新海誠監督のアニメーション「秒速5センチメートル」の二次創作についてのサイトです。

明里は、貴樹の家にいた。
日食翌日の午後に設けられた自由時間に。


時間は前日の午後、日食観測が終わり、宿に帰ってきたときにさかのぼる。


「遠野君、宇宙センターからの帰り道って、あなたの家の近く通る?」

理子が尋ねる。

「目の前の道を通るけど」

変なことを聞くなあと貴樹が答えると。

「じゃあ、決まり。あなたの家の前で二名下車」

「え」と言ったのは明里。

「明日の午後は自由時間なんだよね。私は、宿の前のビーチでくつろぐ。他の部員はなにするか知らないけど」

理子はこういうところは放置主義だった。

「僕は写真の整理をしてます。それと夜の撮影ターゲットの選択かな」と浅倉。どこまでも星の撮影が好きらしい。「あんな星空を撮影しないで放置するなんて罪ですよ」とまで言っていた。

「僕は……部長と一緒に海に行っていいですか」一年生部員の早川がいう。

「じっと見たらコロスわよ」

理子が即答する。たぶん、「かまわない」という意味なんだろうと明里は理解した。

「僕は、砂とか貝殻を集めようかな」

もう一人の一年生、鎮目がいう。

「なんで?」

「あ、彼女に……おみやげです」

「あんた、彼女いるの?」

意外な方面からの攻撃を受けた気分で、突っ込む部長。

「中二から付き合ってるんです……高校、違うところに進んだんですけど、その、篠原先輩には負けますけど、僕たちもがんばってます……」

明里は赤くなり、理子はそこはかとなく敗北感を感じた。


そんなわけで、滞在3日めの午前中は種子島宇宙センターの見学。そして、その後は自由時間となっていた。

「午後7時が夕食になってるから、それまでに明里を送り届けて。あとはよろしく」

気持ちいいぐらいに言い放って、理子は明里を貴樹に託したのだった。



「風通しのいい、気持ちいい部屋ね」

「種子島は暑いからね」

貴樹の部屋は9畳あった。机と本棚、オーディオラックにベッド。タンス。
昔行ったことのある代々木の社宅の部屋に比べたらずいぶん広くてあっさりしている感じだ。

「誰も、いないの?」

「親父は仕事。お袋は今日は西之表まで習い事に行ってるんだ。それでこのあたりでは手に入らないものを買い込んで帰ってくるから、6時ころまでは帰ってこないよ……」

二人の間に、これまでとは違う緊張感が走った。
部屋の柱にかかる時計は午後2時を指そうとしている。


「あ、飲み物持ってくる……」

キッチンへ行った貴樹。
机の上に、明里は自分の写真が飾ってあるのを見つける。……高校一年のときの写真だ。今より少し幼いし、前髪もイマイチ決まってない。新しい写真、送らなきゃ。

「はい、麦茶だけど」

貴樹が戻ってきて、喉を潤したあと。

二人はなんとなくベッドに並んで腰掛けていた。

「今度の日食で、俺、救われたと思う……明里にまた会えて」
しみじみと貴樹がつぶやく。

「私も……。ほとんど理子に乗せられてたんだけど、でもあんなに素敵な体験が出来た……」
湧きあがってくる緊張感に抗いながら、小声で返事をする明里。

貴樹が少し大きめの声で、決意するように言った。
「明里、俺はもう、かくさないし、ためらわない」

「ん……私も思ったこと、あったこと、みんな伝える……それにあと9か月、新しい気持ちでがんばれる」
そう言葉にすることでそれが実現できるように思える。明里はそう感じていた。

「明里からの手紙がなかった1年でさえ、耐えられたから……明里が手紙をくれるんだったら、俺は全然大丈夫だよ」

「でも、私は」
震える声で明里は続けた。

「ん?」

「私、自分でも驚いてる……。自分の中にこんなに強くて、激しい感情というか……欲望があることに」

その言葉の意味を貴樹は察する。

「明里……」

「私は貴樹くんが好き。言葉では何度でも言える。でも、私は……きちんと貴樹くんのものになりたい」
ありったけの勇気を総動員して、明里は伝えた。

「それは……僕もそういう気持ちはあるけど、でも、僕でいいのかな……」

貴樹が躊躇したのは、それは、自分が明里にとって「初めての男」になる資格があるのかどうか、迷いがあったからだった。しかし。

「私も、隠し事しないね。……私、貴樹くんと、したい……貴樹くんじゃないと、ダメなの」

それ以上の言葉は、必要なかった。



宿は一応、ヒエラルキーがあるようで、橋本教諭が一人部屋、三年生部員の理子と明里が同室、残りの男子部員3人が同室となっていた。

時間通りに明里は宿泊先に戻ってきた。
夕食では理子の大胆ビキニに話題が集中していたけれど、明里はどこか遠くを見つめていた。

そして就寝時。

並べた布団に横たわって。

「明里、一応確認だけど」

「……なに?」

「遠野君と……した?」

「……ん」

「そっか……先を越されたかぁ」

そういうことじゃないでしょ、と明里は思う。

(つづく)

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