最終更新:ID:NHnHDPS+BA 2024年07月04日(木) 20:41:21履歴
こちらのSSは登場泥の口調/設定に差異がある可能性があります。
泥の描写や使用許諾について指摘がありましたらスレやコメント欄でご指摘ください。
修正、あるいは該当箇所の削除を行います。
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新世界行き列車に乗る我ちゃん
3人の視界は、白に染まっていた。彼ら3人は、それぞれが1つの目的を持っている。
無垢なる少年と、本来ならば存在するはずのないデミ・サーヴァントの少女と、妖精の如き容貌のランサー。その計3人。
彼らの目的はただ1つ。突如として人類史に出現した、七つの"聖胎"によってゆがめられた世界を正すべく、レイシフトを続け戦う事。
その果てに何があるかは、彼ら自身もわかっていない。
だが、何か駆り立てられるかのような使命感を抱き、彼らは走り続ける。
その隣に立つランサーの微笑みが示すは、天使の祝福か悪魔のささやきか。
それさえも彼らはわからない。そして、この白き景色の果てに、何が待っているのかも──────。
「……ん」
「ここは……、電車の中、か。
次の聖胎はここ? イヴ」
「あれー? いや、そんなはずは。んー、聖胎に近い気配はありますねモニカさん。
でもなんかちょっと違うような。あれー??」
妖精の如きランサーが戸惑いながら飛び跳ねる。
白い視界を抜け、気づけば彼らは電車に座して揺られていた。木造の感覚が残る、どこか懐かしい列車だった。
彼らは戸惑いながら、周囲を見渡したり窓の向こう側を流れて往く景色を眺めたりしている。
あまり戸惑わせるのは、我の趣味ではない。という訳で、隣の座席から我は彼らに声をかけた。
「ここは新世界へ向かう列車だよ。お前たちが今まで潜り抜けて来たような特異点とはまた違う。
争いとは縁のない世界。それが、これよりお前たちが向かうべき先だ」
「あ! 貴方ですね私たちをここまで連れて来たの! 返してくださいよ!
モニカさんとユウさんは、たーくさんの特異点を超えなくてはならない使命があるんです!!」
「此処にいるということは誰かが──────大方、そこの妖精の如き先導者か? が、招待状に同意したと思われるがね。
さて一体何があったのだろうな。貴様は覚えがないかちっこいの。何か、文章のようなものが表示されなかったか?」
「……そういえば、なんか、あったかも、しれませんね。邪魔だったんで迷いなくYes押しちゃったかも」
「貴方説明書読まないタイプなのね、イヴ」
返せ返せとじたばた妖精が足掻く。ええい姦しい。
ただ納得できないまま新世界に来られても迷惑を起こしかねない。
ここは1つ、コイツをそそのかす一言でも添えておくべきか。
「まぁ無理にとは言わん。帰りたければ我の手で帰らせてやる。
確かにこの先は争いとは無縁の地……。一度はいれば安寧故に抜け出すことは出来ぬだろう。
その閉ざされた地を抜け出すことは、まさに試練と呼ぶにふさわしい。おまえたち程度ではそんな奇跡を成すなど到底不可能か……」
「へぇー……。むーん。そうですねぇ……。………まぁ、せっかくですし行ってみますか。私の判断が正しいと証明して見せますよ!」
「失敗を過失と認めたくないだけじゃないのかしら」
「ちーがーいーまーす!!」
とかく、これで3人の招待客をゲットできた。
彼らはこの先、6つの特異点を潜り抜ける運命にある。聖胎に魅入られし"主人公"らだ。
黄金に染まりし安土城を抜け、ローマへ、そしてまだ見ぬ特異点を駆け巡る物語の主。それこそが彼らである。
そんな彼らに休息を機会を与えた……と言えば聞こえはいいが、だまし討ちみたいな形になってしまったかもしれん。
まぁ、こうでもしないと彼らは捕まらなかったのだ。特異点の渦中で使命を放棄するような奴らとも思えないし。うん、これでいいのだ。
などと考えながら、我は列車を後にして次の世界へ向かった。
そろそろ、泥濘の世界を巡る旅も終着点を迎えようとしている。
お前もここまでよく付き合ってくれた。あとちょっとだけ、付き合ってくれ。
◆
「あの、もし違ったら失礼ですけど……何かお困りでしょうか?」
「ん、ああ。この街に来たのは初めてだった故、道に迷ってしまってたのだが……。
優しいんだな、お前たちは。見ず知らずの我に声をかけてくれるなどと」
「お気になさらず。困っている人は助けるべきだって決めてますので」
日本の地方都市、円沢市。街並みを歩む我に対し、赤に近い茶髪の少女が穏やかな笑顔でそう告げた。
道に迷っている───正確にはそのように演じていたのだが───我に対し、迷わず声をかけるその善性は肯定されてしかるべきだ。
その連れているセイバーもまた、彼女と同じように善性を持っていると肌で感じる。ありていに言えば、親切心で行動することが板に付いている少女たちであった。
セイバー、と呼んだことから分かるとは思うが、彼女もまた1つの聖杯戦争に巻き込まれた者たちだ。
鞠瀬日陽。大災害で母を亡くし、魔術師である父から魔術の指南を受けながらも、その関係に思うところがあった少女。
だが、セイバーを召喚する最中に父を殺される形で、謀らずして彼女はセイバーと契約し聖杯戦争の渦中に巻き込まれていった……という次第である。
こういった聖杯戦争において、巻き込まれた少年少女が物語の中心となる事例は少なくはない。
先に訪れた函館における聖杯探索なども、その事例であるな。
「なるほど。その方の家でしたらこっち方面に行った方がいいですね」
「案内しましょう。近頃は何かと物騒ですから。いいですよね、日陽」
「もちろん。では、わたしたちについてきてください」
「ふむ、ありがたい」
聖杯戦争という非日常の最中であることを考慮したが故だろう、他者を守ろうとすることも忘れていない。
今まで多くの聖杯戦争や非日常に巻き込まれてきた者らを見てきたが、彼女らの特異性はその善性、あるいは正義感と言えるだろう。
彼女が聖杯戦争に参加したのも、その正義感故に他ならない。我としては、それほどに真っ直ぐな正義感が戦争という場によって徒花と散るは忍びない。
故、気づけば──────招待状を渡すという使命を忘れ、我個人的な感覚として、我は彼女らに招待状を手渡していた。
