ザックライアス君の受難
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nevadakagemiya 2017年10月10日(火) 00:15:43履歴
『いやぁ、君たちのような小さい魔術師たちにもうちに興味を持ってくれるとは嬉しいよ……。
ささ、入って入って。案内できるところだけ案内してあげるよ』
「「ありがとうございまーす」」
2人の少女が白衣の男性についていきある施設の中に入っていく。
その施設の名は霊長総研。表向きは製薬会社で通っているが、その実は魔術的な研究機関である。
そこに見学に来た2人の少女の名は、ユヅキ・インセストーンとヒナ・インセストーン。
魔術のある大手、ストーン一族に名を連ねるインセストーン一族の双子の姉妹だ。
「（ねぇ………本当にここにあるの……？ヒナ……）」
「（大丈夫だって、私を信じろユヅキ！）」
二人の少女が小声で会話する。そう、少女らは何も普通に組織見学に来たわけじゃない。
彼女たちが探す"あるもの"がここにあるとの噂を聞きつけて、見学という名の潜入に来たわけだ。
『それじゃあとりあえず、この腕章を………あれ？』
先ほど案内役として一緒にいた男が振り向くと、少女たちは既にいなかった。
「へへっ、中に入っちまえばこっちのものよ！」
「大丈夫なのかなユヅキ………。ばれたら怒られる………。」
「その時はその時で、トイレに行こうと思ったら迷子になりましたとか言えばいいんだよ！」
「……………良いのかなぁー……」
そんな会話をしながら少女は施設の奥の方へと走る。
彼女らが目指す、聖杯という存在があると思われる、施設の奥へと。
◆
「（むっ、可愛い女の子の気配。…………気のせいか）」
一人の女性が窓から忍び込みながらそんなことを考える。
「（考えてみれば、こんな辺鄙な研究所に女の子なんている訳ないか）」
彼女の名は、五月雨刹那。色々あって時計塔から日本へとやってきた魔術師。
見てわかる通り、彼女はここに或るものを求めて侵入したのだ。
その求める物の名は、聖杯。
ありとあらゆる願望を叶えるとされる願望機。
だが、彼女がその聖杯を求める理由は、願いを叶えるという理由ではなかった。
「（英霊召喚には、聖杯が必要不可欠………。待っててくださいねオデュッセウスさん。
今会いに行きますから……………………！）」
そう、彼女が求めているものは聖杯ではなく、その聖杯を呼び水として現れる”英霊”。
かつて彼女がその脳裏に朧気ながら、しかしはっきりとその名を覚えている一人の英霊。
その存在に会うため、彼女は遠路はるばる聖杯の噂を聞きつけ、ここ霊長総研へと忍び込んだのだ！
「（せっかく聖杯戦争の噂を聞きつけてきたのに、その予兆が一切ないなんて、
こうなったら、侵入して聖杯を直接奪うしかないじゃない？）」
なんか色々無茶苦茶な理論ではあるが、魔術師に常識は通じないのだ。
そんなことを彼女が考えていた、その時であった。
ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン！！！！
と、轟音が響き渡って施設が大きく揺れた。
「な、なに！？何なの！？」
思わず壁にしがみつき、転ばないように姿勢をとる刹那。
そして間もなくして、施設中に警報が鳴り響いた。
◆
『緊急事態発生(エマージェンシー)！緊急事態発生(エマージェンシー)！』
館内にけたたましいサイレンと共に音声が鳴り響く。
「ど、どうしようヒナ………」
「そ、そりゃあ決まってんだろ！
トンズラするンだよッ！」
そう言うと少女2人は廊下を疾走する。
周囲には逃げ惑う職員の姿はなく、ここが研究所の誰も来ない奥の方だと少女たちは察する。
「ね、ねぇ…やっぱり、ここに私たちが探してるものないんじゃ……」
「そうだなー……やっぱ失敗だったかも。」
そんな事を話しながら走っていると、廊下に一人の男の声が響いた。
『助けてくれー……』
「…………なんだ、今の間の抜けた助けを請う声は」
「わかんない…………、でも」
「んあァ、そうだな。助けを求められたんなら、行くしかねぇか」
そう言うと、少女二人は声がした方へと逆走する。
廊下の曲がり角を3つほど回ったら、その声の主らしき男性に出会った。
「オイお前！！大丈夫か！？」
「助けに…来たよ」
「おお！誰だか知らないがありがたい！
すまない………逃走しようとしたら少し負傷してしまって」
