新海誠監督のアニメーション「秒速5センチメートル」の二次創作についてのサイトです。

落ち着いた雰囲気のフレンチレストラン。それほど肩の凝らないカジュアルな店だけれど、要所要所は押さえてある。大学生の明里たちにはぎりぎり手が届く店。
明里が先輩モデルに何度か連れてきてもらったのだ。

店内は同じようなカップルで満席に近くなっていた。

貴樹は少し顔をこわばらせている。

「貴樹くん、どうしたの?」

「ん……ちょっと緊張……俺、こういう店、初めてだし……」

「いつもと同じにしましょう。私まで緊張してくる」

座席に案内され、着席。ウェイターが座席を動かしてくれるタイミングで座る。なんだかこそばゆい。貴樹はさらに緊張感を露わにしている。

ワインリストをソムリエが持ってきたので、検討する。といってもよくわからないわけなんだけど。

「メインはお肉なんですが、やはり赤ワインを選ぶべきなんですか?」

貴樹が素直にソムリエに聞いている。

「お客様がもし、白がお好きでしたら、肉料理に負けないくらい味のしっかりした白をご用意しますよ」

「あれ、お肉には赤、魚には白だと思ってました」明里が聞く。

「ああ、それは一般的に、それが無難というか……味の濃い肉料理に繊細な味わいの白ワインにすると、ワインのほうが負けてしまってせっかくのワインの味がわからなくなるんです。ですが、強い味の白ワインもあるわけで、そこはお好みです」

「俺、キンキンに冷えた白が好きなんだよね」

「貴樹くん家はいつも白だよね」

「じゃあ、白をお願いします」

「かしこまりました」

ソムリエ氏が選んできたのはカリフォルニアワインのシャルドネだった。値段も手ごろで少しホッとする貴樹。「このワインは味が濃くて、少しアルコール度数が高いので、お肉にも十分太刀打ちできますよ」

ラベルを見せられて、貴樹がうなづく。ソムリエナイフできりきりと開封し、コルクに螺旋を沈めて、ゆっくりと引きぬいた。グラスに注がれた白を「どうぞ」と差し出された貴樹は緊張の面持ちで取り上げ、くゆらせている。
そして一口飲む。「おや?」という表情に変わって、「これでけっこうです」とソムリエ氏に告げた。

二人分のグラスにワインが注がれ、ソムリエが去ったあと、明里はもう耐えられないといったふうに笑いだしてしまった。

「どうしたの?」
貴樹が少し憮然とした顔で聞く。

「ごめん……でも、貴樹くんのあんな真面目な顔、初めてみた」

「き、緊張してたんだよ。テイスティングなんてやったことないから……いろいろ調べて」
「ほんと? わざわざ調べたの?」

「だって、そういう店に行くんだったら、きっとテイスティングはあるだろうけど俺、そんなことしたことないし、雑誌とかネットで調べまくって」

「ん、でも、初めてには見えなかったよ。それに一口飲んだときに表情変わったし」

「そりゃ、いつも飲んでる500円のワインとは違うよね」
ようやく貴樹も笑顔を見せた。

料理は十分洗練され、上質だった。

サーブされるタイミングも……後から経験を積んでからわかったことだが……ほどよく、会話も和やかに弾む。店内は和やかな空気が流れ、ゆるやかな雰囲気に包まれている。
だいたい、このような店にクリスマス・イブに食事しているカップルで不幸な人などいないのだ。

デザートのあと、最後の紅茶(ふたりともコーヒーではなく紅茶を頼んだ)を楽しむ。
実に慈しみ深い味わいの紅茶で明里は大満足。

「今日はこれからどうする?」
貴樹が聞く。初めてのクリスマス・イブのスケジュールだけど、「表参道にあるおいしいフレンチに行く」としか聞いておらず、実は手元にプレゼントも隠し持っていたのだった。だから、いつ出していいのか、今後の予定を聞いておかないと最適のタイミングがわからない。

「デザート代わりのケーキは実は原宿のお店に頼んであるの。それを受け取ってから帰りましょ」

プレゼントは自宅へ戻ったタイミングでいいか、と考えた貴樹だった。

(つづく)

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