最終更新:ID:jX7BWXSVVw 2021年06月02日(水) 21:21:44履歴
──────モザイク都市天王寺。
通学路を少女が二人、並んで歩いていた。
一人は制服を着た活発そうな年若い少女 、もう一人は白いドレスを纏った幼い少女。
二人はたわいもないことを話しながらゆっくりと歩いている。
と、学校の前に着いた時
「学校はここだよ!」
活発そうな制服の少女、ココノは声を上げた。
「ありがとう、本当に助かったわ」
幼い白いドレスの少女は何処か優雅に頭を下げた。
「気にしないでいいよー!」
ココノは太陽のようににこりと笑う。
「本当に助かったわ、えっと……」
そこで少女はココノの名前を聞いていないことに気付いたのか、言い淀んだ。
「ウチは日向、日向ココノ!」
「そう、ありがとう、ココノさん。……私は、そうね。人からはトワイライトと呼ばれているわ」
少し考え込んで、白いドレスの少女トワイライトは口元に僅かな笑みを浮かべココノに自分の名を名乗った。
「それってあだ名?」
「そんなものよ 」
「いい名前やなー」
ココノはニコニコと笑みを見せ、それにつられてトワイライトも微笑む。
「重ね重ね、ありがとうココノさん。 ここまでで大丈夫よ、わざわざ学校まで戻らせてごめんなさいね」
「気にしないでいいよー!困ったらお互い様だもん!」
「ありがとう。それじゃあ、またいつか会えるといいわね」
「うん、またね!ばいばいにゃー!」
「……良かったのか?」
トワイライトの姿が見えなくなった所で霊体化したままでココノのサーヴァント、太陽のライダーはココノへと話しかける。
その口調はどこか、警戒の色があった。
「ん?兄やん、何が?」
「……いや気付いていないならそれでいい」
首を傾げるココノ。
そんなココノを見たライダーはそれきり黙ってしまった。
ココノは再び首を傾げるとま、いっか!と走る為に足を伸ばす。
ココノの親切と笑顔にトワイライトと名乗る女性は感謝と微笑みを持って返してくれた。
だがら、ココノにはトワイライトがそこまでライダーが警戒するほど悪い人には思えなかったのだ。
一方、ココノと別れたトワイライトはココノといた時の微笑みを消し、酷く冷めたような表情となった。
その表情のまま学校を一瞥する。
「さて、どこにいるのかしらね。『先生』ミュージアムキーパーさんと『逃がし屋』さんは?」
トワイライトは人によれば残酷にも見える笑みを口元に浮かべると校舎へと足を踏み入れた。
────────校舎内
「助かったよ、パーシヴァルさん。何分、資料が多いものでね!」
「いえいえ、たまたまいたものですから。お手伝いできたら嬉しいです」
校内の廊下を文字通り山のような資料を抱えた二人が歩いていた。
一人は白衣を着た快活そうな男性、藤田・“セオドア”・哲也、通称Dr.トルネード。
もう一人は亜麻色の髪にカジュアルなスーツを着た女性、パーシヴァル。
二人は談笑しながら、コツコツと足音を鳴らしながら歩いていた。
と、そこにもう一人の足音が近づいて来る。
見るとそれは白いドレスのような服を纏った少女の姿。
パーシヴァルは首を傾げる。足音は幼い少女のものだが、その雰囲気は少女というよりは老婆のように感じたからだ。
少女の見掛けは少女が見かけのままの年齢とは限らないのはこの世界の常識だ。
少なくともパーシヴァルは10年間の現界でそれを学んでいる。
幼い少女の姿のままでいたいという趣向を持つ人も中にいるのだ。
「あら、こんちにわ」
少女、トワイライトはすれ違いざまに頭を下げる。
「どうもこんにちは 」
Dr.トルネードが頭を下げ、続いてパーシヴァルも会釈をした。
