最終更新:ID:cVyEGbzY6g 2019年11月28日(木) 02:22:50履歴
「…あら」
「…えっ」
旧フリーメイソン本部跡地。
世界改変に続くフリーメイソンの瓦解、次ぐ「グランドロッジ戦線」。
その際に一帯の地形が変わるほどの交戦がなされ、すっかり町ごと廃墟となった───その、地下。
かつて、メイソン瓦解の際にその導き手となる予定だった十三名の会議が行われていた場所…黒い円卓に、二名の人影があった。
「どうなさいました?ガフさん。そんなに急いで」
「ミス・花宴…?なぜ、ここに」
半ばドアを蹴破らんという勢いで入室してきたのは、拘束具を身に付けた動く石像のようなヒトガタ──ガフ・V・K・ボネリ。
一方、室内でかつて「第一位」のものであった椅子に堂々と座っていたアーノルディア・ミオート(以下略)は、平静を崩さぬままにガフに問いかける。
「貴方こそ。…その様子だと、何か切羽詰まっているようですが…」
「……説明は後でいいですか。とにかくアズだけでも日の当たらない場所に……ああアズ、大丈夫だ。変な人はいたけど危険はなかった、こっちに」
「…わかったー。……変な人?………あぁ、服装が危ない人だー」
「ガフさん?貴方いきなりわたくしの扱いひどくありませんか?」
「いきなり襲いかからないだけマシだと思ってほしいですよ、こっちは追われて焦ってるんですから……アズ、「それ」を持って一度ここで待っていろ。ボクは奴らを…」
「…お待ちなさい」
自身の後ろから付いてきた長身の青年…アズ=アズィンにアタッシュケースのようなものを託すと、ガフは踵を返し退室しようとする。
その背に、アーノルディアが声をかけた。
「…何ですか、今ボク忙しいんですけど」
「その追手、仕留めても構いませんか?」
「………偶然会っただけのアナタに、助力をされる謂れは…」
「ここで暴れられると少々困るのです。それに、一人の「王」として…臣下ならともかく、他の「王」に遠慮されるのは威信に関わります」
「…ああ、はい。分かりました。……一人残らず殺して構いません。…ですが、こんな世界でも尚ボクを狙うような奴らです、返り討ちにはされないようにしてくださいよ。足手まといも御免です」
「ふっ、まさか。……アトリス。アサシンと共にガフさんを援護しなさい」
「承知」
パチン、とアーノルディアが指を鳴らすと、どこからともなく少女のような外見の燕尾服の男…アトリス・アーレントが現れる。
その背後には、黒い外套と髑髏の面を被ったサーヴァントが控えていた。
「うわっ。…ミスター・アーレント、どこにいたんですか」
「天井ですが。…それよりも、女王の命です。向かいましょう」
「えぇ…」
「…金朱孔 め、よりによってこのような場所に逃げ込みおって……」
「フリーメイソンの本部……。まさか地下に残っていたとは…まぁ、私達には関係のない話だが」
「これで追い詰めた…と思いたいがな。奴の持つ第四呪詛は、確実に回収せねばならん。我々が、グロースの後継だと証明するためにも……む?」
一方、本部に通じる地上の隠れ入口には、数名の魔術師が到達していた。
その内の一人が、奇妙な事に気付く。
「…だが、ここは打ち捨てられた場所のはず…なぜこうも魔力の反応が…これは、地下か…?」
「…どういうこと?まさか金朱孔がここに外部基地でも建てていたと?」
「……分からん。だが、奴がここに逃げ込んだのは確か。いずれにせよ調査は必要だな」
魔術師たちは、老朽化した秘匿の結界を破らんと詠唱を始めた。
「その必要はありませんよ」
…その時、とん、と。
先頭の一人の額に、ナイフが突き刺さる。
次の瞬間にはその刀身が爆裂し、頭部であった部分を跡形もなく吹き飛ばした。
「え」
「魔術師だけ、か。せめて英霊がいれば面白味もあるのだがな」
突然の事に呆然としていた別の魔術師が、黒衣のアサシンに杖で小突かれる。
「さて、仕事だ」
次の瞬間、その首がごきりと捩れ、血を噴き出す頭が地に転がった。
「な──サーヴァント!?なぜ…」
「まずい、罠か!?」
「罠?これは、ボクにとっても望外の出来事だとも」
「金朱孔…ッ」
「…精々、運が悪かったと思え」
