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太陽の煌き〜靴硫次


「一体なんだったんだ……?」

若干疲れた声を出す竜児。その理由は明白だった。
つい先ほど、想い人である櫛枝実乃梨に告白をされかけた、と思っている。なんでそんな曖昧なのかというと、その告白が途中で第三者に
無理やり止められたからだ。
その人物は、現生徒会長の狩野すみれ。
まるで嵐のようにやってきて、事情の説明は一切なく実乃梨を連行していった。
したがって、実乃梨を追いかけてさっきの続きを聞こうにも、居場所が分からない。仮に分かっていても、こっ恥ずかしくて聞きに行くこ
とは出来ないが。
しょうがなく竜児は、ミスコンが行われる体育館に向かった。


 ◇ ◇ ◇


ざわざわ、どよどよ、と体育館内はどよめきに満ちている。
それもそのはず、今から行われるのは実質文化祭で一番大きなイベントだ。

ミスコンテスト。
可愛い女の子が出てきて、その中から誰が一番可愛いか決めるという、なんとも男にとって都合のいいコンテストである。
大橋高校のミスコンは、たいていはコスプレした女子が出てくるのが伝統だ。その種類は様々だが、いつも物凄い盛況を見せる。

今体育館に集まっている皆も、それを楽しみにしている。
もちろん、竜児も楽しみにしている。なにせ大河のために衣装を用意した。元は大河のクローゼットにしまわれていたワンピースを、竜児
が細工を施した。
その衣装には大河の化粧担当の亜美や周りの女子も絶賛していて、用意した竜児も満足していた。

「そろそろ始まる、か?」

そんな竜児の一言がきっかけになったのかは定かではないが、体育館の証明が落ちた。窓も黒いカーテンで覆ってあるから、体育館内は薄
暗くなった。
それと同時にステージの幕が上がり、ステージの袖にスポットライトの光が注がれる。
そこからは、体育館内はすばらく混乱の渦と化した。

理由は明々白々。
スポットライトに照らし出された場所には、一人の人物が立っていた。
それは、女王様と表現するのが一番正しいか。網タイツにガーターベルト、胸元が大胆に開いているビスチェ、手には鞭まで握られていた

そんなトンデモ衣装に身を包んでいるのは、ミスコン司会進行役の亜美。モデル体系の亜美がそんな格好をすると、色々と高校生には刺激
が強いというかなんというか。
要するに、亜美の姿に興奮した男子学生が狂ったように叫び、今体育館内は凄いことになっている。
どのように凄いかというと、「こんなに騒いだら死んじゃうんじゃね?」と竜児に思わせるほど、凄かった。

そんな声の嵐の中、亜美が綺麗に騒ぎを収め、遂にミスコンテストが開始された。

「やっとか……川嶋のヤツ、余計なことしやがって」

実際に、亜美のせいで始まるまで10分ほどかかってしまった。全く、司会進行役と聞いて呆れるほどだ。

そして次々とミスコンは進行していく。
メイド、チャイナ、ナース、軍服、スーツ、堕天使エロメイド、大精霊チラメイドなど、普通のコスプレやどこぞの科学と魔術が交差する
物語に登場するコスプレがなぜか登場したが、どれもこれも可愛かった。

しかし、未だに会場が沸き立つような女の子は出てきていない。強いて言えば亜美だけだろう。

「そろそろ大河の番かな」

そう呟く竜児。

「ううん、私じゃないわよ。ウチの代表はみのりんに変わってもらった」

そんな竜児の背後から、今聞こえるはずのない声が聞こえた。
勢いよく振り返ってみると、そこにはミスコンに出場するはずの大河がいた。

「た、大河!?お前何やってんだ!ミスコンは!?もう順番じゃないのか!?」

「あーもう、キャンキャンうるさいわね。さっき言ったでしょ、みのりんに変わってもらったって」

「か、変わったって……」

そこで竜児は、あることに思い至る。
ミスコンの主催は生徒会、その生徒会のトップは狩野すみれ、その狩野すみれに連れ去られた実乃梨。
複雑に絡み合っていた糸が解けるように、謎が解けていった。実乃梨が連れて行かれた理由。それは、大河の代打でミスコンに出てもらう
ためだった。もっとも、何故実乃梨なんだという最大の疑問は解決されてないが。

「どうしてそんなこと……そんなにミスコンに出るのが嫌だったのか?確かに見世物になるのは嫌だが、それを櫛枝に押し付けるのは……


「うるさい駄犬。これはご主人様から送る最大のご褒美よ。もっと尻尾を振って大喜びしなさいよ」

「はぁ?」

竜児は訳が分からなかった。
何故大河ではなく実乃梨がミスコンに出ることが竜児のご褒美になるのか。
その傍から見れば凶悪な顔を疑問のせいで更に歪ませる。

「顔面凶器を振り回してないで、ちゃんとステージを見ておきなさい。次がみのりんの番なんだから」

「お、おう……」

大河の言葉に素直に従い、竜児はステージの方を見る。
そこでは、司会進行役の亜美が次のミスコン候補者、つまり実乃梨の紹介をしているところだった。

「さて、次の候補者は2年C組、大橋高校女子ソフトボール部の救世主にしてキャプテン、表彰式でもお馴染みのパワフルガール、櫛枝実
乃梨さんでーす!」

亜美の言葉と共に亜美に注がれていたスポットライトは消え、ステージのライトだけが体育館内を照らし出す。

「櫛枝って、あの櫛枝?」「表彰式でいつも無駄に元気な先輩だよな?」「確かに可愛いとは思うけど、あんまり華やかさがないな」「体
育会系の女だしな」

ボソボソとそんな声が聞こえてくる。
意外なことに、実乃梨のことは全校の生徒が知っていた。
その理由は簡単。女子ソフトボール部は、大会では多くの優秀な成績を収めており、表彰式で全校生徒の前に出ることが多かった。そのと
きに、普段の彼女の高すぎるテンションで表彰を受けていたので、自然とみんなの頭に残っていた。
しかし、聞こえてきたのはマイナス方面のことばかり。そんな声を聞いて竜児は怒りを覚えたが、そんな怒りが消し飛ぶほどのことが起こ
った。

突然のことに戸惑っているのか、はたまた単純に恥ずかしいだけなのか、実乃梨はステージ上に出てくるまでほんの少し時間がかかった。
そしてカラン、と涼しげな下駄の音が体育館に響く。それから、実乃梨が姿を現した。

「っ……」

竜児は息を呑む。そして、視線は実乃梨に釘付けになった。比喩でもなんでもなく、実乃梨から目を離せなくなった。
それまでがやがやしていた体育館も、さーっと静寂が伝染していく。
数秒後、体育館内には息遣いの小さな音以外、全ての音が無くなった。
それほど、皆は衝撃を受けたのだ。

