ImgCell-Automaton。 ここはimgにおけるいわゆる「僕鯖wiki」です。 オランダ&ネバダの座と並行して数多の泥鯖を、そして泥鱒をも記録し続けます。

前 第一特異点安土第二節 二人の信長
進行度目次


第三節 死力を尽くして

1.前を向け、英雄たるために

前回のあらすじ


 すべての攻撃が降り注ぎ、一筋の稲光が天を裂いたあと。目の前の光景は下から数えて、ちょうど三様にわかれていた。
 パンデモニウムや竜との激戦の跡を物語り、バトラズ殿が防ぎ切ったあの「信長」の宝具によって更に焼け野原と化した目の前の大地。厳しい戦いだった。とはいえ、紛れもなく勝利した。
 それを表すのが、もう一つ。陣地としての機能を明確に損傷させられている、あの忌々しい黄金の安土城、その天守に生まれた傷跡だ。欠け落ち、屋台骨が裂け、おそらく魔術で保たせていなければとっくに崩壊しているだけのダメージが入っている。それだけの力が、それだけの「痕」が、やはりバトラズ殿によって付けられた。竜との勝負も、彼女の手による決着だった。優秀な駒を失った──戦国における軍師としては、そう判断せざるを得ないだろう。
 けれど。
 けれど妾には、もう一つ見えるものがある。
 雲さえなくなった、あの晴れ渡る青空だ。
 それが、三つ目。
 天上は、勝ち取った。最大限の役割、最大限の功績、そんなものより、信長によって赤く染まった空を、彼女は確かに蒼穹へと塗り替えたのだ。
 なら、決まりだ。
 澄み渡る青空を目にして、前に進まない選択肢はない。短い間といえど、彼女は戦友だったのだから。
 
「行くぞ。兵どもは残された魔人兵の掃討へ向かえ、天守に乗り込むのは少数精鋭であるべきじゃろう」
「……了解しました、元就様!」
「どうか、ご武運を」
「お互い様じゃ……では、達者でな」

 サーヴァントの消滅は、厳密には死ではない。だが、バトラズが燃やし尽くしたものは、紛れもなく命であった。それを生き様と呼ばずしてなんとする。妾も命を賭けずしてなんとする。命なき黄金しか兵とできぬ哀れな小娘には、決してわからぬ利があるのだ。
 この先、おそらく帰れない。勝っても負けても、現世の存在でないサーヴァントは消滅する。なればこそ、我らが生き様を、悪魔や神とやらに見せてやろうではないか。
 そう、元就は唇を引き締めた。この世界のために戦うと、確かに決意を固めて。



「……俺たちも、行っていいですか」

 そんな言葉が、俺の口をついて出た。信長様の忠臣を名乗っておきながら、ここまで大した活躍はしていない。サーヴァントなる人々ほどの戦力にはなれないし、少数精鋭と言った矢先に足手纏いとなるかもしれない。この対魔連合軍を率いているのだって、成り行きと名ばかりが主だろう。いまだ「もう一人の」信長様に従って、「俺のよく知る」信長様の元へ行くだけ。それ以上のことは、この羽柴秀吉にはできていない。
 けれど、だからこそ。
 肌でわかった。先程空を覆った武具の数々は、織田信長という人そのものを表していた。そこに神気のようなものが感じ取れたのも、「神」を名乗るが故だろう。
 だから、それは己で問いかけたいのだ。
 何故、あなたは神を名乗るのかと。
 何故、あなたは骸を従え悪魔に阿るのかと。
 何故──信長様を知っていたからこそ、今でも忠義があるからこそ、その信長様の真意を問わねばならない。
 この対魔連合軍が信長様を討つための軍であるからこそ、「何故討たれねばならないほどのモノに成り果てたのか」と、聞かねばならない。

「……秀吉殿、その心は」

 だから、俺は。サーヴァントでなく、人間である俺は。

「俺が、この先の天下を取るからだ」

 未来を見据えねば、誰が天下を平定するのだと。
 そのために、この戦いの最前線に立つ必要があるのだ。
 無謀だろう、蛮勇だろう、愚者だろう。それでもいずれ、生き抜くために。
 生きるために、死地に赴くのだ。
 秀吉の決意とは、そういうものだった。



「……是非も無し」

 機構であれ。兵器であれ。我が役割というものを、どうやら猿は理解しているらしい。
 であれば、是非も無し。
 我が使命は、「織田信長」の絶滅だ。



 ふざけたことを、と思う。そもそも私が殺したはずの信長公が、なぜまた蘇っているのか、その理屈をまるで知らない。当然のように戦っているサーヴァントとやらも、明らかに様子のおかしい信長に対してまだかつての幻影を見ている秀吉も、何もかも気に食わない。織田信長は、私が殺した。なのに死んでいないというのが、腹立たしくてたまらないのだ。
 ──バトラズ殿は、その命を散らせたではないか、と。
 信長が生きていることを意に介さない者、バトラズ殿の死をあっさりと乗り越えた者、どちらもこれ以上なく忌々しい。ふざけるな、ふざけるなと言いたいのだ。本来ならば信長は死んでいて、バトラズ殿や元就殿が呼ばれる筋合いもない。もちろんそこの「もう一人の」信長も──ユウとやらたちも、ここにはいないはずだ。
 この日本の未来は、私と秀吉の決戦に託されているはずなのだ。
 なのにこうして他人を頼り、信長まで頼り、よりによって少年少女までを駆り出して。こんなものが戦場であっていいはずがない。我々の戦国であっていいはずがない。
 ……だから、私は声をかけたのだ。

「ユウ、と言ったか」
「……はい」
「震えているな。戦場に立つのは初めてか」
「二度目、です。でもあの時も今も、ちっとも慣れません」
「そうか」

 この状況で一番の異分子はユウという少年だと、それくらいはわかったから。
 どうにも、優しすぎる。
 心を傷めるのが正しい。敵を討つのに躊躇するのが正しい。相手が人であるならば、手にかけることすら悲しむのが正しい。──私は確かに主君であったあの男を手にかけた時点で、その輪から外れてはいるのだろうが。