ガフが自らの右掌を刺し貫き、相手の顔面に添える──と同時に、SH.ME.ELによる補食が発生。
空間ごと削り取られたように、魔術師の頭部は消失した。
「出てきたか…!おい、熱線銃を──」
「もう、誰も居ませんよ」
「は……ぅ、ぐっ…」
瞬く間に最後の一人となった魔術師を、アトリスが背後から締め上げ気絶させる。
「…さて、第七位…では、ありませんでしたね。ガフ、これを尋問して聞き出したい事などは?」
「…特にないですね。どこの誰かまでは分かりませんが……そこに興味はないですし。目的と出所は分かっていますから」
「そうですか」
気絶したままの魔術師の喉元に、深々と刃が突き刺さった。
「…それで、どういう事情なのですか?」
再び、かつての会議室。
向かいの席に座らされたガフに、アーノルディアが問い掛ける。
「紋章院が瓦解し、分裂した…のは、デュヒータから聞いていますか」
「はい。わたくし、あまり魔術組織には明るくありませんが…事情は概ね把握しているつもりです」
「ボクは、その紋章院の…いえ、造物主の「作品」の一つ、「第四呪詛」を保有しています。これを、紋章院残党の革命派が狙っているんです。……ボクも、保有しているだけで使えるものではないのですが…あれに渡すよりは、ボクが持っているべきかと思いまして」
「…なるほど。ふむ、となるとさては、仲間の方を危険に晒さないために単身で逃避行しようとしたところ…」
ちら、とアーノルディアがアズの方を見る。
「?」
「…まあ、そんなところです。……それで、ミス・花宴は?…追手たちが妙な魔力の反応があると言っていましたが…何か、しているんですか?」
「それは、臣下が建造しているものの反応ですね。武装客船ラスト・リゾート…わたくしの、国となるものです」
「武装客船…?」
「不老が一般化し、各都市が再編された今も…尚、わたくしのみを王とするために臣下達が考えた計画です。一船を一国とし、その長としてわたくしが座す…という」
「アナタは…なんというか、相変わらずですね…」
「ええ。例え不朽という利点が失せたとて…わたくしは依然、女王ですから。民の理想を体現することに余念はありません」
「……本当に、変わらない人だ」
「…では、貴方は変わったのですか?」
問い掛けながら、正面から見つめてくるその瞳に…一瞬だけ、身動ぎしてから。
「…ボク?…ボクは……」
「……そう言われれば、変わったのかもしれませんね」
「……」
「…世界が再編され、ボク達に聖杯は与えられませんでしたが……搾取者の大半は、平凡な人間へと堕ちました」
「……そして造物者が死に…ボクも朽ちるものかと思っていましたが、なぜかこうして稼働を続けている」
「それでも、ボクの中にある感情は変わらない。……ボクという個人が唯一殺したかった相手は、もう死んでいるのに」
「……唯一?」
「…ああ、そうか。ミス・花宴には伝えていな……いや、誰にも言っていませんでしたねボク。…簡単に言うと……」
そう言うとガフは、自らの「構造」についていくらかの情報を開示する。
SH.ME.EL.の欠陥…補食による感情の取り込みと、それによる自身の精神への影響。
「……と、いったところです。…話したところで、どうにもなりませんけどね。今だって結構殺しそうなのを我慢してますし」
「……ふむ」
「……すみません、ガフさん。詳しいことをお聞きしたいので、少しだけ、二人でお話をしませんか?」
少しの逡巡の後、アーノルディアはガフへと提案を投げ掛ける。
先程、ガフが自らには暴走の可能性があることまでを語った上で、である。
「…正気ですか。今の話を聞いて……。……いえ、ボクは、構いませんが」
「……ありがとうございます。……アトリス、アズさんと待っていてください」
「承知致しました」
「えー……?」
「…アズ、少しの間だけだ」
「うーん…わかったー……」
二人が席を外すと、ガフは腕の拘束具を起動し、自らの腕を背で縛る。
「あら、構いませんのに」
「せめてもの安全処置です。ボクだって、望まない形でアナタを殺したくはない」
「……お気遣い、ありがとうございます」
そう言うと、アーノルディアは一度目を伏せ、「気配を変える」。
ガフには、その変容が容易に理解できた。
