最終更新:ID:Rd+LLO2WvA 2022年02月03日(木) 01:16:10履歴
自分は赤に立っている。彼女は青に立っている。
───これが、生死を分かつ境界線。
幾度も見た風景。無情に繋ぎ、無駄無く断ち切る命脈の岐路。
青き岐路を進み、道を分け、海を行き、知られぬ明日を見る旅───
その分岐が今、赤色の幕を閉じている。
ぼやけて揺らぐあの顔が、哀しく歪んで離れない。
その双眸に確かに光る、強く切ない意志を視界に収め、ノイズ塗れの音声で、オレは/わたしは か細く呟く。
「キミなら─────」
「────悔いは────ない─────」
それが最後。
この言葉を境にして、オレの/わたしの 意識が閉じる。
例外は無く、前例の通り。
自分の全てが、消えて行った。
───────
𝙲𝚘𝚗𝚗𝚎𝚌𝚝𝚒𝚘𝚗 𝙲𝚘𝚗𝚏𝚒𝚛𝚖𝚎𝚍-𝚌𝚑𝚎𝚌𝚔𝚒𝚗𝚐 𝚜𝚢𝚜𝚝𝚎𝚖.
───これが、生死を分かつ境界線。
幾度も見た風景。無情に繋ぎ、無駄無く断ち切る命脈の岐路。
青き岐路を進み、道を分け、海を行き、知られぬ明日を見る旅───
その分岐が今、赤色の幕を閉じている。
ぼやけて揺らぐあの顔が、哀しく歪んで離れない。
その双眸に確かに光る、強く切ない意志を視界に収め、ノイズ塗れの音声で、オレは/わたしは か細く呟く。
「キミなら─────」
「────悔いは────ない─────」
それが最後。
この言葉を境にして、オレの/わたしの 意識が閉じる。
例外は無く、前例の通り。
自分の全てが、消えて行った。
───────
𝙲𝚘𝚗𝚗𝚎𝚌𝚝𝚒𝚘𝚗 𝙲𝚘𝚗𝚏𝚒𝚛𝚖𝚎𝚍-𝚌𝚑𝚎𝚌𝚔𝚒𝚗𝚐 𝚜𝚢𝚜𝚝𝚎𝚖.
[𝙰𝚌𝚌𝚘𝚞𝚗𝚝] - 𝚟𝚘𝚒𝚍() [𝙻𝚒𝚌𝚎𝚗𝚜𝚎] - 𝚟𝚘𝚒𝚍() [𝙿𝚊𝚜𝚜𝚠𝚘𝚛𝚍] - 𝚟𝚘𝚒𝚍() [𝙸𝙿 𝙰𝚍𝚍𝚛𝚎𝚜𝚜] - 𝚟𝚘𝚒𝚍() [𝚂𝚎𝚌𝚞𝚛𝚒𝚝𝚢 𝚌𝚕𝚎𝚊𝚛𝚊𝚗𝚌𝚎] - 𝚟𝚘𝚒𝚍() !! 𝐈𝐍𝐂𝐎𝐌𝐈𝐍𝐆 𝐂𝐎𝐍𝐍𝐄𝐂𝐓𝐈𝐎𝐍 !! 𝙿𝚛𝚘𝚡𝚢 𝚑𝚊𝚜 𝚌𝚛𝚊𝚌𝚔𝚎𝚍 𝙸𝚗𝚝𝚛𝚞𝚜𝚒𝚘𝚗𝙳𝚎𝚝𝚎𝚌𝚝𝚒𝚘𝚗𝚂𝚢𝚜𝚝𝚎𝚖 𝚑𝚊𝚜 𝚌𝚛𝚊𝚌𝚔𝚎𝚍 𝙵𝚒𝚛𝚎𝚠𝚊𝚕𝚕 𝚑𝚊𝚜 𝚜𝚘𝚕𝚟𝚎𝚍 𝙸𝚗𝚝𝚛𝚞𝚜𝚒𝚘𝚗𝙿𝚛𝚎𝚟𝚎𝚗𝚝𝚒𝚘𝚗𝚂𝚢𝚜𝚝𝚎𝚖 𝚑𝚊𝚜 𝚌𝚛𝚊𝚌𝚔𝚎𝚍 𝙳𝚒𝚜𝚌𝚘𝚗𝚗𝚎𝚌𝚝𝚒𝚗𝚐 . . . . . . 0𝟷𝟻𝟸𝟾𝟿𝟹𝟽𝟺0𝟸𝟽𝟷𝟿𝟹𝟿𝟻0𝟹0𝟸𝟽𝟷𝟷𝟽𝟿𝟹 𝟽𝟷𝟽𝟾𝟹𝟿𝟹0𝟺𝟽0𝟷𝟾𝟸𝟾𝟹𝟿000𝟷0𝟹𝟽𝟹𝟽𝟺 𝟹0𝟷𝟿𝟹𝟾𝟽0𝟹𝟾𝟺𝟾𝟸𝟼𝟸0𝟺𝟹𝟽𝟸𝟼𝟿𝟺𝟿𝟸𝟷 𝟻𝟿𝟷0𝟹0𝟺𝟾𝟼𝟻𝟷𝟿𝟺𝟽𝟸𝟼𝟽𝟹𝟿𝟺𝟼𝟸𝟻𝟺0𝟻 0𝟷𝟾𝟺𝟽𝟻𝟷𝟸𝟽0𝟹𝟺𝟽𝟿𝟼𝟾𝟸𝟷𝟼𝟺𝟽𝟸𝟻𝟻𝟷𝟼𝟾 0𝟿𝟿𝟷𝟾𝟹𝟼𝟸𝟼𝟹𝟿𝟺𝟾𝟻𝟽𝟸𝟼𝟷𝟽𝟿𝟷0𝟺0𝟻0𝟷 [𝙵𝚊𝚒𝚕𝚎𝚍] 𝙳𝚒𝚜𝚌𝚘𝚗𝚗𝚎𝚌𝚝𝚒𝚗𝚐 . . . . . . 𝟷𝟾𝟹𝟽𝟼𝟷𝟿𝟿𝟷𝟿𝟷𝟾𝟷𝟽𝟾𝟿00𝟷𝟼𝟹𝟼𝟷0𝟷𝟹𝟽𝟻 𝟾𝟿𝟷𝟸𝟸𝟺𝟻𝟼𝟹𝟿𝟾𝟸𝟻𝟺𝟼𝟸0𝟷𝟾𝟿0𝟸𝟽𝟺𝟾𝟿 𝟻𝟷0𝟺𝟾𝟼𝟽𝟹𝟿𝟺0𝟼𝟿𝟾𝟷𝟹𝟺𝟻𝟾𝟸0𝟹𝟿𝟸𝟾𝟺 0𝟷𝟽𝟺𝟽𝟸𝟽𝟷𝟿𝟺0𝟺𝟺𝟿𝟿𝟸𝟷0𝟷𝟽𝟹𝟻𝟷𝟻𝟹𝟽𝟺𝟸 𝟼𝟷𝟿𝟹𝟽𝟹𝟽0𝟸0𝟷𝟽𝟹𝟽𝟾𝟿0𝟷𝟷𝟹𝟹𝟻𝟸𝟻𝟹𝟽𝟹𝟽 0𝟿𝟷𝟾𝟸𝟼𝟷𝟽𝟾𝟸𝟿𝟿𝟹𝟽𝟷𝟽𝟽𝟹𝟽𝟸𝟾𝟹𝟿𝟿𝟹𝟺𝟷 [𝙵𝚊𝚒𝚕𝚎𝚍] 𝙳𝚒𝚜𝚌𝚘𝚗𝚗𝚎𝚌𝚝𝚒𝚗𝚐 . . . . . . 𝟾𝟸𝟾𝟹𝟾𝟾𝟺𝟽𝟺𝟾𝟾𝟸𝟿𝟼𝟻𝟷𝟹𝟽𝟾𝟹𝟾𝟹𝟹𝟾𝟸𝟺 𝟷𝟽𝟹𝟻𝟿𝟷𝟾𝟸𝟽𝟸𝟽𝟺0𝟺𝟼𝟿𝟷0𝟷𝟺𝟾𝟽𝟸𝟼𝟹𝟽𝟷𝟾 𝟻𝟽𝟷𝟿𝟹𝟷𝟿𝟻𝟹𝟽𝟾𝟺𝟼𝟷𝟺𝟾𝟿𝟽𝟹𝟻𝟿𝟷𝟽0𝟸𝟺𝟷0 𝟾0𝟷𝟸𝟿𝟽0𝟹𝟼𝟾𝟺𝟷𝟿𝟸𝟼𝟹𝟾𝟷𝟹𝟻0𝟿𝟸0𝟹𝟿𝟾 𝟷0𝟻𝟿𝟽𝟷𝟿𝟹𝟾𝟻0𝟾𝟾𝟷𝟸𝟷𝟽𝟸𝟽𝟺0𝟻0𝟿𝟷0𝟹𝟷 𝟹𝟿𝟿𝟿𝟼0𝟷𝟷𝟽𝟸𝟾𝟺𝟽𝟽𝟷𝟼𝟻𝟼𝟸𝟺𝟿𝟷𝟸𝟺𝟿𝟷0 [𝙵𝚊𝚒𝚕𝚎𝚍] 𝙳̶𝚒̶𝚜̶𝚌̶𝚘̶𝚗̶𝚗̶𝚎̶𝚌̶𝚝̶𝚒̶𝚗̶𝚐̶ |
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𝐖𝐀𝐑𝐍𝐈𝐍𝐆 COMPLETED ILLEGAL ACCESS DETECTED : EMERGENCY RECOVERY MODE ACTIVE Unsyndicated foreign connection detected during active trace :: emergency recovery mode activated ---------------------------------------------------------- Automated screening proceduces will divert incoming connections temporarily. This protocol is a final opportunity to regain anonymaty. As current location of the center of Moon Cell is known, crucial security system must be changed - This can only be done on a currently active operation region in photonic crystals. Current distance to the center : 3.82205348×10^15 km Failure to complete this while active diversion holds will result in complete and permanent threatening all data in Moon Cell - THIS IS NOT REPEATABLE AND CANNOT BE DELAYED |
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INITIALIZING FAILSAFE . . . |
. . . . . . 404 𝙻𝙸𝙶𝙷𝚃 𝚈𝙴𝙰𝚁𝚂 - 𝚜𝚢𝚜𝚝𝚎𝚖 𝚛𝚎𝚌𝚘𝚗𝚜𝚝𝚛𝚞𝚌𝚝𝚒𝚗𝚐. . . 𝚅𝚊𝚕𝚞𝚎𝙴𝚛𝚛𝚘𝚛: 𝚒𝚖𝚙𝚘𝚜𝚜𝚒𝚋𝚕𝚎 𝚝𝚘 𝚎𝚡𝚙𝚊𝚗𝚍 - 𝚒𝚗𝚟𝚊𝚕𝚒𝚍 𝚕𝚒𝚝𝚎𝚛𝚊𝚛𝚢: -𝟷 𝚅𝚊𝚕𝚞𝚎𝙴𝚛𝚛𝚘𝚛: 𝚒𝚖𝚙𝚘𝚜𝚜𝚒𝚋𝚕𝚎 𝚝𝚘 𝚎𝚡𝚙𝚊𝚗𝚍 - 𝚒𝚗𝚟𝚊𝚕𝚒𝚍 𝚕𝚒𝚝𝚎𝚛𝚊𝚛𝚢: -𝟷 𝚅𝚊𝚕𝚞𝚎𝙴𝚛𝚛𝚘𝚛: 𝚒𝚖𝚙𝚘𝚜𝚜𝚒𝚋𝚕𝚎 𝚝𝚘 𝚎𝚡𝚙𝚊𝚗𝚍 - 𝚒𝚗𝚟𝚊𝚕𝚒𝚍 𝚕𝚒𝚝𝚎𝚛𝚊𝚛𝚢: -𝟷 𝚅𝚊𝚕𝚞𝚎𝙴𝚛𝚛𝚘𝚛: 𝚒𝚖𝚙𝚘𝚜𝚜𝚒𝚋𝚕𝚎 𝚝𝚘 𝚎𝚡𝚙𝚊𝚗𝚍 - 𝚒𝚗𝚟𝚊𝚕𝚒𝚍 𝚕𝚒𝚝𝚎𝚛𝚊𝚛𝚢: -𝟷 𝚅𝚊𝚕𝚞𝚎𝙴𝚛𝚛 ミツケタ センパイ F̸A̸T̸A̸L̸ ̸E̸R̸R̸O̸R̸ ̸H̸A̸S̸ ̸ O̸C̸C̸U̸R̸R̸E̸D̸ 𝐅𝐚𝐭𝐞/𝐄𝐱𝐭𝐫𝐚 𝐒𝐒𝐒 |
この企画はExtraっぽい聖杯戦争の外伝に位置する、いわゆるCCCっぽい物語です。
Q.どういう企画?
前作で主人公落ちした黒野八門?を練った「」ゲミヤが「動かしたいよォ〜!!」と慟哭したことをきっかけに始動した企画。
月の裏側に囚われた彼と前作のキャラクターが脱出を目指すストーリーを「」クト一味が展開します。
それに会話イベントやサブストーリー、バッドエンドなどを肉付けしていく感じで世界観を楽しもうというシナリオ型企画です。
Q.登場人物は?募集はある?
主要な登場人物は前作EXTRAっぽいのキャラクター、及び企画側で用意された新規キャラクターです。
少数ながら新規募集枠もあります。詳しくは募集欄をどうぞ。
Q.前作キャラクターの扱いは?
前作キャラのメインシナリオでの大まかな立ち位置・動きなどについても募集を掛けます。
それらを総合してシナリオを作っていきます。
Q.どういう形式?参加方法は?
メインのシナリオ(あらすじ)は作ったプロットを元に勝手に連載されます。もっと細かく演出して活躍を盛りたい・プチイベント挟みたい・マイルーム会話書きたいといった時はサブシナリオを追加する形で参加してください。
前作で主人公落ちした黒野八門?を練った「」ゲミヤが「動かしたいよォ〜!!」と慟哭したことをきっかけに始動した企画。
月の裏側に囚われた彼と前作のキャラクターが脱出を目指すストーリーを「」クト一味が展開します。
それに会話イベントやサブストーリー、バッドエンドなどを肉付けしていく感じで世界観を楽しもうというシナリオ型企画です。
Q.登場人物は?募集はある?
主要な登場人物は前作EXTRAっぽいのキャラクター、及び企画側で用意された新規キャラクターです。
少数ながら新規募集枠もあります。詳しくは募集欄をどうぞ。
Q.前作キャラクターの扱いは?
前作キャラのメインシナリオでの大まかな立ち位置・動きなどについても募集を掛けます。
それらを総合してシナリオを作っていきます。
Q.どういう形式?参加方法は?
メインのシナリオ(あらすじ)は作ったプロットを元に勝手に連載されます。もっと細かく演出して活躍を盛りたい・プチイベント挟みたい・マイルーム会話書きたいといった時はサブシナリオを追加する形で参加してください。
第1章
〜〜(本文)
↑ここにはあらすじとSSを混ぜた感じの形式のメインシナリオを書きます。
解釈違いが発生した場合は腹を切るので遠慮なく言ってください。
↑ここにはあらすじとSSを混ぜた感じの形式のメインシナリオを書きます。
解釈違いが発生した場合は腹を切るので遠慮なく言ってください。
今作の拠点。
その設備は一般的な”学校の校舎”のように見える。
千年前の『第一次聖杯戦争』の舞台、『天ヶ鳴学園』の跡地であり、全体的に見る影も無くボロボロに朽ちている。
月の裏側に放置されていた、虚数空間内で実数を保っている異質な領域であり、唯一安全な場所として機能する。
その設備は一般的な”学校の校舎”のように見える。
千年前の『第一次聖杯戦争』の舞台、『天ヶ鳴学園』の跡地であり、全体的に見る影も無くボロボロに朽ちている。
月の裏側に放置されていた、虚数空間内で実数を保っている異質な領域であり、唯一安全な場所として機能する。
主人公が戦ったはずの、かつて2032年にムーンセルで執り行われた聖杯戦争。
記憶が失われてなお忘れ得ぬ、此処で起こった”何か”の為に、主人公は表側への帰還を決意する。
八門は確かに電脳世界で第一次聖杯戦争に参加していた筈のマスターだが、何故か戦争に関する記憶のほとんどが失われている。
月の裏側である廃校舎にて、千年後の世界で目覚めた。
記憶が失われてなお忘れ得ぬ、此処で起こった”何か”の為に、主人公は表側への帰還を決意する。
八門は確かに電脳世界で第一次聖杯戦争に参加していた筈のマスターだが、何故か戦争に関する記憶のほとんどが失われている。
月の裏側である廃校舎にて、千年後の世界で目覚めた。
廃校舎の校庭に生えた棗の木、その地下に広がっていると思しき複素構造体。
構造こそSE.RA.PHのアリーナに酷似しているが本質は『有る様で無い』場所であり、人が立ち入るには極めて危険な虚数空間の回廊。
だが、裏側から表側に帰還しうる希望は、此処にしか有り得ない。
構造こそSE.RA.PHのアリーナに酷似しているが本質は『有る様で無い』場所であり、人が立ち入るには極めて危険な虚数空間の回廊。
だが、裏側から表側に帰還しうる希望は、此処にしか有り得ない。
レガリア。『月の王権』とすら称される、ムーンセルの非常大権(スーパーユーザー)。
本来であればこのような場所に存在する事自体がありえない絶対管理権限だが、どう言う訳か廃校舎の中心部に静かに存在している。
機能が大幅に制限されており、現在は虚数空間内で実数値を維持する要諦と言うに留まる。
主人公はこの指輪に関する漠然とした衝動に突き動かされ、表側を目指す事になる。
本来であればこのような場所に存在する事自体がありえない絶対管理権限だが、どう言う訳か廃校舎の中心部に静かに存在している。
機能が大幅に制限されており、現在は虚数空間内で実数値を維持する要諦と言うに留まる。
主人公はこの指輪に関する漠然とした衝動に突き動かされ、表側を目指す事になる。
・黒野八門?