「いずれ、慣れる。だが」
「はい」
「そのためらいを、忘れるな」

 忘れるな、と、そうは言っておいた。
 私があの日翻した反旗は、今も掲げたままだから。
 どれほど気に入らない味方であっても、信長公さえいるとしても。
 明智光秀は、織田信長を殺すのみだ。



 ユウに、なんと言葉をかけてやればいいだろうか。ユウのサーヴァントとして、私もそう思っていた。バトラズと誓った約束は、確かに彼女の力になった。きっとそれをわかっていて、ユウは彼女に「またあとで」と言ったのだ。
 けれど、あの宝具を展開した時点で、きっとそんな未来はない。魔力の反応から、そういったことは導き出せた。私にはあの時点で、ユウに覚悟を決めさせるだけの智慧というものがあったのだ。ありえないことを望ませるなんて、残酷な真似をしなくても。
 私の記憶は欠けている。
 彼の記憶も欠けている。
 だから二つを合わせようとしているのに、うまくいかない。
 光秀さんがユウに与えた言葉ほど、「生きた」言葉は与えられない。私はあくまで、デミ・サーヴァント。躰の半分を英霊に捧げた、偽りの人だから。
 ──などと、その程度のことは、彼の隣に立たない理由にはならない。

「……ねぇ、ユウ」

 彼の目の前へ行き、その身体を下から上へと眺めてみる。端のちぎれたローブに身を包み、まるで独りで放浪する世捨て人のよう。けれど彼の特異点の旅路には、私がいるのだ。この安土で終わらない、終わらせない、どんな想いを背負っても、私は隣に居続ける。それが、サーヴァントの役目だから。
 
「大丈夫。私があなたのサーヴァント役。何があっても、あなたを孤独にしない役割なの」

 「そう定めた記憶」は、揺るがない。
 モニカ・ジャスティライトの決意は、希望の導となっている。



 みんなを見て、僕は決めた。決めたというにはまだ迷いがあって、迷うというには心の中心は答えを出しているかもしれない。犠牲を受け入れること、それでも前に進むこと。それは痛みを伴うとして、痛みでうずくまっていてはいけないことはわかった。
 それでも、報いたい。
 バトラズさんの見せた光明を、みんながちゃんと信じるなら。
 光明の先にたどり着くのは、僕たちみんなじゃなきゃ駄目なんだ。

「……聖胎反応、この先にあり。行きましょうか、みなさん」
「うん、イヴ。……行こう」

 そうして、ユウを筆頭に、一行は安土城の中へ足を踏み入れる。城内は不気味なほど静かで、然して絢爛たる黄金に照らされていた。光のない明かりの中進む一行は、花鳥風月の間で立ち止まる。
 そこに一つ、白髪の人型があったからだ。手入れのない髪、埃一つない宣教服、その細長い身体には自身への無頓着さと、あらゆる自分以外のものへの祈りが複雑に入り混じっている。こちらに気づき、くるりと居直り、対面し、口を開く。挙動の一つ一つも丁寧かつ、己がどう見られるかは意にも介さない。そういう類の狂気が、その男にはあって──。

「貴方にとって──────正しさとはなんですか?」

 一言で叩きつけられるのは、理解不能な人物像。
 織田信長を神と崇める宣「狂」師、ルイス・フロイスがそこにいた。
 ──厳かにしめやかに、最後の闘いは近づいていた。
 それでも、前を向け。
 お前は、英雄になるのだから。

2.降臨

前回のあらすじ


 パンデモニウムの本質は、人の欲望を求める伽藍の堂。ターミネーター、織田信長は、「信長のサーヴァント」である彼女に対してそう言い放ったのを、当然覚えている。

「……人は、誰しも奴隷であるのです。自らを律するものを求め、自らを導いてくれる存在を求める。そして他者さえ思いのままにしたいと望むのに、己の手ではなし得ない。……だからこそ、"正しさ"に縋るのです」

 ならば、この男は。彼女の中に渦巻く言いようのない「噛み合わない感覚」は、このルイス・フロイス──「この世界の織田信長のマスター」に対して、ある種の嫌悪感のようなものを生み出していた。兵器に徹し、人格を限りなく排した霊基であるはずの殲滅者でありながら、その黒ずんだ瞳に何かを感じざるを得なかった。
 そんなことも露知らず、「正しさとは」と己で問いかけたことさえ忘れたように、金色一色の邪なる伏魔殿にて、確かにそれとは違うギラついた光を放つルイス・フロイス。
 滔々と"正しさ"について語り続ける彼に、一歩、羽柴秀吉が歩み出る。

「……そこを通せ、伴天連バテレン。俺たちは、お前の先の信長様に用がある。お前の言うことはわからないが、信長様の言うことならわかる自信があるものでな」

 特異点に蔓延る魔人兵は、パンデモニウムの魔力が復活すれば再び無尽蔵に発生する。つまりこうして本陣、安土城に乗り込めている時こそ、直接パンデモニウム──そしてかつての主君を討つこと、それが対魔連合軍による日本平定のための近道である。未来の天下を担わんとする者として、秀吉はこの場の誰より筋道を見据えていた。
 そのためにこそ、信長の真意を確かめねばなるまいと。
 黄金の亡者。
 復活した主君。
 そしてそれを滅ぼさんとする、もう一人の織田信長。
 奇しくも手を組むことになった、明智光秀。
 そしてまったく別の世からやってきた、ユウたち。
 何もかもが混迷したこの状況で、それでも対魔連合軍の頭は自分となっている。ならば、それなら、己にできることは、将として軍を導くこと。

「俺たちの"正しさ"を、信長様にぶつけねばならないんだよ」

 この魔の戦国を、人の世に取り戻すことだけだ。そう、彼なりの正しさを、まっすぐに、堂々と、眼前の狂気に、ぶつけた。

「……正しさ……それが貴方の正しさですか」

 ……それが、彼の根源に触れようとも。
 瞬間、ターミネーターは察知する。否、元就が、光秀が、ユウが、モニカが、イヴが、秀吉が。この場にいる全員が、理解する。ぶつぶつとした語り口、けれど独り言ではなく、他人に説くためのその口調は、他者の視線を顧みず、しかして他者の意識を揺るがすために存在していると。
 すなわち、彼は宣「狂」師。