「……これは?」
「我に手を差し伸べてくれた、ちょっとしたお礼だよ。
新世界への招待状だ。その招待状にある通りの手順を踏めば、誰でも新世界へと行ける」
「新世界……?」
「一種の比喩だと思ってくれればいい。争いや不幸のない世界、みたいなものかな。
先ほど物騒だと言っていたろう? ならば避難……とまではいわんが、避暑感覚でここを離れてみるのも、悪くないのではないか?」
我の言葉に対し、少女は思案することもなく笑顔を見せた。
「お気遣いありがとうございます。けれど、まだわたしたちにはこの街でやらなければならないことがあるんです。
もし、全てが終わって、この街に平穏が戻ったら――それを、わたしが成し遂げられたら。そうしたら、是非ともお伺いしますね」
──────ああ。なんと眩しいんだ。
嫉妬すら覚えるレベルに眩い正義感。どこまでも真っ直ぐ、だからこそ見ていて飽きぬ光。そんな正しさが彼女の中に垣間見えた。
その正義感と彼女らがどこまで向き合えるか、それはまだ分からない。何故ならこの聖杯戦争の物語は、まだ紡がれ始めたばかりなのだから。
正義に殉ずるか、己の手の届く領域を悟るのか、あるいは──────。それはまだ、ここで語るべきではないのだろう。
「承知した。お前たちがそれで良いのであれば、いつまでも待とう。
招待状に期限はない。何かが終わった時、あるいはすべて投げ出したくなった時……いつでもいい。気軽に訪れるといい」
「はい。ありがとうございます」
少女は礼儀正しく頭を下げた。
「もう少しで到着ですね。ちょうど、あそこのドラッグストアの角を曲がったら――」
───
──────
─────────
そして、目的地で笑顔で見送られ、我は次の招待状を渡すべき人物の元へと向かった。
……初めてだったな。役割や使命ではなく、我自身の意志で招待状を渡すなど。
なにか感じ入るものがあったのか? あるいはこれは、同調か、共鳴か……いや、どうでもいい事か。
何であれ、残す場はただ1つとなった。次の聖杯戦争……いや、最後の聖杯戦争へと向かうぞ。
◆
そうして我は、最後の目的地たる影宮市へとその身を降ろした。
この泥濘の世界を巡る旅路、その終着点。星を巡るが如き運命の道行きは、影堕つる宮にて終わりを迎える。
普通に見ればここは、某県沿岸部に位置する地方都市にすぎない。こうして街並みを見ても、ただ普通の街並みが目に移るだけだ。
だがこの街が泥濘の終着点になるのには、それなりに意味がある。今までの例外に盛れず、この街には聖杯戦争が起きている。
──────いや、"起き続けている"とでも言うべきだな。
ここは我らが今まで巡った泥濘とは比較にならん。
言ってしまえば、それらの集大成ともいえる混沌が集っている場所なのだ。
その発端は、平安時代にまでさかのぼる。
日本中で発生する災厄を鎮めるべく、滋岳川人が地神と戦うため結成した組織「九曜衆」。全ては其処から始まったと歴史の裏に記されている。
戦いの果てに宿願であった地神を封ずるも、一人は犠牲となり一人は暴走。その果てに彼らは作り上げたのだ。永遠に続く神秘、終わらぬ戦争の舞台。『疑似封神台・影宮維基』を。
死んだ英霊の魂を取り込み続け、この世界に存在するありとあらゆる神秘を継ぎ接ぎあわせ、その果てに彼らは続けたのだ。終わらない戦争を。
ただ一つの願いのため、"万能の願望器"を作り出すために。問題は、その過程で多くの物語が生まれては消え堕ちていった事だな。
だが同時に、その願望器を巡って物語が生まれて往くのもまた事実であった。
月影山を越え、日照湖を歩む。月明かりに照らされる水面を見ながら、我はその生まれた物語の1つに思いを馳せた。
公輪家、と言う家がこの影宮市にはある。いわゆる地主の1つだが、その真実はかの永劫に続く聖杯戦争の運営に関わる立場であった。
されど前回の聖杯戦争において参加者としては敗退。当主は次期聖杯戦争を待つまでもなく死亡。次期当主は魔術も知らぬ幼子とあり、此度の聖杯戦争は彼らが関わらぬ聖杯戦争となったわけだ。
今向かっているのは、そんな公輪家の一人娘───姉がいたが、幼くして失くしている───の家だ。彼女、公輪亞海にはぜひ会いたいと思っている。今回はその為に訪れたのだ。
何? 招待状は渡さないのか、だと? 諸事情があってな、ここ影宮市に住まう全ての人間には、招待状を渡す必要がない。
理由はお前が知る必要はないさ。まぁ、最後の地だからとかそういう風に無理やり納得してくれ。
そう告げながら呼び鈴を鳴らすも、公輪邸からは声1つ帰ってこなかった。
「……留守か。まぁ明かりもついていないしな」
夜7時だというのに帰っておらんのか?
まぁ、そういうこともあるだろう。おそらく何か、頼み事でもされて断れていないんだろうか。
あいつはそういう人間だ。というのも、ここに来る以前に奴の記録はすでにある程度読んでいるからな。
公輪亞海。その様は一見すると、我と正反対に映る。ゆえ、少し気になっていたのだ。この招待状を配る旅の以前から。
腰まで届くほど長い髪に、丸みが印象的な瞳。白一色の我と対照的な鮮やかな色彩。あと体型。どれをとっても我と真逆である。
その正反対さは我の興味を惹きつけたが、それ以上に興味を抱いたのはその在り方だった。感情の起伏に乏しい性格。されど誰かの役に立ちたいと願う献身的な性格。
まさに、我と相反に位置するその在り様に対し、こういった存在がどのように聖杯戦争に物語を描くのかと興味深い思いを抱いていた。
「帰ってくるまで待つ、というのも面倒だ。
この静寂の夜を散策しつつ、明日の朝にでも逢いに行くとするか」
そんな風にぼやきながら、我は夜の街を往く。
ゆっくりと納屋備新町方面に向かい、葦毬川にかかる水慧橋を歩む。
水慧という名の通り、水面に月がくっきりと映っていた。周囲に人はおらず、その静寂もまた風情を感じさせる。
その光景はさながら、暗闇の中にぽっかりと空いた光の孔を思わせた。
……こういった光景を、人は美しいと感じるのかもしれない。だが我にとって、その様はどこか空虚に思えた。
一面の黒の中に、不自然なほどに輝く円が浮かんでいる。その光景を、我はどうも不自然と思ってしまう。
空白があれば埋めたい。そう表現すれば、お前としても理解は出来るだろう?
