新海誠監督のアニメーション「秒速5センチメートル」の二次創作についてのサイトです。

貴樹がI社の内定を辞退したことを大学の就職部に報告すると呆れられ、ゼミの教授に報告すると激しく叱責を受けた。

「きみだけではない、今後の後輩たちのことも考えていなかったのかね!」
考えてなかった、とは言えないので貴樹は無言になる。

「理由は?」

「配属先が地方になるからです」
開き直ったように即答したので、教授もつい大声になった。

「そんなことは社会人になったら当たり前のことだ!」

「それではダメなんです!!」

教授の大声に輪をかけて、さらに大きな、怒るような勢いで言ったため、教授が驚く。
極めて温厚な性格で成績も上位の、まず文句のつけようがない教え子だったのに。

「極めてプライベートな理由で、私は東京を離れることができません。これ以上は申し上げられません」

そう言いきられたら何も言えない。ため息を一つついて、教授が問う。

「これからどうするのかね」

「もう一度、就職活動を始めます。ご迷惑をおかけしました」

最後は殊勝に頭を下げて退室しようとした。そのとき、教授が、そういえばと「情報システムのサムドシステムズが、二次募集をかけている。きみのプログラミング技術はSランクだったな。サムドは三鷹だし、業界中堅だが伸び代も大きい優良企業だ。当たってみたらどうかね?」

思わぬ提案を受けた貴樹が「感謝します」と頭を下げて早々に立ち去った。


-
7月初旬。

貴樹はサムドシステムズの内定をもらった。
あっけないくらいだった。
出身校のステータスと履修科目、その成績。そして、ゼミの教授の名前がモノを言ったらしい。念のために確認したが、勤務地は三鷹だ。

明里に報告に行く。

「おめでとう。どういう会社なの?」

「携帯電話や最近出てきたIT家電とかの制御プログラムに強い会社だね。通信衛星のプログラムもやってるって」

「じゃあ、貴樹くんの希望も少しはかなってるね」

「ん……。でも、世間的には無名だし。明里のお父さんはどう思うかな……」

「貴樹くん、あなたは私のお父さんと結婚するの? 違うでしょ。そんなことは気にしなくていいの。それよりも来週、うちに挨拶に行くんでしょ?」

「ん。一応、就職が決まったってことの報告をしないと……」



-
年に一度は挨拶に来ていたのだが、夏場に明里の実家を訪れたのは初めてだった。

「おお、遠野くん、久しぶりだな」
明里の父親は歓待してくれた。

「ご無沙汰しております」

「就職先が決まったと聞いたが」

「お父さん、貴樹くんはI社に決まってたの……でも、地方に転勤になるからって辞退して……」
明里がクッション役を買ってでて、前振りをしている。

「I社を蹴った? ……それはいい選択なのかな」
表情が暗くなる。I社といえば日本を代表する大企業だ。

ここで嘘や偽りを言っても仕方がないから、素直に気持ちを吐露した。

「私は、明里さんともう二度と離れたくないんです。それに、会社の知名度や規模ではなく、入社して何をやるか、が重要だと思って決めました」

そう言われて、いったいどこに就職を決めたのかと明里の父は興味をそそられた。

「ほう、それでどこに?」

「サムドシステムズという情報処理系の会社です」

そういうと、明里の父はビビッドな反応をした。

「おー、サムドか。あそこにはうちも世話になっているんだよ」

明里の父は家電メーカーに勤めている。IT家電のプログラミングでは業界で1,2位を争うサムドは、世間的には無名だが、明里の父はよく知っている企業だったのだ。

「あそこは伸びるぞ。そうか、サムドか。それならいい。明里、お前にはピンとこないかもしれないが、彼はなかなかいい選択をしたみたいだぞ」

明里が思うに、貴樹のことを父がほめたのはこのときが初めてだと思った。


「今日は、一杯やろう。泊まっていきなさい。明里も出版社に決まったし、とにかくよかったよかった」

人生にはいくつかのハードルがあり、いや、実は数日おきのハードルがあり、こまめに飛び越えることで人は進んで行っている。

そして数年に一度の大きな塀を飛び越えることで次のステージに進める。

明里と貴樹は無事、大きなハードルを飛び越えることが出来たようだった。


(つづく)

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