「……では、ここからは。「王」と「王」しての話です、ガフさん」
「……」
「率直に言いましょう。今の貴方は、弱者たちの王足り得ない」
「……っ、それは、ボクだって理解しているつもりだ。一人で逃げ回っている王など…」
「そのことではありません。もっと前の段階での話です」
「……前?」
「あくまでわたくしの持論ですが……王足り得る王とは、自らの意思で以て衆人を導く力があるものです」
「……独裁こそを王政などと言うつもりはありません。ですが」
「他の王の傀儡ですらなく。王そのものに意思がない王政など、王政にあらず。それは、単なる機構に過ぎないでしょう」
「……!」
「貴方は、原点こそ王であったでしょう。ですが、自らの怒りを失い、ただ他者の怒りを叶えるだけでは……それは、れっきとした王であると言えないと、わたくしは考えます」
「……既存のシステムが破壊されたこの世界で伝えるのは、些か酷かもしれませんが。ですが、それでも言わなければならないと思いました」
「……」
両者の面持ちが沈痛なものとなる。
「……でも、それで、貴方が貴方を責めることはないと思います」
「……?」
「そもそもの原因は、貴方の素材の構造上の欠陥でしょう?貴方の義憤も、本来ならば知り得ない感情を知っているがゆえに……と言えば聞こえはいいですが。それこそ望外の仕様で消え行くはずの感情を知り、取り込んだとして……それに応える意義がどこにありましょう」
「……確かに、そう、だが。ボクには、それを拒否する手段がない。補食で取り入れた感情は、勝手にボクを動かすと言った筈だ」
「…ただ、ボクのしてきた事を否定するだけならば。今、ここでアナタを──」
「ですから」
言葉を遮ったアーノルディアが立ち上がり、その背に糸で編まれた蝶の翅を広げる。
「貴方を。今こそ、「ただのガフ」に戻して差し上げましょう……と、言おうとしていたのです」
「……言葉が強くなったのはお詫びしますが……ただこの提案を投げ掛けるだけでは、いけないと思ったので」
「ボクを、戻す……?」
「わたくしの魔術であれば、貴方から、貴方のものならざる感情を吸い上げることができます。……それを、貴方が許容すれば、の話ですが」
「………ボクに、SH.ME.EL.の仕様を管理する機能はない。無理矢理にでも、それは可能なはずだ」
「ならばわたくしの倫理の問題です。本来は心を開かせねば使えないものを、貴方にだけ問答無用で施すのは個人的にアンフェアですから」
「……では、それが、アナタにとって何の利益になる?」
「ボクが、目的を失ったのは確かだ。感情をぶつける先も、自分自身の怒りまでも」
「ただ……それを、アナタがどうこうしようという意義が見えない。……もし、同情や憐憫のつもりなら、ボクは拒絶させてもらう」
「………」
そう言われたアーノルディアは、少しの間思考して。
「……なぜでしょう?」
「は?」
「いえ、確かに仰る通りなのです。例え同情や憐れみを抱いたとて、それを仮にも「王」相手に伝えるほどわたくしは不躾ではありませんし、そもそも貴方に対しては今のままでもやっていけるとは思っていますし」
「……まぁ、はい」
「…では、なぜわたくしはこうまでしてガフさんを……?」
「えっ、この状況でそこで突っかかるんですかアナタ勘弁してくださいよ」
「わっわたくしだって考えてなかったんですもの!ただ貴方が心底疲れたような心地に見えたから提案に乗るだろうと思っただけで!」
「……えっ」
「えっ?」
「…ボク、そんなに疲れたような顔してました?」
「…はい。……主にSH.ME.EL.のお話をされていたあたりでしょうか。なんというか…こう…目的を無くして、でもプレッシャーだけはかかっている人生に絶望したタイプの方がする「もう楽にしてくれ」という感じの…顔というか、雰囲気ですかね」
「(溜め息)…………アナタ、本当に人心掌握については化物ですね」
「ばけ……もう、女性を褒めるならもう少しいい言葉を使ってください!」
「あ、はい」
…静寂。
少しむきになったことを認識したアーノルディアは一度姿勢を直し、一方のガフはまた溜め息をつく。
「…こほん。……それで、どうなのですか?」