「負傷？……一見、特に怪我はないみたいだけど……」
「ああ、ちょっと逃げる途中ドアの角に足の小指をぶつけてしまって」
「行こうユヅキ、こんな奴助けに来たアタシたちが馬鹿だった」
スタスタスタ、と少女たちは冷たく早足でその場を後にしようとした。
「ちょ、ちょっと待ってよー！こんな所であったのも何かの縁だー！
一緒に逃げようじゃないかー君たちも女の子2人だけだと不安だろー！？」
「うるせぇー！！足の小指ぶつけてスタンくらってる野郎と一緒にすんじゃねー！！」
「まぁまぁー！僕ここから近い東口への近道知っているからさー！一緒にそこから脱出──────」
『東口、閉鎖いたしました。未だ館内に残る研究員は、直ちに西口より避難してください』
「ごめんたった今閉鎖されたー」
「ごめんじゃねぇよおっさん！！アタシたちお前を助けるためにここまで来たんだぞオイどう責任取るんだ！？」
グイグイとエリを掴み、ヒナはブンブンと片足を引きづっているおっさんの頭部を振り回す。
「ヒナ……おじさん死んじゃう………」
「あっはっはっはー元気の良い少女たちだー。うちの2人目の次女を思い出すよー。
まぁ、西口はまだ開いているようだし気楽に行こうじゃないか。」
「なんでそんな楽観的なんだよお前！？」
「ヒナ……言い争ってても解決しない………。
早くにげよう」
「あ、ああそうだな……。」
「じゃあ、おじさんも一緒に行かせてもらうよ。
幸い西口ならここから行き方を知っている」
「なーんか釈然としねぇー……」
こうして、少女2人と変なおじさん1人という謎の珍道中メンバーが揃った。
◆
「くっ！！潜入がバレたかと思ったら別件だったか！！」
紅く長い髪のたなびかせながら少女は走る。聖杯があると聞いて入り込んでみたは良いものの、
中は非常に複雑怪奇な研究所で何が何なのかわかるはずもない。そして帰ろうかと思った矢先にこれである。
どこが出口だったかも分からないまま廊下を走り続け、そしてようやく窓らしきものが続く廊下に出た。
「(よし！壁の向こうはすぐに外！！さっき出入り口は封鎖されたとか言ってたけど窓からなら出られるでしょ！)」
そう思って窓をガラリと開けてみたが、外には高い塀とその上に走る金網を見て窓からの脱出は諦めた。
「…………………………………ま、まぁ！？窓づたいに歩いていけばいずれ外への出口にでるでしょう！」
そう結論付けて、少女はその長い廊下をひたすら走り続ける。
「（それにしても、この揺れ………断続的に続いているって事は明らかに爆発音じゃない
なにか………もしくは"誰か"がこの研究所内を破壊し続けている………？）」
そんな考えをしながら走る少女の前に、絶望が立ちはだかった。
ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォン！！！！！！！！！！！！！
と、轟音が鳴り響いて少女の目の前の廊下を形成していた壁が丸々消し飛ぶ。
飛び出してきた存在は２ｍ近い身長とそこまで大きくはない存在であったが、
その圧倒的なる前進を覆う殺意にも似たオーラが、その存在を何倍にも大きく見せていた。
全身に多くの不可解で魔術的な刺青が刻まれており、その表情は全てを憎むかの如き鬼神の形相であった。
少女は、五月雨刹那は全身を覆う恐怖によって硬直状態にあった。人は理解の及ばない存在に出会ったとき、硬直する。
その硬直を克服した者を、人は超人と呼びあらゆるものを乗り越えると讃えるが、それは常人にとっては至難の業であった。
壁をぶち抜いてきた"存在"は、その剛怒の形相のまま刹那を睨みつける。刹那は、ここで己の生涯が終わったと悟った。
─────────────────しかし、運命は少女を生かした。
ダァン！！と銃声が響いた。
『こ───────っの！！化け物がァ！！』
その廊下を破壊した"存在"の後頭部から、細い煙が上がる。
"存在"の後方数百ｍから、白衣を来た研究員が懐に忍び込ませていた銃で後頭部に見事命中させたのだ。
通常の人間ならば、この時点で即死は免れない。彼の射撃の腕は称賛されるべきものであっただろう。しかし────
「───────GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッッッッッッッ！！！！！！！」
その"存在"が雄叫び………いや、もはや号砲に近い叫びを開けると、その銃をぶっ放した男に対して突撃を開始する。
