ImgCell-Automaton。 ここはimgにおけるいわゆる「僕鯖wiki」です。 オランダ&ネバダの座と並行して数多の泥鯖を、そして泥鱒をも記録し続けます。









女性が一人、モザイク都市を歩む。
新たに再構築された都市を、杖を片手に歩み続ける。

女性の名は、ヴィルジニア・アルベルジェッティ。かつて新世界秩序を目指した導き手。
だが世界が再編され、世界から死が消えて平等が支配したことで、彼女は憑き物が取れたように平等への狂信から解き放たれた。
元々彼女が抱いていた平等への狂信は、かつて自分が受けた虐待、そしてそれによって死んでいった数多の自分と同じ境遇の者たち、
それらへの悲しみ、同情、そして虐げる者らへの憎悪に由来する。

従って、この死がなくなった新世界に於いては、かつてのような苛烈な狂信は存在せず、大人しいものとなっている。
"平等"という言葉に酔うことは無く、ただ自分の心をまっすぐに彼女は新しい目標を胸に歩み続けている。
圧政はならぬ、暴力はならぬと"信"を説いて世界を回り続ける。それが、現在の彼女の目標だ。

それ故に、彼女はまだ自身のサーヴァントを持たない。
サーヴァントの召喚により過去に在った英霊の"上"に立つ事を、彼女は平等ではないと嫌うからだ。
彼女はあくまで人の上に立つことなく、まっさらな対等の立場から会話を試みたいのである。
故に、サーヴァントを持っては相手を恐れさせてしまうと────。
そう彼女は考え、まだサーヴァントの召喚をしていないのだ。

「────。ここらに来て大分経ちましたが、まだまだ知らない地域は多いですね」

ふぅ、と一息つき周囲を見渡すヴィルジニア。彼女がここら一帯を訪れて1年ほど。
多くの都市を見て回ったが、彼女はこの地域を訪れるのは初めてであり、まだまだ知らない都市が多い事が現状である。
だからこそ彼女は日々歩み続けて、見知らぬ土地で知見を深めている。

それは導き手として名を馳せた彼女の体力を以ても非常に疲弊する長き旅であり、事実彼女の体力は非常に少なくなっていた。
サーヴァントとそのマスターたちが複数人交流し合う公園のベンチにゆっくりと腰かけて、彼女はその疲れを癒す。
空を見上げながら、今まで自分が歩んできた世界の様々な景色を思い返していると、声が聞こえた。

『いやぁ! 変わらずここら一帯の飯は美味いな哉子!』
『は、はい…。そ、そうですね』
「(…? 随分と騒がしい声が…)」

声の聞こえた方向を見る。……先も言ったが、彼女はこの土地を訪れたのは世界が再編してから初めてである。
故にこの一帯への知見は彼女は薄い。────故に、彼女は知らなかった。世界中に遍在する狂気の集団が、この地にも存在する事を。
かつてメイソンの任務にてすれ違った、吐き気を催す狂気の徒が、潜んでいる事を

「(────────ッ……!! あの…顔、は……!)」

知っている顔だった。かつて彼女がフランス国籍を得て、
そしてフリーメイソンとして活動をしていたある日、紛争地帯にて見た顔であった。
その顔は、彼女にとっては忘れることのできない顔であった。過去に、メイソンの会合で映し出された顔写真が脳裏を過ぎる。

『この霧六岡という男の思想は危険が過ぎる。
 数年以内に、必ずしも我らメイソンにとって多大なる災害へと変化する。
 ……よって、如何なる状況においても殺害を許可する。公衆の面前であろうが、町中だろうが気にするな。
 隠匿はこちらが行う。絶対に生きているコイツの消息を掴んだら、殺せ』

彼女がこの男と出会ったその紛争地帯は、比較的穏やかな場であった。
フリーメイソンとしての役割は、その紛争の火種を消し、更なるメイソン発展に尽力する事。
その指令の裏には潤沢な霊地の確保や、フリーメイソンとしての魔術的植民地の拡大などの意図があったが、彼女はそんなことは関係ない。
どのような意図があろうと、紛争という理不尽が終わる。理不尽に、不平等に失われる命がなくなる。それだけで彼女は、その任務に粉骨砕身で臨んでいた。
現地の人々との交流や、魔術師との協力を通じて任務はすぐに終わると思われた。現地にて難民キャンプで過ごしていた、かつて自分が救われた時の同じほどの年齢の子供たちに食料を支給した事もあった。
故に彼女は心から願った。この子たちを、不平等に死なせたりは絶対にしないと。そして全ての物事が順調に進んでいる。そう思っていたはずであった。

一切の前触れがなく、突如として民衆が蜂起。やがて民衆のそれは暴動に発展し、紛争は瞬く間に大きく広がった。
今まで穏やかに笑っていた青年も、子供を死なせたくないと切実に涙を流していた母も、無邪気に親を手伝っていた子も。
その全員が一様に『理不尽に抗う』と唱え、ただただ負の感情の傀儡のように怒りと憎悪に任せて暴動の一部として街を破壊していった。
ヴィルジニアはその突然の惨状に、初めは悪い夢だと思っていた。それ故に判断が、命令が遅れて対処が一手遅れたのも、その後の悲劇の一因であっただろう。
暴動は暴動を呼び続け連鎖的に拡がり、最終的にその地域に圧政を敷いていた支配者は殺された。だが、同時に民衆にもメイソンにも大きな犠牲者が出た。

何かがおかしい。有り得ない。こんなこと間違っている。これは"理不尽だ"。
だがそれでも、実際に被害が発生してしまえば非情な決断を下すしかない。結果として彼女の決断が、彼女が守ると誓った大勢の無辜の民を殺す事になった。
────何故、こんなことに。誰かが扇動を引き起こしたとしか思えないほどの暴動。そんな理不尽への怒りが、彼女の内側に憎悪として渦巻いていた。
結果としてその紛争地帯からメイソンは撤退することとなった。だがその撤退時にヴィルジニアが見た顔こそが、今その目に映っている、奇怪な軍服姿の男であった。

「何故……あの男が此処に?」

見紛うはずが無い。不気味に吊り上がった口端と、見る者総てに圧を与えんとばかりに爛々と見開かれた眼。
シュルレアリスムの絵画の如くに理不尽に混沌としていながらも整っているその服装は、あの時の日本人以外に存在しない。
ヴィルジニアの心に在ったのは、疑問だった。あの時の生き残りか? ではあの紛争の広がった理由を知っているのではないか?
そう考え、ヴィルジニアはそっとその男の背後を着けた。


────────────
────────
────


暫し歩き、男らは人通りの多い道へ、そして大通りへと歩いていく。その後ろをヴィルジニアは音を殺して歩む。
男は少女を連れていた。男の腰ほどの背丈の小さな少女である。あの時の生き残りか、あるいはまた別の機会に拾った子か。
もしくは彼の実子か……。そんなことを考えながらヴィルジニアは男の後をつける。

徐々に、徐々に男は人通りの少ない場所へ、サーヴァントもいない路地裏へと潜るように歩んでいく。
世界が再編された結果出来た複数の都市────通称『モザイク市』は、世界が新たに再編された都合上、このように極端に人通りの少ない場所ができていることもある。
よって、そういった道を歩むのはショートカットか、あるいは彼らの住まいへ続く道なのか……そんなことを考えていた所、男が一言呟いた。

「オイオイ俺のファンか? そんなにコソコソされると照れてしまうな。
 俺は逃げも隠れもせん。出てくるがいい。サイン程度ならば、くれてやるも吝かではないが?」
「────────……」

はったりやブラフ……ではない。明らかに、こちらに対して挑発をしている。
ヴィルジニアは男の言葉ですぐに理解した。男は、自分が尾行されていることに気付いていたのだと。
その証拠に、男はゆっくりと振り返りながら口端を不気味に三日月状に吊り上げて挑発的な笑みを浮かべている。

…………ヴィルジニアは違和感を覚えていた。彼女はメイソン、並びに聖堂教会に伝わる神や天使と言った超常の存在を屠る、ヤコブを源流とする武術の流派を伝承している。
そのため身のこなしに関しては非常にレベルが高く、それはただ異教徒や超常存在を屠るだけでない。気配の消し方や足音の消し方なども多種多様に備えている。
気配を悟られないように念入りに、距離を置き、世界と同化するように彼女は尾行していた。────だがしかし、目の前の男は、それを暴いていた。

「……霧六岡さん?」
「ああ、哉子は気づかなかったか。ふむ。まだ未熟故、仕方ないか。
 それで────、早く出てきたらどうだ? 出てこぬならこちらから行くが」
「……驚きましたね。この私の気配を悟ったのは、Dr.ノン・ボーン氏以来です」

観念してヴィルジニアは物影からその姿を見せる。ヴィルジニアの言葉を聞いて、霧六岡と呼ばれたその男はほうと軽くうなずいた。
対してヴィルジニアはというと、霧六岡と呼ばれたその男に対して得体の知れなさを感じていた。彼の隣の少女は、ヴィルジニアの存在を察してはいなかった。
つまりこれは、ヴィルジニアの尾行の際の気配の消去は成功していたという事を意味する。"だからこそ恐ろしかった"。
何故メイソンでも数人しか見破れないほどの気配遮断を、目の前の男は見破れるのか、と。

「何故、尾行していると分かったのですか?」
「おいおい質問をしているのはこちらだぞ? 質問には回答を返さないとな。
 "フリーメイソンはその程度の教育もしていないのか"?」
「…………Dr.ノン・ボーンの名を出したのは失敗でしたね」
「有名だからな。あの男は。名を出されたらメイソンの関係者をまず疑う。
 そして貴様は奴と同胞の者らしい事を言っていたからな。まぁメイソンの者と思うのは、当然の帰結であろうよ」