実乃梨は浴衣を着ていた。
白に近い淡いピンク地にチューリップ模様の浴衣、帯の色は鮮やかなオレンジ色。手には黄色系の巾着を持っていた。

可愛い。全力で可愛い。
そう思っているのは竜児だけではない。気味が悪いほど静寂に満ちた体育館。みんなの目線はもちろん、実乃梨に注がれていた。

「うそ、だろ?」「あれが、櫛枝?」「可愛い……」「表彰式のときとはぜんぜん違う……」

ポツリポツリと、そんな声が上がってくる。誰も彼も、そう思った。
今いる実乃梨は、いつもの実乃梨ではない。
衆人環視の環境が恥ずかしいのか、いつものデタラメなテンションはなりを潜め、しゅんとして大人しくしている。それが実乃梨の女らし
さを引き出していた。
そして実乃梨の顔には、本当にうっすらと化粧がされている。恐らくは亜美が化粧をしたのだろう。普段は全く化粧をしない実乃梨。それ
でも充分に可愛いのだが、化粧をすることによって「女の子」という印象から「女性」という印象が強まり、それも実乃梨の魅力を引き出
している。

「……ぁ」

か細い声を出す竜児。そんな竜児に、ある光景が浮かび上がる。
心の奥底に眠っていた大切な記憶が、今の浴衣姿の実乃梨を見て、フラッシュバックのように蘇ってきた。


 ◇ ◇ ◇


時は、昨年の夏休み。
まだ竜児が、櫛枝実乃梨という少女に恋をしていない、ましてや会ったこともない、そんな時。
竜児は、初めて実乃梨に出会う。

「高須、何やってるんだ?早く行くぞ!」

「待てって北村。そんなに急がなくても出店は逃げないって」

子供のようにはしゃぐ北村を宥めながら、竜児は後を追う。

ここは、竜児たちが住んでいる町にある大きな神社、大橋神社だ。
加えて今日は夏祭り。神社の境内には数多くの出店が並んでいる。焼きそば、たこ焼き、お好み焼きなどの屋台から醤油やソースが焦げる
食欲をそそる匂いが漂ってくる。
他には綿あめやリンゴ飴、チョコバナナなどの定番的なものもある。
射的や輪投げなどのアトラクション的なものも数多くある。

そんな祭りに、竜児は北村と二人できていた。
男二人ってどうよ?とも思ったが、自分の顔が原因でまだあまり友達が出来ていない竜児にとって、このような祭りに誘ってくれたのは北
村ぐらいだ。
少し悲しいが、誘われないよりはマシだろう、とポジティブに考える。

「で、北村、まずはどこから行く?」

「そうだな……まずは腹ごしらえでもするか?」

「おう、そうだな。俺も腹が減ってるからな。輪投げとか射的は後でいいだろ?」

「俺はかまわないぞ。では、早速行くか!」

そう言って小走りになる北村。
その北村についていく竜児。
本当に仲が良さそうな二人だ。




「結構回ったな」

「そうだな。どうする、もうそろそろ帰るか?」

「うむ、そうするか。祭りの空気の後押しのせいか、俺も必要以上に使ってしまったからな」

「確かに、俺も久々に結構使っちまったな」

お互い、苦笑いしながら財布の中身を確認する。
祭りには、人にお金を使わせる独特の空気がある。それに加えて友達などと一緒に遊びにくると、ついつい遊びすぎてしまう。その結果、
残りの夏休みのお金のやりくりが大変になるのだ。
そんな例に漏れずに、二人はかなり遊んでしまい、そろそろ帰ろうかという考えに至ったのだ。

「じゃ、帰るか」

「おう」

北村の言葉に頷き、二人は歩き出す。
しばらく歩いていると、隣を浴衣を着た女の子二人が通り過ぎた。

ボフッ

「ん?」

そのとき竜児の隣に、可愛らしいオレンジ色の財布が落ちた。
落ちた音に気づき、足を止めて足元に落ちた財布を見る。

「どうした?高須」

「いや、今通り過ぎた女の子だと思うけど、財布を落とした」

「本当か?すぐに持って行ったほうが良くないか?」

「いや、だけど……俺が持ってってもまた不良と間違われて大騒ぎになるんだが……」

「まだそんなことを気にしてるのか?高須の悪い癖だぞ?」

「いや、そんなこと言ってもだな……」

昔から、親切にしても顔のせいで返って裏目に出る。
そんなことが日常だったので、今更善行することに抵抗がある。
もっとも、根は完全な良い人なので、このように困っている人を見逃すなんてことは竜児には出来ないのだが。

「はぁ……しょうがねえ。悪い北村、ちょっと行ってくる」

「ああ、分かった。頑張ってこいよ」

北村の言葉に頷いて、竜児は先ほどの女の子を走って追いかける。
幸い向こうは浴衣を着ていたし歩いていたので、すぐに追いついた。
「あ、あの……」

財布の持ち主であろう女の子の肩を指で叩きながら呼びかける。

「ん?」

二人のうちの一人が立ち止まって振り返り、もう一人も立ち止まる。
浴衣姿の似合う二人だと、竜児は思った。

「えっと、何かな?」

「そ、その……」

竜児が言いよどんでいると、二人のうちの一人がズイッと前に出てきた。
背丈が極端に小さい子だった。それなのに態度はどことなく威張っているような感じだ。

「ねえみのりん。こいつナンパ?だったら殴って追い返そうか?」

開口一番、小さい女の子はそんなことを言った。
そんな女の子の頭を、もう一人の女の子がチョップをした。チョップと言っても、威力はなく、ペシッっという効果音が似合いそうな優し
いチョップだった。

「ダメだよ大河、初対面の人にそんなこと言っちゃ」

まるでイタズラした子供を叱るような、しょうがないな、といった感じで言った。
そして、再び竜児に顔を向ける。

「で、何の用かな?あ、本当にナンパだったら他を当たってください」

「え?い、いや、違う!ナンパじゃねえ!」

手を前に出して首と一緒にブンブンと振りながら、否定する。

「俺は、これ。この財布を届けにきたんだ。君のだろ?」

スッと、女の子にオレンジ色の財布を差し出す。
そうすると、女の子はそれを受け取って目を丸くして驚いた。

「あ、本当だ、あたしのだ。アブねー、落としてたんだ」

そう言って、財布に向いていた視線を、今度は竜児に向ける。
「ありがとう、拾ってくれて。ホント、助かったよ」

満面の笑みで、そう竜児に告げた。

「……」

その笑顔に、竜児は目を離せなくなった。口をポカンと開けて、バカみたいにその女の子の顔を見つめていた。

「じゃあ、あたしらはこれで」

そんな竜児の視線には気づかないで女の子はそう言って、祭りの雑踏の中に消えていった。

「……」

しばらく、その場所でボーっと竜児は立ち尽くしていた。

「おい、高須、どうした?」

言いながら肩を叩かれ、竜児はハッとする。

「い、いや。何でもねえ」

「? そうか、ならいい。それでは、帰るか」

「お、おう」

そう言って二人は、祭り会場を後にした。
祭りからの帰り道も、家に帰った後も、竜児の頭からあの浴衣姿の女の子の笑顔が離れなかった。



 ◇ ◇ ◇



竜児は、思い出した。
どうして自分が櫛枝実乃梨に惹かれるようになったのか。どうしてあの笑顔が輝いて見えていたのか。
きっかけは、何気ないことだったのだ。ただ笑顔を向けられただけ。友達に向けるような、ごくごく当たり前の笑顔を向けられただけ。
しかし、当時の竜児にとっては太陽の輝きのように写ったのだ。
純真無垢で穢れがなく、一片の恐怖も抱いていない素の笑顔。
それが竜児の心を鷲掴みにしたのだ。
その女の子が一緒の高校、それも同じ学年だと知ったときは本当に驚いた。それ以来、姿を見つければ目で追っていた。表彰式に出ていて
、そのテンションに驚いたこともある。帰りが少し遅くなると、実乃梨が部活をしている姿を見た。
そうしていく内に、どんどん実乃梨のことを好きになっていった。
その想いの根幹の出来事を、今竜児は思い出したのだ。