公輪亞海に我がシンパシーを覚えたのも、そういった部分だった。
彼女は一見すれば、それはそれは平凡な少女でしかない。だがその裏に抱えているのは、失った家族への思いである。
特に、かつて共にいた姉に対する思いはここで語るべきではないほどに、彼女の人格形成に大きいものを与えている。
姉妹である以上に、それは支えであり、目標であり、そして理想であった。それを失った彼女はまさに と言えるだろうよ。
もっとも、その が埋まる時は近い。今まで隣に在った理想をなぞるだけの彼女の人生は、今ようやく彼女として歩みだす日が来るのだ。
そんな彼女への思いを馳せながら、納屋備新町の先にある金華教会に訪れる。
ゆっくり、ゆっくりと風情を噛み締めるように歩む。協会にたどり着いた時にはもうすでに、午前1時半をさしていた。
はて、そんなに長く歩んだかな?
いや、そもそも──────
ここまで誰ともすれ違わないのは、余りにも不自然ではないのか?
「一杯食わされたか」
我が全てを悟りそう告げると同時に、周囲の景色はドロドロと溶けていった。
辺り一面を埋め尽くすは漆黒の泥。あまり派手にやりすぎた為、世界に気づかれたようだな。
泥濘の世界と評した我に対し、泥で埋め尽くされたこんな景色を用意するとは皮肉の効いた歓迎だ。
ああ、そうだ。世界とはこうでなくては。光なく、澄むことなく、一面を混沌に満たされている美しくも悍ましき世界。これだ、これこそが我が理想だ!
このまま我を呑み込むか? それも良かろう。もうはやすでに招待状は配り終えた! 動き出した運命は止まることはない!!
この泥に呑まれれば、おそらく我の本体にも影響が及ぶだろう。それを考慮しての罠ならよくできている。
だがもはや、運命はそんなことで止まらないほどに加速し終わっているのだ。
「我が死したところで終わりはない! 侵したいのならば侵すがいい!
全ての招待は行き渡った! 例え死したとしても、我が動かし始めたこの運命の輪がどのような末路を遂げるか、冥府より楽しませてもらうぞ!!」
「────────────ほう、自分が冥府に逝けるような存在だと、本当に思っているのか?」
刹那、背後より声が響いた。
振り返るとそこには、影があった。漆黒、あるいは影。そうとしか表現できない、1人の男。
かろうじてその褐色肌に染まる顔は認識できるものの、長めの白髪と暗黒のフードに覆われ詳細を認識することは出来ない。
だが、我は知っている。名も顔も素性も認識できないこの男を、"認識できないからこそ"知っている。何故ならこいつは、歴史の影に埋もれる事を自ら望んだ存在なのだから。
「まさか、お目にかかれるとは思っていなかったよ」
「ほう、そうか。俺としては、あまり君と会いたくはなかった」
「連れない事を言うなよ。しかし何故お前が顔を出す? もしや影宮市という地名にでも呼ばれたか?」
「ここは影宮市ではない偽りの地だ。抑止がお前と言う存在を排除するためだけに用意した空白の場所。
そこに、万が一を考え俺が派遣された。それだけのことだ」
なるほど、と頷きながら周囲を見やる。周囲の泥が影を恐れるように後ずさっているように見える。
泥から見ても、奴の存在は濃さが違うと見る訳か。あるいは本能的に男の持つ異能を恐れているのだろうか。
まぁ確かに、奴の持つ宝具は我の神髄にすら届き得るだろう。前言撤回だ。呑まれても良いとは思っていたが、奴にだけは殺されるわけにはいかなくなったな。
「少し、話をしようじゃないか」
「今わの際の遺言でも残そうというのか?」
「違う違う。お前と言う存在を知りたいだけさ。
ちょうどよく、お前らしい月も出ていることだしな」
「なぁ、歴史の影に消えゆく英霊。
"影を追うモノ"、影宮零史よ」
月を見上げながら、我はその影なる男の本当の名前を告げた。
ほんの刹那、男の髪の奥に隠れた瞳が、驚きに見開かれたかのような気配がした。
◆
「何故、俺を知っている」
「我はこの泥濘たる世界の全てを読み解いたのだぞ? 当然お前も知っている。
自らある男の影であることを望み、その為だけに生きる影なる例外に身をやつしたとて、我の眼からは逃れられぬさ」
「────────────。」
男は我が存在に危機感を募らせたのか、無言で手に握る弓を構える。
その手に握られるは致命の一矢。生前の魔術を昇華させた宝具で、射った矢を外さねばその対象に確実なる死を与え、外せば自らの命を失うというシンプルな力だ。
驚嘆すべきは、それを一切の躊躇なく我に向ける精神力だろう。外せば死ぬ。そんな極限ともいえる力を、まるで当たり前のように攻撃に扱える。
ああ、泥が奴を恐れるのもうなずけるよ。それほどの精神力、さぞや英霊として踏んだ場数もある事であろうな。
「だがお前は、それほどの力を持ちながら、精神を携えながら────ただ1人の男の為に英霊となった。
過ぎ去った過去という影を追い求めるため、例外に身をやつす。そこまでしてお前は何を得たというのだ?
地位も、名誉も、何もかもかなぐり捨てて……お前はなぜそこまで追い求めた?」
「………」
男は答えない。それと相反するように、我が口は自然と回り続けた。
自分でも理由はわからない。あえて言うなら、先に訪れた世界の日陽に対して抱いた感情に近い熱さが胸を占めていた。
あるいは公輪亞海に思いを馳せていた時にも近い。その真意を自分でも理解できないままに、我はただ言葉を連ね影の過去をつまびらかにしてゆく。
「あの月を見ろ。アレはお前だ。
漆黒の闇に浮かぶ、違和感を覚えるほどの真円なる光! あれこそお前だ!」
「何が言いたい?」
「永遠に埋まらぬ、と言いたいのだよ。お前がどれだけかの少年の影を追おうと、少年がお前を認識する日はない。
例えであったとしても、その出会いはおびただしき数の泥濘の果てに埋まっていく! オランダでの戦いも、人理渾然下での出会いも、神の悪意が引き起こした混乱での邂逅も!
全て、全て失われた! お前は永遠に、あの孔のように満たされない! "我と同じようにな"!!」
自分でもわからない熱を帯びた言葉で、我は影を捲し立て続けた。
最後の言葉も、気づけば自然と口にしていた。満たされない? 我が? 一体、何を……。
そもそも、何故だ? なぜ我はこうまで奴に執着している? 何故こんなにも逸りを、焦りを覚えている?