そのすれ違いざま、トワイライトはクスリと微笑を浮かべる。
パーシヴァルは慌てて後ろを振り返り、後ろ姿を見つめた。
会ったことはない話を聞くだけだが、アーサー王の姉ガウェイン兄弟の母、魔女モルガン。
それに似た雰囲気、パーシヴァルが生きた時代に幾度も対峙した魔女達の気配を僅かに感じ取ったのだ。
「どうしたんだい?」
Dr.トルネードは不思議そうにパーシヴァルの顔を見る。
「いえ、きっと私の気のせいです」
Dr.トルネードの言葉にパーシヴァルは不安を押し殺し、気のせいだと首を振った。
そうに決まっている。モルガンのような 最悪を振りまく魔女、本物の魔術師がこんなところにいるはずがない。
「ごめんなさい、藤田先生。さぁ行きましょうか」
首を振り、不安を振り払ったパーシヴァルは前へと進んだ。
─────────教室。
夕焼けの射す教室で二人の男女が対面していた。
一人は無精髭に乱雑に伸びた髪、開ききらない瞼、スーツを着ているというよりはスーツに着られている教師、御幣島亨。
裏の世界ではミュージアムキーパーの名で知られていた。
もう一人は灰色の髪に瑠璃色の目、制服の少女、影見ツクシ。
その裏の顔は逃がし屋、口さがない者は死神の影と呼ぶ。
二人は他に誰もいない教室で逃がし屋の仕事の話をしていた。
「うーん、最近はめっきり依頼も減ったなぁ」
手元の資料を見ながらどこか嬉しそうに御幣島は呟く。
「……良い事なんでしょうか、それは」
ツクシは逆にそれが良いと思っていないようだ。その表情はどこか暗い。
「誰かから逃げたい。なんてことはな、ない方が良いんや。 それに影見の仕事も少ない方がいい、無理に傷つく必要はあらへん」
御幣島はツクシを諭すように微笑む。
「それは、そうですけど……」
だが、ツクシは未だ納得していないようだ、不服そうに俯く。
「じゃあええやないか」
ツクシの不服そうな表情に気付いていないのか、どうやら御幣島は手元の古い本に夢中のようだ。
「……先生、また骨董品ですか」
それを見たツクシは少し呆れたように溜め息をついた。
「そうは言うがな、これも立派な文化材や。これは紙が大量生産される前に作られた本や。 印刷ではなく、インクで書かれとる。ここまで良い保存状態の物は滅多にない、それはそれはとっても貴重な本なんや」
御幣島の説明にもうーんと興味がなさそうなツクシ。
ちらりと見た本の表紙にはAmerica、west、war? redstoneとか書かれているのは分かった。
「これは1900年代初頭、当時のアメリカの文化や魔術についてあるイギリス人が書いた……一種の奇書やね、まぁ有名な本ではないかもしれん。でもこういう個人出版が当時の状況や文化 を知るための貴重な資料になっとる。 決してないがしろにしてはいけない文化財なんよ」
説明を一息で終わると御幣島諭は満足そうに鼻息を鳴らした。
一方、ツクシは相変わらず興味がないのか。
「高そうですね、それ 」
と適当な相槌を打った。
「そう言えば、中身はもう読んだんですか?」
「いや、まだや。ついさっき届いたもんでな、それにしてもなんや微弱な魔力を感じるな……」
「これ、魔術書じゃないでしょうか?」
ツクシもういいや、とため息をつく。こうなった御幣島はバーサーカーも同様人の意見など聞きもしない。
と、そこでこんこんと教室の引き戸を叩く音がした。
別の先生かな、とツクシはそちらを見た。
引き戸を開けた所にいたのは白いドレスを着た小さな少女、トワイライトだった。
「……誰?」
「なんやお嬢さん、道が間違ったんかいな?」
二人は場違いな目の前の少女に目を丸くすると御幣島は優しく話し掛ける。
