新海誠監督のアニメーション「秒速5センチメートル」の二次創作についてのサイトです。

貴樹がマンツーマンで特訓したせいか、理子のプログラミング技術は驚くほど進化した。
「やっぱ、もともと頭のいい人だから、コツをつかむと呑み込みが速いよね」と貴樹がいうと、理子がガラにもなく照れている。

ただ、それでも手に負えないものに関しては随時、貴樹が助言するという形で、貴樹、明里、理子の3人の関係は続いていた。

そして3年生になった。

大学生生活も半ばを過ぎて、そろそろ就職のことについて気になってくるころだ。

世の中は不景気で就職活動は氷河期と言われていた。

「理系はまだなんとかなりそうだけど……」と理子が言うと、続けて明里がため息がちに「文系はねえ……」と続ける。
「でも、明里は教職も取ってるし、公務員って選択肢もあるでしょ?」
「まあ、そうだけど……やりたいなあって思いはじめた仕事があって……」

「ん、どんな仕事」貴樹が身を乗り出してきた。

もはや恒例となりつつある月に2,3度の自宅飲み会だ。

「言うと笑われそうだから言わない」

「なになに? ちゃんと聞いておかないと。将来設計にかかわるから」と貴樹が真顔で言ってくるから、思わず言ってしまった。

「ん……雑誌の編集者」

貴樹と理子は思わず目を合わせた。

「自分がバイトしてるところの?」

「そうでなくてもいいけど、まあ、今の編集部は気心も知れてるし、社内の様子もいいし……」

「そのままモデルを続けるっていうのは?」理子が聞く。

「モデルのプロになるっていうのであれば、ちょっとないかなあ。私はそこまで自分に自信がないよ……。それに大学まで出してくれた親に対しても、やっぱりちゃんとした会社に入って安定した立場になりたいっていうのはあるし……」

貴樹が聞く。
「出版社ってマスコミ関係だよね。競争率が激しいって聞くけど……」

「そうなの。毎年若干名しか採用しないから、かなり厳しい」

「モデルで働いてるコネなんて効かないの?」

「コネで入ったら、入社したあといろいろ面倒になるかもしれないかなあ。ただ、編集のバイト上がりで入った人は何人かいるみたい……そうか、その手があった」

「モデル辞めて、編集のバイトになるってこと?」

「うん。手が足りてないのは知ってる。ただ、拘束時間はこれまでより増えちゃうし、お給料は下がるかなあ……」

「そうか……」

そんな明里の不安につけ込むような事件が待ちうけていた。

ファッション雑誌に登場する服は基本的にアパレルメーカーの無償委譲になっている。その見返りに出版社は誌面展開し、また広告をうつことで収支均衡を保っているのだ。

『Vivo』に最もたくさんの服を提供していた最大の得意先ともいうべきアパレルメーカーである、A社の、取締役広報部長・伊勢島が主催した懇親会で、明里はすっかり伊勢島に気に入られてしまった。

普段、自分が身にまとっている服の広報部長なのだからと、気軽に名刺交換(そう、明里はモデルとしての名刺は持っていた)したのだけど、そこから食事にしきりに誘うメールが入るようになっていたのだ。電話番号は編集部あてにしていたが、メールアドレスを自分あてにしていたのがまずかった。

一瞬、面倒になってモデルをやめてしまおうかとも考えたが、出版社とのつながりは就職を考えるうえでつないでいたい。
貴樹に相談して余計な心配をさせたくなかったので、田村に相談することにした。

田村はデスクに昇格していた。デスクは編集長、副編集長に次ぐ序列3位で、実務の実質的な統括者だ。

「伊勢島ね……あの人は危険だから、無視してなさい」

小会議室で相談していたら、即答された。

「どういうことですか?」

「明里ちゃんもうちの雑誌でもう3年めだから、思い当たるふしがあると思うけど、人気があるのにふっといなくなったモデルっているじゃない?」

「あ、ああ……」

明里の中に、駆けだしのころいろいろお世話になった先輩方が数人頭に浮かんだ。

「みんな伊勢島の毒牙にかかったのよ」

「え!」

「あの人ね、うちの最大の取引先だっていうのにカコつけて、たまに気にいったモデルに手を出す癖があるの。芸能界に世話してやるだとか、甘い言葉で引きつけて、やることやって飽きたらポイ捨て。私もいい加減ムカついてるんだけどさ、これまでは権限がなかったし、前のデスクがなあなあで知らぬふりしてたし、広告は最大の取引先だからって聞く耳もたすででどうしようもなくて」

「そんなことが……あるんですね、やっぱり」

清浄な世界があるはずもないとは思っていたが、世評に聞く「ザ・芸能界」的ないやらしい行為が身近にあると知って、嫌悪感が先に立った。

「だから無視が一番よ」と田村は言った。

だが、半月経っても返事をしないのに業を煮やしたのか、「返事もしない失礼な者に、モデルをやってもらうつもりはない」とか「うちが圧力をかければお前なんてすぐにクビだ」と脅迫めいたメールが送られてきたので、さすがに田村にそれを示して、対策を話し合うことになった。

(つづく)

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