今作の主人公。
男性ならばヤクト、女性ならばクロノと呼ばれる。
何らかの理由から精神体のみでムーンセル内で成立し、活動している。
臆病、小胆、優柔不断。主体性が非常に希薄な凡人だが、時として見知らぬ他者の為に身体を張る気骨を見せる。
現在は殆どの記憶を奪われてしまっている。
・ヨハネ
「ヨハネ」と名乗るサーヴァント。クラスはキャスター。
イドの底、虚数空間の最深領域で永遠の暗闇を揺蕩い続け、自我ごと消滅し掛かっていた少女。
暗闇の夢を落ちゆく主人公との運命的な出会いを果たし、共に脱出を果たす。
・Bit
主人公の脳内に時折響く、謎の声の主。
自我が薄弱な主人公を導こうとする、人格・素性・容姿に至るまで正体不明の存在。
時として的確にその命を助け、時として運命的な出会いへ導く様は、ある種の超越性を感じさせる。
・万里小路棗
廃校舎に置き去りにされていた、魔術師(ウィザード)達の健康管理を司るNPC。
上級AIのはずだが、廃校舎ごと月の裏側に沈められていた。
今回の事件に関して、何らかの関係がある様だが……。
・エリーザベト・アマーリエ・オイゲーニエ・フォン・ウィッテルスバッハ
何度も懲りずに出てきそうなおっぱいでかいエリちゃん
・『教主』
「どうして私たちが病んでいるのか。どうして世の中はよくならないのか」
「それは私たちの心が豊かではないからです」
・自称“魔術王ソロモン”
魔術王ソロモンの名を自ら称する男。
『私は魔術王ソロモンだ。この言葉を疑う余地はない。従って私はソロモンに他ならない。分かるか』
・ZZ
主人公の前に立ちふさがる、棗によく似た少女。
彼女が、回廊を作り上げた張本人なのだろうか。
今作の主人公。
男性ならばヤクト、女性ならばクロノと呼ばれる。
何らかの理由から精神体のみでムーンセル内で成立し、活動している。
臆病、小胆、優柔不断。主体性が非常に希薄な凡人だが、時として見知らぬ他者の為に身体を張る気骨を見せる。
現在は殆どの記憶を奪われてしまっている。
・ヨハネ
「ヨハネ」と名乗るサーヴァント。クラスはキャスター。
イドの底、虚数空間の最深領域で永遠の暗闇を揺蕩い続け、自我ごと消滅し掛かっていた少女。
暗闇の夢を落ちゆく主人公との運命的な出会いを果たし、共に脱出を果たす。
・Bit
主人公の脳内に時折響く、謎の声の主。
自我が薄弱な主人公を導こうとする、人格・素性・容姿に至るまで正体不明の存在。
時として的確にその命を助け、時として運命的な出会いへ導く様は、ある種の超越性を感じさせる。
・万里小路棗
廃校舎に置き去りにされていた、魔術師(ウィザード)達の健康管理を司るNPC。
上級AIのはずだが、廃校舎ごと月の裏側に沈められていた。
今回の事件に関して、何らかの関係がある様だが……。
・エリーザベト・アマーリエ・オイゲーニエ・フォン・ウィッテルスバッハ
何度も懲りずに出てきそうなおっぱいでかいエリちゃん
・『教主』
「どうして私たちが病んでいるのか。どうして世の中はよくならないのか」
「それは私たちの心が豊かではないからです」
・自称“魔術王ソロモン”
魔術王ソロモンの名を自ら称する男。
『私は魔術王ソロモンだ。この言葉を疑う余地はない。従って私はソロモンに他ならない。分かるか』
・ZZ
主人公の前に立ちふさがる、棗によく似た少女。
彼女が、回廊を作り上げた張本人なのだろうか。
崩壊した第二次聖杯戦争から、ZZの手によって月の裏側に落とされた者達。
疑問を抱きながらも、彼らはそれぞれの道を選ぶ。
疑問を抱きながらも、彼らはそれぞれの道を選ぶ。
1.廃校舎に落ちる
月の裏側に落とされた直後、運良くZZの魔の手を逃れ、見知らぬ"廃校"内で目覚めます。
ほどなく月の裏側からの脱出を目指す”生徒会"が結成されますが、それに協力的か否かのスタンスは自由です。
原作で言えば主人公(EX)・レオ・ユリウス・シンジ・ガトーがこれに当たります。
ほどなく月の裏側からの脱出を目指す”生徒会"が結成されますが、それに協力的か否かのスタンスは自由です。
原作で言えば主人公(EX)・レオ・ユリウス・シンジ・ガトーがこれに当たります。
2.衛士(センチネル)と化す
"生徒会"の行く手を阻まんとするZZによって、ナツメ回廊の守護者として配置された者たちです。女性(無性でもいいよ)限定です。
この立ち位置の場合は心の秘密であるSecret Garden(SG)を別に設定して頂く事になります。
また、センチネルである間は何度も出てくる恥ずかしい枠をサーヴァントに従える事になります。
原作で言えば凛・ラニがこれに当たります。
この立ち位置の場合は心の秘密であるSecret Garden(SG)を別に設定して頂く事になります。
また、センチネルである間は何度も出てくる恥ずかしい枠をサーヴァントに従える事になります。
原作で言えば凛・ラニがこれに当たります。
3.酷い目に遭っている
あなた達は廃校舎に逃れる事が出来ず、ナツメ回廊内で敵に捕まってしまった者たちです。
今後登場予定のアルターエゴや、その他ZZ陣営による拷問や辱めを受けています。
もし希望する場合は、その方向性を含めて要望欄にどうぞ。
原作で言えばありす(メルトに人形にされている)がこれに当たります。
今後登場予定のアルターエゴや、その他ZZ陣営による拷問や辱めを受けています。
もし希望する場合は、その方向性を含めて要望欄にどうぞ。
原作で言えばありす(メルトに人形にされている)がこれに当たります。
4.登場しない
あなた達は廃校舎に逃れられず、ZZによってリソースとして吸収されたり、既に殺されてしまった者たちです。
登場自体はしませんが、何らかの示唆はあります。希望する場合はなぜ登場しないかを要望欄にどうぞ。
原作で言えばダン卿(不明)、ランルーくん(エリちゃんに反目し殺害)がこれに当たります。
登場自体はしませんが、何らかの示唆はあります。希望する場合はなぜ登場しないかを要望欄にどうぞ。
原作で言えばダン卿(不明)、ランルーくん(エリちゃんに反目し殺害)がこれに当たります。
名前 | 立ち位置(番号) | 展開 |
ヴァーク・グレイグ | 1 | 当初は他マスターと協調せず事態を静観しつつ独自行動を取るが、途中から協力関係に。 己の身には頓着しないが他のマスター達を助ける為に行動。年長者として生徒会顧問を自称したり小粋なジョークを飛ばすなどズレたセンスに呆れられながらも、表の聖杯戦争では見られなかった本来のスペックを発揮する。 |
エノズ・ノイアテン | 1 | 6回戦以降の戦いに備えているところ、ZZの手により裏側に落下。エノズにとって聖杯戦争が横槍で崩壊し、予言を実行できない状況に陥るのは、願っても無い幸運である。 よって、月の裏側におけるエノズは完全なエンジョイ勢。あらゆる事象が知らない未来であるため、あらゆる事象が面白い。箸が転がるだけで大笑いする。性格は明るく変化し、親しみやすい好青年となる。 モラトリアムを楽しんでいるため、脱出を目的とする生徒会の行動には難色を示す。妨害こそしないが、積極的な協力もしない。それよりも遊ぼうと、他のマスター達に声をかける始末。 |
クリスティア・エクレール | 2 | 参加者の中でも優勝候補としての危険因子であった為か、裏側に落ちる時点で強力な妨害を受け衛士側へ。(要相談) 序盤の凛ラニ枠の片側を担当し、早々に3つのSGを暴かれ脱出組に引き戻される。その有様は本性を曝け出した事で英雄というメッキが綺麗に剥がれ落ちた残念クリスさんへ成り下がる程。ゴリラ一部を除いて大爆笑。 そんな中でも帰還への意欲と協調性は高く、速やかに生徒会を設立し会長としてサポートに回る。表側と比べて不憫ではあるが良い空気が吸えており、英雄ではなく一人の少女として立ち振る舞う事が多くなる。 |
アスリ・カンマ | 1 | 一回死んでるんだからもう責務もなーんもないしー!と背負っていた荷を下ろした為にただのクソガキと化している。 その反面、今の現状は死者である自身に与えられたロスタイムであると認識しており、ある意味投げ槍かつ自暴自棄になっている状態と言える。 一応生者達を生かして月の裏側から返そうと考えてはいるが、自分自身はそのつもりはなく、いつでも命を捨てる覚悟を決めている。 |
畤榊 | 3 | 八門一行と遭遇するより前に、好奇心からナツメ回廊へ自ら足を踏み入れ消息不明状態。 SGにあたるものは存在し得ないためセンチネルとして利用されることはなかったが、アルターエゴのうち一騎に捕獲(保護の可能性もあり)され利用(自主的な協力の可能性あり)されている。 なお、サーヴァントとはぐれたことで自棄になっている節があり、現状の状態では八門らの事情を知ったところで肩入れ等はしない。 |
三角島五織 | 2(特殊) | 廃校舎に落とされる。当初は他のマスターとの協調路線を取っていたが、衛士と化したクリス救出のためナツメ回廊に単独潜航、その際に何らかの事態に遭遇しビーコン喪失、虚数空間における意味消失によりロストしたと思われた。 しかし衛士の一騎であるセイバーのマスターとして最終決戦仕様で再登場。 衛士のマスターとなってもZZに味方してはいないし、主人公陣営の妨害も積極的にはやらないが、推し鯖であるセイバーの秘密を暴こうとする相手には容赦しないぞ。 撃破後はなんかしれっと味方にいる。 |
"つみびと"のオズワルド | 1 | 5回戦後なので精神的にも見た目も成長しているかもしれない(age:0)。 記憶はないけど前作主人公的なムーブを頑張るぞ "セイバーは、どこ?" |
名前 | 立ち位置(番号) | 展開(あれば) |
トリスタン | 1 | マスターと共に月の裏側へと落下したサーヴァント。無類の力を持つ円卓の騎士として強力に八門たちを支える。 ───という肩書に間違いはないのに、なんでこうなったんだか。 EXTRAでは終始マスターへ忠実に仕える完璧な騎士を演じたのにこちらでは見事な残念ぶりを発揮する。 口を開けば軟派な発言を繰り返し、アルターエゴの容姿が明らかになるたび「ヤッホー!」と歓声を上げ、そして風呂を覗く。 こんなのでも実力は確かだし、EXTRAではマスターと出来なかった遣り取りもするし、最期はしっかりと格好いい見せ場を披露して月の裏側を去るのだった。 |
セバスティアン1世 | 3 | ZZ陣営に自分の宝具をステージギミック扱いされたりとか。EXTRAより乙女な面が見えたりとかしたい。 |
ルキウス・ヒベリウス | (マスター次第) | 愛いいよね。 |
根岸兎角 | 2 | 裏側へと引き込まれた際、ナツメ回廊に放り出された挙げ句天狗外装が破損。 本来の姿を晒してしまうことへの恐れから動けずにいるところをZZに捕縛され その後、ナツメ回廊に潜入し捕縛されたマスターと再会。紆余曲折あって一緒にヤクト一行と戦うことになる。 自分の秘密を暴かれることについては敏感なため、他センチネルにも増して攻撃的な態度を取る。 撃破後はマスター同様しれっと味方になる。この際、一度すべてを暴かれたことによってなにかが振り切れたのか、相変わらず無口ながらもまともに言葉を発するようになる。 |
前作『EXTRA』立ち位置要望募集
現在募集中です。
前作EXTRAでマスター、サーヴァントを練った方々は、要望があればそれぞれ名前、初期立ち位置の記入をお願い致します。
展開は、「こんな行動をさせたい」「こんな結末にさせたい」といったキャラ単位のムーブの要望を書いて頂く欄です。長くても構いません。
シナリオの都合上、望んだ展開通りにならなくなってしまう可能性があります。ご容赦下さい。
また募集への記入がなかったキャラクターについては、誠に勝手ながら、こちらで展開を定めてシナリオ上に出演させる場合もあります。
自キャラを登場させたくない場合は、どうぞその様に明記するようお願い致します。
・マスター
崩壊した第二次聖杯戦争から、ZZの手によって裏側に落とされます。
落とされるタイミングは5回戦終了直後です。原作同様死亡したマスターも蘇生させられた上に、聖杯戦争がどうなったかの記憶を有しています。(序盤は失っています)
様々な運命があなた達を待ち受けていますが、物語序盤の立ち位置は大きく四つです。
・サーヴァント
原作CCCでは殆ど脱落していましたが、今回はマスター同様要望をお聞きします。場合によっては大量に味方にサーヴァントがいる事になるかもしれません。
レガリア-Reの力によってほぼ無限の魔力供給が為されており、マスター不在状態でも校舎内での存在が可能です。
1.廃校舎に落ちる
2.衛士と化す(女性限定。本人が戦う)
3.再契約を強要され利用されている(緑茶ポジ)
4.既に吸収or消滅している(登場しない)
のいずれかからお選びください。
期間は本日より一週間後、7/13(火)まで取ります。
プロローグの進捗遅れにより期間を更新します。→7/16(金)
終了しました。ご応募ありがとうございました。
・マスター
・サーヴァント
前作EXTRAでマスター、サーヴァントを練った方々は、要望があればそれぞれ名前、初期立ち位置の記入をお願い致します。
展開は、「こんな行動をさせたい」「こんな結末にさせたい」といったキャラ単位のムーブの要望を書いて頂く欄です。長くても構いません。
シナリオの都合上、望んだ展開通りにならなくなってしまう可能性があります。ご容赦下さい。
また募集への記入がなかったキャラクターについては、誠に勝手ながら、こちらで展開を定めてシナリオ上に出演させる場合もあります。
自キャラを登場させたくない場合は、どうぞその様に明記するようお願い致します。
・マスター
崩壊した第二次聖杯戦争から、ZZの手によって裏側に落とされます。
落とされるタイミングは5回戦終了直後です。原作同様死亡したマスターも蘇生させられた上に、聖杯戦争がどうなったかの記憶を有しています。(序盤は失っています)
様々な運命があなた達を待ち受けていますが、物語序盤の立ち位置は大きく四つです。
1.廃校舎に落ちる
月の裏側に落とされた直後、運良くZZの魔の手を逃れ、見知らぬ"廃校"内で目覚めます。
ほどなく月の裏側からの脱出を目指す”生徒会"が結成されますが、それに協力的か否かのスタンスは自由です。
原作で言えば主人公(EX)・レオ・ユリウス・シンジ・ガトーがこれに当たります。
ほどなく月の裏側からの脱出を目指す”生徒会"が結成されますが、それに協力的か否かのスタンスは自由です。
原作で言えば主人公(EX)・レオ・ユリウス・シンジ・ガトーがこれに当たります。
2.衛士(センチネル)と化す
"生徒会"の行く手を阻まんとするZZによって、ナツメ回廊の守護者として配置された者たちです。女性(無性でもいいよ)限定です。
この立ち位置の場合は心の秘密であるSecret Garden(SG)を別に設定して頂く事になります。
また、センチネルである間は何度も出てくる恥ずかしい枠をサーヴァントに従える事になります。
原作で言えば凛・ラニがこれに当たります。
この立ち位置の場合は心の秘密であるSecret Garden(SG)を別に設定して頂く事になります。
また、センチネルである間は何度も出てくる恥ずかしい枠をサーヴァントに従える事になります。
原作で言えば凛・ラニがこれに当たります。
3.酷い目に遭っている
あなた達は廃校舎に逃れる事が出来ず、ナツメ回廊内で敵に捕まってしまった者たちです。
今後登場予定のアルターエゴや、その他ZZ陣営による拷問や辱めを受けています。
もし希望する場合は、その方向性を含めて要望欄にどうぞ。
原作で言えばありす(メルトに人形にされている)がこれに当たります。
今後登場予定のアルターエゴや、その他ZZ陣営による拷問や辱めを受けています。
もし希望する場合は、その方向性を含めて要望欄にどうぞ。
原作で言えばありす(メルトに人形にされている)がこれに当たります。
4.登場しない
あなた達は廃校舎に逃れられず、ZZによってリソースとして吸収されたり、既に殺されてしまった者たちです。
登場自体はしませんが、何らかの示唆はあります。希望する場合はなぜ登場しないかを要望欄にどうぞ。
原作で言えばダン卿(不明)、ランルーくん(エリちゃんに反目し殺害)がこれに当たります。
登場自体はしませんが、何らかの示唆はあります。希望する場合はなぜ登場しないかを要望欄にどうぞ。
原作で言えばダン卿(不明)、ランルーくん(エリちゃんに反目し殺害)がこれに当たります。
原作CCCでは殆ど脱落していましたが、今回はマスター同様要望をお聞きします。場合によっては大量に味方にサーヴァントがいる事になるかもしれません。
レガリア-Reの力によってほぼ無限の魔力供給が為されており、マスター不在状態でも校舎内での存在が可能です。
1.廃校舎に落ちる
2.衛士と化す(女性限定。本人が戦う)
3.再契約を強要され利用されている(緑茶ポジ)
4.既に吸収or消滅している(登場しない)
のいずれかからお選びください。
期間は
終了しました。ご応募ありがとうございました。
・マスター
名前 | 立ち位置(番号) | 展開(あれば) |
黒野八門 | 1 | 廃校舎から、ナツメ回廊攻略の為に旅立つ |
ヴァーク・グレイグ | 1 | 当初は他マスターと協調せず事態を静観しつつ独自行動を取るが、途中から協力関係に。 己の身には頓着しないが他のマスター達を助ける為に行動。年長者として生徒会顧問を自称したり小粋なジョークを飛ばすなどズレたセンスに呆れられながらも、表の聖杯戦争では見られなかった本来のスペックを発揮する。 |
エノズ・ノイアテン | 1 | 6回戦以降の戦いに備えているところ、ZZの手により裏側に落下。エノズにとって聖杯戦争が横槍で崩壊し、予言を実行できない状況に陥るのは、願っても無い幸運である。 よって、月の裏側におけるエノズは完全なエンジョイ勢。あらゆる事象が知らない未来であるため、あらゆる事象が面白い。箸が転がるだけで大笑いする。性格は明るく変化し、親しみやすい好青年となる。 モラトリアムを楽しんでいるため、脱出を目的とする生徒会の行動には難色を示す。妨害こそしないが、積極的な協力もしない。それよりも遊ぼうと、他のマスター達に声をかける始末。 |
クリスティア・エクレール | 2 | 参加者の中でも優勝候補としての危険因子であった為か、裏側に落ちる時点で強力な妨害を受け衛士側へ。(要相談) 序盤の凛ラニ枠の片側を担当し、早々に3つのSGを暴かれ脱出組に引き戻される。その有様は本性を曝け出した事で英雄というメッキが綺麗に剥がれ落ちた残念クリスさんへ成り下がる程。ゴリラ一部を除いて大爆笑。 そんな中でも帰還への意欲と協調性は高く、速やかに生徒会を設立し会長としてサポートに回る。表側と比べて不憫ではあるが良い空気が吸えており、英雄ではなく一人の少女として立ち振る舞う事が多くなる。 |
アスリ・カンマ | 1 | 一回死んでるんだからもう責務もなーんもないしー!と背負っていた荷を下ろした為にただのクソガキと化している。 その反面、今の現状は死者である自身に与えられたロスタイムであると認識しており、ある意味投げ槍かつ自暴自棄になっている状態と言える。 一応生者達を生かして月の裏側から返そうと考えてはいるが、自分自身はそのつもりはなく、いつでも命を捨てる覚悟を決めている。 |
畤榊 | 3 | 八門一行と遭遇するより前に、好奇心からナツメ回廊へ自ら足を踏み入れ消息不明状態。 SGにあたるものは存在し得ないためセンチネルとして利用されることはなかったが、アルターエゴのうち一騎に捕獲(保護の可能性もあり)され利用(自主的な協力の可能性あり)されている。 なお、サーヴァントとはぐれたことで自棄になっている節があり、現状の状態では八門らの事情を知ったところで肩入れ等はしない。 |
三角島五織 | 2(特殊) | 廃校舎に落とされる。当初は他のマスターとの協調路線を取っていたが、衛士と化したクリス救出のためナツメ回廊に単独潜航、その際に何らかの事態に遭遇しビーコン喪失、虚数空間における意味消失によりロストしたと思われた。 しかし衛士の一騎であるセイバーのマスターとして最終決戦仕様で再登場。 衛士のマスターとなってもZZに味方してはいないし、主人公陣営の妨害も積極的にはやらないが、推し鯖であるセイバーの秘密を暴こうとする相手には容赦しないぞ。 撃破後はなんかしれっと味方にいる。 |
"つみびと"のオズワルド | 1 | 5回戦後なので精神的にも見た目も成長しているかもしれない(age:0)。 記憶はないけど前作主人公的なムーブを頑張るぞ "セイバーは、どこ?" |
・サーヴァント
名前 | 立ち位置(番号) | 展開(あれば) |
ヨハネ | 1 | ヤクトと契約を交わし、ナツメ回廊攻略の為に旅立つ |
トリスタン | 1 | マスターと共に月の裏側へと落下したサーヴァント。無類の力を持つ円卓の騎士として強力に八門たちを支える。 ───という肩書に間違いはないのに、なんでこうなったんだか。 EXTRAでは終始マスターへ忠実に仕える完璧な騎士を演じたのにこちらでは見事な残念ぶりを発揮する。 口を開けば軟派な発言を繰り返し、アルターエゴの容姿が明らかになるたび「ヤッホー!」と歓声を上げ、そして風呂を覗く。 こんなのでも実力は確かだし、EXTRAではマスターと出来なかった遣り取りもするし、最期はしっかりと格好いい見せ場を披露して月の裏側を去るのだった。 |
セバスティアン1世 | 3 | ZZ陣営に自分の宝具をステージギミック扱いされたりとか。EXTRAより乙女な面が見えたりとかしたい。 |
ルキウス・ヒベリウス | (マスター次第) | 愛いいよね。 |
根岸兎角 | 2 | 裏側へと引き込まれた際、ナツメ回廊に放り出された挙げ句天狗外装が破損。 本来の姿を晒してしまうことへの恐れから動けずにいるところをZZに捕縛され その後、ナツメ回廊に潜入し捕縛されたマスターと再会。紆余曲折あって一緒にヤクト一行と戦うことになる。 自分の秘密を暴かれることについては敏感なため、他センチネルにも増して攻撃的な態度を取る。 撃破後はマスター同様しれっと味方になる。この際、一度すべてを暴かれたことによってなにかが振り切れたのか、相変わらず無口ながらもまともに言葉を発するようになる。 |
新規泥枠募集
募集終了しました。皆様ご応募ありがとうございました。
・何度も出て来る恥ずかしいサーヴァント
みんな大好きエリちゃん枠
特に指定は無いですが女性が好ましいです
最後は酷い目に遭うかもしれません 御覚悟を
・ジナコ枠
引きこもりでもよし 別の理由をつけるでもよし
とにかく前作には居なかったイレギュラーなマスターです。
初期は廃校舎にいますが、何らかの理由で生徒会に非協力的です。
・カルナ枠
ジナコ枠のサーヴァントです。
チート級の強力なサーヴァントが好ましいですが、必ずしもそうである必要はありません。
コメント確認しました。ドラフトにより自称”魔術王ソロモン”と致します。選考ありがとうございます。
・アルターエゴ(ナツメエゴ)
この枠いる?
必要分はこちらで用意しますが、ある理由からぽこじゃか増やせます
もしやりたい人いたらディスコに呼びますので一声かけてください
・何度も出て来る恥ずかしいサーヴァント
みんな大好きエリちゃん枠
特に指定は無いですが女性が好ましいです
最後は酷い目に遭うかもしれません 御覚悟を
名前 | ハンドアウト |
エリーザベト・アマーリエ・オイゲーニエ・フォン・ウィッテルスバッハ | 何度も懲りずに出てきそうなおっぱいでかいエリちゃん |
・ジナコ枠
引きこもりでもよし 別の理由をつけるでもよし
とにかく前作には居なかったイレギュラーなマスターです。
初期は廃校舎にいますが、何らかの理由で生徒会に非協力的です。
名前 | ハンドアウト |
『教主』 | 「どうして私たちが病んでいるのか。どうして世の中はよくならないのか」 「それは私たちの心が豊かではないからです」 |
・カルナ枠
ジナコ枠のサーヴァントです。
チート級の強力なサーヴァントが好ましいですが、必ずしもそうである必要はありません。
コメント確認しました。ドラフトにより自称”魔術王ソロモン”と致します。選考ありがとうございます。
名前 | ハンドアウト |
ホグニ・ハールヴダナルソン | 「我が主よ、 「やがて至る結末が、救い難いものであるとしても」 「此処で止まることは認められないと、運命に身を投じる覚悟はあるか」 |
“英雄挽歌” | 得た筈の救済を喪失し、修羅の道に堕ちた復讐者。裁きを下すその刻まで、戦場を彷徨う虚ろな魂。 |
自称“魔術王ソロモン” | 魔術王ソロモンの名を自ら称する男。 『私は魔術王ソロモンだ。この言葉を疑う余地はない。従って私はソロモンに他ならない。分かるか』 |
护国消魔真君 | apoっぽいでもカルナ枠やってました!鎧あります!マスターを守り切ることには定評があります! |
・アルターエゴ(ナツメエゴ)
この枠いる?
