最終更新:ID:qFBK3jEr4g 2020年12月08日(火) 04:59:42履歴
朧げなふわふわとした感覚。これは夢を見ているというのだったか。
眠りを知らないマギにとって、それは初めての感覚。にも関わらず、マギはそこに違和感を感じることはなかった。
だって、夢は常に不条理で違和感を感じることを防ぐものだから。当然のように飲み込まれる。
自分は前に目をやっているようだ。自分は少女の影を見た。軽快な足取りで、ウサギが跳ねていくように、どんどん前に進んでいく。
そしてマギは当然のように少女を追いかけていた。マギとしては奇妙というより好奇だった。夢とは、理由も道理もない世界なのだと。知識でしか知らないそれを実感する。
その時、少女の姿が消えた。どこへ行ったのだろう。冷静に分析など、夢の中でできるはずもない。
しかしすぐ目の前の草原に、ぽかりと開いた穴を見つけた。きっと少女はこの先にいった。根拠もなく確信する。
全てを検索し慎重に進むマギにとって、そんなことは本来あり得ない。でも"夢なのだから仕方ない。"
そうして穴へと身を投げる瞬間。マギは気づいた。"何故追いかけている?""そもそも、ここはどこなのか?"
だから。はっきりと気づく。これは夢などではないと。そう気づいた時には、その身体は穴の中へと落ちていった。
落ちた先はゴミの山。ここは、一体。気づけば周りにも人がいた。それでもマギの目に最初に入ったのは、一冊の古びた本だった。ゴミの山の中のゴミに過ぎないと、普通の人は思うかもしれない。
マギがそれに目を惹かれたのは、"見覚えがあった"から。
かつての聖杯戦争。マギは三つの人格に独立した身体を持たせ、聖杯戦争を利用して誰が一番神に相応しく、聖杯にその願いを託すのかを決した。
正確に言えば、このマギは巻き込まれた立場だったが。
結果は酷いものだった。あるサーヴァントの宝具は本人が使用を拒否するほどの非道な宝具。無辜の民を巻き込み、強制的に戦闘に参加させる宝具。
…それを悪意なく使ったのも、もう1人のマギだったが。
そしてそのサーヴァントは、"書物"を依代にする特殊なサーヴァントだったのだ。
その書物と同一のものが、目の前にある。
敗残者どころかゴミに埋もれた存在として、ここにいる。
"正義"のアヴェンジャー。彼女の危険性をマギは当然把握している。でも、だからこそ。少しだけ、願いを込めて、本を手に取る。
彼女のような、"敗者"に救いを。その聖杯戦争によって生まれた存在、大賢者マギ。無限の寿命にて悠久を放浪するもの。
彼女は朧げに知っている。平行世界を演算によって疑似観測することで、自分も敗者の側に入ると知っている。
そう、あの世界。それは本当に観測できたわけではないけれど。あの世界のマギは人のように悩み答えを追い求め、ありのままを受け入れてくれる人を見つけた。愛という、人にしか知らないものを知れた。
それに今のマギが嫉妬することはない。ただ、その世界を守れるなら。そこに辿り着けなかった自分にもやるべきことがあるのだと。
敗者は、唯の敗者ではない。人を導く礎になれる。救済者になれる。
そう想いを込めて。マギは古ぼけた本を開いた。
その想いは、小さな奇跡をもたらす。
「あれ、私…?ここで捨てられていた、のでは…。」
本を開き現れたのは、10代ごろに見える少女。
聞き覚えの、ある声。
「こんにちは。私があなたのマスターとなるものです。…警戒しなくても大丈夫ですよ。私は、貴方を知っている存在だから。」
かつてのマスターと瓜二つの顔と声。違うのはメイド服に身を包んでいること。
そんな事情は当然、サーヴァントの少女は知らない。
「…そう、なんですか。あなたは私の、残酷極まりない宝具を知って、呼んだのですか…。あれ?…そんな、こんな、烏滸がましい。」
彼女は自身の異変に気づいた。
「大丈夫です。ここはきっと不思議な世界。だから、あなたも復讐に囚われる存在ではなくなるかも知れない。
…私の知人が、聖杯戦争であなたを召喚していました。あなたは、最期まで優しくあろうとしていました。
これは一つの罪滅ぼし。改めて、復讐者でない自分の存在を、真名を。勇気を以って告げてくださいませんか。あなたのマスターに向けて。」
マギはそこに運命を見た。野良サーヴァントとの邂逅だとしても。私と彼女に縁があるのは、因果の果てにあるものと信じた。
少女は一息深呼吸し、告げる。
「救世主、セイヴァーのサーヴァント。名を修身。素晴らしき儒教道徳を下地にして、極道の島国で全ての意義を失った"敗戦"のセイヴァー。…本当に、私でいいのですか?全てを知っているのですよね?」
「全て、はまだ知り得ていません。でも。
あなたはたとえ敗者だとしても、そこに価値はあるのだと。きっと、あなたがありえないと思っていたクラスで呼ばれたことは。
それを示しているのかも知れませんねーーーーーー」
ここに一つの契約が。永久に罪滅ぼしを願うものと、そんな少女への救済と贖罪を願うもの。
少しの沈黙。でも、少女は笑顔を浮かべた。
「私に何か価値があるのなら。それはとっても嬉しいです。えへへ。よろしくお願いします、マスターさん!」
令呪が手首に浮かび上がる。契約は、成立した。
**
「マスターさん。私のことをもう知っているとおっしゃってましたけど。どのようなご縁が…。
いや、あんまりいい思い出ではなさそうな気はしています…。」
私が本を開く限り。この少女の実体は、まるで生きているかのようにその姿をゆらめかせる。
いや、きっと生きているのだろう。本を依代としたゴーストライナー。それも人ですらなかった概念だとしても。
今はきっと生きている。心を持っているのだから、生きている。私にはそう教えてくれた可能性があるのだ。彼女の問いに親しみをもって答える。
