新海誠監督のアニメーション「秒速5センチメートル」の二次創作についてのサイトです。

貴樹が事業部長に辞表を出して2日後、部屋に呼ばれた。

「これは返しておく」

辞表を突き返される。

「藤井は今度始めるプロジェクトの副リーダーになってもらう」

「ということは」

「社歴10年の藤井のあとにお前をすえるのはさすがに問題があるから、俺が直接管轄する。だが、お前はリーダー代理として、実質的なリーダーをやってくれ」

「それは問題ないのですか?」

「昨日の運営会議でお前のプランを出した。社長、専務、常務、3人ともお前のプランが優れていると結論した。ついでに言うなら俺もだ」

だったら、4か月前にやってくれよ、と心の中で毒づく。

「お前の望むとおりにした。存分に力を発揮してくれ」

翌日、人事発令があり、それにともなう若干の人事異動が発表された。
しかし、長い間続いていたお荷物プロジェクトの「リーダー代理」に貴樹が任命されたことは波紋を呼んだ。


「遠野はまだ2年めだが、スキルは高く実績がある。新プランは社長が承認した。私が管轄するが、陣頭指揮は彼に取ってもらう」

事業部長は朝礼でそう言ってくれたが、人の心はそう簡単には切り替わらないものだ。
ことに社歴が6年以上の社員は、若造が自分たちの上についたことがおもしろくない。

ことあるごとに嫌がらせのような助言を求め、貴樹の肩にどんどんのしかかっていった。

貴樹は丁寧に応対していたが、対応に心を削っていった。
そのストレス解消を、自分の組み上げたプランのとおりに、つき進んでいく作業に転換したため、仕事量は加速度的に増えていった。


電話が鳴る。理紗だ。

「どうしたの?」
「どうしてるかと思って」
今日はラフな感じで話しかけてくる。

「泥沼の件は俺が直接やることになった。だけど、そのせいで仕事がまた増えてる」

「このあいだまで毎日会ってたので、なんだか気がぬけちゃって」

理紗にしては、大胆な物言いだなあと貴樹は感じた。
あるいは、もしかしてキスの続きを始めるつもりなのか。

「週に二度でいいので、一緒に食事できませんか?」

ふむ……実は、理紗と会えなくなって、少し物足りなさを感じていたのは事実だ。
会ってメシくらいいいか。

あやうい橋を渡っていく予感がしたけれど。

「いいよ、ただし、三鷹まで来てもらわないと」
「わかりました」

週に二度、三鷹でのランチが逢瀬というのなら、貴樹は浮気をしていたのかもしれない。ただ、浮ついたことはまったくなく、彼は食事したらまっすぐ職場に戻り、ひたすらプログラミングに没頭した。

その姿を見て、比較的社歴の近い社員が、貴樹のもとに集まり、プロジェクト遂行のためがんばってくれるようになった。

予定より5%ほど進行が早いかな。もっと加速しないと。


11月になり、カレンダーを見る。しかし、まだまだ道は遠い。

これまで6時間しか投入できなかった時間をまるごと15時間投入したことで格段スピードはあがった。しかし、リーダー代理としての調整役、進行管理までをやることで、実作業に比して、神経を削る時間が増えていく。

そのような細かい仕事は貴樹の神経を削っていった。


-
「貴樹くん、最近、変だよ?」

明里がついに言った。
どよんとした目で貴樹が見上げる。

食事を取ってもほとんど会話もなく、食べたらソファに座りこんでほとんど寝込んでいる。明里から求めることはなかったけれど、貴樹からコンスタントにアプローチのあった、夜の時間も2か月近く絶えていた。

「おかしいよ、どうしたの?」

「仕事が忙しいんだ」

「なんとかしないと、貴樹くんがおかしくなるよ」

「でも、これをやらないと!!!」
いつになく強く貴樹が激して、明里は限界を超えていると判断した。

明らかに貴樹の様子はおかしくなっている。
何か別のものを見ているようなまなざしで部屋のすみを見ている。

「今の貴樹くんは貴樹くんじゃない」

明里がきっぱりと言った。

(つづく)

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

Menu

各話へ直結メニュー

第1シリーズ

その他

言の葉の庭

言の葉の庭、その後。

映像





食品




書籍・電子書籍

・書籍






電子書籍(Kindle)



管理人/副管理人のみ編集できます