「……違う。違う、違う、違う違う違う違う違う」

 そうしてルイスは、ばっと、手のひらいっぱいまで腕を広げ、瞳に闇を宿し。

「正しさとは、"神"だ」

 その存在は、空虚とは真逆である。夥しい数の自問自答が、彼のなかには巣食っている。強烈な個を持ち、己と違うものを"正しさ"で否定できる。すなわち、彼にとっての"神"で。
 ターミネーターが感じた嫌悪感は、その崇拝が「あの男」を指すがゆえ、だった。
 そう、祈りにも似た、噛み締めるような言葉の瞬間、天井が赤く光り。

「……秀吉ぃ!」

 一筋迸る黄金の弾丸が、破裂音と共に、羽柴秀吉に向けて"頭上から"放たれた。
 天蓋から命を奪うべく撃ち出された火縄銃に咄嗟に反応したのは、明智光秀。一工程にも満たない、不意打ちとも呼べないほど敵意さえ感じないような、天井を突き破っての銃撃であったが、それに対してサーヴァントでもない明智光秀が反応できた理由はただ一つ。

「……出たな、死に損ないの信長が……!」

 秀吉を撃ったその攻撃が、「織田信長」の意志によるものだからに違いない。
 ぐっ、と、光秀は思わず脚を押さえる。秀吉を庇った代わりに、黄金の魔弾は光秀の腿に深々と食い込み、蝕むような流血を引き起こしていた。

「光秀、なぜ」
「構うな、秀吉。……それよりも対魔連合軍を率いる者は、これでお前一人となったのだ。……命じろ」

 そう言ってにやりと笑う光秀。決して虚勢ではなく、彼は滅多に使わぬ喉を振り絞る。未だ狂気を振り撒くルイス・フロイスに対して、それに匹敵するだけの執念を燃やす。ルイスの根源に埋まったものが、"正しさ"に対する絶対的な追究であるならば──。

「お前の"神"とやらは、私たちが『正して』やろうじゃないか」

 光秀の持つ信念は、善悪是非など関係ない。ただ、織田信長を滅するのみだ。

「対魔連合軍総員、天守頂上を狙え! ……俺たちの敵は、『織田信長』だ!」

 そう秀吉が叫んだことも、光秀にとってはただの目的の一致でしかない。けれど、それで十分。ここに来て対魔連合軍の長二人が一致し、二本の矢が一つとなる。確かに天守への距離は未だ遠く、目の前にいるのはその神を、織田信長を信じる信者のみ。それでも、撃ち落とせ。

「……二本は束ねてやったというのなら、妾がその先の手本を見せてやろうかの。……おい、ルイスとか言ったか」
「貴方も人の身でないのなら、何故あれらのような人に従うのですか? 『サーヴァント』というものは、人を超えた『英霊』を記録した側面だ。人の持つ迷い、弱さ、そして死への恐怖、あらゆるものを捨て去って、『歴史に記録された一側面』を切り出している。それ故に貴方のような人ならざる者が、"正しき"力を振るうことができる。力と役割が密接に紐づいているからこそ、信仰が形になったからこそ、サーヴァントというものは──」
「黙れよ、小僧」

 静かに怒りを激らせた元就が取り出したのは、彼女の得物たる弓矢。弓は一つ、矢は三つ。それぞれの矢は脆くとも、束ねればあらゆるものを打ち砕かんとする。毛利狐が本来の毛利元就から受け継いだ、正確にはサーヴァントとして元就への信仰に紐づいた伝承を受け継いだ、「弓兵」の宝具。

「妾は導くとして、上に立つ者ではない。命を生きた人の力を借りた、影法師に過ぎない。お主の縋る信長も、元就殿の力を借りた妾も……この悪趣味な黄金の柱も、どれだけ強かろうとただ一つの力に過ぎぬよ。……それを、お主にも見せてやろうかの」

 それは強大なる一では決して敵わない力を伝う宝具。
 それは滅びない意志を創り出す智慧を伝う宝具。
 それは日の出る国が変わらず続く未来を伝う宝具。
 ──これにて、三本。

「三位一体、治むるは永劫……。三つ星束ねて一文字、かの教えは今もここに! ……頭が高いぞ、神とやら。『三位一体さんぼんのや』!!」

 毛利元就の宝具は、極めてシンプル。永遠に貫き続ける三位一体の矢を、その弓につがえて放つだけ。……この黄金の安土城に入ってからずっと、城の建築の要は余す所なく探し尽くしていた。だからそれを一つの射線に乗せ、最上階の強烈な魔力反応を終点として放つ。それだけで、不壊不滅の矢は絶大な効力を発揮する。黄金によって何重にも増強された安土城だったが、その結界としての能力は先のバトラズの攻撃で弱まっている。あとはシンプルに、城の構造に風穴を空けるだけ。急所すべてを捉えた三本の矢が、安土城を「貫通」した。

(よくやった、バトラズ殿)

 ──かくして、安土城は再び崩れ落ちる。天井が落ち、柱が折れ、派手な黄金の装飾は骸となって──。

「ちょっとちょっとルイスー、ちゃんと案内してって言ったじゃん!」
「……どうでもいい」
「結構気に入ってたのになー、でもちぇーんじ⭐︎」

 ──寸前で、再構築された。かろうじて城の形を保っていた安土城は、伏魔殿へと変貌していく。柱は戦場を包む夥しい棘の群れとなり、梁は球状に変形した天井を彩る黄金の髑髏や悪魔の像となる。破壊され再構築された安土城は、一階層の玉座の間、そしてその前に敷かれた金に輝く広間、そしてそれを上から覆うあらゆる装飾──牢獄と王宮が一体化したような光景、伏魔殿パンデモニウムへと変化したのだ。

