---------------------------------------------------------------------------- B ホッブズ
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ホッブズ(Thomas Hobbes 1588-1679)
イギリスの国教会牧師の家庭に生まれ、絶対王政を支持する政治学者として頭角を現したが、一六四二年のピューリタン革命直前にフランスに亡命し、主著のひとつである『リヴァイアサン』を執筆した。しかし、この内容は反教会的、人権主義的で、亡命イギリス人たちから非難を受け、ひそかに帰国し、政治にかかわることなく、哲学的著作に没頭した。六十年の王政復古とともに、王の厚遇を得るが、再び教会派、王党派から非難を受けて、著書が禁書となるなどしたが、外国で出版するんばど、晩年まで、勢力的に著作を続けた。彼は、「物体論」「人間論」「市民論」の3巻からなる『哲学要論』というラテン語の哲学的大著を残したが、しかしながら、その内容は一般にあまり理解されておらず、もっぱら政治学者としてばかり取上げられている。
【コナトゥス(欲動) conatus】
この世に実在するものは〈物体 corpus〉と、その〈偶有性 accidens〉のみであり、いっさいの事象はこのような物体の内的な〈コナトゥス(欲動)〉の現れである。しかし、これは物体に限らず、人間の精神も、外界の運動が感覚器官を通じて伝わった際の反動としての〈コナトゥス〉なのである。さらにまた、社会もこれによって説明される。
つまり、ホッブスは、唯物論、機械論、力学論の立場をとり、自然論、精神論、社会論を貫く概念装置として、微分的運動概念であるこの〈コナトゥス(欲動)〉を用いてこれらの諸分野を共通に説明しようとしている。この概念は、おそらく中世末期の物体の〈インペトゥス(内在飛翔力、激情力)〉の概念からきたものと考えれる。
なお、また、この概念は、スピノザの体系においても重視される。そこでは、[存在するものすべてが自己自身の存在に固執し、みずからの存在を保持しようとする力]という、かなり異なる意味で用いられているが、ホッブス同様に、物体論から精神論へと議論を展開する際の軸となっている概念装置である。
【万人に対する万人の闘争 bellum omnium contra omnes】
【「人は人にとって狼である homo homini lupus.」】
(『リヴァイアサン』)
人間の自然状態においては善悪、法不法の区別はなく、ただ利己的な自己保存の行動のみがある。しかしながら、人間はうまれながら身体の能力においても、精神の能力においても大差なく等しい。それゆえ、二人の人が二人同時には享受できない同じ物事を熱望するならば、どちらもひき下がることなく、不信が生じ、ひいては、これが闘争になる。つまり、万人の平等性が闘争を生み出すのである。
しかし、このような状態は不都合であるから、「平和を求め、それに従え」という〈基本自然法〉と、「できるかぎりの手段によって、自分自身を守る」という〈自然権概要〉からなる〈自然法 lex naturalis〉に基づいて、人々はたがいに権利を譲りあい、また、安全を保証し合うという〈社会契約〉を結び、〈市民社会〉を形成する。
だが、「武器の下では法も沈黙する intra arma silent leges」のである。そこで、法の成立つ平和な社会を維持するためには〈公共力 common power 〉が不可欠なのであり、人々は統一された意志である〈国家主権〉を設定して、公共力による平和の維持に当らせる。
つまり、〈国家〉とは、[人間が人間のために人間によって作り出す人工人間]なのである。このことは、『リヴァイアサン』の表紙に描かれた、多くの人間からなる巨人の姿に象徴されている。
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