カツ、カツ、カツ────と、一歩ずつ霧六岡がヴィルジニアに対する距離を詰めていく。
ヴィルジニア自身は、己の迂闊な発言に対して強い慙愧の念を抱いていた。彼女自身、出身は平民にも満たない奴婢に等しい存在であった。
下賎の育ち故に、社交界に属する同胞のようには真意を隠せず、時折自分の本質を感情的に曝け出してしまう。そのことは、彼女自身も理解してるヴィルジニアという人間の欠点であった。
だが後悔をしても始まらない。現在重要なのは、目の前の男の正体を、目的を探ることに或る。
そのことだけを胸に、自分の狼狽を晒さずに、彼女は言葉を選んで目の前の得体の知れぬ男を探る。

「フリーメイソンを知っているとは、魔術師と見て間違いないですね?」
「オイオイとぼけるなよ。あのノン・ボーンと顔を合わせられるほどの人間ならば、俺の風評ぐらい聞き及んでいるだろう。
 魔術師などと、オブラートに包んだ呼び名で俺を呼ぶな」

クックック────と、喉を鳴らし低く笑いながら男は静かにヴィルジニアに近づき、そして目の前に立つ。
殺意は感じられない。だが距離を取るべきか。目の前の男はあの暴動、悲劇を引き起こした原因である可能性も考えられる。
念のため精神感応魔術や暗示魔術への防護は常に張り巡らせているが、強化魔術を発動するべきか────と、そう考えていたの沿時であった。

「俺はそうだな。言うならば……"狂人"だ」

衝撃が走った。
そう悟った次の瞬間には、ヴィルジニアの身体は後ろへと吹き飛ばされ、壁に叩きつけられていた。





『む、霧六岡さん!?』
「下がっていろ哉子。いざという時の為に"待機"しておいてくれ。こいつは俺の獲物だ。
 メイソンの残党……か……。懐かしいな。ああ、郡山のちゃんどらとヒジリめにいい手土産が出来たではないか!!」
「か…………ハ────ッ…!?」

ゴキリ、クキ、と指を鳴らしながら霧六岡は一歩ずつ、吹き飛ばされたヴィルジニアへと向かっていく。
ヴィルジニアはその肉体に走った衝撃を理解できずにいた。彼女は自分の身を、近接戦闘を極めた者と自惚れてはいない。
だが一般人の不意打ちを受けるほどに未熟であるとも思っていない。彼女はメイソンにおいて様々な近接体術と強化魔術を学んだ身である。
そんな彼女が、完全に不意打ちな形で攻撃を喰らったのだ。困惑により判断が遅延するのをヴィルジニアは理性を以て感じていた。

「(今のは……? 明らかに隙しか無かったはず…! 構えも何もなかった!
 それなのにあの一撃……! まるで突然武術の達人が憑依したかのような身体捌き……!
 咄嗟に強化魔術を使わなくては内臓が潰れていた……! 力だけならば同じ身体強化で説明がつく。
 なのに……! あの身のこなしはいったい何!?)」

沸騰する熱湯の如くに困惑が支配する脳髄を、何とか冷静に沈着させて思考を取り戻すヴィルジニア。
そんな彼女から一切の視線を離さずに、霧六岡は一歩、また一歩とヴィルジニアへと近づいて距離を詰めていく。

そして

「ッ……! 消え────!」

突如として霧六岡が視界から消える。
だがヴィルジニアは冷静にその視線を頭上へと移す。
するとその頭上には、先ほどまで彼女の目の前にいた霧六岡が跳躍をしていた。
野生動物か、あるいはそういった体操選手のプロのような美しき立ち振る舞い。それに加えておそらくは強化魔術であろうか。
人間の体力ではありえないほどの高さへと飛び上がった霧六岡は、壁を複数回蹴り上げて速度を上げ、ヴィルジニアの頭上にそのかかとを振り下ろす。

「甘いですよ!」
「ほう……! 防ぐか、面白い!!」

ヴィルジニアは腕を頭上で交差させ、その雷鳴が如く頭上から襲う霧六岡の攻撃を受け止める。
その腕を伝い胴を通じ脚から地面へと流れる衝撃を全身で解析し、ヴィルジニアは目の前の"敵"の戦力を分析する。
即ち、どういった理屈の魔術なのか。強化魔術だとしたらどれほどの威力なのか。そこから逆算される彼本人の技量や体力は?
本気かはまだわからないものの、その一撃を喰らったことでヴィルジニアはそれらを分析する機会を得た。

「(私程度の強化魔術でも衝撃を受けきることが出来る……。強化魔術の質が低いか、あるいは術者当人が実力者ではないか、か…。
 だけれど理解できないのはあの訓練されたかのような挙動……。尾行した際の歩き方を見る限りでは彼は素人のはず……何らかの術式? 自己暗示かあるいは……)」
「俺のこの体捌きが気になるようだな。女の熱い視線を受けるというのは、なかなかどうして気分がいい!」

地面に着地し、そのまま間髪入れずにヴィルジニアの脇腹に蹴りを叩き込む霧六岡。
その振る舞いは明らかに常人のそれではなく、ちょっとやそっとの経験では得る事の出来ない瞬発力があった。
だが最初の不意打ちにより霧六岡の攻撃力を知ったヴィルジニアは、全身に魔力を巡らし身体能力を強化。ダメージを軽減する。
結果としてその攻撃を防ぐことは出来ずとも、まともに入った蹴りでさえその身を微塵とも動かす事はかなわなかった。

「ふむ……。やはりメイソンの一員だけある。鍛えているな。肉体的にも、魔術的にも」
「そういう貴方は見る限りでは、肉体的な鍛錬は行っていないように見えますがね」
「ほう。この俺の身のこなしの理由を知りたいか……」

クキリ……、と首を鳴らしながら嬉しそうに霧六岡は微笑みをヴィルジニアへ向ける。
それはまるで悪戯を愉しむ子供のような無邪気さを孕みながら、見る者に生理的な嫌悪を抱かせるような笑みであった。
霧六岡のその表情を見てヴィルジニアは確信した。目の前の男はこの状況を、命を賭けた闘争の瞬間を、楽しんでいると。
そう。楽しんでいる。霧六岡は明らかに、自分の目の前に突如として現れたイレギュラーに対して愉悦を覚えている。
だからこそなのか。霧六岡は己の使っている術式に対して、ぽつりぽつりと隠された真実を漏らし始めていた。

「その通り。俺は見ての通り中年男性だ。運動能力は日々衰えてきている。
 つけめんの並盛りも食いきれなくなってきたし、傷の治りも遅くなってきた……。嗚呼、歳は取りたくないものよな」
「………………」
「だからまぁ、そうだな。思うわけだよ。"嗚呼、素晴らしき英雄らの運動神経を拝借出来れば良いのにな"とね」
「拝借?」

ヴィルジニアが眉をしかめる。その言葉を聞いてまず最初に連想したのは人の肉体を乗っ取る魔術だ。
メイソンに彼女がいた際に閲覧した記録によると、人間の肉体を転生し続けたという死徒が19世紀の間頃に確認されている。
転生を続ける存在であれば、その中に達人が混ざっていてもおかしくはない。
それと同じような存在か────とヴィルジニアは身構えたが、すぐに違うと判断した。其れだと彼女が尾行していた際に、
その動きが明らかに素人であったことの説明がつかないからだ。

「まぁその辺にプロスポーツ選手がいれば手っ取り早いのだが……生憎そんなものが出歩いているような事はない。
 サーヴァントは論外だ。英霊に"接続する"など自殺行為だ。というわけで、俺は一般の民々共から借り受ける事とした、
 塵も積もれば山となる、だ」
「────……。」

霧六岡は大仰な身振り手振りをしながら言葉を続ける。明らかにこの現状を愉しんでいる者の態度だ。
何故自らの手札をわざわざ晒すような真似を? と疑問に思うが、まずはヴィルジニアは目の前の術式の謎を解くことに専念する。
冷静にヴィルジニアは霧六岡の言葉の1つ1つを咀嚼して理解する。"拝借"と霧六岡は言った。つまり霧六岡の術式は他者に影響を及ぼすものと見える。
同時に彼の術式にはオンとオフがある。これは戦闘開始時の不意打ちからも良く分かる。それらに加え、更に霧六岡の言葉をヴィルジニアは分析していく。

「(運動神経……。この言い方が引っかかる。彼が借り受けているのは"力"ではない。
 身体能力はおそらく強化頼り……彼の強さの秘訣は身体能力ではない。あくまでそれを補助するもの……。
 例えば視覚……例えば触覚……、あるいは……肉体の動かし方……? いえ、それは経験を積むことで自然と覚えていくも…の───ッ!?)」

瞬間、ヴィルジニアの脳裏に一言の単語が過ぎる。
霧六岡の強さは、あくまで"肉体的な強さ"ではなく"その肉体の動き"にある。
それを"他者から拝借する"となれば、彼女の知っている魔術の中に1つだけ心当たりがあった。

「憑依経験……降霊術か!!」

降霊術。召喚や憑依を扱う、魔術の基本分類のひとつ。
極東のイタコやシャーマンを例に出すまでもなく、肉体持たぬ死者の霊魂に語らせるために最も安易な方法は、自身に憑依させることだ。

その技術は、さらには力をも借りることへ繋がる。
英霊の力をその身に降ろす"本来の"英霊召喚(インヴォケーション)、自然霊の力を借りるシャーマニズムの一種などが代表的だが、霊魂を持つのは死者や上位存在だけではない。
生きる人間もまた、同じく霊魂を持つ存在であり、他者の触媒を用いて力を借りる「憑依経験」と呼ばれる降霊術の応用が存在する。
達人の経験ならまだしも、多数の素人を憑依させるなどという降霊術は聞いたことがないが───