「いいえ、あっているわ」
御幣島の言葉を遮り少女、トワイライトは言った。
口元は愉快そうにつり上がり、先程までとは違う異様な雰囲気を漂わせている。
「……先生、あの人」
殺気だったツクシは御幣島を庇うように御幣島とトワイライトの間に割って入る。
既にいつでも動けるように臨戦態勢に入っており、御幣島に許可を取るように視線を送った。
「影見。まぁ、そういきり立ったらあかん」
御幣島はツクシに落ち着くように諭す。
ツクシは渋々臨戦態勢を解き、半歩退く。
「どなたか存じ上げませんが、なんや用ですか?」
静かに、しかし落ち着いた声で御幣島来訪者、トワイライトへ問いかけた。
「ええ。はじめまして、御幣島先生。貴方に用があるの。まずは名乗らせていただくわ、私の名はセシリア・フォーゲル、魔術師。人からは残響時間、トワイライトと呼ばれてます」
スカートの端を掴むと優雅に頭を下げる残響時間。
御幣島にはその動作が何故か作り物じみて、不気味に思えた。
「実はね、今貴方が手にしている本、それを譲ってもらいたいの」
続くトワイライトの言葉に御幣島の眉間に皺が寄る。
「それは……」
言い淀む御幣島。
「ふーん、ダメかしら。……なら」
交渉は上手く行きそうにない。
そう見た残響時間はパチンッと指を鳴らした。
瞬間、ツクシと御幣島の目の前のから残響時間が消えた。
「え、嘘……」
目を離したつもりはなかった。
むしろ最大限の警戒をしていたというのに残響時間は姿を消した、すぐさま周囲を見渡す。
「やっぱり本物ね、この本。良かったわ、ここまで来た甲斐があった」
残響時間の声が後ろから聞こえた。
二人が慌てて振り向くとそこには窓辺に腰掛け、本をパラパラとめくる残響時間の姿があった。
ツクシは驚きながらも御幣島の前でいつでも飛び掛かれる体勢になった。
「先生、下がって」
それは解き放たれる寸前の猟犬。
主人の許可さえあれば直ぐ様獲物の喉元へと喰らい付ける。いつでも魔術を
「大丈夫や」
だが、御幣島はツクシを押し退けると構わず前に出る。
その顔には隠せない怒りに滲んでいる。
「その本、返してもらいましょうか……」
内心の怒りを押し殺し、御幣島が残響時間に詰め寄る。
残響時間はその姿をどこか興味深そうに見つめていた。
「もし返さないなら?」
残響時間は心底楽しくて仕方がないと笑みを浮かべる。
「私が相手になります……!」
その時、再びツクシが前に出た。
影霊武装を展開すると槍状に整形して構える。
「……虚数魔術。珍しいわね」
影霊武装を目にした瞬間、余裕のあった笑みが残響時間から消えた。
目を細めると御幣島とツクシを無表情に交互に見た。算段をつけているのだろうか。
ひとしきり考え、一人頷くと開いていた本を閉じ、窓辺から腰を下ろした。
「ごめんなさいね。貴方達を馬鹿にするつもりはなかったの」
深く頭を下げると、本を机に置いた。
「私はどうしてもこの本が欲しかったら、無礼な真似をしてしまって……ごめんなさい。魔術師としての癖みたいなものでね、つい欲しいものがあると先走ってしまうの」
「酷い悪癖ですな」
一見すれば真摯に謝罪する残響時間に皮肉を隠せない御幣島の言葉。
少なくとも残響時間は二対一では不利だと判断したようだ。
ツクシは状況の変化に戸惑いながらも臨戦態勢は崩していない。
「えぇ、本当にごめんなさい。お互い暴力は止めてちゃんと話し合いをしない?」
ツクシはトワイライトを油断なく睨みつける。
機会があればそのまま持って逃げようとしたことを見抜いていた。
「では、御幣島教諭? 改めてお願いするわ、この本譲ってくれないかしら?」