「……グレートマザー、パンデモニウム。アタシのマスターを呼んだみたいだったから、アタシも一緒に来てみたよ? さっきぶり、だね」

 そしてその地に天より降り立つのは、先ほど現れた黄金の小悪魔。聖胎を司る太母を前に、一行は初戦より一層の警戒を敷く。
 そして、何より。
 何より、その場で警戒すべきなのは。

「……ふむ」
「おお、神よ。申し訳ありません、貴方様直々に出向かせることになるとは」
「……聖胎反応、あり。あの人の『指輪』で、間違いないです」
「よい、ルイス。久しい顔も少しはいるが、人はなかなか見たこともない神を信じられないのであろう? であれば、御身を見ることを許してやるというものよ」
「……貴様は」
「あなた、は」

 南蛮風の外套を、鎧の上から着込んだ男。その紫の瞳は今や天下どころか天上を見据え、「人間というものに興味などない」。彼はかの救世主の如く、復活によって真となった。最早天下人を超え、魔王さえ超え、故にその名が名乗るのは──。

「余こそは、織田信長。キャスターのサーヴァント、そして──」

 対魔連合軍の、最大の敵。

「神、である」

 この戦国を統べる"神"、織田信長が、ついにその姿を現した。
 羽柴秀吉のかつての主君、明智光秀が殺したはずの人物。
 
「お前が、この世界の俺か」

 そして、「もう一人の織田信長」が、殺すべき存在。
 様々な因果はここで集約し、故にこの伏魔殿が決戦の地となる。英雄譚の第一幕は、まもなく最高潮を迎えるのだ。
 あらゆる人は欲望を持ち、サーヴァントですら願いをかけて現界する。もう一度真意を問おうと、問わずして殺そうと、役割に殉じることを望もうと、ただ人を助けたいと願うだけであっても、それは紛れもない欲望だ。欲望を持つからこそ、人は人であり、いずれ人を超えられる。
 儀式の第一工程は、「欲望」の獲得。
 己の欲するもののために、闘え。

3.美しく燃える黄金

前回のあらすじ


「……ほう、貴様も『織田信長』か」

 金燗たる伏魔殿、その最奥にて座する南蛮風の外套の男。背後には無数の火縄銃を備え、それらはまるで後光のように黄金を受けて光り輝いていた。
 この特異点の中心、蘇りし大魔縁、戦国の神、織田信長。あらゆるものを不要と切り捨てる非情な天下人としての一側面を、切り出した上に先鋭化させたサーヴァント。神の眼は、あらゆるものを当然のように見下ろし、見下す。
 その対象は、「織田信長」であっても例外ではない。不敵な笑みを崩さないまま、邪なる紫炎の眼を濁らせないまま、神たる織田信長は「もう一人」に話しかける。

「それで、その程度のことが何になる? 『織田信長』であれば余に互角の勝負ができると、抑止力とやらはそんな甘い誤算をしたのか? 抑止より呼ばれた自滅因子、『殲滅者』の織田信長よ」

 一触即発、いつ激戦が始まってもおかしくない状況で、悠々とこの世界の神は語る。

「兵器に徹しようと、魔王足らんとしようと、それは結局人の力だ。人が畏れ、人が担う、恐怖への信仰という攻撃性が生む力だ」
「……俺の霊基の本質まで理解しているとは、流石は神、とでも言っておこうか?」
「いたいけな少女の姿をしていても、余と同じ名を持つ者よ。無碍には扱わぬ。ただ、神には敵わない。人の信仰で成り立たんとする貴様では、己の力のみで神へと成り果てた余には届かぬ」
「……ふふふ、ははは」

 しかして、「もう一人の織田信長」も、この状況を楽しんでいる。周りが戦々恐々とする中、彼らだけは語らい、嗤いさえする。当然だ。燃えゆく己の最期まで、「是非もなし」と言って退けたのだから。
 ただ、どこまでも同じ運命を辿ったはずの、二人の織田信長に、違いがあるとすれば。

「……ほざけ、織田信長。我々はサーヴァントであり、織田信長だ。どこまで行っても天下「人」のなりそこないで、どこまで成り果てようと先を生きる人の踏み台にしかならん。……神の役割を人を統べることだと履き違えるのなら、お前は俺には勝てまいよ」
「何を言うかと思えば、そちらの方が冗談じみている。生きていた織田信長は、所詮人だったから滅びた。だが余は復活し、人の信仰さえ己の手中で操ることができる。余の一挙一動で、人は恐怖し崇拝する。信仰を集めるから神であり、神は人の奴隷ではない。……信仰をその身に受けるだけの器に、余が負ける道理などない」

 人の信仰に従う、魔王であるか。
 人の信仰さえ喰らう、神であるか。
 二人の織田信長は、同時に同じ結論に達した。

「お前は、俺が消す」
「余が、その身を焼いてやろう」

 浮遊する火縄銃が、二人それぞれの背より展開される。火薬を込め、魔力を込め、殺意を込め、炎とならんと銃身に熱が籠る。臨戦態勢、である。されど闘いの火蓋は、まだ切られない。二人の織田信長の前に立ちはだかる者が、「一人」と「二人」。

「……信長様。あえて問います。なぜ、俺を撃ったのですか」

 織田信長の忠臣、羽柴秀吉。

「織田信長、あなたは日本の歴史に残る英雄だ。恐れられ讃えられ、けれどその名が暴君とされたことはない。魔王を名乗りさえすれ、部下を信じたからこそのあなたの『最期』だ。……僕は、そう思っています」

 特異点を辿る異邦人、ユウ。

「あなたもまた、サーヴァント。神霊クラスの霊基反応があっても、あくまで生前の織田信長の一側面のはず。非情であれど、無情ではない。必ず部下を効率的に活用すると、そこの『もう一人』を見ていれば、それくらいの人物であることはわかる。であれば、どうして」