「ハズレだ。俺が使えるのはもっと単純な……類感魔術だ」
「類感……魔術……!?」

類感魔術。表社会の研究ではフレイザーが提唱した「類感"呪術"」としての名前のほうが有名だろうか。
数ある魔術の法則の中でも、最も原始的にして基本的な"類似"の概念を利用する魔術。
極東のワラ人形を用いた呪術であれば、人型の無機物と人間の類似性に類感を見出し、対象の身体の一部を埋め込むことによりさらに繋がりを強化する。
そうして特定人物と類感を繋げたワラ人形を傷付けると、特定人物も同じように傷や痛み、不幸を受ける。
中東の暗殺の秘儀の中には、対象の心臓の鏡像を作り出して握り潰す呪術もあったというが……

「単純に、俺は周囲一帯の人間の経験を"借り受けることが出来る"」
「そんな……説明がつかない。類感を行うための触媒を貴方は持っていな──────」

トントン、と。親指を突き立てながら霧六岡は己の側頭部を二度叩いて口端を吊り上げる。
そんな彼の余裕な態度を前にしてヴィルジニアはその魔術の根幹がどこにあるのかを推理する。
他者の経験を自分と繋げる場合、類感魔術で本来ならワラ人形にあたる存在は……

「まさか……自身を触媒に?」
「その通りだ! 俺は人間!! 彼らも人間!!!
 ならば、この溢れる想いを同じくすることに何の不都合もあるまい!!!!」

類感呪術には、相手を呪う以外にも自分を対象とするものもある。
獣の力を得るために獣の姿や行動を模倣するもの。
そして獣や敵の心臓を食べて取り入れることによってその力を得る"感染"の法則もまた、類感呪術の親縁である。
だが、どちらも生きた人間が対象ではないことには注意するべきだろう。

その理由は、先程のワラ人形の例えで考えればすぐにわかる。
類感で結ばれた相手から受ける影響は良いものだけではない。
対象の経験だけでなく、思想もフィードバックされて自分の意思がねじ曲がったり、ダメージまで反映されることさえありうる。
巧みな技術があれば選別可能とはいえ、リスクと無駄が多すぎる使用法だ。

それをこの霧六岡という男は、己の肉体の動きを向上させるためだけに使っているのだ。
自我と他我。その二つのアイデンティティの狭間を消し去るという行為……。失敗すれば精神の崩壊は避けられない。
それも、不特定多数を相手に。

さらに戦闘という、常に思考を強いられる作業を続けながらの同時並行。常人ならばまずできない所業だとヴィルジニアは戦慄していた。
だが事実、目の前の男はそれを可能にしている。ヴィルジニアは思考する。目の前の男は相当の類感魔術の手練れか、あるいは──────…………。

「(よほど頭の捻子が外れた存在か……、ですね。
 どちらにせよ。予断は許されない相手……。気を、引き締めなくては)」
「貴様も……その生涯を通して研鑽を積み重ねてきたのだろう? 俺はそういうのが好きだ。
 人の努力が好きだ。人の発見が好きだ。そういう意味では、人間が長き歴史を通じて積み重ねてきた…運動技術というものには目を見張る価値があると考える」
「だからそれを類感魔術によりトレースして奪い去ると? 随分と身勝手ですね。それは搾取者の意見でしょう」
「オイオイ言い方が悪いなぁ! 俺はただ借りているだけだというのに! "ほんの少しずつ"、な」
「…………少し?」

ああ、と笑いながら霧六岡は言い放つ。
そうしてそのままに視線を横へ、上へと移して周囲を見渡す。
周囲は路地裏。故に特にその視線を上下左右へ移したところで、その目に見える景色に変化は生じない。
だが、霧六岡が見ているのは別のものであった。彼が見ているのは路地裏を構成する建物群ではない。"その内側にあった"。

「やはり路地裏だけある。建物の内部には多くの人間がいるな。おかげでやりやすい」
「…………まさか貴方、類感魔術の対象を、自身の周囲に存在する全ての人間にしているとでも言うの!?」
「そうだが? 先程も「周囲一帯」と言ったはずだ。言いたい事は分かる。そんなことをすれば他者の影響を受けすぎて自我が霧散する、とでも言いたいのだろう。
 だがなぁ…………俺は言ったはずだぞ? 出会い頭に言ったから、印象に残っていないかもしれんがなぁ…」

視線をヴィルジニアへと戻す霧六岡。2人の視線は交差し、互いが互いの瞳の最奥を覗き込む。
ヴィルジニアは目の前の霧六岡の眼の奥が、何処までも淀んでいる漆黒であることをその瞬間に悟った。
この目の前の人間に、"当たり前"は通用しない。少なくとも精神に於いては。そう悍ましき怖気と共に、知識ではなく直感で理解した。
そんな恐れを全身に走らせるヴィルジニアを余所に、霧六岡は笑いながら告げた。

「俺は、狂人だ。たかが百や二百"程度"の人間と同調した些事などで自我が崩壊すると思うな。
 こうでもせんと俺には運動がきついのだよ。1人1人から同調できる身体の動かし方、目の配り方などは小さいが……こうして束ねればなかなかどうして面白いぞ?
 学生時代に様々な運動部を同時にこなしたかのような優越感を感じる。あとは強化魔術で基礎能力を跳ね上げれば、ほれこの通りだ」

一気に地面を蹴り上げてヴィルジニアの眼前へと跳躍する霧六岡。
その接近を悟ると同時に放たれる握り拳。そのどれもが一流のアスリートを優に超える身体速度となっている。
だが──────

「無駄です!!」

右方向から放たれる霧六岡の拳を、ヴィルジニアは同じように握った拳で"上に殴り抜け"軌道を逸らす。
結果として霧六岡の攻撃は無駄に終わる。それを即座に察知した霧六岡は、同じように拳を放つ────が、同じようにヴィルジニアの拳が軌道を逸らす。
拳がダメならば、蹴り。そう霧六岡の"身体"────正確には、霧六岡の精神が同調した数多の人間の"経験"が即座に判断する。だが、ヴィルジニアには無意味である。
もはや眼前の存在を、自身を害する"敵"と定めたヴィルジニアに対して、所詮過去に少し体の動かし方を学んだ程度の人間の経験を束ねた程度では、到底及ばなかった。
それを悟った故か、霧六岡は即座にヴィルジニアから距離を置くべく跳躍する。雨霰の如き攻撃の連打が止み、ヴィルジニアはその息を整えて思考をクリアにする。

「素晴らしい(ぐろぉりあす)!!! よく鍛えられているな! 体の動かし方を、戦い方を知っている!!
 その体術……西洋圏のものか? メイソンならば聖堂教会辺りから分岐した流派のおこぼれを得ていそうではあるが……。
 おそらくは東洋の武僧の鍛錬も混ぜてあるか? あるいは複数の流派を同時に学んでいるか……。まぁいずれにせよ、面白いな貴様ァ!!」
「………………っ」

突如として霧六岡は、呵々大笑しながら眼前に立つ"敵"を褒め称え始めた。
先ほどまでは唯々純粋な殺意とも言える攻撃を続けていたにも関わらず、今の彼には殺意どころかただ純粋な喜びしかない。
まるで初めての童話を読んでその物語性に興奮する幼児のような邪気の無い笑み。それがヴィルジニアには恐ろしくて堪らなかった。
殺意の無いリラックスした状態から即座に戦闘に移り、そして先ほどまで戦闘行為を働いていたと思えば、一瞬で悦びと敬意にその精神を染め上げる。
その在り方に、ヴィルジニアは目の前の男が自称した『狂人』という在り方が、あながち間違いではないのではと思考していた。

だが、そんな『狂人』を前にしても、1つだけ分かることがヴィルジニアにはあった。

「(精神の移り変わりが余りにも不確定すぎる……。だけれど、一つだけ分かることがある。
 この男は、確実に戦いを愉しんでいる。いえ、正確には……戦いを通じて、他者の技量を見る事を、か……。)」

彼女、ヴィルジニアが知っている人間の1人にそういった人間がいたからこそ、即座に彼女は霧六岡の人間性を理解した。
かつて彼女と共に円卓を囲んだ者たち…………新世界を夢想し、そして散り散りになった13人の導き手らの中に、そういった人間がいた。
ストロボのように煌く生と死の刹那の狭間を永遠に味わい続けたいという生粋の戦闘に狂いし男。彼に対して目の前の男は、少しだけ似ていると彼女は感じていた。
あながち、先ほど霧六岡の言っていた言葉、『人の研鑽が好き』という言葉も方便ではないのだろうと、ヴィルジニアは思考していた。
そんな中、突如として霧六岡はその表情を不満げなものにしてヴィルジニアに物申し始めた。

「だがなぁ…………、お前……"何故殺す気で来ない?"」
「…………、何を…………」
「俺を殺す気ではないだろう、お前? あくまで俺の攻撃をいなす、躱す、受け流すだけだ。
 そんなんじゃあお前のその拳は泣いているんじゃあないか? もっと本気を出せ。面白くないだろうが」
「それは私の……貴方の愛する"研鑽"とやらを、本気を見れないから……と捉えてよろしいですか?」
「然り、人の研鑽の真髄は、命のやり取りの中でこそ輝く」
「………………」

不機嫌そうに眉をしかめ、長い溜息を続けながら霧六岡は続ける。
ヴィルジニアはただ、思考を続けながら霧六岡のその主張を静かに聞いて理解をしようと務めていた。
"狂人"と名乗る存在を、そしてあの日に見た"危険人物と呼ばれていた男"の、真意を確かめるために。

