最終更新: centaurus20041122 2014年05月11日(日) 22:08:19履歴
貴樹が事業部長に辞表を出して2日後、部屋に呼ばれた。
「これは返しておく」
辞表を突き返される。
「藤井は今度始めるプロジェクトの副リーダーになってもらう」
「ということは」
「社歴10年の藤井のあとにお前をすえるのはさすがに問題があるから、俺が直接管轄する。だが、お前はリーダー代理として、実質的なリーダーをやってくれ」
「それは問題ないのですか?」
「昨日の運営会議でお前のプランを出した。社長、専務、常務、3人ともお前のプランが優れていると結論した。ついでに言うなら俺もだ」
だったら、4か月前にやってくれよ、と心の中で毒づく。
「お前の望むとおりにした。存分に力を発揮してくれ」
翌日、人事発令があり、それにともなう若干の人事異動が発表された。
しかし、長い間続いていたお荷物プロジェクトの「リーダー代理」に貴樹が任命されたことは波紋を呼んだ。
「遠野はまだ2年めだが、スキルは高く実績がある。新プランは社長が承認した。私が管轄するが、陣頭指揮は彼に取ってもらう」
事業部長は朝礼でそう言ってくれたが、人の心はそう簡単には切り替わらないものだ。
ことに社歴が6年以上の社員は、若造が自分たちの上についたことがおもしろくない。
ことあるごとに嫌がらせのような助言を求め、貴樹の肩にどんどんのしかかっていった。
貴樹は丁寧に応対していたが、対応に心を削っていった。
そのストレス解消を、自分の組み上げたプランのとおりに、つき進んでいく作業に転換したため、仕事量は加速度的に増えていった。
電話が鳴る。理紗だ。
「どうしたの?」
「どうしてるかと思って」
今日はラフな感じで話しかけてくる。
「泥沼の件は俺が直接やることになった。だけど、そのせいで仕事がまた増えてる」
「このあいだまで毎日会ってたので、なんだか気がぬけちゃって」
理紗にしては、大胆な物言いだなあと貴樹は感じた。
あるいは、もしかしてキスの続きを始めるつもりなのか。
「週に二度でいいので、一緒に食事できませんか?」
ふむ……実は、理紗と会えなくなって、少し物足りなさを感じていたのは事実だ。
会ってメシくらいいいか。
あやうい橋を渡っていく予感がしたけれど。
「いいよ、ただし、三鷹まで来てもらわないと」
「わかりました」
週に二度、三鷹でのランチが逢瀬というのなら、貴樹は浮気をしていたのかもしれない。ただ、浮ついたことはまったくなく、彼は食事したらまっすぐ職場に戻り、ひたすらプログラミングに没頭した。
その姿を見て、比較的社歴の近い社員が、貴樹のもとに集まり、プロジェクト遂行のためがんばってくれるようになった。
予定より5%ほど進行が早いかな。もっと加速しないと。
11月になり、カレンダーを見る。しかし、まだまだ道は遠い。
これまで6時間しか投入できなかった時間をまるごと15時間投入したことで格段スピードはあがった。しかし、リーダー代理としての調整役、進行管理までをやることで、実作業に比して、神経を削る時間が増えていく。
そのような細かい仕事は貴樹の神経を削っていった。
-
「貴樹くん、最近、変だよ?」
明里がついに言った。
どよんとした目で貴樹が見上げる。
食事を取ってもほとんど会話もなく、食べたらソファに座りこんでほとんど寝込んでいる。明里から求めることはなかったけれど、貴樹からコンスタントにアプローチのあった、夜の時間も2か月近く絶えていた。
「おかしいよ、どうしたの?」
「仕事が忙しいんだ」
「なんとかしないと、貴樹くんがおかしくなるよ」
「でも、これをやらないと!!!」
いつになく強く貴樹が激して、明里は限界を超えていると判断した。
明らかに貴樹の様子はおかしくなっている。
何か別のものを見ているようなまなざしで部屋のすみを見ている。
「今の貴樹くんは貴樹くんじゃない」
明里がきっぱりと言った。
