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おう、おうおう、おう、おう、うわわ……
短い陽はすでに地平の彼方に沈まんという頃、とある高校の片隅に不可思議な奇声が響き渡る。
奇声だけではなく、水の流れる音や何かをこすったり磨いたりする音、果てはガシャガシャと不快な金属音まで聞こえてくることがあるという。
一日おきに発生する怪現象は、やれ近辺で不遇の最期を遂げた落ち武者の亡霊だ、いや大川の氾濫に呑まれて行方知れずになった農民の祟りだ、
現実的に見て実は語られていない夢破れしかつての先輩のさまよえる魂の絶叫だ、などと校内随所(主に下級生の間)で結構な評判であるらしい。
あるクラスではその正体を「春を憎む永遠の冬の使者」なるどこかの推理漫画にでも出てきそうな怪人であると断定、マイナスにはマイナスをぶつけるのが一番だ、
という非論理的数学的トンデモ理論から名前をよくよく見るとその本質を見事に現すハードラック持ちを生贄に捧げる腹づもりがあり、
その隣のクラスでは話を聞きつけて誤解を招きかねない嬌声を上げる者まで出てきているとか。
学年末試験を前にして、平和だった学校に魔の手が忍び寄りつつあった。
そして今日も……

上から下に、流れるように動く一つの影。
その手には大小様々な得物を持ち、目にした存在を片端から捕らえ、検分し、処断していく。
慈悲の欠片もないその行為に、影はこの世のものとは思えない昏い笑みを洩らしていた。
矮小な子供の想像など及びもつかない我が遠大な計画を理解したときには、お前達の世界は冥府の底に沈んでいるのだ! 
と己が儀式の順調な進捗にこみ上げる喜びを隠せない邪教の大神官がそこにいる……のではもちろんなく。
「……よーし」
備え付けの用具に自前の装備をプラスした、いわばフルアーマー、パーフェクトな機動清掃員が満足げに一人ごちた。
その外見上の最大の特徴たるギラリと輝く三白眼が、本日の成果を見渡してさらにその光を強める。自分基準として完璧に近い仕上がりだ。
さすがに公共の、しかもあまり知り得ない人間が使う場所を舐めてしまおうとは思わないが。
「けど、明後日までにはまた元の木阿弥になっちまうんだろうな、まったく……」
愚痴というよりは世話の焼ける幼子に向ける喜び混じりの苦笑、といった色を帯びた声が発せられる。
そこには自分がしたことが結果として無に帰してしまうことへのいらだちはほとんど感じられない、どころか、そういう考えを持つこと自体が不遜であるという自覚すら漂わせている。
平時は決して立ち入ることのない教員用トイレを隅々まで点検して、やり残したことはないのか、本当に大丈夫かを改めて確認する。オーケー、問題なし。
新品同様にピカピカとまではいかなくとも汚れは跡形もなく消え去って、素人目にも見事な手際であることが分かる。
ローカル局のうさんくさい通販グッズでもこうはうまくいかないだろう。MOTTAINAIから実際に購入して比較したことなどないが、それくらいの自負はあるのだ。

それでも、と己を護っていたゴム手袋、エプロンその他の防具を丁寧に外しながら機動清掃員から一介の高校生に戻った少年は表情をわずかに曇らせる。
その視線の先には換気用の窓。こことは別の場所にある、やはり同じ目的の窓から目にした光景が思い出される。
今はどこにいるか知れない少女が、一年近くかけて積み上げた想いを親友に正面からぶつけたあの時を。
あの時から始まったに違いない、少年をどこまでも強くしてくれる、胸を満たすものを見つけた日を。
すぐには気付けなくて、気付いたら気付いたで目を背けて。別のものだと解釈しようとして、他ならぬ自分の心がそれを否定して。逃げ場所を失ったことでそれと向き合って、向き合って思い切りぶつけてみせた。
若気の至りで済ませるにはあまりにもひどい話で、とても笑い事ではない。たくさんの人に迷惑をかけ、至る所に数え切れないほどの傷だって作ってしまった。
こうしてトイレ掃除をしているのは表面的にはその償い、ということになっている。しかし自分がしでかしたこととその対価、比較してみれば一目瞭然の不足分を思えば、
この程度は試練にすらならない。得意にしていることで失敗を補おうなどというのがそもそも虫のよすぎる話なのだ。
けれど、そうやってチャンスをくれた人が確かにいて、それに応えうる自分という存在がある。それならば。
「……やれなきゃ、ウソだよな」
バカをやらかして、そして得たものは確かに今の自分を照らしてくれている。重要なのはその先にあることだ。昏い水底から飛び出して、遥かなる大空を舞うのは何のためか。
孤独に涙し、心を引き裂かれる痛みの果てに思い描いた世界。
逃避でも、反発でもなく、ましてや絶望の先になどあり得ない未来。
ひとりぼっちでは届かないし、ふたりきりでも満たされはしない。
だから今、自分はここにいる。何よりも大切なもののない、この場所に。
立ち止まらず、あせらず、まっすぐに。必ず辿り着けると信じて。
だから、もう自分のことで誰にも心配をかけたくはない。俺は大丈夫だと、みんなに伝えたい。決して誤解されない、はっきりとした形で。
自分の目指す未来を言葉にするとどうなるのだろう。自分の希う世界を、あえて言葉に……

…………

よし、決めた。
思った以上に早くまとまった「答え」は、今の自分でも表現できるくらいに純粋なもの。
だからこそ、やすやすと口にしていいものではない。これは決意表明でもあるのだから。
どんなことがあっても揺らぐことのない想いだということを、この世界に発信する。
そうすることが、今の自分にできる最高の恩返しだ。

決意も新たに歩を進める少年は、今日の課題のまとめへと思考を振り向ける。報告も懺悔の一環だ。それだけにしっかりと、綿密に見たこと、感じたことを記さねばならない。
幸い、報告のタネには事欠かない。自分のしていることを客観的に見直すのにもぴったりだ。
さあ、もう一がんばりするか。
その熱意が、周囲を畏れさせるほどであることを少年自身が知るのは、もう少し先のことである。

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