 そしてそのサーヴァント、モニカ・ジャスティライト。
 三者三様にぶつけられた問いに、織田信長はただ一言でもって答えた。

「神の下に、もはやただの人間は不要だからだ」

 既に、己は神に至った。誰もが知る織田信長から、更に上の段階へと進んだ。必要なのは神の欲望さえ飲み込む悪魔と、ただ己の神録を行う記録者のみ。そう告げた。端的に、そう告げ、それで終わった。生きる者の言葉は不要、我が軍に必要なのは、死すら存在せぬ永遠、すなわち記録と悪魔の形象。そう無感情に切り捨てた信長に対して、返す意味のある言葉などない。戦闘前の語らいは、こうして終わった。
 しかして、着々と各々の会話は進んでゆく。死地に赴く前に、身辺を整理するように。
 語り合うのではなく、殺し文句をぶつけてやれ。
 ここから先は、戦うための言葉たちだ。

「……下がれ、ルイス。また一つ、記するがよい」
「はっ、神よ」
「あっ、いよいよー? ……あれー、どうしたのかな秀吉お兄ちゃん、あぜんぼーぜんって感じ? でもでももうノブりんはあたしの──」
「ふっ、ははは! 信長様ならそういうこともあろう! ……とは言えんが、俺はこの先の天下を背負わねばならんのよ。光秀でもなく、信長様でもなく。ならばこんなところで、立ち止まっているわけにはいかんだろう」
「猿。……いや、是非もなし」
「……魔力の質が変化している。城を悪趣味に作り替えるうちに何か小細工をしたな、小娘」
「黄金による絶対性なら、また私の宝具でこじ開ける。何度でも、負けるわけにはいかない」

 前線に立つサーヴァントたち、そして後衛に待機する光秀、秀吉、ユウ、ルイス。彼らもまた戦場におり、己が信じるものの行方を見遣る。その中でも一致していたのは、光秀と秀吉の視線だった。

「……ほら見たことか。信長公を信じるなど、お前は甘いのだ、秀吉」
「そうでもないわ、光秀。俺が信じる信長様は、確かにそこにいる。どうやらどうしても、信長様を追いかけねばならんらしい。今は、まだ」

 そう言って二人が見つめたのは、巫女服の少女、「ターミネーター」のサーヴァント。

「……燃え上がり、消え失せよ。自己封印、解除。いいか、神様気取りの死に損ない」

 今彼らが従う織田信長が、自らとその周囲に魔焔を発生させ、その大炎上を伏魔殿へと燃え移らせる姿だった。
 己の神性ごと、神性を焼く。
 自滅因子の真骨頂。
 それが、「もう一人の」織田信長。

「人の標は人が決める。神が、サーヴァント如きが、死体が喋って邪魔してんじゃねえよ」
「ふははは! よいぞ! 来い! 戦国の理は力と力、貴様と余のどちらが勝つか! 余を阻むと言うのなら、力を以って余を超えてみせよ!」

 対するもまた、織田信長。二人の間に差はあれど、格の違いは存在しない。だから格付けを行うために、力を示して相手を下す。それが戦国の掟であり、その掟にて天下を戴かんしたのがだ。
 ──真名、解放。黄金よ、余の下に下れ。これぞ我が神の裁き、衆生滅却の神雷なり。
 ──宝具、限定解除。燃え上がるべきは悉ク、神モ魔モ唯凡夫也。

「遍く天下灰塵と帰さん! 『天下布武アナイアレイション』──」
「先のない古きは、すべて焼けるが理よ。『信仰タルハE.X.』──」
「──『衆生滅却アウターヘヴン』!!」
「──『我ニ在リT.E.R.M.N.A.T.I.O.N.』」

 「この世界を統べる」織田信長の宝具、天下布武の具現の一斉掃射。
 対するは、「この世界以外アナザー」の織田信長の宝具、神性を焼き切る自滅神話の炎。
 その標的は、まったく同じ。神性を宝具へと昇華し、その信仰をカタチにし、その上で「殺すべき衆生」を遍く焼却する二人。黄金の伏魔殿の真ん中で、莫大な魔力のぶつかり合いが発生する。最後の火蓋は、文字通り燃え尽きた。
 その標的は、まったく同じ。
 互いに、「織田信長」。

「……互角か」
「ならばお前の信じなかった人を信じ、俺は『織田信長』を消し去るだけだ」
「その程度の味方で勝ち目があると思ってるなら、あたし一人の手助けでひっくり返っちゃうよ、信長お姉ちゃん」
「……行くぞ、モニカ殿。一度あの小娘に勝ったといえ、油断は禁物じゃ」
「ええ、戦況が違う。こちらにはバトラズさんがいないし、あちらには本丸がいる。……けれどそれでも、可能性はある」

 ぱちぱちと焼け落ちていく黄金色の崩落が、伏魔殿を決戦場へと塗り替えていく。
 決着の時は、今。

4.神と悪魔と人間と

前回のあらすじ

「……『神は、相対する者を決して否定しなかった』」

 未だ燃え盛る黄金の魔境に、しめやかに歴史を綴るルイス・フロイスの声が響く。淡々と、穏やかに。私如きが孕んだ激情は、感動は、崇高なる神録には不要であるから。

「『しかして、ただその力を示したのだった。他者の不要を断ずるのに、他者の過ちを示してやる必要も道理も存在しない』」

 狂気の瞳に映るのは、ただ己が信じる神、織田信長のみ。それだけでいい。並び立つ者などいなくていい。崇拝し、けれど役に立たない。誰かの言葉も拠り所も要らず、神にとっては有象無象の屍にのみ価値がある。価値がないことに、価値がある。
 故に、その前に立ち塞がった対魔連合軍は──。


「『何故なら、神は正しいからだ』」
「……まさか、これほどとはの……!」

 愚かに滅びるのが、摂理というものだ。
 数の上でも兵の質でも、十全な戦力があった。本陣に貼られた結界は、バトラズと自らの宝具を重ねて破壊した。自惚れていたわけではない、勝機を逃さないという意味では、この瞬間が最大の好機だった。元就はいまだそう確信しながら、それでも傷だらけの対魔連合軍を見遣る。光秀、秀吉、モニカ、もう一人の信長。彼らと共になんとか抗い、ギリギリのところで一つとして駒は落ちていない。軍略としては何もかもが順調、あとは本当に大将たる信長を落とすだけなのだ。
 ……そう、一つだけ。一つだけ、誤算があったとすれば。