必要分はこちらで用意しますが、ある理由からぽこじゃか増やせます
もしやりたい人いたらディスコに呼びますので一声かけてください
・モブ枠
以下の立ち位置があります。
1.廃校舎内のNPC
2.廃校舎に行けなかったNPC
3.廃校舎内のマスター(サーヴァント無し)
4.廃校舎に行けなかったマスター
です。読んで字のごとくモブです。
物語に関わったり関わらなかったり使われたり使われなかったり殺されたり殺されなかったりします。
ご希望の方は上記の立ち位置番号をそえてご提出下さい。期限は特に設けません。あとから提出可です。
名前 | 立ち位置(番号) | ハンドアウト |
驚くほどに変わり映えしない通学路。
もう随分と通い慣れた筈だが、未だに覚えられない道を行く。
囀る鳥は騒がしく、朝の陽は燦然と照り、植木は青々と茂るが、今一つ生気の感じ取れない視界。
傍を歩いてゆく生徒たちの他愛のない雑談を横に、目を伏せながら、不気味なほどに整然とした石畳を五ツ飛ばしで数え上げ、両足を順繰りに放り出す。
何処にでも存在する日々。何一つ変わらぬ、揺蕩う様な日々が、また始まる。
───と。
『御早う。今週は風紀強化週間でな。面倒だろうが協力してくれ。』
不意に顔馴染みの風紀委員長に呼び止められる。
……無心で足を動かしていたが、いつの間にやら正門に到着していた様だ。
面倒なのは全く以って仰る通りだ。ささやかな抗議を試みるが、この委員長が生憎特に聞く耳のないのは知るところだった。
この男は仕事となれば、ある種恐ろしいまでの無機質振りで仕事に取り掛かるのが常だった。
こちらが不満をうだうだと露出している最中にも、流れる様に荷物・服装を手早く精査する。その手際を目に捉えて、こちらが感心する間もなく、数秒前にしぶしぶ預けた鞄は用済みとばかりに突き返された。
『有難う。ではまたな。』
余りにも呆気ない成り行きに少々気圧され、ああ、と生返事をして校門を潜り抜ける。弓道場の脇を通り、広い校庭を横切ってゆく。
ぽつんと置かれた号令台にでも登って、ポーズの一つや二つ決めてみたくなる仕様もない衝動に駆られながら、校舎の中へと入った。
────嗚呼、一日がまた始まる。
もう随分と通い慣れた筈だが、未だに覚えられない道を行く。
囀る鳥は騒がしく、朝の陽は燦然と照り、植木は青々と茂るが、今一つ生気の感じ取れない視界。
傍を歩いてゆく生徒たちの他愛のない雑談を横に、目を伏せながら、不気味なほどに整然とした石畳を五ツ飛ばしで数え上げ、両足を順繰りに放り出す。
何処にでも存在する日々。何一つ変わらぬ、揺蕩う様な日々が、また始まる。
───と。
『御早う。今週は風紀強化週間でな。面倒だろうが協力してくれ。』
不意に顔馴染みの風紀委員長に呼び止められる。
……無心で足を動かしていたが、いつの間にやら正門に到着していた様だ。
面倒なのは全く以って仰る通りだ。ささやかな抗議を試みるが、この委員長が生憎特に聞く耳のないのは知るところだった。
この男は仕事となれば、ある種恐ろしいまでの無機質振りで仕事に取り掛かるのが常だった。
こちらが不満をうだうだと露出している最中にも、流れる様に荷物・服装を手早く精査する。その手際を目に捉えて、こちらが感心する間もなく、数秒前にしぶしぶ預けた鞄は用済みとばかりに突き返された。
『有難う。ではまたな。』
余りにも呆気ない成り行きに少々気圧され、ああ、と生返事をして校門を潜り抜ける。弓道場の脇を通り、広い校庭を横切ってゆく。
ぽつんと置かれた号令台にでも登って、ポーズの一つや二つ決めてみたくなる仕様もない衝動に駆られながら、校舎の中へと入った。
────嗚呼、一日がまた始まる。
『よお!』
「よう。」
教室に入りがけ、声を掛けられた。見もせず気の抜けた返事を返す。声の主は分かっている。
自分に友人と呼べる仲の人間は少ない。多分人格が捻れているからだろう。
人と関係するのは余り得意ではない。理解できず、理解されない。少なくとも自分にとり、人間は最大の異物とすら言ってもよいものであった。
にもかかわらず───彼は、自分に進んで声を掛ける奇特な人間のひとりだった。
『なあ、見ろよこの動画!おもしれーだろ!?』
こちらが持ち物の整理すら済ませていない段階から、手に持った端末でしきりに何かを見せようとして来る。
とはいえ無視する理由はない。適当に目を向けると、彼がすこぶる嵌っているゲームの画面だった。そこには、その主人公……らしき何かが、ひたすら奇妙な空間を落下し続けるという映像が映っていた。
『裏世界に行ってからリセットもせず1年間落ち続けてるんだってよ!テクスチャがめちゃくちゃだぜ……』
「そればっかりだな、オマエは」
『なんだよ、つれねえなー。』
素っ気なく返事を寄越すが、画面に映っているもの自体には何処か奇妙な可笑しさを感じた。
そのままじっと眺めていると、またしても絡みが始まった。こんな詰まらない人間に、良く飽きない物だ。正直、どういった顔をして良いか分からない。
結局のところ、他愛もない会話を繰り広げる中で、教室のドアがガラリと開けられる。寸分たがわず鳴り響くチャイムと共に現れた背の高い人影が、授業時間の開始を告げた。
『座ってくれ。授業を始めるぞ。』
会話が中断され、彼は愛想良くこちらから離れていく。
見慣れたクラスメイト。見慣れた穏やかな教師。
今日と云う日の始まりを告げる鐘と共に、変化の無い全てが、何事も無く幕を開けた。
授業が終る。会話を交わす。授業が終る。屋上で上級生に遭う。授業が終る。顔見知りの数人組に絡まれる。授業が終る。
────その繰り返し。
全てが終り、皆が帰路に着く時間が来る。例外なく、手早く荷物を纏め、忙しく教室を出ていく。
何も無い日々の中に、特段用事など有りはしない。ただ自分が、そうしたいと云うだけだ。
こうしてハリボテの様な、不思議とまるで印象に残らぬ学舎に背を向ける。朝とは逆の道を、全く同じ様に歩いていく。
広い校庭を横切り、弓道場の脇を通り、校門を潜り抜ける。
────これで終り。
何事も無く幕を開けた日常は、夕の陽が彼を赤く照らし出す頃。何も無く幕を閉じていく。
相も変わらず不気味な程に整然と揃った石畳を眺めながら、ふと、朝の会話に思いを馳せる。
平時は人の話など憶えて居る物では無いが、その言葉は、今日と云う日に比較的深い印象を、彼に残していた。
滅多に上げない視線を上に伸ばす。彼の他には何も居ない通学路で、小さく独りごちた。
「……裏世界か。」
手を伸ばせば剥がれ落ちそうな空を眺め、今日もまた、家路に付く。
「よう。」
教室に入りがけ、声を掛けられた。見もせず気の抜けた返事を返す。声の主は分かっている。
自分に友人と呼べる仲の人間は少ない。多分人格が捻れているからだろう。
人と関係するのは余り得意ではない。理解できず、理解されない。少なくとも自分にとり、人間は最大の異物とすら言ってもよいものであった。
にもかかわらず───彼は、自分に進んで声を掛ける奇特な人間のひとりだった。
『なあ、見ろよこの動画!おもしれーだろ!?』
こちらが持ち物の整理すら済ませていない段階から、手に持った端末でしきりに何かを見せようとして来る。
とはいえ無視する理由はない。適当に目を向けると、彼がすこぶる嵌っているゲームの画面だった。そこには、その主人公……らしき何かが、ひたすら奇妙な空間を落下し続けるという映像が映っていた。
『裏世界に行ってからリセットもせず1年間落ち続けてるんだってよ!テクスチャがめちゃくちゃだぜ……』
「そればっかりだな、オマエは」
『なんだよ、つれねえなー。』
素っ気なく返事を寄越すが、画面に映っているもの自体には何処か奇妙な可笑しさを感じた。
そのままじっと眺めていると、またしても絡みが始まった。こんな詰まらない人間に、良く飽きない物だ。正直、どういった顔をして良いか分からない。
結局のところ、他愛もない会話を繰り広げる中で、教室のドアがガラリと開けられる。寸分たがわず鳴り響くチャイムと共に現れた背の高い人影が、授業時間の開始を告げた。
『座ってくれ。授業を始めるぞ。』
会話が中断され、彼は愛想良くこちらから離れていく。
見慣れたクラスメイト。見慣れた穏やかな教師。
今日と云う日の始まりを告げる鐘と共に、変化の無い全てが、何事も無く幕を開けた。
授業が終る。会話を交わす。授業が終る。屋上で上級生に遭う。授業が終る。顔見知りの数人組に絡まれる。授業が終る。
────その繰り返し。
全てが終り、皆が帰路に着く時間が来る。例外なく、手早く荷物を纏め、忙しく教室を出ていく。
何も無い日々の中に、特段用事など有りはしない。ただ自分が、そうしたいと云うだけだ。
こうしてハリボテの様な、不思議とまるで印象に残らぬ学舎に背を向ける。朝とは逆の道を、全く同じ様に歩いていく。
広い校庭を横切り、弓道場の脇を通り、校門を潜り抜ける。
────これで終り。
何事も無く幕を開けた日常は、夕の陽が彼を赤く照らし出す頃。何も無く幕を閉じていく。
相も変わらず不気味な程に整然と揃った石畳を眺めながら、ふと、朝の会話に思いを馳せる。
平時は人の話など憶えて居る物では無いが、その言葉は、今日と云う日に比較的深い印象を、彼に残していた。
滅多に上げない視線を上に伸ばす。彼の他には何も居ない通学路で、小さく独りごちた。
「……裏世界か。」
手を伸ばせば剥がれ落ちそうな空を眺め、今日もまた、家路に付く。
また一日が終わる。
何もない一日だった。洒落た変哲もゲームチェンジも起こりはしない。
退屈も刺激もなく、ただ過ぎ行く日々だけが此処にある。外の夕陽が同じ角度に傾く頃に、終わりの鐘が鳴り響く。
さあ、帰宅の時間だ。
『よう。』
───またか。こちらが早く帰りたいのはあちらも知っている筈だ。
しぶしぶ、見なくとも解る声の主に振り向く。彼はいつになく苦々しい顔で、こちらを見ていた。
『なあ、今って何月かわかるか?』
「何月?」
『日付の事だよ。何月何日だ?』
「知らん。カレンダーでも見てろ。」
どことなく納得いっていない様な、歯切れの悪い表情で、彼は変わらずこちらを見ている。……奇妙なことだ。
いつでも何処か楽観的なこの男がこんな様子を見せるのは、知る限り初めての事だった。
『……もしかしたら、落ちてるのは俺たちかもな。』
「何の話だ。単位か?」
『何の話って、そりゃ────そりゃ、いつまでも────』
『……いや、何でもねえな。今日が何日でも関係ねえ。ああ、そうだ。……じゃ、また明日な。』
何だったのだろうか。何事もなかったかのように、彼は立ち去った。
平時なら彼の奇妙な行動の一環として流していた所だろうが───今のやり取りは、何処か、拭い去れない違和感を胸中に残した。
ふと教室を見回す。……そう言えば、カレンダーなどこの部屋には無かったか。
……無駄に時間を取られてしまった。今度こそ、帰宅するとしよう。
そう考えて鞄に手を掛けた瞬間、刺す様に鋭い痛みが、左手の甲を襲った。
「痛ッ!」
声を上げ、痛みのする手の甲を直ぐに見る。何処で傷を付けたのだろうか、焼き印でもされたかの様な奇妙な痣が浮き出ていた。
じくじくとした痛みはまだ続いている。それは声を上げるほどでもないが、無視するには煩わしく、鋭利に痛覚を抉っている。
それは波の如く現実に干渉し、意識を強引に引き戻そうとするかの様だった。
───引き戻す?
何処へ?
その場で手を抑えていると、次第に痛みも治まって来た。数十秒のうちに痛みは完全に引き、意識は現実へと戻って来る。
ああ、こうしている場合ではない。自分も早く、帰ろう。
──────
昇降口には下校する生徒たちの姿があった。
他愛の無い会話、笑い声、雑踏の音。それらと関わりの無い自分。
何時もの光景、何時もの日常。
校庭へ出るために、下駄箱に手を掛けると───
『う……』
呻き声。凡そこの様な場所で聞きようもない音に、直ぐに首を向ける。
出入口の境界線。夕闇の斜めの影に隠れ、白衣をまとった一人の少女が、その場に蹲っていた。
……明らかに、異常な光景だった。
眩暈でも起こしたか?病気なのか?彼女の呼吸は荒く、息遣いは鈍い。酷く不安定で、今にも消え入りそうだ。
しかし、何より異常なのは───周囲に居る他の誰も、彼女を助けようとしない。
それどころか、何一つ異常に気付いていない。"気付こうとしていない"とすら思えることだった。
思考が停止する。分からない。どうすれば良い?
何の変哲もない日常はその瞬間から、気付かぬ内に引き裂かれていた。凄絶な異常を前に怯え、立ち竦む。
進んで助け起こす様な度胸は無い。背を向けて歩く程冷徹でも無い。
ふと、この様な時、何時も取る選択が脳裏を過る。
───選択できないのなら、問題に気が付かなければ良いのだ。
その通りじゃないか。いつもの様に、見なかった振りをすれば良い。そうすれば、いとも容易く逃げられる。
人間など、理解できない。理解されるものでもない。
自分が誰かを助けたとして、悪い結果が待ち受けているだけだ。他の誰か……信頼されている誰かが助けた方が、良い結果になる筈だろう。必ず。必ずだ。
そのように立ち竦む間にも、彼女の横を、何人もの生徒が通過していく。直ぐ横を通り、突っかかる様に蹴り、果ては踏みつけて行く。
あたかも、初めからそこには何一つ無いかのように。何事もなく、通り過ぎて行く……。
───何故。
何故だ。
何故、誰も、助けない。
自分の気が狂ったのか、あるいは、彼らが狂っているのか。
眼を背ける事すら出来ない。逃げる事も、進む事も出来ない臆病が、この身体をきつくこの場に縛り付けている。
『う、あ、あ……っ!』
少女が、寒気か、痛みか、苦しそうな声を上げ、限界を迎えたかの様に地べたに倒れ伏す。
それを見た瞬間、鋼の様に強張った肉体が、意思に反して、動き始めた。
一歩を踏み出す。辞めろ。きっと面倒なことになる。
一歩を踏み出す。止まれ。自分が出る幕じゃない。
一歩を踏み出す。引き返せ。今なら間に合う。
───黙れ。黙れ。黙れ。
脳内を無限の逡巡が駆け巡る。それでもこの身体は、少女の方へ真っ直ぐ向かって行く。多分の迷いを含み、揺らぐ足取りだが、確かにこの両脚は、少女へと踏み出している。
少女のすぐ近く、数mの距離まで接近したところまで近付くと、彼の迷いはいつしか、ひとつの思考へ繋がっていた。
引き返せば、見ぬ振りをすれば、彼らと同じになってしまう。何より、自分が異常でも、彼らが異常でも、どちらでもよい。
───何故、これを見ない振りなど出来るだろう。
「おい。」
「おい、アンタ。大丈夫か。」
気が付けば、少女の肩に手を掛け、声を掛けている自分が在った。
きめ細やかな茶髪だった。露出した耳は赤く火照っていて、乱れた呼吸を正そうと、苦しく胸を上下させている。
身体中に汗が滲み、上気した肌をいっそ艶めかしく動かしている。
───まるで、生きているかの様な律動。
手を掛けた熱い肩から、その瞬間、確かに命を感じていた。
『……ぁ……』
息も絶え絶えなその少女は、大きな紺碧の瞳を黄昏に輝かせ、途切れる様に不安定な意識のなかに、漸く此方を見出している様だった。
『一般……生徒……?何……で……』
その様な余裕は無い筈であるのに、彼女は声を上げる。整った小さな顔を苦痛に歪ませ、消え入る程のか細い声で、眼前の自分に向けて語り掛けた。
『君……僕が……見える……の……?』
「当たり前だろ。」
自分の声を認識した途端、苦痛に歪んだ表情が、忽ち驚愕の色へと変化する。
ただ一瞬。大きく目を見開き、苦しそうだった呼吸が止まる。今になりやっと、彼女は確りと見た。
扉を開けた美しい青に吸い込まれるように、此方もその瞳を、知らずの内に覗き込む。
夕闇に包まれた中、目と目が合う。
その、奇跡の様な、一瞬の空白。
静寂の中で、日常は既に壊れていた。
何もない一日だった。洒落た変哲もゲームチェンジも起こりはしない。
退屈も刺激もなく、ただ過ぎ行く日々だけが此処にある。外の夕陽が同じ角度に傾く頃に、終わりの鐘が鳴り響く。
さあ、帰宅の時間だ。
『よう。』
───またか。こちらが早く帰りたいのはあちらも知っている筈だ。
しぶしぶ、見なくとも解る声の主に振り向く。彼はいつになく苦々しい顔で、こちらを見ていた。
『なあ、今って何月かわかるか?』
「何月?」
『日付の事だよ。何月何日だ?』
「知らん。カレンダーでも見てろ。」
どことなく納得いっていない様な、歯切れの悪い表情で、彼は変わらずこちらを見ている。……奇妙なことだ。
いつでも何処か楽観的なこの男がこんな様子を見せるのは、知る限り初めての事だった。
『……もしかしたら、落ちてるのは俺たちかもな。』
「何の話だ。単位か?」
『何の話って、そりゃ────そりゃ、いつまでも────』
『……いや、何でもねえな。今日が何日でも関係ねえ。ああ、そうだ。……じゃ、また明日な。』
何だったのだろうか。何事もなかったかのように、彼は立ち去った。
平時なら彼の奇妙な行動の一環として流していた所だろうが───今のやり取りは、何処か、拭い去れない違和感を胸中に残した。
ふと教室を見回す。……そう言えば、カレンダーなどこの部屋には無かったか。
……無駄に時間を取られてしまった。今度こそ、帰宅するとしよう。
そう考えて鞄に手を掛けた瞬間、刺す様に鋭い痛みが、左手の甲を襲った。
「痛ッ!」
声を上げ、痛みのする手の甲を直ぐに見る。何処で傷を付けたのだろうか、焼き印でもされたかの様な奇妙な痣が浮き出ていた。
じくじくとした痛みはまだ続いている。それは声を上げるほどでもないが、無視するには煩わしく、鋭利に痛覚を抉っている。
それは波の如く現実に干渉し、意識を強引に引き戻そうとするかの様だった。
───引き戻す?
何処へ?
その場で手を抑えていると、次第に痛みも治まって来た。数十秒のうちに痛みは完全に引き、意識は現実へと戻って来る。
ああ、こうしている場合ではない。自分も早く、帰ろう。
──────
昇降口には下校する生徒たちの姿があった。
他愛の無い会話、笑い声、雑踏の音。それらと関わりの無い自分。
何時もの光景、何時もの日常。
校庭へ出るために、下駄箱に手を掛けると───
『う……』
呻き声。凡そこの様な場所で聞きようもない音に、直ぐに首を向ける。
出入口の境界線。夕闇の斜めの影に隠れ、白衣をまとった一人の少女が、その場に蹲っていた。
……明らかに、異常な光景だった。
眩暈でも起こしたか?病気なのか?彼女の呼吸は荒く、息遣いは鈍い。酷く不安定で、今にも消え入りそうだ。
しかし、何より異常なのは───周囲に居る他の誰も、彼女を助けようとしない。
それどころか、何一つ異常に気付いていない。"気付こうとしていない"とすら思えることだった。
思考が停止する。分からない。どうすれば良い?
何の変哲もない日常はその瞬間から、気付かぬ内に引き裂かれていた。凄絶な異常を前に怯え、立ち竦む。
進んで助け起こす様な度胸は無い。背を向けて歩く程冷徹でも無い。
ふと、この様な時、何時も取る選択が脳裏を過る。
───選択できないのなら、問題に気が付かなければ良いのだ。
その通りじゃないか。いつもの様に、見なかった振りをすれば良い。そうすれば、いとも容易く逃げられる。
人間など、理解できない。理解されるものでもない。
自分が誰かを助けたとして、悪い結果が待ち受けているだけだ。他の誰か……信頼されている誰かが助けた方が、良い結果になる筈だろう。必ず。必ずだ。
そのように立ち竦む間にも、彼女の横を、何人もの生徒が通過していく。直ぐ横を通り、突っかかる様に蹴り、果ては踏みつけて行く。
あたかも、初めからそこには何一つ無いかのように。何事もなく、通り過ぎて行く……。
───何故。
何故だ。
何故、誰も、助けない。
自分の気が狂ったのか、あるいは、彼らが狂っているのか。
眼を背ける事すら出来ない。逃げる事も、進む事も出来ない臆病が、この身体をきつくこの場に縛り付けている。
『う、あ、あ……っ!』
少女が、寒気か、痛みか、苦しそうな声を上げ、限界を迎えたかの様に地べたに倒れ伏す。
それを見た瞬間、鋼の様に強張った肉体が、意思に反して、動き始めた。
一歩を踏み出す。辞めろ。きっと面倒なことになる。
一歩を踏み出す。止まれ。自分が出る幕じゃない。
一歩を踏み出す。引き返せ。今なら間に合う。
───黙れ。黙れ。黙れ。
脳内を無限の逡巡が駆け巡る。それでもこの身体は、少女の方へ真っ直ぐ向かって行く。多分の迷いを含み、揺らぐ足取りだが、確かにこの両脚は、少女へと踏み出している。
少女のすぐ近く、数mの距離まで接近したところまで近付くと、彼の迷いはいつしか、ひとつの思考へ繋がっていた。
引き返せば、見ぬ振りをすれば、彼らと同じになってしまう。何より、自分が異常でも、彼らが異常でも、どちらでもよい。
───何故、これを見ない振りなど出来るだろう。
「おい。」
「おい、アンタ。大丈夫か。」
気が付けば、少女の肩に手を掛け、声を掛けている自分が在った。
きめ細やかな茶髪だった。露出した耳は赤く火照っていて、乱れた呼吸を正そうと、苦しく胸を上下させている。
身体中に汗が滲み、上気した肌をいっそ艶めかしく動かしている。
───まるで、生きているかの様な律動。
手を掛けた熱い肩から、その瞬間、確かに命を感じていた。
『……ぁ……』
息も絶え絶えなその少女は、大きな紺碧の瞳を黄昏に輝かせ、途切れる様に不安定な意識のなかに、漸く此方を見出している様だった。
『一般……生徒……?何……で……』
その様な余裕は無い筈であるのに、彼女は声を上げる。整った小さな顔を苦痛に歪ませ、消え入る程のか細い声で、眼前の自分に向けて語り掛けた。
『君……僕が……見える……の……?』
「当たり前だろ。」
自分の声を認識した途端、苦痛に歪んだ表情が、忽ち驚愕の色へと変化する。
ただ一瞬。大きく目を見開き、苦しそうだった呼吸が止まる。今になりやっと、彼女は確りと見た。
扉を開けた美しい青に吸い込まれるように、此方もその瞳を、知らずの内に覗き込む。
夕闇に包まれた中、目と目が合う。
その、奇跡の様な、一瞬の空白。
静寂の中で、日常は既に壊れていた。
───
────
─────
朧げな意識の中で目を開ける。
どうやら眠ってしまっていた様だ。
学校の保健室。学内での怪我とは無縁だったため、入ることすら初めてだった。
非日常の衝撃、静かな空間と薬品の匂いに充てられたとはいえ、眠るとは暢気な物だと自嘲する。
『ん……。』
眼前の寝台から、声が聴こえる。……彼女も目覚めた様だ。
カーテンを開けて様子を伺うと、既に瞳を此方に向けて居た。
『ぁ……おはよう。』
先程までの不調は幾ばくか快方に向かったらしく、肌にはみずみずしい血色が戻り、汗ばんだ身体の火照りも落ち着きを取り戻した様だった。
乱れたシーツの白い流れの中で、肉体が静かに呼吸している。それは確かな存在感を放ち、あたかも海上の船舶の様に、穏やかに揺蕩っている。
……改めて目の当たりにすると、何とも現実離れした光景だ。単調な日常を裂いて現れた存在は、知らずの内に僅かな動揺をもたらす。
整った顔、こちらを朧げながら見遣る透き通る碧眼。白磁の様な肌、シーツを摘まむ細く長い指先。瑞々しい茶の長髪は、丁寧に織られた三ツ編みとなって背中へ束ねられている。
それら全ての、見目麗しい少女の姿が、窓から差し込む暗い茜に彩られている。あたかも芸術作品をそのまま切り取った様な、鮮烈なヴィジョン。
網膜を刺激する目の前の少女を、しばし呆気に取られた様に眺めていたが、すぐに気を取り直す。……何を見惚れているのだ。
「……体調は大丈夫なのか?」
『何とかね。……君がここまで運んでくれなかったら、大変なことになってたかも……。』
気丈に振る舞う彼女の様子に、一先ずは安堵する。……自分の行動は、どうやら間違ってはいなかったらしい。
『……でも、そうか。……良かった。』
『……夢じゃ、無かったんだね……。』
気の迷いの様なものとは言え、感謝を向けられると言うのは何とも気恥ずかしい物だ。
気持ちを誤魔化すため、軽い冗談でも口にしてやろうか。
「何だ、大袈裟な。世界が終わる夢でも見たのか?」