「……わたくしの手に、その責を委ねる気は…ありませんか?」
「…それ自体は構わないというか、ボク個人としては…正直、魅力的な提案ではあります」
「だが…それは、ボクの…ガフ・フォークト・カンプフ・ボネリ自身の否定でもある」
「……進み続け、殺し続けることこそがガフをガフたらしめているのだから」
「……そう、ですか」
「ですが」
ふぅ、と息をつき、ガフはアーノルディアと目を合わせる。
「……それに終わりをもたらすのが、アナタならば」
「…ボクは、受け入れていいような気がします」
「…ガフさん……!」
「なんでアナタが嬉しそうなんですか、まったく……さて、拘束があるとはいえ暴れだすと面倒ですよ、手早くお願いします」
「ぁ…こほん。…承りました。では…」
その背に開いていた蝶の翅のごとき礼装…『天蚕翅』から、無数の糸が綻ぶ。
それがゆっくりと、ガフの身体に繋がっていき…。
「……『誘朧月』」
仄かな光と共に、吸収が始まる。
内面が晴れていく感覚が、ガフの心に拡がっていき───。
「……成程。この「感情」は──さぞ、重いものでしたでしょうね」
「……花宴。大丈夫ですか?……いくら吸い出してしまえば霧散するとはいえ、少しは安静に…」
「…何を。わたくしは70億を統べるものになるのです、この程度」
「……それよりも。もう一つ、伝えなければならないことがあります」
「何ですか?今のボクなら、素直に聞き入れると思いますよ」
「……貴方一人だけになっても、本当に疲れた時は……どこかで、終わりにしましょう」
「───」
「……貴方には、『前進』を拒む権利があり。そして──膝を折り、地に伏す権利だって、あります」
「……花宴、アナタ…」
「…少しだけ、内側を覗かせて頂きました。……わたくしから掛ける言葉は、それだけです」
「……気に入らないのなら、戯言と聞き流して下さい。今はそれよりも、今後の事を考えましょうか───」
アーノルディアが天蚕翅を収め、ガフから再び離れる。
「……ずるい人だ」
「常に、与えるだけでも、奪うだけでもない王……」
「……そういうところが、」
<了>
「…えっ」
旧フリーメイソン本部跡地。
世界改変に続くフリーメイソンの瓦解、次ぐ「グランドロッジ戦線」。
その際に一帯の地形が変わるほどの交戦がなされ、すっかり町ごと廃墟となった───その、地下。
かつて、メイソン瓦解の際にその導き手となる予定だった十三名の会議が行われていた場所…黒い円卓に、二名の人影があった。
「どうなさいました?ガフさん。そんなに急いで」
「ミス・花宴…?なぜ、ここに」
半ばドアを蹴破らんという勢いで入室してきたのは、拘束具を身に付けた動く石像のようなヒトガタ──ガフ・V・K・ボネリ。
一方、室内でかつて「第一位」のものであった椅子に堂々と座っていたアーノルディア・ミオート(以下略)は、平静を崩さぬままにガフに問いかける。
「貴方こそ。…その様子だと、何か切羽詰まっているようですが…」
「……説明は後でいいですか。とにかくアズだけでも日の当たらない場所に……ああアズ、大丈夫だ。変な人はいたけど危険はなかった、こっちに」
「…わかったー。……変な人?………あぁ、服装が危ない人だー」
「ガフさん?貴方いきなりわたくしの扱いひどくありませんか?」
「いきなり襲いかからないだけマシだと思ってほしいですよ、こっちは追われて焦ってるんですから……アズ、「それ」を持って一度ここで待っていろ。ボクは奴らを…」
「…お待ちなさい」
自身の後ろから付いてきた長身の青年…アズ=アズィンにアタッシュケースのようなものを託すと、ガフは踵を返し退室しようとする。
その背に、アーノルディアが声をかけた。
「…何ですか、今ボク忙しいんですけど」
「その追手、仕留めても構いませんか?」
「………偶然会っただけのアナタに、助力をされる謂れは…」
「ここで暴れられると少々困るのです。それに、一人の「王」として…臣下ならともかく、他の「王」に遠慮されるのは威信に関わります」
「…ああ、はい。分かりました。……一人残らず殺して構いません。…ですが、こんな世界でも尚ボクを狙うような奴らです、返り討ちにはされないようにしてくださいよ。足手まといも御免です」
