはいけない。
という思いが俺を黙らせる。そしてなんて、無防備な顔。

「私がしてる事、私をわかってくれる人が一人でもいるから、大丈夫なんだ」
川嶋は微笑みで顔を満たしていた。
この笑顔に傷一つけられたくない。大事にしまいこんでしまいたい と思った。
だからか、こんな顔でカメラの前には立って欲しくないと思っちまった。

END

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