「そうですね。きっかけはいいとは言えないかも知れません。私は縁深き人々と聖杯を巡り殺し合いをした。そこで貴方とも対峙した。そういうことではあります。
でもですね、セイヴァー。そこで貴方に何かを感じたのは、私たち三人に共通することだと思います。だから、貴方にまた会えて。私は嬉しいです。」
正直な気持ちを、伝える。するとセイヴァーの顔が少し赤く染まる。
「はわわ。すみません…。その、そんな直球で嬉しいと言われると、照れてしまいます…。
あの、唐突ですが。なぜか聞かなきゃいけない気がするのですが。マスターさんの性別は…?」
答えた。
さらにセイヴァーの顔が赤くなる。困惑がにじむ。無性、というのはやはり理解しづらい概念だろうか。周りに人の気配は…僅かに感じ取れる。
とはいえ、今の私にとってその正体如何はもう気にならない話だ。さっさと下半身を見せてその目で確かめてもらうのが早いだろう。
そう思ってぺろり。スカートをめくってみせる。セイヴァーの顔は、さらにさらに赤く茹で蛸のようになってしまった。間違えたか。
「あの、マスターさん!その、その。すごく綺麗なのは、わかるんですけど…。道徳的にその、そういうのはよくないですよ…。はれんちです!」
ふむ。未だにこういう人の感覚は微妙に掴めていない。やはり私にも、あの可能性のように大切な人が必要なのかも知れないな。
「すみません、セイヴァー。ですが、これがわかりやすいかと思いまして。破廉恥というのはつまり、嫁入り前の女性が無闇に肌を晒してはいけない、というようなことが言いたいのですね?
それなら問題ありません。貴方はすでに私の大切な人、信頼のおけるサーヴァントです。以前の聖杯戦争でわかったのです。
貴方達サーヴァントは、皆どこかに比類なき素晴らしさを持っていると。
それに応えたかった。」
救世主たりえり、復讐者たりえる。彼女はきっと、どうとでも染まってしまう無垢の結晶。私はそう感じたから、その手を離さないようにしようと思った。
「いいでしょうか、セイヴァー。貴方の大切な人になっても。
この不思議な場所が終われば、消えてしまう縁かも知れませんが。
私は貴方のことを絶対に忘れません。だから、ここがどこかすらわかりませんが。貴方と仲良くしたいのです。これは、偽りない本心です。」
彼女の目を見て、訴える。
セイヴァーは、すこし落ち着いて。はにかみながら、答えた。
「えへへ。ありがとうございます…。きっと、そうですね。私はそういうのに敏感ですし、弱いです…。出自が出自なもので。あはは。
でもこんな、朧げで歪んだ概念をそんな風に解ってもらえるなら。すごく嬉しいのが、本音です。」
彼女も本当の気持ちを語ってくれた。
かつての相棒、フォーリナーの言葉が思い出される。善なるものであろうとすることに間違いはない。
それはきっと、セイヴァーもそうだ。たとえその名は己からすら憎むべき存在だったとしても。たとえその名が善を為せなかったとしても。
善であろうとしたことは間違いでないから。
ああ、もどかしい。片手が彼女を開くことに塞がっていなければ、親愛の抱擁というやつをしたいところだったが。言葉で示すべき、ということか。
「ありがとうございます、セイヴァー。ええ、きっと貴方は私にとってかけがえのない存在になれます。私もあなたのそれになりたいです。
そう、そうですね。あなたという書物を全て読み終えているのは確かですが。あなたという存在は、まだわからないこともきっと多いはずなのです。
それを見つけられたら。そう思います。」
そして手を伸ばす。彼女の顔をゆっくりとなぜる。これくらいは片手でもできる。
セイヴァーは顔を再び赤くしながらも、抵抗はしなかった。
愛、か。彼女と私なら、あの可能性の一つのように。それを少しは理解できるかも知れない。
根拠もなく、そう思う。
それは、たった一つの。取るに足りない出会い。彼女達は敗者の側にいる存在。主役では、ない。
だけど、1人ではないから。彼女達だけではないから。
世界は一つではない。呼ばれた者も1人ではない。力を合わせよ。
この運命を乗り越えろ。
**
そうしていると、周りの気配が動き出しているのを感じた。敵意はない。おそらく自身と同じ状況に置かれた、何も知らない人々。
ここに呼ばれた意味は未だわからないが、おそらく協力しなければ道はない。そう思い、集う。
そこにいたのは6人。サーヴァントを連れている者、連れていない者。はたまたマスターのいないサーヴァント。そのアトランダムさが、却ってお互いの事情が同じであると気付かせる。
「御門遙、気づいたらここにいたし、サーヴァントはいないけどよろしく。」
眼鏡をかけた女性、御門遙が最初に口を開いた。サーヴァントがいなくともサーヴァントの存在は知っている。おそらくそれなりに修羅場をくぐり抜けてきたのだろう。
続けてマギも自己紹介する。
「こんにちは。見知らぬお方々。私はマギと申します。そしてこちらが。」
そう言って、手元の本を開く。
「せ、セイヴァー、修身です!よろしくお願いします!」
場違いなメイド服を着た、悠久を生きる者。大賢者マギ。
そしてそのサーヴァント、セイヴァー。…この優しき心を持ったサーヴァントは、この先にあるものを、幸運にもまだ知らない。
続けて口を開いたのは、1人の青年と老人。
「ザイスティス・コールマンだ。こっちの爺さんはノーベル。」
「ふむ…儂らだけを狙った奴らの攻撃かとも思ったが、そう言うわけでもないようじゃな。」
ノーベルとは、かの有名なアルフレッド・ノーベルに相違ないだろう。受肉したサーヴァント、というものか。
なかなかこの御仁も、狙われる心当たりがある程度には厄介な運命を潜り抜けてきたらしい。
ぽつり。姿なきサーヴァントの気配を纏った少女が、次に自己紹介する。
「……あ、流火です。よろしくお願いします。」
「サーヴァントは……まだ、ちょっと。見せられない感じだから。」