「人間が何の為に努力を、技術を、栄光を重ねてきたか分かるか? それは簡単な事だ。"他者に勝利するためだ"。
 有史以来、人間は愚かしくも闘争という歴史を繰り返してきた。俺は殴るのは好きではない。傷つけるのも好きではない。
 だからこそ戦争を"悪"だと断じよう。だが──────戦争が負の側面だけであるか、と問われれば俺は"否"と答えるであろう。
 『必要は発明の母』、という。戦争という"必要"は、人類の輝かしき技術の、科学の、そして英雄の! 様々な"栄光の母"となったのだ。
 百年戦争が無ければ救国の聖女は生まれなかったろう。第二次世界大戦が無ければロケット技術は遅れ宇宙進出もまた遅れただろう!
 必要だからこそ立ち上がる!! 勇気をもって奮い立ち、そしてその立ち上がった足で前進する! それこそが人間の美しさであろう!
 全てがそうとは断ぜん。だが、俺は人間の研鑽を、努力を、栄光を推し進める物とは、命のやり取りに他ならぬと考える!!」
「────────────だから私に、貴方を殺すつもりでかかってこいというのでしょうか?」
「無論だ。お前のその拳は何の為にある? 聖堂教会由来のものならば、異教の否定の為ではないか?
 他者の否定の為ではないか? ならばそれを十全に振るうには、まず俺の命を否定するべきではないのか?」
「………………………」

目の前の男は、人間の栄光……即ち努力や発明、技術の発展を愛している、という事をヴィルジニアは理解した。
それと同時に、その輝きを見るためならば、たとえ自分の命を投げ捨ててでも見届けんとする強い意志があるという事が分かった。
ややもすれば、絶対に自分は死なないという強い自信の表れにも思えたが、ヴィルジニアはそう判断していた。目の前の男は、自分の命より刹那の輝きを優先する男だと。
ヴィルジニアはそれを否定しない。彼女もまた、以前は己の命よりも他人の平等を優先するという狂信にも等しい渇望を抱いていたが故に、理解は出来る。
──────そう、そういった思考回路があることは理解できる。だからこそ、ヴィルジニアは1つの悍ましい予感が脳裏を過ぎっていた。

「分かりました。貴方の主張は理解できました」
「雄々! はれるや!! 分かってくれるとは重畳の極み!!」
「ですので、1つだけ質問をさせていただいてもよろしいですか?」
「ふむ、良いだろう。なんでも聞け。どんな問いでも答えてやろう」
「ありがとうございます」

ヴィルジニアは構えを解き、されど警戒は解かず、拳を握り締める。
それと同時に、真摯な瞳で霧六岡の淀んだ溝の如き漆黒の眼を見定め、1つの問いを投げかける。
これこそが、彼女が霧六岡を尾行した真の理由…………、彼女が霧六岡に問い質したい、たった一つの解を得るための問いでもあった。

「その貴方の求める"栄光"を見る際に、他人の命はどうお考えですか?」
「……………………? 何が言いたい?」
「十数年前の6月、私はアフガニスタンの紛争地帯にて貴方によく似た人を見ました。
 そこでは突如として民衆が暴徒と化し、カブール紛争は激化して大勢の死人が出ました。
 …………貴方は、人が立ち上がり、そして努力して、積み重ねる姿がお好きなようですね。
 大勢の死人が出ましたが、もし私が見た人が貴方ならば、さぞ喜ばしい景色をご覧になっていたのでしょうね」


息を静かに吐き、その視線に宿す圧を高めヴィルジニアは再度問う。


「貴方が、あの民衆を扇動したのですか? 答えてください」


その問いには、明確な怒りが込められていた。





「…………………」
「──────」

沈黙が走る。ただただ互いの視線だけが交錯する。
ヴィルジニアの眼光には、疑いと怒りが込められていた。対して霧六岡の眼には、ただただ漆黒があり感情は読めない。
それ故にヴィルジニアは分からずにいた。目の前に立つ、狂人を名乗った男の真相を。

ヴィルジニアは思考する。目の前の男の魔術は、どのような特性か。
他人と己の精神を接続し、双方が双方の精神へ影響を及ぼす魔術。
故に記憶や思考を吸いだすという事もできれば、その逆──────"自己の思考を他人へ流出させることも可能である"。
類感魔術の用語で言うなら、流出というより感染というべきか。

「(自身の狂気を感染させ、相手をより類似した狂人と化すことでさらに類感の結び付きを強めている……?)」

男は言った。勇気をもって立ち上る事が人間の美しさだと。
ならば確かにあの時に発生した暴動は確かにこの男が望む光景そのものであっただろう。
そしてずっと考えていた。あの時の暴動は余りにも不自然が過ぎるほどに、突如として巻き起こった。
まるで誰かが扇動──────いや、"洗脳"したとしか取れないほどに、人が変わった民衆が一斉に蜂起したのだ。
…………そしてその当事者であった男が、目の前にいる。他人に自身の思考を影響させる類感魔術を携えて。

この3つの事象が重なれば、否が応でも容疑者は浮かび上がってくる。
目の前の人間が、人の栄光とやらを見たいがために、自分の持つ類感魔術を使って、民衆を使って暴動を引き起こした。
彼女の中に在ったのは、そういうシナリオであった。明らかに目の前の男はあの悲劇を引き起こした張本人としか思えないと彼女は考えていた。
だが、それでも、それでも彼女は人を疑うという行為をしたくなかった。それは彼女の中で人の扱いに不平等さを生む行為であるからだ。
もし目の前の男があの悲劇を引き起こした張本人なら、ヴィルジニアは霧六岡を赦せなくなる。それが彼女は怖かった。
平等を信じた自分が、平等に人を想えなくなる。そうならないで欲しい。どうか自分の思考が間違いであって欲しいと。
彼女は切実に、ただ祈っていた。


だが、その祈りは無惨にも儚く散ることとなる。


「ああ、そうだ」


霧六岡はその口を、三日月状にして不気味に笑いながら答えた。


「俺が、その暴動を引き起こした人間だ。いや……、アフガニスタンだけではない。
 1990年代後半の話であろう? なれば─────あの時期に起きた大小様々な暴動は、基本的に"俺の魔術によるものだ"」


その言葉を聞いた瞬間に、ヴィルジニアの脳裏はただただ漂白された。
呆然としたのではない。呆気にとられたわけではない。

ただ感じた事の無い程の怒りが、彼女の脳髄を隅まで支配した。
それ故に、全ての感覚が彼女の思考から置き去りにされていた。





──────なぜ、そのような非道を行ったのか。
そう問おうとした。だがあまりにもその現実への理解が追い付かなかった。
目の前にあの地獄を生み出したと宣う当人がいる。その現実が、理性よりも怒りと嘆きを優先していた。
呆然とした肉体が動かない。ただ目の前の人間を否定したいという心情だけが燃え盛り続けている。

「何故、と説いたそうな顔をしているな。良かろう。話してくれる。
 貴様はどうにもこちら側の素質がありそうだ。理解してくれそうな"気がする"のでな」

だが、人の言い分を聞かずにその手で刃を握れば、それは獣と変わらない。
人は言葉を扱うが故に人なのだ。言葉も交わさずに殺し合えばそこにあるのは獣性以外何物でもない。
何らかの理由があるのだろう。間違いなのかもしれないと、ヴィルジニアは切に願い続ける。
だがそんな彼女の心境とは裏腹に、霧六岡は嬉々とした表情で続け始めた。

「俺は先も言ったように、人の可能性が好きだ。人の輝きが好きだ。
 だが、人の輝きとは複数の側面を持つであろう? それ故に、通常1人の人間は1つの側面からしか輝きを見られない。
 しかしだ。俺はなんと記憶を2つ持っている。故に俺はこう決めた。俺はこの世界を形作る原初の2つの側面……。
 即ち──────善と悪。この2つから人の輝きを見定めると誓ったのだ!!」

何を言っているのか、理解できない。しかしヴィルジニアは理解しようとする。
ヴィルジニアは根本的に性善説を支持する人間である。正確には、性善説に似通った考え方を持つ。
全ての人間は"理解できる"と思考している故である。全ての人間はその根本に理解できる、その者にとっての善がある。
だからこそその善を晒し合えば理解できると──────そのように思考しているからだ。
故に、彼女は霧六岡の言葉をどうにかして理解しようとし続ける。だが……。

「──────とまぁ、そのようにして俺は紛争地帯へと赴いた。
 ここが人の善悪の極致、己の善の為に悪を滅ぼし、己にとっての悪を駆逐せんと立ち上がる人々の坩堝かと心躍らせた!
 人類が闘争が為に磨き上げた武具がこれでもかと覇を競い、それらに弱者が立ち上がる楽園かと胸が高まった!
 ………………………だが、なぁ……」

霧六岡は舌を打ち鳴らし、そして眉を顰めて表情を変える。
先ほどまでに嬉々とした表情とは打って変わった、嫌悪の表情。
当然だ、あのような地獄を目の当たりにすれば誰だって嫌悪する──────とヴィルジニアは思考する。
だが、霧六岡が嫌悪を示していたのはまったく異なる視点であった。

「"その戦場は、どいつもこいつも余りにも弱者過ぎた"。
 立ち上がろうともせぬ難民たち、量産されたような兵器に頼り強者の振りをする愚図共……どれもこれも、半端であった」
「…………なに、を……………?」
「難民共は口を開けば……『誰かが助けに来てくれる』『戦争はいずれ終わる』などと耳に良い妄言ばかり垂れ流す……。
 自分が立ち上がろうともせず、他人に救いを求めるような言葉ばかりを、まるで糞尿の如く垂れ流し続け、地面に蹲り泣くばかり……。
 戦争は終わる? お前が終わらせろよ。誰かが助けに? お前が救いになればいい。其れすらも出来ないで蹲っているだけなら、死んで次代の肥やしになれ」
「ま…………待ってください!!!」

ヴィルジニアは思わず叫んだ。目の前の男の言葉は、あまりにも不条理が過ぎたからだ。
先ほど男は善と悪を好むと言った。だからこそ善……あるいは悪の立場となって、何かを先導しようとしたのかと彼女は思った。
だからこそあの暴動が引き起こされてしまったのだと思考したが──────今の霧六岡の言葉は、明らかに不自然であった。

