最終更新: centaurus20041122 2014年05月12日(月) 20:57:26履歴
「今の貴樹くんは貴樹くんじゃない」
明里がきっぱりと言った。
「……俺はただ、速く一人前になりたいんだ。認められたいんだ」
貴樹がそれまでと違い、たちのぼるような熱意で反論する。
しかし。
「誰に? 上司? 私? いったい、それは誰?」
そう問い詰められて、貴樹でさえ誰なのだろうと考え込まざるを得なかった。
しばらく無言で俯いたまま、貴樹が何かを言おうとしているのがわかる。
明里は視線でそっと撫でるように見守っていた。
小さな声が聞こえた。
「……けっこん」
「え?」
「明里と結婚、したい」
ソファに座ったまま、うなだれたまま、貴樹が言った。
明里が待ち望んでいた言葉。
だけど、今、そんな姿の貴樹からは聞きたくなかった。
「貴樹くん。私も貴樹くんと結婚したい。でも、今の貴樹くんじゃ、やだ。少し休もう。休んで、元の貴樹くんに戻ろう」
「でも、仕事辞めたら、明里の親に合わせる顔がなくなる……」
「そんなことより、貴樹くんの心のほうが大事よ。私は、素敵な旦那さまになってほしいし、ゆくゆくは……素敵なパパになってほしい」
「……パパ?」
その単語はそのときの貴樹からはほど遠いところにある言葉だった。
「私は貴樹くんのことをずっと見守ってくつもり。でも、今のままじゃ、私の力でもどうにもできなくなってしまう。……ねえ、聞きたくないけど、聞くよ?」
「……なに?」
「私からの手紙が途絶えてたときも、そんなだったの?」
瞬時に貴樹の腹に大きな穴が開いた。
思わずうずくまり、両手で腹を押さえる。
「……いたたたたた」
「貴樹くん……」
背中をゆるゆるとさする明里。でも、こんなんじゃ。
「仕事、辞めたほうがいいんじゃないの?」
明里が言った。
「でも」
「1年やそこらは私が養ってあげる。貴樹くんだって、ちょっとは貯金、あるでしょ」
ちょっとどころではなく、貴樹は同年代にしてはかなり多額の貯金があった。
結婚資金にしようと思ってはいたが、高給に比して使う暇がなかったのだ。
「俺も……思わないでもなかった。いや、ずっと思ってた。ただ、今のプロジェクトをほおっていくわけにはいかないし……、明里のお父さんがあれだけ喜んだ姿を見たのは初めてだったし……」
その言葉を聞いて、貴樹の呪縛の元を明里は知る。
「私のお父さんの言葉なんて忘れて。私がなんとでも言うから。そんなに急がなくてもいいの。それこそ、秒速5センチメートルでいいの」
懐かしいその言葉を聞いて、貴樹は明里の顔を見上げる。
これまで我先にと進んできたのは、その原動力は最初は明里と再会するためだった。
再会したあとは、明里と永遠に一緒にいるための力を得るためだった。
そんな意識がずっと心の底にあったから、がむしゃらに働いていられた。
だから、ここまでこれた。
そう思うと、貴樹の肩の力がふっと抜けた。
[そのプロジェクトはあと、どのくらいかかるの?」
「……半年くらい、かな」
明里は驚く。たしか、貴樹が入社する前から続いていたプロジェクトのはず。それが貴樹が担当になって、これほど進捗していたなんて。
「じゃあ、それが終わったら……私、……貴樹くんと……子供とみんなで手をつないで散歩、したいよ」
今の職場ではきっとそれはかなわないだろう。
先々のことを含めて、明里はそう言っていたのだった。
「……わかった」
貴樹が答えた。
(つづく)
明里がきっぱりと言った。
「……俺はただ、速く一人前になりたいんだ。認められたいんだ」
貴樹がそれまでと違い、たちのぼるような熱意で反論する。
しかし。
「誰に? 上司? 私? いったい、それは誰?」
そう問い詰められて、貴樹でさえ誰なのだろうと考え込まざるを得なかった。
しばらく無言で俯いたまま、貴樹が何かを言おうとしているのがわかる。
明里は視線でそっと撫でるように見守っていた。
小さな声が聞こえた。
「……けっこん」
「え?」
「明里と結婚、したい」
ソファに座ったまま、うなだれたまま、貴樹が言った。
明里が待ち望んでいた言葉。
だけど、今、そんな姿の貴樹からは聞きたくなかった。
「貴樹くん。私も貴樹くんと結婚したい。でも、今の貴樹くんじゃ、やだ。少し休もう。休んで、元の貴樹くんに戻ろう」
「でも、仕事辞めたら、明里の親に合わせる顔がなくなる……」
「そんなことより、貴樹くんの心のほうが大事よ。私は、素敵な旦那さまになってほしいし、ゆくゆくは……素敵なパパになってほしい」
「……パパ?」
その単語はそのときの貴樹からはほど遠いところにある言葉だった。
「私は貴樹くんのことをずっと見守ってくつもり。でも、今のままじゃ、私の力でもどうにもできなくなってしまう。……ねえ、聞きたくないけど、聞くよ?」
「……なに?」
「私からの手紙が途絶えてたときも、そんなだったの?」
瞬時に貴樹の腹に大きな穴が開いた。
思わずうずくまり、両手で腹を押さえる。
「……いたたたたた」
「貴樹くん……」
背中をゆるゆるとさする明里。でも、こんなんじゃ。
「仕事、辞めたほうがいいんじゃないの?」
明里が言った。
「でも」
「1年やそこらは私が養ってあげる。貴樹くんだって、ちょっとは貯金、あるでしょ」
ちょっとどころではなく、貴樹は同年代にしてはかなり多額の貯金があった。
結婚資金にしようと思ってはいたが、高給に比して使う暇がなかったのだ。
「俺も……思わないでもなかった。いや、ずっと思ってた。ただ、今のプロジェクトをほおっていくわけにはいかないし……、明里のお父さんがあれだけ喜んだ姿を見たのは初めてだったし……」
その言葉を聞いて、貴樹の呪縛の元を明里は知る。
「私のお父さんの言葉なんて忘れて。私がなんとでも言うから。そんなに急がなくてもいいの。それこそ、秒速5センチメートルでいいの」
懐かしいその言葉を聞いて、貴樹は明里の顔を見上げる。
これまで我先にと進んできたのは、その原動力は最初は明里と再会するためだった。
再会したあとは、明里と永遠に一緒にいるための力を得るためだった。
そんな意識がずっと心の底にあったから、がむしゃらに働いていられた。
だから、ここまでこれた。
そう思うと、貴樹の肩の力がふっと抜けた。
[そのプロジェクトはあと、どのくらいかかるの?」
「……半年くらい、かな」
明里は驚く。たしか、貴樹が入社する前から続いていたプロジェクトのはず。それが貴樹が担当になって、これほど進捗していたなんて。
「じゃあ、それが終わったら……私、……貴樹くんと……子供とみんなで手をつないで散歩、したいよ」
今の職場ではきっとそれはかなわないだろう。
先々のことを含めて、明里はそう言っていたのだった。
「……わかった」
貴樹が答えた。
(つづく)
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