5cm per sec.

参宮橋のマクドナルドに入ったのは、他に適当な店がなかったからだ。
まあ、花苗に「二人が小学生のころ通ってた」という話をしたら、興味深々でやってきたのだけど。
貴樹と明里は春の恒例行事、代々木公園へ花見に行っていたのだった。

「え、種子島に？」
貴樹の話を聞いて花苗が驚く。

M社に転職したというのは、結婚式で聞いていたけれど、まさか種子島へ転勤とは。
しかも、明里もついていくという。

「あの……マスコミ関係ってお給料いいし、ファッション雑誌の編集者って、やりがいあると思うんです。でも、それでも、お仕事をやめるということですか」

花苗が明里に問うている。

「ん……辞めたくはないよ、もちろん。でも、優先順位の問題というか……。私はもう、貴樹くんとは離ればなれになりたくないの」

「うん……でも、今だったら、ネットも携帯もあるし」

花苗がそう疑問を呈する。あの頃とは、時代が変わっている。
それに1年半ほどだ。

あの頃とは違う。
大人になって、電話も好きなときにできるし、メールもあるし、Webカムで顔を見ながらおしゃべりだってできる時代になった。

「就職活動のとき、貴樹くんはI社に内定してたの。でも、配属先が地方になるからって、内定辞退してるの」

それを聞くと、花苗にも、なるほど、明里のいわんとすることがわかる。

I社が日本の有数の企業であることはわかっている。貴樹がそんな会社に内定をもらっていたという事実も知らなかった。さもありなんという感慨がわく。

「花苗さん、あなたは貴樹くんのこと好きだったことあるんでしょう？　だったら、本人が目の前にいるかいないか、その違い、わかるよね」

貴樹も花苗も「その言い方は規則違反」と言いそうになったけれど、でもそれは真実をついている。

「昔とは違う。……今度は私が、という気持ちもないではないけど、それはほんの少し。私は、ただ、貴樹くんのそばにいたい。あとは貴樹くんが青春時代を過ごした場所に行ってみたい、というのもあるかな」

「でも、ほんと、田舎ですよ？」

「私もずいぶん田舎に転校してたし、栃木の実家も田舎よ？」

ぜんぜん大丈夫といった感じで明里が話すので、そんなものなのかなと思ったのだけど。
でも、種子島には鉄道がないし、バスだって本数はない。やはり、離島なのだ。

「明里さんは、種子島へは何回くらい行ったのですか？」

「日食のときと、結婚の挨拶でだから、2回かな」

「うーん……」

旅行気分で滞在するのと、実際に暮らすのではまるで違うと思う。
貴樹がいるからそのあたりは話していると思うんだけど、心配だ。

「明里にはちゃんと島のことは話してあるよ。車の免許もあるし、向こうに行ったら車は買うつもり。ないと生活できないしね」

「私、ペーパーだけど平気かな」

それまで平気平気と言ってた明里が、車の運転だけ心配しているところがなんだかおかしい。

「まあ、走らせてるうちに慣れるよ。西之表以外はたいして車なんて走ってないし。ところで、澄田はなんでこんなところにいるの？」

指摘されて、あっ、と思いだす。

「私、こっちの中学に転勤になって。この坂の上に公務員宿舎があるでしょ？　そこに引っ越してきたの」

「ああ、なるほど……でも、こんな都会だとサーフィンのほうは？」

「まあ、大学時代も23区内に住んでたから、平気といえばそうだけど、でも新島よりは全然環境は落ちるし……」

そのあと、花苗は新しい中学での自分の扱いについての懸念を話してしまった。
近田には相談していたのだけど、自分の立場を考えると、こういう話は極めて信用できる人にしかできない。

ひとしきり話を聞いてた貴樹が、言った。

「澄田はもう、日本でやることはなくなってるんじゃないかな。海外からのオファーがまだいけるのなら、ハワイへ行くっていうのも」

「ん……」

実は考えないではなかった。

新島を離れなければならなくなり、その気持ちは一層大きくなった。
勤め先がどうも理解度が低そうだということも肌身にしみていた。

「遠野君も、明里さんのも、その決心はどんなふうにつけたの？」

素朴にそう、花苗は聞いた。


「そうだね……そういう流れ、と思ったからかな。あとは、いつまでも過去に縛られてるのも嫌だしね」

貴樹が言う。

「私はついていくだけ」

明里が答える。

花苗の心の中にはパイプラインの波が浮かんでいた。

(つづき)