最終更新: centaurus20041122 2014年03月24日(月) 15:57:34履歴
夢を見た。
気持ちのいい風の吹く丘の上に座って、夜明けを眺めている。
傍らには誰かが、男の子が立っている。
でも、地平線上に昇った、まばゆい太陽光線で、彼の顔は明るく彩られてよく見えなくなり……私は覚醒している。
そんな、夢。
しばらく抽斗の奥に押し込んでいた、便箋を取り出した。
「遠野貴樹さま」
一行目にそう書いて、そこでペンが止まってしまった。
なんて書けばいいんだろう。
1年間、放置してしまったお詫びは書くべきだろう。
でも、どうしてそんなことをしてしまったのか。
貴樹くんの近況は知りたい。でも、怖い。
いろいろな想像、あるいは妄想とでもいうべきものが積乱雲のようにもくもく湧き出してきて、私は頭をかかえる。
私たちがいつも一緒にいることが当たり前だったころのこと。
何故か思い出すのはいつも春の風景だった。
凍てついてた風が温度を持ち始めて、やさしくほおをなでて。
町じゅうピンク色に染まるあの季節を、私たちは無邪気に駆け抜けていた。
「秒速5センチなんだって」
「え? なに?」
「桜の花びらが落ちるスピード。秒速5センチメートル」
得意気に貴樹くんに教えたっけ。
そんな他愛のないおしゃべりから、もう6年も過ぎてしまった。
種子島へは引率の先生と生徒5人で行くことになっていた。
天文地学部は地味な、ただ地味なだけの部活で毎年1〜2人しか入部者がいないという。
普段は流星群や月食、星食の観測。惑星観測。それから気温や天候の記録をしているとのことだ。
今年は部長の理子が3年生で一人、副部長の2年の男子が一人、そして1年の男子が二人、そこに私が加わることになっていた。
引率の先生は今年教師になったばかりの若い女の人だ。
新人教師はあまり負担のない部活の担当から始めるから、天文地学部担当になったんだろうけど、今年に限っては大きな行事が当たってしまったようだ。
3泊4日。
日食前日の昼過ぎに到着。いったんホテルにチェックインしたあと、機材を抱えて中種子高校へ行く。午後3時からグラウンドで歓迎式典。
日食当日は午前9時から準備して11時8分から始まる日食に備える。
反射式天体望遠鏡2つには電動式赤道儀をつける。一台はビデオカメラでの撮影、もう1台は紙に投影しての観測。そのほかに皆既日食中の風景の変化を記録する意味で、デジタルカメラやビデオでの撮影も。
撮影計画自体は2年生部員の浅倉くんがすべて取り仕切っていた。
この人はいわゆる「カメラマニア」なんだけど、天体写真専門なんだそうだ。
「人物撮るんなら写真部に、電車撮りたかったら、鉄道文化研究会に入りますよ。俺は星を撮りたいからここに入りました」なんて言ってたっけ。
すごいなあ、年下なのに自分のやりたいことが明確にあって。
私はいったい、なにをやりたいんだろう。
私は「荷物運び」名目だったけど、実際は1年生の男子二人がやってくれたので、「記録係」になった。
種子島へ行くことが公表されたとき、天文地学部には入部希望者が殺到したという。でも、理子が「タダで日食観測目当てのヤツはいらない」と全員断ったそうだ。引率教師を含めて、枠は6人しかいない。
「あと一人、枠が開いてたんじゃないの?」
不思議に思ってきくと、なにをいまさらという表情で理子は答えた。
「最初からあんたの名前、入れてあったのよ」
「もしかして、あのとき……」
「ん?」
「彼のこと、教えたときに思いついた?」
ふふん、といたずらっぽい目になる。
「日食だよ? しかも皆既日食。自分の国で皆既日食が見られるなんて一生に一度あるかないか、なの。種子島で見られることはかなり前から……それこそ、小学生の頃から知ってたから、行きたいって考えはずっと持ってた。うまくいけばロケットの打ち上げまで見られるかもしれないしね。いろいろ面倒だから一人で行こうか、なんて思ってたけど、あんたの話を聞いて、ついでにいろいろ仕込んだわけ」
「ありがとう……」
「連絡、取ったの?」
「……」
無言で首を振る。
「……まったく。いいわ、向こうに行って直接探す」
「いいよ、もう……」
もし会えても、なにを言えばいいんだろう。
「なに言ってんの、私が会いたいの。あんたがぼーっとしてるから」
「……」
「3年生の普通科は全員で100人もいない。男子はその半分。すぐに見つけ出せる」
貴樹くんに連絡をしないまま、種子島行きまで、あと3日になっていた。
(つづく)