『え……いや、そういう訳じゃ、ないけど……。』
……こうも直球 で返されるとは思わなかった。珍しく出した遊び心が空振った様で、若干凹む。
『……でも、まあ……そうだね……。うん。大袈裟じゃな』
『僕にとっては、それぐらいの出来事だった……とか、言うべきかも……。』
照れくさそうな伏し目で、彼女はしかし、そう応えた。やはり何とも反応に困る。
純粋な感謝と言う物を受けたのは、思い返せば何時以来だろう。こうした際の対処を、まるで知らない。
『……そういえば……まだ、名乗ってなかったね……』
彼女がゆっくりと上体を起こして、目線の高さを合わせる。その程度の余裕は出来た様だ。
光に透ける茶髪を揺らし、彼女は、その名前を口にした。
『僕は、万里小路棗。』
『本来は保健室の配置なんだけど……今回は、逆に看病までされちゃった。……委員として恥ずかしいね、本当……。』
保健委員。彼女……棗が白衣を着ている理由にようやく合点がいった。
学内で白衣を纏う事があるとすれば、生物か、化学か、保健かのいずれかしかあるまい。
……そんな物より、気になる事はまだ残っている。
「何であんな所で倒れてたんだ。」
『あー……実は、僕にも良く分からないんだ。』
『校舎の様子が何時もと違う気がしてね。様子を見ようと思って校内を回っていたら、急に眩暈に襲われて……』
『……後は、君の知ってる通りだよ。生徒の皆に幾ら声を掛けても、誰も気づかなくて───』
『───このまま忘れ去られるんじゃないかって、本気で思っちゃった。』
ばつが悪そうに、棗は訥々と話し始める。
『うん。君が来てくれなかったら、本当に……』
『……どうにか、なってたかもね。』
その通りだ。あの光景はどう考えても異常の一言に尽きる。
自分が狂っていたのか、彼らが狂っていたのか。……今となっては、そんな事はどうでもよかった。
こうして棗が眼前で大事にしている。その他ならぬ事実が存在しているその時点で、自分の行動は確かに、意味の無いことではなかったのだと。
『……ああ、じゃあ、僕からも良いかい?そちらでは……何か、変わったことはなかったかい。』
「変わった事?」
そんなものは無い。
何の変化もなく、何の変哲もなく、お決まりの日常が過ぎて行く。
同じ場所で、同じ人と、同じ事をする。そうやって時間が過ぎて行く。
そうだ。刺激的なイベントも、退屈な停滞もなく、ただ日常が営まれる。
新しい事など、変化など、何一つとして発生することは無い。
此処は、そういう場所の筈だ。
『ふぅん。』
『……その話、もっと聞かせて貰えるかな。』
──────
「そいつが言うには……」
『……ゲームかぁ。僕はそういう物はやらないけど……少し、羨ましいな。』
棗の求めに応えて、しばらく、そんな日常の話をしていた。
何でもない、本当に下らない話を、口調こそ軽妙におどけてはいるが、心底から興味深そうに耳を傾けるのだ。
そこまで興味を惹かれる話でもないだろうに、何がそんなに可笑しいのだろうか。
自身の色褪せた様な、無感触な日常が、あたかも極彩色に彩られたイベントの数々であるかの様に思えて来る。
価値を規定できないこの身に、まるで価値があるかの様に。
ふと、笑みを零す彼女に、目が奪われる。
彼女は全てが、非日常だった。
『どうかしたかな?』
「……何でも。」
奪われた視線を誤魔化すために、目を逸らす。瞬間、下校を促すチャイムが、そんなやり取りに幕を下ろした。
……どうやら、非日常の時間は終わりらしい。在るべき日常に戻らなくては。凡夫は凡夫らしく、一日をまた閉じよう。
ふと席を立つ。───ああ、だが───
今のこの時間の事は、これからずっと、残る様な気がした。
『もう、こんな時間か。……気を付けて帰るんだよ。』
「ああ。アンタこそ大事にな。」
保健室の扉に手を掛けざまに、後ろから、棗の声が響き渡る。
『良かったら、また来てね。それと……』
『……君の名前を、まだ聞いてない。』
眩いほどの黄昏に振り返って、オレは答えた。
「……八門 。」
「黒野八門だ。」
────
─────
朧げな意識の中で目を開ける。
どうやら眠ってしまっていた様だ。
学校の保健室。学内での怪我とは無縁だったため、入ることすら初めてだった。
非日常の衝撃、静かな空間と薬品の匂いに充てられたとはいえ、眠るとは暢気な物だと自嘲する。
『ん……。』
眼前の寝台から、声が聴こえる。……彼女も目覚めた様だ。
カーテンを開けて様子を伺うと、既に瞳を此方に向けて居た。
『ぁ……おはよう。』
先程までの不調は幾ばくか快方に向かったらしく、肌にはみずみずしい血色が戻り、汗ばんだ身体の火照りも落ち着きを取り戻した様だった。
乱れたシーツの白い流れの中で、肉体が静かに呼吸している。それは確かな存在感を放ち、あたかも海上の船舶の様に、穏やかに揺蕩っている。
……改めて目の当たりにすると、何とも現実離れした光景だ。単調な日常を裂いて現れた存在は、知らずの内に僅かな動揺をもたらす。
整った顔、こちらを朧げながら見遣る透き通る碧眼。白磁の様な肌、シーツを摘まむ細く長い指先。瑞々しい茶の長髪は、丁寧に織られた三ツ編みとなって背中へ束ねられている。
それら全ての、見目麗しい少女の姿が、窓から差し込む暗い茜に彩られている。あたかも芸術作品をそのまま切り取った様な、鮮烈なヴィジョン。
網膜を刺激する目の前の少女を、しばし呆気に取られた様に眺めていたが、すぐに気を取り直す。……何を見惚れているのだ。
「……体調は大丈夫なのか?」
『何とかね。……君がここまで運んでくれなかったら、大変なことになってたかも……。』
気丈に振る舞う彼女の様子に、一先ずは安堵する。……自分の行動は、どうやら間違ってはいなかったらしい。
『……でも、そうか。……良かった。』
『……夢じゃ、無かったんだね……。』
気の迷いの様なものとは言え、感謝を向けられると言うのは何とも気恥ずかしい物だ。
気持ちを誤魔化すため、軽い冗談でも口にしてやろうか。
「何だ、大袈裟な。世界が終わる夢でも見たのか?」
『え……いや、そういう訳じゃ、ないけど……。』
……こうも
『……でも、まあ……そうだね……。うん。大袈裟じゃな』
『僕にとっては、それぐらいの出来事だった……とか、言うべきかも……。』
照れくさそうな伏し目で、彼女はしかし、そう応えた。やはり何とも反応に困る。
純粋な感謝と言う物を受けたのは、思い返せば何時以来だろう。こうした際の対処を、まるで知らない。
『……そういえば……まだ、名乗ってなかったね……』
彼女がゆっくりと上体を起こして、目線の高さを合わせる。その程度の余裕は出来た様だ。
光に透ける茶髪を揺らし、彼女は、その名前を口にした。
『僕は、万里小路棗。』
『本来は保健室の配置なんだけど……今回は、逆に看病までされちゃった。……委員として恥ずかしいね、本当……。』
保健委員。彼女……棗が白衣を着ている理由にようやく合点がいった。
学内で白衣を纏う事があるとすれば、生物か、化学か、保健かのいずれかしかあるまい。
……そんな物より、気になる事はまだ残っている。
「何であんな所で倒れてたんだ。」
『あー……実は、僕にも良く分からないんだ。』
『校舎の様子が何時もと違う気がしてね。様子を見ようと思って校内を回っていたら、急に眩暈に襲われて……』
『……後は、君の知ってる通りだよ。生徒の皆に幾ら声を掛けても、誰も気づかなくて───』
『───このまま忘れ去られるんじゃないかって、本気で思っちゃった。』
ばつが悪そうに、棗は訥々と話し始める。
『うん。君が来てくれなかったら、本当に……』
『……どうにか、なってたかもね。』
その通りだ。あの光景はどう考えても異常の一言に尽きる。
自分が狂っていたのか、彼らが狂っていたのか。……今となっては、そんな事はどうでもよかった。
こうして棗が眼前で大事にしている。その他ならぬ事実が存在しているその時点で、自分の行動は確かに、意味の無いことではなかったのだと。
『……ああ、じゃあ、僕からも良いかい?そちらでは……何か、変わったことはなかったかい。』
「変わった事?」
そんなものは無い。
何の変化もなく、何の変哲もなく、お決まりの日常が過ぎて行く。
同じ場所で、同じ人と、同じ事をする。そうやって時間が過ぎて行く。
そうだ。刺激的なイベントも、退屈な停滞もなく、ただ日常が営まれる。
新しい事など、変化など、何一つとして発生することは無い。
此処は、そういう場所の筈だ。
『ふぅん。』
『……その話、もっと聞かせて貰えるかな。』
──────
「そいつが言うには……」
『……ゲームかぁ。僕はそういう物はやらないけど……少し、羨ましいな。』
棗の求めに応えて、しばらく、そんな日常の話をしていた。
何でもない、本当に下らない話を、口調こそ軽妙におどけてはいるが、心底から興味深そうに耳を傾けるのだ。
そこまで興味を惹かれる話でもないだろうに、何がそんなに可笑しいのだろうか。
自身の色褪せた様な、無感触な日常が、あたかも極彩色に彩られたイベントの数々であるかの様に思えて来る。
価値を規定できないこの身に、まるで価値があるかの様に。
ふと、笑みを零す彼女に、目が奪われる。
彼女は全てが、非日常だった。
『どうかしたかな?』
「……何でも。」
奪われた視線を誤魔化すために、目を逸らす。瞬間、下校を促すチャイムが、そんなやり取りに幕を下ろした。
……どうやら、非日常の時間は終わりらしい。在るべき日常に戻らなくては。凡夫は凡夫らしく、一日をまた閉じよう。
ふと席を立つ。───ああ、だが───
今のこの時間の事は、これからずっと、残る様な気がした。
『もう、こんな時間か。……気を付けて帰るんだよ。』
「ああ。アンタこそ大事にな。」
保健室の扉に手を掛けざまに、後ろから、棗の声が響き渡る。
『良かったら、また来てね。それと……』
『……君の名前を、まだ聞いてない。』
眩いほどの黄昏に振り返って、オレは答えた。
「……
「黒野八門だ。」
夕陽の差し込む廊下に出て、保健室を後にする。思えば、この様な時間帯まで学舎に留まった事など無かった。
窓から入る光は校舎内をすっかり茜色に染め上げ、何とも言えない哀愁を醸し出していた。
それがかえって、彼に奇妙な新鮮さをもたらす。今日は何もかもが、いつもと違った。
人通りのまばらな校舎内を夢見心地のままに眺望しながら、ぼんやりとした浮遊感に身を委ねる。
これから何かが、変わりそうな気がする。そんな予感があった。
さあ、今度こそ帰るとしよう。すっかり人気の無くなった昇降口へ戻り、下駄箱へと手をかけようとした。
────瞬間。
「痛ッァ!!」
また左手の甲に、激痛が走る。引き攣る様な、灼ける様な痛みに、思わず手の平を裏返して見る。
例の焼き印の様な痣だ。今やはっきりと分かる程に、不可解なほど真っ赤に染まっていた。
棗を運んだ時に悪化でもしたのか?どこかで打ってもここまで赤くはならないはずだ。
それに加えて、脳髄を揺らす様な、奇怪な眩暈まで生じ始めて来た。
次第に眩暈は頭痛へと変わり、ガンガンと頭を揺らし始める。警報を思わせる痛みの満ち引きが脳内を駆け渡り、視界に閃光が迸る。
痣があるから頭痛があるのか、あるいは逆なのか。それとも何の関係も無いのだろうか。……何か、大事なことを、忘れている、様な。
……そうだ。
また帰る前に/また朝を迎える前に
この痣を誰かに看て貰おう。
アイツでもいい。担任でもいい。棗でもいい。
そうだ、棗が良い。アイツなら。
自分を知っている誰かにこの令呪を見せれば、きっと────
〈───時間です。時間です。時間です。〉
保健室まで踵を返そうとしたのと、ほぼ同時だった。
頭を割るような頭痛と同期するかの様に、校舎内に異常なノイズが走る。
平時は動くことの無い赤色の警報灯が目まぐるしく回転し始め、耳をつんざくようなサイレンが鳴る。
それらよりもっと異質だったのは───校内放送を介して聞こえて来る女の声だった。
〈全ての知性体にお知らせします。全ての実在にお知らせします。全ての本質にお知らせします。〉
〈空間 は 中止 です。〉
〈活動 は 中止 です。〉
〈物質 は 中止 です。〉
〈持続 は 中止 です。〉
「何だ───この放送は───」
〈意味 は 中止 です。〉
〈存在 は 中止 です。〉
〈展望 は 中止 です。〉
スピーカから漏れ出してくる、混沌とした不快なノイズ音に塗れた声は、若い女のものだった。
淡々とした口調の中であっても感じられる、薄気味の悪い熱のこもった声色。
それがただ次々と、世界の基底概念を否定する意味合いの言葉を発している。
眼前に拡がる余りの異常性に、肉体も思考も凍結し果てる。動けない間にも放送は続き、そして───
〈roop i = 666 format開始〉
凍る様な何らかの宣言と共に、すぐそばから、悲鳴とも呻き声ともつかぬ人語が上がった。
『ぅ、あ……た、たすけ……』
昇降口の方を見やる。全身が黒い汚濁の様なノイズに覆われた男子生徒が、全身の表示をバグらせながら消えかかっている……。
「ヒッ……!」
思わず漏れ出た情けの無い悲鳴と共に、思わず後ずさる。
男子生徒の手脚は初期化されて単なる情報量に変えられ、無残に地面に崩れ落ちた。
絶望と憔悴とにみちみちた表情のままに、誰に対してでもないうわ言を、しきりに繰り返していた。
『やめろ……俺は……dustdataじゃない…可変量じゃ……ない……』
『a─やめ──死ぬ 死ぬ死ぬ死ぬ 死ぬ───』
『全員処理 さ re───011100100000110100001010───』
言葉ですらないノイズを残して、遂には頭部も破棄された。全身が眼前で崩れ落ちる。
それに恐怖を覚える間もなく、危険を感じて出口を見ると───
───無だった。
何もない。先ほどまで夕闇の差し込む校庭であった筈の風景が、無かった。あるのは穴の様な闇だけ。
それは出口だけではない。気付けば窓という窓が、廊下という廊下が、夜よりも深淵な闇に包まれていた。
油の様な虹色の浮く、全ての色を滅茶苦茶に混ぜ合わせたような、吐き気を催すおぞましい黒泥。
気付けばソレが四方八方から押し寄せて、自分を飲み込もうと迫っていた。
とにかく逃げなければ。動物的本能か、あるいは危機回避能力か。退路が後方の階段にしか無いことを察した次の瞬間、そちらへ逃げ込む。
無我夢中で踊場へと逃げ込んで間もなく、先程自分が居た筈の一階が消え去った。
「畜生!何だってんだ!」
二階に辿り着き、辺りを見る。状況は大して変わらない。
黒い泥が廊下の向こうに見え、窓からは闇が意思を持ったように、この世界の存在すべてをねじ伏せようと襲い掛かって来るように見えた。
逃げられるのは上だけだ。脳を覆い尽くす恐怖も、打算も外聞も関係ない。消されたくないという本能だけが、彼を動かしていた。
───その時。
『……よう、ヤクト……。』
右から───教室の方から、声が聞こえた。
……嫌だ。
こんな時に、その声は聞きたく無い───
ゆっくりと、声の主の方を向く。
見なくても分かっているその姿は、既に、半身がノイズに覆われていた。
廊下の奥からおぞましく迫り来る影に呑まれて、闇に上書きされている。
それをそれたらしめる要素を奪い去り、泥で満たす悪性情報。それがその男の身体の過半を埋め、既に廊下と見分けが付かない程にまでなっていた。
男は残された頭部で以って不敵に微笑み、こちらを見ている。
『無事だったんだな……。』
「オマエ、その、身体───」
『ああ。……俺は、もう、駄目だ。』
その表情の内には確かに、恐怖や焦燥と言ったものがあったが、それでもなお、こちらへ微笑むのをやめない。
男の内にあるのは、確かに───自分が無事である事への、安堵のように見えた。
「……何で、笑ってんだよ。」
『お前が、まだ……無事だからだよ、ヤクト。』
男は悠長に自分の黒化した左腕に目を落とす。次の瞬間には左腕であったdataが崩れ落ち、床と同化して粉々に砕け散った。
『……早く逃げろ。formatは順番だ───上の階は、まだ───』
「───ふざけんじゃねえ。」
『ん?』
「ふざけんじゃねえって言ってんだ!!」
何故、そのような怒号が自分の口から発せられるのか、そのような感情が湧いてくるのか、彼自身にも分からなかった。いずれにせよ───
彼の中に湧き上がってきていたのは、怒りだった。
「何だってオレなんかに構う!?死ぬときぐらい自分の事考えれば良いだろ!何で───」
『───』
自分が死ぬ前でさえこちらを案ずるその有様が、どうしようもなく、彼には受け入れがたかったのかもしれない。
自分の様な存在にしつこく接してくるその有様が、どうしようもなく、彼には理解しがたかったのかもしれない。
悲壮な表情で訴えかける彼に対して、男は少し、考える素振りを見せて───
『何でって、そりゃ───』
『友達だからな』
思考が止まる。
唖然として男を見る彼に向けて、男はなお、微笑みながら言葉を絞る。
『へへ……そんな顔すんなよ。がっかりだな……』
『……お前が、前から、心配でよ───』
『自分のために楽しくなれねえ。まるでそんな資格がねえって感じで───』
『俺がついててやろう、とか───思っててよ───』
もはや暗闇に肉体のほとんどが飲まれ、捻り出す声は既にノイズに塗れている。
『じゃあな、ヤクト。早く逃げろ───』
『NPCの……感傷で───悪かったな───』
「───待っ───」
咄嗟に手を伸ばす。だが、それは届かなかった。
最後に残された頭まで、黒いノイズが埋め尽くす。もはや声すら届くまい。
……言いたいだけ、言いたい事を言って、その男は───
唯一の友人は、目の前で無残に砕け散った。
「───ぁ」
正体の無い吐き気と、所以の分からない息苦しさが彼を襲う。
それと同時に、失ったものを埋め尽くす様に、暗闇が廊下から濁流の様に一気に迫って来る。
精神も肉体も限界だが、こんな所で立ち止まっている場合ではない。
今は、あの訳の分からない黒泥から逃げなくては。迫り来る闇の前に、身体は無意識の内に弾き出されていた。
「……畜生、畜生、畜生……!」
口から溢れ出る悪態と共に、階段を一気に駆け上がる。先程まで自分が居た場所が、黒く塗り潰されて行くのが見えた。
窓から入る光は校舎内をすっかり茜色に染め上げ、何とも言えない哀愁を醸し出していた。
それがかえって、彼に奇妙な新鮮さをもたらす。今日は何もかもが、いつもと違った。
人通りのまばらな校舎内を夢見心地のままに眺望しながら、ぼんやりとした浮遊感に身を委ねる。
これから何かが、変わりそうな気がする。そんな予感があった。
さあ、今度こそ帰るとしよう。すっかり人気の無くなった昇降口へ戻り、下駄箱へと手をかけようとした。
────瞬間。
「痛ッァ!!」
また左手の甲に、激痛が走る。引き攣る様な、灼ける様な痛みに、思わず手の平を裏返して見る。
例の焼き印の様な痣だ。今やはっきりと分かる程に、不可解なほど真っ赤に染まっていた。
棗を運んだ時に悪化でもしたのか?どこかで打ってもここまで赤くはならないはずだ。
それに加えて、脳髄を揺らす様な、奇怪な眩暈まで生じ始めて来た。
次第に眩暈は頭痛へと変わり、ガンガンと頭を揺らし始める。警報を思わせる痛みの満ち引きが脳内を駆け渡り、視界に閃光が迸る。
痣があるから頭痛があるのか、あるいは逆なのか。それとも何の関係も無いのだろうか。……何か、大事なことを、忘れている、様な。
……そうだ。
また帰る前に/また朝を迎える前に
この痣を誰かに看て貰おう。
アイツでもいい。担任でもいい。棗でもいい。
そうだ、棗が良い。アイツなら。
自分を知っている誰かにこの令呪を見せれば、きっと────
〈───時間です。時間です。時間です。〉
保健室まで踵を返そうとしたのと、ほぼ同時だった。
頭を割るような頭痛と同期するかの様に、校舎内に異常なノイズが走る。
平時は動くことの無い赤色の警報灯が目まぐるしく回転し始め、耳をつんざくようなサイレンが鳴る。
それらよりもっと異質だったのは───校内放送を介して聞こえて来る女の声だった。
〈全ての知性体にお知らせします。全ての実在にお知らせします。全ての本質にお知らせします。〉
〈空間 は 中止 です。〉
〈活動 は 中止 です。〉
〈物質 は 中止 です。〉
〈持続 は 中止 です。〉
「何だ───この放送は───」
〈意味 は 中止 です。〉
〈存在 は 中止 です。〉
〈展望 は 中止 です。〉
スピーカから漏れ出してくる、混沌とした不快なノイズ音に塗れた声は、若い女のものだった。
淡々とした口調の中であっても感じられる、薄気味の悪い熱のこもった声色。
それがただ次々と、世界の基底概念を否定する意味合いの言葉を発している。
眼前に拡がる余りの異常性に、肉体も思考も凍結し果てる。動けない間にも放送は続き、そして───
〈roop i = 666 format開始〉
凍る様な何らかの宣言と共に、すぐそばから、悲鳴とも呻き声ともつかぬ人語が上がった。
『ぅ、あ……た、たすけ……』
昇降口の方を見やる。全身が黒い汚濁の様なノイズに覆われた男子生徒が、全身の表示をバグらせながら消えかかっている……。
「ヒッ……!」
思わず漏れ出た情けの無い悲鳴と共に、思わず後ずさる。
男子生徒の手脚は初期化されて単なる情報量に変えられ、無残に地面に崩れ落ちた。
絶望と憔悴とにみちみちた表情のままに、誰に対してでもないうわ言を、しきりに繰り返していた。
『やめろ……俺は……dustdataじゃない…可変量じゃ……ない……』
『a─やめ──死ぬ 死ぬ死ぬ死ぬ 死ぬ───』
『全員
言葉ですらないノイズを残して、遂には頭部も破棄された。全身が眼前で崩れ落ちる。
それに恐怖を覚える間もなく、危険を感じて出口を見ると───
───無だった。
何もない。先ほどまで夕闇の差し込む校庭であった筈の風景が、無かった。あるのは穴の様な闇だけ。
それは出口だけではない。気付けば窓という窓が、廊下という廊下が、夜よりも深淵な闇に包まれていた。
油の様な虹色の浮く、全ての色を滅茶苦茶に混ぜ合わせたような、吐き気を催すおぞましい黒泥。
気付けばソレが四方八方から押し寄せて、自分を飲み込もうと迫っていた。
とにかく逃げなければ。動物的本能か、あるいは危機回避能力か。退路が後方の階段にしか無いことを察した次の瞬間、そちらへ逃げ込む。
無我夢中で踊場へと逃げ込んで間もなく、先程自分が居た筈の一階が消え去った。
「畜生!何だってんだ!」
二階に辿り着き、辺りを見る。状況は大して変わらない。
黒い泥が廊下の向こうに見え、窓からは闇が意思を持ったように、この世界の存在すべてをねじ伏せようと襲い掛かって来るように見えた。
逃げられるのは上だけだ。脳を覆い尽くす恐怖も、打算も外聞も関係ない。消されたくないという本能だけが、彼を動かしていた。
───その時。
『……よう、ヤクト……。』
右から───教室の方から、声が聞こえた。
……嫌だ。
こんな時に、その声は聞きたく無い───
ゆっくりと、声の主の方を向く。
見なくても分かっているその姿は、既に、半身がノイズに覆われていた。
廊下の奥からおぞましく迫り来る影に呑まれて、闇に上書きされている。
それをそれたらしめる要素を奪い去り、泥で満たす悪性情報。それがその男の身体の過半を埋め、既に廊下と見分けが付かない程にまでなっていた。
男は残された頭部で以って不敵に微笑み、こちらを見ている。
『無事だったんだな……。』
「オマエ、その、身体───」
『ああ。……俺は、もう、駄目だ。』
その表情の内には確かに、恐怖や焦燥と言ったものがあったが、それでもなお、こちらへ微笑むのをやめない。
男の内にあるのは、確かに───自分が無事である事への、安堵のように見えた。
「……何で、笑ってんだよ。」
『お前が、まだ……無事だからだよ、ヤクト。』
男は悠長に自分の黒化した左腕に目を落とす。次の瞬間には左腕であったdataが崩れ落ち、床と同化して粉々に砕け散った。
『……早く逃げろ。formatは順番だ───上の階は、まだ───』
