新海誠監督のアニメーション「秒速5センチメートル」の二次創作についてのサイトです。

完全に貴樹くんに依存していた私は無理やりに引き離され、今住んでいる岩舟に移ってきた。半月くらいはほとんど口も利かずに人形のような状態だった。

岩舟の公立中学は地元の小学校から進学してくる人たちがほとんどだ。
いや、私以外は全員そうだった。
私は一人だけ、異邦人だった。

また、学校になじめないのか……

そんな重圧から逃れるために取った手段。それが手紙だった。
梅雨が明ける頃、私は貴樹くんに手紙を書いた。

「私のことを覚えていますか?」

彼はすぐに返事をよこしてくれた。そして、そこから文通が始まった。
あるときは返事が来る前に書いていた。文通というより、手紙の形をした交換日記だったかもしれない。

私の心は穏やかになり、ようやくクラスにもなじめるようになってきていた。

ところが、そんな私たちをさらに悲劇が襲った。
貴樹君が転校するという。しかも、鹿児島県の種子島だ。
九州の南の端、というのが私の認識だった。

それまでなら、電車で2時間かければなんとか会える。1か月のお小遣いを使えば、なんとかなる距離だけど、貴樹くんが種子島に行ってしまったら、もうたぶん、私たちは会えない。


おそらく貴樹くんもそう思ったのだろう、「岩舟まで会いに行く」と手紙に書いてきていた。貴樹くんのご両親が泊りがけで出かける日があり、遅くなっても平気だということで、3月4日の金曜日となった。私のほうは……なんとでもなる。

ところがこの日は関東一円で大雪となってしまった。
午後6時45分に到着予定だった彼の電車は遅れに遅れ、到着したのが11時を超えていた。
途中で帰る、ということは考えられなかった。
彼はきっと、絶対に来る。最後に、私に会いにくるために。

果たして、彼は現れた。
空腹を満たすために作っていったお弁当を二人で食べた。
駅は夜中の12時に閉められ、やっと小降りになった雪の中、私たちは歩いた。
以前、手紙に書いた、大きな桜の木にたどりついて。

そこで私たちは初めてのキスをした。

それまでの淡い気持ちは、たちまちにもっと大きなものへと昇華した気がした。
まだ、恥ずかしくて「好き」と口には出せなかったけれど、そのかわりに私は貴樹君に抱き着いてしまっていた。今から考えたら、その行為のほうが大胆なんだけど、あのときは疑問にも思わなかった。彼は数瞬ためらったあと、私をしっかりと抱きしめてくれた。

このあと、どうしようか考えてはいた。まずは私の家に連れていく案。
というか、それしかなかった。幸い、私の母と貴樹くんは面識があったから、理由を話せば泊めてくれるだろうと思っていた。

だけど、私たちはキスをしてしまった。
あと数時間、彼が帰る始発が動き出すまでの間しか、一緒にはいられない。
その、残された大切な時間は一分一秒たりとも貴樹くんだけのために使いたかった。

すぐ近くにあった納屋には鍵がかかっていなかったので、そこに入り込んで夜を明かすことにした。少しぬるくなった魔法瓶に入ったほうじ茶と、自動販売機で買った缶のスープ。これは飲むためじゃなくてカイロの代わり。念のため使い捨てカイロも持ってきていたので、私たちは凍えずに済んだ。
それでもしんしんと冷え込む北関東の、初春の明け方は零下になるから、私と彼は寄り添い、納屋にあった古い毛布をまとって夜を明かしたのだった。

翌朝の始発で、私は、彼を待つ間に書いていた「さよならの手紙」を渡せずに見送った。
やっぱり、私には彼が必要なんだと心の底から感じたからだ。
ただ、私をずっと守ってくれていた貴樹くんは、きっと大丈夫だと思ったから、ただそれだけを伝えた。

その後、私たちは栃木と鹿児島で、岩舟と種子島に引き裂かれたまま、この後、数年を過ごすことになる。

(つづく)

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