「お断りします 」
即答する御幣島。
その表情にはまだ怒りの色が残っていた。
「あら、手厳しい」
残響時間はその言葉にも一切動じない。
「そうね、理由を聞かせて貰っても?」
「この本を渡しても録な使い方をしないでしょう」
「失礼ね、少なくとも本をボロボロにする意図はないわ」
「本当ですかね」
まさしく面の顔が厚い残響時間に疑いの眼差しを向ける御幣島。
「これは貴重な文化財です。貴女に譲ることは出来ませんな」
「……これは文化財だから譲れない、そう言ったわね?」
残響時間の目が怪しく輝く、まるでその言葉を待っていた、とでも言わんばかりに。
「……? ええ」
首を傾げる御幣島。
「では、譲って貰うのは諦めるわ。代わりに私に少しだけ貸してくれないかしら」
「か、貸すですか?」
思わぬ残響時間の言葉に思わずツクシと御幣島は顔を見合わせる。
「ええ、私はコレクションをしたいわけじゃないもの、ほんの少しだけ使いたいだけ。だから本自体は必要じゃないの、勿論、タダで貸してくれと言わないわ」
すると、残響時間は何もない空間からスーツケースを取り出した。
「ええ、どうぞ」
「この本、何に使うつもりで?」
御幣島は油断なく問いかける。
「私の魔術の完成。それにはこの本、レッドストーンの聖櫃戦争の記録と呼ばれる魔術書の原本。正確に言えばこれに刻まれた魔力が必要なの」
魔術書と言う言葉にツクシが顔を歪ませ、御幣島の顔を見る。
御幣島は思わず顔を反らした。この反応からしてこういう騒動は一度や二度でもないらしい。
「私に必要なのは魔術書の魔力の一部だから、この本を傷つけることはないと約束するわ。我が祖先フォーゲル の名に賭けて」
魔術師が宣誓するということは自らの誇りを賭けると言う事。
先祖の名前をかけるのはそれなりの覚悟がなければありえない。
それを御幣島は知っていた。
「…………よう分かりました、お貸ししましょう」
「ありがとう、御幣島教諭」
「先生!」
礼を言う残響時間に対して、声を荒げるツクシ。
「大丈夫や、少なくとこの人は取引で人を騙すような人やない。……残響時間さん、もし貴女が嘘をついていたとしたら俺は、俺の全てを賭けて貴女を追い詰めます」
御幣島の目に宿る狂気に近い執念とでも言うべきもの、纏うただならぬ気配に残響時間は真剣な表情で頷いた。
(なるほど、これが御苑のKBECにさえ最大限の警戒をさせるミュージアムキーパー、確かに敵に回すにはリスクが大きすぎるわね……それに、傍らのあの子、たまには外に出て見るものね)
「勿論嘘はつかないわ、では取引成立ということで」
口元の笑みを隠しながらスーツケースを差し出す残響時間。
御幣島は本を手に取り、スーツケースと引き換えに本を残響時間へと手渡した。
「取引成立ね、スーツケースはしばらく預かっていて頂戴。この本を返す時に引き取りに来るわ……では、ごきげんよう」
窓際へと移動すると残響時間は指を鳴らした。
音が鳴り終わると同時に残響時間は姿を消していた。
「先生、本当に良かったんですか?」
ツクシの問いかけに暫く黙っていた御幣島は椅子を引くとそこにどっかりと座り込み、大きなため息をついた。
「あー……えらい緊張したわ。まぁ大丈夫やろ、さっきも言うたけどあの人は、戦前の、筋金入りの魔術師や。取引で嘘をつくような人やない。本当のことは言わんにしてもな」
「そんなもんですか?」
肩を竦めて見せるツクシ。
「多分な、これでも教師やから。少しは人より人を多く見てるつもりや」
御幣島の妙に自信のある言葉にツクシは頷くしかなかった。
to be continued..............