「好いぞ、ルイス。そのまま続けよ、耳障りがいい。……さて」
「ん、もう一回? ノブりんったらいじめっ子〜、みんな泣いてるよ?」
「泣いているうちは死んでいないだろう、伏魔殿。……さあ、鳴くなら殺してみせようぞ、余に歯向かう人間共! 全弾装填──」
「──焼き殺されるのはお前だろ、『織田信長』」
「抜かせ、『織田信長』。黄金の前に、果てるがよい」

 ──幾度も対魔連合軍を襲った火縄銃の弾幕が、再び一斉掃射された。
 たったの一工程。
 ただの通常攻撃。
 キャスター、織田信長のそれは、無尽蔵の欲望から来る魔力によって、並の宝具クラスの出力となっていた。
 これがただ一つの誤算であり、誰もが信じたくなかった可能性。
 織田信長にとって、最早他者は不要である。
 大将一人で、全軍を相手取ることができる。
 絶望的と言っていいほどの個の性能の差が、戦術的利をすべて覆す。
 信長本人の圧倒的な強さ。このことだけが、元就の誤算だった。

「さぁてお姉ちゃんたち、また耐えてみてねぇ〜?」
「言われ、なくとも……!」

 パンデモニウムにそう答え、全身に強化の魔術を漲らせるモニカ。何度もこの斉射を喰らううちに、対魔連合軍としても対応策を見つけてきた。黄金の弾丸はすべてが必殺の威力であり、かといってかわし切るにはあまりに弾幕が厚すぎる。

「……是非もなし。燃やせ、何度でも」
「全軍、撃ち返すのじゃ!」

 そうであるならば、「受け止める」。攻撃を当てて相殺し、身体に当たるのは威力を殺したものだけに絞る。全弾を封じることはできなくとも、ダメージは最小限に抑えられる。そうすることで、ここまで生き残ってきた。
 ……しかし、それ故に。
 苦悶の表情を浮かべるサーヴァントたち。消耗していく魔力と肉体。最小限に抑えた上でなお、一方的な弾幕は着実にその身を削っている。戦場を燃やす大火は、今にも潰えようとしていた。この防勢においてもっとも大きな役割を果たしているのは、ターミネーターの「特権」に対する特攻の炎。神であり、魔の力を借りた、人ではない織田信長とパンデモニウムの力を束ねた黄金の弾丸に対して、その火を潜らせることで強烈な威力の減衰をもたらす。
 ……裏を返せば、それだけの特攻能力を持って尚、防戦に徹さざるを得ない。生き残るが故に、攻撃には転じられない。その炎は自滅の炎であり、「宝具でもない通常攻撃」に対して全開にしてしまえば、瞬く間に我が身が先に潰えてしまう。リソースの差で焼き切るには届かない。

「……この程度でいい。余が貴様らに振るうべき軍略など、この程度で足りるのだ」

 キャスター、織田信長の銃撃は、それを見越した最大の防御でもあったのだ。絶え間なく弾幕を張り続ける限り、相手は攻撃手段を受け止めるために使うしかない。先刻の宝具の撃ち合いで、「限定解除」の相対する織田信長の宝具は自分の宝具と互角だった。すなわち、全出力を解放した宝具ではあちらの方が上。当然と言えば当然だ。その宝具は自滅因子の真骨頂であり、この織田信長を諸共焼くためだけの歪な一撃なのだから。
 ならば、と神たる信長は考えた。骸を従え人間の部下をすべて切り捨てても、その戦術眼は十全に保たれている。神という最強の駒に成ったとて、慢心などはありえない。

「さて。猿、光秀」

 だから、織田信長の取った作戦は、こうだ。

「貴様ら無力な人間を守るため、この惨状が出来上がったのだ。対魔連合軍などと名乗り、余の前に大将として立ち塞がり」

 「人間」の、心を折ること。
 対魔連合軍と、神たる織田信長の違いは。
 
「己より優秀な部下を抱えた将など、無価値である。その程度のこと、余の下で理解できなかったのか?」

 人間という存在を、不要と断じられないことだ。
 かつての主君からの訣別が、改めて述べられた。
 光秀と秀吉は、答えない。答えられない。その言葉が事実であることは、彼らが優秀だからこそわかってしまう。主を殺した。主を殺した者を殺そうとした。光秀と秀吉の命運は、己を差し置いて天下を取る存在を討ち倒すことで決着する。
 自分の方が優秀なら、自分が上に立つ。そういう理屈で生きていて、故に信長に従い、今信長を討とうとしている。それが戦国。力こそが正しい、天下布武を理とする世界。そこに生きる人間は、戦国の神の言葉に逆らうことなどできない。
 今自分たちが無力である事実を肯定的に受け止めることなど、できないのだ。
 パンデモニウムが聖胎と繋がることにより、そのマスターである織田信長は無限の魔力を無限の欲望より生み出す。この戦国で最大の力を持ち、だから天下を統べる神となった。織田信長の正しさを否定できる者など、もはやこの場には──。

「……全霊を以って、命ずる──!」

 ただ"二人"以外、存在しない。
 この場でもっとも非力なユウの言葉は、常に呪いのようにサーヴァントに作用する。英雄を、英霊を、その霊基の潜在能力にまで干渉する。英雄たちからサーヴァントという軛を一時的に外す、簡素で原始的な必殺の詔。
 ずっと狙っていた。決着がついたと思い込む時を。
 ずっと待っていた。織田信長ではない、"もう一人"に油断が生まれる時を。
 無力な人間であるユウに、作戦というほどの策は立てられない。できるのは一度きり、意表をつくことしかできない。守ってくれる仲間にも相談できない戦場で、ただもう一人の"無力な仲間"と、ずっとこの瞬間に賭けていた。
 その狙いと、その仲間は──。