いや違う。これは怒りか、あるいは同情か。違う、どれとも違う、今までこんな、熱く苦しい感情を抱いたことがない。
なのに何故、我は──────。
「────────────」
「……何の、つもりだ? なぜ臨戦態勢を解く? 何故武器を降ろす!?」
「弱者をいたぶる趣味はない。お前には、満たされない事に対する憤りのような何かを感じる」
「弱者……だと? 我が?」
「そうだ」
男は続ける。我が言葉には満たされぬ渇望への怒り、憎しみが込められているように感じたと。
そんな自分に対し同情を覚え、故に弓を降ろしたと。今は見逃すとすら奴は告げた。その言葉に我は、まさに明確なまでの怒りを覚えた。
その言葉はまさに、満たされている側が言うべき言葉だ。お前のような──────お前のような!
「お前のような、終わりなき旅を往く人間が言っていい言葉ではない!!」
「──────そうか。お前は満ちる事に、足りることを知る人間に、嫉妬しているのか」
数度頷いた影と、我の肉体が交差する。
周囲に満ちる泥も交えた幾たびもの衝突。奴は数え切れぬほどの矢を放った。
だがその中で一度たりとも、致命の一矢を使うことはなかった。
「何故だ! 何故矢を使わない!!
世界の敵はここにいるぞ!! 殺す事が抑止たる貴様の使命なのだろう!!
ならば殺せ! この状況において、その手が血に染まる事を恐れたのか!?」
「──────君は俺を、月のようだと評したな」
怒りが胸を支配し、冷静な判断力が喪われてゆく。
気付けば我は影を見失い、何処にいるかもわからないままに叫んでいた。
対して影は冷静に、ただ静かに矢を携え、弓を構え、我が脳天に狙いを定める。
「俺は満たされずとも構わない。気づかれずとも、感謝されなくても良い。
ただ奴が往く夜の道を照らす、ほんの一筋の月明かりになれるというのなら──────俺はそれだけで幸福だよ」
その言葉と共に、我の脳天を矢が貫いた。
──────致命ではない、奴が持ち得る数多の剣の内の1つ。それが変化しただけの、何でもない矢。
当然"この"我は死亡する。だがそれだけだ。我が最奥にまで届くことはない。お前の力ならば、届かせる手段があるというのに!!
「生憎、"隠された神秘"に届くかどうかは五分五分だからな。
だがそれ以上に──────お前とはもっと話すべきだと思った。だから、矢を執るべきではないと判断した」
「は……! どこまでも、我を、嘲りおって…………。なれば──────」
地に倒れ伏すと同時に、招待状を投擲する。
それは我にとって、満たされぬ旅路に手向ける憐れみだった。だが男は、それを受け取るが義務であるかのような顔立ちで手に取った。
まったく……どこまでも我と相反する。だが、こんなにも熱くなれたのは久しぶりだった。
また新世界で、お前と、そして公輪亞海とも、出会える日を心待ちにしているぞ。
「俺も楽しみにしている。
お前のその胸の虚が、埋まるその時を」
「その時は──────この一矢でお前を葬ると約束しよう」
そんな言葉が、手向けのように我に投げかけられる。
その言い放った男の顔を見ることも叶わず、その我の意識は其処で途切れた。
◆
我が──────満たされぬだと? 乾いている、だと?
馬鹿馬鹿しい。泥濘の世界に浸りすぎたが故、奴らに影響を受けただけだ。
この泥濘は聖杯戦争……願いの為に戦う魔術師と英霊が織りなす彩模様に満ちている。その願いとはまさしく渇望、あるいは満たされぬ祈りの果てだ。
そういったものだからこそ、我も影響されて渇きを覚えただけだ。そうだ。そうに違いないさ。
……兎角、招待状は配り終わった。
じきに新世界への扉は開く。今日か、明日か……具体的な時間は我にも分からぬが、数日以内だ。
これだけは保障出来る。ああ、これも保障してやろう。新世界には苦も無く争いも無い、理想の世界である、とな。
楽しみに待っているがいい。新世界の幕開けを。
この泥濘の世界に生きる遍く全ての命に、その新世界への手向けを与えるが我が使命。
故に──────ここまで歩んできた。それに付き合ったお前にも、最上級の感謝と労いをくれてやる。
とは言っても招待状以外に渡せるものが……ああ、これがあったか。
そう思い出し、我は懐から1枚の招待状を取り出す。
そしてペンを1本取り出し、慣れた手つきで1つの署名を執筆し、お前に手渡した。
「アンナ・シュプレンゲル。我が名前だ。
正確にはそう定義された過去があるというだけだが、英霊の座から我が呼ばれる時はこの名が一番多い。
"隠されし首領"と呼ぶものもいるが、個人名で呼びたいとあればその名で我を呼ぶがいい。一番しっくりくる。
会いたくなったら、名前を呼べば気が向いたら駆けつけるさ。……では、な」
そう別れを告げ、我は踵を返すことなくその場を去った。
後に残るのは、不気味なまでの静寂と、空に浮かぶ白き月だけであった。
◆ ◇ ◆
■Tips.泥FGO企画
FGOを泥で再現し、それをRPGにしてプレイしよう! というコンセプトから始まった企画。
当時はやり始めていたエクストラクラス、グランドマザーを各章のボスに置き、特異点ごとに企画主とは異なる担当者が泥を募集するという形で始動した、一種の原作踏襲企画。
いくつかの特異点の募集が行われたもののしばらく停止していたが、2024年になり連載SS企画として復活。現在は第二特異点の連載が進んでいる。
■Tips.Fate/malignant justice
現在連載中の聖杯戦争SS。企画とは異なり、連載から登場するマスターやサーヴァントの全てが執筆者のもので固められているのが特徴。
キャラクターの要素や関係などはステイナイトを意識している形で、タイトルの通り正義感を持つ主人公を中心とする形で物語が進んでゆく。
サーヴァントもそのほとんどがページの存在しない新規サーヴァントであり、真名の推測などでも今後から目が離せない。
■Tips.Fate/Empty Heart
2023年に開始された泥聖杯戦争企画。初代FateであるステイナイトをモチーフとしたSNっぽい企画をリブートしたものとなっている。
その登場するキャラクターは大部分が募集されたが、一部はあらかじめ企画主が目を付けた「」に依頼をする形で練られたというのが大きな特徴。
加え、その非常に重厚な世界設定なども嵩み非情に大規模な企画となっている。近日 。
■Tips.カゲミヤ