西部の7騎
通学路を少女が二人、並んで歩いていた。
一人は制服を着た活発そうな年若い少女 、もう一人は白いドレスを纏った幼い少女。
二人はたわいもないことを話しながらゆっくりと歩いている。
と、学校の前に着いた時
「学校はここだよ!」
活発そうな制服の少女、ココノは声を上げた。
「ありがとう、本当に助かったわ」
幼い白いドレスの少女は何処か優雅に頭を下げた。
「気にしないでいいよー!」
ココノは太陽のようににこりと笑う。
「本当に助かったわ、えっと……」
そこで少女はココノの名前を聞いていないことに気付いたのか、言い淀んだ。
「ウチは日向、日向ココノ!」
「そう、ありがとう、ココノさん。……私は、そうね。人からはトワイライトと呼ばれているわ」
少し考え込んで、白いドレスの少女トワイライトは口元に僅かな笑みを浮かべココノに自分の名を名乗った。
「それってあだ名?」
「そんなものよ 」
「いい名前やなー」
ココノはニコニコと笑みを見せ、それにつられてトワイライトも微笑む。
「重ね重ね、ありがとうココノさん。 ここまでで大丈夫よ、わざわざ学校まで戻らせてごめんなさいね」
「気にしないでいいよー!困ったらお互い様だもん!」
「ありがとう。それじゃあ、またいつか会えるといいわね」
「うん、またね!ばいばいにゃー!」
太陽のような笑顔でココノとトワイライトは別れた。
「……良かったのか?」
トワイライトの姿が見えなくなった所で霊体化したままでココノのサーヴァント、太陽のライダーはココノへと話しかける。
その口調はどこか、警戒の色があった。
「ん?兄やん、何が?」
「……いや気付いていないならそれでいい」
首を傾げるココノ。
そんなココノを見たライダーはそれきり黙ってしまった。
ココノは再び首を傾げるとま、いっか!と走る為に足を伸ばす。
ココノの親切と笑顔にトワイライトと名乗る女性は感謝と微笑みを持って返してくれた。
だがら、ココノにはトワイライトがそこまでライダーが警戒するほど悪い人には思えなかったのだ。
一方、ココノと別れたトワイライトはココノといた時の微笑みを消し、酷く冷めたような表情となった。
その表情のまま学校を一瞥する。
「さて、どこにいるのかしらね。『先生』ミュージアムキーパーさんと『逃がし屋』さんは?」
トワイライトは人によれば残酷にも見える笑みを口元に浮かべると校舎へと足を踏み入れた。
────────校舎内
「助かったよ、パーシヴァルさん。何分、資料が多いものでね!」
「いえいえ、たまたまいたものですから。お手伝いできたら嬉しいです」
校内の廊下を文字通り山のような資料を抱えた二人が歩いていた。
一人は白衣を着た快活そうな男性、藤田・“セオドア”・哲也、通称Dr.トルネード。
もう一人は亜麻色の髪にカジュアルなスーツを着た女性、パーシヴァル。
二人は談笑しながら、コツコツと足音を鳴らしながら歩いていた。
と、そこにもう一人の足音が近づいて来る。
見るとそれは白いドレスのような服を纏った少女の姿。
パーシヴァルは首を傾げる。足音は幼い少女のものだが、その雰囲気は少女というよりは老婆のように感じたからだ。
少女の見掛けは少女が見かけのままの年齢とは限らないのはこの世界の常識だ。
少なくともパーシヴァルは10年間の現界でそれを学んでいる。
幼い少女の姿のままでいたいという趣向を持つ人も中にいるのだ。
「あら、こんちにわ」
少女、トワイライトはすれ違いざまに頭を下げる。
「どうもこんにちは 」
Dr.トルネードが頭を下げ、続いてパーシヴァルも会釈をした。
そのすれ違いざま、トワイライトはクスリと微笑を浮かべる。
パーシヴァルは慌てて後ろを振り返り、後ろ姿を見つめた。