「──パンデモニウムのところへ、翔んで! イヴ!」
「……了解いたしましたです、ユウさん!」

 信長の横でゆらゆらと笑っていたパンデモニウムの元に、小さな小さな妖精の槍が突撃した。疾く、小さい。全霊のブーストを受けたイヴは、音速を超えて悪魔の眼前に向かう。白い翅は、まさしく銀の弾丸。
 ……笑みは消えず、不敵に形を変える。

「……それが、君の秘策? 弱者が力を合わせて、身の程に余る願いを叶える? そういう欲望は好きだけれど」
「撃ち落とされませんよこちとら! いつもなら誹謗中傷大歓迎ですが、今回ばかりは舐めてもらっちゃ」
「無論。全力で、あたしはあたしを守り切る」

 そう言って、パンデモニウムは指をぱちんと鳴らした。イヴが寸前までたどり着いたところで、信長にさえ僅かにあった勝利の確信という油断など、パンデモニウムにはハナから存在しない。己はマスターたる信長を魔術師キャスターたらしめる欲望の化身であり、いわば信長のエンジン部分に等しい。無敵の神を倒せないなら、そちらを狙うのが最後に残ったチャンスである。
 その程度の作戦、読み切っている。

「はぁい、ざんねん⭐︎」

 床から液状の黄金が伸び、パンデモニウムの全身に薄い膜を作る。薄くともその壁は硬く、この伏魔殿の中においては擬似的な陣地の役目を果たす。即席だが、これで十分。武器も持たないほど非力な妖精のランサーでは、霊核を使い潰しての自爆特攻でも届かない。
 チャンスを狙っただろう、その読みは悪くなかっただろう。しかしやはり力の差がある限り、無限の魔力を生み出す伏魔殿において、己と織田信長に立ち向かう限り──。

「……ちゃんと、警戒しましたね」

 その妖精は、妖しく笑った。
 妖精の笑みに、悪魔はようやく知り果てる。他者を誑かすことにおいて、悪魔に並ぶのが妖精だ。ならばこの戦場において、自分がもっとも警戒し、なおかつ「正々法」を採ってはいけない相手は、このランサーであったと。
 ──条件は整った。
 自分とこの特異点のグレートマザーが、極めて近距離まで近づいている。
 グレートマザーが、ある程度織田信長の持つ「聖胎」と距離を取っている。
 そして、この場所はグレートマザーの陣地である。
 
「……ハック、支配ドメイン。シャットダウン、聖胎マザーボード。あたしは誰も傷つけません。ただ、閉じ込めるだけ。鳥籠の中で新しく組み上げるは、未来を生きる人の理」

 以上の要件を以って、妖精のランサー、イヴの宝具は真価を発揮する。誰もがその空間の中では戦闘力を失い、代わりに魔力と体力の回復を約束される大地の恵み。
 その本質は、平和的な侵食結界。

「『人を以って踏みしめる大地エンハンス・フィールド』。……これで、王手です」

 透明な半球が、イヴとパンデモニウムを包む。それだけ。ただ、"この二人が戦場から隔絶されただけ"。聖胎接続のスキルを応用し、パンデモニウムと聖胎の間のパス──すなわち織田信長の王の指輪から、欲望と魔力の変換機能を切り離しただけ。
 そう、それだけで十分だ。
 口には出さずとも、この瞬間を、この好機を、確信してこそ魔力を、霊基を温存していた者がいた。
 戦国の神に銃口を向けるのは、もう一人の織田信長。
 信仰の殲滅者、ターミネーターである。

「……くっ、これは……!」
「永遠に撃ち続けて、それなら俺たちが攻撃する隙はない。三段撃ちの焼き直しだな、『織田信長』。だが──」
「舐めるなよ……! ならばこの一撃に、全魔力を乗せるのみ! 一切合切滅殺せよ、『天下布武アナイアレイション』──」
「上等だ、ただの『織田信長』。特権は人のモノじゃねえ、それが人間の道理だよ! 『信仰タルハE.X.』──」

 そうして。

「──ふ、ふはは」

 『織田信長』は、呵呵と笑い。

「見事! 余を、この神たる信長を焼き切るとは!」

 炎上する躰と共に、かろうじて立っていた。
 焼けれども、焼け落ちない。
 燃え尽きるものなど──。

「伏魔殿! この宮殿を丸ごと寄越せ!! 余の、余が力としよう!!」

 人であったうちに、燃やし終わっている。
 弱きが結集し、強きを挫く。そんな物語を是とするのなら、どれほどの理不尽にも立ち向かうといい。
 それが、お前の欲望だ。

5.魔神変性、絢爛欲宮


前回のあらすじ


 パンデモニウムにとって、その状況は絶望的なものだった。圧倒的な有利を崩され、主たる織田信長が討ち倒される。しかも、自分は何もできずに。それどころか明確な弱点として、逆転の起点にされてしまった。
 戦国の掟など、欲望の化身にはわかるまい。力が正義という価値観は、それどころかどんな時代のどんな人の持つどんな価値観であろうと、あたしには理解できないものだから。人間と悪魔は、違う。
 マスターが弱さを非とするなら、悪魔はそれを受け入れるしかないだけだ。
 自分は確かに空白で、確かに伽藍堂で、確かに他者の欲がなければ動けない。イヴによって閉ざされた結界の中で、孤独というものを感じることもない。いつも通りだ。存在の根源だ。悪魔というものは、人と隔絶されている。そんなの、わかりきったことだから。人間と悪魔は、かけ離れている。
 それでも、ひとりぼっちは──。

「伏魔殿! この宮殿を丸ごと寄越せ!! 余の、余が力としよう!!」

 ──まあ、なんでもいいか⭐︎

「……りょーかい、ノブりん⭐︎ どっちがよわよわのざこざこかー、思い知らせてあげないとね?」

 ぱちん。
 指を鳴らせば、魔力は蠢く。

「無駄ですよ、あたしの結界の中で、戦闘行為は──」
「戦闘なんかしないよ? ただ、リフォームするだけ。この伏魔殿を、丸ごと別のものにしてしまうだけ。……おチビちゃんの結界はー、『足場』が崩壊したらどうなるのかな〜?」