「……」

「ん?どうしたのよ竜児。ボケーってしちゃってさ」

「え……?あ、いや、何でもねえ……」

「ふーん、変なの。まあいいわ。それより、みのりんの浴衣姿どうだった?可愛かったでしょ?」

そこから大河は竜児に色々と聞いていたが、竜児の耳には入ってこなかった。時折「おう……」や「ああ……」と気のない返事をするだけ
だった。
そんな竜児でも大河は気づかない。実乃梨の自慢をすることでテンションが上がって周りのことが見えてないのだ。
そしてそのまま、夢うつつの状態でミスコンは終わっていった。
正直、竜児の頭には浴衣姿の実乃梨しか残っていなかった。他にも数多くの候補者がいたが、それすら忘れさせるほど竜児にとって実乃梨
の登場は衝撃だった。
後残っているのは、ミスターコンテストだけだった。
今はミスコンの投票が終わり、生徒会が開票作業を行っているところだ。
この後に、投票結果が発表されるのだ。




「今年のミスコンの優勝者は、2−Cの櫛枝実乃梨さんでーす!」

体育館に亜美の澄んだ声が響く。
厳正に行われた投票の結果。ミスの栄冠は実乃梨に渡った。
会場は拍手の音で包まれている。
実乃梨自身は、万が一にも自分が選ばれることは無いだろうと思っていたのか、ポカンとした間抜けな表情をしている。しかし、実乃梨以
外の2−Cの生徒は自分の事のように喜んだ。
大河も本当に嬉しいのか、満面の笑みでステージ上に立っている実乃梨に手をブンブン振っている。生徒会なのでステージの脇で待機して
いる北村も笑顔だ。周りに目を向けると、能登と春田が嬉しそうにハイタッチしていた。それに他には、木原と香椎が手を取り合いながら
喜んでいた。司会進行役の亜美は生徒会とは反対側で笑顔で拍手をしていた。他の2−Cの生徒も同じく近くにいるクラスメイトと喜びを
分かち合っていた。
勿論竜児もその一人。好きな人がミスコンのグランプリに選ばれて喜ばない人間はいない。

だが。

「さあ諸君、ラストゲームの時間だ」

この後のすみれの言葉によって、竜児の顔は驚愕に変わる。



 ◇ ◇ ◇


大橋高校のグラウンド、その外周コースのスタート地点に、目つきが尋常じゃない高校生が揃っていた。
なぜこのような所にいるのかというと、それは先ほどのすみれの言葉が原因だ。

すみれの言ったラストゲーム。
それは、ミスターコンテストのことだった。ミスコンと違い、毎年毎年違う競技がなされるだけでなく、今の今まで参加者すら決まってな
かったし、今の今までどんな勝負をするのかすら知らされていなかったミスターコンテスト。それがついさっき、すみれの口から聞かされ
たのだ。
今年の競技内容、それは「ミスター福男」。簡単に言えば、徒競走だ。コースはライン伝いにまず直線、続いて旧校舎の裏を通り抜けて昇
降口の脇から再びグラウンドに戻って、そこからはゴールまで一直線、だそうだ。
そのコースを走りぬけ、一番にゴールした人がミスター福男、つまりミスターコンの勝者なのだ。
だが、大層なことを言っても徒競走だ。文化祭で疲れているからか、最初は生徒の大部分が不満をこぼしていた。そんなやる気ゼロな生徒
を立ち上がらせたのは、すみれが提示した勝者に送られる賞品だ。

ミスター福男に送られる賞品、それはこの後に行われるキャンプファイヤーで今年度のミス・櫛枝実乃梨にダンスを申し込む権利。それと
、すみれの三年間の各教科の教科書やノート、テストの問題、回答などだ。
すみれのノートやテストの回答には、すみれの一言メモや教師にした質問とその答えなどが書かれていた。
その二つの賞品を聞いて、ブーイングの嵐だった体育館はどよどよと揺らめき始めた。
そしてある男子の「お、俺出る!ノート欲しいし、く、櫛枝にダンスの申し込みをしたいし!」となんとも勇気のある言葉がきっかけに、
数多くの生徒が参加の意を表した。
その中には勿論、実乃梨をダンスに誘いたいという男子も多かった。それほどミスコンでの実乃梨は可愛いかったのだ。
最終的には男子だけで四、五十人、女子も参加OKなため十数人参加していた。

それで、今に至るわけだ。ちなみにスタートはあと少し。
皆横一列でヨーイ、ドン!が出来るわけなく、少しでも有利な立場を得ようと、前に出て行く。

「押すなよ!」「押したのはソッチだろ!?」「女子は邪魔だ。後ろに下がってろ」「はぁ!?なにその言い分!」「あ〜もうっ!痛いな
〜!」

そこで繰り広げられる罵倒と小突きあい。これがスポーツをする前の姿か!とスポーツマン精神を持った紳士は言うかもしれないが、生憎
とこれはスポーツではなく勝負。勝つか負けるかの真剣勝負なのだ。そこにスポーツマン精神など無駄以外の何ものでもない。

そんな中で、参加者一向にどよめきが走った。

「うおっ!?」「ひゃあ!?」「え、高須君も参加!?」「ってか何あの顔!?阿修羅か、阿修羅なのか〜!?」「あんな高須くん、見た
ことない……」

そのどよめきを作り出した張本人は、高須竜児。
一気に人垣が二つに割れて、その真ん中を竜児は静かに歩いていく。最前列に辿り着き、そのぎらつく眼光を辺りにばら撒く。まるでここ
は俺様だけの領域だ、と主張するように。
その威嚇に怯んで竜児の周りには人がいなくなる。「よし……」と低い声で一人呟く。

竜児も、福男レースに参加する一人だ。
その理由は単純明快。実乃梨にダンスの申し込みをするために。
今なら分かる。大河が言った「ご褒美」という言葉。それは、この福男レースに参加して死んでも勝って、実乃梨と幸せな時間を過ごしな
さいということだったのだ。
竜児は嬉しく思っていた。こんな機会がないと、面と向かって実乃梨にダンスを誘えない。しかし、同じくらいに焦っていた。
もし、このレースで一位になれなかったら……という考えが頭をよぎる。他の男子と楽しそうに踊っている実乃梨の姿を想像してしまう。

(そんなの、絶対に嫌だ……)

頭を振ってその考えを外に押し出す。しかし、不安は時間が過ぎると共に竜児の心を侵食していく。

「用意は出来たか、野郎共?おっと、女子も混じっていたか、失礼。じゃあ改めて、用意は出来たか、みんな?」

竜児はすみれの声でハッとなり、考えをやめる。

(とにかく、今はやれることをやるんだ)

そう、心に強く誓った。

「大丈夫そうだな。じゃあ、今から福男レースを始める。ルールとコースはさっき説明したとおり。まあ、ルールなんてほとんど無いがな
。一応最終確認だ、何か聞きたいことはあるか?」