『くそっ！！くそっ！！こんなんでも死なねぇのかよ………！！聞いてねぇぞ財団の糞共がぁ！！』
そう捨て台詞を吐き、男は銃を投げ捨てて精一杯の力で逃走する。
そして廊下を破壊した"存在"は、その男を追って何処かへと消えていってしまった。
「……………………なんか知らないけど…………た、助か………………、ったの？」
へなへなへな〜……と少女が廊下にへたり込む。と同時に、瞳からボロボロと涙がこぼれまくった。
「(あ………、ほ、本当にやばい時ってこんな感じで泣くんだ………あ、あはは……なんか不思議……)」
しかし少女は、顔は涙で腫らしていても頭の中は妙に冷静であった。
「で、でも奴が来たこの奥って……、つまりは奴が最初にいた場所ってことよね……」
先ほど、嵐のように来ては去っていった"存在"。それが彼女の探しているものに類似しているとは彼女は直感で理解した。
──────────万能の願望機、聖杯。全ての願いを叶える物。そしてその聖杯の副産物、サーヴァント。
彼女は、先ほど通りすがっていった"存在"が、サーヴァントに似ている存在……
いや、ほぼ同じ存在であると、魔術師であるが故に理解していた。
「………………………この奥に、何かがある」
そう彼女は直感した。しかし、また先ほどのような化け物と出会う事になるかもしれない。
もしくは先ほどの研究員のように、銃を持った連中と鉢合うかもしれない。そうなれば今度は命の危険があるだろう。
今の自分は秘密を探ろうとしている侵入者だ。警告なしで撃たれても文句は言えない。
─────────────────だが、
「恋する乙女は！止められないんだからァァァァァァァアアアアアアッッッ！！！！」
そう叫んで少女は、己を奮い立たせて先ほどの"存在"が切り開いた道を一直線に突き進んでいく。
目指すはこの研究所の最深部、そして───────そこにあると思われる、万能の願望機。
◆
「─────んで？こっから西口に行くにはどうすりゃいいんだおっさん」
「簡単だ。中央施設を通って突っ切ればいい話だよ」
「その突っ切りかたをこっちは聞きたいんだよ！！」
バンバンと少女は地団太を踏みながら抗議する。
「ヒナ…落ち着いて…………」
「そうだ、こういう時こそ落ち着かなくちゃあいけない。
まずは一度深呼吸をして─────」
「おい、こいつから殺して良いか」
「ヒナ駄目。まずは苦しませなくちゃ」
「オイオイオイジョークだよジョーク！ごめんごめん！
はい…ごめんなさい急ぎます…………」
苦笑いしながら男は、少女を連れて早歩きで廊下を往く。
「……………ホント大丈夫かよこのおっさん…………」
──────────と、しばらく歩いていると大きな部屋に出た。
「ここは……………研究室か？」
「ここなら…………聖杯、あるかも…………」
ボソリ、と少女の片割れがつぶやく。
「ああ！確かにこんな施設の中心部なら、聖杯の一個や二個あるよなぁ！」
「おいちょっとー？聖杯ってー？ねぇ待ってー！！」
男の制止も気にも留めず、少女2人はその大きな研究室の内部を探索する。
すると──────────
「あっ」
「あっ」
「あっ…やべっ」
二人の少女は、赤く長い髪の女性とばったり会ってしまった。
なんか壁に開いた大穴の向こう側から部屋に入ってきたが、
自分たち以外の人間なんて職員以外居ないだろと少女2人は思った。
「あ、わわわわわわわわわわわ、ワタ！わたしたひは！その！トイレで迷子になって！」
「ヒナ落ち着いて……………逆に怪しまれる……………。」
「こ、怖がらないで！大丈夫！私もここの人じゃ──────────」
女性がそう言おうとしたその時、ｶﾗﾝｶﾗｰﾝ…と何かが地面に落ちる音が響いた。
「？」
「………？」
「────ッ！ヒナ………あそこ………。」
少女たちの片割れが指をさす。その先には、一人の少女が身構えるような姿勢で息を潜めているのが見えた。
「ッ！やっべ………！」
少女は美しい七色の髪をもち、一見は人と思えないほどに容姿が整っていた。
どうやら今この部屋に入ってきた者たちを敵と認識しているらしく、非常に怯えている。
「糞が………ッ！！来るな！来るんじゃねぇ！！」
少女はブンブンと折れた鉄棒を振り回しながら威嚇する。
「ハァ…はぁ…おーいちょっと皆待って……あれ？知り合い？」
「おせぇよおっさん！！」
「あ…あなたも………ちょ…ちょっと、待って……！」
「待たねぇ！！お前も！！お前らも！！俺を実験台にする気なんだろう！！
