最終更新: centaurus20041122 2014年04月29日(火) 00:51:52履歴
貴樹がI社の内定を辞退したことを大学の就職部に報告すると呆れられ、ゼミの教授に報告すると激しく叱責を受けた。
「きみだけではない、今後の後輩たちのことも考えていなかったのかね!」
考えてなかった、とは言えないので貴樹は無言になる。
「理由は?」
「配属先が地方になるからです」
開き直ったように即答したので、教授もつい大声になった。
「そんなことは社会人になったら当たり前のことだ!」
「それではダメなんです!!」
教授の大声に輪をかけて、さらに大きな、怒るような勢いで言ったため、教授が驚く。
極めて温厚な性格で成績も上位の、まず文句のつけようがない教え子だったのに。
「極めてプライベートな理由で、私は東京を離れることができません。これ以上は申し上げられません」
そう言いきられたら何も言えない。ため息を一つついて、教授が問う。
「これからどうするのかね」
「もう一度、就職活動を始めます。ご迷惑をおかけしました」
最後は殊勝に頭を下げて退室しようとした。そのとき、教授が、そういえばと「情報システムのサムドシステムズが、二次募集をかけている。きみのプログラミング技術はSランクだったな。サムドは三鷹だし、業界中堅だが伸び代も大きい優良企業だ。当たってみたらどうかね?」
思わぬ提案を受けた貴樹が「感謝します」と頭を下げて早々に立ち去った。
-
7月初旬。
貴樹はサムドシステムズの内定をもらった。
あっけないくらいだった。
出身校のステータスと履修科目、その成績。そして、ゼミの教授の名前がモノを言ったらしい。念のために確認したが、勤務地は三鷹だ。
明里に報告に行く。
「おめでとう。どういう会社なの?」
「携帯電話や最近出てきたIT家電とかの制御プログラムに強い会社だね。通信衛星のプログラムもやってるって」
「じゃあ、貴樹くんの希望も少しはかなってるね」
「ん……。でも、世間的には無名だし。明里のお父さんはどう思うかな……」
「貴樹くん、あなたは私のお父さんと結婚するの? 違うでしょ。そんなことは気にしなくていいの。それよりも来週、うちに挨拶に行くんでしょ?」
「ん。一応、就職が決まったってことの報告をしないと……」
-
年に一度は挨拶に来ていたのだが、夏場に明里の実家を訪れたのは初めてだった。
「おお、遠野くん、久しぶりだな」
明里の父親は歓待してくれた。
「ご無沙汰しております」
「就職先が決まったと聞いたが」
「お父さん、貴樹くんはI社に決まってたの……でも、地方に転勤になるからって辞退して……」
明里がクッション役を買ってでて、前振りをしている。
「I社を蹴った? ……それはいい選択なのかな」
表情が暗くなる。I社といえば日本を代表する大企業だ。
ここで嘘や偽りを言っても仕方がないから、素直に気持ちを吐露した。
「私は、明里さんともう二度と離れたくないんです。それに、会社の知名度や規模ではなく、入社して何をやるか、が重要だと思って決めました」
そう言われて、いったいどこに就職を決めたのかと明里の父は興味をそそられた。
「ほう、それでどこに?」
「サムドシステムズという情報処理系の会社です」
そういうと、明里の父はビビッドな反応をした。
「おー、サムドか。あそこにはうちも世話になっているんだよ」
明里の父は家電メーカーに勤めている。IT家電のプログラミングでは業界で1,2位を争うサムドは、世間的には無名だが、明里の父はよく知っている企業だったのだ。
「あそこは伸びるぞ。そうか、サムドか。それならいい。明里、お前にはピンとこないかもしれないが、彼はなかなかいい選択をしたみたいだぞ」
明里が思うに、貴樹のことを父がほめたのはこのときが初めてだと思った。
「今日は、一杯やろう。泊まっていきなさい。明里も出版社に決まったし、とにかくよかったよかった」
人生にはいくつかのハードルがあり、いや、実は数日おきのハードルがあり、こまめに飛び越えることで人は進んで行っている。
そして数年に一度の大きな塀を飛び越えることで次のステージに進める。
明里と貴樹は無事、大きなハードルを飛び越えることが出来たようだった。
(つづく)