 ゆらり。
 黄金の伏魔殿が、この戦場そのものが胎動する。伏魔殿という欲望の宮殿。パンデモニウムの象徴たる絢爛。安土城の形から変貌しても、尚ここが彼女の陣地。彼女の舞台。彼女の立つべき唯一の場所。
 けれどそれさえ欲するなら、喜んであなたに捧げよう。

「……ご覧、ルイス」
「なんですか、欲望の化身」
「……ううん、なんでも。ただ、見ておくといいかもって。目を逸らさず、瞳を輝かせて。あの人を」
「もちろん。神に背くなど、許されない」
「──そう。じゃあ、ノブりん」

 天井から、壁から、大地から、伏魔殿が崩壊していく。これがパンデモニウムの真骨頂。己の生み出す黄金のうち、「伏魔殿」と定義した場所を、あらゆる姿に変貌させられる。誰かの欲望の受け皿として、千に能う可能性を叶える。願いを叶える悪魔の本質を、浅ましき外道の欲望にこそ寄り添わせた太母の宝具。

「来い! 余は──まだ足りぬ! 伏魔殿よ、すべてを、無限を、欲望から生まれ出ずるものを悉く寄越せ! 余が喰らいつくすべき野望は、余が余である限り限りないのだから!」
「……はーい、承りました⭐︎」

 すべての黄金が、一ヶ所に集まっていく。
 織田信長の霊基を、存在を、魔神へと堕とし召すために。

「──これよりご覧いただくは、悪逆非道の限り也。浅ましき欲望。人の根底。強者であるなら誰もが持つその弱さに、あたしが応えてあげましょう」

 地獄でさえ美しくするなら、焼けるあなたも輝こう。無限の黄金以上の輝きは、キミたちの中にあるのかな?
 あたしは悪魔。欲望の悪魔。地獄さえ黄金に塗り替える伏魔殿を体現した、人がすべてを乗り越える源泉の象徴。
 すなわち、「この世すべての欲」。

「『外道導く絢爛欲宮パンデモニウム・マンモーナス』。尽きない全部を、あなたに」

 それが、パンデモニウムというサーヴァントだ。
 眩く光る魔力と黄金の奔流が収まったあと──そこにあるのは果てのない蒼天と、

「……素晴らしい。これぞ、我が神だ」

 巨大な黄金の鎧に全身を取り込まれた、織田信長の姿だった。鋭い爪、しなる尾。何よりその角と翼が、これ以上ないほどに悪魔という存在を体現している。第六天魔王と恐れられた男は、本物の悪魔になったのだ。
 ──否。

「『どこまで行こうと、どこまで変わろうと、あなたは道を誤らない』」

 その姿を見てなお宣狂師は、神録を綴る手と口を止めない。ただ記録し、その姿を未だ神と捉える。そう、悪魔に堕ちたのではない。神なる存在は、悪魔の力さえ取り込める。力を束ね一つにし、その場に生まれ落ちるなら。

「『なぜなら、織田信長は神だからだ』」

 力とは、正しさ。
 正しさとは、神だ。
 もはや物言わぬ織田信長に対して、彼はただ記録し続けるのみ。なぜなら最初から、自分たちが並び立てる相手ではないのだから。
 ──そんなこともわからない者が、まだこの場にいるらしいが。

「──私は、覚悟を決めた」

 全身から血を流しながら口火を切ったのは、細身をかろうじて動かす、小さく弱いただの人間。
 けれど一度織田信長を殺した、明智光秀だった。

「無力な者と言われ、当たり前のように打ちひしがれた。結局己は天下を取れないのかと、自分で自分に失望した。……だが、同じく無力なる者が、その状況を打破したのだ。ユウ殿と、イヴ殿。誰も見つけていなかった可能性を見せたのだ。……聞け、そこの悪魔よ」
「いーよ。何かな、光秀さん」
「織田信長が口を閉ざしたから、代わりに先程の返答をお前にくれてやろう。『自分より強い部下を持つ将など必要ない』、と言ったな」
「あはっ、そうなんじゃない? だってあなたと秀吉さん、まるで役に立ってないじゃない」
「そうだ。無力だった。力無きものは、この戦国には必要ない。……だがな、そこの化け物を見て思い出したのだ」
「……へえ」

 執念の炎が、光秀の眼に宿る。怒り、恐れ、何もかもをないまぜにして、それでも信長を殺すという目的がある。そのことは最初から決まっていた。そのことを忘れていなければよかった。ただ、ただ──。

「私は信長から、天下を取った人間だ。この場の誰より欲は『強い』と、当たり前のことだろう」
「あはっ、あははっ! そうかそうかそう来るかあ、ノブりんより欲深いと」
「猿。しばらく軍は預かる。毛利の。ここは私に指揮させてもらおう」
「勝機はある、という顔じゃな」
「……光秀」
「覚悟は決めた。そう言ったはずだ」

 光秀の言葉に、対魔連合軍はその態勢を立て直す。元就、モニカ、イヴ、そしてもう一人の織田信長。彼女たちは今、己が主君の命令を待っている。無限の欲望を持つ魔神に対して。

「……自灯明、法灯明」

 ただ、巫女服の少女がそう呟いたのを、その場の皆が聞いただろう。敵対する者以外には、ほとんど言葉を発しない彼女が。
 自らを拠り所とし、迷えば法に従え。戦国の世は、人間の歴史は、そうやってできている。明智光秀は、ようやくその真理にたどり着いた。
 そういう意図まで窺い知れたかは、果たしてわからないことだろうが。
 黄金の魔境は消えてなくなり、そこにあるのは黄金の魔神。遥かなる青空は、絶えず広がる大地は、金の煌めきでその美しさを失っている。無限の欲望を持つ信長は、無限に広がる世界すら奪うのだ。
 
「我が名は光秀。明智光秀」

 それでもそこに刺す、水色の光が一つ。

「織田信長より天下を奪った、天下人だ」

 行こう。
 死力を尽くして。

 

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