会ったことはない話を聞くだけだが、アーサー王の姉ガウェイン兄弟の母、魔女モルガン。
それに似た雰囲気、パーシヴァルが生きた時代に幾度も対峙した魔女達の気配を僅かに感じ取ったのだ。
「どうしたんだい?」
Dr.トルネードは不思議そうにパーシヴァルの顔を見る。
「いえ、きっと私の気のせいです」
Dr.トルネードの言葉にパーシヴァルは不安を押し殺し、気のせいだと首を振った。
そうに決まっている。モルガンのような 最悪を振りまく魔女、本物の魔術師がこんなところにいるはずがない。
「ごめんなさい、藤田先生。さぁ行きましょうか」
首を振り、不安を振り払ったパーシヴァルは前へと進んだ。
─────────教室。
夕焼けの射す教室で二人の男女が対面していた。
一人は無精髭に乱雑に伸びた髪、開ききらない瞼、スーツを着ているというよりはスーツに着られている教師、御幣島亨。
裏の世界ではミュージアムキーパーの名で知られていた。
もう一人は灰色の髪に瑠璃色の目、制服の少女、影見ツクシ。
その裏の顔は逃がし屋、口さがない者は死神の影と呼ぶ。
二人は他に誰もいない教室で逃がし屋の仕事の話をしていた。
「うーん、最近はめっきり依頼も減ったなぁ」
手元の資料を見ながらどこか嬉しそうに御幣島は呟く。
「……良い事なんでしょうか、それは」
ツクシは逆にそれが良いと思っていないようだ。その表情はどこか暗い。
「誰かから逃げたい。なんてことはな、ない方が良いんや。 それに影見の仕事も少ない方がいい、無理に傷つく必要はあらへん」
御幣島はツクシを諭すように微笑む。
「それは、そうですけど……」
だが、ツクシは未だ納得していないようだ、不服そうに俯く。
「じゃあええやないか」
ツクシの不服そうな表情に気付いていないのか、どうやら御幣島は手元の古い本に夢中のようだ。
「……先生、また骨董品ですか」
それを見たツクシは少し呆れたように溜め息をついた。
「そうは言うがな、これも立派な文化材や。これは紙が大量生産される前に作られた本や。 印刷ではなく、インクで書かれとる。ここまで良い保存状態の物は滅多にない、それはそれはとっても貴重な本なんや」
御幣島の説明にもうーんと興味がなさそうなツクシ。
ちらりと見た本の表紙にはAmerica、west、war? redstoneとか書かれているのは分かった。
「これは1900年代初頭、当時のアメリカの文化や魔術についてあるイギリス人が書いた……一種の奇書やね、まぁ有名な本ではないかもしれん。でもこういう個人出版が当時の状況や文化 を知るための貴重な資料になっとる。 決してないがしろにしてはいけない文化財なんよ」
説明を一息で終わると御幣島諭は満足そうに鼻息を鳴らした。
一方、ツクシは相変わらず興味がないのか。
「高そうですね、それ 」
と適当な相槌を打った。
「そう言えば、中身はもう読んだんですか?」
「いや、まだや。ついさっき届いたもんでな、それにしてもなんや微弱な魔力を感じるな……」
「これ、魔術書じゃないでしょうか?」
「魔術書なら、当時の魔術が知れるかも知れんなぁ!」不安そうなツクシの警告を聞いてもむしろ当時の魔術が分かる!と喜んでいた。
ツクシもういいや、とため息をつく。こうなった御幣島はバーサーカーも同様人の意見など聞きもしない。
と、そこでこんこんと教室の引き戸を叩く音がした。
別の先生かな、とツクシはそちらを見た。
引き戸を開けた所にいたのは白いドレスを着た小さな少女、トワイライトだった。
「……誰?」
「なんやお嬢さん、道が間違ったんかいな?」
二人は場違いな目の前の少女に目を丸くすると御幣島は優しく話し掛ける。
「いいえ、あっているわ」
御幣島の言葉を遮り少女、トワイライトは言った。
口元は愉快そうにつり上がり、先程までとは違う異様な雰囲気を漂わせている。