「きみだけではない、今後の後輩たちのことも考えていなかったのかね!」
考えてなかった、とは言えないので貴樹は無言になる。
「理由は?」
「配属先が地方になるからです」
開き直ったように即答したので、教授もつい大声になった。
「そんなことは社会人になったら当たり前のことだ!」
「それではダメなんです!!」
教授の大声に輪をかけて、さらに大きな、怒るような勢いで言ったため、教授が驚く。
極めて温厚な性格で成績も上位の、まず文句のつけようがない教え子だったのに。
「極めてプライベートな理由で、私は東京を離れることができません。これ以上は申し上げられません」
そう言いきられたら何も言えない。ため息を一つついて、教授が問う。
「これからどうするのかね」
「もう一度、就職活動を始めます。ご迷惑をおかけしました」
最後は殊勝に頭を下げて退室しようとした。そのとき、教授が、そういえばと「情報システムのサムドシステムズが、二次募集をかけている。きみのプログラミング技術はSランクだったな。サムドは三鷹だし、業界中堅だが伸び代も大きい優良企業だ。当たってみたらどうかね?」
思わぬ提案を受けた貴樹が「感謝します」と頭を下げて早々に立ち去った。
-
7月初旬。
貴樹はサムドシステムズの内定をもらった。
あっけないくらいだった。
出身校のステータスと履修科目、その成績。そして、ゼミの教授の名前がモノを言ったらしい。念のために確認したが、勤務地は三鷹だ。
明里に報告に行く。
「おめでとう。どういう会社なの?」
「携帯電話や最近出てきたIT家電とかの制御プログラムに強い会社だね。通信衛星のプログラムもやってるって」
「じゃあ、貴樹くんの希望も少しはかなってるね」
「ん……。でも、世間的には無名だし。明里のお父さんはどう思うかな……」
「貴樹くん、あなたは私のお父さんと結婚するの? 違うでしょ。そんなことは気にしなくていいの。それよりも来週、うちに挨拶に行くんでしょ?」
「ん。一応、就職が決まったってことの報告をしないと……」
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年に一度は挨拶に来ていたのだが、夏場に明里の実家を訪れたのは初めてだった。
「おお、遠野くん、久しぶりだな」
明里の父親は歓待してくれた。
「ご無沙汰しております」
「就職先が決まったと聞いたが」
「お父さん、貴樹くんはI社に決まってたの……でも、地方に転勤になるからって辞退して……」
明里がクッション役を買ってでて、前振りをしている。
「I社を蹴った? ……それはいい選択なのかな」
表情が暗くなる。I社といえば日本を代表する大企業だ。
ここで嘘や偽りを言っても仕方がないから、素直に気持ちを吐露した。
「私は、明里さんともう二度と離れたくないんです。それに、会社の知名度や規模ではなく、入社して何をやるか、が重要だと思って決めました」
そう言われて、いったいどこに就職を決めたのかと明里の父は興味をそそられた。
「ほう、それでどこに?」
「サムドシステムズという情報処理系の会社です」
そういうと、明里の父はビビッドな反応をした。
「おー、サムドか。あそこにはうちも世話になっているんだよ」
明里の父は家電メーカーに勤めている。IT家電のプログラミングでは業界で1,2位を争うサムドは、世間的には無名だが、明里の父はよく知っている企業だったのだ。
「あそこは伸びるぞ。そうか、サムドか。それならいい。明里、お前にはピンとこないかもしれないが、彼はなかなかいい選択をしたみたいだぞ」
明里が思うに、貴樹のことを父がほめたのはこのときが初めてだと思った。
「今日は、一杯やろう。泊まっていきなさい。明里も出版社に決まったし、とにかくよかったよかった」
人生にはいくつかのハードルがあり、いや、実は数日おきのハードルがあり、こまめに飛び越えることで人は進んで行っている。
そして数年に一度の大きな塀を飛び越えることで次のステージに進める。
明里と貴樹は無事、大きなハードルを飛び越えることが出来たようだった。
(つづく)
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