どうやら彼女もまた特殊な生い立ちのようだ。その眼を覆っているのはおそらく魔眼殺しの眼鏡。そしてそのサーヴァントも、イレギュラーな存在。
最後に口を開いたのは、いかにも魔女といったいでたちの女性。サーヴァントのようだ。サーヴァントを持たない遙に向けて、少し戯けて言う。
「あら、そうなると私のマスター様だったりして? ……冗談よ。キャスター、アラディア。如何やら何かしらの異常に巻き込まれたみたいね?」
キャスターのサーヴァント、アラディア。マスターがいないという時点で、異常は明らかだとでもいうように。そう、明らかに本来サーヴァントが呼ばれうる、聖杯戦争の場ではなかった。
「……まあ、知らない間に変な場所に出ていたって経験は一度…もしかしたら複数あるからなんとも言えないけれど。」
「何もしないよりは、探索したほうがよさそうね。」
遙は冷静に、積極的だった。皆もそれに同意する。
とりあえず、ここから出ることになる。このままでは何もわからない。幸い、部屋に一つだけあったハンドルのついた扉を回せば、すぐに出られた。
下水道のような場所に出る。ここも、進むしかない。するとなにか怪しい男の影が見えた。その存在が追いかけている少女の姿もあったが。
それを視認できたのは、奇妙にも御門遙1人だけだった。
他に手がかりもない。皆でその男を追いかける。T字路を曲がるとそこにはまた扉があり。そこに男が入っていくのが見えた。
追いかけるように扉を開けると、男の姿が地面に吸い込まれるように消えるのが一瞬見え。部屋の光景が顕になる。
そこは、色のない白黒の子供部屋。あまりにも作為的で、断絶された空間だった。
人類の歴史は勝者の歴史。そして生き残った者の、歴史。
ならば残る"余り物"達。敗北した者は?消滅した者は?
負けた者。不要とされた者。更には、歴史に名を残すことすら許されなかった、始めからいなかった者。
輝かしき人理の下に積み重なるのは、そんな無限の残骸達。
居場所は失われ。記録は赦されず。存在すら否定された。
最早彼らに再演 はない。
これは、敗喪徒 達の最終公演 である。
**
1.無色空白の子供部屋
彼らは部屋にたどり着いた。小さく薄い子供部屋。何かあるけど、何もない。
まず目を引くのは、そこにかけられた絵だった。ファンシーだがどこか残酷な絵。見るだけで嫌悪感が湧いてくる。
そして固く閉ざされた窓の外。完全な白がそこにはあった。なにもない、と言った方が正しいかもしれない。
そして、あからさまに何かを表しているのは。
床の上にある自分達を模した人形。対峙するように、6体の人形が置いてある。
見目麗しい女性。角の生えた鬼のような姿。不気味なマスクをつけた男。本を持つ女性。ボールを持った奇妙な男。ワタのはみ出した人形として欠けのある、男性と思わしきもの。
それが、自ら達と対峙していた。
ザイスティスが慎重に分析する。
「俺たちに似た人形か…類感呪術の可能性もあるしなるべく傷はつけないで置きたいな。」
対峙する人形を見て、遙が言う。
「例えばこれが聖杯戦争ならば、どんな形であれ私たちはたぶん参加者だけど。私達が一つのチーム、そしてこの見知らぬ人形たちが相手側っていう、噂に聞く聖杯大戦って奴かもね。」
この状況から推察されるもの。協力して、立ち向かえ。そういうことかもしれない。
「在り得ない話じゃなさそうね。 というか、一人死んでないかしら?これ」
ワタのはみ出た人形を指しアラディアが言う。
「……なるほど。それならこの対峙した人形が僕らの敵って訳だ。特徴は覚えておいた方が良さそうか。」
ザイスティスが応える。そして特徴を観察するも。
「特徴がそこまでない女性にマスクマンに鬼の角…読書家?にボールを持っている男ねえ…。」
「見事なまでに共通点がないわね。」
そう遙が語る通り、共通点は見つからなかった。とはいえそれは、此方も同じなのだが。
「…おや。この女性の人形の近く。本が置かれていますね。」
マギがふと、気づく。
「ん?何か見つけたわね。本に書かれているのはスペードの9、か。とりあえず読んでみようかしら。今この場でサーヴァントを持たない、戦力を保持していないのは私だけ。
だったら何かあっても被害が少ない私が読むべきでしょ。」
遙がそれを手に取り、読んでみる。…が。中は白紙だった。
「例えば、熱によって反応する文字が書かれているかもしれないけれど。」
そうは言ってみたものの。全てが白紙なら、その線も薄い。
「検索。…効かないですね。」
マギも己の技能で炙り出しを試みるが、効果はない。
「なんらかの魔力はあるようね。そしてこの表紙には恐らく重要な意味がある。」
アラディアがその魔力を検知する。何か意味があるのは間違いない。とりあえず、遙が持ち運ぶことになった。
そうしていると、棚の方を調べていた流火が呟いた。
「……こんなのがあったけど。」
そう言って、一つの本を持ってくる。トランプ占いの本だった。
「占いの本…。もしかするとこのトランプが暗示しているのは、占星術的な意味合いか。正位置なら一番強力だと感じる苦しみ、逆位置なら不信感、迷い。どちらにせよロクなもんじゃない。」
言いつつ、その本を捲る。
彼の推理通り。それはトランプの暗示を示していた。奇妙なのは、ところどころページが抜けているところ。
そして一部のページに絵が貼り付けられているところ、だった。
『スペードの9:精神的に追い込まれる。運が無い。ひらめきや発想の転換ができない。友情が破たんする。』
スペードの9のページにはそう書かれ、要塞の絵が貼り付けられていた。…それだけでなく。トランプの9のカードが貼り付けられていた。
「……あからさますぎる。罠にしか見えないが……。」
「パズルのごとく。あからさまにピースが置かれていますね。」
ザイスティスとマギの意見は概ね同じだった。何かがあるのは間違いない。