2016年8月31日午前1時30分。ふたば掲示板を大規模なDDoS攻撃が遅い、IPv6を持つ貴族以外は書き込みが不可能になった。
結果、FGOスレは泥にまみれたが、その泥の中に突如として出現したのがカゲミヤだった。そのカゲミヤから全ては始まり、今年で8年となる。
おらんだ掲示板におけるエミヤとの決戦、May&img合同企画におけるエミヤとの協力、そして泥5周年記念SSにおけるエミヤとの共闘など複数回エミヤと共に戦うことはあったが、いずれも正史ではない時の果てに消え去っている。
泥の描写や使用許諾について指摘がありましたらスレやコメント欄でご指摘ください。
修正、あるいは該当箇所の削除を行います。
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新世界行き列車に乗る我ちゃん
3人の視界は、白に染まっていた。彼ら3人は、それぞれが1つの目的を持っている。
無垢なる少年と、本来ならば存在するはずのないデミ・サーヴァントの少女と、妖精の如き容貌のランサー。その計3人。
彼らの目的はただ1つ。突如として人類史に出現した、七つの"聖胎"によってゆがめられた世界を正すべく、レイシフトを続け戦う事。
その果てに何があるかは、彼ら自身もわかっていない。
だが、何か駆り立てられるかのような使命感を抱き、彼らは走り続ける。
その隣に立つランサーの微笑みが示すは、天使の祝福か悪魔のささやきか。
それさえも彼らはわからない。そして、この白き景色の果てに、何が待っているのかも──────。
「……ん」
「ここは……、電車の中、か。
次の聖胎はここ? イヴ」
「あれー? いや、そんなはずは。んー、聖胎に近い気配はありますねモニカさん。
でもなんかちょっと違うような。あれー??」
妖精の如きランサーが戸惑いながら飛び跳ねる。
白い視界を抜け、気づけば彼らは電車に座して揺られていた。木造の感覚が残る、どこか懐かしい列車だった。
彼らは戸惑いながら、周囲を見渡したり窓の向こう側を流れて往く景色を眺めたりしている。
あまり戸惑わせるのは、我の趣味ではない。という訳で、隣の座席から我は彼らに声をかけた。
「ここは新世界へ向かう列車だよ。お前たちが今まで潜り抜けて来たような特異点とはまた違う。
争いとは縁のない世界。それが、これよりお前たちが向かうべき先だ」
「あ! 貴方ですね私たちをここまで連れて来たの! 返してくださいよ!
モニカさんとユウさんは、たーくさんの特異点を超えなくてはならない使命があるんです!!」
「此処にいるということは誰かが──────大方、そこの妖精の如き先導者か? が、招待状に同意したと思われるがね。
さて一体何があったのだろうな。貴様は覚えがないかちっこいの。何か、文章のようなものが表示されなかったか?」
「……そういえば、なんか、あったかも、しれませんね。邪魔だったんで迷いなくYes押しちゃったかも」
「貴方説明書読まないタイプなのね、イヴ」
返せ返せとじたばた妖精が足掻く。ええい姦しい。
ただ納得できないまま新世界に来られても迷惑を起こしかねない。
ここは1つ、コイツをそそのかす一言でも添えておくべきか。
「まぁ無理にとは言わん。帰りたければ我の手で帰らせてやる。
確かにこの先は争いとは無縁の地……。一度はいれば安寧故に抜け出すことは出来ぬだろう。
その閉ざされた地を抜け出すことは、まさに試練と呼ぶにふさわしい。おまえたち程度ではそんな奇跡を成すなど到底不可能か……」
「へぇー……。むーん。そうですねぇ……。………まぁ、せっかくですし行ってみますか。私の判断が正しいと証明して見せますよ!」
「失敗を過失と認めたくないだけじゃないのかしら」
「ちーがーいーまーす!!」
とかく、これで3人の招待客をゲットできた。
彼らはこの先、6つの特異点を潜り抜ける運命にある。聖胎に魅入られし"主人公"らだ。
黄金に染まりし安土城を抜け、ローマへ、そしてまだ見ぬ特異点を駆け巡る物語の主。それこそが彼らである。
そんな彼らに休息を機会を与えた……と言えば聞こえはいいが、だまし討ちみたいな形になってしまったかもしれん。
まぁ、こうでもしないと彼らは捕まらなかったのだ。特異点の渦中で使命を放棄するような奴らとも思えないし。うん、これでいいのだ。
などと考えながら、我は列車を後にして次の世界へ向かった。
そろそろ、泥濘の世界を巡る旅も終着点を迎えようとしている。
お前もここまでよく付き合ってくれた。あとちょっとだけ、付き合ってくれ。
◆
「あの、もし違ったら失礼ですけど……何かお困りでしょうか?」
「ん、ああ。この街に来たのは初めてだった故、道に迷ってしまってたのだが……。
優しいんだな、お前たちは。見ず知らずの我に声をかけてくれるなどと」
「お気になさらず。困っている人は助けるべきだって決めてますので」
日本の地方都市、円沢市。街並みを歩む我に対し、赤に近い茶髪の少女が穏やかな笑顔でそう告げた。
道に迷っている───正確にはそのように演じていたのだが───我に対し、迷わず声をかけるその善性は肯定されてしかるべきだ。
その連れているセイバーもまた、彼女と同じように善性を持っていると肌で感じる。ありていに言えば、親切心で行動することが板に付いている少女たちであった。
セイバー、と呼んだことから分かるとは思うが、彼女もまた1つの聖杯戦争に巻き込まれた者たちだ。
鞠瀬日陽。大災害で母を亡くし、魔術師である父から魔術の指南を受けながらも、その関係に思うところがあった少女。
だが、セイバーを召喚する最中に父を殺される形で、謀らずして彼女はセイバーと契約し聖杯戦争の渦中に巻き込まれていった……という次第である。
こういった聖杯戦争において、巻き込まれた少年少女が物語の中心となる事例は少なくはない。
先に訪れた函館における聖杯探索なども、その事例であるな。
「なるほど。その方の家でしたらこっち方面に行った方がいいですね」
「案内しましょう。近頃は何かと物騒ですから。いいですよね、日陽」
「もちろん。では、わたしたちについてきてください」
「ふむ、ありがたい」
聖杯戦争という非日常の最中であることを考慮したが故だろう、他者を守ろうとすることも忘れていない。
今まで多くの聖杯戦争や非日常に巻き込まれてきた者らを見てきたが、彼女らの特異性はその善性、あるいは正義感と言えるだろう。
彼女が聖杯戦争に参加したのも、その正義感故に他ならない。我としては、それほどに真っ直ぐな正義感が戦争という場によって徒花と散るは忍びない。
