最終更新: centaurus20041122 2014年09月02日(火) 14:13:32履歴
中間テストを終えて早めに帰宅してきた花苗に、母親が声をかけてきた。
素早く着替えて、ボディボードの練習に行きたいと思っていたのに、まどろっこしいなと思ったのだが、母親の口から「遠野さん」という単語が出てきたのを聞いて、すべての関心がそちらに移った。
花苗は、貴樹のことが好きだった。
彼の、転校してきての挨拶で、一瞬にして恋に落ちていた。
「え、どうしたの?」
貴樹の家と花苗の家は1キロほど離れてはいるが、そのあいだに人家がないので「お隣さん」ということになる。たまにだが、花苗は貴樹と一緒に帰宅することもある。
それは、サッカー部の練習の終わりに合わせて貴樹を待ち伏せ、「偶然」を演出してなんとか一緒に帰るという花苗の苦肉の作戦だった。
「ロケットの打ち上げのとき、島の宿泊事情はどうなるのかって」
「どうして、そんなことを聞くんだろう」
「10月に久しぶりに打ち上げがあるでしょ。本土からお知り合いが見にくるそうよ。それで、宿泊先の混み具合はどんな感じか、1か月以上前から手を打たないとダメなのか、聞きたいって」
うっすらと花苗の心のなかに不安の種がまかれた。
知り合いとは誰なんだろう。
遠野くんのお父さんの知り合いかもしれない。お母さんの知り合いかもしれない。
しかし、花苗の第六感はその「知り合い」が貴樹のものだと感じていた。
ロケット打ち上げの数日前から、南種子の宿泊施設は、打ち上げ関係者で占有されてしまうので、泊まるのは無理だ。中種子の民宿も怪しい。それに、サーファー向けの宿が多いので、一般的なお客さんに向いているかどうかは疑問だ。西之表のホテルだと多少は大丈夫だろうけど、今度は打ち上げ場までかなり距離がある。細長い種子島の北の端から南の端まで移動するイメージだ。その距離は60キロもある。電車がなく、公共バスの本数も限られているこの島ではレンタカーは必須だ。その車を確保するのも大変だったりする。
花苗や、貴樹の家は中種子町の南にあり、いくつかある打ち上げ見学場所へのアクセスもまずまずいい。むろん、車は必須なのだが、島の住人だとまず持っているのでこの場合、必須条件からはパージされている。
「それで?」
「まあ、だいたいのところは話したけれど。あんた、あそこの男の子とたまに一緒に帰ってきてるでしょ」
いきなり、母親が核心をつくようなことを言い始めたので、とたんに花苗は挙動不審になった。
「え、あ、家、近くだし、その、たまに帰るタイミングが一緒になったら、その」
しどろもどろになっているのだが、母親はそれに気づかないのか重ねて質問をしてくる。
「どういう子なの? クラブとか、成績とか」
一般的な話題に振られたので花苗はいくぶん楽になった。
「遠野君は成績優秀よ。クラスで1番だし、たぶん学年でも3位には入るかな。クラブはサッカー」
「ふーん、そんなに優秀なんだったら、あんたの勉強も見てくれたらいいのにねえ」
母親が嘆息する。
「え、でも」
「まだ2年だけど、受験はくるんだから。まさか高校、いかないつもりじゃないでしょ」
そう言われて気づく。
遠野君はどこの高校へ行くんだろう。
たぶん、あの成績なら、中種子高だろう。だけど、東京から越してきた彼には、まだなにか秘密があるのかもしれない。
海に出て、沖へ向かいながらあれこれ考える。
波待ちは考え事をするのにちょうどいい時間だ。
南海上にはまだ台風が現れていないのでスウェルもない。
ただ、風波だけが寄せてくる。
「遠野君は……東京で好きな人がいたのかな」
これまで考えないようにしていた、これまでの人生で史上最大級の疑問を思い浮かべる。
思い浮かべても、自分の頭の中で考えてても、絶対に答えは出ないことなんだけれど。
(つづく)
素早く着替えて、ボディボードの練習に行きたいと思っていたのに、まどろっこしいなと思ったのだが、母親の口から「遠野さん」という単語が出てきたのを聞いて、すべての関心がそちらに移った。