他のページにも一つの絵、そしてトランプとその解説があった。全てを確認する。
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ページに貼られた絵とトランプ
スペードの9:要塞
スペードのキング:映画館
ダイヤの4:大江山
ハートの3:図書館
ダイヤのキング:球技場
ハートのクイーン:塗りつぶされた黒い絵
スペードの7:恋愛の破局、友情の決裂。予期せぬ出費があり大きな重荷となる。無理な注文をされる。
スペードの9:精神的に追い込まれる。運が無い。ひらめきや発想の転換ができない。友情が破たんする。
スペードのキング:人間関係でトラブルあり。友人間や家族間で孤立する。商談や結婚が直前で破談になる。
クラブの9:対人関係で失敗や苦労が多い。知識欲を満たす行動が良い。過信や他者批判で失敗する。
クラブのJ:先走りに注意の暗示。物事の本質見極めること。変化や改革、行動には向いている時期。
ダイヤのA:金銭や名誉が手に入る。成功をつかむ。告白やプロポーズをされる。勝負運に恵まれる。
ダイヤの4:マイペースでいくと良い。変化は失敗の元。感情的になり孤立を招く。友情にひびが入る。
ダイヤのK:堅実な結婚。情熱より現実的な面を優先すべき。ライバルの出現。才能の過信は大禁物。
ハートの3:衝動的な行動に注意。ただし相手からアプローチには積極的に応えると吉。心変わりあり。
ハートの10:計画の立案にも実行にも良い暗示。チャンスが何度も訪れる。他者の好意は受け取るべき。
ハートのQ:黒く塗りつぶされている。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
「現状怪しいのはスペードの本とトランプ、魔力を感じることからもどうにもキナ臭い。」
全てを確認した後、ザイスティスが言う。
「……その二つで何か行動を起こすのは、他の可能性を潰してからの方が良いと思うな。」
そう言って、彼が目をやったのは。白だけが広がる窓だった。
試しに遙が開けてみようとするも。それは接着剤で固められたかのように固かった。
「……私では開きそうにない、か。力にせよなんにせよ、サーヴァントじゃないと無理そうだね。」
そう言って、アラディアに引き継ぐ。
「なら私がやってみましょうか。 一寸退いていて。」
アラディアがぐいと力を込めると、窓は開くのではなく、壊れた。
「蛇が出るか鬼が出るか…。」
ザイスティスは警戒するが、何も、風すらも吹いてこない。
「この子供部屋の主は幽閉でもされていたのかしら……、ってナニコレ。」
アラディアは破壊してしまった窓を見て少し考えるが、それよりも異様な窓の外に気を向ける。
「えい、えい。」
セイヴァーが少し外に手を伸ばす。するとすぐに壁に当たり、白い汚れが手についた。
「随分と意地が悪いというか…一つの出入り口以外からは出すつもりはない感じね。」
そう、遙は感想を述べる。
「窓の外には壁、と。そうまでして窓を取り付ける意味が知りたいわ。」
アラディアも、不可思議に思う。
「…………性格、だと思うけどね。」
少し間を空けて、流火が呟く。
「さて、なら一つやってみようか。白い汚れ。これでスペードを塗り潰す。ハートに変えてしまおう。」
ザイスティスの発案。それは通常なら意味などないものかもしれないが、この不可思議な世界では何かをもたらすかもしれない。
「絵柄を変えたいの?」
遙が問う。
「他に手がかりもなさそうだしね。だけど、スペードは不吉だ。」
そう思って、彼がスペードの9とそれが描かれた本を手に取った瞬間。
あたりは、光り輝いた。視界が真っ白に染まる。
「!?」
「えっちょっ─────」
「……」
「……!」
「ふむ。」
光り輝く中で。遙1人だけ、再び少女の姿が見えた。
**
「あの女の子は…」
呟く。周りの人間も、サーヴァントも、見えてはいないらしい。
「あー…。一つ、俺の情報を開示しておくと、僕の目は魔眼だ。それもいろいろと見通す類のね。」
「それで見えていないとなると、正直、その少女とやらはあまり真っ当な存在とは思えない。」
ザイスティスが分析する。
「"愛されて"しまったのね? 可哀想に」
アラディアがすこし愉快そうに。
「私も。物理的なものなら、熱光源や脳波の測定ができるはずなのですが。」
マギにも探知はできていなかった。
そして光は収まり、頁が捲られる。
**
光が収まると。そこは要塞。絵の通り、崩壊寸前、敗北寸前の要塞。
ここから、一つずつ。彼らは決断を迫られ続ける。全てが敗残者であるとしても、そこに寄り添う術は一つではない。
救える限りを救えるのか、それすらもわからない。
深淵界忘却譚 ゲヘナ。そしてそこに縛られし敗喪徒 。彼らはもう、終わっていて、消えていて、負けているのだから。
眠りを知らないマギにとって、それは初めての感覚。にも関わらず、マギはそこに違和感を感じることはなかった。
だって、夢は常に不条理で違和感を感じることを防ぐものだから。当然のように飲み込まれる。
自分は前に目をやっているようだ。自分は少女の影を見た。軽快な足取りで、ウサギが跳ねていくように、どんどん前に進んでいく。
そしてマギは当然のように少女を追いかけていた。マギとしては奇妙というより好奇だった。夢とは、理由も道理もない世界なのだと。知識でしか知らないそれを実感する。
その時、少女の姿が消えた。どこへ行ったのだろう。冷静に分析など、夢の中でできるはずもない。
しかしすぐ目の前の草原に、ぽかりと開いた穴を見つけた。きっと少女はこの先にいった。根拠もなく確信する。
全てを検索し慎重に進むマギにとって、そんなことは本来あり得ない。でも"夢なのだから仕方ない。"
そうして穴へと身を投げる瞬間。マギは気づいた。"何故追いかけている?""そもそも、ここはどこなのか?"
