新海誠監督のアニメーション「秒速5センチメートル」の二次創作についてのサイトです。

沈んだその場を切り裂くように鋭く大きな声が響いた。

「そういえば、初めて俺たちのことをからかう相合傘を書いたのは誰だ?」

急に強い口調で貴樹が聞いて、会場に緊張感が急に高まった。

「忘れもしない、小学校5年の5月だ。俺がいないタイミングを見計らって、明里をからかうために書いた奴がいただろう」

「貴樹くん……もう、いいじゃない、そんな昔のこと」
明里がいさめるけれど。

「いいや、ケジメはつけさせてもらう」
貴樹がこれまでになく強い意志を出した。これは珍しいことだった。
その勢いに押されたのか、よわよわしく一本の手が上がった。

「あ……すまん……おれ……」

大きな体を縮こませて、恐縮しているが、そんな殊勝な態度にも関わらず貴樹は立ちあがった。思わず、取り囲んでいた級友たちが一歩二歩後ずさる。

「稲垣かっ、お前には」

語気を強めて貴樹がいう。


「感謝しないとな」

「え」

後ずさっていた級友たちがドタっとこけた。

「俺はあのとき、心底怒ってた。書かれてた内容じゃなくて、俺がいないときを狙って、明里を傷つけようとした奴がいるってことに」

立ったまま、貴樹が話している。それはまるで、あの日、黒板の前で、みんなの前で言いたかったことを今言っているようだった。


「す、すまん……」
体の大きな稲垣だが、貴樹の勢いに気おされている。

「それで、黒板の落書きを消して、明里の手を取って教室から連れ出した」

「ああ、あのときのこと、覚えてる」と女の子たちの声が聞こえる。
目の前で、クラスメートの男の子が、同じクラスメートの女の子の手を取って、二人で駆けだしたのなら、それはそのクラスにとって「事件」だ。
日常の中で起こる、素敵な非日常。誰だって覚えている。
それを貴樹と明里を起こしていたのだ。

「そのときに気づいたんだ。俺はこのコが好きなんだって。明里を守らなきゃいけないんだって」

「え、貴樹くんも?」
明里が見上げた。

「え?」

「私もあのとき思ったの。この、つながれた手のままについていけば、私は大丈夫なんだって。貴樹くんと一緒にいれば私は幸せになれるんだって。そのとき初めて思った……私はこの人が好きなんだって」

「あー、つまり」

貴樹が言った。

「稲垣、ありがとう」

「なんだよ、またノロケかよ……」

稲垣がうなだれた。



二次会はカラオケに流れた。
歌が苦手な貴樹は帰ろうとしたが、酔っぱらった明里が「私のボディーガードするんじゃないの?」とからんできて、しぶしぶ行くことになった。

「まったく、明里がからみ酒だとは思わなかったよ……」と一人愚痴る貴樹。

貴樹はあまり愚痴ることはないのだが、この夜は旧友たちと会ったせいか、感情の振れ幅が大きくなっている気がするのだ。

少し歩いた先にあったカラオケビルのパーティールームに二次会に来た20人が陣取る。このくらいいたら歌わなくても気づかれることはないだろう。
そう思って貴樹はちびちびとジンフィズを舐めながら様子をうかがっていた。

極端な音痴の貴樹は人前で歌ったことがない。明里を除いて。

明里は小学校の頃、合唱部だったこともあってすばらしい歌声だった。昔の曲から最近の曲までまんべんなくうまく歌っている。

そして90分が過ぎた。

明里が歌うようだ。

「この歌は、もともとお母さんが好きな歌で……。5年ぶりに貴樹君と再会したときの気持ちにぴったりで、種子島の、満天の星空の下で、貴樹君の前で歌いました」

「きゃーすてきー」という嬌声が飛ぶ。

「ミスコンのときにも歌った曲です。You're my only shinin' starです」

あいかわらず、明里の歌声は素晴らしかった。

みんなには言わなかったけれど、モデルの仕事で飲み会に連れて行かれたときに歌わされて、その歌声に『明里ちゃん、歌手として仕事してみたら』と言われたことさえある。でも、明里は『これ以上、バイトというか、仕事に時間は割けません。勉強と彼氏のほうが大切です』と言い切ったそうだ。

そういう一途なところが逆に信頼感を生んで、モデルのバイトもコンスタントに続けていけてる。

盛り上がるような拍手が起きて、見上げると明里がお辞儀をしていた。

「そういえばさ、遠野、おまえ歌ってないじゃん」

いーなーがーきー。余計なことを。


「いや、俺はいいからさ」なんでもないよ、といったふうを装ってスルーしようとしたが。

「お前、彼女が自分のために歌ってくれたんだから、お前も返してやれよ。返歌だよ。日本の文化だよ」

酔っぱらいが意味不明なことを言っている。返歌って短歌だろ。

「貴樹くんは、その、歌があまり得意じゃないから、別にいいよ。そりゃ、歌ってくれればうれしいけど」

戻ってきた明里がトドメに言ったもんだから。

稲垣が言った。

「遠野ー、いいかよく聞け。俺に感謝してるんなら歌え。そして恥をかいてくれ。お前は頭もいいし顔もいいし、こんな美人とつきあっていて非の打ちどころのない男だけど、唯一の弱みを俺達にさらけ出して、俺達を安心させてくれ」とわけのわからぬ理屈で言ってくる。

「明里は、遠野君のうたって聞いたことのあるの?」
水谷が尋ねた。

「ん……小5のときに一度だけ」

「えー、それだけ?」とどよめく一同。
包囲網がせばまってきて進退きわまってしまった。

「わかったよ、歌えばいいんだろ」
酔いもあり、ヤケになった貴樹が言い放った。

(つづく)

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