何故彼は、人々を否定している? 善と悪を肯定するというのならば、それらの意思の呼び水となる人々の祈り……。
即ち救いを求める声、争いの収束を求める声は是とするべきではないか? なのになぜ目の前の男はそれを否定している?
彼女の理解の範疇を超えた言葉は、ヴィルジニアに声を上げさせて制止を促した。

「か、彼らには力がないのです! 考えればわかるでしょう!?
 確かに蹲るしかないのは事実ですが、それが助けを求めてはいけないという事にはならない筈です!
 そもそも、何の権利があって貴方はそれを否定するのですか! 貴方と彼らでは、立場が違うでしょう!?」
「同じだよ」

ヴィルジニアの必死の言葉を、霧六岡はきっぱりと切り捨てて否定する。
そしてそのまま口端を吊り上げながら、ゆっくりと微笑んで言葉を続ける。

「我も人、彼らも人、そして戦場に立つは、全て人──────。故に対等、基本であろう?
 同じ人なれば、数で勝る難民共が有利であろう。兵器? 奪えばいい。死んだ? ならば讃えてやれ。
 蹲ったまま死んだ愚図よか、立ち上がって死んだ者は兆倍増しだ。何故か? そのものは死する直前に輝きとなった故だ!!」

霧六岡は両の腕を高々と掲げて大声を張り上げる。
その声は讃美歌を声高く響かせる聖歌隊の如く美しく澄んでいた。
──────だが、その両の眼は余りにもどす黒く、あまりにも濁っていた。
ヴィルジニアが直視するのを諦めるほどに。目を合わせた際に感じた吐き気が、耐えられないほどに。

「そうだ! 立ち上がった者は栄光だ!! 反乱せし者は英雄だ!!
 俺はただ腐るだけであった人間たちの命を以てして、最後の輝きを生み出してやったのだ!!
 おおこれぞ人間賛歌!! 美しき哉、革命の火! そうだ! 武器を奪って立ち上がれ! 瞼を見開いて敵を見よ!
 お前たちの刹那の輝きはここにある!! その光は次なる者たちを励まし、そして道を照らすであろう!! 明日への道のりを!!
 ぐろぉりあす!! 雄々、ぐろぉりあす!! そうだ人間賛歌を俺に謡わせてくれ!! この喉が引き裂けるほどにィ!!!」

狂い果てた眼で天を仰ぎ、ゲタゲタと耳が腐り果てそうになる笑い声を響かせながら霧六岡は笑う。
理解できない。いや、したくない。何故このようなことが出来るのか。難民たちにも正義はあった。
生きるという意思があった。だが目の前の男は、ただ『自分がそれを認めない』という理由だけで否定し尽くして踏み躙ったのだ。
"蹲ったままなのは人ではない"、"同じ人なら立って立ち向かえ"などと──────その難民たちの心も、立場も、何もかもを見も知りもせず。
ただ己が善と認めるのは立ち向かう者だけだと、そういう彼の中にある価値観の為だけに、彼は地獄を創り出したのだ。

「まぁ」

目を細めて悪鬼羅刹が笑う。
目を背けんとするヴィルジニアの顔を覗き込むようにして笑いかけ、
そしてその妙なる響きを紡ぐ口を以てして、かつて己の生み出した地獄を振り返る。

「"奴らも幸せであっただろうよ"。俺のおかげで奴らは輝きとなれたのだから。
 そういう意味では、あの天ツ国に行った"かい"があったものだなぁ!! ハッハッハッハッハ!!!
 アーッハッハッハッハッハッハッハッハッハァ!!!!」
「──────もう良いです」

その下衆なる笑い声を聞いた瞬間に、ヴィルジニアは目の前の悪魔を理解する事を辞めた。
一歩、一歩ずつ、静かにヴィルジニアは拳を握り締めながら音もたてずに霧六岡との距離を詰めていく。

「つまり、貴方はこう言いたいわけですね? "自分の望む善の形以外は必要ない"と」
「当然だァ。俺は魔王……"魔皇破邪神 シン・デミウルゴス"!! 俺に立ち向かえぬ善など要らぬわ!」
「………………………そうですか」

初めから違和感があった。善と悪の両側面から人の輝きを愛でるなどと、聞こえの良い言葉を吐き散らしていた時点で疑うべきであった。
記憶が2つある。こちらの彼が善か悪か、どちらを愛でているかなどどうでもいい。"そもそも善悪など、個人ごとに異なるもの"。それを側面として語った時点で、目の前の男は破綻していた。
聞いてみればその通りだった。目の前の男は善と悪を愛でるといいながら、難民たちの"助かりたい"という善(こえ)を否定していた。理由は明白だ。
その善が、彼にとっての善でないからだ。それは人間賛歌などでは断じてない。ただの自儘なエゴの極致でしかない。

言ってしまえば、目の前の男は"人間を愛しながら"、"人を見ていない"。
人を賛美するなどと聞くに美しき言葉を吐いたかと思えば、その独断を以てして他者の善を否定する。
そこにあるのは、ただ一方的な自己満足。無限に湧き上がって膨れ上がり続ける他者の否定と自己の絶対性のみでしかない。
ヴィルジニアは理解した。この男を理解してはいけないことに。この男は、ただ自分が気に入ったものを善だの悪だのと言って賛美しているだけだと。
ただ幼子の癇癪と変わらない。己の意志を声を張り上げて主張し、否定されれば殺戮する。ただただ変わり続ける己という物差しを他者に強制する、醜悪なる万華鏡。

有り得てはいけない。存在してはいけない。呼吸をするな。歩むな。意志を持つな。
一瞬たりともこの世界にいないでくれ、とヴィルジニアは眼前に立つ悪鬼羅刹を否定する。
ただ生きているだけで周囲の人々の意思を否定して、そして蹂躙して殺戮し尽くし、地獄を創り出す存在を赦してなるものかと。

故に、彼女はその否定を形にする。

「霧六岡 六霧────────────」


「────────────貴方は生きていてはいけない人だ」


「──────ッ!!」


突如として、霧六岡の両肩に衝撃が走った。
爆薬がさく裂したかのような衝撃。だが眼前に立ったヴィルジニアに動きは見られなかった。
動きを視覚が、あるいは触覚が察知すれば即座に彼が借り受けた数多くの人々の"経験"が反応するであろう。
だが、身体に変化はない。だからこそ、今の衝撃は魔力を用いたはったりか何かだと霧六岡は安心しきっていた。

その時、


だらん、と


両腕が力無く垂れさがるのを感じた。


「これ────────────っ、は………………ッッッ!!!?」


同時に霧六岡の両肩を襲う、信じられないほどの激しい痛み。


「ぎ……!? っあ!……? ぁ…ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」


脱臼、などという生温い痛みでは断じてない。
神経の1本1本が、骨髄の奥底から悲鳴と危険信号を上げている。
異常事態だ。今すぐ逃げ出せと。だがしかし、両腕が一切動かない。
霧六岡は理解した。思考と直感の両極が同じ結論を導き出していた。

彼は今、刹那にも満たない瞬間を以てして、両腕の動きを封じられた。
即ち、両肩の骨を、同時に瞬きにも満たぬ一瞬で粉々に破壊されたのだ。





「な──────が……っ!! っく……っ!!」

霧六岡の思考を痛みが阻害する。だがそれでも、彼はこの状況を理解しようと頭脳を回転させる。
思考するごとに両肩から響き続ける痛みが増すがそんなことは関係ない。今は目の前において何が起きたかを理解するのが先決だ。
だがそんな思考すらも赦さないとばかりに、否定の意思が具現化したかの如き不可視なるヴィルジニアの連撃が霧六岡の脇腹に突き刺さる。

「ぎぁがぁああああ!!!?」
「──────」

痛みの鋭さ、そして衝撃から、かろうじて自らの脇腹を穿ったのは蹴りだという事は分かる。
だが眼前に立っているヴィルジニアは明らかに微動だにしていない。不動をただ貫き続けているように見える。
恐ろしい。何が起きているかわからない。だがむしろ、その恐ろしさは逆に霧六岡を高揚させていた。

「は──────……ハハ………!!
 そ…れ、ガ……おばえの…本気、カ……バハァッッ!!!」
「黙りなさい」

血反吐を地面にぶちまけながら前のめりに霧六岡は倒れ込む。
己の吐き散らした血だまりに自らの身を穢す彼に、ヴィルジニアは容赦なく追撃を続ける。
右脚、左腕──────次々に巻き起こる衝撃を前に霧六岡は見上げるようにヴィルジニアを見やる。
その表情は逆光により見えない。だが、氷の如く冷酷な声色だけが不気味なまでに鮮明に霧六岡の鼓膜へと響く。

「貴方の生き方は、この世界に生きる全人類への侮辱です。
 全人類への否定です。貴方のような人間が生きていては、この世界に平等はあり得ません。
 ……貴方は、災害です。ゆえにここで排除します」
「排除──────排除か……ッ!」
「ですがすぐには殺しません。貴方は……あの人たちの持っていた意志を侮辱した。
 まずはその罰を、その身の一片に至るまで刻み込みましょう」

己の意志の為に他者の意思を踏み躙った罰を、とヴィルジニアは続けた。
罰、そして排除。彼女の持つその絶対的なまでの否定の意思と、そこから繰り広げられる不可視の攻撃。
そして彼女の所属する組織、フリーメイソンというものから、彼はヴィルジニアのその攻撃の正体を考察した。

「なるほど……そう、カ……! そういう事か……!」
「………………」
「異端の否定か……それ、は……。
 俺という存在の…否定を……口にする事で、縛りを解いたわけか……!!」
「……私のこの拳が、聖ヤコブを祖とする物と見抜いたわけですか」