だから。はっきりと気づく。これは夢などではないと。そう気づいた時には、その身体は穴の中へと落ちていった。
落ちた先はゴミの山。ここは、一体。気づけば周りにも人がいた。それでもマギの目に最初に入ったのは、一冊の古びた本だった。ゴミの山の中のゴミに過ぎないと、普通の人は思うかもしれない。
マギがそれに目を惹かれたのは、"見覚えがあった"から。
かつての聖杯戦争。マギは三つの人格に独立した身体を持たせ、聖杯戦争を利用して誰が一番神に相応しく、聖杯にその願いを託すのかを決した。
正確に言えば、このマギは巻き込まれた立場だったが。
結果は酷いものだった。あるサーヴァントの宝具は本人が使用を拒否するほどの非道な宝具。無辜の民を巻き込み、強制的に戦闘に参加させる宝具。
…それを悪意なく使ったのも、もう1人のマギだったが。
そしてそのサーヴァントは、"書物"を依代にする特殊なサーヴァントだったのだ。
その書物と同一のものが、目の前にある。
敗残者どころかゴミに埋もれた存在として、ここにいる。
"正義"のアヴェンジャー。彼女の危険性をマギは当然把握している。でも、だからこそ。少しだけ、願いを込めて、本を手に取る。
彼女のような、"敗者"に救いを。その聖杯戦争によって生まれた存在、大賢者マギ。無限の寿命にて悠久を放浪するもの。
彼女は朧げに知っている。平行世界を演算によって疑似観測することで、自分も敗者の側に入ると知っている。
そう、あの世界。それは本当に観測できたわけではないけれど。あの世界のマギは人のように悩み答えを追い求め、ありのままを受け入れてくれる人を見つけた。愛という、人にしか知らないものを知れた。
それに今のマギが嫉妬することはない。ただ、その世界を守れるなら。そこに辿り着けなかった自分にもやるべきことがあるのだと。
敗者は、唯の敗者ではない。人を導く礎になれる。救済者になれる。
そう想いを込めて。マギは古ぼけた本を開いた。
その想いは、小さな奇跡をもたらす。
「あれ、私…?ここで捨てられていた、のでは…。」
本を開き現れたのは、10代ごろに見える少女。
聞き覚えの、ある声。
「こんにちは。私があなたのマスターとなるものです。…警戒しなくても大丈夫ですよ。私は、貴方を知っている存在だから。」
かつてのマスターと瓜二つの顔と声。違うのはメイド服に身を包んでいること。
そんな事情は当然、サーヴァントの少女は知らない。
「…そう、なんですか。あなたは私の、残酷極まりない宝具を知って、呼んだのですか…。あれ?…そんな、こんな、烏滸がましい。」
彼女は自身の異変に気づいた。
「大丈夫です。ここはきっと不思議な世界。だから、あなたも復讐に囚われる存在ではなくなるかも知れない。
…私の知人が、聖杯戦争であなたを召喚していました。あなたは、最期まで優しくあろうとしていました。
これは一つの罪滅ぼし。改めて、復讐者でない自分の存在を、真名を。勇気を以って告げてくださいませんか。あなたのマスターに向けて。」
マギはそこに運命を見た。野良サーヴァントとの邂逅だとしても。私と彼女に縁があるのは、因果の果てにあるものと信じた。
少女は一息深呼吸し、告げる。
「救世主、セイヴァーのサーヴァント。名を修身。素晴らしき儒教道徳を下地にして、極道の島国で全ての意義を失った"敗戦"のセイヴァー。…本当に、私でいいのですか?全てを知っているのですよね?」
「全て、はまだ知り得ていません。でも。
あなたはたとえ敗者だとしても、そこに価値はあるのだと。きっと、あなたがありえないと思っていたクラスで呼ばれたことは。
それを示しているのかも知れませんねーーーーーー」
ここに一つの契約が。永久に罪滅ぼしを願うものと、そんな少女への救済と贖罪を願うもの。
少しの沈黙。でも、少女は笑顔を浮かべた。
「私に何か価値があるのなら。それはとっても嬉しいです。えへへ。よろしくお願いします、マスターさん!」
令呪が手首に浮かび上がる。契約は、成立した。
**
「マスターさん。私のことをもう知っているとおっしゃってましたけど。どのようなご縁が…。
いや、あんまりいい思い出ではなさそうな気はしています…。」
私が本を開く限り。この少女の実体は、まるで生きているかのようにその姿をゆらめかせる。
いや、きっと生きているのだろう。本を依代としたゴーストライナー。それも人ですらなかった概念だとしても。
今はきっと生きている。心を持っているのだから、生きている。私にはそう教えてくれた可能性があるのだ。彼女の問いに親しみをもって答える。
「そうですね。きっかけはいいとは言えないかも知れません。私は縁深き人々と聖杯を巡り殺し合いをした。そこで貴方とも対峙した。そういうことではあります。
でもですね、セイヴァー。そこで貴方に何かを感じたのは、私たち三人に共通することだと思います。だから、貴方にまた会えて。私は嬉しいです。」
正直な気持ちを、伝える。するとセイヴァーの顔が少し赤く染まる。
「はわわ。すみません…。その、そんな直球で嬉しいと言われると、照れてしまいます…。
あの、唐突ですが。なぜか聞かなきゃいけない気がするのですが。マスターさんの性別は…?」
答えた。
さらにセイヴァーの顔が赤くなる。困惑がにじむ。無性、というのはやはり理解しづらい概念だろうか。周りに人の気配は…僅かに感じ取れる。
