新海誠監督のアニメーション「秒速5センチメートル」の二次創作についてのサイトです。

原宿のケーキ店で頼んでいたケーキを受け取り、二人はそのまま明里の部屋へ戻る。
12月末にしては穏やかな夜で、歌のようには雨も雪も降らない晴れた日だ。

原宿から目白駅へ。そこからの帰り道。
貴樹が右手にケーキを慎重に持ち、左手で明里と手をつないでいる。

去年、一昨年、その前とそれまでのイブのことを思い起こして、この幸せをしみじみとかみしめている貴樹だ。

明里がこの世に生まれたことこそが、この世の奇跡であり、そして、自分と出会ったことがさらなる奇跡だとしたら、きっと僕たちは幸せになるに違いない。

いや、幸せにならなければ、罰せられるのではないか。

不意におかしさがこみ上げてくる。

なにに罰せられるのだろう。

そもそもこの世界はどうして存在しているのだろうか。
そんな哲学的な問いが頭に浮かんで頭を振る。

少なくともクリスマス・イブに考える事柄ではない。

「どうしたの?」明里が小首をかしげて聞いてくる。
その仕草さえかわいくて、心の底がきゅんとしてしまう。

「いや、人生についてちょっと考えてしまった」

「どういうこと?」

「明里が生まれてきたことの奇跡、俺が生まれてきたことの奇跡、そして俺たちが出会ったことの奇跡」

「貴樹くんにしては詩的な表現」

「イブだから、ね」

「そのフレーズ、私のメモに書いておこう」

「何に使うの?」

「それは秘密」

明里の部屋に戻り、二人用の小さな、かわいらしいクリスマスケーキをテーブルの上に開ける。ティーポットにたっぷりのお湯とダージリン。
ほのかな香りが漂い始める。
空調は空気を柔らかく変え始めて、二人はテーブルに向かいあって座った。

BGMはクリスマスソングのコンピレーションCD。「赤鼻のトナカイ」と「サンタが街にやってくる」を経て「ホワイト・クリスマス」が流れている。

細いキャンドルを2本立てて点す。二人ともタバコは吸わないけれど、非常用のために部屋に置いていたマッチで火を点して。部屋の灯りを消す。

ほわんとした、ろうそくの明かりがケーキの回りを照らす。
明里の美しい瞳が、顔が暗闇に浮かんでいて幻想的に見える。

「私たちの初めての、クリスマス。おめでとう」

兼ねてから言われていたとおり、貴樹は右側の、明里は左側のろうそくを吹き消した。
部屋が真っ暗になり……貴樹は身を乗り出す。
同じように明里も立ち上がり気配が近づいたようだ。かすかに窓から差し込む外光でうっすらと明里の輪郭が見えて……二人はキスした。

数瞬のあと。

「よかった」

唇が離れての、明里の第一声。

「なにが?」

「真っ暗だったから、鼻にキスされたらどうしようかと思ってたの」

「そういうキスもあるさ」

貴樹は笑った。

ケーキをナイフで切り分ける。
チョコで出来た切り株は貴樹に、砂糖菓子で出来たサンタ人形は明里へ。

「おいしい!」
貴樹が言う。
「貴樹くんが甘いのキライじゃなくてよかった」
明里ももぐもぐしながら。
「俺、実はチョコ好きなんだよね」
「あー、それは来年のバレンタインへの布石?」

恋人たちの初々しい会話が続く。

BGMはスタンダードから、日本のクリスマスソングへと移っていた。

「あ、この曲好きなの」

その曲は貴樹も知っていた。日本を代表する歌手のクリスマスソングだ。

赤いキャンドルが燃え尽きるまで 抱きしめて折れるほど
誰も愛さない そう決めたのに もう誓いを破ってる
真珠の雪をリングにして 指に飾って
今夜私はあなたのものよ 素顔のままで 粉雪のイブ

暖炉の炎が消えそうだから あたためて身体ごと
不幸な恋なら前にしたけど もう一度信じたい
氷の張った池の上を歩くようだわ
勇気を出してあなたの胸に 飛び込みたいの 粉雪のイブ

心を見えない糸で結んで 永遠にそばにいて
かたく閉ざした貝のように 生きてきたけど
今夜私はあなたのものよ 両手広げて粉雪のイブ

目覚める頃はプラチナの朝 汚れ一つない世界

真珠の雪をリングにして 指に飾って
ピンクのパジャマ リボンほどいて それが私の贈りものなの

壁のスキーの雪が溶けて 滑り落ちてく
今夜私はあなたのものよ 生まれたままで 粉雪のイブ


「Pearl-White Eve/ Words by Takashi Matsumoto」

歌詞を改めて聞くと、いろいろ意味深でドキドキしていた貴樹だが、明里はあまりこの曲について引きずることなく「じゃあ、プレゼント!」と笑顔で告げた。

(つづく)

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