どいつもこいつも！！人を実験動物みたいに扱いやがって糞野郎どもがぁ！！」
「………………実験」
「動物……………？」
双子で姉妹の少女が、その鬼気迫る少女の言葉に眉をしかめる。
「実験動物って………、人を？………ま、魔術師だからってそんな………」
「ふむ…………、もしその言葉が本当ならば、霊長総研は人を実験台にしていたことになる。
随分と日本では大きな組織であったが、これが表沙汰になれば非常に由々しき事態だな」
「いやおっさん知らなかったのかよ！？」
「うん、おじさんここの研究員じゃないしね」
「じゃあなんでこん中詳しいんだよォ！？」
双子の妹の方がのけぞりながら頭を抱える。
「な…なんだよ……、お前らあいつらの仲間じゃ…っう！………っう〜〜〜！！」
突如七色の髪の少女が、頭を掻きながら呻きだした。
「………………………ど、どうしたの……？」
「なんで……！なんで私だけこんな目にぃ〜！！」
そう言うと少女は、ボロボロと大粒の涙を流しながら泣き始めた。
「気が付いたら……！こんな狭い所に閉じ込められて……！ﾋｯｸﾞ
私……！私゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛〜！！う゛え゛ぇぇぇ〜〜〜っ！！」
「………え、ええっと……その、泣かないで？私達は……その、味方だから！
貴女をいじめる人は、もうここにはいないわ」
「え？君もーここの研究員じゃなかったの？なんか気づいたらいたけど、てっきり逃げ遅れた人かと」
「お生憎様、私はここにある聖杯の噂を聞きつけて侵入してきたものよ」
「君随分と大胆だねぇ」
ぽりぽり、と男は頭を軽く書きながら苦笑いをする。
「それはそうと、この少女を保護して心の傷をいやさなくてはならない。立てるかい？」
「チクショォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ！！！！」
ガァァァァン！！！と突然金属音が響く。それと同時に折れた鉄棒の破片が飛んでくる。
「危なっ！！」
男はそれを紙一重に首だけ動かしかわす。
「もぉｫｫｫｫｫｫｫｫｫｫたくさンだぁぁぁぁぁああああああああああッッッ！
こんな世界ぶっ壊しちまおう目の前のテメェらも全員殺すとりあえず殺す視界に入ったやつから殺す
まずは殺す最初は殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す！！！！！！！！！！！！」
少女は先ほどまで泣いていたのに、突如として豹変しまるで獣のように暴れだす。
「な…なんだこいつ突然！？」
「お、落ち着いて！！まずは冷静になって話し合いましょ！？ね！？」
赤髪の女性は説得を試みるも、今日戦死の如く暴れまわる少女は聞く耳を持たない。
「────────この豹変具合…………、まさか…………？」
男は何かを思考するが、少女はそんな事お構いなしに鉄棒を両手に突撃してくる。
「おいおっさん早く逃げるぞ！！」
「コ・！ロ・！！ス・！！！！！！！！」
「待った！！君は……オリジンストーンに連なるものか！？」
そう男が問うと、少女は振りかざした鉄棒を止めて、驚愕した表情をする。
「なん…………、で……お前がその名前を……ッ！？」
「やはり、か…………。まずは落ち着いて話を聞かせてほしい。」
目を見開いて硬直する少女に対して、男は優しく手を差し伸べた。
「私達は、君の味方だ」
◆
「なんとか落ち着いたよ………。まさか、あんたらもストーンだったとは」
ふぅ、と一息つきながら少女は胡坐をかいて座る。
「いや…女の子がその座り方はどうなのかな……」
「そうは言われましても、ワタクシ本来男の子でしてよ」
少女は先ほどまでとは180度違う口調で答える。
「ねぇその喋り方の変化はアットランダムなの？」
刹那が苦笑いをしながら問う。
「はい、自分喋り方や性格が次々変わる体質でして──────」
ガァン！！と突然少女が己の額を思いっ切り自分で殴りつける
『！？』
「痛つつ……こうやって衝撃を与えると、元に戻る。」
「無茶すんなよ！」
「痛そう………。」
「俺だってやりたくねぇよこんなこと！
でもよぉ……その、自分でも人格の豹変が制御できねぇんだ……。」
「ま……まぁとりあえずそこは置いておいて………。
いったいここで何があったのか、説明してもらえると嬉しいんだが……。」
「ああ、分かった」