とはいえ、今の私にとってその正体如何はもう気にならない話だ。さっさと下半身を見せてその目で確かめてもらうのが早いだろう。
そう思ってぺろり。スカートをめくってみせる。セイヴァーの顔は、さらにさらに赤く茹で蛸のようになってしまった。間違えたか。
「あの、マスターさん!その、その。すごく綺麗なのは、わかるんですけど…。道徳的にその、そういうのはよくないですよ…。はれんちです!」
ふむ。未だにこういう人の感覚は微妙に掴めていない。やはり私にも、あの可能性のように大切な人が必要なのかも知れないな。
「すみません、セイヴァー。ですが、これがわかりやすいかと思いまして。破廉恥というのはつまり、嫁入り前の女性が無闇に肌を晒してはいけない、というようなことが言いたいのですね?
それなら問題ありません。貴方はすでに私の大切な人、信頼のおけるサーヴァントです。以前の聖杯戦争でわかったのです。
貴方達サーヴァントは、皆どこかに比類なき素晴らしさを持っていると。
それに応えたかった。」
救世主たりえり、復讐者たりえる。彼女はきっと、どうとでも染まってしまう無垢の結晶。私はそう感じたから、その手を離さないようにしようと思った。
「いいでしょうか、セイヴァー。貴方の大切な人になっても。
この不思議な場所が終われば、消えてしまう縁かも知れませんが。
私は貴方のことを絶対に忘れません。だから、ここがどこかすらわかりませんが。貴方と仲良くしたいのです。これは、偽りない本心です。」
彼女の目を見て、訴える。
セイヴァーは、すこし落ち着いて。はにかみながら、答えた。
「えへへ。ありがとうございます…。きっと、そうですね。私はそういうのに敏感ですし、弱いです…。出自が出自なもので。あはは。
でもこんな、朧げで歪んだ概念をそんな風に解ってもらえるなら。すごく嬉しいのが、本音です。」
彼女も本当の気持ちを語ってくれた。
かつての相棒、フォーリナーの言葉が思い出される。善なるものであろうとすることに間違いはない。
それはきっと、セイヴァーもそうだ。たとえその名は己からすら憎むべき存在だったとしても。たとえその名が善を為せなかったとしても。
善であろうとしたことは間違いでないから。
ああ、もどかしい。片手が彼女を開くことに塞がっていなければ、親愛の抱擁というやつをしたいところだったが。言葉で示すべき、ということか。
「ありがとうございます、セイヴァー。ええ、きっと貴方は私にとってかけがえのない存在になれます。私もあなたのそれになりたいです。
そう、そうですね。あなたという書物を全て読み終えているのは確かですが。あなたという存在は、まだわからないこともきっと多いはずなのです。
それを見つけられたら。そう思います。」
そして手を伸ばす。彼女の顔をゆっくりとなぜる。これくらいは片手でもできる。
セイヴァーは顔を再び赤くしながらも、抵抗はしなかった。
愛、か。彼女と私なら、あの可能性の一つのように。それを少しは理解できるかも知れない。
根拠もなく、そう思う。
それは、たった一つの。取るに足りない出会い。彼女達は敗者の側にいる存在。主役では、ない。
だけど、1人ではないから。彼女達だけではないから。
世界は一つではない。呼ばれた者も1人ではない。力を合わせよ。
この運命を乗り越えろ。
**
そうしていると、周りの気配が動き出しているのを感じた。敵意はない。おそらく自身と同じ状況に置かれた、何も知らない人々。
ここに呼ばれた意味は未だわからないが、おそらく協力しなければ道はない。そう思い、集う。
そこにいたのは6人。サーヴァントを連れている者、連れていない者。はたまたマスターのいないサーヴァント。そのアトランダムさが、却ってお互いの事情が同じであると気付かせる。
「御門遙、気づいたらここにいたし、サーヴァントはいないけどよろしく。」
眼鏡をかけた女性、御門遙が最初に口を開いた。サーヴァントがいなくともサーヴァントの存在は知っている。おそらくそれなりに修羅場をくぐり抜けてきたのだろう。
続けてマギも自己紹介する。
「こんにちは。見知らぬお方々。私はマギと申します。そしてこちらが。」
そう言って、手元の本を開く。
「せ、セイヴァー、修身です!よろしくお願いします!」
場違いなメイド服を着た、悠久を生きる者。大賢者マギ。
そしてそのサーヴァント、セイヴァー。…この優しき心を持ったサーヴァントは、この先にあるものを、幸運にもまだ知らない。
続けて口を開いたのは、1人の青年と老人。
「ザイスティス・コールマンだ。こっちの爺さんはノーベル。」
「ふむ…儂らだけを狙った奴らの攻撃かとも思ったが、そう言うわけでもないようじゃな。」
ノーベルとは、かの有名なアルフレッド・ノーベルに相違ないだろう。受肉したサーヴァント、というものか。
なかなかこの御仁も、狙われる心当たりがある程度には厄介な運命を潜り抜けてきたらしい。
ぽつり。姿なきサーヴァントの気配を纏った少女が、次に自己紹介する。
「……あ、流火です。よろしくお願いします。」
「サーヴァントは……まだ、ちょっと。見せられない感じだから。」
どうやら彼女もまた特殊な生い立ちのようだ。その眼を覆っているのはおそらく魔眼殺しの眼鏡。そしてそのサーヴァントも、イレギュラーな存在。