「ふっ、まさか。……アトリス。アサシンと共にガフさんを援護しなさい」
「承知」
パチン、とアーノルディアが指を鳴らすと、どこからともなく少女のような外見の燕尾服の男…アトリス・アーレントが現れる。
その背後には、黒い外套と髑髏の面を被ったサーヴァントが控えていた。
「うわっ。…ミスター・アーレント、どこにいたんですか」
「天井ですが。…それよりも、女王の命です。向かいましょう」
「えぇ…」
「…
「フリーメイソンの本部……。まさか地下に残っていたとは…まぁ、私達には関係のない話だが」
「これで追い詰めた…と思いたいがな。奴の持つ第四呪詛は、確実に回収せねばならん。我々が、グロースの後継だと証明するためにも……む?」
一方、本部に通じる地上の隠れ入口には、数名の魔術師が到達していた。
その内の一人が、奇妙な事に気付く。
「…だが、ここは打ち捨てられた場所のはず…なぜこうも魔力の反応が…これは、地下か…?」
「…どういうこと?まさか金朱孔がここに外部基地でも建てていたと?」
「……分からん。だが、奴がここに逃げ込んだのは確か。いずれにせよ調査は必要だな」
魔術師たちは、老朽化した秘匿の結界を破らんと詠唱を始めた。
「その必要はありませんよ」
…その時、とん、と。
先頭の一人の額に、ナイフが突き刺さる。
次の瞬間にはその刀身が爆裂し、頭部であった部分を跡形もなく吹き飛ばした。
「え」
「魔術師だけ、か。せめて英霊がいれば面白味もあるのだがな」
突然の事に呆然としていた別の魔術師が、黒衣のアサシンに杖で小突かれる。
「さて、仕事だ」
次の瞬間、その首がごきりと捩れ、血を噴き出す頭が地に転がった。
「な──サーヴァント!?なぜ…」
「まずい、罠か!?」
「罠?これは、ボクにとっても望外の出来事だとも」
「金朱孔…ッ」
「…精々、運が悪かったと思え」
ガフが自らの右掌を刺し貫き、相手の顔面に添える──と同時に、SH.ME.ELによる補食が発生。
空間ごと削り取られたように、魔術師の頭部は消失した。
「出てきたか…!おい、熱線銃を──」
「もう、誰も居ませんよ」
「は……ぅ、ぐっ…」
瞬く間に最後の一人となった魔術師を、アトリスが背後から締め上げ気絶させる。
「…さて、第七位…では、ありませんでしたね。ガフ、これを尋問して聞き出したい事などは?」
「…特にないですね。どこの誰かまでは分かりませんが……そこに興味はないですし。目的と出所は分かっていますから」
「そうですか」
気絶したままの魔術師の喉元に、深々と刃が突き刺さった。
「…それで、どういう事情なのですか?」
再び、かつての会議室。
向かいの席に座らされたガフに、アーノルディアが問い掛ける。
「紋章院が瓦解し、分裂した…のは、デュヒータから聞いていますか」
「はい。わたくし、あまり魔術組織には明るくありませんが…事情は概ね把握しているつもりです」
「ボクは、その紋章院の…いえ、造物主の「作品」の一つ、「第四呪詛」を保有しています。これを、紋章院残党の革命派が狙っているんです。……ボクも、保有しているだけで使えるものではないのですが…あれに渡すよりは、ボクが持っているべきかと思いまして」
「…なるほど。ふむ、となるとさては、仲間の方を危険に晒さないために単身で逃避行しようとしたところ…」
ちら、とアーノルディアがアズの方を見る。
「?」
「…まあ、そんなところです。……それで、ミス・花宴は?…追手たちが妙な魔力の反応があると言っていましたが…何か、しているんですか?」
「それは、臣下が建造しているものの反応ですね。武装客船ラスト・リゾート…わたくしの、国となるものです」
「武装客船…?」
「不老が一般化し、各都市が再編された今も…尚、わたくしのみを王とするために臣下達が考えた計画です。一船を一国とし、その長としてわたくしが座す…という」
「アナタは…なんというか、相変わらずですね…」
「ええ。例え不朽という利点が失せたとて…わたくしは依然、女王ですから。民の理想を体現することに余念はありません」
「……本当に、変わらない人だ」
「…では、貴方は変わったのですか?」