(つづく)
「これは返しておく」
辞表を突き返される。
「藤井は今度始めるプロジェクトの副リーダーになってもらう」
「ということは」
「社歴10年の藤井のあとにお前をすえるのはさすがに問題があるから、俺が直接管轄する。だが、お前はリーダー代理として、実質的なリーダーをやってくれ」
「それは問題ないのですか?」
「昨日の運営会議でお前のプランを出した。社長、専務、常務、3人ともお前のプランが優れていると結論した。ついでに言うなら俺もだ」
だったら、4か月前にやってくれよ、と心の中で毒づく。
「お前の望むとおりにした。存分に力を発揮してくれ」
翌日、人事発令があり、それにともなう若干の人事異動が発表された。
しかし、長い間続いていたお荷物プロジェクトの「リーダー代理」に貴樹が任命されたことは波紋を呼んだ。
「遠野はまだ2年めだが、スキルは高く実績がある。新プランは社長が承認した。私が管轄するが、陣頭指揮は彼に取ってもらう」
事業部長は朝礼でそう言ってくれたが、人の心はそう簡単には切り替わらないものだ。
ことに社歴が6年以上の社員は、若造が自分たちの上についたことがおもしろくない。
ことあるごとに嫌がらせのような助言を求め、貴樹の肩にどんどんのしかかっていった。
貴樹は丁寧に応対していたが、対応に心を削っていった。
そのストレス解消を、自分の組み上げたプランのとおりに、つき進んでいく作業に転換したため、仕事量は加速度的に増えていった。
電話が鳴る。理紗だ。
「どうしたの?」
「どうしてるかと思って」
今日はラフな感じで話しかけてくる。
「泥沼の件は俺が直接やることになった。だけど、そのせいで仕事がまた増えてる」
「このあいだまで毎日会ってたので、なんだか気がぬけちゃって」
理紗にしては、大胆な物言いだなあと貴樹は感じた。
あるいは、もしかしてキスの続きを始めるつもりなのか。
「週に二度でいいので、一緒に食事できませんか?」
ふむ……実は、理紗と会えなくなって、少し物足りなさを感じていたのは事実だ。
会ってメシくらいいいか。
あやうい橋を渡っていく予感がしたけれど。
「いいよ、ただし、三鷹まで来てもらわないと」
「わかりました」
週に二度、三鷹でのランチが逢瀬というのなら、貴樹は浮気をしていたのかもしれない。ただ、浮ついたことはまったくなく、彼は食事したらまっすぐ職場に戻り、ひたすらプログラミングに没頭した。
その姿を見て、比較的社歴の近い社員が、貴樹のもとに集まり、プロジェクト遂行のためがんばってくれるようになった。
予定より5%ほど進行が早いかな。もっと加速しないと。
11月になり、カレンダーを見る。しかし、まだまだ道は遠い。
これまで6時間しか投入できなかった時間をまるごと15時間投入したことで格段スピードはあがった。しかし、リーダー代理としての調整役、進行管理までをやることで、実作業に比して、神経を削る時間が増えていく。
そのような細かい仕事は貴樹の神経を削っていった。
-
「貴樹くん、最近、変だよ?」
明里がついに言った。
どよんとした目で貴樹が見上げる。
食事を取ってもほとんど会話もなく、食べたらソファに座りこんでほとんど寝込んでいる。明里から求めることはなかったけれど、貴樹からコンスタントにアプローチのあった、夜の時間も2か月近く絶えていた。
「おかしいよ、どうしたの?」
「仕事が忙しいんだ」
「なんとかしないと、貴樹くんがおかしくなるよ」
「でも、これをやらないと!!!」
いつになく強く貴樹が激して、明里は限界を超えていると判断した。
明らかに貴樹の様子はおかしくなっている。
何か別のものを見ているようなまなざしで部屋のすみを見ている。
「今の貴樹くんは貴樹くんじゃない」
明里がきっぱりと言った。
(つづく)
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