最後に口を開いたのは、いかにも魔女といったいでたちの女性。サーヴァントのようだ。サーヴァントを持たない遙に向けて、少し戯けて言う。
「あら、そうなると私のマスター様だったりして? ……冗談よ。キャスター、アラディア。如何やら何かしらの異常に巻き込まれたみたいね?」
キャスターのサーヴァント、アラディア。マスターがいないという時点で、異常は明らかだとでもいうように。そう、明らかに本来サーヴァントが呼ばれうる、聖杯戦争の場ではなかった。
「……まあ、知らない間に変な場所に出ていたって経験は一度…もしかしたら複数あるからなんとも言えないけれど。」
「何もしないよりは、探索したほうがよさそうね。」
遙は冷静に、積極的だった。皆もそれに同意する。
とりあえず、ここから出ることになる。このままでは何もわからない。幸い、部屋に一つだけあったハンドルのついた扉を回せば、すぐに出られた。
下水道のような場所に出る。ここも、進むしかない。するとなにか怪しい男の影が見えた。その存在が追いかけている少女の姿もあったが。
それを視認できたのは、奇妙にも御門遙1人だけだった。
他に手がかりもない。皆でその男を追いかける。T字路を曲がるとそこにはまた扉があり。そこに男が入っていくのが見えた。
追いかけるように扉を開けると、男の姿が地面に吸い込まれるように消えるのが一瞬見え。部屋の光景が顕になる。
そこは、色のない白黒の子供部屋。あまりにも作為的で、断絶された空間だった。
人類の歴史は勝者の歴史。そして生き残った者の、歴史。
ならば残る"余り物"達。敗北した者は?消滅した者は?
負けた者。不要とされた者。更には、歴史に名を残すことすら許されなかった、始めからいなかった者。
輝かしき人理の下に積み重なるのは、そんな無限の残骸達。
居場所は失われ。記録は赦されず。存在すら否定された。
最早彼らに
これは、
────結末
終焉
破滅
幕引
最後
死
敗北
絶滅
喪失
LAST CLOSING
いつか来たる終わり
**
1.無色空白の子供部屋
彼らは部屋にたどり着いた。小さく薄い子供部屋。何かあるけど、何もない。
まず目を引くのは、そこにかけられた絵だった。ファンシーだがどこか残酷な絵。見るだけで嫌悪感が湧いてくる。
そして固く閉ざされた窓の外。完全な白がそこにはあった。なにもない、と言った方が正しいかもしれない。
そして、あからさまに何かを表しているのは。
床の上にある自分達を模した人形。対峙するように、6体の人形が置いてある。
見目麗しい女性。角の生えた鬼のような姿。不気味なマスクをつけた男。本を持つ女性。ボールを持った奇妙な男。ワタのはみ出した人形として欠けのある、男性と思わしきもの。
それが、自ら達と対峙していた。
ザイスティスが慎重に分析する。
「俺たちに似た人形か…類感呪術の可能性もあるしなるべく傷はつけないで置きたいな。」
対峙する人形を見て、遙が言う。
「例えばこれが聖杯戦争ならば、どんな形であれ私たちはたぶん参加者だけど。私達が一つのチーム、そしてこの見知らぬ人形たちが相手側っていう、噂に聞く聖杯大戦って奴かもね。」
この状況から推察されるもの。協力して、立ち向かえ。そういうことかもしれない。
「在り得ない話じゃなさそうね。 というか、一人死んでないかしら?これ」
ワタのはみ出た人形を指しアラディアが言う。
「……なるほど。それならこの対峙した人形が僕らの敵って訳だ。特徴は覚えておいた方が良さそうか。」
ザイスティスが応える。そして特徴を観察するも。
「特徴がそこまでない女性にマスクマンに鬼の角…読書家?にボールを持っている男ねえ…。」
「見事なまでに共通点がないわね。」
そう遙が語る通り、共通点は見つからなかった。とはいえそれは、此方も同じなのだが。
「…おや。この女性の人形の近く。本が置かれていますね。」
マギがふと、気づく。
「ん?何か見つけたわね。本に書かれているのはスペードの9、か。とりあえず読んでみようかしら。今この場でサーヴァントを持たない、戦力を保持していないのは私だけ。
だったら何かあっても被害が少ない私が読むべきでしょ。」
遙がそれを手に取り、読んでみる。…が。中は白紙だった。
「例えば、熱によって反応する文字が書かれているかもしれないけれど。」
そうは言ってみたものの。全てが白紙なら、その線も薄い。
「検索。…効かないですね。」
マギも己の技能で炙り出しを試みるが、効果はない。
「なんらかの魔力はあるようね。そしてこの表紙には恐らく重要な意味がある。」
アラディアがその魔力を検知する。何か意味があるのは間違いない。とりあえず、遙が持ち運ぶことになった。
そうしていると、棚の方を調べていた流火が呟いた。
「……こんなのがあったけど。」
そう言って、一つの本を持ってくる。トランプ占いの本だった。
「占いの本…。もしかするとこのトランプが暗示しているのは、占星術的な意味合いか。正位置なら一番強力だと感じる苦しみ、逆位置なら不信感、迷い。どちらにせよロクなもんじゃない。」
言いつつ、その本を捲る。
彼の推理通り。それはトランプの暗示を示していた。奇妙なのは、ところどころページが抜けているところ。
そして一部のページに絵が貼り付けられているところ、だった。