問い掛けながら、正面から見つめてくるその瞳に…一瞬だけ、身動ぎしてから。
「…ボク?…ボクは……」
「……そう言われれば、変わったのかもしれませんね」
「……」
「…世界が再編され、ボク達に聖杯は与えられませんでしたが……搾取者の大半は、平凡な人間へと堕ちました」
「……そして造物者が死に…ボクも朽ちるものかと思っていましたが、なぜかこうして稼働を続けている」
「それでも、ボクの中にある感情は変わらない。……ボクという個人が唯一殺したかった相手は、もう死んでいるのに」
「……唯一?」
「…ああ、そうか。ミス・花宴には伝えていな……いや、誰にも言っていませんでしたねボク。…簡単に言うと……」
そう言うとガフは、自らの「構造」についていくらかの情報を開示する。
SH.ME.EL.の欠陥…補食による感情の取り込みと、それによる自身の精神への影響。
「……と、いったところです。…話したところで、どうにもなりませんけどね。今だって結構殺しそうなのを我慢してますし」
「……ふむ」
「……すみません、ガフさん。詳しいことをお聞きしたいので、少しだけ、二人でお話をしませんか?」
少しの逡巡の後、アーノルディアはガフへと提案を投げ掛ける。
先程、ガフが自らには暴走の可能性があることまでを語った上で、である。
「…正気ですか。今の話を聞いて……。……いえ、ボクは、構いませんが」
「……ありがとうございます。……アトリス、アズさんと待っていてください」
「承知致しました」
「えー……?」
「…アズ、少しの間だけだ」
「うーん…わかったー……」
二人が席を外すと、ガフは腕の拘束具を起動し、自らの腕を背で縛る。
「あら、構いませんのに」
「せめてもの安全処置です。ボクだって、望まない形でアナタを殺したくはない」
「……お気遣い、ありがとうございます」
そう言うと、アーノルディアは一度目を伏せ、「気配を変える」。
ガフには、その変容が容易に理解できた。
「……では、ここからは。「王」と「王」しての話です、ガフさん」
「……」
「率直に言いましょう。今の貴方は、弱者たちの王足り得ない」
「……っ、それは、ボクだって理解しているつもりだ。一人で逃げ回っている王など…」
「そのことではありません。もっと前の段階での話です」
「……前?」
「あくまでわたくしの持論ですが……王足り得る王とは、自らの意思で以て衆人を導く力があるものです」
「……独裁こそを王政などと言うつもりはありません。ですが」
「他の王の傀儡ですらなく。王そのものに意思がない王政など、王政にあらず。それは、単なる機構に過ぎないでしょう」
「……!」
「貴方は、原点こそ王であったでしょう。ですが、自らの怒りを失い、ただ他者の怒りを叶えるだけでは……それは、れっきとした王であると言えないと、わたくしは考えます」
「……既存のシステムが破壊されたこの世界で伝えるのは、些か酷かもしれませんが。ですが、それでも言わなければならないと思いました」
「……」
両者の面持ちが沈痛なものとなる。
「……でも、それで、貴方が貴方を責めることはないと思います」
「……?」
「そもそもの原因は、貴方の素材の構造上の欠陥でしょう?貴方の義憤も、本来ならば知り得ない感情を知っているがゆえに……と言えば聞こえはいいですが。それこそ望外の仕様で消え行くはずの感情を知り、取り込んだとして……それに応える意義がどこにありましょう」
「……確かに、そう、だが。ボクには、それを拒否する手段がない。補食で取り入れた感情は、勝手にボクを動かすと言った筈だ」
「…ただ、ボクのしてきた事を否定するだけならば。今、ここでアナタを──」
「ですから」
言葉を遮ったアーノルディアが立ち上がり、その背に糸で編まれた蝶の翅を広げる。
「貴方を。今こそ、「ただのガフ」に戻して差し上げましょう……と、言おうとしていたのです」
「……言葉が強くなったのはお詫びしますが……ただこの提案を投げ掛けるだけでは、いけないと思ったので」
「ボクを、戻す……?」
「わたくしの魔術であれば、貴方から、貴方のものならざる感情を吸い上げることができます。……それを、貴方が許容すれば、の話ですが」