「……先生、あの人」
殺気だったツクシは御幣島を庇うように御幣島とトワイライトの間に割って入る。
既にいつでも動けるように臨戦態勢に入っており、御幣島に許可を取るように視線を送った。
「影見。まぁ、そういきり立ったらあかん」
御幣島はツクシに落ち着くように諭す。
ツクシは渋々臨戦態勢を解き、半歩退く。
「どなたか存じ上げませんが、なんや用ですか?」
静かに、しかし落ち着いた声で御幣島来訪者、トワイライトへ問いかけた。
「ええ。はじめまして、御幣島先生。貴方に用があるの。まずは名乗らせていただくわ、私の名はセシリア・フォーゲル、魔術師。人からは残響時間、トワイライトと呼ばれてます」
スカートの端を掴むと優雅に頭を下げる残響時間。
御幣島にはその動作が何故か作り物じみて、不気味に思えた。
「実はね、今貴方が手にしている本、それを譲ってもらいたいの」
続くトワイライトの言葉に御幣島の眉間に皺が寄る。
「それは……」
言い淀む御幣島。
「ふーん、ダメかしら。……なら」
交渉は上手く行きそうにない。
そう見た残響時間はパチンッと指を鳴らした。
瞬間、ツクシと御幣島の目の前のから残響時間が消えた。
「え、嘘……」
目を離したつもりはなかった。
むしろ最大限の警戒をしていたというのに残響時間は姿を消した、すぐさま周囲を見渡す。
「やっぱり本物ね、この本。良かったわ、ここまで来た甲斐があった」
残響時間の声が後ろから聞こえた。
二人が慌てて振り向くとそこには窓辺に腰掛け、本をパラパラとめくる残響時間の姿があった。
ツクシは驚きながらも御幣島の前でいつでも飛び掛かれる体勢になった。
「先生、下がって」
それは解き放たれる寸前の猟犬。
主人の許可さえあれば直ぐ様獲物の喉元へと喰らい付ける。いつでも魔術を
「大丈夫や」
だが、御幣島はツクシを押し退けると構わず前に出る。
その顔には隠せない怒りに滲んでいる。
「その本、返してもらいましょうか……」
内心の怒りを押し殺し、御幣島が残響時間に詰め寄る。
残響時間はその姿をどこか興味深そうに見つめていた。
「もし返さないなら?」
残響時間は心底楽しくて仕方がないと笑みを浮かべる。
「私が相手になります……!」
その時、再びツクシが前に出た。
影霊武装を展開すると槍状に整形して構える。
「……虚数魔術。珍しいわね」
影霊武装を目にした瞬間、余裕のあった笑みが残響時間から消えた。
目を細めると御幣島とツクシを無表情に交互に見た。算段をつけているのだろうか。
ひとしきり考え、一人頷くと開いていた本を閉じ、窓辺から腰を下ろした。
「ごめんなさいね。貴方達を馬鹿にするつもりはなかったの」
深く頭を下げると、本を机に置いた。
「私はどうしてもこの本が欲しかったら、無礼な真似をしてしまって……ごめんなさい。魔術師としての癖みたいなものでね、つい欲しいものがあると先走ってしまうの」
「酷い悪癖ですな」
一見すれば真摯に謝罪する残響時間に皮肉を隠せない御幣島の言葉。
少なくとも残響時間は二対一では不利だと判断したようだ。
ツクシは状況の変化に戸惑いながらも臨戦態勢は崩していない。
「えぇ、本当にごめんなさい。お互い暴力は止めてちゃんと話し合いをしない?」
ツクシはトワイライトを油断なく睨みつける。
機会があればそのまま持って逃げようとしたことを見抜いていた。
「では、御幣島教諭? 改めてお願いするわ、この本譲ってくれないかしら?」
「お断りします 」
即答する御幣島。
その表情にはまだ怒りの色が残っていた。
「あら、手厳しい」
残響時間はその言葉にも一切動じない。
「そうね、理由を聞かせて貰っても?」
「この本を渡しても録な使い方をしないでしょう」
「失礼ね、少なくとも本をボロボロにする意図はないわ」