すみれが参加者をずらっと見渡す。
反応する者はいなかった。

「いないみたいだな。それじゃあ、始めるぞ?」

そう言って、すみれはスタート合図用のピストルを高く頭上に上げる。
それと同時に、参加者は各々が走り出しやすい格好を取る。
竜児も重心を低くし、いつでも全速力で走り出せる体勢を取った。
ほんの少しの間、グラウンドに静寂が満ちる。

「位置について」

静寂の中響くのはすみれの掛け声。その言葉が放たれると同時に、ピリピリと緊張感が高まっていく。

「ヨーイ」

あと少し。あと少ししたらスタート。
グラウンドを包む緊張が、最大限に膨らんだ。

「ドン!」

言葉が放たれるのと同時に、パァァン!!という銃声が響き渡る。限界まで膨らんでいた緊張感が一気にはじける。
それと同時に、弾丸のように走り出すレース参加者。

これから高須竜児の、今までの人生で最大の勝負が、今始まった。


竜児は一番先頭を走っていた。
それも当然。スタート時は一番前にいたのだから。徒競走なら、これは大きなアドバンテージになっただろう。
だが。

「おうっ!?」

後ろから誰かに肩を掴まれ、そのまま地面に倒された。

「くそっ、誰だ!?」

「おい、いいのか?」

「こんなに大人数なんだぞ?バレやしないって」

そんな声が竜児に聞こえてきたが、声の主は分からなかった。後から後からたくさん走ってきて、だれが竜児を倒したのか分からないのだ


「チッ!」

舌打ちをし、立ち上がって走り出そうとする。

「うおっ!?」

しかし、再び後ろから走ってきた参加者に突き飛ばされた。
地面に頬と身体が擦り付けられる。痛みに涙が出そうになる。
そんな自分を叱咤して、再び立ち上がる。

だが。

「せいっ!」

「うがっ!?」

竜児は、二度あることは三度ある、という諺をこれほど体感したことも、恨めしく思ったのも初めてだった。
三度、後ろから走ってきた参加者に、今度は蹴り飛ばされた。
今度はさっきよりも衝撃が強かったため、痛みですぐに起き上がることは出来なかった。

「く、くそ……!」

奥歯を噛む。力いっぱい噛み締める。それでしか、怒りを表すことが出来なかった。

「くそ、くそ、くそ……!俺が何をしたっていうんだよ……!」

あまりの仕打ちと自分の情けなさに涙が出そうになる。
だが、ここで泣いて何になる、と竜児は自問する。
悔しくすれば速く走れるのか?泣けばレースで一位になれるのか?倒れていればどうにかなるのか?

「違う……」

小さく、確認するように呟く。
そうしている内にも、倒れている竜児には目もくれないで何人も両側を走り抜けていく。

(こいつらは、どこに行く?何のためにこんなに必死に走っている?)

答えは、実乃梨の元に。実乃梨にダンスの申し込みをするために走っている。何人かはすみれのノート目当てだろうが、そんなこと竜児に
は関係なかった。

参加者全員これ自分の敵。竜児はそう思っている。
ノートが目当てであろうと、勝者には実乃梨にダンスを申し込む権利がある。

「その権利を掴み取るのは、俺だぁっ!」

そう叫び、立ち上がろうとする。
そのとき。


「その意気だ高須!ホラ、掴め!」


「高っちゃんカッコイイ〜!高っちゃんってさ、そんな熱血キャラだったっけ?」



立ち上がろうとする高須に伸ばされる、二つの手。
竜児にかけられる、二つの温かい言葉。
竜児が顔を上げると、そこには能登と春田がいた。

「お、お前ら、どうして……」

「それはだね〜、高っちゃん―――」

「話は後だ、二人とも!とにかく早くしろ高須!もう最後尾ぐらいだぞ!?」

説明しようとした春田の言葉を遮り、能登が大きな声で言う。そして同時に、高須の手を取って立たせる。

「混乱してるだろうが、今は福男レースのことだけを考えろ。必ず一位になれ、高須。それが、助ける俺たちへの最高の恩返しになるから
な」

「そうだよ高っちゃん。高っちゃんが一位になることが、俺たちの願いなんだからさ」

真剣な顔で高須に告げる二人。その顔は、今まで竜児が見たことが無いほどの真剣な顔だった。全幅の信頼を寄せることが出来るほど、頼
りがいのある顔だった。
未だに竜児は混乱している。二人の行動にも、二人の言動にも。だが、やることはさっき確認も決意もした。二人からの激励の言葉も、竜
児の身体に力を漲らせていた。

「おう。未だにお前らの行動には混乱してるが、確かにこんなことしてる場合じゃねえな」

力強く二人に頷く。
二人も、頷いてくれる。
今やるべきことは、実乃梨の元に一番で辿り着くこと。
その為の道を、竜児は見据える。実乃梨のところまで続く、道を。

「行くか」

「ああ」

「お〜!」

竜児の言葉に二人は思い思いの言葉で返す。
そして、三人同時に走り出す。その背中は、いつもの三人の背中より、一回り大きく見えた。

しばらく走っていると、三人の前方に人だかりが出来ているのに竜児が気づいた。

「何だあれ〜?」

「旧校舎裏だ。あそこは片側フェンスの道で極端に狭い、詰まってるんだろう」

春田の疑問に能登が答える。
そうこうしている内に三人は人垣に辿り着いた。だが、一向に進まない。出口が極端に狭く、並んで走れるのは精々二人。そんな狭い道を
何人もの人が一気に通り抜けようとしたのだから、出口のあたりで詰まっているのは当たり前だ。

「だったら……!」

言うと同時に、竜児はフェンスに掴みかかりよじ登る。そしてフェンスの上に乗り、立ち往生している参加者たちを見下げて走っていく。

「うお、高須、マジか!?」

「高っちゃんスゲ〜!」

驚いている二人も高須に続き、フェンスをよじ登りフェンスの上を走っていく。
先に行っていた竜児は一足先に旧校舎裏を抜ける。勢いよくフェンス上からジャンプ。そのまま前を見据えて走り出す。

一気に参加者をごぼう抜きにしたが、まだまだ前には何人か人がいた。足を速める竜児。実乃梨の元に辿り着くために、自分に出来ること
を精一杯やろうと頑張っている。

あとは昇降口脇の階段を駆け下り、そのままグラウンドに出てグラウンドを一周したらゴールだ。
必死に走る竜児の目に、恐らくは先頭集団だろう、数人が走っているのが見えた。それを見た竜児は、更にスピードを速くする。

(踏ん張れ!あと、あと少しなんだ!ここで頑張らなかったら、一生後悔することになるぞ!)