軽くうなずくと、その七色の髪の少女はここであった事件の顛末を語りだした。
曰く、始まりは先ほど暴れていた巨大な"存在"の暴走という事、その過程で自分が逃げ出せた事、
そして、興味本位でその"存在"に魔力を通してみたらうっかりパスがつながってしまった事、
しかしパスがつながっても魔力が足らずに制御できていないことを明かした。
「それってつまり、あのサーヴァント？のマスターになったってことで良いのかしら？」
「分からん。俺は一応こんな姿になる前に自動学習装置であらかたの事は覚えさせられたが、
そのマスターやらサーヴァントってのが何なのかさっぱりわかんねぇ」
「まぁそこらへんは魔術の中でもマニアックな話になって来るから、一応置いておこう」
男はさらりと流したが、双子の少女はその言葉の違和感を聞き逃さなかった。
「………………覚えさせられた？」
「という事は、ホムンクルスか何か？」
「ああ。」
少女はコクリとうなずく。
「一応俺はホムンクルスという事になるらしい。だが俺は人間だ。
なんというか、そう言う記憶を覚えている。おぼろげだがな」
「ほう、不思議なものもあるものだ。輪廻転生という奴かな……興味深い」
男性はふーむとうなりながら顎を撫でる。
「って、さっきから男っぽい喋り方って言うのはその喋りがデフォなんじゃなくて………」
「？…ああ、俺は男だぞ。外側は女になっちまったけど、それがどうした？」
そう聞くと、刹那は思いっ切りのけぞってショックを受けた。
「ちょ…うそ……そんな………結構タイプなのに………
い、いえ…でも内側は男でも外は女の子………きっとこれはセーフ……。セーフだから……」
「？ どうした突然」
七色の髪のホムンクルスは大きく首をかしげる。
「あのお姉ちゃん……、かわいそう……。」
「そういえば、あのでっかいサーヴァントは何だったの？」
キリッ、と刹那は頭の中の悩みを吹っ切って質問を問う。
「それは分かんねぇ」
少女はブンブンと頭を横に振る。
「ただ、フラスコの中から連中の会話を聞いていたが、どうも別の組織が保管？
えーっと、収容？だかしていたなんかを借りて来て弄繰り回したようだぜ。
なんだったかな………うんちゃら財団とかなんとか」
「財団……聞いたことないわねそんな魔術組織。」
「うーん、僕もだ」
男と女性、二人が腕を組んで首をかしげる。
「いやおっさんはなんかそう言うの詳しくないのかよ！！」
「だが、原型が、肉体がある存在をサーヴァントにするなど………
いや……サーヴァントも広義で見れば使い魔だから不可能ではないか……？」
「スルーかよ」
男は更に、その実態のある怪物にサーヴァントとしての属性を付与したのかもしれない、と推測をつづけた。
「まぁなんにせよ、これで逃げれると思った途端にお前らが来て、ちょっとパニクってああなったってわけだ」
「なるほどー」
「大変……だったんだね」
「そこまででもないさ。むしろ同志のストーン分家に出会えてうれしい。」
「ああ、そう言えば反応してたわね。ストーンの名前に」
「……………………いや待て、君がホムンクルスだとしたらそれは……
いや、先ほど言ってたか。前世の記憶があると……………できるならば、名前を聞かせてもらえるかい？」
「ん？良いぜ。俺の名は──────────────────」
『全員動くなぁ！！！』
怒号が響いた。
声の聞こえた方向を見ると、武装した数人の魔術師がこちらに銃口を向けていた。
「ッ…………！」
「ほう、早かったじゃないか………証拠を消しに来るのが」
「い、いや………！なんでお前そんな冷静なんだよぉ！？」
双子の少女が震えながら男にしがみつく。
「お前たちには研究所破壊と侵入の2つの容疑がかけられている！
おとなしく投降しろ！！」
「容疑だと………？俺様を閉じ込めておいてよく言うぜ糞野郎ども！！」
ホムンクルスの少女が中指を突き立てながらキレる。
「…………この場合、連中は悪役という事でいいのかしらね」
「そうだね。しかし、この場をどうにかできなければ悪は僕らとなるだろう」
「─────────────ってことはぁ……………」
ハァ……、と双子の少女の次女の方がため息をつく。
「徹底抗戦しかないってことかよ！！」
少女が指を鳴らす。それと同時に水道が破裂し、大量の水が流れ出す。
その水が形となって防壁を形成する。
「ちっ！防御魔術か！！」
「構わん！！形成に魔力を使うはずだ！撃てーっ！！」
ダンッ！ダダダン！と銃の弾が連射される。