「本当ですかね」
まさしく面の顔が厚い残響時間に疑いの眼差しを向ける御幣島。
「これは貴重な文化財です。貴女に譲ることは出来ませんな」
「……これは文化財だから譲れない、そう言ったわね?」
残響時間の目が怪しく輝く、まるでその言葉を待っていた、とでも言わんばかりに。
「……? ええ」
首を傾げる御幣島。
「では、譲って貰うのは諦めるわ。代わりに私に少しだけ貸してくれないかしら」
「か、貸すですか?」
思わぬ残響時間の言葉に思わずツクシと御幣島は顔を見合わせる。
「ええ、私はコレクションをしたいわけじゃないもの、ほんの少しだけ使いたいだけ。だから本自体は必要じゃないの、勿論、タダで貸してくれと言わないわ」
すると、残響時間は何もない空間からスーツケースを取り出した。
「私も文化財というものを幾つか持っているの。私の手元にあってもきっと使わないからあなたに譲っても構わないわ。代わりにその本を貸して欲しいの」 スーツケースの中には古い本や雑誌、シールドされた絵画に様々な記憶媒体が入ってた。「一つ聞いても?」
「ええ、どうぞ」
「この本、何に使うつもりで?」
御幣島は油断なく問いかける。
「私の魔術の完成。それにはこの本、レッドストーンの聖櫃戦争の記録と呼ばれる魔術書の原本。正確に言えばこれに刻まれた魔力が必要なの」
魔術書と言う言葉にツクシが顔を歪ませ、御幣島の顔を見る。
御幣島は思わず顔を反らした。この反応からしてこういう騒動は一度や二度でもないらしい。
「私に必要なのは魔術書の魔力の一部だから、この本を傷つけることはないと約束するわ。我が祖先フォーゲル の名に賭けて」
魔術師が宣誓するということは自らの誇りを賭けると言う事。
先祖の名前をかけるのはそれなりの覚悟がなければありえない。
それを御幣島は知っていた。
「…………よう分かりました、お貸ししましょう」
「ありがとう、御幣島教諭」
「先生!」
礼を言う残響時間に対して、声を荒げるツクシ。
「大丈夫や、少なくとこの人は取引で人を騙すような人やない。……残響時間さん、もし貴女が嘘をついていたとしたら俺は、俺の全てを賭けて貴女を追い詰めます」
御幣島の目に宿る狂気に近い執念とでも言うべきもの、纏うただならぬ気配に残響時間は真剣な表情で頷いた。
(なるほど、これが御苑のKBECにさえ最大限の警戒をさせるミュージアムキーパー、確かに敵に回すにはリスクが大きすぎるわね……それに、傍らのあの子、たまには外に出て見るものね)
「勿論嘘はつかないわ、では取引成立ということで」
口元の笑みを隠しながらスーツケースを差し出す残響時間。
御幣島は本を手に取り、スーツケースと引き換えに本を残響時間へと手渡した。
「取引成立ね、スーツケースはしばらく預かっていて頂戴。この本を返す時に引き取りに来るわ……では、ごきげんよう」
窓際へと移動すると残響時間は指を鳴らした。
音が鳴り終わると同時に残響時間は姿を消していた。
「先生、本当に良かったんですか?」
ツクシの問いかけに暫く黙っていた御幣島は椅子を引くとそこにどっかりと座り込み、大きなため息をついた。
「あー……えらい緊張したわ。まぁ大丈夫やろ、さっきも言うたけどあの人は、戦前の、筋金入りの魔術師や。取引で嘘をつくような人やない。本当のことは言わんにしてもな」
「そんなもんですか?」
肩を竦めて見せるツクシ。
「多分な、これでも教師やから。少しは人より人を多く見てるつもりや」
御幣島の妙に自信のある言葉にツクシは頷くしかなかった。
to be continued..............
西部の7騎
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