故、気づけば──────招待状を渡すという使命を忘れ、我個人的な感覚として、我は彼女らに招待状を手渡していた。
「……これは?」
「我に手を差し伸べてくれた、ちょっとしたお礼だよ。
新世界への招待状だ。その招待状にある通りの手順を踏めば、誰でも新世界へと行ける」
「新世界……?」
「一種の比喩だと思ってくれればいい。争いや不幸のない世界、みたいなものかな。
先ほど物騒だと言っていたろう? ならば避難……とまではいわんが、避暑感覚でここを離れてみるのも、悪くないのではないか?」
我の言葉に対し、少女は思案することもなく笑顔を見せた。
「お気遣いありがとうございます。けれど、まだわたしたちにはこの街でやらなければならないことがあるんです。
もし、全てが終わって、この街に平穏が戻ったら――それを、わたしが成し遂げられたら。そうしたら、是非ともお伺いしますね」
──────ああ。なんと眩しいんだ。
嫉妬すら覚えるレベルに眩い正義感。どこまでも真っ直ぐ、だからこそ見ていて飽きぬ光。そんな正しさが彼女の中に垣間見えた。
その正義感と彼女らがどこまで向き合えるか、それはまだ分からない。何故ならこの聖杯戦争の物語は、まだ紡がれ始めたばかりなのだから。
正義に殉ずるか、己の手の届く領域を悟るのか、あるいは──────。それはまだ、ここで語るべきではないのだろう。
「承知した。お前たちがそれで良いのであれば、いつまでも待とう。
招待状に期限はない。何かが終わった時、あるいはすべて投げ出したくなった時……いつでもいい。気軽に訪れるといい」
「はい。ありがとうございます」
少女は礼儀正しく頭を下げた。
「もう少しで到着ですね。ちょうど、あそこのドラッグストアの角を曲がったら――」
───
──────
─────────
そして、目的地で笑顔で見送られ、我は次の招待状を渡すべき人物の元へと向かった。
……初めてだったな。役割や使命ではなく、我自身の意志で招待状を渡すなど。
なにか感じ入るものがあったのか? あるいはこれは、同調か、共鳴か……いや、どうでもいい事か。
何であれ、残す場はただ1つとなった。次の聖杯戦争……いや、最後の聖杯戦争へと向かうぞ。
◆
そうして我は、最後の目的地たる影宮市へとその身を降ろした。
この泥濘の世界を巡る旅路、その終着点。星を巡るが如き運命の道行きは、影堕つる宮にて終わりを迎える。
普通に見ればここは、某県沿岸部に位置する地方都市にすぎない。こうして街並みを見ても、ただ普通の街並みが目に移るだけだ。
だがこの街が泥濘の終着点になるのには、それなりに意味がある。今までの例外に盛れず、この街には聖杯戦争が起きている。
──────いや、"起き続けている"とでも言うべきだな。
ここは我らが今まで巡った泥濘とは比較にならん。
言ってしまえば、それらの集大成ともいえる混沌が集っている場所なのだ。
その発端は、平安時代にまでさかのぼる。
日本中で発生する災厄を鎮めるべく、滋岳川人が地神と戦うため結成した組織「九曜衆」。全ては其処から始まったと歴史の裏に記されている。
戦いの果てに宿願であった地神を封ずるも、一人は犠牲となり一人は暴走。その果てに彼らは作り上げたのだ。永遠に続く神秘、終わらぬ戦争の舞台。『疑似封神台・影宮維基』を。
死んだ英霊の魂を取り込み続け、この世界に存在するありとあらゆる神秘を継ぎ接ぎあわせ、その果てに彼らは続けたのだ。終わらない戦争を。
ただ一つの願いのため、"万能の願望器"を作り出すために。問題は、その過程で多くの物語が生まれては消え堕ちていった事だな。
だが同時に、その願望器を巡って物語が生まれて往くのもまた事実であった。
月影山を越え、日照湖を歩む。月明かりに照らされる水面を見ながら、我はその生まれた物語の1つに思いを馳せた。
公輪家、と言う家がこの影宮市にはある。いわゆる地主の1つだが、その真実はかの永劫に続く聖杯戦争の運営に関わる立場であった。
されど前回の聖杯戦争において参加者としては敗退。当主は次期聖杯戦争を待つまでもなく死亡。次期当主は魔術も知らぬ幼子とあり、此度の聖杯戦争は彼らが関わらぬ聖杯戦争となったわけだ。
今向かっているのは、そんな公輪家の一人娘───姉がいたが、幼くして失くしている───の家だ。彼女、公輪亞海にはぜひ会いたいと思っている。今回はその為に訪れたのだ。
何? 招待状は渡さないのか、だと? 諸事情があってな、ここ影宮市に住まう全ての人間には、招待状を渡す必要がない。
理由はお前が知る必要はないさ。まぁ、最後の地だからとかそういう風に無理やり納得してくれ。
そう告げながら呼び鈴を鳴らすも、公輪邸からは声1つ帰ってこなかった。
「……留守か。まぁ明かりもついていないしな」
夜7時だというのに帰っておらんのか?
まぁ、そういうこともあるだろう。おそらく何か、頼み事でもされて断れていないんだろうか。
あいつはそういう人間だ。というのも、ここに来る以前に奴の記録はすでにある程度読んでいるからな。
公輪亞海。その様は一見すると、我と正反対に映る。ゆえ、少し気になっていたのだ。この招待状を配る旅の以前から。
腰まで届くほど長い髪に、丸みが印象的な瞳。白一色の我と対照的な鮮やかな色彩。あと体型。どれをとっても我と真逆である。
その正反対さは我の興味を惹きつけたが、それ以上に興味を抱いたのはその在り方だった。感情の起伏に乏しい性格。されど誰かの役に立ちたいと願う献身的な性格。
まさに、我と相反に位置するその在り様に対し、こういった存在がどのように聖杯戦争に物語を描くのかと興味深い思いを抱いていた。
「帰ってくるまで待つ、というのも面倒だ。
この静寂の夜を散策しつつ、明日の朝にでも逢いに行くとするか」
そんな風にぼやきながら、我は夜の街を往く。
ゆっくりと納屋備新町方面に向かい、葦毬川にかかる水慧橋を歩む。
水慧という名の通り、水面に月がくっきりと映っていた。周囲に人はおらず、その静寂もまた風情を感じさせる。
その光景はさながら、暗闇の中にぽっかりと空いた光の孔を思わせた。
……こういった光景を、人は美しいと感じるのかもしれない。だが我にとって、その様はどこか空虚に思えた。
一面の黒の中に、不自然なほどに輝く円が浮かんでいる。その光景を、我はどうも不自然と思ってしまう。
空白があれば埋めたい。そう表現すれば、お前としても理解は出来るだろう?