心の中で自分を叱咤する。足に力を込めて力強く大地を蹴る。
そして一気に階段を下りて、グラウンドへの入り口を目指す。先頭集団はもう目と鼻の先だ。このまま追い抜いてやろうと、竜児は走る。
だが、突然。
先頭集団が全員止まった。

「おう!?」

突然のことでブレーキが出来ず、先頭集団に突っ込む形になってしまった竜児。
何なんだ、と顔を上げると、そこには驚くべき光景が広がっていた。

「ここから通っていいのは竜児だけ。他は大人しくしてなさい。痛い目にあいたくなかったらね」

そこにいたのは、逢坂大河。傍若無人な態度は誰が相手でも不変らしい。腰に手を当て、あごを上げ、見下すように参加者を見る。実際に
は大河は背が小さいので見上げているのだが。

「た、大河!お前―――」

「あ、竜児。話は後!事情は後で説明するからアンタは早くみのりんのもとに行きなさい!」

「で、でもだな……」

「つべこべ言うな駄犬!ご主人様が命令してるのよ!素直に従うのが犬ってもんでしょ!?」

「……分かった」

納得はしていないが、能登や春田も竜児を助けるために動いてくれた。きっと大河も同じことなのだろうと、竜児は考える。
大河の脇を抜けて、竜児は走り出す。

「あ、こら待て……!」

そんな竜児を止めようとある男子が手を伸ばそうとするが、

「行かせないわよ」

大河が間に割って入る。

「クソ、どけっ!」

「どかないわよ。アンタなんかにみのりんを渡さないわよ。みのりんの隣にいていいのは、竜児だけなんだから!」

「このっ」

痺れを切らしたのか、男子生徒が手を硬く握って拳を作った。そしてその腕を後ろに引いて、勢いよく拳を突き出してきた。
もちろん手を出されることを予想していたのか、大河は冷静に対処しようと重心を低くして拳を握る。相手の拳をよけてカウンターで相手
の顔面に一発入れる予定だった。

しかし。

「ッ!?」

その男子の拳は、第三者によって阻まれた。放った拳を手のひらで受け止められ、受け止められた相手を見て、男子生徒は二重の意味で驚
いた。

「て、てめえは!」

「き、北村くん……」

その第三者は、北村祐作。今は本当は生徒会役員として、ゴール付近で待機していなければいけないはずだった。

「誰であろうと、逢坂に手を出すことは、俺が許さない」

静かに、忠告するように言う北村。その顔はいつもの笑顔はなりを潜めて、真剣そのもの、怖いぐらいだ。
北村登場に男子生徒は驚いていたが、それ以上に驚いていたのは大河だった。

「き、北村くん……どうして……」

「ん?おぉ、そうだ忘れてた」

そう言って、北村は受け止めていた拳を放して大河に向き直った。

「逢坂、お前は福男レース失格だ」

「え……?えええぇぇ!?」

「会長命令だ。すこし妨害があからさま過ぎたぞ。やるならもっと見えないところでやらなくちゃな」

すこしズレたことを言いながら、北村は「ははっ」っと笑う。

「でも、よかった」

北村は笑顔を引っ込めて、真剣な顔になって言った。

「え、よかったって?」

「逢坂を守れたからだ。逢坂が殴られそうになったとき、頭の中が真っ白になって、気づいたら止めに入ってた。本当に、逢坂に怪我が無
くてよかった」

心底嬉しそうな顔をしながら、北村はそんなことを言う。

「っ!?」

そんな北村の言動に大河は今自分の顔が真っ赤になっていると自覚している。それと同時に、胸に温かい喜びが広がっていくことも自覚し
ていた。



結局、大河の足止めはほとんど意味を成さなかった。結果的には竜児が一位に躍り出たが、大河が足止めした先頭集団から大して差は開い
ていない。隙を見て他の参加者は大河の妨害を抜け出したのだ。
あとのコースは、グラウンドを一周するだけだ。あと少し、そう思い、竜児は足を速める。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

ここまで全力疾走を続けてきたのだ。息が切れて当然だ。だが、竜児は一向に速さを緩めない。偏に、実乃梨の元に辿り着くという固い決
意。それが竜児を前に前に走らせていた。

だが。

「うおっ!?」

これまでの頑張りと前半での三回の妨害が身体に響いていた。足が縺れて盛大に転ぶ。

「はぁ、はぁ、は、あぁ……」

激しく息切れしているせいか、すぐには立ち上がれなかった。
しかし、後ろから聞こえてくる足音に、急いで無理やり立ち上がる。
無理に立ち上がったからか、軽い眩暈がして身体をグラつかせる。だが、構わずに竜児は走り出す。

しかし、徐々にスピードが落ちていった。身体は今すぐ休めと言っているようだし、心臓ももっと酸素が欲しいと暴れている。
それでも、必死に走る、走る、走る。諦めることは、絶対にしたくないから。

あと半周。
そこで、後続の一人に並ばれてしまった。

「っ!?」

必死に付いていこうとする。しかし、ほんの少しずつではあるが、引き離されていく。

「く、そ……!」

もっと速く、もっと速くと思うが、焦る気持ちに身体の方が伴わない。

(もう、ダメなのか……?)

竜児は気持ちが、折れそうになった。



ほんの少しだけ、時間は遡る。
実乃梨はゴール付近にあるパイプイスに座っていた。夕方にもなると結構肌寒くもなってきて、毛布を羽織っていた。

「全く逢坂のヤツ、あんな場所で堂々と妨害するなよ。無視できないだろ」

額に手を当てながら盛大なため息をもらし、そんなことを言うすみれ。

「北村、逢坂に失格ということを伝えて来い」

「はい、分かりました」

北村がすみれの命を受け、苦笑いしながら大河の方に向かっていった。
それを、ぼんやりと実乃梨は耳で聞いていた。

目は、ある男子生徒に釘付けになっていた。
先頭を走る、顔が怖い男子生徒に。
何度かこけたのだろう。身体には擦り傷が何箇所もあり、頬には一際大きい擦り傷がある。

「何で……」

何で、そんなに頑張るのだろう。そんなに傷だらけになり、息も絶え絶えになりながらも、瞳だけは熱く燃えている。
胸が締め付けられる。涙が出そうになる。
何故?そんなの簡単だ。

「私は、高須君のことが好きだ……」

ここ数日でその気持ちを実感していた。
竜児と話すと実乃梨はドキドキするし、竜児が他の女子と楽しげに話しているところを見ると、胸がモヤモヤして嫌な気分になる。
そして、それが「好き」という感情なのだと気づいた。
好きな人が、自分のために必死になってくれている。そのことに嬉しさを抱かない人はいないはずだ。
この胸を締め付ける思いは、竜児への想いの強さ。涙が出そうになる感情は、自分のために必死になってくれている竜児に対する嬉しさ。

応援したかった。
声の限りに叫びたかった。
今すぐ駆け寄りに行きたかった。

だが、それは出来ない。
自分はミスター福男にダンスを申し込まれる立場、言わば主催者側の人間だ。主催者側の人間が誰か一人に肩入れするなんてことは出来な
い。それはスポーツに携わる実乃梨なら痛いほど理解している。

しかし。

「あ……!」

思わず立ち上がってしまう。
足が縺れたのだろう、竜児がこけた。
それでも諦めずに、再び立ち上がって走り出す。しかし、先ほどよりも遅い。こけたことによって気持ちが折れかけているのだろう。
それに、後ろから参加者の一人が追いついてきて、遂には竜児と並んだ。
竜児も必死に付いていこうとするが、ほんの少しだが離され始める。
竜児の顔に、諦めの色がほんの少しだけ見えた。

