最終更新: centaurus20041122 2014年05月21日(水) 12:46:44履歴
貴樹と明里の結婚準備は、二人の多忙なスケジュールの間をぬって着々と進んでいた。
結婚式は年明けの1月に挙げることになった。
そこが明里にとって最も暇な時期ということが大きい。
貴樹にとっても入社早々で申し訳ないですが、といった感じで、結婚式のスケジュール前提で、仕事のタスクを割り振るようにしてもらっていた。
岩舟の、明里の実家へは一泊二日の日程で。
サムドをやめて財閥系M社へ転職したことを、明里の父も喜んでくれた。
「18歳のときに、こちらでお約束しましたが、そろそろ明里さんと結婚したいと思います」
何の装飾もない言葉だったが、明里の両親も喜んでくれた。
問題は種子島行きだ。
これはお盆の時期を使って、挨拶にいくことにした。
明里に取っては、高校3年以来の種子島だ。
貴樹の母親とは、上京したてのときに一度会っているが、父親とは、それこそ小学校以来かもしれない。
「こんな辺鄙なところまでわざわざすまないね」
優しそうなまなざしで貴樹の父が言う。定年まであと数年だったはず。
その姿を見て、親父も歳を取ったなあと貴樹も思う。
「そうか……あの女の子がこんな別嬪さんにねえ……貴樹にしては上出来だ」
「やめろよ、おやじ。そんな言い方」
「はははは、なんにせよ、末永くセガレを頼みます」
夜。
かつて貴樹が使っていた部屋に布団を敷いて、明里と貴樹が横たわっていた。
「この部屋だったよね、最初」
ぽつりと貴樹が言う。何が言いたかったのか明里が察して。
「やだ、もう……だめだよ、今日は。聞こえちゃう」
「……明里が声を我慢すればいいんじゃないかな」
いたずらっぽく言われて、明里が赤面して、でも、それでも。
貴樹にぎゅうっと抱きしめられる。
天井に、あの日と同じ照明器具。
窓から月明かり。
あれから7年。
私たちは、会えなかった季節と同じだけ、いいえ、それ以上の季節を、ずっと一緒に過ごしている。
10月に創刊した新雑誌『Girls,Bravo!』は驚異的に売れ、完売した。
その時点ですでに第2号の誌面作りと第3号の企画立案に入っていたが、もちろんそのニュースは新編集部を熱狂させた。
幾人かのモデルが『Vivo』から移籍し、B社の堤が全面バックアップしたおかげで、モデルのラインナップは他の雑誌を圧倒していた。その中でひっそりとモデルデビューした素人がいた。
水野理紗だ。
明里はあえて理紗を眼鏡姿のままで登場させることにした。
地味な印象を与える黒ぶち眼鏡だが、よくよく見ると整った顔だち。そして、細身なのに豊満なバストは、マスコミ関係者のウケもよく、一躍フューチャーされることになった。
「なんだか、夢みたいで」
理紗が言う。
「今は注目が集まってるからいいけど、しっかり足を地につけていないと、すぐに身を持ち崩すよ。チヤホヤされても、しっかりしないと」
明里がアドバイスしている。
この頃になると、ほとんど明里は理紗のマネージャー兼姉のような存在になっていた。
一人っ子だった理紗は、貴樹への恋慕を自然な形で明里への信頼に変えていった。
「明里ちゃん、結婚パーティーは私が仕切るから」
田村にそう言われて明里が恐縮する。
「いえ、でも、あの」
「うちの看板編集者の結婚パーティーよ。参列したいっていう話がひっきりなしなのよ。それを、『式は親族のみで執り行う』ってことにして全部断ってるんだから、せめてパーティーはやらないと」
「はあ……」
「日本はね、儀式婚なのよ。宴会やって、紹介して、それでやっと社会的に認知される。まあ、いろんな関係先にいちいち話するより、パーティー当日にずっとニコニコしてるだけで済むんだから、効率いいでしょ」
「効率がいい」という言葉に反応したのは、その言葉を伝え聞いた貴樹だった。
「なるほど。さすが田村さん。明里、全部まかせよう。あの人がやることで間違いが今まであった?」
それを聞いて明里も田村に任せることにした。
明里が躊躇したのは、そこまで田村に任せていいものかという遠慮であって、田村の能力を疑問視したわけでは当然ない。
パーティーは会費形式。
いつも編集部の忘年会で使っていた会場を押さえた。『Vivo』と『Girls Bravo』のモデルたちが勢ぞろい。当然関係者も招待。明里側の招待客はかなり華やかな形だ。
翻って、貴樹側はほとんどいなかった。高校時代の友人で上京していた佐々木と澄田。澄田を招待することはどうなんだろうと逡巡した貴樹だが、他の人を招待しておいて、澄田だけ招待しないというわけにもいかない。
そのほか、高校時代の友人で就職後に上京していた数人、大学時代の友人が数人、サムドで特に懇意だった数人。M社関係は就職したばかりだったので、とりあえず直属上司と人事本部長には声をかけておいた。
貴樹は明里と相談して、小学校の同級生を招待することにした。
「まあ、稲垣が呼べって言ってたからなあ」
いろんな出来事がある一日のために収斂していく。
その過程はまるでプログラミングのようだと貴樹は思った。