「………ボクに、SH.ME.EL.の仕様を管理する機能はない。無理矢理にでも、それは可能なはずだ」
「ならばわたくしの倫理の問題です。本来は心を開かせねば使えないものを、貴方にだけ問答無用で施すのは個人的にアンフェアですから」
「……では、それが、アナタにとって何の利益になる?」
「ボクが、目的を失ったのは確かだ。感情をぶつける先も、自分自身の怒りまでも」
「ただ……それを、アナタがどうこうしようという意義が見えない。……もし、同情や憐憫のつもりなら、ボクは拒絶させてもらう」
「………」
そう言われたアーノルディアは、少しの間思考して。
「……なぜでしょう?」
「は?」
「いえ、確かに仰る通りなのです。例え同情や憐れみを抱いたとて、それを仮にも「王」相手に伝えるほどわたくしは不躾ではありませんし、そもそも貴方に対しては今のままでもやっていけるとは思っていますし」
「……まぁ、はい」
「…では、なぜわたくしはこうまでしてガフさんを……?」
「えっ、この状況でそこで突っかかるんですかアナタ勘弁してくださいよ」
「わっわたくしだって考えてなかったんですもの!ただ貴方が心底疲れたような心地に見えたから提案に乗るだろうと思っただけで!」
「……えっ」
「えっ?」
「…ボク、そんなに疲れたような顔してました?」
「…はい。……主にSH.ME.EL.のお話をされていたあたりでしょうか。なんというか…こう…目的を無くして、でもプレッシャーだけはかかっている人生に絶望したタイプの方がする「もう楽にしてくれ」という感じの…顔というか、雰囲気ですかね」
「(溜め息)…………アナタ、本当に人心掌握については化物ですね」
「ばけ……もう、女性を褒めるならもう少しいい言葉を使ってください!」
「あ、はい」
…静寂。
少しむきになったことを認識したアーノルディアは一度姿勢を直し、一方のガフはまた溜め息をつく。
「…こほん。……それで、どうなのですか?」
「……わたくしの手に、その責を委ねる気は…ありませんか?」
「…それ自体は構わないというか、ボク個人としては…正直、魅力的な提案ではあります」
「だが…それは、ボクの…ガフ・フォークト・カンプフ・ボネリ自身の否定でもある」
「……進み続け、殺し続けることこそがガフをガフたらしめているのだから」
「……そう、ですか」
「ですが」
ふぅ、と息をつき、ガフはアーノルディアと目を合わせる。
「……それに終わりをもたらすのが、アナタならば」
「…ボクは、受け入れていいような気がします」
「…ガフさん……!」
「なんでアナタが嬉しそうなんですか、まったく……さて、拘束があるとはいえ暴れだすと面倒ですよ、手早くお願いします」
「ぁ…こほん。…承りました。では…」
その背に開いていた蝶の翅のごとき礼装…『天蚕翅』から、無数の糸が綻ぶ。
それがゆっくりと、ガフの身体に繋がっていき…。
「……『誘朧月』」
仄かな光と共に、吸収が始まる。
内面が晴れていく感覚が、ガフの心に拡がっていき───。
「……成程。この「感情」は──さぞ、重いものでしたでしょうね」
「……花宴。大丈夫ですか?……いくら吸い出してしまえば霧散するとはいえ、少しは安静に…」
「…何を。わたくしは70億を統べるものになるのです、この程度」
「……それよりも。もう一つ、伝えなければならないことがあります」
「何ですか?今のボクなら、素直に聞き入れると思いますよ」
「……貴方一人だけになっても、本当に疲れた時は……どこかで、終わりにしましょう」
「───」
「……貴方には、『前進』を拒む権利があり。そして──膝を折り、地に伏す権利だって、あります」
「……花宴、アナタ…」
「…少しだけ、内側を覗かせて頂きました。……わたくしから掛ける言葉は、それだけです」
「……気に入らないのなら、戯言と聞き流して下さい。今はそれよりも、今後の事を考えましょうか───」
アーノルディアが天蚕翅を収め、ガフから再び離れる。
「……ずるい人だ」
「常に、与えるだけでも、奪うだけでもない王……」
「……そういうところが、」
<了>
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