「───ふざけんじゃねえ。」
『ん?』
「ふざけんじゃねえって言ってんだ!!」
何故、そのような怒号が自分の口から発せられるのか、そのような感情が湧いてくるのか、彼自身にも分からなかった。いずれにせよ───
彼の中に湧き上がってきていたのは、怒りだった。
「何だってオレなんかに構う!?死ぬときぐらい自分の事考えれば良いだろ!何で───」
『───』
自分が死ぬ前でさえこちらを案ずるその有様が、どうしようもなく、彼には受け入れがたかったのかもしれない。
自分の様な存在にしつこく接してくるその有様が、どうしようもなく、彼には理解しがたかったのかもしれない。
悲壮な表情で訴えかける彼に対して、男は少し、考える素振りを見せて───
『何でって、そりゃ───』
『友達だからな』
思考が止まる。
唖然として男を見る彼に向けて、男はなお、微笑みながら言葉を絞る。
『へへ……そんな顔すんなよ。がっかりだな……』
『……お前が、前から、心配でよ───』
『自分のために楽しくなれねえ。まるでそんな資格がねえって感じで───』
『俺がついててやろう、とか───思っててよ───』
もはや暗闇に肉体のほとんどが飲まれ、捻り出す声は既にノイズに塗れている。
『じゃあな、ヤクト。早く逃げろ───』
『NPCの……感傷で───悪かったな───』
「───待っ───」
咄嗟に手を伸ばす。だが、それは届かなかった。
最後に残された頭まで、黒いノイズが埋め尽くす。もはや声すら届くまい。
……言いたいだけ、言いたい事を言って、その男は───
唯一の友人は、目の前で無残に砕け散った。
「───ぁ」
正体の無い吐き気と、所以の分からない息苦しさが彼を襲う。
それと同時に、失ったものを埋め尽くす様に、暗闇が廊下から濁流の様に一気に迫って来る。
精神も肉体も限界だが、こんな所で立ち止まっている場合ではない。
今は、あの訳の分からない黒泥から逃げなくては。迫り来る闇の前に、身体は無意識の内に弾き出されていた。
「……畜生、畜生、畜生……!」
口から溢れ出る悪態と共に、階段を一気に駆け上がる。先程まで自分が居た場所が、黒く塗り潰されて行くのが見えた。
「はぁ、はぁ、はぁ……!!」
───漸く、屋上へ至る階段へ辿り着く。
此処に至るまで、無数の生徒を見殺しにした。不思議と罪悪感は湧き上がらなかった。
極限状況で自身の生存のみを思考する動物的本能によるものであったが───階下の叫びと苦しみの聲が、絶望的に響いては消えて行く様子だけはずっと、耳にこびりついて離れなかった。
屋上へ通じる扉の取っ手に手を掛け、息切れた呼吸と共に扉を押し開ける。
夜より深い闇が、学舎の全体を覆い尽くす様に広がっている。此処に来て、彼は思い出した───この世界が、正しく、空虚な張りぼてであった事を……。
「……くそ……」
悪辣に塗り潰された宇宙を、茫然と望む。
階下から聴こえる悲鳴の数が、次第に少なくなっていく。全てが消えて行く。
───あれはformatの波濤だ。内部dataをゼロに還すリセット・プログラム。この世界の絶対管理者が、自分たちに見切りを付けた証……。
遥か空で、暗黒の泥が蠢いている。自分に認識できる全てが虚像であった事実を喉元に歴然と突き付けられた彼は、ただ自失として、屋上で立ち竦む事しか出来なかった、その時。
あたかも彼の絶望を焚き付けるような。女の声が、異常な響きと共に、頭上から響き渡って来た。
〈……そんなに覗き込まれちゃうと、少し恥ずかしいなぁ。〉
〈ねぇ───マスターくん?〉
突如として聞こえる声に、彼の背筋が痺れる。それは明確に、自分だけを相手にした語り掛けに他ならなかった。
籠の中の鳥を愉しむ様に。進退ままならぬ愚者をなじる様に。愛してやまぬ想い人に媚びる様に。
指先で背をなぞる様な、奇妙な快感にも近しい怖気を彼にもたらしながら───女の声は続く。
〈此処まで逃げて来たのは k = 32 回目だね。〉
〈うふ───あはははは……〉
玩具で遊ぶ様な無邪気な笑い声だった。それは彼に、より一層の不信と恐怖とを与えた。
理解不能。正体不明。声の主は影すら表していないにもかかわらず───彼はあたかも、自身の全てをこの声の主たる女に掌握されているかの様な錯覚のうちに囚われてしまっていた。
否、実際にそうなのかもしれない。彼の内に不安が過る。自身らを統括する"管理者"、それこそが彼女なのだという得心が、彼の内にごく自然と醸成されていた。
"逆らうだけ、無駄なのだ"という直感が彼の脳中枢を支配し、まるで金縛りにでも遭わせたかの様に、彼の身体をそこに縛り付けていた……。
〈i = 665回も溶かして、固めて、造り直してあげたのに。〉
〈まだ、気付かないんだぁ。全部無駄だってことに。〉
〈……まぁ仕方ないよね♪再構成毎に初期化してるし!〉
こちらを虚仮にした様な薄気味の悪い笑い声を言葉の後ろに挟みながら、女は一方的に言葉を紡ぐ。
それは相も変らず、童女の様で。人形を相手取る様な無邪気さと、しかしそれを自覚している邪悪さとの双方を孕んでいる様だった。
〈本当───どうしようもないぐらい、愚かで、馬鹿で、無能で───〉
〈───大好き♥〉
何だ。
何だ。
何なんだ、コイツは。
〈何も気にしなくて良いんだよ。全部消してあげるから。〉
〈何も心配しなくて良いんだよ。全部潰してあげるから。〉
〈何も反省しなくて良いんだよ。全部導いてあげるから。〉
気付けば───彼は、来た道を振り返る───階下からの他生徒の悲鳴はすっかりと消え失せていた。
おぞましいあの黒い泥が、階段のほぼ最上段を満たそうとしている。屋上へ広がるのも時間の問題だ。
いや。そんな生易しい話ではない。彼は弾き飛ばされた様に辺りの様子を窺う。既に屋上にも、黒い泥が滲出し始めていて───彼を取り囲む用意を、今まさに完了させていた。
〈だから、全部───僕に任せて?〉
〈君がそう望んだんだから───〉
泥が迫る。迫る。迫る。
四方八方から緩やかな速度をもって、しかし確かに、こちらへと近付いて来る。後ろも、前も、左右も。全ての方角から、formatの波が押し寄せる。
つまり、此処で終わりだ。
「───ッ」
女が、クスクスと、気味の悪い笑いをこぼしているのが聴こえる。それは彼が、何も分からぬまま、何も知り得ぬまま───その存在を終わらせようとしている証。
逃げ場はどこにもない。絶望に支配された思考が歩みを止める。彼はそのまま腰を抜かし、辛うじて表面(テクスチャ)を保った屋上のコンクリートにへたり込み、泥に呑まれる事を待とうとして───
───違う。
何で、最後にアイツを思い出す。
途切れかけの思考の内に響くあの声が、彼の両脚に、再びもって活力を取り戻させる。
それは彼の生存を許す、消えた一人の友の声。生の呪縛をもってこの世界に縛り付けるあの声が───彼の死を、許さなかった。
それと共に、彼の内に、無謀な感情が突沸する。それはほとんど衝動的な波動として、彼の肉体を、無意識の内に動かしていた。
〈───?〉
まだ、上は残っている。残り得る身体能力の全てを用いて、出入口の高台へよじ登る。
彼の両脚が硬質のコンクリートを蹴った瞬間、それは黒泥に呑まれて、無の情報量として回帰した。
彼は───恐怖と不安と、凄まじいまでの強迫観念に囚われ、油汗を滲ませながらも、潰えた空を睥睨する。
その一瞬。決断を恐れ、進む道を選べぬ筈の彼の瞳には、ただならぬ意志が宿っていた。
それは、どうしようもない程に馬鹿馬鹿しい、無謀にして、あまりにも愚かな動機。
〈……ッ!駄目!そっちは───!!〉
"こいつに捕まりたくない"
そんな一時の意地だけを以って、オレは。
闇よりも深い学舎の外。世界の埒外へ身を投げた。
───漸く、屋上へ至る階段へ辿り着く。
此処に至るまで、無数の生徒を見殺しにした。不思議と罪悪感は湧き上がらなかった。
極限状況で自身の生存のみを思考する動物的本能によるものであったが───階下の叫びと苦しみの聲が、絶望的に響いては消えて行く様子だけはずっと、耳にこびりついて離れなかった。
屋上へ通じる扉の取っ手に手を掛け、息切れた呼吸と共に扉を押し開ける。
夜より深い闇が、学舎の全体を覆い尽くす様に広がっている。此処に来て、彼は思い出した───この世界が、正しく、空虚な張りぼてであった事を……。
「……くそ……」
悪辣に塗り潰された宇宙を、茫然と望む。
階下から聴こえる悲鳴の数が、次第に少なくなっていく。全てが消えて行く。
───あれはformatの波濤だ。内部dataをゼロに還すリセット・プログラム。この世界の絶対管理者が、自分たちに見切りを付けた証……。
遥か空で、暗黒の泥が蠢いている。自分に認識できる全てが虚像であった事実を喉元に歴然と突き付けられた彼は、ただ自失として、屋上で立ち竦む事しか出来なかった、その時。
あたかも彼の絶望を焚き付けるような。女の声が、異常な響きと共に、頭上から響き渡って来た。
〈……そんなに覗き込まれちゃうと、少し恥ずかしいなぁ。〉
〈ねぇ───マスターくん?〉
突如として聞こえる声に、彼の背筋が痺れる。それは明確に、自分だけを相手にした語り掛けに他ならなかった。
籠の中の鳥を愉しむ様に。進退ままならぬ愚者をなじる様に。愛してやまぬ想い人に媚びる様に。
指先で背をなぞる様な、奇妙な快感にも近しい怖気を彼にもたらしながら───女の声は続く。
〈此処まで逃げて来たのは k = 32 回目だね。〉
〈うふ───あはははは……〉
玩具で遊ぶ様な無邪気な笑い声だった。それは彼に、より一層の不信と恐怖とを与えた。
理解不能。正体不明。声の主は影すら表していないにもかかわらず───彼はあたかも、自身の全てをこの声の主たる女に掌握されているかの様な錯覚のうちに囚われてしまっていた。
否、実際にそうなのかもしれない。彼の内に不安が過る。自身らを統括する"管理者"、それこそが彼女なのだという得心が、彼の内にごく自然と醸成されていた。
"逆らうだけ、無駄なのだ"という直感が彼の脳中枢を支配し、まるで金縛りにでも遭わせたかの様に、彼の身体をそこに縛り付けていた……。
〈i = 665回も溶かして、固めて、造り直してあげたのに。〉
〈まだ、気付かないんだぁ。全部無駄だってことに。〉
〈……まぁ仕方ないよね♪再構成毎に初期化してるし!〉
こちらを虚仮にした様な薄気味の悪い笑い声を言葉の後ろに挟みながら、女は一方的に言葉を紡ぐ。
それは相も変らず、童女の様で。人形を相手取る様な無邪気さと、しかしそれを自覚している邪悪さとの双方を孕んでいる様だった。
〈本当───どうしようもないぐらい、愚かで、馬鹿で、無能で───〉
〈───大好き♥〉
何だ。
何だ。
何なんだ、コイツは。
〈何も気にしなくて良いんだよ。全部消してあげるから。〉
〈何も心配しなくて良いんだよ。全部潰してあげるから。〉
〈何も反省しなくて良いんだよ。全部導いてあげるから。〉
気付けば───彼は、来た道を振り返る───階下からの他生徒の悲鳴はすっかりと消え失せていた。
おぞましいあの黒い泥が、階段のほぼ最上段を満たそうとしている。屋上へ広がるのも時間の問題だ。
いや。そんな生易しい話ではない。彼は弾き飛ばされた様に辺りの様子を窺う。既に屋上にも、黒い泥が滲出し始めていて───彼を取り囲む用意を、今まさに完了させていた。
〈だから、全部───僕に任せて?〉
〈君がそう望んだんだから───〉
泥が迫る。迫る。迫る。
四方八方から緩やかな速度をもって、しかし確かに、こちらへと近付いて来る。後ろも、前も、左右も。全ての方角から、formatの波が押し寄せる。
つまり、此処で終わりだ。
「───ッ」
女が、クスクスと、気味の悪い笑いをこぼしているのが聴こえる。それは彼が、何も分からぬまま、何も知り得ぬまま───その存在を終わらせようとしている証。
逃げ場はどこにもない。絶望に支配された思考が歩みを止める。彼はそのまま腰を抜かし、辛うじて表面(テクスチャ)を保った屋上のコンクリートにへたり込み、泥に呑まれる事を待とうとして───
───違う。
何で、最後にアイツを思い出す。
途切れかけの思考の内に響くあの声が、彼の両脚に、再びもって活力を取り戻させる。
それは彼の生存を許す、消えた一人の友の声。生の呪縛をもってこの世界に縛り付けるあの声が───彼の死を、許さなかった。
それと共に、彼の内に、無謀な感情が突沸する。それはほとんど衝動的な波動として、彼の肉体を、無意識の内に動かしていた。
〈───?〉
まだ、上は残っている。残り得る身体能力の全てを用いて、出入口の高台へよじ登る。
彼の両脚が硬質のコンクリートを蹴った瞬間、それは黒泥に呑まれて、無の情報量として回帰した。
彼は───恐怖と不安と、凄まじいまでの強迫観念に囚われ、油汗を滲ませながらも、潰えた空を睥睨する。
その一瞬。決断を恐れ、進む道を選べぬ筈の彼の瞳には、ただならぬ意志が宿っていた。
それは、どうしようもない程に馬鹿馬鹿しい、無謀にして、あまりにも愚かな動機。
〈……ッ!駄目!そっちは───!!〉
"こいつに捕まりたくない"
そんな一時の意地だけを以って、オレは。
闇よりも深い学舎の外。世界の埒外へ身を投げた。
──
───
─────
落ちる。落ちる。落ちる………。
無限の闇に放り投げられて、どれほどの時間が経っただろうか。
あれからずっと、肉体が宙空を舞い続ける、ひどく恐ろしい浮遊感と孤独を感じ続けている。
彼はその間、想像を絶する時間が経った様にも、たったの一瞬しか経っていない様にも思えていた。
辛い。怖い。寒い。痛い。暗い。酷い。感じ得るすべての負の感情がぞっとするように背筋を撫で、目の前の現実に激しく警鐘を鳴らしている。
かと思えば、この状況はどこか遠い場所の、安息の微睡のなかで見たかすかな夢の断片なのだという錯覚が、彼を安堵にふけさせる。
脳の防衛機構が、彼を現実と虚構の狭間に逃がしていた。不安感と安心感の、砂時計のごとき間断ない転換。そのおぞましい繰り返しによって、彼は辛うじて生存していた。
外界への感覚は崩壊し、実態は意味をなさない。認識と実態とが乖離した今、もはや彼の認識それそのものが、彼を存在として留めおく唯一の方法だった。
間違ったとは思わない。早まったとは思わない。誤ったとは思わない。
全てが終わっただけだ。
その恐ろしい実感は、全方位から全身を突き刺す痺れとして、彼の意識領域を急速に支配した。にもかかわらず、彼は非情なほどに冷徹に、眼前に展開され、拡がっていく現在を直視していた。
……否、それは直視ではない。彼はただ、自身の肉体と精神とが引き裂かれるような虚無感の中で、まさに我が身に起こっている破滅を、あたかも物見高く惨事を傍観する野次馬のごとくに認めているばかりだった。
彼の中には、一切の疑問も──ましてや当然抱いているべき逼迫感すら──存在しなかった。ただ漠然とした絶望、”終わった”という暗い確信だけが、彼の意識の最上部に燦然とひしめいていた。
落下の中で彼は、自身の肉体がだんだんと溶けていくように思えた。ひょっとすれば本当に溶けているのかもしれない。きっとそうだ。そうに違いない。
生命の実感が次第に薄れていく。やがては現実と虚構の境目を失い、自分はこの暗闇のうちへと溶けて消えるだろうという予想が、彼の中で確信となっていた。
いずれは脳まで溶け、この意識も無くなるだろう。既に記憶も消滅しかけている。
薄れゆく意識の中、彼は消えかけの過去に思いを馳せる。
それは記憶の内にわずかにこびりつく、どこにでもある平凡で、安穏な日々。それが順繰りに消えてゆく……。
いつか語った、下らない会話が思い出される。……ゲームの裏世界……それが現実に存在するとしたら、まさしく此処だろう。
ゲームならRESETで抜け出せる。だが、眼前の光景は他ならぬ現実だ。RESETなど出来ない。
それだけのことだ。”自分は詰んでいる”。落下しながら巡らせたあらゆる思考の結論は、ひっきょうそうして帰着した。
───ああ、いずれにせよ、どうでもいいことだ。
全ては終わったのだから。
暗闇を落ちていく感覚から、次第に負の感情が消えていった。今なお胸を切り裂くように襲い掛かってくる強烈な孤独感とは裏腹に、不思議とあたたかな感触が彼の皮膚の上に生じていた。
彼は未だに働いている前頭葉のうちで、ぼんやりと宙を眺望しながら、この空間の核心に企図せず迫りつつあった。
この場所は、あまりに冷たく恐ろしい。しかし触れれば暖かく、やがては自分と同じになろうとする……。
ああ、自分はこれを知っている。
最もよく知っている。
最も強く愛している。
そして最も、恐れているモノだ。
「────……」
「……ヒト……」
かつて口であった小さな裂け目から、か細い呟きが漏れ出す。
その声は世界のどこにも届くことなく、闇に吸い込まれて消えていった。
───
─────
落ちる。落ちる。落ちる………。
無限の闇に放り投げられて、どれほどの時間が経っただろうか。
あれからずっと、肉体が宙空を舞い続ける、ひどく恐ろしい浮遊感と孤独を感じ続けている。
彼はその間、想像を絶する時間が経った様にも、たったの一瞬しか経っていない様にも思えていた。
辛い。怖い。寒い。痛い。暗い。酷い。感じ得るすべての負の感情がぞっとするように背筋を撫で、目の前の現実に激しく警鐘を鳴らしている。
かと思えば、この状況はどこか遠い場所の、安息の微睡のなかで見たかすかな夢の断片なのだという錯覚が、彼を安堵にふけさせる。
脳の防衛機構が、彼を現実と虚構の狭間に逃がしていた。不安感と安心感の、砂時計のごとき間断ない転換。そのおぞましい繰り返しによって、彼は辛うじて生存していた。
外界への感覚は崩壊し、実態は意味をなさない。認識と実態とが乖離した今、もはや彼の認識それそのものが、彼を存在として留めおく唯一の方法だった。
間違ったとは思わない。早まったとは思わない。誤ったとは思わない。
全てが終わっただけだ。
その恐ろしい実感は、全方位から全身を突き刺す痺れとして、彼の意識領域を急速に支配した。にもかかわらず、彼は非情なほどに冷徹に、眼前に展開され、拡がっていく現在を直視していた。
……否、それは直視ではない。彼はただ、自身の肉体と精神とが引き裂かれるような虚無感の中で、まさに我が身に起こっている破滅を、あたかも物見高く惨事を傍観する野次馬のごとくに認めているばかりだった。
彼の中には、一切の疑問も──ましてや当然抱いているべき逼迫感すら──存在しなかった。ただ漠然とした絶望、”終わった”という暗い確信だけが、彼の意識の最上部に燦然とひしめいていた。
落下の中で彼は、自身の肉体がだんだんと溶けていくように思えた。ひょっとすれば本当に溶けているのかもしれない。きっとそうだ。そうに違いない。
生命の実感が次第に薄れていく。やがては現実と虚構の境目を失い、自分はこの暗闇のうちへと溶けて消えるだろうという予想が、彼の中で確信となっていた。
いずれは脳まで溶け、この意識も無くなるだろう。既に記憶も消滅しかけている。
薄れゆく意識の中、彼は消えかけの過去に思いを馳せる。
それは記憶の内にわずかにこびりつく、どこにでもある平凡で、安穏な日々。それが順繰りに消えてゆく……。
いつか語った、下らない会話が思い出される。……ゲームの裏世界……それが現実に存在するとしたら、まさしく此処だろう。
ゲームならRESETで抜け出せる。だが、眼前の光景は他ならぬ現実だ。RESETなど出来ない。
それだけのことだ。”自分は詰んでいる”。落下しながら巡らせたあらゆる思考の結論は、ひっきょうそうして帰着した。
───ああ、いずれにせよ、どうでもいいことだ。
全ては終わったのだから。
暗闇を落ちていく感覚から、次第に負の感情が消えていった。今なお胸を切り裂くように襲い掛かってくる強烈な孤独感とは裏腹に、不思議とあたたかな感触が彼の皮膚の上に生じていた。
彼は未だに働いている前頭葉のうちで、ぼんやりと宙を眺望しながら、この空間の核心に企図せず迫りつつあった。
この場所は、あまりに冷たく恐ろしい。しかし触れれば暖かく、やがては自分と同じになろうとする……。
ああ、自分はこれを知っている。
最もよく知っている。
最も強く愛している。
そして最も、恐れているモノだ。
「────……」
「……ヒト……」
かつて口であった小さな裂け目から、か細い呟きが漏れ出す。
その声は世界のどこにも届くことなく、闇に吸い込まれて消えていった。
……眠い。
十分生きただろう……。
もう、終わりでいい。
生きる?
……何のために?
いや、違う……。
何か、大事な、事、が……。
浮上しては消えゆく思考の中で、彼の意識が次第に閉じていく。
そうだ、これは、いつの日か見た終わりの───
[Bit]>起きろ。
[Bit]>起きろ外道。
「……。」
「誰だ……。」
[Bit]>聞こえるか?
[Bit]>とんだRegionに突っ込んでくれたものだな。
見えるわけではない。聞こえるわけではない。
脳裏に直接印字されるかのように、無機質な異物、強いて言うなら「呼びかけ」といえるものが、彼の意識内で忽然と発生していた。
彼はその文字とも声ともつかぬ「呼びかけ」に、幾分か意識を呼び起こす。
瞬間。すぐそばにあったにもかかわらず、見えない振りをしてきた周囲の莫大な恐怖が────外界に満ち満ちている、身もすくむような孤独感、虚無感、耐えがたい寒さが────実感として彼の肉体へと一斉に去来した。
それに気付いた瞬間、彼を張り裂けるほどの絶望が襲った。あらんかぎり叫び、顔をめちゃくちゃに歪ませ、手足を狂ったようにばたつかせた。少なくともそうした動作を行ったつもりだった。それを正しく実行できたかは分からなかった。
それでも、"それ"はそんな事などお構いなしといった風に、彼の脳裏に次々と「呼びかけ」を紡ぎ出していった。
[Bit]>私はBit.
[Bit]>私は君の事を知っている.しかし私が君にしてやれるのは,このstringtypeの送信だけだ...
[Bit]>十分な時間がない.これだけ伝える.
「何だ……。」
[Bit]>
「……?」
[Bit]>もう時間がない.後は君がsolveしろ.
[Bit]>exit
空?空と言ったのか?
虚空なら文字通り死ぬほど見ている。この全面にわたり真っ黒な景色が、自分の棺桶だ。
不明瞭な言葉は最早、聞こえて来る事は無かった。
身体の感覚が再び消失してゆく。瞼が重く閉じ行き、世界が闇から闇へと閉じてゆく。
その時。
遥か遠くの彼方に、あの光が映った。
──
───
─────
書き記す。書きしたためる。書き残す。
1文字を羊皮紙に刻むごとに、意識が遠のきそうになる。
あと少し、本当にあと少しだから、もう少しだけ頑張って。私の身体。
ここで終わっちゃ駄目。これだけは残さなくちゃ駄目。これだけは書かなくちゃ駄目。
だって、私にしか出来ないから。だから私がやる。そう決めたからには、絶対に逃げ出したくない。
目が霞む。指が震える。記憶が摩耗する。もう自分の名前も、過去も思い出せない。
けれど、これだけはやらなくてはならないという使命感だけが、私の中にあって───
「もう夜も更けたというのに、まだ続けているのか」
「ご心配、ありがとうございます」
もう名前が思い出せない人に、お礼を言う。優しい人なのは、表情から察せられるけれど。
「何故そこまで努力する」と聞いて来た。だから答える。私は私が出来る事を、精いっぱい頑張りたい、と。
特別じゃなくてもいい。意味がなくたって構わない。私は今、私として出来る事がしたいと、そう答えた。
その人は頷いて、そして振り向いて部屋を後にした。振り向く瞬間、一筋の涙が、頬を伝っているように見えた。
今のは、私の……思い出、なのかな……
そう考えた瞬間に、今さっきまで脳裏に過ぎっていた映像が泡沫のように弾けて消えていく。
嫌だ、消えていかないで、お願いだから……。そんな願いも虚しく、また私は虚空に独りぼっちになる。
誰もいない。誰も来ない。ずっと、ずっと一人でいる場所。どうして私は此処にいるのだろう?そもそも此処は何処なんだろう?