──────宗教の歴史とは、即ち"他宗教の否定"の歴史でもある、と霧六岡は考える。
ヴィルジニアが扱うその拳……それは聖書に描かれし、神の使いを打ち倒した聖者ヤコブを源流とする神殺しの流派を源流とする。
"イスラエル(神を打ち倒せし者)"の名を持つその聖者から分かたれしその拳の中には、長きに渡る十字教の、他の神々を崇める者たちとの闘いの中で研ぎ澄まされ、分派し、そして進化していったものもあった。
即ち、否定を形にする力。異端弾圧、蛮族教化、十字軍──────2000年間紡がれ続けてきた、神さえも否定する拳の完成系。
それが、たった1人の人間を否定するためだけに向けられている。それはもはや"否定"ではない。"殲滅"と言って相違ない。
たかが100にも満たない凡人の経験を束ねて、肉体を強化魔術で補った程度では、到底超える事の出来ない力の差がそこにあった。

「ですが、分かったところで、貴方が否定される結果は変わらない」
「ハ──────魔術師同士の戦い、では……手の内が分かるのが最もあやう──────ぎぃあああああああ!!!」

バギャァ!! と無慈悲に降ろされたヴィルジニアの右足が、霧六岡の左脚の太腿を砕いた。
千切れる一歩手前にまで潰されたその脚は、肉と骨の破片がミンチ状に混ざり合わされ、奇跡でもない限り再生は出来ないであろう。
だがそんな痛みの中でさえも、霧六岡は思考する。その頭脳内に脳内麻薬β-エンドルフィンを意識的に大量分泌させ痛みを和らげて思考する。

「(奴の攻撃……ヤコブが源流ならその戦い方はあくまで"肉体"……。
 ならば奴のこの不可視の攻撃もまた、肉体のはず……。ならばまだ勝機は、ある)」
「(そもそも世界が変わってまだまだ"たかが"15年。対応できているはずが無い……。
 奴は知らんはずだ…………。この新世界で人を、ましてや"狂人"を、殺すことがどれだけ難しいかを……!!)」

霧六岡は分析する。人には本来、どれだけ鍛え上げても埋める事の出来ない"意識の間"がある。
具体的に言い換えれば、神経や視覚が世界を感じ取り、そしてそれを脳内で処理して、意識として受け取るまでの、刹那にも等しい間合い。
その間はまさしく全てが無防備になる。言うならば、"その一瞬のうちに攻撃を終わらせれば"、反応する事は不可能である。

「(否定の意思によって……そこまで練り上げられた拳を衰え無く振るうその素晴らしさ……!
 そして何より、その拳によって俺を否定せんというその強き輝き……!! 素晴らしい……、そうだ……素晴らしい!!!)」
「何を笑っているのですか? まだ私の裁きは、続きますが。続けないと、あの戦場で死んだ彼らにとって平等ではありませんので」
「ハ─────は、ハハは……! いや何……"原因"を考えていたまでの事だ………」
「……原因……?」

ひしゃげた足を使わずに器用に無理やりその身体を立ち上げながら、霧六岡は不気味に笑う。
その不気味な様相を前に、ヴィルジニアは拳を構えて反撃に備える。目の前の男からどのような攻撃が来ても対処できるように。
その判断は間違っていない。それだけ瀕死でも、目の前の男はメイソンをして『人間災害』と認定された最悪の男。
どんなことが起きようとも対処できるように眼前の男に注意を全て注ぐ。其れは確かに間違っていなかった。

だが、事態はヴィルジニアの想像の遥か上を往くこととなる。

「お前が負ける原因は、平等(ばつ)に拘り俺を即座に殺さなかったことだ」
「は──────?」

疑問を口にしようとしたその際に、何者かに足を掴まれた感覚をヴィルジニアは覚える。
新手か、と即座に察し、その本気を以て蹴り上げ蹴り上げて砕こうとするが、その目で捉えた影を見て攻撃を彼女は取りやめる。

「………な……」

彼女の脚を抑えていたのは幼い子供だった。
まだ道理もわからなさそうな、4,5歳ほどの小さな背丈の子供。
通常モザイク都市に生きる人間ならばサーヴァントを連れているはずだが、その子供は独りでこの路地裏に立っていた。
1人が恐ろしくなったのか、あるいは転びかけた故にヴィルジニアの脚を支えにしたのか。理由は分からないがまだ違和感はない。
この路地裏に子供がいるという事態は、恐怖を感じるというほどではない。だが、ヴィルジニアはその子供を見て恐怖を感じていた。

「何故──────なぜこの子供は……"こんなにも恐ろしい笑みを浮かべているの"……?」

その子供は、悍ましい張り付いたような笑みを浮かべていた。
同時に、その身自身を縄のようにしてヴィルジニアの右脚を雁字搦めに縛り付けていた。
その笑顔は不気味に口端が吊り上がり、目は淀んで互い違いを見つつも、吐き気を催すほどに整えられたが如く細められていた。
何らかの精神干渉を受けている。明らかに霧六岡が原因──────そう思考すると同時にヴィルジニアが悟る、無数の気配。
嫌な予感と同時に振り返ると、そこにはヴィルジニアが絶句する光景があった。

「な──────ん…………ッ!? ………これ、は──────!?」

狭い路地裏の中に、十数人という人間が所狭しと突如として出現していた。
性別も、年齢も、一切の共通点の無い人々が、全て足元に立つ子供と同じような不気味な笑みをして立っている。
いや、立っているだけじゃない。まるで害虫のように壁に張り付いている物。這いつくばって見上げているもの。様々にいる。
余りにも悍ましく、直視したくない光景。ヴィルジニアは直感する。この人々へ隙を晒してはいけないと。
目を離せば即座に攻撃を仕掛けてくる。だがそれでも、彼女はその注意を霧六岡へと再度向ける。
これは明らかに奴が引き起こした魔術だと、彼女は即座に判断したからだ。

だが

「………消えた……!?」

先ほどまで立っていた場所から、霧六岡は消えていた。
そうヴィルジニアが理解するよりも早く、路地裏に立っていた人々が一斉に彼女を襲い始める。
正気を失ったその人々の攻撃をいなし、最低限の攻撃で動きを封じつつヴィルジニアは考える。

「(あの怪我で遠くまで行けるはずが無い……。路地裏の奥まで逃げた? いえ、違う。
 それだったら袋小路になるだけだ、彼に利点がない。類感魔術で人々を操って、私の視線を逸らしてまで逃げる場所とは一体……?
 …………まさか──────!!)」

思考する。思考し続ける。路地裏に集った人々を全て気絶させたところで、彼女は最悪の直感を感じ取った。
霧六岡はこのように人々の精神に働きかける魔術を持つ。そして彼は今絶体絶命のピンチだ。そしてここは路地裏。
──────逆に言えば"人通りが多い路地がすぐ近くに或ることを意味する"。

「(もし彼が……その能力を最悪の形で使おうとしているのならば、
 彼が逃げる場所は路地裏の奥ではない……。"その逆"……! つまり──────)」

彼女は全速力で走って路地裏から出て、人通りの在った路地へと顔を出す。
そこでは、彼女が実現しないで欲しいと願った光景が、今まさに現実となっていた瞬間があった。


『HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!!!!!』


『HAHAHAHAHAHAHAHA!!!!!』


『HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!!』


『HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!』


『HAHAHAHAHAHAHA!!!!!!!!』


『GYAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!!!!!』


路地を歩いていたであろう青年が

買い物を終えたであろう女性が

玩具で遊んでいたであろう子供が

散歩をしていたであろう老人が

一斉に

全て

揃って

生理的に嫌悪感を示す笑顔を浮かべながら、吐き気を催す笑い声を一斉に上げていた。

『おいどうしたんだよマスター! 一体!』
『お願い! 正気に戻って……!』

そのあまりにも荒唐無稽な光景に、それぞれの一般市民が持つサーヴァントも対処しきれずにいた。
当然だ。自前の魔術回路を持たない、一般的なモザイク市民をマスターとするサーヴァントが宝具などの奇跡を起こすには、令呪や《聖杯》、もしくはマスターの生命そのものによるサポートが必要だと聞く。
ならばこのような異変に対処できるのは、都市から魔力を優先して受ける権限を持つであろう警備・為政側のサーヴァントか、あるいは医学か精神に強い英霊。そして、希少な"本物の"魔術師をマスターに持つ者のみであろう。
しかし星の数ほど英霊のいるモザイク市において、そのような者と居合わせずに大規模な魔術を発動できたのは、ほんの偶然と霧六岡の悪運の賜物であったと言えよう。
直視すらしたくない光景。今すぐ逃げ出したい悍ましき世界の中で、ヴィルジニアは己を保ったまま周囲を見渡す。
予感が正しければ、この地獄を生み出した存在はこの中にいると。そして、その予想は正しかった。

「…………ッ……!! 霧六岡ぁ…………!!!」

距離にして300m程。そこに霧六岡は立っていた。
令呪を輝かせてヴィルジニアの砕いた太腿に治癒魔術をかけているのが分かる。
まるで映像の逆再生のようにそれは修正されていった。おそらく、彼の持つ聖杯も関与しているのだろう。
隣には、戦闘を始める前にいた少女も立っている。おそらく彼女が霧六岡をここまで運んだのだろうとヴィルジニアは思考した。
騙されているのか、あるいは洗脳か……。そんな望みにも似た予想を立てながら、霧六岡を殺した後に彼女をどう救うかを思考していた、その時だった。

ぐりん、と。

不気味に笑う民衆たちの内の1人が、ヴィルジニアの方を向いた。

「──────ッ!!」

同時に、全てのその場にいる霧六岡の魔術の影響を受けた人々が、ヴィルジニアの方を向く。
その眼は底の見えぬ空洞のように昏く、そしてその表情は陶器で形作られたかのように冷たく、生理的に嫌悪する笑みを形成している。