(つづく)
結婚式は年明けの1月に挙げることになった。
そこが明里にとって最も暇な時期ということが大きい。
貴樹にとっても入社早々で申し訳ないですが、といった感じで、結婚式のスケジュール前提で、仕事のタスクを割り振るようにしてもらっていた。
岩舟の、明里の実家へは一泊二日の日程で。
サムドをやめて財閥系M社へ転職したことを、明里の父も喜んでくれた。
「18歳のときに、こちらでお約束しましたが、そろそろ明里さんと結婚したいと思います」
何の装飾もない言葉だったが、明里の両親も喜んでくれた。
問題は種子島行きだ。
これはお盆の時期を使って、挨拶にいくことにした。
明里に取っては、高校3年以来の種子島だ。
貴樹の母親とは、上京したてのときに一度会っているが、父親とは、それこそ小学校以来かもしれない。
「こんな辺鄙なところまでわざわざすまないね」
優しそうなまなざしで貴樹の父が言う。定年まであと数年だったはず。
その姿を見て、親父も歳を取ったなあと貴樹も思う。
「そうか……あの女の子がこんな別嬪さんにねえ……貴樹にしては上出来だ」
「やめろよ、おやじ。そんな言い方」
「はははは、なんにせよ、末永くセガレを頼みます」
夜。
かつて貴樹が使っていた部屋に布団を敷いて、明里と貴樹が横たわっていた。
「この部屋だったよね、最初」
ぽつりと貴樹が言う。何が言いたかったのか明里が察して。
「やだ、もう……だめだよ、今日は。聞こえちゃう」
「……明里が声を我慢すればいいんじゃないかな」
いたずらっぽく言われて、明里が赤面して、でも、それでも。
貴樹にぎゅうっと抱きしめられる。
天井に、あの日と同じ照明器具。
窓から月明かり。
あれから7年。
私たちは、会えなかった季節と同じだけ、いいえ、それ以上の季節を、ずっと一緒に過ごしている。
10月に創刊した新雑誌『Girls,Bravo!』は驚異的に売れ、完売した。
その時点ですでに第2号の誌面作りと第3号の企画立案に入っていたが、もちろんそのニュースは新編集部を熱狂させた。
幾人かのモデルが『Vivo』から移籍し、B社の堤が全面バックアップしたおかげで、モデルのラインナップは他の雑誌を圧倒していた。その中でひっそりとモデルデビューした素人がいた。
水野理紗だ。
明里はあえて理紗を眼鏡姿のままで登場させることにした。
地味な印象を与える黒ぶち眼鏡だが、よくよく見ると整った顔だち。そして、細身なのに豊満なバストは、マスコミ関係者のウケもよく、一躍フューチャーされることになった。
「なんだか、夢みたいで」
理紗が言う。
「今は注目が集まってるからいいけど、しっかり足を地につけていないと、すぐに身を持ち崩すよ。チヤホヤされても、しっかりしないと」
明里がアドバイスしている。
この頃になると、ほとんど明里は理紗のマネージャー兼姉のような存在になっていた。
一人っ子だった理紗は、貴樹への恋慕を自然な形で明里への信頼に変えていった。
「明里ちゃん、結婚パーティーは私が仕切るから」
田村にそう言われて明里が恐縮する。
「いえ、でも、あの」
「うちの看板編集者の結婚パーティーよ。参列したいっていう話がひっきりなしなのよ。それを、『式は親族のみで執り行う』ってことにして全部断ってるんだから、せめてパーティーはやらないと」
「はあ……」
「日本はね、儀式婚なのよ。宴会やって、紹介して、それでやっと社会的に認知される。まあ、いろんな関係先にいちいち話するより、パーティー当日にずっとニコニコしてるだけで済むんだから、効率いいでしょ」
「効率がいい」という言葉に反応したのは、その言葉を伝え聞いた貴樹だった。
「なるほど。さすが田村さん。明里、全部まかせよう。あの人がやることで間違いが今まであった?」
それを聞いて明里も田村に任せることにした。
明里が躊躇したのは、そこまで田村に任せていいものかという遠慮であって、田村の能力を疑問視したわけでは当然ない。
パーティーは会費形式。
いつも編集部の忘年会で使っていた会場を押さえた。『Vivo』と『Girls Bravo』のモデルたちが勢ぞろい。当然関係者も招待。明里側の招待客はかなり華やかな形だ。
翻って、貴樹側はほとんどいなかった。高校時代の友人で上京していた佐々木と澄田。澄田を招待することはどうなんだろうと逡巡した貴樹だが、他の人を招待しておいて、澄田だけ招待しないというわけにもいかない。
そのほか、高校時代の友人で就職後に上京していた数人、大学時代の友人が数人、サムドで特に懇意だった数人。M社関係は就職したばかりだったので、とりあえず直属上司と人事本部長には声をかけておいた。
貴樹は明里と相談して、小学校の同級生を招待することにした。
「まあ、稲垣が呼べって言ってたからなあ」
いろんな出来事がある一日のために収斂していく。
その過程はまるでプログラミングのようだと貴樹は思った。
(つづく)
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