そもそも───私は、誰なんだろう?
何もわからないまま、ずっとこの独りぼっちの暗い空間に居続けている。
何かを思い出そうとしても、脳裏を過ぎるのは冷たくて暗い、滅びの記憶だけ。何故、私の記憶は、こんな記憶だけなのだろう。
怖い コワイ こわい─── "心細い" 宙ぶらりんなままに漆黒の中にあり続けるのが怖い。
このまま、ずっとこの状態なのだろうか?そう考えると、胸が締め付けられるかのような痛みが走る。
「きて…」 「お願いだから…」 「誰か…」 「ここ、に────」
「さびしい……」
そう呟いた時。漆黒に染まっている空間に一筋の光が差すのが見え、暖かい感覚が近づいてくるのを感じた。
これを、私は知ってる。これは、たしか────
「ヒト……」
─────
───
──
鮮烈な光に目を凝らす。閉じ掛けた意識が再び浮上する。
彼方上方で、何かが消え掛けている───遠方にあってもはっきりと分かる"存在"の光が、暗闇ばかりの宙空の中ではっきりとカタチを成していた。
……此処では見えない。もっと近くに行かなくては……。
感覚の消え失せた手足を、脳の指令で動かす。
動いているかどうかさえも定かならぬ四肢を漂わせながら、泳ぐように、存在の光へと向かって行った。
徐々に、ゆっくりとだが、確かに近付いていく。
深くから浮かび上がる程に、不確かだったその輪郭が、くっきりと浮き彫りになってゆく。
それは、ヒトの形をしていた。
「……これは……」
少女だった。
全身を黒い汚泥の様なノイズに覆われて消えかかってはいるが、その鮮烈な存在感は、確かにそれが人間であることを克明に示していた。
かつて銀であっただろう髪は無残にも破れ、なびく布の服は無くなり、手足は殆どが黒変し、肌は大部分が溶けている。
───目を背けたくなる様な損耗だった。
だが……彼の身体が、無意識のうちに動きはじめた。
胸に巣食う絶望も、あらゆる負の感情も、身を突き刺す様な寒さも、そのままであったにも関わらず。
ノイズに全身を覆われ、今まさに意味を消失し掛けている、自身の認識すら有耶無耶であったにも関わらず……。
その内には、何の意味があったわけでもない。
自身を差し置いて消え失せるモノなど、もう見たくはなかったのかも知れない。
動機がどうあれ、彼の肉体は今や、外界との接触など埒外であったにも関わらず───
救いの無いこの宙空で、彼は、それでも───彼女へと、その手を伸ばしていた。
「───!?」
彼女の身体に、指先が触れた瞬間だった。左手の令呪が眩いばかりの紅い光を放って、意味を象っていく。
それは契約の証。新たなるサーヴァントが、彼と接続を果たした事の証左。
『───あ────れ────』
『───わた──し─────』
彼女のか細い思考が、脳へ直接流れ込んで来る。光の消えた青い瞳が、不安げに此方を見据えていた。
───ああ、そうか。そうだったのか。
「何も、分かっちゃいねえが……思い出したよ……。」
「───オレも、多分、アンタも……此処にいるべきじゃねえんだ───」
ノイズ塗れの残骸を抱える。不意に、自分の居場所が、此処では無いことを思い出す。
頭上に拡がり始めた光の方へ、彼は彼女と共に、漂う様に浮上していった─────
……意識が浮上する。瞼の隙間から、僅かに光が入り込む。
全身を包み込む、揺り籠の様な暖かさから、とても古い空気を感じた。
『───える?───』
『聞こえるかい?』
ふと、傍で、懐かしい声が聞こえた。
不確かな意識を揺り動かして、少しずつ目を開く。
息の詰まる様な夕陽。茜色に照らし出されたベッド。
設えられた何でもない調度品が、劇的な空間を茜色に創出している。
『─────』
かたわらで此方を見遣るのは、白衣の少女の姿だった。
『やあ、やあ。……お目覚めかね?先輩───』
彼女の名前は、確か……棗と云ったか。
何ひとつ変わらぬ調子で、彼女は、こちらの覚醒を出迎えた。
「……よう……棗。」
『お早う、ヤクト先輩。』
『……本当に、良かった。』
「先輩?」
棗がその様な呼び方をするのは、何と無く、むず痒い様な心地がした。
思わず問い返すと、彼女は楽しげに少し距離を取って、飄々と喋り始める。
『突然何だ、って?……いや、僕なりに呼び名で敬意を表そうと思ってね。』
『安易に様付けだとなにか特殊なプレイみたいだし、先生と呼ぶには外見年齢も離れていない。だから、君には僕の先輩になってもらうことにしたのさ。ねぇねぇ先輩、呼ばれ心地は如何かな?』
「呼ばれ心地〜…?」
奇妙な理屈だ。NPCの思考回路 はどうなっているんだ、と思いつつ、脳内で彼女の言葉を反芻する。
……それは不思議と、どこか懐かしい響きだった。だからこそ、出て来る感想は素直なものだった。
「……まぁ、良いんじゃねえか。」
『─────』
……?
何となくではあるが、棗にしては珍しい気がする顔をして、こちらを見ている。
「……顔に変なものでも付いてるか?」
『え、いや───そういうわけじゃないんだ。ただ───』
『何故か、先輩の声でメンタル値が安定してね。1/f揺らぎでも含まれているのかな?』
「何だ、そりゃ」
棗が僅かに微笑む。そのうちには確かに、心底からの安堵と喜びが感じられた。
酷く寂しい夢にうなされていた気がするが────それらを忘れられる様な、あたたかな表情だった。
ひとしきり笑うと、棗は少し声のトーンを落とす。
一転して深刻そうな雰囲気を顔ににじませながら、言いづらそうにこちらを指差した。
『ただ、まあ……先輩の身体は、少し深刻な状態ではあるが、ね…….。』
指差された自身の肉体に向けて、目を落とす。
そこには、あるはずの自身の胸が、腰が、脚が────無かった。
────否、ある。だが、それが半透明となって向こう側の布団を映し出しているに過ぎないのだとすぐに理解した。
「!?か、身体が、透けて……!?どうなってんだ!?」
ノイズがかった半透明の肉体。自身の両掌越しに棗の顔を透かしながら、叩き起こされた様に彼女へ問いかけた。
『SE.RA.PHの電脳体は……肉体 と、霊子化された魂を持つ』
『今の先輩には、何故か、肉体が無い。言わば───"魂だけ"の状態なんだ。』
「なんだって、そんな事に……。」
『……申し訳ないけど、そこまでは、僕にも分からなかった。』
『分かっているのは、存在の維持に問題はないこと。オブジェクトには触れるし……バイタル・パラメータも健在だ。単なるサイバーゴーストとも違う……。言うなれば、服だけをはぎ取られた様な、丸裸の状態という事かな……。』
>じゃあ、オレは棗の前で裸だって事か?
>本当に大丈夫なのか?
『大丈夫か否かは、これから確かめよう。先輩も目覚める迄に測ったバイタル値は正常だから、後は……』
『───記憶の欠落が無いか、だけだね。』
いつになく真剣な瞳で、彼女が此方を見据える。不思議とこちらの背筋も伸ばされ、彼女の質問に身構えた。
『黒野八門さん。君は、自分が誰なのか分かるかね?』
自分が誰なのか?
テツガクの難問に挑戦してみる気は無いが、言葉通りの問いなら明白だ。
名前は黒野八門。あらゆる願いを叶えると云う『聖杯』の使用権を手に入れる為、月に侵入した魔術師 の一人で────
待てよ。
───何の為に?
『……自我は問題ない様だけど……聖杯戦争中の記憶が、無いか……』
彼女は頭を掻いて、如何にも深刻そうな様子を見せる。
「……ああ、ああ、そうだ。オレ達は聖杯戦争に参加して、それで……。」
『ヤクト先輩。……今、何年か、分かるかい。』
「2032年だろ。」
記憶が正しければ、それで間違いない筈だ。
2032年、月で開催された聖杯戦争。
オレは、その参加者だった。
だが、それ以外の事柄が───何一つ、思い出せない。
分かるのは、それが一瞬にして闇に呑まれた事。
そして、その闇で、誰かに遭った事────
『……それなんだよ。問題は、それなんだ……。』
『良く聞いてくれ給え、先輩。』
棗が此方の肩に手を置いて、震える瞳で、こちらを見ていた。
『今は───3032年なんだ。』
『あの聖杯戦争から……1000年───経っているんだ───』
「───何───」
全身を包み込む、揺り籠の様な暖かさから、とても古い空気を感じた。
『───える?───』
『聞こえるかい?』
ふと、傍で、懐かしい声が聞こえた。
不確かな意識を揺り動かして、少しずつ目を開く。
息の詰まる様な夕陽。茜色に照らし出されたベッド。
設えられた何でもない調度品が、劇的な空間を茜色に創出している。
『─────』
かたわらで此方を見遣るのは、白衣の少女の姿だった。
『やあ、やあ。……お目覚めかね?先輩───』
彼女の名前は、確か……棗と云ったか。
何ひとつ変わらぬ調子で、彼女は、こちらの覚醒を出迎えた。
「……よう……棗。」
『お早う、ヤクト先輩。』
『……本当に、良かった。』
「先輩?」
棗がその様な呼び方をするのは、何と無く、むず痒い様な心地がした。
思わず問い返すと、彼女は楽しげに少し距離を取って、飄々と喋り始める。
『突然何だ、って?……いや、僕なりに呼び名で敬意を表そうと思ってね。』
『安易に様付けだとなにか特殊なプレイみたいだし、先生と呼ぶには外見年齢も離れていない。だから、君には僕の先輩になってもらうことにしたのさ。ねぇねぇ先輩、呼ばれ心地は如何かな?』
「呼ばれ心地〜…?」
奇妙な理屈だ。NPCの
……それは不思議と、どこか懐かしい響きだった。だからこそ、出て来る感想は素直なものだった。
「……まぁ、良いんじゃねえか。」
『─────』
……?
何となくではあるが、棗にしては珍しい気がする顔をして、こちらを見ている。
「……顔に変なものでも付いてるか?」
『え、いや───そういうわけじゃないんだ。ただ───』
『何故か、先輩の声でメンタル値が安定してね。1/f揺らぎでも含まれているのかな?』
「何だ、そりゃ」
棗が僅かに微笑む。そのうちには確かに、心底からの安堵と喜びが感じられた。
酷く寂しい夢にうなされていた気がするが────それらを忘れられる様な、あたたかな表情だった。
ひとしきり笑うと、棗は少し声のトーンを落とす。
一転して深刻そうな雰囲気を顔ににじませながら、言いづらそうにこちらを指差した。
『ただ、まあ……先輩の身体は、少し深刻な状態ではあるが、ね…….。』
指差された自身の肉体に向けて、目を落とす。
そこには、あるはずの自身の胸が、腰が、脚が────無かった。
────否、ある。だが、それが半透明となって向こう側の布団を映し出しているに過ぎないのだとすぐに理解した。
「!?か、身体が、透けて……!?どうなってんだ!?」
ノイズがかった半透明の肉体。自身の両掌越しに棗の顔を透かしながら、叩き起こされた様に彼女へ問いかけた。
『SE.RA.PHの電脳体は……
『今の先輩には、何故か、肉体が無い。言わば───"魂だけ"の状態なんだ。』
「なんだって、そんな事に……。」
『……申し訳ないけど、そこまでは、僕にも分からなかった。』
『分かっているのは、存在の維持に問題はないこと。オブジェクトには触れるし……バイタル・パラメータも健在だ。単なるサイバーゴーストとも違う……。言うなれば、服だけをはぎ取られた様な、丸裸の状態という事かな……。』
>じゃあ、オレは棗の前で裸だって事か?
『先輩?僕は一応、真面目な話をしているんだけどな。そういうのは後にしてくれ給え』
……ガチトーンで怒られた。出過ぎた冗談は控える事としよう。
見れば、服などは正常に再現されている様だ。その様は丸裸というよりも、まるで脱皮でもされた後の抜け殻を思わせるようだった。
……ガチトーンで怒られた。出過ぎた冗談は控える事としよう。
見れば、服などは正常に再現されている様だ。その様は丸裸というよりも、まるで脱皮でもされた後の抜け殻を思わせるようだった。
『大丈夫か否かは、これから確かめよう。先輩も目覚める迄に測ったバイタル値は正常だから、後は……』
『───記憶の欠落が無いか、だけだね。』
いつになく真剣な瞳で、彼女が此方を見据える。不思議とこちらの背筋も伸ばされ、彼女の質問に身構えた。
『黒野八門さん。君は、自分が誰なのか分かるかね?』
自分が誰なのか?
テツガクの難問に挑戦してみる気は無いが、言葉通りの問いなら明白だ。
名前は黒野八門。あらゆる願いを叶えると云う『聖杯』の使用権を手に入れる為、月に侵入した
待てよ。
───何の為に?
『……自我は問題ない様だけど……聖杯戦争中の記憶が、無いか……』
彼女は頭を掻いて、如何にも深刻そうな様子を見せる。
「……ああ、ああ、そうだ。オレ達は聖杯戦争に参加して、それで……。」
『ヤクト先輩。……今、何年か、分かるかい。』
「2032年だろ。」
記憶が正しければ、それで間違いない筈だ。
2032年、月で開催された聖杯戦争。
オレは、その参加者だった。
だが、それ以外の事柄が───何一つ、思い出せない。
分かるのは、それが一瞬にして闇に呑まれた事。
そして、その闇で、誰かに遭った事────
『……それなんだよ。問題は、それなんだ……。』
『良く聞いてくれ給え、先輩。』
棗が此方の肩に手を置いて、震える瞳で、こちらを見ていた。
『今は───3032年なんだ。』
『あの聖杯戦争から……1000年───経っているんだ───』
「───何───」
凍った様に、時間が止まっている。
棗の告げた恐ろしい事実────この場所が、千年もの時を超えたタイムラインに存在しているという事実────それは、彼の思考回路を決して短くない時間のあいだ支配して憚らなかった。
「……本当なのか。」
『信じられないだろうが……これは、紛れもない事実なんだ。』
冷たく乾いた唇を開き、かろうじて紡ぎ出したすがるような彼の問いは、棗によって残酷にも否定された。
くらりと意識が遠のくような気がする。処理能力を超えた情報に、頭が痛むのを感じた。
棗はこちらの様子を鋭敏に察知して、すぐさま介抱するように背中を支えてくれた。
『……驚くのも無理はないよ。』
頭を押さえながら、思考をめぐらす。ふと思いつく限りでも、疑問が無数の泡のように湧き上がって来る。
千年後なのだとしたら、何故自分はムーンセルによって処分されていない?
左手の紅い紋様をちらりと見る。まだ自分は、令呪を持つマスターであるようだ。……ならば、聖杯戦争は継続している筈ではないのか?
聖杯戦争の基礎的なルールは思い出せた。覚えている。ある期限があり、その期限を超過して戦闘に勝利し、勝ち進まなければ、ムーンセルによって処理される絶対の法……。
その期限は、確か、一週間。
本当に千年の時が経っているのならば、自分は五万回以上殺されている計算になる。
ならば何故、自分は生きている?
そして何故、肉体が奪われている……?
きりがない。いつしか思考をやめ、立ち上がろうと試みる。
瞬間、気持ちの悪い浮遊感にふらりと倒れかけ、棗の体に寄り掛かるような形になってしまった。
『先輩、無理はよし給え。』
「う……これは……?」
『なにせ、肉体が無いんだ。ある頃の様には動けないさ。……立つつもりなら、立てるまでは手伝うけれどね。』
「……立つのさえ無理、か……」
『そういう事だよ。……まあ、リハビリをすれば問題はないレベルだがね。心配御無用!僕が1000年間でなまった情報(カラダ)を解して進ぜようじゃないか。』
棗は自身ありげに鼻を鳴らし、こちらの手を取る。
全く軽々しく言ってくれる。だが今は、その軽妙さこそが逆に心地よかった。
何はともあれ、ともあれ立ち上がる程度のことさえ出来なくては、何も分かりはしない。この状況が致命的なのかどうかの判断さえも付かないだろう。
現状への不安を忘れるためにも、棗の声に応えて、手を握り返した。
─────
「……こりゃキツい……!!」
───何度か試してみて分かったことだが、肉体が無いというハンデは、想像以上に重くのしかかるものだった。
まず、情報として他のobjectに干渉することはできる。それが逆に、尚更この状態をたちの悪いものにしていた。
体が軽い。いや、ほとんど無だ。かといって、浮き上がることはできないのだ。たぶん接続の問題で、地に足をつけていなければならない縛りがあるのだろう。いっそのこと幽霊であれば、空でも飛べただろうに。
地面に足をつける感覚。ベッドに座っている感覚。棗の手が触れる感覚。それらのすべてが、肉体のあった頃と遜色なく鮮明に感じとれていた。
それが逆に、重さの無い自分の身体の異物感をより高める様な、いっそおぞましいほどの違和として感じられた。
ベッドから立ち上がるだけの作業を、棗と共に何度となく試みる。重さが頼りにならない以上、自分の身体を動作させる脳の電気信号のみを頼りにしなければならない。
これが、本来感覚的な「立ち上がる」というだけの作業を難しいものにしていた。何度となくベッドや地面、時には棗の方に倒れ込む。
『立てそうかい?』
「……待て、コツが掴めてきた……。」
いつしか棗は、身体全体を使ってこちらの胴を支えてくれる様になっていた。
生きている肉体の感覚が、棗の身体のたたえる柔らかな感触だけを、鮮明に神経へと訴えかけてくる。
「………」
……それどころでは無い筈だと言うのに、全く無意識のなか、否応無しにそちらに意識を奪われていた。
何とは言わないが……相当にでかい。むしろこの身体の前では、自分の肉体がどうなっているかの方が瑣末な問題ではないか───?
『……先輩、何か変なことを考えていやしないかい?』
気が付くと、棗はこちらに冷たげな視線を送っていた。
「───特に何も───」
『……ふ〜〜〜ん?』
……真面目にやらなくては。このままではいきなり手を離されかねない。
下らない思考を必死で脳裏に仕舞い込み、自力で立ち上がる努力に専念した。
─────
「……はぁ、はぁ……」
……どれほどの時間が経っただろうか。
今や棗の補助なしで、辛うじて自分の足で立ち上がり、よちよちとではあるが、歩くことに成功していた。
重力に身をまかせて生きる人類として、およそこの上なく気色の悪い感覚に立ちくらみを覚える。たぶん、この感覚に慣れることは無いだろう。
「……立ち上がるだけで、これか……。」
『感覚的な認識がほぼ奪われている以上、手足を”動かしている”意識を逐一持たなければならないからね。……まあ、じきに慣れるだろう。』
「本当か?そんな気がしねえよ……。」
手足をぶらぶらと無造作に動かし、ストレッチのような作業をほぼ無意識で行う。無論電脳空間では意味がないが、生物的本能がそうさせている様だった。
かろうじて立ち上がり、ひときわ大きな伸びをした彼は、改めて白衣の棗に声を掛ける。
「じゃあ……案内してくれ。ここがどうなってんのか。」
───
─────
───────
『君もお察しの通り、此処は第一次聖杯戦争の舞台───『天ヶ鳴学園』に扮した校舎。……その跡地だ。』
「酷えありさまだな。」
時間経過では死なない何等かのNPCが、見た目だけはそのままに死んだ様な目で佇んでいるだけの空間を、二人きりで静かに歩いてゆく。
棗と共に少し見回りをしただけで、現状置かれている立場が想像以上にひどいものである事を思い知るには十分だった。
自分たちのいる建物はほとんど崩落しかけたハリボテのようで、建物とすら呼べるかさえも甚だ疑問を抱かずにはいられなかった。
壁一面には機関銃の掃射でも受けたかの様に無数の風穴が空けられ、窓はことごとく破られている。廊下の床板は崩れ、歩く度に遠く離れた場所にまで亀裂が伝播していく様な厭な感触を脚に残していく。
見上げた天井の隅にはしみとも汚れともつかぬ得体の知れない真っ黒なノイズがまとわりついており、彼は顔をしかめて目を逸らした。
窓の外にはいつまで時間が経っても登りも下りもしない、うんざりするほどに美しい夕陽が、厳然と聳えるtextureの積乱雲を目映い黄金色に染め上げる。それはいっそ不気味な暗喩として、彼らを軽薄に嘲笑っているかのようにすら思えた。
『状況を整理しよう。』
『僕たちは今、3032年───1000年後の世界に居る。さらに悪い事に、この座標は”月の裏側”にあるんだ……。』
「月の裏側?」
聞いた覚えのない単語に首を傾げながら棗の方を見遣る。罪悪感か、あるいは失望か。どこか暗い翳りのある、彼女の青の瞳を目にすれば、その意味するところが良からぬものであることはまったく想像に難くなかった。
『ムーンセルは、光を媒介にした記憶装置だが……此処はその光が入り乱れた高次元だ。』
『悪性情報や虚数すらsourceとして成立しうる”宇宙 の埒外”。』
『知性を持つ生命体が入れば、忽ち”無い”情報に食い尽くされる、此処はそういう場所なんだよ。』
『表が”熾天の檻”なら、此処は”堕天の庭”だ。何でもありで何もない、世界でも類を見ぬ危険地帯という訳さ。』
あまりに現実味を帯びない説明に、思考回路が付いていかない。一拍置いて、冗談まじりな声を上げる。
「おい、おい……。脅かすなよ。」
それはある種、棗の言った情報に何等かの誇張や錯誤、あるいはそれに類する間違いが含まれていて欲しいという、縋るようなさもしい現実逃避に過ぎなかったものだが、そのような拙い幻想は直ぐに、棗の言葉によって整然と破壊された。
『脅かしてはいないよ。AIは隠し事は出来ても、嘘は吐けない。そういう風に出来ているからね。』
「………。」
今度こそ押し黙る。
目覚めれば1000年後、その場所はジョーズの何倍も危険な人食いの虫(bug)どもが覆い尽くすボロボロの方舟。
この様な現実を理解しろと言う方が難しい。よくある下らない悪夢の一幕と考えた方が余程に説得力が有る。
だからこそ今は、逆に俯瞰的な、ある種の冷静さをもって悪夢を咀嚼する事が出来る様に感じられた。彼はすぐに見過ごし難い矛盾点を発見し、棗に対して鋭く指摘する。
「……じゃあよ……何でこの校舎はあるんだ?それどころか校庭とか……太陽まである。世界ごと沈んだなら、俺もお前も食い尽くされてるんじゃねえのか。」
『ああ……。その答えも、すぐにわかるよ。着いて来給え。』
「何だよ、それ────」
棗が階段の上を指し示す。覚束ない肉体操作で、棗の手助けを借りながら、辛うじて一歩一歩と階段を登ってゆく。
二階にたどり着いてすぐ、明らかに異質な気配を感じた。肌を突き刺すような痺れ。風もないのに身体を吹き飛ばすような威圧感。
彼はたじろぎ、棗の支える腕を逆に握り返し、思わず彼女の後ろに隠れようとする。
眼前には、およそこの空間にとってまったく似つかわしくないモノがあった。
小さな、宙に浮かぶ指環が、二階廊下の丁度真ん中に輝いていた。
それは明確に目に見える光の奔流を放って、校舎全体にその力を満遍なく行き届かせている。
何より彼の目を引いたのは、このボロボロに破壊された校舎、ハリボテの空には似ても似つかぬ、その指環の孕んだ遠大な”意味”にあった。
他の何よりも───自分自身も、棗も、あるいはサーヴァントですらも───置いて圧倒的に佇む、絶大なる存在感。
周囲を光によって純白に染め上げるそれは、どこか神聖さすら感じさせる様子で、ただそこに燦然と鎮座しているばかりだった。
明らかにただならない物品を前に、彼は声を震わせながら棗に問いかける。
「おい、な、何だよ、これ……。」
『レガリア。”月の王権”。』
『全ての値を司る、この月 の絶対管理権であり───』
『此処に、決してあってはならないものだ。』
棗の告げた恐ろしい事実────この場所が、千年もの時を超えたタイムラインに存在しているという事実────それは、彼の思考回路を決して短くない時間のあいだ支配して憚らなかった。
「……本当なのか。」
『信じられないだろうが……これは、紛れもない事実なんだ。』
冷たく乾いた唇を開き、かろうじて紡ぎ出したすがるような彼の問いは、棗によって残酷にも否定された。
くらりと意識が遠のくような気がする。処理能力を超えた情報に、頭が痛むのを感じた。
棗はこちらの様子を鋭敏に察知して、すぐさま介抱するように背中を支えてくれた。
『……驚くのも無理はないよ。』
頭を押さえながら、思考をめぐらす。ふと思いつく限りでも、疑問が無数の泡のように湧き上がって来る。
千年後なのだとしたら、何故自分はムーンセルによって処分されていない?