『ンン……ああ……ようやく、来たか……』

彼方から霧六岡の声が響く。
響き続ける笑い声が止み、鼓膜から魂を震わせる妙なる旋律のように、ヴィルジニアに響く。

『ひとまず令呪と聖杯で肺に刺さったあばらと脚は直せたが……まだ足りんようだ。
 だからひとまず、休戦と行こうじゃないか』

『皆まで言うな。こんなものでは不完全燃焼であろう?
 俺もそうだ。その研鑽、その力。嗚呼、実に、美しい。愛おしい』

『だが…………こんな身ではお前のその素晴らしさを抱きしめられない。
 "というわけで、こいつらに、代わりに愛させる"』

辞めろ、と。制止を叫んだがもう遅い。
霧六岡が天を仰いで、その咒を叫ぶ。自らの内なる感情を周囲の人間へと流出させる、最後の鍵を、声高く。

『ハ──────ハハハハハハハァ!!!! その力、その意志を!!
 どうか俺に! この霧六岡 六霧の名の下にィ!! 愛させてくれぇぇぇぇぇぇ!!!!!』

『受け取るがいい我が抱擁(アイ)を!! 我が賛美(コエ)を!!!
 これが我が力だ!! これが我らが! ルナティクスの真なる力と知れェ!!
 シン・デミウルゴスゥうう!! 欣求浄土(しゃンンッ・ぐりら)ァぁぁぁぁああああ!!』

その賛美(さけび)と同時に、その路地を埋め尽くすほどの"造られた狂人"が一斉にヴィルジニアの下へと向かう。
10や20ではない。もはやその数は優に3桁を超えるであろう。それ程の人間が、肉体が無意識にかけている枷の全てを外したうえで一人の人間へと向かう。
それだけで災害と言えるだろう。一挙手一投足ごとにその人々の肉は裂けて骨は折れていく。だがそれでも、彼ら全ては止まらない。
何故なら彼らが願うのはただ一つ。目の前にある輝き──ヴィルジニア・アルヴェルジェッティという存在を抱きしめたい。ただ、それだけ。
それ以外のことはどうでもいい。たとえ自らの身が滅びようとも。霧六岡が流出させたのは、そんな渇望(おもい)であった。

『お前が……! お前がマスターを!』

困惑していたサーヴァントが、その霧六岡の叫びを聞き霧六岡へと向かう。
あのような詠唱をすれば当然と言えるだろう。この異変の中心が彼だと理解する。
だが、津波のように押し寄せ続ける人波が横たわるため、霧六岡の元へは誰も近づけないのが現状であった。
当然霧六岡らも同じ、英霊と人間。身体能力に差がある両者が追跡劇を行えばいずれ追い付かれるだろうと大勢が考えるだろう。
だが、結果は違った。

「…………なん……て、ことを……!」

霧六岡と共にいたやせ細っていた少女が、その両手に身の丈に近い長さを持つ細い刃を構えた。
そして、ヴィルジニアへと向かっていく人々をその両の刃でずたずたに切り裂いて、文字通りの血路を開いて逃走経路を創り出していった。
切り裂く、逃げる、その背後を人波が埋め尽くす。また切り裂く、逃げる──────その繰り返し。
霧六岡は呵々大笑をしながら、自らを負おうとしながらも手を届かせることの出来ない人々を笑っていた。

「ハハハハハ!! さらばだ貴様ら!! またいずれ会おう! 我が愛の下に……ゴベァ!!!」
「叫ばないでください……。肺にあばらが刺さってたんですよ? パブロさんの薬と令呪、聖杯がなかったらどうなってたか……」
「ああ、すまんすまん哉子。だが助かった。これで英霊共からも逃げることが出来た。あとは──────」
『道を開けてください!! 警備のものです!! 通報を受けてまいりました!!』
「─────チッ……。早いな、手が」

警報が鳴り響くと同時に、彼方の方角から声が響く。
見るとそこには無数のマスターとサーヴァントがこの混乱を収めるべく表れているのが見えた。
発狂した周囲の人々を取り押さえる者。避難誘導を行う者。そして、この混乱を引き起こしたものを探すサーヴァント。
そんな中に一人、霧六岡の放つ異常性を悟ったのか、あるいは魔力や狂気の波長を感じ取ったのか、サーヴァントが霧六岡の下に向かっているのが見えた。

その動きの俊敏性、並びに纏う魔力の質から、明らかにそこらに立つ有象無象のサーヴァントとは違うと霧六岡は悟った。
戦闘できる力を持った、非常に強力な英霊であることが分かる。同時にその隣を走る少女もまた体の動かし方を熟知している者の走り方だと一目で霧六岡は理解した。
訓練されたマスターと、他とレベルが違うサーヴァント。これらの現状から、霧六岡はその向かってきた少女とサーヴァントの正体を察した。

夜警、ナイトウォッチ。
モザイク市の治安を維持するために存在する裏の警備であり、戦闘が許される存在。
大方この異変を察知したカレンシリーズが送り込んだのだろう。もし戦闘になれば今の霧六岡たちに勝ち目はない。
市民と敵対したことが明らかな彼らはもはやここで魔力を得ることができないのに対し、夜警たちのサーヴァントは都市から優先的に魔力が供給されるからだ。

「哉子、令呪だ。黒水晶のブーストも使うぞ。ソピアをだせ。
 奴の権能に令呪と礼装の2つのブーストを使って逃げるぞ。"瞬間移動"だ」
「分かりました」

哉子が霧六岡の言葉に頷く。令呪。それはサーヴァントに奇跡を可能とさせる力。
マスターと共にこの場から移動をする事も造作ない。都市から令呪への魔力の供給はとうに止められているだろうが、
令呪に蓄えられた分に礼装の魔力と本人のオドを総動員すればかなりの距離を移動できるはずだ。

「ソピアー、お願い。私たちを逃が──────ッ!!!?」

令呪を光り輝かせ、そして自らのサーヴァントの霊体化を解こうとしたその時、少女の顔が強張った。
息を呑み、そして絶望にその表情を染め上げる。まるで自らの死が、その瞬間に決定してしまったとでも言うかのように。
────────────いや、結論から言えば、その通りだった。

空を見上げた少女の視線の先には、輝く"それ"があった。
逃走を続ける彼らに向かって、1本の槍が向かって飛来していたのだ。
方角からして、モザイク市『新宿』方面──────その情報だけで、その槍が誰によって投擲されたものなのかすぐに霧六岡は理解した。

「…………真鶴チトセ……ッ!!! 『聖痕(スティグマータ)』めか!!
 ならばあの槍は……ロンギヌスか!! は──────ハハ!! ああ、ああ!! そうか!!
 "モザイク都市で悪い事は出来んなァ!!" こんなにも恐ろしい輩が蠢いているのではな!!」

霧六岡は爆笑をしてその輝きを見上げていた。
哉子と呼ばれた少女は、死を完全に受け入れていた。

逃げ続ければロンギヌス──────この世界を変えた聖杯戦争を勝ち抜いた英霊の攻撃。
避けようと別方向に逃げれば、夜警をはじめとした数多くのサーヴァント群との戦闘。
詰みだ。これで終わりだと。そう諦めていた。

だが

「──────死なせません!!!」

霊体化を解いた1人の──────否、1柱のサーヴァントが出現する。
神霊ソピアー。哉子の召喚した、グノーシス主義における高位存在(アイオーン)が内の1柱。
それは世界を否定する主義の為に生み出された神性。たとえ否定の為に生み出された存在でも、神は神。
その神が、放たれた"神殺し"とも言えるランサーの槍を、その一身で受け止めたのだ。

「ソピアー!!」
「マスターは……死なせません……!! 早く……マスター!!
 私に……命令を……! 令呪を!」
「…………!」

当然ソピアーは無事では済まない。神霊が"神殺し"の代名詞を持つロンギヌスの一撃を受ければどうなるかは瞭然だろう。
それでも彼女は、自らのマスターを守るためにその身を盾にした。その覚悟を無駄にしないためにも、哉子はそのソピアーが差し出した手を握る。
そして──────

「ソピアー……令呪全てを以て命じます! 加えて黒水晶を砕き、その魔力を以て強化します!!
 ソピアー!! "飛んで"!! 飛んで私たちを、此処から連れていって!」

そう叫ぶと同時に、霧六岡と哉子、そしてソピアーの姿は、その場から瞬時に消え去った。
あとにはただただ、正気を失った大勢の人々と、敵を喪って呆然とする彼らのサーヴァント。
そして夜警たちと──────何もできなかったと、地に膝をつくヴィルジニアだけが残されていた。





2025年、XX月YY日、モザイク市『■■』夜警報告書より抜粋

午後3時24分、■■地区に於いて魔術的テロ行為発生。

精神干渉魔術による大規模範囲の市民への精神掌握、およびそれに伴う破壊による被害多数。

容疑者:現場にいたサーヴァントらの証言から、霧六岡 六霧と判明。以下容疑者とする。

容疑者は周囲およそ800m以内にいた全ての市民に対して精神干渉魔術使用。

対象範囲内にいた市民、延べ287名の精神を掌握後、破壊行為を確認。

以下被害

死亡:31名

死因:精神掌握後の破壊活動に伴う肉体の欠損
   超過密状態発生により生じた圧力からの内臓破裂
   暴徒と化した精神掌握被害者による破壊の副次的影響

重傷者:187名

主に精神的に後遺症の残るもの多数。
重傷者の内161名は、精神干渉を受けた事による後遺症のため、社会復帰は見込めず。
重傷者への精神鑑定の結果、容疑者の使用魔術には既存の魔術体系とは異なる精神への干渉を確認。
調査を続ける。

