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ユートピア  ◆QBh/FCi6tI s 2009/10/27(火) 23:52:54 ID:bXZxFfuO



雪原に咲く一輪の花 〜1st〜







辺りにはビュービューと風が吹いていた。冷たい冷たい、身体の芯まで冷えてしまいそうになる冷たい風が。
吐く息は白い残滓を空中に残し、露出している顔や耳などの部分は寒風により痛くなってくる。
それもその筈。今日は12月24日。冬真っ盛りな季節だ。
それと同時に、今日は聖なる夜だ。ある人は恋人と幸せな時間を堪能し、またある人はクリスマスなんて無くなっちゃえ、と呪いの呪文を呟いている。
人それぞれ感じるものはあるかもしれないが、世間一般的に見れば、クリスマスとは一種のお祭り行事なのだ。
街中はイルミネーションによって綺麗にライトアップされるし、お店も色々な趣向を凝らしてくる。
楽しい雰囲気に包まれる、年に一回だけのイベントなのだ。

「……」

そんな日の夜に、ある一人の少女が歩いていた。
未だ多くの人通りがある道を、たった一人で。
その目線は常に下、道路に向いており、それに加えて瞳には負の感情しか読み取れない。少女は周りの楽しい空気から完全に浮いている。

そんな少女が向かっているのは、とある高級マンション。
理由は、親友の真意を確かめること。親友の本音を聞きだして、聞き出した内容によっては自分の気持ちを押し殺そうと思っている。
ある男子への、恋慕を。
少女は確信している。少女の親友は、自分と同じ男子を好きになっている、と。
それと同時に、その男子が本当に必要なのは、自分ではなく親友の方だと思っている。

そして、

「……竜児ぃぃぃぃぃーーーーーーーーっっっ!!」

その考えは、少女の親友によって、『予想』から『確定』に変わった。
道路を挟んだ反対側の歩道、そこに少女の親友がいた。
涙により歪んだ顔を隠すために覆われている、小さい手。しかし、顔は隠せても、声は隠すことが出来なかったし、ましてや溢れ出る想いをせき止めることも押し留めることも出来なかった。
心の底からの、魂の叫び。自身の半身が無くなったかのような、悲痛な嘆き。顔を覆っている手から零れ落ちる、冷たい冷たい涙。

その声が、姿が、如実に少女の親友―――大河の気持ちを代弁していた。

少女は、「やっぱり、そうか……」と呟いて、クルリ、と回れ右をしてもと来た道を戻っていった。




そして少女は、学校前である男子に会う。少女の好きな男子であり、大河の好きな男子でもある高須竜児に。
何故か熊の着ぐるみの格好をして脇に着ぐるみの頭部を抱えていたが、少女には関係ない。
話し始めた少年の口を塞ぎ、用件を言う。

「ねえ高須くん、あーみんの別荘でした話、覚えてるかな?」

夏休みを利用して友達である川嶋亜美の別荘に遊びに行った。
そしてその夜、竜児に自分の胸の内を吐露した。今まで誰にも、大河にさえ話さなかったことを話した。
笑われると思った。そんな小さいことを気にしているのか、と大笑いされると思っていた。
しかし、少女の予想とは裏腹に竜児は笑わずに真剣に聞いてくれた。意見も言ってくれた。
それが、少女には堪らなく嬉しかった。
思えばその時からだった。竜児のことが、ただのクラスメイトじゃなくなったのは。見ていると胸がドキドキしてくるし、話していると甘い感覚が胸から全身に広がっていった。
好きになるまで、そう時間はかからなかった。

「幽霊がどうのこうの、UFOがどうのこうのって話。覚えてるよね?」

「……」

口を塞がれている竜児は喋れないので、首を縦に振ることで肯定の意を示す。
そんな竜児に、少女は悲しげな笑みを浮かべた。

「それのことなんだけどさ、色々考えて、やっぱ私には幽霊もUFOも見えなくていいって、見えない方がいいんだって思った。私は、それを高須くんに言いたくて来たんだ」

そう言って、竜児の口から手を離した。

「言いたいことはそれだけ。それでは、櫛枝は帰ります」

頭に被ったニットキャップを更に深く被って目元を隠し、片手だけの簡素な敬礼をして、少女―――櫛枝実乃梨は竜児に背を向けて歩き出す。竜児から速く離れるように、いつもより速く歩き、いつもより歩幅を大きく歩いていく。

何か言ってくると実乃梨は思っていたが、背後から声が放たれることは無かった。
そして一度も振り返ることなく、実乃梨は竜児の前から去っていった。



 ◇ ◇ ◇



竜児の前から去って歩き続けた実乃梨。今は自宅に向かうでもなく、夜の大橋の町を歩いていた。
未だにニットキャップは目深に被り、目元は見えない。

「……」

だが、いかに目元をニットキャップで隠そうと、その目から流れ出る涙を隠すことは出来なかった。
声も出さず、嗚咽も漏らさず、ただただひたすらに涙を流す。

「何で、涙なんて……」

自分が泣く権利なんか無いのに、と独り言を零しながら歩く。
だが、そんな言葉とは裏腹に涙は止まるどころか更に溢れる量を増やしていく。

その涙が、実乃梨の心のダメージを如実に示していた。

自分から竜児の想いを遮り、自身の本当の気持ちを押し殺す。
言葉にすれば至極単純だ。
だが、『言うは安し、行うは難し』である。
実際にそのようにしてみると、想像していたものとは比べ物にならないほどダメージがあった。
心が苦しく、胸が痛い。涙が止まらないほどに悲しい。

それ程、実乃梨は竜児に恋をしていたのだ。
好きだった。大好きだった。ずっと一緒にいたいと思った。

だが、それは出来ない。
実乃梨は自分以上に竜児のことが必要な人物を知っている。
大河。
実乃梨にとっての無二の親友のことを思って、実乃梨は身を引いたのだ。

後悔していない。
自分は、絶対に後悔などしていない。
実乃梨はそう思っていた。

だが。

「っ……!くっ、う、うぅ……」

どんなに自分の心に嘘をつこうが、身体は正直に反応する。
今まで我慢に我慢を重ねてきたが、ここにきて限界がきた。

溢れる勢いを増す涙。
遂に口から漏れる嗚咽。
心の中で渦巻く悲しみの負の感情。

嘘だった。
真っ赤な大嘘だった。

後悔している。
死ぬほど後悔している。
今すぐに竜児のもとに駆け戻って、泣きながらさっきのは嘘だと訂正したいと実乃梨は願う。

だが、それは出来ない。
大河には竜児が必要だ。
大河の深い孤独と悲しみを包み込んで癒してくれるのは竜児以外に有り得ない。
実乃梨はそう信じている。故に自分の想いを押し殺した。

「―――いいよね……?」

嗚咽を漏らす実乃梨の口から、言葉が漏れる。

「―――ぐらいなら、いいよね……?」

涙で顔を濡らしながら、周りには聞こえない、自分だけに向けた言葉を漏らす。

「言うぐらいなら、いいよね……?」

その口調は、教会で神父に懺悔を聞いてもらっている信徒のソレに似ていた。
少し間をおいて、実乃梨の口が再び開く。








「好きだよ、高須くん。大好きだよ……」







それは、どんな思いで口にしたのか。
それには、どれ程の想いが込められていたのか。
誰にも聞かれず、誰にも知られず、涙が混じった実乃梨の悲しい独白は冬の空気の中に消えていった。

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