「頑張れ……」

知らず知らずのうちに呟いていた。
それと同時に、コースの方にゆっくりと歩いていく。

「頑張れ……」

実乃梨の頭の中から、自分は主催者側の人間だからとか、誰か一人の参加者に肩入れしちゃいけないとか、そんな考えが吹き飛んだ。

「頑張れ」

ただただ無駄な感情を無くしていった。そして頭の中に残ったのは、竜児に対する想いだけ。
ゆえに実乃梨は声を出す。

「頑張れ!」

客観的に見て、実乃梨のすることはいいことじゃない。だが、それが何だっていうんだ。
恋というのは客観的な考えや理論などに左右されない。
あくまで恋をするのは自分自身。主観的な感情や思いからくる、優しく、熱く、そして激しい、相手に自分を認識させる自己主張。それが
恋なのだ。

「頑張れ!!」

ゆえに、実乃梨は叫んだ。自分の立場など関係なく、ただただ己の感情に全力で素直になった行動。
恋する相手に頑張って欲しい、自分のために頑張って欲しいと思う一種我が侭と言える思い。
「好き」という感情が大きくなり、自分の心に収まらなくなり、溢れ出た感情を思いのままに口にする。

「頑張って、高須くん!!頑張ってー!!」


気持ちが、折れそうだった。
今まで頑張ってきたが、頑張ったヤツが必ずしも報われるとは限らないと、竜児は思う。
ここまで頑張って、それでもダメなんてバカみたいだと思う。
次第に遅くなる速度。重くなる身体。今では完全にもう一人の参加者の方が先行している。

(もう、ダメか……)

気持ちが折れそうになる。あと何か一つ、外的要因が加われば、簡単にポキッと折れてしまいそうなほど今の竜児の心は弱っていた。

そこへ。

「頑張って、高須くん!!頑張ってー!!」

声が、聞こえた。凛としていてよく通る声。何度も何度も聞いた、愛しい人の可愛い声。
声のした方を見てみると、実乃梨が精一杯の声で叫んでいる姿が目に入った。その目には薄っすらと涙も浮かんでいた。
竜児には、何で実乃梨がそのような行動をしているか分からなかった。だが、実乃梨が口にした言葉だけで説明は充分だった。

『頑張って』

実乃梨が、そう口にした。竜児がそれを耳にした。
それだけで、竜児の折れそうだった気持ちが、元通りに修復された。

感情を力に変える。想いを速さに変える。
今まで以上に力強く大地を蹴り、今まで以上の限界のスピードを出す。

「うおおぉぉ!!」

身体に活を入れるために吼える。
竜児のスピードが再び上がる。前を行っていた参加者と並ぶ。そして、そのまま並走。
並んだまま、後残り約100メートル。

(もっと、もっとだ!走った後に足が動かなくなっていい、だからもっと速く!!)

ほんの少し、竜児が先行し始めた。思いが身体を凌駕している。身体は限界のはずなのだが、そんなことを感じさせない。そんな身体を動
かすのは、ゆるぎない思い。実乃梨への思いだった。

「おおおおお!!」

そして。
遂に福男レースに終止符が打たれる。

竜児が、先にゴールテープを切った。
竜児が、福男レースの勝者、今年度のミスター福男だ。
竜児がゴールした瞬間、レースを見ていた生徒たちから歓声が上がった。そんな歓声を、竜児は頭の隅で認識し、頭の大部分で勝ったこと
を認識した。
今竜児には、勝ったことへの嬉しさしかなかった。

(やった……!)

ゴールテープを切った竜児は、そのままドサッと座り込む。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

乱れた呼吸、乳酸が溜まりまくった足、全体的に気だるい身体。すぐに動くことは出来そうにない。それどころか今すぐ寝っ転がりたいと
思う。本当に無理をしたんだなと竜児は苦笑いをしながら感じた。
だが、勝った。竜児が勝ったのだ。どんなに身体がガタガタでも、勝負は勝った者が全てだ。

「や、やった……」

肩で息をしながら、手を握り締めてガッツポーズをする。勝った喜びに身体が震える。
そんな勝利の余韻に浸っている竜児の耳に、ザッザッザッという走る音が聞こえた。そしてその音は、どんどんと竜児の方に向かってきて
いる。

「……?」

何だろうと顔を上げてみると、竜児の目に実乃梨が走り寄ってきている姿が写った。下駄で走りにくいだろうに、一生懸命に竜児の下に走
っている。
そして竜児の傍まで来たら、そのまま竜児に抱きついた。

「おう!?」

ギリギリで倒れずに受け止めることが出来た竜児。しかし、その頭は今日一番のパニックをみせていたし、その顔は今日一番赤くなってい
た。
周りには数多くの生徒たち。そして竜児はミスター福男。実乃梨はミスコン優勝者。必然、全校生徒の視線が集まる。

「く、櫛枝、ななな何を!?」

「……こんなに、無理して」

「え……?」

「……足も腕も顔も擦り傷だらけで、頑張ってくれて」

「……」

「本当に、本当に嬉しかった」

竜児の胸に顔をうずめて、実乃梨は話していく。次第に、声が震えて上ずってくる。

「う……うぅ……本当に、本当に嬉しかった」

「……ああ」

声に嗚咽が混じり始める。泣いているのだろう、時折肩が上下する。
そんな実乃梨の身体を抱きしめ、竜児は優しく頭を撫でていく。壊れ物に触るみたいに、優しく優しく撫でていく。

パチパチパチパチッ。
自然と、周りの生徒から拍手が上がってきた。二人を祝福する拍手の合唱。しばらく、拍手は続いた。
その拍手の中、竜児と実乃梨は話し続ける。

「頑張らないといけない理由があったからな」

「うん、うん……」

「ここで頑張らないと、一生後悔するって思った。だがら、多少の無茶は覚悟の上だった」

「それでもっ……心配しちゃうよ……」

「……悪い」

「許さない……」

「え?じゃ、じゃあどうすれば?」

予想外の実乃梨の言葉に、竜児は動揺する。

「……」

そこで実乃梨が黙り込んでしまう。
そして少しして、ポツリと言った。

「もう少しだけ、このままで……」

言っている実乃梨の耳が真っ赤に染まる。相当恥ずかしいのだろう。
もちろん竜児も恥ずかしい。恥ずかしいのだが、実乃梨の願いも無下には出来ず、竜児は衆人環視の中でしばらくの間実乃梨を抱きしめ続
けた。



 ◇ ◇ ◇



辺りには、夜の帳が下りている。だがそんな暗い中でも、グラウンドは煌々と輝いていた。その光源は、グラウンドの中央に設置されたキ
ャンプファイヤー。勢い良く燃えている炎が辺りを照らし出していた。

そしてキャンプファイヤーより少し離れているところで、多くの生徒がダンスを踊っていた。
元々恋人同士だった人もいれば、今日思い切って告白して恋人同士になった人もいる。いろんな人がいるが、同じなのはその笑顔。
心の底から楽しいと分かるような満天の笑顔だった。

そして、そのダンスをしている人の中に、ある二組の男女がいた。
一組目は竜児と実乃梨。
二組目は北村と大河。
何故このようなカップリングでダンスをしているか。真相は、少し前に遡る。