公輪亞海に我がシンパシーを覚えたのも、そういった部分だった。
彼女は一見すれば、それはそれは平凡な少女でしかない。だがその裏に抱えているのは、失った家族への思いである。
特に、かつて共にいた姉に対する思いはここで語るべきではないほどに、彼女の人格形成に大きいものを与えている。
姉妹である以上に、それは支えであり、目標であり、そして理想であった。それを失った彼女はまさに
もっとも、その
そんな彼女への思いを馳せながら、納屋備新町の先にある金華教会に訪れる。
ゆっくり、ゆっくりと風情を噛み締めるように歩む。協会にたどり着いた時にはもうすでに、午前1時半をさしていた。
はて、そんなに長く歩んだかな?
いや、そもそも──────
ここまで誰ともすれ違わないのは、余りにも不自然ではないのか?
「一杯食わされたか」
我が全てを悟りそう告げると同時に、周囲の景色はドロドロと溶けていった。
辺り一面を埋め尽くすは漆黒の泥。あまり派手にやりすぎた為、世界に気づかれたようだな。
泥濘の世界と評した我に対し、泥で埋め尽くされたこんな景色を用意するとは皮肉の効いた歓迎だ。
ああ、そうだ。世界とはこうでなくては。光なく、澄むことなく、一面を混沌に満たされている美しくも悍ましき世界。これだ、これこそが我が理想だ!
このまま我を呑み込むか? それも良かろう。もうはやすでに招待状は配り終えた! 動き出した運命は止まることはない!!
この泥に呑まれれば、おそらく我の本体にも影響が及ぶだろう。それを考慮しての罠ならよくできている。
だがもはや、運命はそんなことで止まらないほどに加速し終わっているのだ。
「我が死したところで終わりはない! 侵したいのならば侵すがいい!
全ての招待は行き渡った! 例え死したとしても、我が動かし始めたこの運命の輪がどのような末路を遂げるか、冥府より楽しませてもらうぞ!!」
「────────────ほう、自分が冥府に逝けるような存在だと、本当に思っているのか?」
刹那、背後より声が響いた。
振り返るとそこには、影があった。漆黒、あるいは影。そうとしか表現できない、1人の男。
かろうじてその褐色肌に染まる顔は認識できるものの、長めの白髪と暗黒のフードに覆われ詳細を認識することは出来ない。
だが、我は知っている。名も顔も素性も認識できないこの男を、"認識できないからこそ"知っている。何故ならこいつは、歴史の影に埋もれる事を自ら望んだ存在なのだから。
「まさか、お目にかかれるとは思っていなかったよ」
「ほう、そうか。俺としては、あまり君と会いたくはなかった」
「連れない事を言うなよ。しかし何故お前が顔を出す? もしや影宮市という地名にでも呼ばれたか?」
「ここは影宮市ではない偽りの地だ。抑止がお前と言う存在を排除するためだけに用意した空白の場所。
そこに、万が一を考え俺が派遣された。それだけのことだ」
なるほど、と頷きながら周囲を見やる。周囲の泥が影を恐れるように後ずさっているように見える。
泥から見ても、奴の存在は濃さが違うと見る訳か。あるいは本能的に男の持つ異能を恐れているのだろうか。
まぁ確かに、奴の持つ宝具は我の神髄にすら届き得るだろう。前言撤回だ。呑まれても良いとは思っていたが、奴にだけは殺されるわけにはいかなくなったな。
「少し、話をしようじゃないか」
「今わの際の遺言でも残そうというのか?」
「違う違う。お前と言う存在を知りたいだけさ。
ちょうどよく、お前らしい月も出ていることだしな」
「なぁ、歴史の影に消えゆく英霊。
"影を追うモノ"、影宮零史よ」
月を見上げながら、我はその影なる男の本当の名前を告げた。
ほんの刹那、男の髪の奥に隠れた瞳が、驚きに見開かれたかのような気配がした。
◆
「何故、俺を知っている」
「我はこの泥濘たる世界の全てを読み解いたのだぞ? 当然お前も知っている。
自らある男の影であることを望み、その為だけに生きる影なる例外に身をやつしたとて、我の眼からは逃れられぬさ」
「────────────。」
男は我が存在に危機感を募らせたのか、無言で手に握る弓を構える。
その手に握られるは致命の一矢。生前の魔術を昇華させた宝具で、射った矢を外さねばその対象に確実なる死を与え、外せば自らの命を失うというシンプルな力だ。
驚嘆すべきは、それを一切の躊躇なく我に向ける精神力だろう。外せば死ぬ。そんな極限ともいえる力を、まるで当たり前のように攻撃に扱える。
ああ、泥が奴を恐れるのもうなずけるよ。それほどの精神力、さぞや英霊として踏んだ場数もある事であろうな。
「だがお前は、それほどの力を持ちながら、精神を携えながら────ただ1人の男の為に英霊となった。
過ぎ去った過去という影を追い求めるため、例外に身をやつす。そこまでしてお前は何を得たというのだ?
地位も、名誉も、何もかもかなぐり捨てて……お前はなぜそこまで追い求めた?」
「………」
男は答えない。それと相反するように、我が口は自然と回り続けた。
自分でも理由はわからない。あえて言うなら、先に訪れた世界の日陽に対して抱いた感情に近い熱さが胸を占めていた。
あるいは公輪亞海に思いを馳せていた時にも近い。その真意を自分でも理解できないままに、我はただ言葉を連ね影の過去をつまびらかにしてゆく。
「あの月を見ろ。アレはお前だ。
漆黒の闇に浮かぶ、違和感を覚えるほどの真円なる光! あれこそお前だ!」
「何が言いたい?」
「永遠に埋まらぬ、と言いたいのだよ。お前がどれだけかの少年の影を追おうと、少年がお前を認識する日はない。
例えであったとしても、その出会いはおびただしき数の泥濘の果てに埋まっていく! オランダでの戦いも、人理渾然下での出会いも、神の悪意が引き起こした混乱での邂逅も!
全て、全て失われた! お前は永遠に、あの孔のように満たされない! "我と同じようにな"!!」
自分でもわからない熱を帯びた言葉で、我は影を捲し立て続けた。
最後の言葉も、気づけば自然と口にしていた。満たされない? 我が? 一体、何を……。
そもそも、何故だ? なぜ我はこうまで奴に執着している? 何故こんなにも逸りを、焦りを覚えている?
いや違う。これは怒りか、あるいは同情か。違う、どれとも違う、今までこんな、熱く苦しい感情を抱いたことがない。
なのに何故、我は──────。
「────────────」
「……何の、つもりだ? なぜ臨戦態勢を解く? 何故武器を降ろす!?」
「弱者をいたぶる趣味はない。お前には、満たされない事に対する憤りのような何かを感じる」
「弱者……だと? 我が?」
「そうだ」
男は続ける。我が言葉には満たされぬ渇望への怒り、憎しみが込められているように感じたと。
そんな自分に対し同情を覚え、故に弓を降ろしたと。今は見逃すとすら奴は告げた。その言葉に我は、まさに明確なまでの怒りを覚えた。
その言葉はまさに、満たされている側が言うべき言葉だ。お前のような──────お前のような!
