新海誠監督のアニメーション「秒速5センチメートル」の二次創作についてのサイトです。

明里が関西から帰ってきたら週末だった。
電話で田村副編集長には報告していたが、直接説明すべきだと編集部に直行した。
田村は休日なのに出勤して待っていてくれた。

「堤さんが出てくるとはねえ。よほどだったのかな」
田村がため息まじりにいいながら、明里が手渡した堤の名刺を確認している。

「そんなにすごい人なんですか」

「B社で2番めに怖い人」
さらりと田村が答える。じゃあ、一番めは誰だろうと一瞬考えた明里だったが、話を続けた。

「玲子ちゃんが初日の夜に連絡していたみたいなんです。『事務所にも連絡した』とは聞いてたんですけど」

「今回の成果物は?」

「堤さんが諌山さんから没収して、私に」
鞄の中からフィルムやポラ、それからデータの入ったハードディスクを取り出す。

「にしても、諌山さんにはしばらくご遠慮してもらうしかないね」

「出入禁止ですか」
心の中で「当然だ」とは思いながら、明里が聞く。

「堤さんが出てきて、うちがおとがめなし、というわけにはいかないでしょう。それと、そうすると面白いことができるかも」

少し笑いながら田村が言う。

「面白いこと?」

「加賀さんは知ってるわよね?」

「はい、もちろん」

加賀武は売れっ子で、ファッション関係では勇名を轟かせているフォトグラファーだ。ただ、諌山とは犬猿の仲で、諌山を使う雑誌では絶対に撮らないというポリシーがあった。Vivoは諌山をずっと使っていたため、加賀とはこの数年縁遠かった。明里がモデルのころはすでにそうだったから、最低でも、もう6年になる。

「あ……加賀さんを?」

「そういうこと」

田村が週明けに加賀に連絡を取り、事情を説明し、次号から撮らないかとオファーした。

しばし黙考した加賀は承諾した。一つだけ条件をつけて。

「諌山の野郎を張り倒したお嬢さんを担当にしてくれないか? 気が合いそうだ」

低い声で加賀の真似をした田村が明里にそう伝えた。


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貴樹の3重任務は2か月を過ぎ、限界が近づきつつあった。
8月が終わったあともまだ暑さが続く。9月の第2金曜日だった。
貴樹は最近自分がうまく表情を作れていないことに気付いた。

「遠野さん、大丈夫ですか?」

理紗が声をかける。貴樹が朝8時から出勤していることを知った理紗は、自主的に定時よりも1時間早く出勤していた。
様子がおかしいと他人が見てもわかるくらいなのかと貴樹は愕然とする。

「少しあっちで休憩する」

リフレッシュルームには給茶器やコーヒーサーバー、ジュースなどの自販機とシンク、電子レンジなどが備わっており、丸テーブル3つに椅子が配置され、気晴らしの雑談ができるようになっていた。

そのときはまだ誰も出勤していなかった。

朝のコーヒーを飲もうとマイカップを置いて、ボタンを押したときに急にくらりとめまいがした。耐えきれず、横に立っていた理紗に覆いかぶさるような形で貴樹は倒れこんでしまった。

「う……」

頭の中がふわふわする。腕に力が入らない。というか、目を開いているはずなのに真っ暗だ。

貧血というやつか?

目が見えないという恐怖に焦るものの、起き上がれない。床ではなく、なにか柔らかく温かい……人の体のうえに倒れこんでしまっていることが想像できた。
今、社内にいるのは……理紗の上に倒れこんでいる?

横になったために頭に血流が戻ってきたのか、ようやく視界に光が戻ってきた。ぼんやりと見えてきたのは、白いブラウスを持ち上げる、女性の胸のふくらみだった。

「!!」

驚いて避けようとするものの、まだ腕に力が入らず余計にそのまま頭が胸に……そう、理紗の豊かなバストに頭を突っ込む形になってしまっていた。平衡感覚が狂い手に力が入らないため、不自然にもがく形となり、いうなれば頭を理紗の胸になすりつけているような感じになってしまっていた。

ふとその温かな体温と柔らかな触感に、体のどこか違う部分に不思議な感覚が生まれていた。癒しというかふんわりと安心するというか……。

「遠野さん……あの」

妙に遠くのほうから理紗の声が聞こえる。

「このままにしておきたいのでしたら……私はかまわないですよ……」

貴樹は驚いた。

「いや、でも、それは」とだけ言い、ようやく体を起こしたはいいが、そのまま仰向けに転がってしまう。様子を見るためだろうか、理紗が覆いかぶさるように見つめている。天井の照明をまるで日食のように理紗がさえぎっていて、逆光のためか表情がうまく読み取れない。

なにか言わなきゃと思っている間に、理紗が近寄ってきて口づけされた。

貴樹には抵抗ができなかった。
そして、急速に意識が遠のいた。

(つづく)

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