キャンプファイヤーが始まって、少し経った頃。
大河は遠目から竜児と実乃梨を見ていた。今二人は抱き合っておらず、校庭の隅のほうで二人して話していた。

「何やってんのよ竜児のヤツ。もうここまできたんだから告白なり何なりしなさいよ。ほんっと、ヘタレなんだから」

そんな文句を言っていると、大河に北村が近づいてきた。

「逢坂、今いいか?」

「え?き、北村くん!?」

突然の北村の登場に驚く大河。
そんな大河に畳み掛けるように、北村が話していく。

「なあ逢坂、突然で悪いとは思うんだが、俺と踊ってくれないか?」

「え?そ、それって、ダンスの申し込み?」

「ああ、そういうことになる」

「……」

少しの間、大河が逡巡する。心の中で嬉しさが広がるのと同時に、疑問も沸いて出てくる。
その疑問を、大河は口にする。

「生徒会の仕事とか、もういいの?」

「今日まで頑張ってきたんだ。たまには羽を伸ばそうと思ってな。なに、生徒会のことは心配要らない。会長がいるからな」

「……」

「もう一度聞くぞ、逢坂。俺と、踊ってくれますか?」

「……私なんかでいいの?」

内心はとても嬉しい。北村からダンスの申し込みを受けて本当に嬉しいと大河は思っている。
だが、自分なんかでいいのだろうか、自分は北村には分不相応なのではないか。そう思ってしまい、北村に恐る恐る確認を取る。

「俺は逢坂がいいんだ」

迷い無く、考える素振りも無く、間髪いれず即答する北村。
そんな北村に、大河の心配や不安は吹き飛ばされた。

「……ありがとう、北村くん」

そう言って、照れて赤くなった笑顔で自分の手を差し出す大河。

「ダンスの相手、お願い」

「ああ、任せろ」

差し出された大河の手を、こちらも照れて赤くなった笑顔で北村が手に取る。

「ダンスなんて、どうやればいいのかな?」

「俺もダンスの経験は皆無だ。だが、手を取り合って、見詰め合って、飽きるまで踊る。それでいいんじゃないか?」

「ふふっ、そうね」

スピーカーから流れる音楽に乗って踊る二人。その姿はまるで恋人同士のように思えた。
そんな二人の姿を遠くから眺めている人が一人。

狩野すみれだ。
すみれは二人の姿を見て、フン、と鼻を鳴らした。

「村瀬、後のこと、頼めるか?」

「? ええ、構いませんけど。何かあるんですか?」

「少し、な」

そう言って、すみれは校舎の方に向かっていく。
その途中。

「こんなときに校舎に行くんですか、狩野先輩?」

「川嶋、か」

亜美が、すみれを呼び止めた。

「何の用だ?」

「いえ、先輩が祐作とちびトラを見て校舎に向かったのが見えたもので。あたしも付き合いますよ、先輩。愚痴でも何でも聞きます」

「フッ、お前も振られたクチか?」

「ええ、まあ、そんなとこです」

すみれの言葉に、苦笑いを浮かべながら答える亜美。その視線は、校庭の隅に実乃梨と一緒にいる竜児に注がれている。

「いいだろう、来い川嶋。今日はとことん愚痴を聞いてもらうぞ?」

「先輩こそ覚悟してください?あたしもただ聞くだけじゃないですから」

「ああ、望むところだ」

そう言って、二人は校舎の中に入っていった。




「結局、全部大河たちの思惑通りになったわけだな」

「そうだね」

校庭の隅で並びながら、竜児と実乃梨は二人で話していた。

「今考えると、スゲェ不安要素満載の作戦だったな。まあ、そこが大河らしいっちゃ大河らしいが」

大河の作戦。それは、ミスター福男で竜児が勝利して、実乃梨にダンスを申し込む、という作戦だった。捻りなんて一つもない、力ずくの
作戦だ。
その無理やりな作戦には、やはり不安要素が満載だった。まずミスコンで実乃梨が優勝しなければならなかったし、その後も竜児が福男レ
ースで勝たなければいけない。そもそもよく実乃梨がミスコンに出てくれたもんだなと竜児は思う。
無理やり連行されて、それでミスコンに出ろ、なんて言われたって意味が分からないだろう。

「でも、結果上手くいったじゃん?終わりよければ全て良し、だよ」

「それもそうだな」

実乃梨の言葉に笑顔で応える竜児。
そこで、言おうと決めた。今の今まで言えなかった、自分の胸の内の迸る想いをを全て実乃梨に話そうと、竜児は決心する。

「それでさ、俺、櫛枝に言いたいことがあるんだけど……」

「……うん」

二人とも真剣な顔つきになる。二人の周りだけ、空気が変わったように張り詰めている。

「回りくどい言い方はしない。福男レースが、俺の気持ちの全てだから」

実乃梨のために頑張った。自分のために頑張った。一生懸命走った。結果、見事一位になることが出来た。
偏に、実乃梨への想いの強さが、竜児をここまでさせたのだ。
なら回りくどい曖昧な言葉など必要ない。口に出して言うのは、単純だけど、心のこもったかけがえの無いもので充分すぎるほどだ。

「櫛枝、俺はお前が好きだ。もし良かったら、俺と付き合ってください」

実乃梨の目を見ながら言う。
告白された実乃梨の目に、再び涙が流れる。しかし、その涙は悲しいから流れる冷たい涙ではない。嬉しいから流れる、とてもとても温か
い涙なのだ。

「ずるいよ、高須くん……私から言おうと思ってたのに……」

「え?ってことは……」

「うん、私も高須くんのことが好き。だから、これからよろしくね」

指で流れる涙を拭いながら言う実乃梨。
竜児の胸に叫びだしたいほどの嬉しさがこみ上げる。だが同時に、同じくらいの恥ずかしさがこみ上げてくる。

「お、おう。よろしくな櫛枝……はは、な、なんか照れるな」

頬を人差し指でかきながら言う竜児。その顔は真っ赤になっている。相当照れているのだろう。

「う、うん。なんかちょっと変な感じ」

実乃梨も同じなのか、顔を真っ赤にしている。
そしてしばらく、何を話していいか分からなくなり、黙り込む二人。

「な、なあ櫛枝」

沈黙を破り、竜児が話し出す。

「な、何かな高須くん?」

「せっかくキャンプファイヤーもやってるし、俺はミスター福男で、櫛枝はミスコンの優勝者だ」

ここまで言われて、実乃梨は竜児の言いたいことに気づく。

「だからだな、その……俺と踊ってくれないか?」

実乃梨に向き直って、真摯な気持ちを伝える。
そんな竜児に実乃梨は、笑顔になってこう言った。

「勿論だよ、高須くん」

手を取り合い、グラウンドの方に向かって歩いていく。そして踊ることが出来る場所に来ると、向き合ってリズムに乗って踊りだす。

「俺はダンスなんて分からねえが、これでいいのかな?」

しばらく踊っていると、そんなことを竜児が言い出す。

「そんなの関係ないよ、高須くん。私は高須くんとこうしているだけで嬉しいんだから」

そんな竜児の言葉に、実乃梨は心の底から嬉しいと分かるような優しい笑顔でそう返した。

「櫛枝……」

少しだけ、二人の間の空気が変質する。少しだけ爽やかな空気から、桃色のような空気になる。
実乃梨の瞳が潤み始める。竜児の目線は実乃梨の艶のいい唇に注がれる。実乃梨も竜児の瞳を真正面から見据える。