気持ちのいい風の吹く丘の上に座って、夜明けを眺めている。
傍らには誰かが、男の子が立っている。
でも、地平線上に昇った、まばゆい太陽光線で、彼の顔は明るく彩られてよく見えなくなり……私は覚醒している。
そんな、夢。
しばらく抽斗の奥に押し込んでいた、便箋を取り出した。
「遠野貴樹さま」
一行目にそう書いて、そこでペンが止まってしまった。
なんて書けばいいんだろう。
1年間、放置してしまったお詫びは書くべきだろう。
でも、どうしてそんなことをしてしまったのか。
貴樹くんの近況は知りたい。でも、怖い。
いろいろな想像、あるいは妄想とでもいうべきものが積乱雲のようにもくもく湧き出してきて、私は頭をかかえる。
私たちがいつも一緒にいることが当たり前だったころのこと。
何故か思い出すのはいつも春の風景だった。
凍てついてた風が温度を持ち始めて、やさしくほおをなでて。
町じゅうピンク色に染まるあの季節を、私たちは無邪気に駆け抜けていた。
「秒速5センチなんだって」
「え? なに?」
「桜の花びらが落ちるスピード。秒速5センチメートル」
得意気に貴樹くんに教えたっけ。
そんな他愛のないおしゃべりから、もう6年も過ぎてしまった。
種子島へは引率の先生と生徒5人で行くことになっていた。
天文地学部は地味な、ただ地味なだけの部活で毎年1〜2人しか入部者がいないという。
普段は流星群や月食、星食の観測。惑星観測。それから気温や天候の記録をしているとのことだ。
今年は部長の理子が3年生で一人、副部長の2年の男子が一人、そして1年の男子が二人、そこに私が加わることになっていた。
引率の先生は今年教師になったばかりの若い女の人だ。
新人教師はあまり負担のない部活の担当から始めるから、天文地学部担当になったんだろうけど、今年に限っては大きな行事が当たってしまったようだ。
3泊4日。
日食前日の昼過ぎに到着。いったんホテルにチェックインしたあと、機材を抱えて中種子高校へ行く。午後3時からグラウンドで歓迎式典。
日食当日は午前9時から準備して11時8分から始まる日食に備える。
反射式天体望遠鏡2つには電動式赤道儀をつける。一台はビデオカメラでの撮影、もう1台は紙に投影しての観測。そのほかに皆既日食中の風景の変化を記録する意味で、デジタルカメラやビデオでの撮影も。
撮影計画自体は2年生部員の浅倉くんがすべて取り仕切っていた。
この人はいわゆる「カメラマニア」なんだけど、天体写真専門なんだそうだ。
「人物撮るんなら写真部に、電車撮りたかったら、鉄道文化研究会に入りますよ。俺は星を撮りたいからここに入りました」なんて言ってたっけ。
すごいなあ、年下なのに自分のやりたいことが明確にあって。
私はいったい、なにをやりたいんだろう。
私は「荷物運び」名目だったけど、実際は1年生の男子二人がやってくれたので、「記録係」になった。
種子島へ行くことが公表されたとき、天文地学部には入部希望者が殺到したという。でも、理子が「タダで日食観測目当てのヤツはいらない」と全員断ったそうだ。引率教師を含めて、枠は6人しかいない。
「あと一人、枠が開いてたんじゃないの?」
不思議に思ってきくと、なにをいまさらという表情で理子は答えた。
「最初からあんたの名前、入れてあったのよ」
「もしかして、あのとき……」
「ん?」
「彼のこと、教えたときに思いついた?」
ふふん、といたずらっぽい目になる。
「日食だよ? しかも皆既日食。自分の国で皆既日食が見られるなんて一生に一度あるかないか、なの。種子島で見られることはかなり前から……それこそ、小学生の頃から知ってたから、行きたいって考えはずっと持ってた。うまくいけばロケットの打ち上げまで見られるかもしれないしね。いろいろ面倒だから一人で行こうか、なんて思ってたけど、あんたの話を聞いて、ついでにいろいろ仕込んだわけ」
「ありがとう……」
「連絡、取ったの?」
「……」
無言で首を振る。
「……まったく。いいわ、向こうに行って直接探す」
「いいよ、もう……」
もし会えても、なにを言えばいいんだろう。
「なに言ってんの、私が会いたいの。あんたがぼーっとしてるから」
「……」
「3年生の普通科は全員で100人もいない。男子はその半分。すぐに見つけ出せる」
貴樹くんに連絡をしないまま、種子島行きまで、あと3日になっていた。
(つづく)
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