『スペードの9:精神的に追い込まれる。運が無い。ひらめきや発想の転換ができない。友情が破たんする。』
スペードの9のページにはそう書かれ、要塞の絵が貼り付けられていた。…それだけでなく。トランプの9のカードが貼り付けられていた。
「……あからさますぎる。罠にしか見えないが……。」
「パズルのごとく。あからさまにピースが置かれていますね。」
ザイスティスとマギの意見は概ね同じだった。何かがあるのは間違いない。
他のページにも一つの絵、そしてトランプとその解説があった。全てを確認する。
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ページに貼られた絵とトランプ
スペードの9:要塞
スペードのキング:映画館
ダイヤの4:大江山
ハートの3:図書館
ダイヤのキング:球技場
ハートのクイーン:塗りつぶされた黒い絵
スペードの7:恋愛の破局、友情の決裂。予期せぬ出費があり大きな重荷となる。無理な注文をされる。
スペードの9:精神的に追い込まれる。運が無い。ひらめきや発想の転換ができない。友情が破たんする。
スペードのキング:人間関係でトラブルあり。友人間や家族間で孤立する。商談や結婚が直前で破談になる。
クラブの9:対人関係で失敗や苦労が多い。知識欲を満たす行動が良い。過信や他者批判で失敗する。
クラブのJ:先走りに注意の暗示。物事の本質見極めること。変化や改革、行動には向いている時期。
ダイヤのA:金銭や名誉が手に入る。成功をつかむ。告白やプロポーズをされる。勝負運に恵まれる。
ダイヤの4:マイペースでいくと良い。変化は失敗の元。感情的になり孤立を招く。友情にひびが入る。
ダイヤのK:堅実な結婚。情熱より現実的な面を優先すべき。ライバルの出現。才能の過信は大禁物。
ハートの3:衝動的な行動に注意。ただし相手からアプローチには積極的に応えると吉。心変わりあり。
ハートの10:計画の立案にも実行にも良い暗示。チャンスが何度も訪れる。他者の好意は受け取るべき。
ハートのQ:黒く塗りつぶされている。
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「現状怪しいのはスペードの本とトランプ、魔力を感じることからもどうにもキナ臭い。」
全てを確認した後、ザイスティスが言う。
「……その二つで何か行動を起こすのは、他の可能性を潰してからの方が良いと思うな。」
そう言って、彼が目をやったのは。白だけが広がる窓だった。
試しに遙が開けてみようとするも。それは接着剤で固められたかのように固かった。
「……私では開きそうにない、か。力にせよなんにせよ、サーヴァントじゃないと無理そうだね。」
そう言って、アラディアに引き継ぐ。
「なら私がやってみましょうか。 一寸退いていて。」
アラディアがぐいと力を込めると、窓は開くのではなく、壊れた。
「蛇が出るか鬼が出るか…。」
ザイスティスは警戒するが、何も、風すらも吹いてこない。
「この子供部屋の主は幽閉でもされていたのかしら……、ってナニコレ。」
アラディアは破壊してしまった窓を見て少し考えるが、それよりも異様な窓の外に気を向ける。
「えい、えい。」
セイヴァーが少し外に手を伸ばす。するとすぐに壁に当たり、白い汚れが手についた。
「随分と意地が悪いというか…一つの出入り口以外からは出すつもりはない感じね。」
そう、遙は感想を述べる。
「窓の外には壁、と。そうまでして窓を取り付ける意味が知りたいわ。」
アラディアも、不可思議に思う。
「…………性格、だと思うけどね。」
少し間を空けて、流火が呟く。
「さて、なら一つやってみようか。白い汚れ。これでスペードを塗り潰す。ハートに変えてしまおう。」
ザイスティスの発案。それは通常なら意味などないものかもしれないが、この不可思議な世界では何かをもたらすかもしれない。
「絵柄を変えたいの?」
遙が問う。
「他に手がかりもなさそうだしね。だけど、スペードは不吉だ。」
そう思って、彼がスペードの9とそれが描かれた本を手に取った瞬間。
あたりは、光り輝いた。視界が真っ白に染まる。
「!?」
「えっちょっ─────」
「……」
「……!」
「ふむ。」
光り輝く中で。遙1人だけ、再び少女の姿が見えた。
**
「あの女の子は…」
呟く。周りの人間も、サーヴァントも、見えてはいないらしい。
「あー…。一つ、俺の情報を開示しておくと、僕の目は魔眼だ。それもいろいろと見通す類のね。」
「それで見えていないとなると、正直、その少女とやらはあまり真っ当な存在とは思えない。」
ザイスティスが分析する。
「"愛されて"しまったのね? 可哀想に」
アラディアがすこし愉快そうに。
「私も。物理的なものなら、熱光源や脳波の測定ができるはずなのですが。」
マギにも探知はできていなかった。
そして光は収まり、頁が捲られる。
**
光が収まると。そこは要塞。絵の通り、崩壊寸前、敗北寸前の要塞。
ここから、一つずつ。彼らは決断を迫られ続ける。全てが敗残者であるとしても、そこに寄り添う術は一つではない。
救える限りを救えるのか、それすらもわからない。
深淵界忘却譚 ゲヘナ。そしてそこに縛られし
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