「高須くん、私たち、付き合うんだよね?」

「ああ、そうだ」

「でもさ、私イマイチ実感できないんだよね。だからさ、高須くん。私たちが恋人同士だって証、示してくれない?」

そう言って、実乃梨はゆっくりと竜児の顔に自分の顔を近づけてくる。
ここまでされて気づかないほど竜児は鈍感ではない。
実乃梨にキスしようと、自分の顔を近づける。

「櫛枝……」

「高須くん……」

ある程度距離が縮まったら、目を閉じる。視界が遮られて、少しして唇に柔らかいものが触れる。
世界にはこんなにも柔らかくて気持ちの良いものがあるんだな、と竜児は思った。

「ん……」

漏れる実乃梨の吐息。それに興奮しながら、実乃梨の唇の感触を確かめる。
少しして、どちらともなく離れる。

「高須くん、足りないよ……もっと……」

甘えるように、実乃梨はトロンとした表情で呟く。

「分かった、櫛枝」


そう言った時、実乃梨が静かに首を振った。

「名前」

「え?」

「名前で呼んで、竜児くん」

「……分かった、実乃梨」

少しだけフッと笑いながらそう言い、顔を近づける。実乃梨も目を閉じる。
そして、再び触れ合った唇。
今度は確かめるように二人は相手の唇をついばむ。

「ん……んん……」

さっきより長く、そしてほんの少しだけ官能的なキスが終わった。

「キスって、こんなに気持ちがいいんだね……」

「少女」の顔から「女」の顔になった実乃梨が言う。
竜児には、耳から入ってくるその声に、全身を蕩けさせる媚薬のような効果を感じていた。実際に、心も身体も実乃梨を求めて止まない。

「そうだな。初めてだが、いつまでもしてたいな……」

「そうだね、竜児くん。あたしも、いつまででもいいからキスしてたい。だから、もっと……」

「おう……」

実乃梨はなおも竜児にキスの要求をしてくる。そのことを内心で喜びながら、再びキスをする。
今度は実乃梨の口内に自分の舌を入れて、実乃梨の舌に絡ませる官能的なディープキス。
初めは少し驚いて抵抗していたが、次第に力が抜けて、実乃梨も負けじと自分の舌を竜児の舌に絡めてくる。

「んむ……!?あむ、ちゅ……ん、んんっ……」

二人はディープキスに夢中になり、次第に激しくなっていった。
辺りには二人の奏でる官能的な声と音が流れている。周りに他の生徒がいるなんて関係ない。今二人は、二人だけの世界に旅立っているのだ。認識できるのは目の前の二人と舌から送られてくる快感だけ。
その後しばらくの間、二人のキスは続いたのだった。

その後、何度も何度もキスを交わす二人。多くの生徒が見ている中で、大胆にもディープキスまでしてしまうバカップルさ。
そしてそのことを後から大河と北村に聞かされて、二人は顔から火どころか地獄の炎さえ出そうなほど真っ赤にして恥ずかしがっていたが
。やはり人並みの羞恥心は持ち合わせていたのだろう。今頃恥ずかしくなってきたのだ。

そんなこんなで、文化祭は終わっていった。
数々の運命が交錯した、本当に色々なことが起こった文化祭。
そして、この文化祭は、竜児と実乃梨が付き合うようになった、記念すべき日となった。



 ◇ ◇ ◇


月日は流れ、大橋高校の卒業式から十年がたった。
竜児と実乃梨の仲は順調で、五年前には結婚、その一年半後には子供にも恵まれた。
竜児はその料理の腕を生かして調理師の専門学校に進学、卒業して今はとある有名なホテルの厨房で修行中だ。その腕はみるみる上達して
いて、あと2、3年すれば自分の店がもてるほどの腕前になっている。
実乃梨は体育大学に進学し、自身の夢であるソフトボール選手を目指し、そして見事掴み取った。今はある企業のソフトボールチームに所
属しているが、次のオリンピックの選手として選ばれていた。今はオリンピックに向けて猛練習中だ。



「うん、こんなもんかな」

とある日の朝。
味噌汁の味を確認しながら、竜児は満足そうな声を出す。

「そろそろ起きてくると思うんだが……」

それを言うのと同時に、リビングのドアが開いてある人物が入ってきた。

「おはよー、竜児くん」

「おはよう、実乃梨。よく眠れたか?」

「ばっちりぐっすり!眠気なんてこれっぽっちも無いぜ!」

元気いっぱいに言う実乃梨。眠気が無いのは本当なのだろう。

「おはよー……」

そんな元気な実乃梨の後ろから、小さくて外見の可愛い女の子が入ってきた。実乃梨とは裏腹に、寝ぼけ眼で足元もフラフラとおぼつかな
い。

「おはよ、龍実。って、まだ半分眠ってそうだけどな」

「うみゅぅ……パパー、抱っこー……」

「しょうがねえな。よ、っと」

そう言って両手を挙げて近づいてきた女の子を、竜児は優しく抱き上げる。そして抱き上げてから少しして、女の子は再び眠ってしまった


この寝起きの悪い女の子は、竜児と実乃梨の間に出来た子供だった。名前は龍実(たつみ)。竜児の「りゅう」と実乃梨の「実」を掛け合
わせて生まれた名前だった。そして今の年は五歳だ。

「おいおい、龍実。寝るなって、起きろ」

「うゅー……」

身体をゆすって起こそうとするが、聞こえてくるのは意味不明な言葉だけで一向に起きる気配は無い。

「しょうがねえな」

そう言いながらも、顔は緩んでいる。娘のことが本当に可愛いのだろう。
龍実の頭を撫でながら、しばらく愛娘の顔を見る。

「……」

そのだらしなく緩んだ顔を見て、実乃梨は胸にチクリと痛みが走る。
そして本能の赴くまま、竜児に抱きつく。

「お、おいおい。どうした?」

「……竜児くん、顔がだらしない」

ジト目で唇を尖らせながら竜児を睨み付ける実乃梨。

「いや、流石に娘に嫉妬するのはどうかと思うぞ……」

「いいじゃない……」

そう言いながら、抱きしめる力を強める実乃梨。
そんな実乃梨を見て、やれやれといった感じに首を振り、実乃利の身体も抱きしめる竜児。そんな嫉妬深くて独占欲が強い実乃梨も、竜児
はとても愛しいと思う。嫉妬深いとは、それだけ相手のことが好きだという証だからだ。
竜児に抱きしめられたことにより、実乃梨の顔にも明るい笑顔が戻る。

そんな実乃梨の顔を見て、眠っている幸せそうな龍実の顔を見て、竜児は思った。
幸せだ、と。とても幸せだ、と。
実乃梨がいて、龍実がいて、自分がいる。月並みだが、こんな幸せな日々がいつまでも続けばいいな、と竜児は思う。瞳を閉じて想像する
。そんな、幸せと喜びに満ちた輝ける未来を。
頑張ろうと思う。そんな未来を、現実にするために。その為には、竜児はどんな努力も辞さないと心に誓い、瞳を開ける。

そして再び目線を実乃梨と龍実に向ける。そこには、竜児にとって何ものよりも大切な、光り輝く、『太陽の煌き』のような眩しい笑顔が
二つある。
この輝きを、いつまでも守っていこうと、竜児は自分に再び決意した。



 「太陽の煌き」〜完〜

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