kagemiya@ふたば

「人生は選択の連続です。だからこそ、それを他人に委ねたくなる人間もいる。
『人と星の教会』は、そういう人たちが集まって――話が逸れましたね。いや、話したくなくて自分で逸らしたんですね、これは」

「私が自分の意思で選んだコト、ですか。――どこからどこまでがそうだったか、もうわかりませんね。
　流されてここまで来てしまった気もするし、意図して『流される』ことを選んでしまったからここにいる気もする」

「どちらにせよ、選択の意味をちゃんと、私は知っておくべきだったんでしょうが」

　――今ではこの集団の成り立ちを覚えている者は、ほとんどいない。
　別に、隠蔽工作などが行われたわけではない。
　かつて知っていた者の殆どが、そんな些細なことは忘れてしまったか、既にいなくなってしまったか、それだけの話。

　はじまりは、ただのジョークのようなものだった。ほんの出来心だった。
　エリンが生まれたときから使えた、ちょっとした『タネもしかけもない手品』。
　それを『奇跡』などと大層に呼んで耳目を集める、悪戯半分の『釣り』。

『人と星の教会』なんて大仰な名前でこそあったけれど、
　その活動の実態は物珍しさに集まった『信者』を相手にちょっとした『お話』をするくらい。
　エリンとその仲間がはじめた、小さなアングラコミュニティでしかなかった。
　結局のところ、初期の『人と星の教会』は、エリン個人のヒトを引き寄せる才能に依存して成り立っていたといえる。

　――そんな危うい集団が上手くいってしまっていた時点で、あるいはその先を危惧するべきだったのかもしれない。

　時が経つにつれ、『教会』の活動の規模はどんどん拡大していった。
　月面都市の市民のフラストレーションを背景に、心の繋がりと解放を謳う『人と星の教会』はその支持基盤を増やしていく。
　教主であるエリン当人も、いつの間にか大勢の信者を相手に教義を語り、高説を賜う立場になっていた。

　中央政府による管理社会の下、細々とやっていたアンダーグラウンドな活動が、大衆に認められた気がして。
　あるいは、『人と星の教会』に集まった人々が、心から笑い合っている姿を見て。
　達成感や優越感、満足感に似たものをエリンが抱かなかったと思わなければ嘘になる。

　けれど、漠然と厭な予感も覚えた。
　――この時に気付けば良かったと、今でも思う。

　はじめて自爆テロが起こった時、エリンは慌てて創立初期からの仲間の一人に連絡しようとした。
　優秀なハッカーだった。彼の手腕がなければ、中央政府の眼を逃れながら教団の規模を拡大するのは無理だっただろう。
　メールの返事は返ってこない。

　厭な予感を、覚えた。
　この時には、もう遅かった。

　ニュースサイトの報道で、彼は自爆テロの犯人として名を挙げられていた。

　そこから、何もかもが狂っていった。
　エリンが組織の維持と管理の役割を果たすことに奔走するのをよそに、信者たちは過激化の一途を辿っていく。
　彼らの心に、『人と星の教会』は入り込みすぎた。かつての宗教に浮かれた熱と同じく、熱狂が、狂信が組織を犯していた。
　病んだ心で、救いを求めた分だけ。救ってくれなかった政府を敵視し、『人と星の教会』はカルト化していった。

　――ここに至って、すべてを放り出せるほどエリンは薄情ではなかったし。そんなタイミングは、とうに通り過ぎていた。

　だからエリンは『教主』を演じ、救いを求める人々に嘘の祝福を賜う。
　走り出させた車は、目的地まで走らせないといけない。
　たとえ、目的地など誰もわかっていないとしても。

「やってみせないといけない。私は教主だ。そう皆に信じられているうちは、その責任を果たさないといけない」

「『笑う』ための団体だったんですよ、最初は。釣られた人たちを見てゲラゲラ笑ったり、
　そのあとはお悩み相談でもして心の重荷を下ろして、少しでも笑みを見せてくれたら。
　もうそんなコトを覚えてる人は私しかいませんが」

「ああくそ、少し時間をくれ！　笑顔を作らないといけないんだ！」

「『人は、何故救いを拒むのか』――申し訳ない。その質問は、私にはわかりません」

「わかってる。私はここに来なければいけなかった。
　でも、根本的な理解が足りていなかった。
　冷静なフリをして、実際は私だって教主なんて呼ばれて舞い上がっていた。
　聖杯戦争がどんなモノかというコトを――いや、そもそも。
　私はとっくに人殺しだったってコトを、理解しておくべきだったんだ」