新海誠監督のアニメーション「秒速5センチメートル」の二次創作についてのサイトです。

週末をまたいだ月曜日。田村は島田社長を連れだってA社の社長室にいた。手元にはマイクロレコーダー。

金曜日の会話をA社社長に聞かせたところだ。同席していたのは副社長と総務部長、常務だが、常務は伊勢島の実兄だった。苦い顔をしている。


「これは先週の一例です。それ以外に御社広報部長に同様の誘惑を受け、もてあそばれた弊社専属モデルが確認できただけで5人、そのうち3人の供述書はこちらに。

手元の書類を社長のデスクの上に並べる。

「これは明確な触法行為です。このような人を仕事の窓口に置いておくというのであれば、御社との関係を見直さざるをえません」

朗々と田村が告発していく。隣にいる島田社長は何も言わないが、まなざしは厳しい。

「この録音だけでは、よくわからないと思うのだが……」と言ったのは社長ではなく常務だった。

「そう思われるのであれば、被害届を出し、警察の捜査におまかせするという選択肢もありますわね。むろん、新聞沙汰になるでしょう。それにセクハラ事件というのは格好の週刊誌のネタになりますよ? イメージを大切にしている御社のことを思って、内々に、対処をしていただけるよう、こうして事前に伺ったのですが」

常務が黙り込む。ときたま「あの能無しが」とぶつぶつ言っている。

「島田社長、この件は御社の総意ととらえてよろしいですか」

「むろんです」
島田社長は決然と言いきった。
島田社長は創業家の4代目でまだ40代の若い女性社長なのだが、社員の若い感性を信じた新雑誌やリニューアルと、ベテランの蓄積されたスキルを活用した新書シリーズを創設して著しい業績を上げていた社長だった。最近はカリスマ性も帯びてきている。

田村は土日の間に編集長と副編集長、編集関係を統括する編集統括と広告部長、さらに常務、専務、島田社長を一同集めて事情説明と証拠の提示を行っていたのだ。

一番の得意先であるA社への「制裁」について広告部長が難色を示したが、「そんな人にうちのモデルたちが汚されるなんて許せません。田村さん、私も乗り込みましょう」と島田社長のお墨付きをもらった。

「御社が何の対処もしないというのであれば、次号から御社の製品は一切取り扱いません。理由は「社告」として誌面に提示します。同時に警察への提訴も公開します。これは、弊社の総意であり、私の意思です」
島田がトドメをさした。

深くためいきをついたA社社長は、「広報部長を呼べ」と命じた。

社長、副社長に実兄である常務、総務部長が居並ぶ中に呼ばれた伊勢島は、なんのことかまるで見当かつかなかったが、片隅に田村と島田社長がいたことでアタリがついた。


あの小娘め!!

一瞬、激昂したが、相手は社長まで出てきている。弱い者には尊大だが、自分より立場が上の者には、伊勢島は弱かった。


「きみが、Vivoさんのモデルにセクハラ行為をしているというクレームがあった。事実かね?」A社社長が聞く。

「そ、そんな。それは考えの相違だと」
しどろもどろになりつつもとりあえず抗弁する伊勢島弟。

「これでもかね」

マイクロレコーダーが再生される。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「明里ちゃん、僕もきみの将来をぜひバックアップしたい。そのためには僕たちはもう少しわかり合う必要があると思うんだけど」

「どういうことですか?」

「あ、この続きはたとえば、客室でゆっくりしながらというのはどうだろう」

「お部屋に?……どういうことですか?」

「きみも子供じゃないんだろう? 私が言っている意味がわかると思うのだが」

「客室にご一緒するということは、お泊りするということだと思うんですけど」

「まあ、君がそう思うのであれば」

「それはできません」

「私には婚約者がいますから。そんなことはできません」

「その彼はきみの将来を保障してくれるのかな。文系女子にとっては、かなり厳しいご時世だ。私のような立場の者と知り合いという幸運で、将来を自分の力で切り開く、その一歩とも言えると思うのだけど」

「そういうことで切り開いた未来なんていりません」

「モデル、いや、きみくらいの器量があればタレントの道も考えられる。そういう未来はいらないのかね?」

「別に。私は平凡でかまいません。好きな人の奥さんになれればそれでいいです」

「ふむ……。そういうことであれば、さしあたって、我が社の商品を着てのモデル活動はなかなか難しくなると思うが」

「伊勢島さん、セクシャル・ハラスメントってご存知ですか?」

「あ?……う……」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

バチンと再生が途切れた。

A社社長が重々しく宣告する。
「私が聞いても、これは露骨なセクハラ行為に思える。Vivoさんは司直の手に委ねてもよいとの方針だ。きみの行為は我が社のポリシーに明確に反する。懲戒ものだ」

そう言われて伊勢島が縮こまる。まさか、録音されていたとは……。

「ああ、ちなみにですけど、あの場には私を含めて4人いました。会話はマイクを通じてリアルタイムで聞いていました。あなたはまるで気づいていないようですが。さらに、これ」

田村が続く。


A社社長の手元に紙焼き写真を並べる。それは、明里の携帯に送られた伊勢島からの誘いのメールだった。脅迫に近い文面も写っている。それを覗き込んだ伊勢島が叫んだ。

「こ、こんなものいくらでも偽造できます!」

「偽造だとおっしゃるなら、それこそ警察に捜査していただきましょう。携帯電話会社のサーバには誰から誰へ送ったメールかどうか記録が残っています。どちらが正しいかはっきりとわかるでしょうから」

そう言われると伊勢島はがっくりと膝を落とした。


「私はどうすればいいのですか?」

情けない声を出す中年男に、A社社長が言う。

「伊勢島圭吾くん。追って懲戒処分を言い渡す。身辺の整理をしておきたまえ」

そういわれてももはや誰も何も言わなかった。

(つづく)

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