左手の紅い紋様をちらりと見る。まだ自分は、令呪を持つマスターであるようだ。……ならば、聖杯戦争は継続している筈ではないのか?
聖杯戦争の基礎的なルールは思い出せた。覚えている。ある期限があり、その期限を超過して戦闘に勝利し、勝ち進まなければ、ムーンセルによって処理される絶対の法……。
その期限は、確か、一週間。
本当に千年の時が経っているのならば、自分は五万回以上殺されている計算になる。
ならば何故、自分は生きている?
そして何故、肉体が奪われている……?
きりがない。いつしか思考をやめ、立ち上がろうと試みる。
瞬間、気持ちの悪い浮遊感にふらりと倒れかけ、棗の体に寄り掛かるような形になってしまった。
『先輩、無理はよし給え。』
「う……これは……?」
『なにせ、肉体が無いんだ。ある頃の様には動けないさ。……立つつもりなら、立てるまでは手伝うけれどね。』
「……立つのさえ無理、か……」
『そういう事だよ。……まあ、リハビリをすれば問題はないレベルだがね。心配御無用!僕が1000年間でなまった情報(カラダ)を解して進ぜようじゃないか。』
棗は自身ありげに鼻を鳴らし、こちらの手を取る。
全く軽々しく言ってくれる。だが今は、その軽妙さこそが逆に心地よかった。
何はともあれ、ともあれ立ち上がる程度のことさえ出来なくては、何も分かりはしない。この状況が致命的なのかどうかの判断さえも付かないだろう。
現状への不安を忘れるためにも、棗の声に応えて、手を握り返した。
─────
「……こりゃキツい……!!」
───何度か試してみて分かったことだが、肉体が無いというハンデは、想像以上に重くのしかかるものだった。
まず、情報として他のobjectに干渉することはできる。それが逆に、尚更この状態をたちの悪いものにしていた。
体が軽い。いや、ほとんど無だ。かといって、浮き上がることはできないのだ。たぶん接続の問題で、地に足をつけていなければならない縛りがあるのだろう。いっそのこと幽霊であれば、空でも飛べただろうに。
地面に足をつける感覚。ベッドに座っている感覚。棗の手が触れる感覚。それらのすべてが、肉体のあった頃と遜色なく鮮明に感じとれていた。
それが逆に、重さの無い自分の身体の異物感をより高める様な、いっそおぞましいほどの違和として感じられた。
ベッドから立ち上がるだけの作業を、棗と共に何度となく試みる。重さが頼りにならない以上、自分の身体を動作させる脳の電気信号のみを頼りにしなければならない。
これが、本来感覚的な「立ち上がる」というだけの作業を難しいものにしていた。何度となくベッドや地面、時には棗の方に倒れ込む。
『立てそうかい?』
「……待て、コツが掴めてきた……。」
いつしか棗は、身体全体を使ってこちらの胴を支えてくれる様になっていた。
生きている肉体の感覚が、棗の身体のたたえる柔らかな感触だけを、鮮明に神経へと訴えかけてくる。
「………」
……それどころでは無い筈だと言うのに、全く無意識のなか、否応無しにそちらに意識を奪われていた。
何とは言わないが……相当にでかい。むしろこの身体の前では、自分の肉体がどうなっているかの方が瑣末な問題ではないか───?
『……先輩、何か変なことを考えていやしないかい?』
気が付くと、棗はこちらに冷たげな視線を送っていた。
「───特に何も───」
『……ふ〜〜〜ん?』
……真面目にやらなくては。このままではいきなり手を離されかねない。
下らない思考を必死で脳裏に仕舞い込み、自力で立ち上がる努力に専念した。
─────
「……はぁ、はぁ……」
……どれほどの時間が経っただろうか。
今や棗の補助なしで、辛うじて自分の足で立ち上がり、よちよちとではあるが、歩くことに成功していた。
重力に身をまかせて生きる人類として、およそこの上なく気色の悪い感覚に立ちくらみを覚える。たぶん、この感覚に慣れることは無いだろう。
「……立ち上がるだけで、これか……。」
『感覚的な認識がほぼ奪われている以上、手足を”動かしている”意識を逐一持たなければならないからね。……まあ、じきに慣れるだろう。』
「本当か?そんな気がしねえよ……。」
手足をぶらぶらと無造作に動かし、ストレッチのような作業をほぼ無意識で行う。無論電脳空間では意味がないが、生物的本能がそうさせている様だった。
かろうじて立ち上がり、ひときわ大きな伸びをした彼は、改めて白衣の棗に声を掛ける。
「じゃあ……案内してくれ。ここがどうなってんのか。」
───
─────
───────
『君もお察しの通り、此処は第一次聖杯戦争の舞台───『天ヶ鳴学園』に扮した校舎。……その跡地だ。』
「酷えありさまだな。」
時間経過では死なない何等かのNPCが、見た目だけはそのままに死んだ様な目で佇んでいるだけの空間を、二人きりで静かに歩いてゆく。
棗と共に少し見回りをしただけで、現状置かれている立場が想像以上にひどいものである事を思い知るには十分だった。
自分たちのいる建物はほとんど崩落しかけたハリボテのようで、建物とすら呼べるかさえも甚だ疑問を抱かずにはいられなかった。
壁一面には機関銃の掃射でも受けたかの様に無数の風穴が空けられ、窓はことごとく破られている。廊下の床板は崩れ、歩く度に遠く離れた場所にまで亀裂が伝播していく様な厭な感触を脚に残していく。
見上げた天井の隅にはしみとも汚れともつかぬ得体の知れない真っ黒なノイズがまとわりついており、彼は顔をしかめて目を逸らした。
窓の外にはいつまで時間が経っても登りも下りもしない、うんざりするほどに美しい夕陽が、厳然と聳えるtextureの積乱雲を目映い黄金色に染め上げる。それはいっそ不気味な暗喩として、彼らを軽薄に嘲笑っているかのようにすら思えた。
『状況を整理しよう。』
『僕たちは今、3032年───1000年後の世界に居る。さらに悪い事に、この座標は”月の裏側”にあるんだ……。』
「月の裏側?」
聞いた覚えのない単語に首を傾げながら棗の方を見遣る。罪悪感か、あるいは失望か。どこか暗い翳りのある、彼女の青の瞳を目にすれば、その意味するところが良からぬものであることはまったく想像に難くなかった。
『ムーンセルは、光を媒介にした記憶装置だが……此処はその光が入り乱れた高次元だ。』
『悪性情報や虚数すらsourceとして成立しうる”
『知性を持つ生命体が入れば、忽ち”無い”情報に食い尽くされる、此処はそういう場所なんだよ。』
『表が”熾天の檻”なら、此処は”堕天の庭”だ。何でもありで何もない、世界でも類を見ぬ危険地帯という訳さ。』
あまりに現実味を帯びない説明に、思考回路が付いていかない。一拍置いて、冗談まじりな声を上げる。
「おい、おい……。脅かすなよ。」
それはある種、棗の言った情報に何等かの誇張や錯誤、あるいはそれに類する間違いが含まれていて欲しいという、縋るようなさもしい現実逃避に過ぎなかったものだが、そのような拙い幻想は直ぐに、棗の言葉によって整然と破壊された。
『脅かしてはいないよ。AIは隠し事は出来ても、嘘は吐けない。そういう風に出来ているからね。』
「………。」
今度こそ押し黙る。
目覚めれば1000年後、その場所はジョーズの何倍も危険な人食いの虫(bug)どもが覆い尽くすボロボロの方舟。
この様な現実を理解しろと言う方が難しい。よくある下らない悪夢の一幕と考えた方が余程に説得力が有る。
だからこそ今は、逆に俯瞰的な、ある種の冷静さをもって悪夢を咀嚼する事が出来る様に感じられた。彼はすぐに見過ごし難い矛盾点を発見し、棗に対して鋭く指摘する。
「……じゃあよ……何でこの校舎はあるんだ?それどころか校庭とか……太陽まである。世界ごと沈んだなら、俺もお前も食い尽くされてるんじゃねえのか。」
『ああ……。その答えも、すぐにわかるよ。着いて来給え。』
「何だよ、それ────」
棗が階段の上を指し示す。覚束ない肉体操作で、棗の手助けを借りながら、辛うじて一歩一歩と階段を登ってゆく。
二階にたどり着いてすぐ、明らかに異質な気配を感じた。肌を突き刺すような痺れ。風もないのに身体を吹き飛ばすような威圧感。
彼はたじろぎ、棗の支える腕を逆に握り返し、思わず彼女の後ろに隠れようとする。
眼前には、およそこの空間にとってまったく似つかわしくないモノがあった。
小さな、宙に浮かぶ指環が、二階廊下の丁度真ん中に輝いていた。
それは明確に目に見える光の奔流を放って、校舎全体にその力を満遍なく行き届かせている。
何より彼の目を引いたのは、このボロボロに破壊された校舎、ハリボテの空には似ても似つかぬ、その指環の孕んだ遠大な”意味”にあった。
他の何よりも───自分自身も、棗も、あるいはサーヴァントですらも───置いて圧倒的に佇む、絶大なる存在感。
周囲を光によって純白に染め上げるそれは、どこか神聖さすら感じさせる様子で、ただそこに燦然と鎮座しているばかりだった。
明らかにただならない物品を前に、彼は声を震わせながら棗に問いかける。
「おい、な、何だよ、これ……。」
『レガリア。”月の王権”。』
『全ての値を司る、この
『此処に、決してあってはならないものだ。』
「あってはならない?」
『そうとも。』
『本来は中枢に保管されているべき最終手段 だ。こんな場所に持ち出されている時点で非常事態だが───』
『どうやら僕達は、これのお陰で存在を保てている。……この廃校舎を維持しているのも、この指環の力だ。』
「そいつは───誰かがそいつを持ち出してきて、オレたちを生かしてるみてえな言い草だな。」
『可能性としては否定できないね。だが言える事は、現在のムーンセルは確実に、異常な状況に置かれているという事だ。』
光を放って浮遊する指環を、暫く眺めていた。
彼の内に漂っていたのは当然、驚嘆であり、当惑であり、困憊であったが───それらの全てをおいて強い感情が、彼の中でひときわ強く渦巻いていた。
彼は、この指環に覚えがあった。
何処で見たものかは思い出せない。頭から幾ばくかの欠片が抜け落ちたかのように、情報をつなぐ記憶が欠落していた。
だが、ひとつ思い出せる事実があった。
これは自分にとって、あるいは自分の存在意義と同じぐらい───重要なものであるという事だった。
「これ、見覚えがあるぞ。」
『……?聖杯戦争の参加者が、レガリアに触れる機会は無い筈だが……。』
彼はほとんど無意識のうちに、白く照らされた空間へと足を踏み出した。
『危ない!』
棗による静止が掛かるも、彼の瞳は、光り輝いて浮かぶ指環を捉えて離さなかった。
吸い込まれるように、左腕が動く。指を伸ばし、光に触れかける。
瞬間、指環が僅かに震えた。それは滑らかに空中を移動し、引きつけられる様に漂う。
それはあたかも当然のごとく、彼の薬指へと収まっていった。
一瞬、全てが止まった。
彼の身体も、指環も、棗ですらも───余りにも自然に起こった一連の動作を前にして、思考が停止していた。
彼の内にあったのは、もはや驚愕ではなかった。むしろこの指環は、この指にあるべきものなのかも知れないという奇妙な納得すらあった。
『……何て事だ。』
それを見ていた棗が、しばらく処理落ち した。
彼を制止しようとして手を突き出した姿勢のままで瞳をぱちくりと開閉し、瞳孔が次第に見開かれていく。その様には、明確な動揺が見え隠れしていた。
数呼吸ののち、ようやく、棗は口を開いた。
『先輩。君は───』
『ムーンセルの支配権を得ている。』
「───支配、権───?」
何を言っているのか、さっぱり理解できない。
左手薬指。婚姻の暗喩として示される清廉な輝きは、何も語らない。
ただならぬ存在感は、データ体のみとなった哀れな肉体には、あまりに釣り合わない。
その得体の知れない力を前にして、不意に───今まで張り詰めていた糸のようなものが、ぷつりと切れるのを感じた。
それと同時に、彼の心のうちからは、今まで抑えていた恐怖や不安が、不意にうぞうぞと一気に這い出して来た。
「───なっ……何だよ、これ!!」
左手から指環を抜き取り、めちゃくちゃな方向に投げ棄てる。
それは乱雑に投げられたにも関わらず、空中で緩やかに動きを止め、元あった場所───廊下の中心の宙空に、再びぼんやりとした光を放ちながら漂い始める。
「ああっ、ああぁっ……!!畜生、畜生、何だってんだ、何でこんな、あぁ、ああぁあ……!」
『先輩、落ち着いて!大丈夫、落ち着いて……。』
恐慌と怖気とに見舞われながら、彼は頭を抱えて階段の踊り場でうずくまる。
千年後の世界。何一つ確かなものが無い、壊れた世界。
彼はただ、この宇宙で唯一確かな、棗の華奢な身体にすがることしか出来なかった。
彼は逃避する様に、彼女の細腰に抱き付く。狂いそうな頭をその手が撫でて、胸元に彼を受け入れる。つとめて彼を落ち着かせようとするその優しさが、かえって孤独を感じさせる様な心持ちがしてならなかった。
────恐ろしい。情けない。寂しい。苦しい────
────怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
過剰なまでのおぞましい感情の氾濫に襲われながら、彼はただ、この宇宙でただ一つの”存在”に身を委ねていた。
「助けてくれ、棗、助けて、くれ……。」
『大丈夫。大丈夫だから。……深呼吸して。僕がついてるから……。』
──────
────
──
幾ばくかの時間が経った。
電脳空間でも何故か生理的欲求だけは感じる。
壊れた購買からくすねた見た目だけの食糧を喰み、データ量として腹を満たす。高菜漬けのおにぎりと銘打ってあったが、殆ど味がしない。
真っ暗に沈んだ虚ろな瞳で、遠くのオレンジ色の光を眺める。憎たらしいほどに憧憬を誘うその壮観な景色は、心をつとめて平静に保とうとするための唯一の刺激だ。
オレに残されていたものなど何も無く、ただ得体の知れないものばかりが纏わりついていると分かると、全身から力が抜けていくのを感じた。窓からいつまでも変わりのない夕焼けを眺めながらも、心は風穴が空いた様にうすら寒かった。
背後に感じるあの指環の存在感が、じくじくと背中を突き刺す様だった。それがいつまでも再びオレに嵌められるのを待っているかの様に漂っているのが気持ち悪い事この上なく、決して振り返らなかった。
棗の慰めを受けて、ある程度平静を取り戻せたのは不思議に思う。
ヒトが恐怖を外界に表出するのは、それによって他者に助けを求めるためだ。
だが、今、自分を助けてくれるのは────棗の他には誰も居ない。……棗が助けてくれるのならば、泣いても騒いでも意味が無い。
実際は荒れ狂う感情の波濤が今にも自分を押し潰しそうとしているのに、不思議なほどに静かにしていられるのは、きっとそういう理由だろう。
『……解析が終わったよ。』
ふと、背後から棗の声が掛かる。オレが振り向かずに居ると、隣に来て、ゆっくりと話をし始めた。
それが彼女の優しさだろう。それにまともな返しもできない自分に罪悪感を覚えながらも、言葉ひとつ発することができなかった。
ただ黙っているオレに、棗は話し続ける。
『結論から言えば、レガリアの機能は相当な制限がなされている。……”実数値(Real number)”しか操ることができない。月の裏側ではまるで意味が無いんだ……本当に、実数であるこの廃校舎と僕達を維持する為だけに存在している様だね。』
「………そうか。」
『そして……その管理権限は、ある一人だけに設定されている。』
『……君だよ。黒野八門、先輩。』
「………そうか。」
殆どうわの空で応える。話は聴いているが、それを咀嚼するだけの余裕は無い。
「……オレはな、棗。」
「誰のせいで、何のために、何でこうなってるかなんて、どうでもいいんだ……。」
沈まぬ夕陽を眺めながら、独りごちる様に呟く。
「……気持ち悪りいんだ。」
「牢屋の中で、”自由に生きていい”って鎖をつけられて……生かされてるみてえで……。」
「……それが、たまらなく気持ち悪りいんだよ……。」
肩を丸め、心の内を吐露する。傍らに棗が居るにもかかわらず、心は孤独に縮み上がっている。
失意に沈むオレの背中に、ただ何も言わず、棗はそっと手を添えた。
「……ありがとよ。」
『……気にする事じゃないよ。』
『僕は健康管理AIだ。これぐらい当然さ。』
二人、沈黙に沈む。
ぼやけた橙色の視界に浮かぶのはそれでも、閉ざされた世界のうちに浮かぶ疑問と、暗い想念ばかりだった。
記憶もなく、展望もなく、ただの二人で鳥籠の中。裏側には致死の暗闇がひそむこの場所で、生命の意味すら亡失している。あたかも絶海の中で孤独に死を待つ船の様だ。
重苦しい空気感が澱み、時間を忘れ始めた頃。棗の胸ポケットから響き渡るけたたましいベルの音が、静寂をふと切り裂いた。
電脳空間に展開されたwindowを確認し始めた棗に目だけを向けて、ふと問いかける。
「……何の通知だ?」
『ちょっと待ってね、今確認してるから……ん!』
重要な発見をしたとばかりに声を上げた棗に、わずかに顔を向ける。
その顔は、いくらかの希望を見出したような輝きを含んで、こちらを見つめていた。
『先輩。君のサーヴァントが……霊基を確立した様だ。』
「サーヴァント……?」
「……あ。」
すっかり忘れていた。
左手の甲を見遣る。深々と刻まれた紅色の紋様。
そうだ、そのはずではないか。聖杯戦争に参加していたのならば、サーヴァントが居る筈だ。
だが一方で、胸の暗がりが不安を告げる。契約していたはずのサーヴァントの真明、クラス、ひいては容姿にいたるまで、自分は何一つ思い出す事が出来ない───
『レガリアの魔力供給によるものだ。ほとんどボロボロで存在すら危うかったのだが……ようやく実体化に耐える霊基にまで修復された様だね。』
『座標は……すぐそこだ。2-A教室。』
棗が指を差した場所は、まさにすぐ隣の、穴だらけの壁の中に空いた空間の一つ。
かつて魔術師 たちが拠点としていた、"教室"のひとつに───
「───オレの、サーヴァントが。」
『……居るのは確かだ。』
会いに行かなければならないだろう。ならないのだが───どうしても、二の足を踏んでしまう。
何せ、顔など何ひとつ思い出せない。向こうも顔を覚えているかなど定かではない。
歴史上の万夫不当の英傑───特別な力を持った彼らは、ひとたび機嫌を損ねればこちらの命など造作も無いほどに捻りつぶせる存在である筈だ。
だからこそ、戸惑っていた。自分の命に、もはや意味など無い筈だと言うのに、本能は一丁前に死を恐怖している。
『いずれにせよ、先輩のサーヴァントだ。』
『顔ぐらいは、見ておいてもいいんじゃないか?』
棗からのフォローが入り、身体の強張りがいくらか解けるのを感じた。
……そのはずだ。いかにサーヴァントといえど、即座にマスターを殺すような関係であれば聖杯戦争で勝ち抜けるはずがない。
こちらには令呪もある……。最悪の場合は、何をしてこようと……。いや、それは正しいのだろうか……?