花苗は、貴樹のことが好きだった。
彼の、転校してきての挨拶で、一瞬にして恋に落ちていた。
「え、どうしたの?」
貴樹の家と花苗の家は1キロほど離れてはいるが、そのあいだに人家がないので「お隣さん」ということになる。たまにだが、花苗は貴樹と一緒に帰宅することもある。
それは、サッカー部の練習の終わりに合わせて貴樹を待ち伏せ、「偶然」を演出してなんとか一緒に帰るという花苗の苦肉の作戦だった。
「ロケットの打ち上げのとき、島の宿泊事情はどうなるのかって」
「どうして、そんなことを聞くんだろう」
「10月に久しぶりに打ち上げがあるでしょ。本土からお知り合いが見にくるそうよ。それで、宿泊先の混み具合はどんな感じか、1か月以上前から手を打たないとダメなのか、聞きたいって」
うっすらと花苗の心のなかに不安の種がまかれた。
知り合いとは誰なんだろう。
遠野くんのお父さんの知り合いかもしれない。お母さんの知り合いかもしれない。
しかし、花苗の第六感はその「知り合い」が貴樹のものだと感じていた。
ロケット打ち上げの数日前から、南種子の宿泊施設は、打ち上げ関係者で占有されてしまうので、泊まるのは無理だ。中種子の民宿も怪しい。それに、サーファー向けの宿が多いので、一般的なお客さんに向いているかどうかは疑問だ。西之表のホテルだと多少は大丈夫だろうけど、今度は打ち上げ場までかなり距離がある。細長い種子島の北の端から南の端まで移動するイメージだ。その距離は60キロもある。電車がなく、公共バスの本数も限られているこの島ではレンタカーは必須だ。その車を確保するのも大変だったりする。
花苗や、貴樹の家は中種子町の南にあり、いくつかある打ち上げ見学場所へのアクセスもまずまずいい。むろん、車は必須なのだが、島の住人だとまず持っているのでこの場合、必須条件からはパージされている。
「それで?」
「まあ、だいたいのところは話したけれど。あんた、あそこの男の子とたまに一緒に帰ってきてるでしょ」
いきなり、母親が核心をつくようなことを言い始めたので、とたんに花苗は挙動不審になった。
「え、あ、家、近くだし、その、たまに帰るタイミングが一緒になったら、その」
しどろもどろになっているのだが、母親はそれに気づかないのか重ねて質問をしてくる。
「どういう子なの? クラブとか、成績とか」
一般的な話題に振られたので花苗はいくぶん楽になった。
「遠野君は成績優秀よ。クラスで1番だし、たぶん学年でも3位には入るかな。クラブはサッカー」
「ふーん、そんなに優秀なんだったら、あんたの勉強も見てくれたらいいのにねえ」
母親が嘆息する。
「え、でも」
「まだ2年だけど、受験はくるんだから。まさか高校、いかないつもりじゃないでしょ」
そう言われて気づく。
遠野君はどこの高校へ行くんだろう。
たぶん、あの成績なら、中種子高だろう。だけど、東京から越してきた彼には、まだなにか秘密があるのかもしれない。
海に出て、沖へ向かいながらあれこれ考える。
波待ちは考え事をするのにちょうどいい時間だ。
南海上にはまだ台風が現れていないのでスウェルもない。
ただ、風波だけが寄せてくる。
「遠野君は……東京で好きな人がいたのかな」
これまで考えないようにしていた、これまでの人生で史上最大級の疑問を思い浮かべる。
思い浮かべても、自分の頭の中で考えてても、絶対に答えは出ないことなんだけれど。
(つづく)
このページへのコメント
個人的には、第1部より第2部の設定の方が好きなので、
尚更続きが気になります。
一人のファンとして、続きを楽しみにしています。
どうか、頑張って下さい!
Thank you for your comments
ありがとうございます。
I look forward to your update:)
がん ばってください!
I look forward to your update:)
がん ばってください!