最終更新: centaurus20041122 2014年04月16日(水) 23:36:47履歴
理学部に入った貴樹は実験が多く、授業に比較的時間を取られた。
しかし、仕送りがあるとはいえ、ある程度のアルバイトは必要で、最初は学校の構内で済む、生協の弁当売りのアルバイトをしていた。1時間もない拘束時間だったが、割のいい稼ぎにはなった。
そのときに知り合った同じ大学の文学部の女の子と仲が良くなったが、好きだと告白されてそれを断ったことで、微妙な関係となってしまった。
横浜の実家から通っていたその女の子は、十分に魅力的な女性で健康的な笑顔が印象的だ。普通にモテるんじゃないか、と思えるコだったのだけど。
「遠野くんに付き合っている人がいるのはわかってた。だって、あなたはオシャレのためにリングをする人じゃないし」
貴樹の右手の薬指にはシルバーのリングが光っている。明里とのペアリングだ。
「ごめん……。俺にはずっと付き合ってる人がいるんだ」
「ん……いつから?」
「知り合ったのは……小学校の4年」
それを聞くと唖然とした顔になる。
「そんなに長くいて飽きない? あ、その、変な意味じゃなくて」
「6年間は長距離恋愛だったんだ。その間一度しか会えなかった。苦しかった。だから、今はその時代の分まで一緒にいなきゃいけないんだ」
「そっか……。遠野くんに、そんなに愛されてうらやましいな」
その後も表向き、彼女は普通にふるまってくれていた。貴樹は新しいバイトを探す暇もなかったのでそのまま続けていた。拘束時間が短いのが救いといえば救いだ。
明里にはもちろん事実を伝えた。
しかし、明里は表情を変えなかった。
「もう少し心配そうな顔をするかと思ったんだけど」と貴樹がいうと。
「ん……ちょっと、心にちくりとするけど、きっと種子島で会ったとき、私がたくさんの人に告白されてるって話を聞いた時の貴樹くんの心は、こんな気持ちだったのかなあって」
「冷静だね、明里」
「信じてるから」
「ううん、物の見方が客観的だなあって。大人な感じ」
「もしそうだとしたら、きっと長い間に鍛えられたおかげかも」
2年生になって、貴樹は進学塾の講師のクチを見つけたのでそのバイトを辞めた。
明里は大学に合格して上京し、以前もらっていた名刺をつてに出版社へ連絡した。
自分にやれるかどうかわからないけれど、とにかくモデルの仕事について話を聞こうと思ったのだ。
話を聞いてみると、モデルの仕事はいったん撮影に入ると拘束時間がけっこうあることを知った。しかし、読者モデルとは違う、いわば「正規のモデル」なので、ギャランティはかなりある。月刊誌の撮影だと月に二度の仕事で、相当の収入が得られそうだ。
にしても、授業をさぼって仕事をすることは考えていなかった。
「お試し」でそのような仕事をするのにも抵抗があり、やるのならきちんとやりたいと思っていた。
カリキュラムが出て、1年間の見通しが立つと、なんとかやれそうだ。
自分をスカウトしてくれた田村女史はけっこうやり手のようで、スケジュールや撮影現場を仕切っていたから、少々の融通はしてくれた。もちろん、それに甘える明里ではない。そんな点も気に入られたのだろう。
新しくモデルとして登場した明里の評判は上々だった。
雑誌の巻末のほうにモデル紹介の欄があり、そこにプロフィールと毎号の一言が載ることになっていた。
「篠原明里 (しのはら・あかり) 160cm 48kg 学習院大学文学部在学中 栃木県出身
今月からこちらでお仕事をすることになりました。よろしくお願いいたします。
長距離恋愛中でしたが、やっと東京に戻れてうれしいです☆」
初めての「一言原稿」を渡された田村は、「最初からアピールしてるのね」と笑っていた。田村にはどうして高校時代にミスコンに出たのか、事情の説明をしていたのだ。
そんなふうにして二人の大学生時代は順風満帆で過ぎていった。
