新海誠監督のアニメーション「秒速5センチメートル」の二次創作についてのサイトです。

あれから、理紗の様子は変わらない。
倒れてしまったところを見られた貴樹はバツが悪かった。
理由があるとはいえ、女性の前で倒れてしまったのだから。

しかし、そのこととは別に仕事の進捗は進み、貴樹はそのままのペースでなんとか、理紗の会社からの新案件を仕上げることに成功した。4か月かかったが、枝葉の部分は同僚に頼んだものの、メインフレームになる部分はほぼ独力で組み上げた傑作だと我ながら思った。

こんなに心身ともにメタメタになりながらも、そんなことを誇らしく思う自分は本当に根っからのエンジニアなのだなと思う。

それにしても。

例の泥沼プロジェクトは相変わらずだ。課されたノルマはきっちりやっていたが、ただ不毛なだけだった。こんなことを自分の時間を使ってやるべきではない。



10月第1週に事業部長に面会を求めた。
新案件は事業部長から直接くだされたのだから、無事納品が終わったことの報告だった。その件については事業部長も満足げに応じた。

「それから、例の件ですが」
険しい表情で貴樹は話を続ける。

例の「泥沼プロジェクト」から自分を外してほしい。そうでなければ、チームリーダーを更迭してほしい。両方だめなら、辞職します。

そう伝えた。そして、貴樹はその場で辞表を出した。
明里には相談していない。
しかし、この辞表はブラフだ。
辞める気はなかった。

「ちょっと待ってくれないか」

「待ちません」

即答した。

「私がこの話をしたのは4か月前です。しかし、何の反応も対応もされませんでしたよね。しかも、新しい案件まで。このままだと私の精神と肉体が損なわれます。新しい案件は完了しました。もう、これ以上、会社の優柔不断につきあう必要はないと思います。3日以内に対応していただけない場合は、常務にお話しします」

それだけ告げて貴樹はデスクに戻った。


-
六本木のスタジオ。この日は加賀が久しぶりに『Vivo』での撮影をするということで田村も来ていた。担当はもちろん明里だ。田村は駆け出しのころ、よく加賀と組んで仕事をしていたという。

「ちょっと変わったところもあるけれど、硬派な人よ。もちろん腕もいい。ギャラも高いけどね」

「聞こえたぞ」

不意に太い声が聞こえた。

「加賀ちゃん、久しぶり」

声が聞こえた入口にくるりと振り向いて、田村が焦りもせずに返事をした。

この人が加賀カメラマン?

身長180センチくらいか。やや細身で細面。あごひげがある。髪は長めで黒いハットをかぶっている。
黒のTシャツにブラックジーンズ。総じて黒ずくめだ。
只者ではないような雰囲気を漂わせていた。
しかし、驚きはそのあとだった。

「篠原!」

「あ、青葉くん?」

参宮橋の小学校で同級生だった青葉が、加賀の背後から現れた。

「どうして?」

「なんだ、青葉。このお嬢さんと知り合いか?」

加賀が振り向いて問うた。

「同級生だったんです、小学校の」

青葉は写真専門学校を卒業したあと、加賀写真事務所にアシスタントとして就職していたのだ。業界歴は4年ということになる。

「ほう、きみが編集の篠原さん?」

全身をくまなくスキャンするような視線で加賀が明里を凝視した。

しばらくのあと、意外そうな声で加賀が言う。

「ふうむ。伊勢島のおっさんを島流しにし、諌山の野郎をボコボコにしたようには見えないな」

やがてぼそりと加賀が言う。伊勢島の件は、未だ業界に半ば伝説として流布していた。

「ボコボコにはしてません。開けた扉が顔に当たったのと、正当防衛で一発張っただけです」

「ドアを開けるとき、わざと勢いよく開けた、だろ?」

「むろんです」

思わず言ってしまい、ハッと口を押さえた明里を見て、「気に入った」と加賀が言い、「さあ、仕事だ」と青葉に振り向きながらいうと、青葉は加速装置がかかったように動き始めた。

そんな話をしていると、がやがやと話声が聞こえてきた。

「おはようございます」

マスコミ業界や音楽業界は、たとえ夜中であろうとも仕事始まりの挨拶は「おはようございます」なのだ。

今日のモデルが到着。次号のメイン企画で、『Vivo』の専属モデルで今一番人気の博美を起用していた。

「喜多博美ちゃんか。Vivoのモデルは質が上がったな。世界で一番キレイに撮ってやるから安心しろ」

がさつにそう言いながら、加賀が撮影を始めた。



「それにしても驚いたよ」

撤収しながら青葉が明里に話しかけた。

「私も。キャリアではずいぶん先輩だから、いろいろ教えてよ」

「いつでも。まあ、あまり時間取れないけど、メルアド教えてよ」

「青葉、担当編集をナンパするとは1000年早いぞ」

ギクッとする青葉。

「加賀ちゃん、あまりいじめないでよ。明里の同級生なんだったら、意思疎通はばっちりだし、半年は巻頭、撮ってもらうつもりなんだから、メルアドは必須でしょ」

田村がフォローする。

「半年? せめて諌山が撮ってた期間は撮らせろよ。Vivoの色まで変えてやるから」

加賀が不敵な笑いを浮かべて言った。

(つづく)

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