「ひ、ヒナ………いける？」
「んー…………これはもって、10分かなー」
「まぁ向こうは10分も弾が持つはずもないから、
一応遠距離で殺されるという事はなくなった。ありがとう。」
男が少女の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「そうだが！反撃の手段がない！！
このまま時間を稼いでも向こうが増援を呼んできて泥沼だ！」
「………………手なら、あるんじゃないかしら」
赤髪の女性が、ちらりと七色の髪を持つホムンクルスの少女を見る。
「さっきのバーサーカー、魔力があれば制御できる？」
「え？……………あ、ああ。たぶん制御は出来ると思う。
でも…俺は今は生まれたばっかのホムンクルスだ。魔力なんて溜まって──────」
「じゃあ、魔力供給ね」
ジュルリ、と赤髪の女性は舌なめずりをする。
「えっ？なんて？」
「えーっと、ヒナちゃんとユヅキちゃんだっけ！？
何とか魔力供給が終わるまで時間稼いで！！すぐに終わらせるから！」
「分かった！なんだかわかんねぇけど対抗策が浮かんだという事だな！」
「………………………頑張る。」
「よし。この子たちがへばりそうになったら、おじさんが頑張ろう。」
少女と男がそう言って、奥の部屋へと向かう二人の少女を背中で見送った。
◆(省略)◆
「くっ……もう魔術で持ちこたえるのも限界だぜ……！」
「ふむ………、ならばあとは私が行こう………。」
そういうと、双子の少女を押しのけて男が前に出る。
「おっさん！？無茶だ！あんたじゃ奴らを相手取れない！！」
「なぁに………安心してくれ。向こうはもう弾切れみたいだし。
それに──────────もう……十分"溜まった"」
男の言う通り、水の壁の向こうの警備隊たちは銃の弾が切れたらしく警棒での攻撃にシフトしている。
「…………ッ！もう限界だ」
そう少女が言い膝をつく。それと同時に、壁を形成していたミスは通常の水へと戻る。
それと同時に、多数の警備隊たちが入り込んできた。
「おっと、少女たちを傷つけようとするだなんてそれでも大の大人かい？」
そう言胃ながら男がかばうように少女たちの前に立つ。
男の頭部をめがけて、警備隊たちの警棒が勢いよく振り下ろされる。
「あぶない…………！」
バシィッ！！と音が響いた。
しかし、その音は男の頭部が警棒にはじかれた音ではない。
それは、まるで風船のようにパンッパンに筋肉の膨らんだ男の腕が、
振り下ろされた警棒を握り締めながら受け止めた音であった。
『な…………っ！？なんだその魔術は……っ！！』
「ふふっ、妻はね……たくましい男が好きだと言ってくれたんだ」
「っていうか細い体にムッキムキの片腕って超アンバランス！」
バキッ！！と男は警棒を軽々とへし折り、少しバックステップで距離をとる。
「さて、自己紹介をしておこうか。……僕の名は、イズラエル・オリジンストーン。
ちょっとうちから家出した莫迦息子と愛娘を探しに来た……ただの魔術師さ」
『お、オリジンストーンだと……？』
『しかもその名前！先代当主ではないか！！』
男の名前を聞いた瞬間に、警備隊たちが狼狽える。
「え、何？おっさんそんなすごい人なの？」
「ヒナ…………私達の親戚……というか大本だよ」
「ああ、オリジンストーンだからか……って先代当主ぅ！？」
その男の自己紹介により、敵にも味方にも混乱が波紋のように広がっていく。
「さて、この混乱に乗じて逃げ出すとしましょうかね」
「っていうかそのキモイ腕何時治るんだよ」
しかし、そうは問屋が卸さないのが現実であった。
『狼狽えるな。』
そう声が響いた。どうやらスピーカーからその声は響いているようであった。
その声を聴いた瞬間、警備隊たちはまるで様子が変わったかの如く体制を整えた。
「ほう………、この声はどうやら連中の親玉さんらしいな」
『手間取る必要はない。我らO-13……オーダー�困魏魘悗垢襦�』
『───────────────────。………了解。』
そう放送が入った瞬間、警備隊たちの目の色が変わった。
「………………なんだ？なにを仕掛けてくるつもりだ……？」
男が疑問に思うより先に、警備隊たちは何か紙のようなものをばらまく。
それは何かの魔術の陣を描いたような紙であり、地面に落ちるなりその紋様を地面に刻み付ける。
「なるほど……スクロールのような即効性(インスタント)の魔術か。こりゃ便利だな……」
「って言っている場合かおっさん！」