(つづく)
しかし、仕送りがあるとはいえ、ある程度のアルバイトは必要で、最初は学校の構内で済む、生協の弁当売りのアルバイトをしていた。1時間もない拘束時間だったが、割のいい稼ぎにはなった。
そのときに知り合った同じ大学の文学部の女の子と仲が良くなったが、好きだと告白されてそれを断ったことで、微妙な関係となってしまった。
横浜の実家から通っていたその女の子は、十分に魅力的な女性で健康的な笑顔が印象的だ。普通にモテるんじゃないか、と思えるコだったのだけど。
「遠野くんに付き合っている人がいるのはわかってた。だって、あなたはオシャレのためにリングをする人じゃないし」
貴樹の右手の薬指にはシルバーのリングが光っている。明里とのペアリングだ。
「ごめん……。俺にはずっと付き合ってる人がいるんだ」
「ん……いつから?」
「知り合ったのは……小学校の4年」
それを聞くと唖然とした顔になる。
「そんなに長くいて飽きない? あ、その、変な意味じゃなくて」
「6年間は長距離恋愛だったんだ。その間一度しか会えなかった。苦しかった。だから、今はその時代の分まで一緒にいなきゃいけないんだ」
「そっか……。遠野くんに、そんなに愛されてうらやましいな」
その後も表向き、彼女は普通にふるまってくれていた。貴樹は新しいバイトを探す暇もなかったのでそのまま続けていた。拘束時間が短いのが救いといえば救いだ。
明里にはもちろん事実を伝えた。
しかし、明里は表情を変えなかった。
「もう少し心配そうな顔をするかと思ったんだけど」と貴樹がいうと。
「ん……ちょっと、心にちくりとするけど、きっと種子島で会ったとき、私がたくさんの人に告白されてるって話を聞いた時の貴樹くんの心は、こんな気持ちだったのかなあって」
「冷静だね、明里」
「信じてるから」
「ううん、物の見方が客観的だなあって。大人な感じ」
「もしそうだとしたら、きっと長い間に鍛えられたおかげかも」
2年生になって、貴樹は進学塾の講師のクチを見つけたのでそのバイトを辞めた。
明里は大学に合格して上京し、以前もらっていた名刺をつてに出版社へ連絡した。
自分にやれるかどうかわからないけれど、とにかくモデルの仕事について話を聞こうと思ったのだ。
話を聞いてみると、モデルの仕事はいったん撮影に入ると拘束時間がけっこうあることを知った。しかし、読者モデルとは違う、いわば「正規のモデル」なので、ギャランティはかなりある。月刊誌の撮影だと月に二度の仕事で、相当の収入が得られそうだ。
にしても、授業をさぼって仕事をすることは考えていなかった。
「お試し」でそのような仕事をするのにも抵抗があり、やるのならきちんとやりたいと思っていた。
カリキュラムが出て、1年間の見通しが立つと、なんとかやれそうだ。
自分をスカウトしてくれた田村女史はけっこうやり手のようで、スケジュールや撮影現場を仕切っていたから、少々の融通はしてくれた。もちろん、それに甘える明里ではない。そんな点も気に入られたのだろう。
新しくモデルとして登場した明里の評判は上々だった。
雑誌の巻末のほうにモデル紹介の欄があり、そこにプロフィールと毎号の一言が載ることになっていた。
「篠原明里 (しのはら・あかり) 160cm 48kg 学習院大学文学部在学中 栃木県出身
今月からこちらでお仕事をすることになりました。よろしくお願いいたします。
長距離恋愛中でしたが、やっと東京に戻れてうれしいです☆」
初めての「一言原稿」を渡された田村は、「最初からアピールしてるのね」と笑っていた。田村にはどうして高校時代にミスコンに出たのか、事情の説明をしていたのだ。
そんなふうにして二人の大学生時代は順風満帆で過ぎていった。
(つづく)
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