複雑に絡み合いはじめた思考を、しばし断ち切る。どうせ、棗と二人で突っ立っているしかやる事が無いのだ。
元より限られた空間でしかない。見られるものは見て、絶望なら、そのあとで存分にすれば良いじゃないか───
「……ああ。」
廊下を、恐る恐る、ゆっくりとではあるが歩いてゆく。
ただでさえ覚束ない足元が、不安定な心でより揺れ動く。たったの数メーターが何キロにも伸びた様だ。
もし肉体があれば───心臓が早鐘を打ち、汗が噴き出していただろう。
通常では考えられないような時間をかけてではあるが、漸く、2-A教室の目の前にまで辿り着く。
「(この奥に、サーヴァントが───)」
期待なのか、不安なのか、恐怖なのか。果たして理解しえない感情と共に、扉の前でしばらく佇む。
深呼吸をひとつ。心拍を整え、もはや意味をなしていない扉を、一挙にこじ開けた。
『そうとも。』
『本来は中枢に保管されているべき
『どうやら僕達は、これのお陰で存在を保てている。……この廃校舎を維持しているのも、この指環の力だ。』
「そいつは───誰かがそいつを持ち出してきて、オレたちを生かしてるみてえな言い草だな。」
『可能性としては否定できないね。だが言える事は、現在のムーンセルは確実に、異常な状況に置かれているという事だ。』
光を放って浮遊する指環を、暫く眺めていた。
彼の内に漂っていたのは当然、驚嘆であり、当惑であり、困憊であったが───それらの全てをおいて強い感情が、彼の中でひときわ強く渦巻いていた。
彼は、この指環に覚えがあった。
何処で見たものかは思い出せない。頭から幾ばくかの欠片が抜け落ちたかのように、情報をつなぐ記憶が欠落していた。
だが、ひとつ思い出せる事実があった。
これは自分にとって、あるいは自分の存在意義と同じぐらい───重要なものであるという事だった。
「これ、見覚えがあるぞ。」
『……?聖杯戦争の参加者が、レガリアに触れる機会は無い筈だが……。』
彼はほとんど無意識のうちに、白く照らされた空間へと足を踏み出した。
『危ない!』
棗による静止が掛かるも、彼の瞳は、光り輝いて浮かぶ指環を捉えて離さなかった。
吸い込まれるように、左腕が動く。指を伸ばし、光に触れかける。
瞬間、指環が僅かに震えた。それは滑らかに空中を移動し、引きつけられる様に漂う。
それはあたかも当然のごとく、彼の薬指へと収まっていった。
一瞬、全てが止まった。
彼の身体も、指環も、棗ですらも───余りにも自然に起こった一連の動作を前にして、思考が停止していた。
彼の内にあったのは、もはや驚愕ではなかった。むしろこの指環は、この指にあるべきものなのかも知れないという奇妙な納得すらあった。
『……何て事だ。』
それを見ていた棗が、しばらく
彼を制止しようとして手を突き出した姿勢のままで瞳をぱちくりと開閉し、瞳孔が次第に見開かれていく。その様には、明確な動揺が見え隠れしていた。
数呼吸ののち、ようやく、棗は口を開いた。
『先輩。君は───』
『ムーンセルの支配権を得ている。』
「───支配、権───?」
何を言っているのか、さっぱり理解できない。
左手薬指。婚姻の暗喩として示される清廉な輝きは、何も語らない。
ただならぬ存在感は、データ体のみとなった哀れな肉体には、あまりに釣り合わない。
その得体の知れない力を前にして、不意に───今まで張り詰めていた糸のようなものが、ぷつりと切れるのを感じた。
それと同時に、彼の心のうちからは、今まで抑えていた恐怖や不安が、不意にうぞうぞと一気に這い出して来た。
「───なっ……何だよ、これ!!」
左手から指環を抜き取り、めちゃくちゃな方向に投げ棄てる。
それは乱雑に投げられたにも関わらず、空中で緩やかに動きを止め、元あった場所───廊下の中心の宙空に、再びぼんやりとした光を放ちながら漂い始める。
「ああっ、ああぁっ……!!畜生、畜生、何だってんだ、何でこんな、あぁ、ああぁあ……!」
『先輩、落ち着いて!大丈夫、落ち着いて……。』
恐慌と怖気とに見舞われながら、彼は頭を抱えて階段の踊り場でうずくまる。
千年後の世界。何一つ確かなものが無い、壊れた世界。
彼はただ、この宇宙で唯一確かな、棗の華奢な身体にすがることしか出来なかった。
彼は逃避する様に、彼女の細腰に抱き付く。狂いそうな頭をその手が撫でて、胸元に彼を受け入れる。つとめて彼を落ち着かせようとするその優しさが、かえって孤独を感じさせる様な心持ちがしてならなかった。
────恐ろしい。情けない。寂しい。苦しい────
────怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
過剰なまでのおぞましい感情の氾濫に襲われながら、彼はただ、この宇宙でただ一つの”存在”に身を委ねていた。
「助けてくれ、棗、助けて、くれ……。」
『大丈夫。大丈夫だから。……深呼吸して。僕がついてるから……。』
──────
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──
幾ばくかの時間が経った。
電脳空間でも何故か生理的欲求だけは感じる。
壊れた購買からくすねた見た目だけの食糧を喰み、データ量として腹を満たす。高菜漬けのおにぎりと銘打ってあったが、殆ど味がしない。
真っ暗に沈んだ虚ろな瞳で、遠くのオレンジ色の光を眺める。憎たらしいほどに憧憬を誘うその壮観な景色は、心をつとめて平静に保とうとするための唯一の刺激だ。
オレに残されていたものなど何も無く、ただ得体の知れないものばかりが纏わりついていると分かると、全身から力が抜けていくのを感じた。窓からいつまでも変わりのない夕焼けを眺めながらも、心は風穴が空いた様にうすら寒かった。
背後に感じるあの指環の存在感が、じくじくと背中を突き刺す様だった。それがいつまでも再びオレに嵌められるのを待っているかの様に漂っているのが気持ち悪い事この上なく、決して振り返らなかった。
棗の慰めを受けて、ある程度平静を取り戻せたのは不思議に思う。
ヒトが恐怖を外界に表出するのは、それによって他者に助けを求めるためだ。
だが、今、自分を助けてくれるのは────棗の他には誰も居ない。……棗が助けてくれるのならば、泣いても騒いでも意味が無い。
実際は荒れ狂う感情の波濤が今にも自分を押し潰しそうとしているのに、不思議なほどに静かにしていられるのは、きっとそういう理由だろう。
『……解析が終わったよ。』
ふと、背後から棗の声が掛かる。オレが振り向かずに居ると、隣に来て、ゆっくりと話をし始めた。
それが彼女の優しさだろう。それにまともな返しもできない自分に罪悪感を覚えながらも、言葉ひとつ発することができなかった。
ただ黙っているオレに、棗は話し続ける。
『結論から言えば、レガリアの機能は相当な制限がなされている。……”実数値(Real number)”しか操ることができない。月の裏側ではまるで意味が無いんだ……本当に、実数であるこの廃校舎と僕達を維持する為だけに存在している様だね。』
「………そうか。」
『そして……その管理権限は、ある一人だけに設定されている。』
『……君だよ。黒野八門、先輩。』
「………そうか。」
殆どうわの空で応える。話は聴いているが、それを咀嚼するだけの余裕は無い。
「……オレはな、棗。」
「誰のせいで、何のために、何でこうなってるかなんて、どうでもいいんだ……。」
沈まぬ夕陽を眺めながら、独りごちる様に呟く。
「……気持ち悪りいんだ。」
「牢屋の中で、”自由に生きていい”って鎖をつけられて……生かされてるみてえで……。」
「……それが、たまらなく気持ち悪りいんだよ……。」
肩を丸め、心の内を吐露する。傍らに棗が居るにもかかわらず、心は孤独に縮み上がっている。
失意に沈むオレの背中に、ただ何も言わず、棗はそっと手を添えた。
「……ありがとよ。」
『……気にする事じゃないよ。』
『僕は健康管理AIだ。これぐらい当然さ。』
二人、沈黙に沈む。
ぼやけた橙色の視界に浮かぶのはそれでも、閉ざされた世界のうちに浮かぶ疑問と、暗い想念ばかりだった。
記憶もなく、展望もなく、ただの二人で鳥籠の中。裏側には致死の暗闇がひそむこの場所で、生命の意味すら亡失している。あたかも絶海の中で孤独に死を待つ船の様だ。
重苦しい空気感が澱み、時間を忘れ始めた頃。棗の胸ポケットから響き渡るけたたましいベルの音が、静寂をふと切り裂いた。
電脳空間に展開されたwindowを確認し始めた棗に目だけを向けて、ふと問いかける。
「……何の通知だ?」
『ちょっと待ってね、今確認してるから……ん!』
重要な発見をしたとばかりに声を上げた棗に、わずかに顔を向ける。
その顔は、いくらかの希望を見出したような輝きを含んで、こちらを見つめていた。
『先輩。君のサーヴァントが……霊基を確立した様だ。』
「サーヴァント……?」
「……あ。」
すっかり忘れていた。
左手の甲を見遣る。深々と刻まれた紅色の紋様。
そうだ、そのはずではないか。聖杯戦争に参加していたのならば、サーヴァントが居る筈だ。
だが一方で、胸の暗がりが不安を告げる。契約していたはずのサーヴァントの真明、クラス、ひいては容姿にいたるまで、自分は何一つ思い出す事が出来ない───
『レガリアの魔力供給によるものだ。ほとんどボロボロで存在すら危うかったのだが……ようやく実体化に耐える霊基にまで修復された様だね。』
『座標は……すぐそこだ。2-A教室。』
棗が指を差した場所は、まさにすぐ隣の、穴だらけの壁の中に空いた空間の一つ。
かつて
「───オレの、サーヴァントが。」
『……居るのは確かだ。』
会いに行かなければならないだろう。ならないのだが───どうしても、二の足を踏んでしまう。
何せ、顔など何ひとつ思い出せない。向こうも顔を覚えているかなど定かではない。
歴史上の万夫不当の英傑───特別な力を持った彼らは、ひとたび機嫌を損ねればこちらの命など造作も無いほどに捻りつぶせる存在である筈だ。
だからこそ、戸惑っていた。自分の命に、もはや意味など無い筈だと言うのに、本能は一丁前に死を恐怖している。
『いずれにせよ、先輩のサーヴァントだ。』
『顔ぐらいは、見ておいてもいいんじゃないか?』
棗からのフォローが入り、身体の強張りがいくらか解けるのを感じた。
……そのはずだ。いかにサーヴァントといえど、即座にマスターを殺すような関係であれば聖杯戦争で勝ち抜けるはずがない。
こちらには令呪もある……。最悪の場合は、何をしてこようと……。いや、それは正しいのだろうか……?
複雑に絡み合いはじめた思考を、しばし断ち切る。どうせ、棗と二人で突っ立っているしかやる事が無いのだ。
元より限られた空間でしかない。見られるものは見て、絶望なら、そのあとで存分にすれば良いじゃないか───
「……ああ。」
廊下を、恐る恐る、ゆっくりとではあるが歩いてゆく。
ただでさえ覚束ない足元が、不安定な心でより揺れ動く。たったの数メーターが何キロにも伸びた様だ。
もし肉体があれば───心臓が早鐘を打ち、汗が噴き出していただろう。
通常では考えられないような時間をかけてではあるが、漸く、2-A教室の目の前にまで辿り着く。
「(この奥に、サーヴァントが───)」
期待なのか、不安なのか、恐怖なのか。果たして理解しえない感情と共に、扉の前でしばらく佇む。
深呼吸をひとつ。心拍を整え、もはや意味をなしていない扉を、一挙にこじ開けた。
扉の先は、まさしく廃墟といって差し支えのないありさまだった。
乱雑に崩された机と椅子とが山のように重なりあって積みあげられ、そこら中に何が壊れたものとも知れないパイプと木片とがちらばり、黒板などはすっかり軋んで壁から転げ落ち、使い物にならない大きな板切れになり下がっていた。
そんなボロ屑の山たちがバリケードのように教室中を所狭しとふさぎ、この部屋が元来どれほどの広さで、どういった間取りだったのかといった事すらわからなくしていた。
「(思ったより酷えな……)」
うず高くそびえ立っている家具の山が、まるで自分の運命の前に立ちはだかる壁であるかのように幻視され、足がすくむ。
扉を思い切り開け放った時には確かにいきり立っていたはずの勇気は、目の前で複雑に絡み合った机たちを見ているだけで、げんなりと萎えていった。
おそるおそるあたりを見回して、薄暗い部屋から何か情報を得ようとする。その甲斐もむなしく、周辺からはちょっとした魔力どころか、人の気配すら一切感じとることはできない。
辺りにはただ、何年ものとも知れぬ黴臭いデータキャッシュが漂うばかりだった。
ガラクタに埋め尽くされた部屋の向こうを覗く。部屋に満ちるおそろしいほどの静寂を破るように、探し求める相手がいるであろう方向にむけて、思い立った様に声を上げてみた。
「……お〜い……」
あたりの異様さに、無意識に気圧されていたのだろうか。部屋の奥に向けて呼びかけたつもりが、蚊の鳴くように小さな音が喉からしぼり出されただけだった。
当然ながら返事はない。
「………お〜い。」
今度は平常の話し声といえるだけの音を出す事ができたが、返事はない。
舞い上がったgarbageデータが喉に入り、思わず咳き込む。げほげほとひとしきり大きな音を立てたにも関わらず、それに対する反応らしいものは一切なかった。
「……おい!誰もいねえのか?」
続いて教室中に響くよう、大きな声を上げる。それでも、ぞっとするほど静かな空間に、自分の声が反響するばかりだった。
棗に助けを求めようと教室の外を見てみると、他の事物の解析で忙しいのだろう、既にその姿はそこにはなかった。
───これは困った。
思わず頭をかきむしる。本当にこんな場所にサーヴァントなど居るのだろうか?
次々と顔を出し始めた疑念を振り払う。棗の言う事を一先ず信じることとして、家財がからみ合った山を再びにらんだ。
目の前の、至極ありがちな型式ばった教育用の木造机のひとつに手をかけて、ぐいと力をかけるような仕草でよじ登る。
灯りのない仄暗い教室の中で、窓から差し込む橙色の頼りない光だけを手掛かりに、次の足場を探す。
関節を曲げ、脚を上げ、安定した場所に手をかける。その全てを逐一身体に命じなければ、まともに動くことすらできなかった。
だから、気が付かなかった。
初めからそこにあった、余りにも鮮烈なものに。
「─────何だ、ありゃ。」
部屋の全てを眺望できるガラクタの山の頂点。
苦労の果てに登り切った喜びにひたる間もなく、まったくの無意識に。ただ窓際の一点へと、吸い込まれるように目を引かれていた。
今にも消え入りそうな存在だった。
白い一枚布で織り上げられた繊細な衣服。
肩程まで伸びた、鈍い夕陽に輝く銀の髪。
薄く開いている、虚しく蒼い色褪せた瞳。
淡い陽光に照らされたそれは、あたかも、朧げな幻のようにも思えて────
「……うわっ!!」
一瞬、そちらに気を取られた瞬間、自分の体重が消えて無くなった。
───いや、違う。自分に体重は無い。支えが無くなったのだ!自分が動かしたせいなのか、あるいは力の掛け方が適切ではなかったのか、気を取られたせいなのか……
次々に湧き出す後悔を反復しながら、彼の身体は廃校舎全体を揺るがすような轟音とともに、机と椅子の山ごと地面に叩き付けられた。
「ッ……!!」
電脳体に痛覚は無い。それでも地面と激突した衝撃、宙を舞う気持ち悪さ、反転する視界に、ぐらりと脳が振動する。
思考に火花のようなnoiseが迸る。風景が暗転を繰り返し、認識が宙を舞う。
脚はどこだ?手は?腕は?頭は?床はどっちにある?
天地が逆さまになったような虚脱感に身を任せていると、次第に視界が開けてくる。
感覚が戻り、肉体が地面に臥しているのを感じる。明滅する感覚に惑わされぬよう、ゆっくりと、慎重に瞼を開く。
チリチリとゆらめく砂嵐のように明滅する世界の中心には、あの少女がいた。
瞬間、息を呑む。ソレを見ているだけで、なんともこの世ならぬ、不思議な感覚が襲ってくる。
存在しているだけで外界に影響を及ぼすような、強い、強い存在の質量。それでいて、少しでも視界から外してしまえば、消えてなくなってしまいそうな曖昧な空気。
たとえるならそれは、今か今かと噴火を待つ火口の業炎であると同時に、ただのひと吹きで消え失せる蝋燭の頼りない残り火。
それはヒトなどあまりにも烏滸がましい、あまりにも遠く及ばないモノであり────
何かに守られなければ存在すら保てない、あまりにもか弱い、ちっぽけなモノにも思えた。
そんな不可思議な雰囲気に、しばらくの間気圧されていると、その両の瞼が、そう認識する事も出来ないほどの緩やかさで、ゆっくりと開いていった。
力なく、光の灯らない、どこまでも蒼い瞳。気付けばすぐに溶けてしまいそうな、氷のように、硝子のように繊細な二つのまなざしが、弱々しくこちらを見遣り、この目をいつの間にか射止めている。
そのどうしようもなく覚束ない光のせいで、この視線をそこから──余りにも透明な、世界から浮かび上がったような瞳から、離せなかった。「オレが見ていなければならない」と、そんな気分にすらさせらるようだった。
見ていなければ、きっとこの少女はどこかに消えてしまう。そんな奇妙な考えが、いつのまにか心の中に生まれていた。
少女はぼうっと呆けたように、見えているのか、見えていないのか分からない虚ろな瞳で、しばらくこちらに目を合わせていた。すると、非常に、非常にかすかな変化が、そこに現れ始めた。
すぐに気が付いたことだが───その顔についた、蝋のように白く、薄い唇が、わずかに微笑みを浮かべつつあった。
あるいは人形が生命を得たかのように。あるいは屍が蘇ったかのように。少女が、ひとりでに動き出しはじめたのだ。
それは虚しく白い、しかし、呼吸を忘れるほどに美しい表情を、人間がそうするように、歓喜と高揚、安堵と平穏の色に染めあげながら。
口元を僅かずつ動かして、詩歌をつま弾くような、唄うような声色で、こう呟いた。
「────ああ」
「そこに、居たのですね」
「私の、マスター────────」
「──────」
言葉を、失う。
この瞳に映るものは、何もかも昏い。
事物はオレを遮るように。
他人はオレを罵るように。
義務はオレを縛るように。
責任はオレを潰すように。
この世の全ては根源的にオレの敵対者であるという仄暗い、根拠の無い確信。それがずっと、視界を蝕んでいる。
だからオレは、この世を正しく見据えられない。
だから、何もかも恐ろしい。
だから、何もかも苛立たしい。
だから、何もかも見窄らしい。
だから、何もかも情けない。
その様にしか見えないオレが、何よりも憎い。
こんな世界で、オレの目には、すべてが色褪せて見える。
だが、嗚呼、
この瞬間は、この時だけは────
その女 を、心から、綺麗だと思った。
乱雑に崩された机と椅子とが山のように重なりあって積みあげられ、そこら中に何が壊れたものとも知れないパイプと木片とがちらばり、黒板などはすっかり軋んで壁から転げ落ち、使い物にならない大きな板切れになり下がっていた。
そんなボロ屑の山たちがバリケードのように教室中を所狭しとふさぎ、この部屋が元来どれほどの広さで、どういった間取りだったのかといった事すらわからなくしていた。
「(思ったより酷えな……)」
うず高くそびえ立っている家具の山が、まるで自分の運命の前に立ちはだかる壁であるかのように幻視され、足がすくむ。
扉を思い切り開け放った時には確かにいきり立っていたはずの勇気は、目の前で複雑に絡み合った机たちを見ているだけで、げんなりと萎えていった。
おそるおそるあたりを見回して、薄暗い部屋から何か情報を得ようとする。その甲斐もむなしく、周辺からはちょっとした魔力どころか、人の気配すら一切感じとることはできない。
辺りにはただ、何年ものとも知れぬ黴臭いデータキャッシュが漂うばかりだった。
ガラクタに埋め尽くされた部屋の向こうを覗く。部屋に満ちるおそろしいほどの静寂を破るように、探し求める相手がいるであろう方向にむけて、思い立った様に声を上げてみた。
「……お〜い……」
あたりの異様さに、無意識に気圧されていたのだろうか。部屋の奥に向けて呼びかけたつもりが、蚊の鳴くように小さな音が喉からしぼり出されただけだった。
当然ながら返事はない。
「………お〜い。」
今度は平常の話し声といえるだけの音を出す事ができたが、返事はない。
舞い上がったgarbageデータが喉に入り、思わず咳き込む。げほげほとひとしきり大きな音を立てたにも関わらず、それに対する反応らしいものは一切なかった。
「……おい!誰もいねえのか?」
続いて教室中に響くよう、大きな声を上げる。それでも、ぞっとするほど静かな空間に、自分の声が反響するばかりだった。
棗に助けを求めようと教室の外を見てみると、他の事物の解析で忙しいのだろう、既にその姿はそこにはなかった。
───これは困った。
思わず頭をかきむしる。本当にこんな場所にサーヴァントなど居るのだろうか?
次々と顔を出し始めた疑念を振り払う。棗の言う事を一先ず信じることとして、家財がからみ合った山を再びにらんだ。
目の前の、至極ありがちな型式ばった教育用の木造机のひとつに手をかけて、ぐいと力をかけるような仕草でよじ登る。
灯りのない仄暗い教室の中で、窓から差し込む橙色の頼りない光だけを手掛かりに、次の足場を探す。
関節を曲げ、脚を上げ、安定した場所に手をかける。その全てを逐一身体に命じなければ、まともに動くことすらできなかった。
だから、気が付かなかった。
初めからそこにあった、余りにも鮮烈なものに。
「─────何だ、ありゃ。」
部屋の全てを眺望できるガラクタの山の頂点。
苦労の果てに登り切った喜びにひたる間もなく、まったくの無意識に。ただ窓際の一点へと、吸い込まれるように目を引かれていた。
今にも消え入りそうな存在だった。
白い一枚布で織り上げられた繊細な衣服。
肩程まで伸びた、鈍い夕陽に輝く銀の髪。
薄く開いている、虚しく蒼い色褪せた瞳。
淡い陽光に照らされたそれは、あたかも、朧げな幻のようにも思えて────
「……うわっ!!」
一瞬、そちらに気を取られた瞬間、自分の体重が消えて無くなった。
───いや、違う。自分に体重は無い。支えが無くなったのだ!自分が動かしたせいなのか、あるいは力の掛け方が適切ではなかったのか、気を取られたせいなのか……
次々に湧き出す後悔を反復しながら、彼の身体は廃校舎全体を揺るがすような轟音とともに、机と椅子の山ごと地面に叩き付けられた。
「ッ……!!」
電脳体に痛覚は無い。それでも地面と激突した衝撃、宙を舞う気持ち悪さ、反転する視界に、ぐらりと脳が振動する。
思考に火花のようなnoiseが迸る。風景が暗転を繰り返し、認識が宙を舞う。
脚はどこだ?手は?腕は?頭は?床はどっちにある?
天地が逆さまになったような虚脱感に身を任せていると、次第に視界が開けてくる。
感覚が戻り、肉体が地面に臥しているのを感じる。明滅する感覚に惑わされぬよう、ゆっくりと、慎重に瞼を開く。
チリチリとゆらめく砂嵐のように明滅する世界の中心には、あの少女がいた。
瞬間、息を呑む。ソレを見ているだけで、なんともこの世ならぬ、不思議な感覚が襲ってくる。
存在しているだけで外界に影響を及ぼすような、強い、強い存在の質量。それでいて、少しでも視界から外してしまえば、消えてなくなってしまいそうな曖昧な空気。
たとえるならそれは、今か今かと噴火を待つ火口の業炎であると同時に、ただのひと吹きで消え失せる蝋燭の頼りない残り火。
それはヒトなどあまりにも烏滸がましい、あまりにも遠く及ばないモノであり────
何かに守られなければ存在すら保てない、あまりにもか弱い、ちっぽけなモノにも思えた。
そんな不可思議な雰囲気に、しばらくの間気圧されていると、その両の瞼が、そう認識する事も出来ないほどの緩やかさで、ゆっくりと開いていった。
力なく、光の灯らない、どこまでも蒼い瞳。気付けばすぐに溶けてしまいそうな、氷のように、硝子のように繊細な二つのまなざしが、弱々しくこちらを見遣り、この目をいつの間にか射止めている。
そのどうしようもなく覚束ない光のせいで、この視線をそこから──余りにも透明な、世界から浮かび上がったような瞳から、離せなかった。「オレが見ていなければならない」と、そんな気分にすらさせらるようだった。
見ていなければ、きっとこの少女はどこかに消えてしまう。そんな奇妙な考えが、いつのまにか心の中に生まれていた。
少女はぼうっと呆けたように、見えているのか、見えていないのか分からない虚ろな瞳で、しばらくこちらに目を合わせていた。すると、非常に、非常にかすかな変化が、そこに現れ始めた。
すぐに気が付いたことだが───その顔についた、蝋のように白く、薄い唇が、わずかに微笑みを浮かべつつあった。
あるいは人形が生命を得たかのように。あるいは屍が蘇ったかのように。少女が、ひとりでに動き出しはじめたのだ。
それは虚しく白い、しかし、呼吸を忘れるほどに美しい表情を、人間がそうするように、歓喜と高揚、安堵と平穏の色に染めあげながら。
口元を僅かずつ動かして、詩歌をつま弾くような、唄うような声色で、こう呟いた。
「────ああ」
「そこに、居たのですね」
「私の、マスター────────」
「──────」
言葉を、失う。
この瞳に映るものは、何もかも昏い。
事物はオレを遮るように。
他人はオレを罵るように。
義務はオレを縛るように。
責任はオレを潰すように。
この世の全ては根源的にオレの敵対者であるという仄暗い、根拠の無い確信。それがずっと、視界を蝕んでいる。
だからオレは、この世を正しく見据えられない。
だから、何もかも恐ろしい。
だから、何もかも苛立たしい。
だから、何もかも見窄らしい。
だから、何もかも情けない。
その様にしか見えないオレが、何よりも憎い。
こんな世界で、オレの目には、すべてが色褪せて見える。
だが、嗚呼、
この瞬間は、この時だけは────
その
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とても悩んだのですがサーヴァントにはソロモン?くんを指名させていただきます
よろしくおねがいします