そんな会話をしていると、警備隊たちの詠唱が重なって響き始めた。
『素に銀と鉄！礎には石と契約の大公を！！』
「詠唱………！」
「何の魔術だ！？」
「────────おいおいおい、こりゃあ何の冗談だ」
男の顔が青ざめる。しかし警備隊たちはそんなことをものともせず詠唱を続ける。
『降り立つ風には壁を！四方の門は閉じ！王冠より出で！王国に至る三叉路は循環せよ！！』
地面に刻まれた魔術の紋様が、淡く光を灯し始める。
「何………？何が始まるの………？」
「まずいぞ……これは………"英霊召喚"の魔術だ…！！」
「英霊……召喚！？」
『繰り返すつどに五度！ただ我ら！満たされる刻を破却する！！』
コォォォォ……と地面に刻まれた紋様がさらに強い光を放つ。
警備隊たちの手の甲には、うっすらと深紅の文様が刻まれ始める。
「待て……！何故聖杯戦争も無いというのに！サーヴァントの召喚が成立しようとしている！？
在り得ない…！！聖杯でもなければ英霊を使い魔になど！」
『有るのだよ………、我々の世界には………。
聖杯など無くても………英霊を道具として使役する手段が……！』
先ほどのスピーカーから聞こえた男の声が、部屋に響いた。
しかし今度はスピーカーからではない。コツ、コツ、と廊下の奥から足音が聞こえる。
「………ヒナ…………………」
「……………ふ、ふん……！ようやく親玉のお出ましか……！」
廊下の暗闇の中から出現したのは、シルクハットに燕尾服を纏った、ステッキを突く男性であった。
スカーフで顔の下半分を、片眼鏡で左目を隠しているため詳細は不明だが、声から若者であると推定される。
「はじめまして……小さき魔術師よ。そしてオリジンストーン先代当主よ…………。
この手で貴方たちのような存在の命の芽を摘むことになる事、非常に心苦しい。」
「（…………………殺すことしか頭には無し…………、か）」
「そ……、そういうお前は何者なんだよ………！」
「振るえる拳は隠して凄みたまえお嬢さん？……そうでしたね、自己紹介がまだでした。
私の名は、特にはないですが………そうですねぇ。Dr.ノン・ボーンとでも覚えてください」
その男はうさん臭く目を細めて、わざとらしく深々と頭を下げた。
「Dr.ノン・ボーン………骨無しとでも言いたいのか？」
「ご自由に………。とはいっても二度と出会う事はないと思われますがねぇ」
ククク……と男は喉を鳴らしながら目線を己の背後の警備隊たちに移す。
『誓いを此処に！我は常世総ての善と成る者！我は常世総ての悪を敷く者！！』
「彼らの詠唱が完成したとき……貴方達は人間を遥かに超えた存在の手で八つ裂きにされる運命にある！」
「何故………お前たちは英霊を自在に召喚できる……？英霊を超えた支配者にでもなったつもりか！？」
「えぇ……、我らは新たなる使命を作り上げる……新世界秩序同盟O-13(オーダーズ・サーティーン)なのですから……
古き時代の英霊など……資源として使い潰すことが当然でしょう……」
男は目を細めて笑う。ケタケタケタと気味の悪い笑い声が廊下に木霊する。
「さぁ蹂躙せよ英霊共！！我らの計画の糧として、邪魔者共を粉砕しろォ！！」
「くそっ！！なんか防ぐてはないのかおっさん！！」
「ダメだ！ちょっとやそっとじゃあの召喚陣は破壊できない！
描かれている廊下ごと破壊しなくてはとまらない！」
「そんな…………………っ！」
『抑止の輪より来たれ！！天秤の―――――――――！』
3人が絶望の表情に染まり、警備隊たちの詠唱が完成しようとした――――――その時であった。
ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォン！！！！！！！！！！！！！
と、轟音が鳴り響き、彼らの立っていた廊下がぐしゃぐしゃに砕け陣が破壊される。
「な――――――――――――――――――っ！？」
燕尾服の男………Dr.ノン・ボーンが先ほどとは打って変わって焦りの表情を見せる。
衝撃が来た方向を見ると、そこにはこの霊長総研の施設を破壊した元凶が立っていた。
「――――――人造英霊AB-001号…………………ッ！！」
「…………………どうやら、魔力供給は終わってくれたようだね………。」
ｷﾞｨｨｨｨｨ………、と3人組の背後にあった部屋の扉から2人の女性が出てくる。
赤髪の方はなぜかツヤツヤとすっきりしており、七色の髪の方はなぜかちょっとげっそりとしていた。
「何があったの……………？」
