大学水準の西洋哲学として知っておくべきことのすべて


---------------------------------------------------------------------------- B ミル

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ミル(John Stuart Mill 1806-73)
 スコットランドの貧しい靴屋の子から身を起こして、インド政策で活躍し、また、ベンサムと親交をもってその功利主義を引継いだジェームズ・ミルの子に生まれ、ベンサムの助言に基づき、幼児のうちからギリシア・ラテンの古典の英才教育をほどこされ、父同様に熱烈なベンサム主義者となって、早くも十六才で「功利主義者協会」を設立して、実践と文筆に活躍した。そして、大学にはいかず、父の勤務する東インド会社に入って、経済的安定を確保し、思想的活動に専念した。
 ところが、二十にして、父親の権威主義的教育に反発し、また、ベンザム的な功利主義のオプティミズム(楽観主義)に深い懐疑と挫折とをおぼえ、一時は精神的な危機にまで至ったが、次第にこれを克服し、サン・シモンやコントの影響も受けて、個人性や人間性を尊重する独自の功利主義の構想へと展開していく。また、この時期、ある実業家の夫人と道ならぬ相愛の関係に落ち、その実業家の理解ある態度によってスキャンダルとはならなかったものの、彼は家族や友人の信頼を失うこととなった。
 この恋の綱渡りは約二十年続いたが、その実業家が死んで、彼はこの夫人と結婚し、以後、幸せに暮らし、また、会社も退職して、彼女との共同作業によって著述に専念した。彼女は五十八年には亡くなってしまったが、その後は、長女が彼の世話をみて、執筆を続けることができた。また、六十五年には総選挙に立候補して当選し、選挙法改正などに活躍した。しかし、次の六十八年には落選してしまったため、以後、政界からは身を引いて、婦人解放や労働者の地位向上に尽力し、「イギリス社会主義の父」とも呼ばれる。
 《功利主義》というものは、基本的にはあくまで倫理的なものであるが、彼はこの社会的改革が有効かつすみやかに実現されるためには、飛躍的な成果を成し遂げつつある自然科学の方法を取入れるのがよいと考え、まず、自然科学の方法を吟味することにした。これが『論理学体系』である。これはさして独創的なものではないが、F・ベイコンに始まる近代科学の帰納的方法を根拠づけ、また、組織づけた集大成であり、アリストテレス来の言語的《論理》とも、ドイツ観念論の思弁的《論理》とも異なる、科学的発見のための認識的《論理》のあり方を示している。
 《功利主義》そのものに関しては、まさに『功利主義』という本において、その主張をまとめている。彼の《功利主義》は、基本的には、快と苦とを幸不幸、正義と不正に同一視するベンサムの《功利主義》を発展させたものだが、しかし、まず第一に、ベンサムが快苦を個々断片的に考察し、全体はそれらの総和であると単純に考えていたのに対し、彼は、快苦を全体的統一性においてとらえ、したがって、個々の快苦はあくまでその全体との調和関係においてのみ評価されるとしたのであり、したがって、彼は快苦にさまざまな質的差異を認めた。第二に、このために彼はベンサム流の単純加算的な〈快楽計算〉を放棄しなければならず、〈最大多数の最大幸福〉という社会改革上の原理も無効なものとなってしまった。しかしながら、第三に、彼は快苦を全体的統一性の中でとらえるということを社会と個人の関係にも適用し、[個人は本性上、社会的感情を持っている]という「黄金律(「汝の欲するところをひとになせ」という聖書の言葉)」をもって、[社会的な快は、そのままに個人の快である]とし、個々人の利己主義から社会的な利他行動が生じることを示した。
 彼はこの他に、このような《功利主義》的原理に基づき、経済論や政治論、宗教論なども記している。

【自然の斉一性 uniformity of nature】
 (『論理学体系』)
 [自然は同一事情の下では同一の現象を起こすよう、統一ある普遍永遠の秩序を保っている]という公理。これには空間的な〈共在の斉一性〉と時間的な〈契機の斉一性〉があり、そしてまた、類似事例ごとに〈自然種族の斉一性〉が認められる。
 特殊から普遍への「帰納的飛躍」はこの〈自然の斉一性〉によってのみ正当化される演繹であり、むしろ、このような飛躍を含む不完全帰納法こそ、真の帰納法である。というのは、たかだか有限の数の事例から帰納的に得られた結論などというものは、いまだ確認されていない例外が存在するかもしれないがゆえに不完全なものであり、それを無限の事例に当てはまる普遍永遠の法則とするのはとうてい無理がある。だから、それは、このような〈自然の斉一性〉を大前提としてのみ、完全なものになるのであり、むしろ、このような〈自然の斉一性〉を大前提とする帰納法こそ、知識を増進させることのできる真に有効な方法なのである。

【類同法・差異法・(類同差異併用法)・剰余法・共変法】 
   method of agreement / differrence / (a. and d.) / residues / concomitant variation】
  【逆演繹法】
 (『論理学体系』)
 実験的探求の方法の4(5)つの公理。これらの方法は《帰納法》ではあるが、その本質は、むしろ演繹的なものなのであり、自然の種族を確定しつつ普遍永遠の法則を得る確実な方法である。
  〈類同法〉=複数の事例に共通する唯一の事情があれば、
         それがそれらの事例の原因または結果
  〈差異法〉=肯定的事例と否定的事例を分ける唯一の事情があれば、
         それがそれらの事例の原因または結果
  〈類同差異併用法〉=複数の肯定的事例に共通する唯一の事情があり、
         複数の否定的事例の唯一の共通点がその事情を欠くことならば、
         それがそれらの事例の原因または結果
  〈剰余法〉=ある現象から既知の因果を差引くならば、
         残りの事情と現象が因果関係にある
  〈共変法〉=ある事情の変化に従って変化する現象は、
         その事情と現象が因果関係にある

【「満足せる豚より不満足なソクラテスに」】
 (『功利主義』)
 原文では、「満足せる豚であるより不満足な人間である方がよりよい。満足した愚人であるより不満足なソクラテスである方がよりよい。」とある。これは、ベンサムの功利主義と違って、その主眼とする快楽ならば何でもよいのではなく、そこに質的な差異を認め、低級な快楽から高級な快楽を区別する標語である。というのも、肉体的快楽よりも精神的快楽の方がより大きな永続性、安全性、安価性において優れているからであり、このような差異は、動物よりも高級な能力を持つ人間である以上、経験的に知ることができるのである。

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Posted by lngrcalki 2013年11月14日(木) 13:56:46 返信

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