新海誠監督のアニメーション「秒速5センチメートル」の二次創作についてのサイトです。

貴樹は憮然としていた。
事業部長から呼び出され、てっきり不毛案件からの異動だと思っていたら、その案件には在籍のまま、理紗の勤める会社からの新案件を担当せよ、という話だった。

「先方からのご指名だ。プログラマ冥利につきるだろう」

「しかし、今の仕事を抱えたままでは無理です」

「藤井が、お前がいないとスケジュールが遅滞すると言って離さないんだ」

藤井とは例のチームリーダーだ。何の嫌がらせだ?

「結局、どちらも中途半端になってしまいます」

「常人の3倍の速度で仕事をするお前だ。なんとかがんばってくれないか」

そう言われたので、用意していた不毛プロジェクトの改善計画を出した。
現在のままでは終わらないが、自分のやり方なら1年弱で終わる、その方策や工程数、マンパワーまで。経費は現状と同等で計算してある。

いたずらに他者を非難するつもりはないが、自分にしわ寄せが来るのだったら、それは振り払う必要がある。

「検討しておく。しかし、新案件はもう受けた。やってもらわなければ困る」

救いは進行管理を直接、クライアントがやってくれるということだ。
つまり、理紗が出向してきてこの案件の間、机を並べることになった。

結局、提出した改善計画は預かりとなり、そのままなにも変わらないことになった。

貴樹は朝8時から24時まで働くはめになった。16時間のうち、6時間を新案件、もう6時間を不毛プロジェクトの自分なりの作業、残り4時間で不毛プロジェクトの旧来の担当の作業を行うことにした。

新案件を行うのは楽しかった。ほとんどモチベーションはこの仕事のためのものだ。
ほどなく、同じブースの隣に理紗がデスクを構えて補助作業をしてくれるようになった。理紗は9時から14時までこちらにいる。14時は貴樹が新案件の作業を終わる時間だ。昼食の1時間は任意に取れるので、いつも12時30分から1時間、たっぷり外に出てゆったりと昼食をとる。むろん、理紗と一緒だ。

それを見て、最初の頃に噂をする同僚もいた。実は理紗がけっこう美人であることを見抜いた奴や、抜群のスタイルに目を向けた輩などなど。だが、貴樹が入社以来あまりにも堅物だったので、その話はすぐにすたれた。
一番楽しそうだったのは理紗だったかもしれない。

昼食から戻り30分で当日のまとめをしてから、理紗は自社に戻り進捗報告をし、そのほか指示を受けて貴樹に伝える。

そういう日々が始まった。



一方、明里の関西出張では事件が起こった。

業界大手のモデル・エージェンシーB社のモデル二人と、これまた業界売れっ子のカメラマン、諌山とそのアシスタントを連れて、京都、神戸とロケ撮影を行った。最終日に大阪のロケ撮影のあと、関西近郊在住の読者モデルを集めての撮影。

かなりのハード撮影だったが、なんとか4日のスケジュールで収まり、最終日の夜は有名店を押さえて、スタッフをもてなすことまでした。

そこまでは順調だった。

ただ、その最終日の食事のときに、モデルの一人、玲子から相談を受けた。
「初日の撮影のときから、諌山さんから口説かれてて……」

それが肯定的な反応なら明里もほおっておくのだが、玲子にはちゃんと恋人がいて困っているという。なにせ、相手は売れっ子カメラマンだ。プロダクションに所属している職業モデルの玲子にとっては、あまり事を荒立てたくはない。
食事のときは明里がぴったり玲子にくっつくことにして、宿泊先の部屋を入れ替わることにした。

モデルの二人はツインの部屋、明里はシングルだった。そこで玲子と入れ替わることにしたのだ。もう一人のモデルの、紀子も事情は知っており、承諾していた。

二次会に行こうという諌山を「疲労と翌日が早い」という理由でなだめすかせて、宿泊先へ戻った。

夜中。
部屋の内線が鳴ったので明里は同室の紀子に頼んで、出てもらった。
「もう眠っているから」と切ったのだが、再び鳴りだしたので、フロントに言って、内線を止めてもらった。そうしたら、今度は扉をどんどん叩いている。

いいかげんにして。

明里が勢いよく扉を開けると諌山の鼻面にぶちあたって、吹っ飛んでしまった。

「諌山さん、いいかげんにしてください」

冷やかに見下ろして明里がいうと、新米編集者の明里が出てきたのをこれ幸いと、諌山がからみはじめる。

「本人は嫌がっています。やめてください」

「篠原、お前誰に言ってるんだ」

「ぐでぐでの酔っ払いに」

その言葉にキレたのか、襲いかかってきた諌山の頬を明里が勢いよく張りとばした。
もともと細身な上に、足元が怪しかった諌山は左方向に吹っ飛んだ。

「てめえ……俺にそんなことしてただで済むと思っているのか」

業界売れっ子の諌山にはある程度の影響力がある。
明里の勤める出版社からも何冊か写真集を出している。
しかし、明里は「モデルを守る」という信念を曲げたくはなかった。
それができなければ、何のためにこの仕事に入ったのかわからない。

「何をしたいのかわかりかねますが、セクシャルハラスメントは許されません。これ以上、何かされるんでしたら、警察を呼びます」

「そんなことしたら、お前は終わりだ」
そう意気込み、脅す諌山の背後から声が聞こえた。

「いけないね、諌山さん。うちの商品に手を出そうなんて。なんですか、『俺にそんなことしてただで済むと思っているのか』? ずいぶん偉くなったんだねえ」

豊かなバリトンボイスが聞こえた。ふと、廊下の奥を見るとダークスーツを着た、背の高い男性が立っている。

気付かなかった。

このホテルの廊下は緩やかに曲がっているためだ。その男性に明里は面識がなかった。

「きみが篠原明里さん?」こちらに近づきながら誰何してくる。

「……はい」

「どうも、B社の堤と申します。うちの高山を守ってくれてありがとう」

にこやかに言う。B社の堤? それって、モデル部門を統括しているというコワモテの堤ゼネラルマネージャー?

堤は明里へかけた言葉とはまったく違うトーンで諌山に言いはなつ。

「諌山ぁぁぁぁ!」

怒声一喝。

「お前、誰のおかげでメシ食ってんだ? あぁ? 東京湾で海水浴したいんか?」

その言葉に諌山は色を失い、その場で土下座した。

「も、申し訳ありません……二度とこのようなことは……」
「俺じゃねえよ。篠原さんに土下座だ」

ハッと表情を代えて、無念そうに「申し訳ありません」と土下座した。

「諌山、この件は社長にも伝える。お前は最近やんちゃしすぎだ」

土下座したまま、しばらく諌山は動かなかった。

「実はね、ちょっと前に来てたんだけど、見事なビンタだったね。俺のほうが見ててスーッとしたよ」

にやりと笑って「諌山、いつまで座ってんだ、速く帰れ」と低い声で告げた。

(つづく)

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