「いや、その……凄いことがあったんだろ、ユヅキ」
困惑の表情の少女二人と対照的に、赤髪の少女は笑顔で言う。
「すっきりしたわ。」
「俺は死ぬかと思った」
七色の髪の少女はそう言うがすぐに、両手でパァンと自分の頬をたたき奮い立つ。
「だが！！魔力十分！！行け我がサーヴァントよ！！」
ドォン！！とその少女を中心に魔力の波動が起きる。
一瞬周囲にいた魔術師たちは、少女の全身を覆うかのような赤い紋様を幻視した。
「（っ！？…………い、いまのは……？）」
「（これは………………！）」
「よぅし制御可能！！存分に暴れてくれや！！」
「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「…………………どうやら、この場は退いた方がよさそうですねぇ…………………！」
燕尾服の男はそう言うと、マントを拡げ、警備隊全員と己の全身を覆う。
すると、たちまちマントに包まれた者たちから消えゆき、男の全身も次第に消えて往き、
最終的には男のマントと頭部だけが宙に浮くかたちとなった。
「あっ！テメェ逃げるのか！？」
「悪いが"今は"英霊と戦う気など無いよ……時が来たらまたお会いしよう」
そう言いながら男はマントで己の頭部を覆い隠す。
「――――――――――――次は皆殺しだ」
そう言い残すと、マントだけが残り、男の姿は跡形もなく消えていた。
「チッ……、逃がしたか」
「いや……撤退してくれただけでありがたいよ」
男は、いやオリジンストーンの先代当主は腕の筋肉を元の細腕に戻しながら言う。
「新世界秩序同盟……と奴は言った。聞いたことも無い組織だ。
が………、名前からして胡散臭く…そしてやばい連中と言うのは分かる。
もうオリジンストーンに魔術の家としての発言力は皆無だが……少し危惧して回るとしよう」
『Uuuuuuuuhhhh…………。』
先ほどまでの咆哮が嘘であったかのように、英霊がおとなしく低く唸る。
「おう、さっきはありがとうな。えーっと……バーサーカー。」
そう言いながら、七色の髪のホムンクルスの少女は拳を巨大な英霊に突き出す。
「こいつはどうなるんだ？また暴れだすのか？」
「うーん、正直私英霊には詳しくないからなー………」
「――――――――――――――――。」
英霊は無言のまま、優しく拳を握ってこつんと少女の拳にぶつけた。
すると、身体が徐々に薄れていって、最後には光の粒子になって消えた。
「………………消えた」
「魔力の反応は無くなった。どうやら、座に帰ったんじゃないかな」
「え？あいつってなんか生身があるみたいな話してなかった？」
「そこはー………どうなんだろうね？」
ははは、と男は…オリジンストーンの先代当主は笑ってお茶を濁した。
「一体何の英霊だったのかしらね」
「まぁ今となっちゃ分からん事よ。…それにしても疲れたー…！」
ドサッ、と七色の髪の少女が地面に腰をつく。
「お疲れ様、すっごい良かったわよ」
「それはあの奮戦がか？それとも魔力供給がか？」
ホムンクルスの少女は苦笑いしながら問うた。
「いやぁ、ありがとう。君がいなかったら僕らは侵入者の烙印を押されて悪人にされる所だった！」
男はスッと手を伸ばして少女に握手を求める。
「まぁ実際その通りなんだけどな」
「ヒナ……しっ」
「こっちこそありがとうよ、…えーっと」
「イズラエル。イズラエル・オリジンストーンさ。君の名は？」
「俺か？俺の名はー…」
少女はその差し出された手を、しっかり握り返して答える。
「ザックライアス。ザックライアス・オリジンストーンだ。」
◆
『……………………（ｼｭｩｩｩｩｩ』
『おや、お早いお帰りですねノンボーン先輩』
『ああ………、少々意外な珍客がいたものでね十三位』
『ほう………、お主が撤退を決する程とは如何なる珍客よ？』
『────────大したことはないよ。旧世界の遺物が、転がっていただけの話だ』
『さて………、あらかた揃いましたし…始めるとしましょうか？』
『欠席４名………、第一位様はいつもの事として、意外と此度は集まりましたわね』
『ふむ、そうだな…………しかし、欠席を幾度もするとは信頼に欠ける、そうは思わないか？』
『そうですね、休むときは平等に休むべきです』
『まぁ、兎にも角にも始めようじゃないか』
『議題は、英霊召喚儀式の形骸化についてだ』
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