備考:



目撃者の証言によると、容疑者は"ルナティクス"と称される組織に所属している可能性を確認。
至急対策メンバーを緊急招集後、調査に当たる予定。





「やってくれたなお前」

モザイク市の郊外。ドローンから都市を守る結界が張られている、外と内の狭間。
そこに彼らはいた。先ほど大災害を引き起こした霧六岡六霧と、その連れ、池澤哉子。
彼らの前に立つのは同じルナティクスの一員でもある徳永ヒジリという高身の女性であった。

「無駄に夜警を刺激した結果大騒ぎを引き起こしたうえに……。
 肉体の再生と逃走の為に2人揃って令呪を使い切り………………、
 あまつさえ、貴重な戦力たる神霊を負傷させるなど。神核にまで届くほどの深手だ。しばらくは使い物になるまい。
 あの槍を受けて消滅しなかったのは奇跡だが、この傷では最低でも1ヵ月は戦闘出来んだろうな」
「だが仕方なかろう? 俺が愛すべき輝きがそこにあったのだ。
 なれば、抱き締めずになんとする」
「……まぁ良い。そんなもの、これに比べれば些事だ」

スマートフォンを片手に持ちながら、その画面に目を通しつつヒジリは溜息を吐く。
その画面には何らかの報告がいくつも記されていた。その中の1つをヒジリは要約して2人へと伝える。

「都市に潜ませているルナティクスから報告があった。
 ……お前、私たちの名前をおおっぴらに叫んだんだって?」
「それがどうした?」
「どうしたじゃない。私たちの存在が、モザイク市側に正式に認知される。
 それがどのような事態を生むか、お前は理解が出来ないのか?」
「理解しているとも」

クク、と霧六岡は口端を吊り上げながら笑って答えた。

「我らが目標に、締め切りが出来ただけのことであろう?」
「おい哉子。こいつの両腕切り落とせ。痛むようなら無い方がマシだろ」
「や、辞めましょう喧嘩は……」

おろおろと制止する哉子を尻目に、もはや言葉を交わす気力すらないとばかりに溜息を吐くヒジリ。
それと対照的に、笑顔のままの霧六岡は自らの隣に停めてある自動車へと乗り込んだ。

「まぁ金は払っているんだ。乗せては貰うぞ」
「そうだな。お前の誠意は数字で表して貰っているからな。それだけはこなしてやる。ほら、哉子も乗れ」
「……………。あ、す……すみません、はい……。の、乗ります」
「そう落ち込むな……。確かにソピアーはもし回復しても後遺症が残る可能性が高い程の傷を負った。
 モザイク市からの供給がない、マスターの魔力回路も性能が低いという状況では安静にしていても消滅は避けられない」
「────────────ッ」
「だが、私たちのホームにはモザイク市に頼らずとも英霊を持続させられる術はある。
 それは分け与えればまぁ、傷の治りも早まるだろう。後は当人の気合次第だ」
「良かったな哉子、やはりどのような時でも輝くのは心だというわけだ」
「悩む暇があればまずは乗れ。私の隣で良いぞ。こんな奴の隣にいると成長に悪いからな」
「おいヒジリなんだその言い草は」

お邪魔します、と言いながら哉子も車に乗り込む。
2人の乗車を見届けた後に、ヒジリが運転席に乗り込むと同時に車全体に魔力を流した。

「ドローン対策は?」
「うちの所と同じ結界を貼っている。4時間ほどしかもたんが十分だろう。
 腐ってもメイソンの置き土産だ。信用は出来るが、襲われたら謝る」
「その場合は皆揃ってあの世行きでは……」
「ありがたい。着いたら両腕の治療だなこれは。
 金は払う。良い病院に連れて行ってくれ」
「これから向かう先に病院なんてものはない」

そう言いながらヒジリは車を走らせた。
同時に哉子の脳内に声が響く。先ほど負傷した彼女のサーヴァント、ソピアーの声だった。
哉子は最初は驚いて声を上げそうになったが、運転に集中しているヒジリを驚かせないためにも念話に集中する。

『……マス、ター』
「(っ……。ソピアー、ダメだよ……。休んでいなくちゃ……。
 私たち、もうモザイク市から魔力の供給も絶たれちゃったんだから)」
『……無事で、良かった…です。マスターが無事ならば、私も……嬉しいです』
「(……。なんで、守ってくれたの?)」

哉子は不安げに自分のサーヴァントに問う。哉子は言うならば、"承認欲求"を狂気に昇華させた少女とも言える。
誰かに認められたい、誰かに褒められたいという渇望が狂気となったルナティクス。だからこそ常に誰かに存在を許されていなくては不安でたまらない。
それは彼女が、この今までに誰かに"守られた"事が無いことを意味する。承認欲求とは要するに、感情の受け身を続けていると言える。
一方通行の、ただ誰かに縋るだけの生き方。だからこそ、他人から自発的に守られたということが無い。
そういった彼女の過去が、今の現状を不安にさせていた。

「(私は……弱いし……魔力の扱いも出来てないし……。
 ソピアーに、何にも出来ていない……。なのに、ソピアーは、守ってくれた……。
 ごめんね……。ごめんなさい……。私、何にも出来てないのに……)」
『……………………』

守ったから何かを要求されるんじゃないか?
自分みたいな弱い人間を、神霊が守るだなんて裏があるんじゃないか?
ずっと彼女は、誰かから何かを得る際には、それ相応の何かを為さねばならなかった。
だからこそ、何もせずに自分が守られたというこの現状が恐ろしかったのだ。
だが、ソピアーは哉子の想像とは異なる優しい声をかけてくれる。

『……心配、なさらないでください。
 私は……マスターが隣にいるだけで、嬉しいのです』
「(…………………え?)」
『私は、元々の誕生からして、歪な女神です。
 この世界を、否定するためだけに作られた説話の、一柱の神。
 ……だから私は、私が此処にいるというだけで、不安でたまらないのです。
 なんで私が、こんな不完全な世界にいるのだろう、と』

ですが、とソピアーは優しい口調で続ける。
哉子はただ静かに、その言葉を聞いて一言一言を噛み締めるように聞く。

『マスターを守る。……それはサーヴァントとして、当たり前の事。
 それが出来たというだけで、私は安心するのです。嗚呼、私は此処にいる意味があったんだ、と。
 だから、落ち込まないでください。貴方がいるだけで、私は嬉しいのです。貴方は私が、此処にいる理由なのですから』
「……………………ソピアー……」

思わず言葉が口から洩れる。
同時に雫が目から零れ堕ちていく。
止めたい。ヒジリを、霧六岡を、心配させたくないのに。
それでも止めどなく雫が溢れ続けていく。その理由は哉子にもわからない。

自分のサーヴァントに存在を肯定された故か。
あるいは、自分が守るべき存在だと言われたことが嬉しかったのか。

──────もしくは、ソピアーの持つ恐ろしさが、自分の抱いている渇望と重なって見えた故か

「霧六岡……お前子供を泣かせるとはどういう了見だ」
「ああ? ああー……まぁ、ああ。すまんかった、哉子」
「大………丈夫、です……。ごめん、なさい……。ごめんなさい……」
「帰ったら菓子を買ってやる。ああ、俺の幼いころからの名物だ。
 きっと気に入る。ソピアーにも食わせてやる。だから…泣き止んでくれ」

霧六岡は不器用ながらに哉子を慰めようとする。
そのまま背もたれに体重を預けながら、空を見上げて笑いながら言った。

「ともあれ、帰るとしようか。我が懐かしき……郡山へ」





「ああ………!! 畜生……!! 畜生ッ!! ああ…!
 あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

ヴィルジニアは地に膝をつき慟哭していた。
大勢の人が狂い、傷つき、そして犠牲になった"災害"を止める事が出来なかった自分を、悔いていた。
それだけではない。自分があの男を、霧六岡を追跡したが故にこの災害は引き起こされたのだと、自らの行いに慙愧の念を抱いていた。

「私のせいだ……! 私のせいで……!! 大勢の……人が……!!
 畜生……! 畜生…っ!! うう……っ!!」

自死すら考慮するほどの自責と後悔。それがそのまま重圧となってのしかかる。
自分が深追いをしたが故に大勢の人が死んだのだと。彼女はその咎の意識にただただ支配されていた。

「(殺す……! 殺すしかない……!! あの災害を……霧六岡六霧を!!
 でも……けれど……!! こんな……こんな災害を引き起こした私に……そんな……資格は……!!)」
「………………あの……」

声をかけられて、ヴィルジニアは顔を上げた。
女性だった。腰のあたりまで伸びる緩やかなウェーブを持つ長髪が特徴の、長身の女性だった。
女性は心配そうにヴィルジニアに対して声をかけていた。

「大丈夫でしょうか……? あの、具合が悪いようでしたら……救護班の下に案内しましょうか……?」
「いえ…………問題ありません。ご心配、ありがとうございます……」
「何か……辛いことがあったのですか? そんなに泣きはらして……」
「…………大丈夫、です」
「えっと…その……私、で、良ければ……話していただいても……。
 ああ、それよりもまず怪我をしているようでしたら手当をした方がいいでしょうか?」
「………………」

目の前の女性は、本当に自分を心配してくれている。そうヴィルジニアは感じた。
災害を引き起こした張本人とも言えるこんな自分でも、心配してくれる人がいるんだと、ヴィルジニアは暖かいものを感じた。
だが、そんな優しさを享受して良いのだろうか。こんな災害を起こした自分が。──────そう思考しても優しさに縋らずにいられない。
故に彼女は、理性では拒絶していても、本能的に、肉体が救いを求めたが故に、気づけばその女性に対して、身をゆだねていた。

「………………貴方の、お名前、は…?」
「名前、ですか?」


「──────久本、久本詩遠と申します。
 よろしくお願いいたします」

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