「お前のような、終わりなき旅を往く人間が言っていい言葉ではない!!」
「──────そうか。お前は満ちる事に、足りることを知る人間に、嫉妬しているのか」
数度頷いた影と、我の肉体が交差する。
周囲に満ちる泥も交えた幾たびもの衝突。奴は数え切れぬほどの矢を放った。
だがその中で一度たりとも、致命の一矢を使うことはなかった。
「何故だ! 何故矢を使わない!!
世界の敵はここにいるぞ!! 殺す事が抑止たる貴様の使命なのだろう!!
ならば殺せ! この状況において、その手が血に染まる事を恐れたのか!?」
「──────君は俺を、月のようだと評したな」
怒りが胸を支配し、冷静な判断力が喪われてゆく。
気付けば我は影を見失い、何処にいるかもわからないままに叫んでいた。
対して影は冷静に、ただ静かに矢を携え、弓を構え、我が脳天に狙いを定める。
「俺は満たされずとも構わない。気づかれずとも、感謝されなくても良い。
ただ奴が往く夜の道を照らす、ほんの一筋の月明かりになれるというのなら──────俺はそれだけで幸福だよ」
その言葉と共に、我の脳天を矢が貫いた。
──────致命ではない、奴が持ち得る数多の剣の内の1つ。それが変化しただけの、何でもない矢。
当然"この"我は死亡する。だがそれだけだ。我が最奥にまで届くことはない。お前の力ならば、届かせる手段があるというのに!!
「生憎、"隠された神秘"に届くかどうかは五分五分だからな。
だがそれ以上に──────お前とはもっと話すべきだと思った。だから、矢を執るべきではないと判断した」
「は……! どこまでも、我を、嘲りおって…………。なれば──────」
地に倒れ伏すと同時に、招待状を投擲する。
それは我にとって、満たされぬ旅路に手向ける憐れみだった。だが男は、それを受け取るが義務であるかのような顔立ちで手に取った。
まったく……どこまでも我と相反する。だが、こんなにも熱くなれたのは久しぶりだった。
また新世界で、お前と、そして公輪亞海とも、出会える日を心待ちにしているぞ。
「俺も楽しみにしている。
お前のその胸の虚が、埋まるその時を」
「その時は──────この一矢でお前を葬ると約束しよう」
そんな言葉が、手向けのように我に投げかけられる。
その言い放った男の顔を見ることも叶わず、その我の意識は其処で途切れた。
◆
我が──────満たされぬだと? 乾いている、だと?
馬鹿馬鹿しい。泥濘の世界に浸りすぎたが故、奴らに影響を受けただけだ。
この泥濘は聖杯戦争……願いの為に戦う魔術師と英霊が織りなす彩模様に満ちている。その願いとはまさしく渇望、あるいは満たされぬ祈りの果てだ。
そういったものだからこそ、我も影響されて渇きを覚えただけだ。そうだ。そうに違いないさ。
……兎角、招待状は配り終わった。
じきに新世界への扉は開く。今日か、明日か……具体的な時間は我にも分からぬが、数日以内だ。
これだけは保障出来る。ああ、これも保障してやろう。新世界には苦も無く争いも無い、理想の世界である、とな。
楽しみに待っているがいい。新世界の幕開けを。
この泥濘の世界に生きる遍く全ての命に、その新世界への手向けを与えるが我が使命。
故に──────ここまで歩んできた。それに付き合ったお前にも、最上級の感謝と労いをくれてやる。
とは言っても招待状以外に渡せるものが……ああ、これがあったか。
そう思い出し、我は懐から1枚の招待状を取り出す。
そしてペンを1本取り出し、慣れた手つきで1つの署名を執筆し、お前に手渡した。
「アンナ・シュプレンゲル。我が名前だ。
正確にはそう定義された過去があるというだけだが、英霊の座から我が呼ばれる時はこの名が一番多い。
"隠されし首領"と呼ぶものもいるが、個人名で呼びたいとあればその名で我を呼ぶがいい。一番しっくりくる。
会いたくなったら、名前を呼べば気が向いたら駆けつけるさ。……では、な」
そう別れを告げ、我は踵を返すことなくその場を去った。
後に残るのは、不気味なまでの静寂と、空に浮かぶ白き月だけであった。
◆ ◇ ◆
■Tips.泥FGO企画
FGOを泥で再現し、それをRPGにしてプレイしよう! というコンセプトから始まった企画。
当時はやり始めていたエクストラクラス、グランドマザーを各章のボスに置き、特異点ごとに企画主とは異なる担当者が泥を募集するという形で始動した、一種の原作踏襲企画。
いくつかの特異点の募集が行われたもののしばらく停止していたが、2024年になり連載SS企画として復活。現在は第二特異点の連載が進んでいる。
■Tips.Fate/malignant justice
現在連載中の聖杯戦争SS。企画とは異なり、連載から登場するマスターやサーヴァントの全てが執筆者のもので固められているのが特徴。
キャラクターの要素や関係などはステイナイトを意識している形で、タイトルの通り正義感を持つ主人公を中心とする形で物語が進んでゆく。
サーヴァントもそのほとんどがページの存在しない新規サーヴァントであり、真名の推測などでも今後から目が離せない。
■Tips.Fate/Empty Heart
2023年に開始された泥聖杯戦争企画。初代FateであるステイナイトをモチーフとしたSNっぽい企画をリブートしたものとなっている。
その登場するキャラクターは大部分が募集されたが、一部はあらかじめ企画主が目を付けた「」に依頼をする形で練られたというのが大きな特徴。
加え、その非常に重厚な世界設定なども嵩み非情に大規模な企画となっている。近日 。
■Tips.カゲミヤ
2016年8月31日午前1時30分。ふたば掲示板を大規模なDDoS攻撃が遅い、IPv6を持つ貴族以外は書き込みが不可能になった。
結果、FGOスレは泥にまみれたが、その泥の中に突如として出現したのがカゲミヤだった。そのカゲミヤから全ては始まり、今年で8年となる。
おらんだ掲示板におけるエミヤとの決戦、May&img合同企画におけるエミヤとの協力、そして泥5周年記念SSにおけるエミヤとの共闘など複数回エミヤと共に戦うことはあったが、いずれも正史ではない時の果てに消え去っている。
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